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東京地方裁判所 昭和38年(ワ)1415号 判決 1966年8月30日

原告

株式会社ヤシカ

右代表者

牛山善政

右訴訟代理人

竹内桃太郎

小坂志磨夫

松本重敏

被告

ダリヤ工業株式会社

右代表者

野々川光雄

右訴訟代理人

安原正之

中村弘

右補佐人弁理士

伊藤毅

主文

一  被告は、その製造にかかる化粧品の容器、包装及び広告に、別紙第一、第二目録記載の表示を使用し、又は、これを使用した化粧品を販売してはならない。

二  被告は、その本店に存在する被告所有の化粧品の容器及び包装から右表示を抹消せよ。

三  訴訟費用は、被告の負担とする。

事実

第一  当事者の求めた裁判

原告訴訟代理人は主文同旨の判決を求め、被告訴訟代理人は、「原告の請求は棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決を求めた。

第二  原告の主張

原告訴訟代理人は、請求の原因等として、次のとおり述べた。

一原告会社の概要

(一)  原告は、設立以来、大略、次の経過を経て現在に至つている。

昭和二十四年十二月 設立(商号八州精機株式会社、資本金十七万円)

昭和二十八年六月 商号を八洲光学精機株式会社と変更

昭和二十九年十二月 資本金六百万円

昭和三十年十一月 資本金二千万円

同年十二月 商号を八洲光学工業株式会社と変更

昭和三十二年五月 資本金五千万円

昭和三十三年一月 資本金一億円

同年九月 商号を株式会社ヤシカと変更

昭和三十四年七月 資本金三億円

同年十月 東京証券業協会により店頭売買銘柄として取引の承認を得る。

昭和三十五年十二月 資本金六億円

昭和三十六年十月 東京証券取引第二部認可上場

昭和三十七年八月 同第一部認可上場

昭和三十八年十月 資本金十二億円

(二)  原告の目的事業は、当初精密機械及びその部分品の製造販売であつたが、逐次、その内容を拡大多角化して、現在では、各種カメラ、撮影機等の光学機械はもち論、電気機械器具、写真用感光材料その他化学工業品の製造販売にまで及んでいる。

しかして、原告の主力商品であるカメラの販売実績の推移は、次のとおりである。

昭和二十九年度 二億六千万円

昭和三十年度 四億九千万円

昭和三十一年度 九億一千万円

昭和三十二年度 十二億四千万円

昭和三十三年度 二十六億八千万円

昭和三十四年度 四十億円

昭和三十七年度 五十八億七千万円

なお、原告のカメラの販売高は、昭和三十四年度国内において首位を占めて以来、引き続き三位を下らず、また、輸出においてはそれ以来現在まで首位を占めている。

(三)  原告は、東京都に本店を、長野県諏訪郡下諏訪町に工場を設け、約二千五百人の従業員を有するほか、次のような系列会社がある。

(1) ヤシカ産業株式会社

昭和二十九年四月、原告製品の国内販売を担当するために設立され、大阪、名古屋、福岡、札幌及び広島に営業所を有する。

(2) ヤシカ・インク

設立 昭和三十一年二月

本店所在地 アメリカ合衆国ニユーヨーク市

目的 写真機器、光学機器等の取引、輸出入、売買等

(3) 株式会社ヤシカ・インターナショナル・コーポレーション

設立 昭和三十四年九月

目的 光学機器、電気機器、日用品、雑貨等の輸出入並びに販売

(4) ヤシカ・ヨーロツパ

設立 昭和三十七年二月

本店所在地 西ドイツ ハンブルグ市

目的 写真機、光学機器の輸出入等

(5) ヤシカ電工株式会社

設立 昭和三十七年八月

目的 電気機器及びその部品等の製造、販売、輸出入

(6) ヤシカ・フランス

設立 昭和三十八年二月

本店所在地 フランス パリ市

目的カメラ、光学機械、トランジスター、テープレコーダーの製造販売

二原告の表示及びその周知性

(一)  原告は、昭和二十六年頃からその商品カメラについて、「八洲のカメラ」を略称する趣旨で、独自に創り出した造語商標「ヤシカ」を使用してきた。

原告は、その後別表(一)記載の各商標権を取得して、その商品カメラ、感光材料、顕微鏡、テレビ、ラジオ及びテープレコーダー等についても、右各登録商標を使用している。

(二)  原告は、その商品であるカメラ「ヤシカ」の名が高まるとともに、「ヤシカ」の表示を、単にその商品の商標としてだけでなく、原告の営業表示としても使用するに至り、昭和三十三年一月には、前記のとおり、その商号を株式会社ヤシカに変更した。

