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東京地方裁判所 昭和38年(ワ)9357号 判決 1965年6月30日

原告

篠崎幸夫

代理人

清水繁一

小宮正已

被告

阿蘇泰彦

被告

株式会社西谷製作所

代表者

西谷三郎

被告両名代理人

渡辺幸吉

主文

(1)被告等は、各自原告に対し金一、四一〇、〇〇〇円及び内金一、一二〇、〇〇〇円に対する昭和三八年一一月一五日以降内金二九〇、〇〇〇円に対する昭和三九年八月五日以降右各支払済に至るまでの年五分の割合による金員を支払え。

(2)原告のその余の請求を棄却する。

(3)訴訟費用は、これを六分し、その五を原告の、その余を被告等の連帯負担とする。

(4)この判決は、第一項に限り仮りに執行することができる。

事実

原告訴訟代理人は「(1)被告等は、原告に対し金八、四〇〇、七九一円及び内金七、七四三、八八一円に対する昭和三八年二月一五日以降、内金六五六、九一〇円に対する昭和三九年八月五日以降各完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。(2)訴訟費用は、被告等の負担とする。」との判決及び仮執行の宣言を求め、その請求原因として次のとおり陳述した。

一、本件事故の発生

昭和三八年六月一五日午前九時一〇分頃、墨田区向島押上町二三三番地先交差点において、被告阿蘇の運転する貨物自動車(足四す五七五〇号)と原告の運転する原動機付自転車とが衝突し、よつて原告は、左下腿部複雑骨折(下腿粉砕骨折)、右前腕左上肘関節部挫創及び右膝関節部挫傷の傷害を被つた。

二、被告等の責任

(一)  本件事故現場は、本所方面より吾嬬町西一丁目方面に向う巾員約一〇米の舗装道路と十間橋方面より押上請地方面に向う巾員約八米の舗装道路との交差点であり、信号機の設備がなく、附近にはかような交差点が数多く存在する。従つて被告阿蘇としては、予め減速するとともに特に交差点にさしかかつた際は徐行して左右前方の安全を認確した上進行すべきであるのにこれを怠り漫然進行したため本件事故が発生するに至つたものである。

(二)  本件事故は、被告会社の従業員運転手である被告阿蘇が被告会社の前記貨物自動車を運転して業務に従事中発生したものである。

(三)  よつて被告阿蘇は、民法第七〇九条により、被告会社は、第一次的に自動車損害賠償保障法第三条により、第二次的に民法第七一五条により本件事故によつて生じた後記各損害を賠償すべき義務がある。

三、損  害

原告は、本件事故当時吾嬬螺子製作所なる名称の下に製線鋲螺の販売業を営んでいたが、本件事故により前記のような傷害を受け、訴外健生堂病院に入院の上治療したが、左下腿部の血行障碍のため末稍部の壊死が発生し、敗血症様の症状を発したので同年七月二日左大腿下部より切断するに至つた。そのため原告は、次のような損害を被つた。

(一)  治療費等 金三七、一四四円

(1)  入院治療費 金一〇八、二八三円(被告において支払済)

(2)  入院中の諸経費

(イ) 入院手続料 金一〇、〇〇〇円(被告において支払済)

(ロ) 切断足措置料 金三、〇〇〇円

(ハ) 氷代 金三、四八〇円

(ニ) 副食費 金二二、六九七円

合計 金三九、一七七円

(3)  退院後の治療費 金七、九六七円

以上(1)(2)(3)の合計 金一五五、四二七円

被告の支払額を控除した残額 金三七、一四四円

(二)  附添人費用 金三〇、〇〇〇円

原告は、入院中の六〇日間は全く歩行することができなかつたので、原告の妻が所謂職業附添人に代り原告の世話をした。

而して職業附添人を雇えば、一日金一、〇〇〇円の賃金を支払わなければならないが、原告の妻がこれに当つたためそれに要した費用は、右職業附添人の半額と算定すべきである。よつて一日金五〇〇円の割合による六〇日間の合計金三〇、〇〇〇円の損害を被つたものというべきである。

