大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京地方裁判所 昭和39年(ワ)1359号 判決 1971年7月31日

原告 免田栄

被告 国

代理人 伊藤幸吉 外一名

主文

被告は、原告に対し、金五〇〇円およびこれに対する昭和三九年一二月一一日から支払ずみに至るまで年五分の割合による金員を支払え。

原告その余の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事  実<省略>

理由

一  請求の原因一、二(ただし、原告が拷問を受けたことおよび自白の内容が虚偽であることは除く)および三(ただし5は除く)記載の各事実ならびに人吉市警署員が別紙第二(省略)記載の各物件をその記載の各日にその記載の各被押収者から白福事件の証拠物として押収したこと、同署員が右各物件のうち(1)鉈、(2)絆天、(5)マフラー、(6)足袋、(8)ズボンの五点を昭和二四年一月一九日熊本地検八代支部検察官に送致したこと、同検察官が、第一審の第一回公判期日(同年二月一七日)において右物件五点の証拠調を請求し、その証拠調終了後これを熊本地裁八代支部へ提出し、同地裁同支部は、これを領置したが、第一審判決確定後これを熊本地検八代支部検察官に引き継いだこと、同地検同支部係官は、右物件五点のうち(2)、(6)、(8)は昭和三八年に原告に還付したことは当事者間に争いがない。

二  ところで、原告は、別紙第二記載(3)上衣、(4)チヨツキ、(7)手袋の物件も人吉市警署員から熊本地検八代支部検察官に送致された旨を主張するが、(証拠省略)によれば、右物件三点のうち(3)が昭和二四年八月二四日人吉市警署員から熊本地検八代支部検察官に送致されたことが認められるけれども、その余の二点については本件全証拠によつてもこれが同検察官に送致されたことを認めるに足らない。

また、原告は、白福事件の捜査は昭和二四年一月一日現行刑事訴訟法が施行された以後においても、熊本地検八代支部検察官が主体となつて続行したものであり、人吉市警署員がなした別紙第二記載の各物件に対する押収も、同検察官みずからが捜査をする必要上現行刑事訴訟法第一九三条第三項により右署員を指揮してなさしめたものである旨を主張するけれども、これを認めるに足りる証拠はない。

さらに原告は、熊本地検八代支部検察官は、別紙第二記載(4)、(7)の物件の保全を図るため、人吉市警に対しこれを送致するように要請指示すべき義務があつた旨を主張する。しかしながら、(証拠省略)、その他弁論の全趣旨を綜合すると、当時としては、別紙第二記載(4)、(7)の物件は、白福事件に関する証拠として有罪無罪いずれの証拠としても価値の乏しいものであつたとみる外なく、少くともかような証拠価値の乏しい物件についてまでも同検察官に原告主張の前記義務があるものとは解せられない。

三  以上認定のとおり熊本地検八代支部検察官は、その責任において、別紙第二記載(1)、(3)、(5)の物件のみを保管していたものであるところ、右各物件が、同支部係官の故意または過失により、違法に廃棄されもしくは紛失したものであるかどうかについて判断する。

右各物件について第一審判決で没収の言渡がなされていないことおよび熊本地検八代支部係官が右各物件のうち(1)、(5)を所有者の承諾を得ないで廃棄したことは当事者間に争いがなく、しかして、弁論の全趣旨によれば、右(1)、(5)の物件が廃棄されたのは、(1)につき遅くとも昭和三〇年ころ、(5)につき遅くとも昭和三六年一月ころであることおよび同地検同支部係官は前記(3)の物件を遅くとも同年同月ころ亡失したものであることが認められる。ところで、没収の言渡がなかつた押収物は、刑事訴訟法第一二一条(同条は同法第二二二条により検察官または検察事務官のなす押収について準用されている)により廃棄し、あるいは同法第四九九条により国庫に帰属しまたは廃棄した場合を除き、所有者の所有権放棄の意思表示がない限り、当該刑事事件終結後すみやかにこれを被押収者に還付すべきものと解するのが相当であるところ、前記(1)、(3)、(5)の物件につき前記各法条に定める事由が存在したことおよび所有権放棄の意思表示があつたことを認めるに足りる証拠がないから、同地検同支部係官は少くとも、過失により右(1)、(5)の物件を違法に廃棄し、(3)の物件を亡失したものといわなければならない。

四  進んで、原告主張の損害について判断する。

原告は、前記(1)、(3)、(5)の物件が存在するならば、これに対し最新高精度の技術に基づく鑑定を行うことにより原告主張の内容の鑑定結果を得られ、右の鑑定結果は、原告が第一審判決に対し再審請求をなすにつき刑事訴訟法第四三五条第六号にいう原告に対し無罪を言渡すべき明白かつ新規な証拠に該当する旨を主張する。

しかしながら、右(1)、(3)、(5)の物件に対し原告主張の技術に基づく鑑定を施した場合に、原告主張の内容の鑑定結果を得られることについては、右の各物件は現存しないから、間接証拠によつてこれを認定する外ないというべきところ、原告提出の全証拠を精査するも、ついに右事実を認めるに足りる証拠を見出すことができない。したがつて、右の鑑定結果が前記明白かつ新規な証拠に該当することを前提とする原告の慰藉料請求の主張は、理由がない。

次に、原告主張の財産上の損害について判断するに、前記(3)、(5)の物件が原告の所有であつたことおよび右各物件の前記廃棄または亡失時における各価値がいずれも金二五〇円であることは当該者間に争いがないから、原告は、右各物件の前記廃棄または亡失により合計金五〇〇円の損害をこうむつたものというべきである。したがつて、被告は、国家賠償法に基づき原告に対し、これを賠償すべき義務がある。

五  よつて、原告の本訴請求は、被告に対し右の財産上の損害金五〇〇円およびこれに対する昭和三九年一二月一一日から支払ずみに至るまで民事法定利率年五分の割合による遅延損害金を求める限度において理由があり、その余は失当である。

よつて訴訟費用の負担につき民事訴訟法第九二条但書を適用し、仮執行の宣言についてはその必要がないものと認めてこれを付さないこととし、主文のとおり判決する。

(裁判官 真船孝允 篠清 谷鉄雄)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例