(三)  原告は、大衆商品としてのカメラを製造販売した最初の業者であり、そのために強力な大衆宣伝活動をした。

まず、原告は従来のカメラ業界の常識を破つて、昭和二十九年頃から、一流日刊新聞、スポーツ新聞、業界誌等の媒体を使用して、「三等料金で一等車に」「八、〇〇〇万人の愛用機」「世界の新製品」「カメラの時代が変りました。」等のキヤツチフレーズをもつて派手すぎるとの批判が出るほど強力に広告した。その結果、当時の主力商品ヤシカフレツクスB型は大衆価格で求められる高級カメラとして、各種のジヤーナル紙上に紹介され、購買者層が全国的に拡がるとともに、「ヤシカ」の商標は、たちまちにしてその名声を高めた。昭和三十二年九月、ヤシカエイトの発売に当つては、「カメラの値段がになりました。」「夜でも見えるスーパースクリーン」「ヤシカエイトで―ハイ本番」「たつた十円で―ワンカツトの映画ができます。」等大衆の日常感覚にマツチしたキヤツチフレーズで宣伝した。

また、原告はその宣伝広告に民間放送テレビを十分に活用した。すなわち、原告は昭和三十三年二月JOKRテレビから「NGタイム」という三十分番組を放送したのを手始めに、「ヤシカ木曜劇場」「ヤシカ土曜劇場」「ヤシカゴールデン劇場」等の番組及び野球放送により、カメラメーカーのみでなく、一般産業の利用者中でも指折りのスポンサーとなつている。これにより「ヤシカ」なる表示は驚異的な速度で全国的に浸透した。

さらに、原告は野球場、空港、繁華街等に多数の伝宣広告塔を設置して常時宣伝広告に努めている。ちなみに、昭和二十九年度以降原告が費消した宣伝広告費の額は別表(二)のとおりである。

(四)  以上のような大衆宣伝活動と、原告の商品であるカメラが優秀な性能、ユニークなデザインを有するにかかわらず一般大衆向きの低廉な価格であることにより、原告会社は、前項において主張したように発展し、「ヤシカ」の表示、なかんずく、別紙第三目録記載の表示は、原告の商品たることを示す商標としてはもち論、原告の営業表示としても、わが国において広く認識されている。

三被告の表示及びその使用態様

被告は、現在その製造にかかる化粧品の容器及び包装に別紙第一、第二目録記載の表示を使用し、又は、これらを使用した化粧品を販売し、看板及びラジオ、テレビ放送による化粧品の宣伝に右表示を使用している。

また、被告はその本店において右表示を附した化粧品の容器及び包装を所有占有している。

四表示の類似性及び商品、営業活動の混同

(一)  別紙第三目録記載の(イ)及び(ロ)の表示は、原告が全く独自に創案した新造語であるほか、その書体も専門デザイナーの創作にかかるものであり、称吸及び観念において顕著な特異性を有するところ、別紙第一目録記載の表示は右表示と文字及び称呼が同一であるに止まらず、その書体まで酷似している。

(二)  別紙第二目録記載の表示は、別紙第三目録の(ハ)、(ニ)及び(ホ)の表示に類似している。とくに、その要部である「ヤシカ」の部分は文字及び称呼が同一であるに止まらず、その書体まで酷似している。

(三)  その結果、

(1) 原告は、第一項において主張したとおり、比較的短期間に急速に発展した若い企業であつて、幅広い事業意欲を持つていること、

(2) 原告は、第一項で明らかにしたように、国内国外において「ヤシカ」マークの下に多数の系列会社を持ち、その業務にかかる商品々目も多岐にわたること、

(3) 原告の主力商品であるカメラと被告が別紙第一、第二目録記載の表示を使用している化粧品とは、ともに一般大衆を需要者とする商品であり、薬屋、化粧品店、雑貨屋、デパート等の同一店舗又は同一区画、同一ケースで販売されることが多く、また、原告の商品である写真フイルム、乾板、印画紙、感光剤、現像薬、定着剤等は商品としての外装、販売方法において化粧品と極めて近似していること、