(三)  臨時雇人に支払つた給料 金八〇、〇〇〇円

原告は、入院中営業を継続させるために運転免許所有者二名を店員として雇入れ、右期間中一人月額金二〇、〇〇〇円合計金八〇、〇〇〇円を支払つた。

(四)  全快祝費用 金一〇六、九五〇円

(五)  義足代 金三三〇、〇〇〇円

原告は、義足代として訓練用金一〇、〇〇〇円、常用金二〇、〇〇〇円を支出したが、右常用義足は僅か半年も経たずに破損してしまい、新に耐久性のある義足を作らせ、その代金として金一〇〇、〇〇〇円を支払つた。

右特製の義足の耐用年数は約一〇年であるから原告の全生涯には更に二足を必要とする。

(六)  原付修理代 金六、一六〇円

(七)  得べかりし利益 金五、五六〇、五三〇円

原告は、前述の営業により昭和三七年度所得税確定申告に当り金四九〇、〇〇〇円を申告し、それに基き納税した。而して本件事故により原告は、前記のように左大腿下部を切断するに至つたが、右傷害は、労働基準法に規定される身体障害等級第四級に当り、従つてその労働能力喪失率は九二%減となつたものというべきところ、原告の平均余命年数は三二・一八才であるから、原告が本件事故によつて喪失した将来の得べかりし利益をホフマン式計算方法によつて算出すると金五、五六〇、五三〇円となる。

仮りに右のような算定方法が相当でないとしても、次のような理由により原告は、本件事故により金四、四三二、六三三円の得べかりし利益を喪失したものというべきである。すなわち原告は、昭和三六年五月から営業を開始し、同年末までに金二〇〇、〇〇〇円の営業収益を上げたのでそれに基き所得税の確定申告をなし納税した。而して昭和三七年度は金四九〇、〇〇〇円の営業収益をあげたためそれに基き所得税の確定申告をなした。よつて原告の昭和三六年度と昭和三七年度の営業収益を比較すると一〇〇対一六三となる(昭和三六年度の営業期間は八ケ月でありこの間二〇〇、〇〇〇円の収益をあげたので一二ケ月間の営業と仮定し、右金額に八分の一二を乗じて昭和三六年度の営業収益を算出すると金三〇〇、〇〇〇円となり、これによつて両年度間の比率を算出すると右のような割合となる。)、従つてもし本件事故がなかつたとすれば原告の昭和三八年度における営業利益は、社会経済の成長率を度外視しても前記営業の成長率からして金七九八、七〇〇円となつた筈である。しかるに原告の昭和三八年度の営業収益は、逆に金四五〇、〇〇〇円となり、従つて昭和三八年度においては金三四八、七〇〇円の得べかりし利益を喪失したものというべきである。而して本件事故がなかつたとすれば今後原告の営業がますます隆盛に赴くことは明らかであるが、この点を度外視し、原告の平均余命年数は三二・一八であるからこれを乗じて旦ホフマン式計算方法により右期間の得べかりし利益の現在額を算出すると金四、四三二、六三三円となる。

仮りに右主張が理由がないとしても、原告は、次の理由により本件事故によつて金二、九六〇、二一五円の得べかりし利益を喪失したものというべきである。すなわち、原告は、本件事故のため左大腿下部を切断せざるを得なかつたため螺子の如き重量のある商品運搬は不可能となつてしまつた。故に本件事故は完治までの約束で雇入れた店員二名を、原告が退院して営業にたずさわるようになつた今日でも商品運搬等のため雇備せざるを得なくなつた。右店員中の一名は原告が本件事故により営業上やむを得ず使用しているものであつてこれによる出費は、本件事故により生じた営業上の損失である。よつて事故当時の臨時雇人としての給料月額二〇、〇〇〇円が、将来全く増額されることがないと仮定しても原告は、本件事故により毎年金二四〇、〇〇〇円の損失を蒙るわけである。而して原告の平均余命が前記の如く三二・一八年であるからこれを基礎としてホフマン式計算をすれば、原告の得べかりし利益は、金二、九六〇、二一五円となる。

