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東京地方裁判所 昭和39年(ワ)1134号 判決 1970年7月16日

原告 恩田三吉

被告 湯川信太郎

主文

被告は原告に対して別紙物件目録<省略>記載の建物の明渡しをせよ。

訴訟費用は被告の負担とする。

この判決は、原告が金八〇〇、〇〇〇円の担保を供したときは、主文第一項に限り、仮に執行することができる。

事実

第一、当事者が求めた裁判

原告

主文第一、二項と同旨の判決、および仮執行の宣言。

被告

「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決。

第二、当事者の主張

一、原告の請求原因

(一)、昭和三七年一〇月八日、原告は昭和土地株式会社(以下「昭和土地」という)に対して、一、〇五〇、〇〇〇円を、弁済期同年一二月二〇日、利息月四分、利息支払期毎月末日と定めて貸付け、右貸金債権を担保する目的で、昭和土地との間で、当時昭和土地所有に属していた別紙物件目録記載の建物(以下「本件建物」という)について、右貸金元本額を売買代金額とし、昭和土地が右約定弁済期を徒過したときは、原告は何らの催告を要しないで予約完結権を行使できるという売買一方の予約を結び右予約に基いて、本件建物について、東京法務局練馬出張所昭和三七年一二月三日受付第三六八八五号をもつて、原告の所有権移転請求権保全の仮登記(以下「本件仮登記」という)を経由した。

(二)、昭和土地は前記貸金の約定弁済期を徒過し、さらに昭和三八年四月二日に原告が猶予を与えた弁済期である同月二〇日をも徒過した。そこで、原告は同年一二月九日発、同日到達の書面で昭和土地に対して、前記本件建物の売買予約の完結の意思表示をしたので、これによつて、本件建物は原告の所有に属することになつた。そして、昭和四三年九月六日、原告は本件仮登記の本登記を受けた。

(三)、被告は本件建物を占有使用している。

(四)、よつて、原告は被告に対して本件建物の明渡しを求める。

二、請求原因に対する被告の答弁

請求原因(一)、(二)の事実は知らない。同(三)の事実は認める。

三、被告の抗弁

(一)、被告は昭和土地から本件建物を昭和三八年九月頃に賃借したものであり、右賃借権に基いて本件建物を占有している。

(二)、被告が本件建物を賃借するに至つた経緯は次のとおりである。

(1) 、昭和三六年三月、被告は昭和土地から練馬区高松町二丁目四七一九番地所在の建物、およびその敷地(以下「高松町物件」という)を買受け居住していたが、手狭になつたので、溝口敏夫にこれを代金一、九〇〇、〇〇〇円で売渡す契約を結び、被告はあらたに練馬区旭町六八二番地所在の建物、およびその敷地(以下「旭町物件」という)を、昭和土地から代金二、〇〇〇、〇〇〇円で買受ける契約を結んだ。

(2) 、被告は溝口から高松町物件の売買の手付一、一四〇、〇〇〇円を受領し、これを旭町物件の売買代金の内金として昭和土地に支払い、右物件に移転した。

(3) 、昭和土地は被告が買受けた旭町物件について、被告に対する所有権移転登記がなされていなかつたことにつけこんで、金融業者から一、〇〇〇、〇〇〇円を借受け、右物件に右借受金を被担保債権とする抵当権の設定登記をし、さらに、昭和土地は、被告が旭町物件に居住しており、高松町物件を売却したことを理由に、被告の妻に対して高松町物件の登記済権利証の交付を強要して、これを交付させ、右物件についても、旭町物件と同様に被担保債権額一、〇〇〇、〇〇〇円の抵当権の設定登記をしてしまつた。

(4) 、そこで、被告は旭町物件について昭和土地から所有権移転登記を受け、これを片山治夫に対し二、三〇〇、〇〇〇円で売渡す契約を結び、右売買代金のうちから一、一四〇、〇〇〇円を高松町物件の買主である溝口に手付の返還として支払つて売買契約を解約し、旭町物件についての抵当権者である金融業者に一、〇〇〇、〇〇〇円を返済して、その抵当権設定登記の抹消を受けたうえ、片山治夫に対するその所有権移転登記をした。