(4) カメラと化粧品とをともに取り扱う業者も多く、たとえば、「黒龍」の商標で著名な化粧品メーカーの商事部門である黒龍商事がカメラの販売に進出し、資生堂及び興和株式会社(「コルゲンコーワ」の商標で著名な薬品メーカー)がカメラ、光学機械関係の事業をも目的とし、現に営業していること、

(5) 被告は、その製造にかかる化粧品の容器、包装及び広告に自己の商号を全く表示しないか、最も見にくい部分に細字で表示しているにすぎないこと等の事実と相俟つて、被告の化粧品は、原告又はその系列会社の業務にかかる商品と混同され、被告の営業活動は、原告又はその系列会社の営業活動と混同されている。

今その具体例のいくつかを挙げれば次のとおりである。

(1) 原告は、昭和三七年六月二十日頃、日本新潟通運株式会社から被告が支払うべき運送代金を誤つて請求されたこと、

(2) 本訴提起前に調査のため購入した被告製品が原告の担当者の机上にあるのをみて、他部課の原告社員が「今度は化粧品に進出するのか」と本気でたずねたこと、

(3) 被告に宣伝用看板の貼付を許可している者及び被告製品の販売業者の中にも、ヤシカ化粧品の製造販売が原告の事業であるか、少なくとも原告との共同事業であると信じているものが多数あること。

五営業上の利益を害せられるおそれ

不正競争防止法第一条にいう「営業上の利益を害せられる虞あるもの」とは不正競争行為の差止請求権自体の実体法上の法律要件ではなく、原告適格の一要件にすぎないのであり、顧客の喪失、売上の減少、信用の毀損等定型的直接的損害を主張する者はもち論、不正な混同行為により著名表示の宣伝的機能を減殺され、宣伝のために投下した資本が十分に回収されないこと、したがつて、広告努力に重大な支障をきたすことを主張する者、あるいは、混同行為の結果著名表示の唯一性又は企業イメージが稀薄化されることにより著名表示の客観的価値が減少されることを主張する者も、これに包含されるものと解すべきところ、原告は、第三項記載の被告の行為により、次のとおり営業上の利益を著しく害されている。すなわち、

(一)  「ヤシカ」なる表示につき原被告の宣伝が重複する結果、原告の宣伝効果は集中的に帰層せず、分散され稀薄化されて商品ないし営業表示の最も重要なる機能である宣伝的業能が著しく減殺され、これがため、投下資本の正常な回収が阻害されること、

(二)  別紙第三目録記載の原告の表示は、原告が独自に創作した造語表示であり、唯一性ないし単一性を有し、無形の資産として高い価値を有するところ、被告の前記行為により、原告が営々として築き、管理し、そして維持してきた右表示の唯一性は一朝にして否定され、その評価と名声は忽ちにして崩壊の危機にさらされ、これを放置して第二、第三の侵害者が生ずれば、その招来するであろう結果は誠に恐るべきものがあること、

(三)  被告が別紙第一、第二目録記載の表示を使用している化粧品は粗悪品であるため、原告の信用が毀損されるおそれがあること、

(四)  原告は、被告が支払うべき運送代金、広告費等につき、一度ならず誤つてその支払の請求をうけ、現実に財産上の損失を蒙る危険にさらされていること。

六よつて、原告は、被告に対し、不正競争防止法第一条第一号又は第二号の規定に基づき、請求の趣旨記載のとおり、不正競争行為の差止及びその予防に必要な行為を請求するため、本訴に及んだ次第である。

七被告の主張第七項の事実について

(一)  同項(一)の事実は認める。

(二)  同項(二)の事実のうち、被告が昭和三十八年十月二十二日登録第五七一、七四五号の商標権につき専用実施権設定の登録を経たことは認めるが、その余の事実は否認する。

(三)  同項(三)の点は争う。

別紙第一目録記載の表示は、欧文字のものはもち論、邦文字のものも、右登録商標とその形状を異にし、同一の商標ということはできない。

別紙第二目録記載の表示は、営業表示であり、商標としては使用されていないので、右商標権の行使には該当しない。

八仮に被告による別紙第一、第二目録記載の表示の使用が右商標権の行使に該当するとしても、次の諸点に鑑みれば、これは権利の濫用と目すべきものであるから、不正競争防止法第六条所定の適用除外事用にはあたらない。