(八)  慰藉料 金二、〇〇〇、〇〇〇円

原告は、本件事故のため前記のように左足を切断するに至り、事故以前夢にえがいた新営業所の開設も将来に期待する営業の隆盛も、本件事故により殆んど消えうせてしまい、しかも一生を不具者として働かねばならず誰しもが考える老後のたのしみや同業者の旅行等への参加も期待し得ない状態となつてしまつたのである。それであるからこそ左大腿下部切断に当つては慎重に医師の診断を仰ぎ、なおあきらめきれずに東大木本外科の森医師に迄診断して貰つたのであるが、右博士の診断の結果も亦、生命が惜しければ一刻も早く切断せよとの結論に、あきらめきれない原告や家族を医師が説得して切断を決意するに至らしめたのである。一方被告会社は、従業員二〇三名を使用し三五〇頓プレスを始めプレス二五〇台近くを有してプレス業を盛大に営んでいるのである。以上のような原告の精神的苦痛に対する慰藉料は、金二、〇〇〇、〇〇〇円が相当である。

(九)  弁護士費用 金二五〇、〇〇〇円

原告は、東京三弁護士会事故処理委員会に相談した結果、同委員会より東京弁護士会所属弁護士小宮正己を紹介され、右弁護士に本件訴訟を依頼し、同弁護士との間で交通事故処理委員会担当弁護士報酬規程第一〇条所定の手数料(請求額五分)の範囲内で金二五〇、〇〇〇円を手数料として支払つた。

四、よつて原告は、被告等に対し前項の損害合計金八、四〇〇、七九一円及び内金七、七四三、八八一円に対する訴状送達の翌日である昭和三八年一一月一五日以降、残金六五六、九一〇円に対する訴状訂正申立書陳述の翌日である昭和三九年八月五日以降いずれも完済に至るまで年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。<以下省略>

理由

一、請求原因第一項の事実(本件事故の発生とこれによる原告の負傷)は当事者間に争いがない。

二、被告等の責任

(一)  被告阿蘇の過失

<証拠―省略>を総合すると次のような事実を認定することができ、この認定に反する<証拠―省略>はその余の証拠と対照して措信し難く、外にこの認定を左右するに足りる証拠はない。

(1)  本件事故現場は、十間川方面から吾嬬町西一丁目方面にほぼ南北に通じる巾員約一〇米のアスフアルト舗装道路(以下単にA道路という)と通称虎橋通り方面から東西に通じる巾員約八米のアスフアルト舗装道路とがほぼ直角に交わる交差点であり、その四つ角はいずれも五米に亘つて隅切りがなされているが、附近に事務所、商店、人家等があるため、交差点手前における左右の見通しはいずれも不良であり、信号機の設備がないこと、附近には同様の交差点が多数存在すること及び右虎橋通りは京成押上駅方面から吾嬬町西一丁目方面に向う主要道路であつて人車の交通がひんぱんであるが、右A道路は、その裏通りにあたり、本件交差点付近の交通は甚だ閑散であること。

(2)  被告阿蘇は、本件事故当日被告車を運転して本件交差点の一つ手前の交差点(本件交差点との距離は約三〇米であり、被告車の進行方向左側角は大きく隅切りがなされている)を左折してA道路に入り、毎時約四〇粁の速度で本件交差点にさしかかつたが、その直前に至つたとき、右方道路から毎時約三五粁の速度で道路左寄を進行中の原告車を認め、直ちに急停止の措置を講じたが、停止寸前に原告車の左側面に被告車の前部バンバーの附近が衝突したこと。

