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東京地方裁判所 昭和38年(モ)5901号 決定 1963年9月25日

決   定

東京都世田谷区若林町二八三番地

申立人

金子真澄

右代理人弁護士

一松弘

同都同区大原町一二九〇番地

相手方

株式会社三友ネクタイ商事

右代表者代表取締役

成馬辰造

ほか八名

右当事者間の昭和三八年(モ)第五九〇一号代替執行申立事件につき次のとおり決定する。

主文

本件申立を棄却する。

申立費用は申立人の負担とする。

理由

申立代理人は「申立人の委任する東京地方裁判所執行吏は相手方等の費用をもつて各相手方を別紙目録記載の建物の各部屋から退去させることができる」との裁判を求め、その理由として

申立人は相手方株式会社三友ネクタイ商事を債務者とする東京地方裁判所昭和三六年(ヨ)第三七六七号不動産仮処分事件において「別紙目録記載の建物に対する右債務者の占有を解いて債権者の委任する東京地方裁判所執行吏にその保管を命ずる。執行吏は現状を変更しないことを条件として債務者にその使用を許さなければならない。但しこの場合においては執行吏はその保管に係ることを公示するため適当な方法をとるべく債務者はこの占有を他人に移転または占有名義を変更してはならない」旨の仮処分決定を得、その執行をしたところ、右相手方債務者はその後右仮処分に違反し他の相手方等をして別紙目録記載のようにそれぞれ右建物を占有使用せしめているから、民法第四一四条第三項民事訴訟法第七三三条第二項第七五六条第七五八条により申立どおりの裁判を求めると述べた。

申立人主張の事実は一件記録に徴しこれを認めるに十分である。よつて案ずるに、本件仮処分が別紙目録記載の建物の明渡請求権を保全するためになされたものであり、しかも右建物の物理的現状及び占有使用の現状に何等の変更を加えずかつその客観的又は主観的変更を防止抑制しつゝ将来の本執行に備えんとするいわゆる現状不変更の仮処分であることはその主文に徴し明らかである。この種の仮処分においてはその執行後も仮処分債務者が執行当時の状態において目的物に対する事実上の占有使用を継続する筋合であり、従つて債務者又は第三者がその後目的物に対して客観的又は主観的変更を加える可能性が極めて多いことは仮処分発令当時において当然予想せられると同時に、仮処分命令に違反し又はその執行の結果を無視して変更が加えられた場合にこれを仮処分執行当時の原状に回復することが困難であつては前述した仮処分本来の目的を達することができないから、発令裁判所は仮処分命令の主文形成にあたつて事案毎に必要性の程度に応じ現状変更の防止抑制及び原状回復のために有効適切な手段を採り得るよう考慮すべきであり、現になされた仮処分命令もまたかかる内容を持つものとして理解さるべきである。このような観点に立つて現状不変更のために適切な処分如何を検討してみるとおよそ次の諸点が問題となる。

(イ)  仮処分債務者に対し目的不動産の主観的又は客観的現状を変更してはならない旨の不作為を命ずる処分。

この処分の執行は決定正本の送達によつてなされ、目的不動産の占有に移すことはあり得ないから、仮処分債務者がその後命令に違反して現状に変更を加える機会と危険とが比較的多く、これを事前に防止することはほとんど不可能であつて、事後に授権決定の手続を準用して違反行為の除却及び将来のための適当の処分をなすことにより仮処分執行当時の現状に復しもつて仮処分の効果を維持することができるにすぎない。すなわち、債務者の現状変更を事前に防止し又はすでになされた違反行為ことにたやすくなされる可能性ある違反行為を速かに除却するのでなければ仮処分の趣旨を没却しその目的を達することができないような事案においては、この処分は(厳密にいえばこの処分だけでは)不十分であつて、別種の処分を別個に又は併行して命ずることが必要となる。

(ロ)  債務者以外の者をして目的物を占有せしめる処分。

上記の難点に答えるものとしては、目的不動産に対する債務者の占有使用状態を現実に制限し、債務者以外の者をしてこれを占有せしめる処分がある。そのためには一先ず債務者の占有を奪うことを必要とするが、この手続に準用すべき本執行の規定として考えられるものは