(一)  被告主張の商標権は元来無効原因を包含していること、すなわち、右登録商標は、出願当時、他人である原告がその商号を有し、かつ、原告の業務にかかる商品と混同を生ずるおそれがあつたこと。

(二)  被告が別紙第一、第二目録記載の表示を使用するに至つた意図は、明らかに原告の著名表示にただ乗りしてその名声と信用を利用するにあつたこと、

(三)  右商標権の行使の態様において著しく権利の範囲を逸脱し、その形状を原告の著名表示に酷似させていること。

第三  被告の主張

被告訴訟代理人は、答弁等として、次のとおり述べた。

一原告の主張第一項の事実について

(一)  同項(一)の事実のうち、原告が以前八洲精機株式会社、八洲光学精機株式会社及び八洲光学工業株式会社と称し、昭和三十三年九月現商号に変更したこと及び現在東京証券取引所第一部銘柄として上場されていることは認めるが、その余の事実は知らない。

(二)  同項(二)の事実のうち、原告の目的事業中に各種のカメラその他の光学機械の製造販売が含まれていること及び原告の主力商品がカメラであることは認めるが、その余の事実は知らない。

(三)  同項(三)の事実のうち、原告が東京都に本店を有することは認めるが、その余の事実は知らない。

二同第二項の事実について

(一)  同項(一)の事実のうち、原告がその商品カメラについて「ヤシカ」の商標を使用していることは認めるが、その余の事実は否認する。

(二)  同項(二)の事実は認める。

(三)  同項(三)の事実のうち、原告がその商品カメラにつき「ヤシカ」の商標を相当活発に宣伝広告したことは認めるが、その詳細は知らない。

(四)  同項(四)の事実のうち、原告の製造にかかるカメラが一般大衆向きの低廉な価格を有する商品であること、別紙第三目録記載の表示が原告の商品カメラの商標として、また、カメラの製造販売業者としての原告の営業表示として相当広く認識されていることは認めるが、その余の事実は否認する。とくに、原告が右表示をカメラ以外の商品に使用しているとしても、これにより直ちに原告の商品と観念されるほど周知ではなく、また、原告はいわゆる総合的企業として周知されているわけでもない。

三同第三項の事実は認める。

四同第四項の事実について

(一)  同項(一)の事実のうち、別紙第一目録記載の(イ)及び(ロ)の表示が別紙第三目録記載の(イ)及び(ロ)の表示に類似することは認めるが、その余の事実は否認する。

別紙第三目録記載の(イ)の表示はゴシツク体又は明朝活字体の一種であり、同(ロ)の表示はエジプシヤン活字の一種で、極めてありふれた書体にすぎない。

また、別紙第一目録記載の(ハ)及び(ニ)の表示は被告において図案化したもので、別紙第三目録記載の表示とは明らかに相違する。

(二)  同項(二)の事実は否認する。

原告は別紙第二目録記載の表示の要部は「ヤシカ」又は「YACHICA」の部分にあると主張するが、同種営業の表示を比較する場合と異なり、カメラの製造販売を主たる業務とする原告の営業表示と比較するに当つては、右表示の全体によりその類否を検討すべきである。しかして、本件の場合「化粧品本舗」という記載があることにより、原告の営業表示とは判然と区別することができる。

(三)  被告の表示の大部分は原告のそれと類似せず、その一部に類似するものがあつても、次のような事情により、被告の化粧品及び営業活動が原告の商品及び営業活動と混同を生ずることは全くない。すなわち、

(1) 被告は、別紙第一、第二目録記載の表示を化粧品に使用する場合には、同時に、円形のほぼ中央部に矢のように走る鹿の図形を、その下に別紙第一目録記載の(ハ)又は(ニ)の表示を配した商標をも使用していること、