被告等訴訟代理人は、交差点直前における被告車の速度が約二五粁であつたと主張し、<証拠―省略>はこれと符合するが、<証拠―省略>によつて認め得る原告車を発見した時の被告車の位置及びそのスリツプ痕と停止地点、<証拠―省略>によつて認め得る被告阿蘇が捜査官に対して当時の被告車の速度は約四〇粁であつたと述べている事実とを総合すると、被告車の速度は約四〇粁であつたと認めるのが相当であり、また被告代理人は、被告車は本件交差点の一つ手前の交差点を左折してA道路にはいつたものであるから、本件交差点に達する迄に毎時四〇粁の速度を出すことはできないと主張するが、右のような事実があつたからといつて前記認定を左右するに足りるものではない。

本件事故現場のように、左右の見通しが不良であり、且人車の交通の閑散な交差点においては、交通のひんぱんな主要道路と異なり、自転車等が不用意に交差点内に進入することが当然予想され得るところであるから、自動車等がかような交差点に進入するにあたつては、何時でも停止できるように徐行して進行すべき義務があるというべきところ、前記認定事実に徴すると被告阿蘇は、右の注意義務を怠り、慢然前記速度で進行した結果、本件事故の発生を見るに至つたものというべきである。

(二)  被告会社が当時被告車を自己のために使用していたことは、弁論の全趣旨により争いないものと認める。そして被告阿蘇が被告会社の従業員運転手であり、被告車を業務のために運転中本件事故が発生したものであることは当事者間に争いがなく、本件事故について被告阿蘇に過失があつたことは右に認定したとおりである。

よつて被告会社は、同被告の主張するその余の免責要件については判断するまでもなく、自動車損害賠償保障法第三条により後記人身損害を賠償すべき義務がある。また同被告は、民法第七一五条所定の免責要件として同被告の主張第三項(一)のように主張するが、本件事故当時被告阿蘇が未成年であり、その前年に普通免許を得たにすぎず、しかも速度違反の前歴が二回あることは前記乙第三号証によつて認め得るところであり、本件事故の態様が前記のようである以上、たとえ被告会社の主張するような注意をなしたとしても、右のような平均的一般的な注意だけでは、同条所定の注意をなしたものということはできない。したがつて被告会社は、同条により原告の後記物件損害について賠償すべき義務がある。

三、損  害

(一)  治療費等

(1)  入院治療費

原告が本件事故により訴外健生堂病院に入院し、入院治療費として金一〇八、二八三円を被告会社において支払をなしたことは当事者間に争いがない。

(2)  入院中の諸経費

原告の入院に際し、(イ)入院手続費用金一〇、〇〇〇円を被告会社において負担したことは当事者間に争いがなく、<証拠―省略>によると原告は、(ロ)切断足処置料として金三、〇〇〇円、(ハ)氷代として金三、四八〇円、(ニ)副食栄養費等の諸雑費として金二二、六九七円を支出したことを認め得る。

(3)  退院後の治療費

<証拠―省略>によると、原告は、前記負傷を治療するため退院後の治療費として合計金七、九六七円を支出したことを認め得る。

(二)  附添人費用

<証拠―省略>並に前認定の本件事故によつて原告が被つた傷害の状況とを総合すると、原告の妻染子が六〇日に亘る入院中原告に附添い看護をなしたこと及び右附添が必要己むを得ないものであつたことを認め得る。本件のように看護上必要と認められる範囲内において妻が附添をなした場合は、これによつて現実に金員の支出を要した訳ではないが、なおこれを事故による損害として評価すべく、而して職業附添人の附添料が一日約金一、〇〇〇円であることは当裁判所に顕著な事実であるから、その半額金五〇〇円を損害額とする原告の主張は相当というべきである。よつて原告は、附添料相当額として金三〇、〇〇〇円の損害を被つたものということができる。