(5) 、右のような次第で、被告は昭和土地の不法行為によつて出捐しなくてもよい二、一四〇、〇〇〇円の出捐を余儀なくされ、同額の損害を蒙り、居住すべき家屋がなくなつた。しかるに、昭和土地はその賠償をしようとせず、またその能力もなかつたが、昭和土地所有の本件建物が空家となつていたので、昭和三八年九月頃、被告は昭和土地に対して、被告の右損害の賠償を受けるまで、その代償として本件建物に居住することを通知したうえ、これに入居した。その直後、昭和土地の代理人である従業員が被告方を訪れ、被告が本件建物に居住することを承認した。したがつて、昭和三八年九月、被告と昭和土地の間に、本件建物の賃料を客観的に相当な額とし、その賃料債権と被告の前記損害賠償請求権を逐次相殺するという期間の定めのない賃貸借契約が黙示的に成立したというべきである。

(三)、民法第三九五条の立法趣旨は、不動産についての価値権と利用権の調和をはかり、合理的内容の賃借権、すなわち利用権を保護し、それによる抵当権、すなわち価値権の不利益は忍ばなければならないというものである。とすれば、同条は抵当権の場合のみでなく、実質上抵当権と同様の機能を有する価値権についても類推適用されるべきである。ところで、原告が本件建物について昭和土地との間で結んだ売買一方の予約が、原告の昭和土地に対する貸金債権の担保を目的としたものであることは原告がみずから主張するところである。そして、被告が本件建物を昭和土地から賃借するに至つた経緯は前記のとおりであり、原告の本件建物についての債権担保を目的とした売買予約上の権利の妨害を意図したものではないから、民法第三九五条の類推適用によつて、被告の本件建物賃借権は原告に対抗できるというべきである。

四、抗弁に対する原告の答弁

(一)、昭和三八年九月頃、被告が本件建物を昭和土地から賃借したということを否認する。

(二)、被告が本件建物を賃借するに至つた経緯として主張する事実は全部知らない。

(三)、仮に、被告がその主張のとおり昭和三八年九月頃に本件建物を昭和土地から賃借し、その引渡しを受けたものであるとしても、原告はそれより先である昭和三七年一二月三日に本件建物について本件仮登記を受けたものであり、かつその本登記を経由したのであるから、被告の賃借権は原告に対抗できないものである。

第三、証拠関係<省略>

理由

(一)、被告が本件建物を占有していることは、当事者間に争いがなく、真正に作成されたことに争いのない甲第九号証によると、本件建物について、東京法務局練馬出張所昭和三七年一二月三日受付第三六八八五号をもつて、同年一〇月八日売買予約を原因として、原告の所有権移転請求権保全の仮登記(本件仮登記)がなされ、同出張所昭和四三年九月二八日受付第五三六一〇号をもつて、同年三月一六日売買を原因として、右仮登記の本登記がなされたことが認められ、右認定を妨げるべき証拠はない。

(二)、原告は、昭和三七年一〇月八日、原告が昭和土地に対して、一、〇五〇、〇〇〇円を弁済期同年一二月二〇日、利息月四分、その支払期毎月末日として貸付け、右貸金債権を担保する目的で、当時昭和土地の所有に属していた本件建物について、右貸付金元本額を売買代金額とし、右約定弁済期が徒過されたときは何らの催告を要しないで原告が予約完結権を行使できる売買一方の予約を結んだと主張し、昭和土地代表者、および青木竜雄名義の印影がいずれも各名義人の印によつて押印されたものであるということは当事者間に争いがなく、原告本人の供述によつて、その余の部分も真正に作成されたと認められる甲第六号証には、昭和三七年一〇月八日、原告が昭和土地に対して一、〇五〇、〇〇〇円を、弁済期同年一二月二〇日として貸付けた旨記載されているけれども、原告本人の供述に照らすと、右甲号証の記載によつて、右記載の趣旨どおりの事実を認めることはできず、他に、昭和三七年一〇月八日に原告が昭和土地に対して、一、〇五〇、〇〇〇円を貸付けたということを認めるに足りる証拠はない。しかしながら、前掲記の甲第六、九号証、いずれも真正に作成されたことに争いのない甲第一、二号証、同第七号証、いずれも昭和土地代表者、および青木竜雄名義の印影が各名義人の印によつて押印されたことに争いがなく、原告本人の供述によつてその余の部分も真正に作成されたと認められる甲第四、五号証、および証人中川憲の証言、原告本人尋問の結果、ならびに弁論の全趣旨を合わせて考えると、次の事実が認められる。