(2) 被告はその製造にかかるすべての化粧品に自己の商号を明記していること、

(3) 原告が現在の商号を採用したのは比較的最近である昭和三十三年にすぎず、原告のカメラ以外の商品は殆んど知られていないこと、

(4) 化粧品とカメラ、光学機械とは全く無関係な別業種の商品として扱われていること、

五同第五項の事実は否認する。

被告は別紙第一、第二目録記載の表示を化粧品に使用しており、カメラの製造販売を主たる目的とする原告とは競業関係にないから、被告の行為により、原告が顧客の喪失、売上の減少等現実の不利益を蒙る余地は全くなく、また、原告が主張するように原告の組織的な宣伝広告の機能が減退することもない。

さらに、被告の製造にかかる化粧品はその品質が優良であり、需要者及び取引業者間において高級化粧品として好評を博し、信用を得ているから、これを販売することにより、原告の信用を毀損するなど全く考えられない。

六以上のとおり、不正競争防止法第一条柱書及び第一、第二号所定の要件事実のいくつかを欠くから、原告の本訴請求は理由がない。

七仮に右要件事実のすべてが存在するとしても、被告の別紙第一、第二目録記載の表示の使用は商標法により権利の行使と認められる行為である。すなわち、

(一)  被告の代表者野々川光雄は、昭和三十六年五月一日、設定の登録により次の商標権を取得した。

登録番号 第五七一、七四五号

指定商品 旧第三類香料及び他類に属せざる化粧品

商標見本 別紙第四目録記載のとおり

出  願 昭和三十三年十一月十三日

出願公告 昭和三十五年十一月十日

(二)  被告は、野々川光雄から、右商標権につき、範囲全部の専用使用権の設定をうけ、昭和三十八年十月二十二日その登録を経た。

(三)  別紙第一、第二目録記載の表示は右登録商標と同一の商標であり、これを化粧品の容器、包装及び広告に使用し、又はこれを使用した化粧品を販売することは右商標権の行使である。

八原告の主張第八項の事実は否認する。

第四  証拠関係〔省略〕

理由

一原告会社の概要

原告が以前八洲精機株式会社、八洲光学精機株式会社及び八洲光学工業株式会社と称したが、昭和三十三年九月その商号を株式会社ヤシカに変更したこと、その株式が現在東京証券取引所第一部銘柄として上場されていること、原告の目的事業中には各種のカメラその他の光学機械の製造販売が含まれており、カメラはその主力商品であること及び原告が東京都に本店を有することは当事者間に争いがなく、<証拠>を総合すれば、原告はその主張のとおりの経過をへて現在に至つていること、その目的事業は原告主張のとおりであること、その主力商品であるカメラの販売実績は原告主張のとおり推移し、国内における販売高は昭和三十四年度首位を占めて以来引き続き三位を下らず、輸出高はそれ以来現在まで首位を占めていること及び原告は長野県諏訪郡下諏訪町に工場を設け、約二千五百人の従業員を有するほかその主張のとおりの系列会社があることが認められ、これに反する証拠はない。

二原告の表示及びその周知性

(一)  原告がその商品カメラについて「ヤシカ」の商標を使用していることは当事者間に争いがなく、前記原告の目的事業に、前掲<証拠>、原告の製造にかかるヤシカカラーフイルム及び白黒フイルムであることに争いのない<証拠>を合わせ考えれば、原告はその商品フイルム、ラジオ、テープレコーダー、顕微鏡、望遠鏡及び双眼鏡についても右商標を使用していることが認められ、これに反する証拠はない。

(二)  原告は、その商品であるカメラ「ヤシカ」の名が高まるとともに、「ヤシカ」なる表示をその営業表示としても使用するに至つたことは当事者間に争いがない。

(三)  <証拠>を総合すれば、原告は昭和二十八年にカメラの製造販売を開始するや、「八洲のカメラ」を略称する趣旨で「ヤシカ」なる造語商標を創作し、原告主張のとおり、あらゆる媒体を利用して、商品カメラについて右商標を強力に宣伝広告し(原告は昭和二十九年度以降その主張のとおりの額の宣伝広告費を費消した。)原告の商品カメラが従来の常識を破る低廉な価格であつたことと相俟つて、前項判示のとおり原告には急速に発展したこと、その結果、「ヤシカ」なる表示とくに別紙第三目録記載の表示は一般大衆向きの低廉な価格を有する原告のカメラを示すものとしてわが国において広く認識されるとともに、右カメラの製造販売業者である原告の営業を示す表示としても広く認識されるに至つたことが認められ、これに反する証拠はない(なお、この点は事実上、被告もほぼ認めるところである。)。