(三)  臨時雇人に対する給料

<証拠―省略>によると、原告は、本件事故による二ケ月間の入院中も営業を継続するため臨時雇人二名を雇入れ、一人当り月額金二〇、〇〇〇円合計金八〇、〇〇〇円を支出したことを認め得る。

(四)  全快祝費用

原告は、全快祝の費用として金一〇六、九五〇円を支出し、これもまた事故による損害であると主張し、<証拠―省略>によると原告が入院中知人等から見舞を受けたお返しとして右金額を支出したことを認め得る。しかしながら、入院中の見舞に対するお返しの如きは、見舞客の厚意に対する感謝のしるしとしてなされるものであり、賠償として不法行為者から取立てるに適しないものである。このことは、見舞として金品等を受けてもこれを事故により利益として損害額から控除しないことと照応し、もし見舞に対するお返し代を損害として計上するならば、見舞として受けた金品をこれより控除すべく、原告の本人尋問の結果によると、原告がなしたお返し以上の見舞を受けていることが認められるから、この点からしても原告の主張は採用の限りではない。

(四)  義足代

<証拠―省略>によると原告は、訓練用として金一〇、〇〇〇円、常用として金二〇、〇〇〇円を支出して義足を購入していたが、右常用義足は間もなく破損し、新に金一〇〇、〇〇〇円を支出し義足を購入したこと及び右義足の耐用年度は十年に満たないものであり、原告の生涯においては更に少くとも二足を必要とするものであることを認め得る。而して右の購入費は、将来において支出すべきものであるところ、右耐用年数からすると事故の時から各一〇年目毎に各一足宛の義足を必要とするものとして本件事故時から右各支出すべき時期までの中間利息を控除した額をもつて本件事故当時に原告が被つた損害と認めるのが相当である。よつて右二足の購入費の事故当時における現在額をホフマン式計算方法により算出するとそれぞれ金六六、六六六円及び金五〇、〇〇〇円となる。

(六)  原付修理代

<証拠―省略>によると原告は、本件事故により破損した原告車を修理するため金六、一六〇円を支出したことを認め得る。

(七)  得べかりし利益

原告は、本件事故によつて左大腿下部を切断するに至り右傷害は、労働基準法所定の身体障害等級第四級に当り、従つてその労働能力喪失率は、九二パーセントであるところ、原告が昭和三七年度の所得として確定申告をなした額が金四九〇、〇〇〇円であるから、その九二パーセントをその生涯に亘つて喪失したと主張する。しかしながら右に所謂労働能力喪失率なるものは国が労働者災害補償保険法第二〇条第一項の規定に基き第三者に求償すべき場合の損害額の計算について定められた行政上の画一的な基準であるにとどまり、得べかりし利益の喪失による個別的現実的な損害を算定するについては一応の基準となし得るにしても、それ丈で直ちに右の割合による得べかりし利益を喪失したものとすることができないことは多言を要しない。而して本件原告のように片足を切断した場合にはその業種の如何により(例えば肉体労働者であるかどうか)相当額の減収を来すべきことを推認し得るし、又原告本人は、事故前の売上が月額約三、〇〇〇、〇〇〇円、事故後のそれが半減して約一、五〇〇、〇〇〇円、利益が売上の二割であると供述するが、一方<証拠―省略>によると、昭和三七年度における原告本人の所得額が金三五〇、〇〇〇円、昭和三八年度におけるそれが金三七六、二五〇円として確定申告されていることを認め得るのであり、確定申告額が現実の所得額と必ずしも一致するものではないにしても、前記原告本人の供述するところは右所得申告額と相隔ること甚しく、しかもその内容は前記のように漠然たるものであり、これを裏付けるに足りる何等の証拠も存しないのであるから、到底損害算定の基礎とするに足りない。