青木竜雄が代表取締役で、住宅の建売りを業としていた昭和土地が、昭和三六年頃より原告から、建売り住宅の建築資金を、利息は月四分ないし五分として借受けており、その借受金債務を担保するため、建築した住宅の所有権を原告に譲渡し、登記上は売買予約を原因とする原告の所有権移転請求権保全の仮登記をしておき、住宅が売れて、その売買代金で借受金債務を弁済したときに右仮登記を抹消するという方法がとられていた。昭和三七年一〇月八日、昭和土地代表者青木竜雄と原告の間で、当時残存していた昭和土地の原告に対する借受金債務のうち一、〇五〇、〇〇〇円の弁済期を同年一二月二〇日とし、右債務を担保するため、同年八月頃に建築された昭和土地所有の本件建物所有権を原告に譲渡し、登記上は売買予約を原因とする原告の所有権移転請求権保全の仮登記をし、昭和土地が右約定弁済期を徒過したときは、直ちに右仮登記の本登記を行う旨の合意がなされ、右合意に基いて本件仮登記がなされた。

右のように認められ、右認定を覆すに足りる証拠はない。右認定事実によると、本件仮登記の登記簿上に記載された登記原因は、本件建物についての権利関係の実際と相違しているけれども、右の相違は、本件仮登記を無効とするものではないと解するのが相当である。

(三)  原告が昭和土地を被告とし、東京地方裁判所昭和三九年(ワ)第一一三四号事件として、本件仮登記の本登記手続等を求める訴を提起し、右訴訟において、昭和四三年三月一六日、原告と昭和土地の間で、昭和土地は本件建物が原告の所有に属することを認め、本件仮登記の本登記手続を行う旨の条項を含む訴訟上の和解が成立したことは、当裁判所に顕著なことである。

(四)  真正に作成されたことに争いのない乙第八、九号証、および弁論の全趣旨によつて、いずれも真正に作成されたと認められる乙第一ないし第四号証、同第五号証の一ないし四、同第六、七号証の各一、二、同第一〇号証、および証人中川憲の証言、ならびに弁論の全趣旨を合わせて考えると、次の事実が認められる。

昭和三六年四月二日頃、被告は昭和土地との間で、練馬区高松町二丁目四七二〇番七、宅地四三坪二合三勺、および同所同番地七、家屋番号四七二〇番三、木造瓦葺平家建居宅一三坪五合(高松町物件)を代金一、五〇〇、〇〇〇円で買受ける契約を結び、その代金を支払つて、同年六月八日、右物件の所有権移転登記を受けた。しかし、右家屋が手狭になつたので、被告は、昭和三七年六月五日頃、昭和土地との間で、練馬区旭町六八二番地三五所在の木造瓦葺二階建居宅、延坪一七坪五合、およびその敷地(旭町物件)を代金二、〇〇〇、〇〇〇円で買受ける契約を結び、その頃、右家屋に移転し、同年一一月一二日頃までの間に右代金の内一、一四〇、〇〇〇円を昭和土地に支払つた。他方、被告は同年七月二三日頃、溝口敏夫との間で、高松町物件を代金一、九〇〇、〇〇〇円で売渡す契約を結び、右代金の内金を受領した。