原告は、「ヤシカ」の表示がカメラ以外の原告の商品を示す表示としても広く認識されている旨主張し、現にフイルム、ラジオ、テープレコーダー及び顕微鏡その他の光学機械にも使用されていることは前判示のとおりであるが、これらを示す表示として広く認識されていることを認めるに足る証拠は全くない。

三被告の表示及びその使用態様

被告が、原告主張のとおりの態様で、別紙第一、第二目録記載の表示を使用していること及びその本店において右表示を附した化粧品の容器及び包装を所有占有していることは当事者間に争いがない。

四表示の類似性及び商品の混同

(一)  別紙第一目録記載の表示が別紙第三目録記載の(イ)及び(ロ)の表示と同一又は類似であり、別紙第二目録記載の表示が別紙第三目録記載の(ハ)、(ニ)及び(ホ)の表示と類似であることはこれらを対比することにより、おのずから明白である(なお、別紙第一目録記載の(イ)及び(ロ)の表示が別紙第三目録記載の(イ)及び(ロ)の表示を類似することは、当事者間に争いがない。)。

もつとも、別紙第一目録記載の(ハ)及び(ニ)の表示は、図案化されており、別紙第三目録記載の(ロ)の表示との間には外観上多少の差異が認められるが、「ヤシカ」なる表示が、前判示のとおり、原告が独自に創作した造語商標であり、顕著な識別力を有することに鑑みれば、この程度の差異をもつて、両表示が類似しないものとすることができないことはいうまでもない。

また、別紙第二目録記載の表示には「化粧品本舗」「化粧品会社」又は「CO SMETIC CO. LTD.」等業種を表わす部分が含まれているが、後記(二)において判示する諸事情を考慮すれば、これをもつて原被告を判然と区別しえないことは明らかであるから、右業種を表わす部分の存否により、両表示が類似しないものとすることはできない。

(二)  <証拠>を合わせ考えれば、

(1)  原告は第二次大戦後比較的短期間に急速に発展した若い企業で、一般に幅広い事業意欲を有する企業であるとの印象を与えていること、

(2)  原告は現に国の内外において原告主張のとおりの系列会社を持ち、カメラ以外に、フイルム、ラジオ、テープレコーダー及び頸微鏡その他の光学機械も製造販売していること、

(3)  近時は多角経営の時代ともいわれ、カメラ業界においても、キヤノンはシンクロ・リーダーに、理研光学は複写機リコピーに、ミノルタは弱電工業にとそれぞれ進出していること、

(4)  他方、「黒竜」の商標で著名な化粧品メーカーの商事部門である黒竜商事株式会社がマイクロ写真部を設け、「コルゲンコーワ」の商標で知られている薬品メーカーである興和株式会社及び資生堂もカメラに進出していること、等の事実が認められ、これに反する証拠はない。

しかして、かかる事情の下において、別紙第一、第二目録記載の表示を化粧品に使用すれば、該化粧品は原告の製品であるか、少なくともその系列会社の製品であるとの印象を一般に与えるものと推認するのが相当である。

このことは、官署作成部分の成立は当事者間に争いがなく、その余の部分は、<証拠>により認めうべき、

(1) 原告は昭和三十七年六月二十日頃日本新潟通運株式会社から被告が支払うべき運送代金を誤つて請求されたこと

(2) 原告の社員又はその家族も含めて、実際に出所を混同した者が少なくないこと、

によつても裏付けられるところである。

被告は、別紙第一、第二目録記載の表示とともに、円形のほぼ中央部に矢のように走る鹿の図形を配した商標をも同時に使用し、かつ、その化粧品にはすべて自己の商号を明記していることを理由に、右判示のような出所の混同を生ずる余地は全くない旨主張するが、右図形商標からは(「ヤシカ」なる文字商標を合わせ考えてみても)「矢のように走る鹿」又は「矢鹿」の観念は生ぜず、また、被告の商号は商品を手にとつて注意して見ないと気付かない程度に記載されているにすぎないから、被告主張の事実も前認定を覆す資料とはなりえない。