また原告は、昭和三六年度と昭和三七年度との申告所得額から営業の成長率を割り割り出し、本件事故がなかつたとすればその割合によつて昭和三八年度においても収益を増加した等<筈の誤記か―編者註>であるからその額と現実の申告所得額との差額が年間の喪失利益であるとし、その生涯に亘る金額をもつて全喪失利益であると主張する。しかしながら、前年度の営業の成長率が当然に当年度の成長率と同じであるとする証拠はなく、右主張も採用するに由ない。

さらに原告は、本件事故のため臨時に雇入れた店員二名をその後もなお営業を継続するために雇傭しているから、その中少くとも一名に対する出費は、本件事故により生じた営業上の損失であると主張するが、<証拠―省略>によれば、原告の退院後一ケ月で右臨時店員等の雇入れを止め、従前の人員で営業を継続していることを認め得るのであるから、原告のこの主張も俳斥せざるを得ない。

よつて右(一)乃至(七)の物的損害合計は、金三九九、九七〇円(すでに被告の支払つた分を除く)となるところ、本件事故に関する前記認定事実に徴すると、原告もまた徐行乃至一時停止をして安全を確認した上進行すべきであるのにこれを怠つた過失があるものというべく、当事者間に争いのない被告会社において入院治療費及び入院手続費用合計金一一八、二八三円の支払をなした事実とあわせて考慮すると、原告の右損害の中被告等の負担すべき額は、(一)乃至(三)、(六)の損害及び(五)の内金三〇、〇〇〇円の合計金一八三、三〇四円の内金一二〇、〇〇〇円、(五)の損害につき金一四〇、〇〇〇円の合計金二六〇、〇〇〇円をもつて相当と認める。

(八)  慰藉料

<証拠―省略>によると、原告は、旧制中等学校を卒業し、昭和三五年から独立して製線鋲螺の販売業を始め、翌三六年から営業所を設け、店員三名を雇傭し、事業の発展を期していたところ、本件事故に遭遇し、前認定のように二ケ月間入院の上左大腿下部から切断せざるを得なくなつたことを認めることができ、従つて本件事故が創業の途上にある原告の営業の運営にとつても多大の支障を来すに至つたであろうことは、これを推認するに難くない。前記認定のように原告の営業成績そのものが事故前と事故後とにおいてさしたる差はないにせよ、身体の不自由な原告にとつては事故前の営業成績を維持するために家族ともども通常以上の努力を要することは明らかであつて、このことは本件慰藉料の算定にあたつて特に考慮すべき事実である。よつて以上のような事実と本件事故の態様双方の過失の程度その他諸般の事情をしんしやくし、原告の精神的苦痛に対する慰藉料としては金一、〇〇〇、〇〇〇円をもつて相当と認める。

(九)  弁護士費用

<証拠―省略>によると、請求原因第三項(九)の事実(原告が東京三弁護士会事故処理委員会を介して弁護士小宮正己に本件損害賠償請求訴訟を依頼し、手数料として金二五〇、〇〇〇円を支払つた事実)を認めることができる。そして原告が本件訴訟を提起するにあたり弁護士に依頼したことは、権利の伸張に必要己むを得ない措置であつたと認め得るからこれによる支出は、本件事故による損害と認むべきところ、本件訴訟の性質(事故処理委員会を経由して提起された損害賠償請求訴訟であること)訴訟遂行の難易及び前記原告の過失その他の事実をしんしやくし右弁護士費用の中被告等の負担すべき額は、金一五〇、〇〇〇円をもつて相当と認める。

四、そうすると原告の本訴請求の中被告等に対し各自金一、四一〇、〇〇〇円と内金一、一二〇、〇〇〇円及び内金二九〇、〇〇〇円に対するいずれも損害発生の後である昭和三八年一一月一五日以降及び昭和三九年八月五日以降各完済に至るまでの民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める部分は理由があるから正当としてこれを認容し、その余を失当として棄却し、訴訟費用の負担について民事訴訟法第九二条本文、第九三条第一項但書、仮執行の宣言について同法第一九六条第一項の各規定を適用して主文のとおり判決する。(茅沼英一)

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