(1)  民事訴訟法第七三一条第一項

(2)  同法第七一一条第二項

(3)  同法第五六六条第一項

である。これを遂次検討するに、(1)の手続は債務者の占有を解くには適切であるが、爾後第三者(債務者以外の者)が引続き目的不動産を占有し保管するに必要な手続及び債務者をしてこれを使用せしめるにつき拠るべき規定を欠く点において適当でない。(2)の手続による場合には第三者は私人として目的不動産を占有管理するにすぎないから違反行為除却の必要がある場合には、保管人がたまたま執行吏の身分を有するときといえども、他の執行吏の立合を求めて抵抗を排除しなければならず、後述の手続に比して迂遠の感を禁じ得ないだけでなく、執行が現に継続中であることの公示を欠くために利害関係を生じた者に対して不測の損害を蒙らしめるおそれがある。これに反し(3)の手続によるときは、執行吏は執行機関として目的不動産を占有するのであるから、執行の目的を達する限度において必要な執行機関の権限を有する。すなわち執行吏は本執行開始のときまで目的不動産の現状を維持する使命を負うものであるから、将来の執行を困難にするような占有状態の変更がなされるときはその防止又は排除につき必要な処分をなす権限を有するものであつて、このことは有体動産を差押えた執行吏が、目的物につき将来の競落人にこれを引渡すことを妨げるような占有状態の変更が生じ又は生ぜんとした場合に執行機関としてこれを排除し又は防止する権限を有することに等しいものというべきである。

以上の諸点を前提として本件仮処分の基本たる仮処分決定を検討してみると、その主文の明示するとおり、決定裁判所はみずから保管人を任命することなく、有体動産差押手続に準じてその執行をなすべきこと(不作為命令の部分を除く)を予定してその主文を形成しているのであり、その執行もまたこの手続に準じてなされたものである。ところで債務者たる相手方株式会社三友ネクタイ商事が右仮処分後命令に違反し他の相手方等をして本件建物を占有使用せしめたことは前認定のとおりであるから、執行吏は執行機関としての権限において右違反状態を除去し執行当時の現状に復するとこができるものというべく、従つて右会社外の相手方の占有を排除する権限を有するものといわねばならない。もつとも右会社以前の相手方等は本件仮処分の債務者でなく、これらの者に対する債務名義なくしてその占有排除の処分をなし得るかという疑問はある。しかしながら、債務名義なくしては執行処分をなし得ないということは執行の効力を第三者が無視し得るということを意味しない。民事訴訟法は第三者占有中の物を執行の目的物として差押え又は執行することを禁止するが(第五六七条、第六一五条、第六一六条、第七三二条等参照)執行吏があやまつて第三者占有中の物に対し執行処分をした場合においても利害関係を有する第三者は現になされている執行処分を無視し目的物に対する自己の権利を無方式に主張行使し得るものではなく第五四四条、第五四九条等の定める手続に従つて裁判によりその取消を求めることを要することはいうまでもない。換言すれば、執行処分がなされたときを境として爾後第三者は法定の手続に従うことなくして手続の続行を法律上妨害するような行為をなすことはできないのであつて、この場合第三者が目的物につき正当の利害関係を有すると否とを問わないことは、形式を重んじ迅速を旨とする執行手続の本質に照し明白である。もしも一旦開始された執行手続の続行を妨げる第三者が現われた場合にもなおこの者に対する債務名義なくしては妨害行為の排除ができないとするならば、手続の円滑な進行は期待できないといわねばならないであろう。以上の理を執行吏の側からいうならば、執行手続中にその続行の妨害となる行為がなされた場合には迅速円滑な執行をなすべき職責を持つ執行吏はこれが排除をなすべき職務を負いこれに必要な権限を有するものであつて、その人的対象が債務者たると第三者たるとを問わず、第三者の利益保護は前記法条による法的救済の手続をもつて足ると解するのが相当である。

以上にみたとおり、本件仮処分を執行した執行吏はその職権をもつて株式会社三友ネクタイ商事を除くその他の相手方の本件不動産に対する占有を排除することができるのであるから、これらの相手方に対する本件授権決定の申立はその必要がないといわんよりは手続を誤まつたものというべく、失当たるを免れない。

次に相手方株式会社三友ネクタイ商事に対する申立について考えてみるに、執行吏がその権限において同会社の違反行為を除去することができる関係から失当であることは前同様であるが、右相手方に関する限り本件申立を失当とする別個の理由がある。すなわち、本件仮処分はその執行着手当時の現状をそのまま維持するものであつて、債務者の義務違反を条件として制裁的な現状変更処分を包含するものではないから、債務者たる右会社が前述のように占有状態を変更したからといつて、これを変更前の状態に復することは格別、進んで右会社の占有を奪い目的不動産の使用を禁止することは許されないものというべきである。

以上検討したように本件申立はすべて失当であるからこれを棄却し、申立費用は申立人の負担として、主文のとおり決定する。

東京地方裁判所民事第二一部

裁判官 近 藤 完 爾

物件目録(省略)

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