五営業上の利益を害せられるおそれ

別紙第三目録記載の表示は原告が独自に創作した造語表示であるが、原告のみがこれを一般大衆向きの低廉な価格を有するカメラに使用して、多額の費用をかけ、その宣伝広告につとめた結果、「ヤシカ」といえば一般人をして直ちに割安な一般大衆向きのカメラを想起せしめる機能をもつに至つたことは前判示のとおりであるところ、このような表示と同一又は類似の表示を化粧品に使用することは、該表示のもつイメージを稀釈化し、カメラとの結びつきを弱めて、一般人をして一般大衆向きのカメラを想起せしめる機能、換言すれば、カメラについての顧客吸引力、広告力を減殺して、該表示が持つ無体財産権としての価値を減少させることは一般に経験則の教えるところであり、このことは、証人佐藤吉也及び同宮原源治の各証言に徴しても、これを窺知するに十分である。もつとも、特定商品についての著名表示を他の商品に使用することは、著名表示主自身によつても行われることがあるが、これは、特定商品について創造された該表示の顧客吸引力、広告力を他の商品に乗り移すことにより、企業全体としてみた場合に、該表示の顧客吸引力、広告力を増大させることができるためであり、この場合においても、特定商品についてみる限り稀釈化の現象は生じ、特定商品についての顧客吸引力、広告力は減殺されるのが通常であると認められるから、著名表示自身が特定商品についての著名表示を他の商品にも使用することがあるからといつて、そうすることが著名表示の特定商品についての顧客吸引力、広告力を減殺せしめない理由とすることはできない。したがつて、原告は被告の行為により「営業上の利益を害せられる虞ある者」ということができる(なお、原告は不正競争防止法第一条にいう「営業上の利益を害せられる虞ある者」とは不正競争行為の差止請求権自体の実体法上の法律要件ではなく、原告適格の一要件にすぎない旨主張するが、そのように解すべき合理的な根拠はない。)。

六商標権行使の抗弁

(一)  被告の代表者野々川光雄が、被告主張の日に、被告主張の商標権を取得したことは当事者間に争いがない。

(二)  被告が、その主張の日、右商標権につき範囲全部の専用使用権の設定の登録を経たことは、当事者間に争いがなく、この事実によれば、被告と野々川光雄との間に右登録の原因たる専用使用権の設定契約が結ばれたことが事実上推定されるところ、これを覆すに足る証拠はない。

(三)  別紙第一目録記載の(イ)の表示と右登録商標とを対比すれば、前者は図案化された活字体による横書きであるのに対し後者は毛筆による縦書きである点において両者は相違するが、いずれも「ヤシカ」なる称呼を有し、同一の片仮名文字からなる点において共通するところがあるから、社会通念上、両者は同一の商標であると認めるを相当とするが、別紙第一目録記載のその余の表示及び別紙第二目録記載の表示は、いずれも右登録商標と同一でないことは、これを対比すれば、きわめて明白である。

したがつて、被告が別紙第一目録記載の(イ)の表示を化粧品に使用することは一応被告主張の商標権の行使と認めることができる。

(四)  しかしながら、被告主張の登録商標が出願当時既に原告の営業表示として広く認識されていた「ヤシカ」表示と同一の文字及び称呼を有すること(なお、当時の原告の商号は株式会社ヤシカであつた。)は前判示のとおりであり、しかも、被告が実際に使用する別紙第一目録記載の(イ)の表示は別紙第三目録記載の原告の表示と書体まで酷似していることが認められる。かかる事情の下における被告の右表示の使用は、被告に原告の著名表示にただ乗りする明確な意思があると否とにかかわりなく、客観的には、登録出願当時すでに著名であつた原告の表示のイメージを潜用し、その信用力、顧客吸引力を無償で利用する結果を招来するものであるから、このような事情下における右表示の使用は、不正競争防止法第六条によう商標法による権利の行使とはいえないものと断ぜざるをえない。けだし、このような使用は、単にその表示が商標として登録されているという以外に、これを法律上保護すべき何らの実質的理由を有せず、まさに権利の濫用というを相当とするからである。

七むすび

叙上のとおり、不正競争防止法第一条第一号の規定に基づき主文掲記の判決を求める原告の本訴請求は、理由があるものということができるから、これを認容することとし(したがつて、選択的請求にかかる同法第一条第二号の規定に基づく請求については判断を省略する。)、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八十九条を適用して、主文のとおり判決する。(三宅正雄 太田夏生 佐久間重吉)

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