ところが、被告が買受けた旭町物件は、昭和土地の川口正文からの借受金一、〇〇〇、〇〇〇円の担保とされていたもので、被告は川口からその明渡しを要求され、さらに、高松町物件は同年六月三〇日頃に昭和土地によつて、近藤幹太に売渡され、同年七月二日、近藤に対する所有権移転登記がなされてしまつていたので、被告は溝口と結んだ高松町物件の売買契約を履行できなくなつた。そこで、被告は昭和土地から旭町物件について所有権移転登記を受けたうえ、昭和三八年九月一九日頃、片山治夫との間で、右物件を代金二、三〇〇、〇〇〇円で売渡す契約を結び、右代金を受領し、これによつて、溝口から受領した高松町物件の売買代金内金を返還して、売買契約を解約し、川口に対して一、〇三〇、〇〇〇円を支払つて、同人の旭町物件についての担保権を消滅させた。このように、被告は、昭和土地が被告所有の高松町物件を他に売却してしまい、また被告に対して、他に担保に提供してあつた旭町物件を売渡したために、ほぼ高松町物件の当時の時価相当額の損害を受け、その居住すべき家屋がなくなつてしまつたので、昭和土地代表者青木に対して、早急にその賠償をするよう再三要求していたが、昭和土地がその解決をしなかつたので、昭和三八年九月頃、被告は当時空家となつていた本件建物に入居した。被告が本件建物に入居したことは、間もなく昭和土地代表者青木に知れたが、昭和土地から被告に対する本件建物居住についての苦情の申入れは何もなかつた。

右のように認められ、右認定を覆すに足りる証拠はない。右認定事実によると、昭和土地は、右認定のとおりの昭和土地の行為によつて被告に与えた損害の賠償の履行を遅滞していることの代償として、被告が本件建物に居住することを黙示的に承諾したと認めるのが相当であるから、昭和三八年九月頃、被告と昭和土地の間に、本件建物の賃貸借契約が黙示的に成立したということができる。

(五)  しかしながら、被告と昭和土地の間に右認定のように本件建物の黙示的賃貸借契約が成立するより前である昭和三七年一二月三日に、本件建物について原告のために本件仮登記がなされ、昭和四三年九月二八日、その本登記がなされたことは、前記(一)ないし(三)記載のとおりである。被告は、原告の本件建物所有権の取得は、その昭和土地に対する債権の担保を目的としたものであるから、民法第三九五条を類推適用して、被告の本件建物賃借権は、原告に対抗できると解すべきであると主張するが、民法第三九五条の、いわゆる短期賃貸借は抵当権の登記後になされたものでも、抵当権者に対抗することができる、という規定の意味は、短期賃貸借は抵当権の設定登記後になされたものでも抵当物件の競落人たる新所有者に対抗できるという意味であり、競落人は、抵当物件の競落に当つては、短期賃貸借の存在を知つて競落するものである(競売手続においては、競落人に対抗できる賃貸借があるときは、これを公告に記載すべきことになつている)のに対し、仮登記をした譲渡担保権者(厳密な意味での譲渡担保権者のみでなく、債権担保を目的とする停止条件付代物弁済契約、代物弁済予約、売買予約等による権利者を含む)が本登記を受けるにあたり、仮登記後になされた目的物件についての賃貸借の存否を知り得るとは限らないこと、また、抵当権者が抵当権実行の結果、被担保債権が完済されない場合には、弁済を得られない部分は債権として、残存するのに対して、譲渡担保権(前記のような広い意味での)の場合には、担保物件の価額と被担保債権額との関係が必ずしも右のように処理されるとは限らないことなどの点を考えると、被告の前記の主張は傾聴すべきものではあるが、ただちに採用することはできない。してみると、被告の本件建物についての賃借権は原告に対抗できないものといわなければならない。

結論

以上のとおりであるから、本件建物所有権に基いて、被告に対してその明渡しを求める原告の請求は理由があるので、これを認容することとし、訴訟費用の負担について民事訴訟法第八九条、仮執行の宣言について同法第一九六条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 寺井忠)

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