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東京地方裁判所 昭和37年(合わ)204号 判決 1962年9月11日

判   決

糸浴こと

系浴誠

右の者に対する有印公文書偽造、同行使、道路交通違反各被告事件について、当裁判所は、検察官平井清作出席のうえ審理し、次のとおり判決する。

主文

被告人を懲役一年に処する。

但し、本裁判確定の日から三年間右刑の執行を猶予する。

押収にかかる自動車運転免許証一通(昭和三七年押第一、二八四号)の偽造部分は、これを没収する。

理由

(罪となるべき事実)

被告人は、

第一  かねて拾得所持していた東京都公安委員会発行にかかり、同委員会の押印のある上平道美あて、第一種小型自動四輪車運転免許証一通(写真貼付欄の写真がはがれていたもの)を利用し、これを利用し、これを偽造したうえ使用しようと考え、昭和三七年二月中旬頃、当時居住していた東京都板橋区中丸町五六番地若水荘内自己の居室において行使の目的をもつてほしいままに右免許証の写真貼付欄に自己の写真を貼付しもつてあたかも自己が上平道美本人であるかの如き東京都公安委員会発行名義の上平道美あて第一種小型自動四輪車運転免許証一通(昭和三七年押第一、二八四号)を偽造し、

第二、法令に定められた運転免許を受けないで同年六月二〇日午前七時三〇分頃同区大山町一二番地先より同区志村町二丁目五番地に至る道路上を、自家用普通貨物自動車(第四み五四九四号)を運転し

たものである。

(証拠の標目)≪省略≫

(法令の適用)

被告人の判示各所為中、第一の事実は刑法第一五五条第一項に、第二の事実は道路交通法第一一八条第一項、第六四条に各該当するところ、道路交通法違反の罪については所定刑中懲役刑を選択し、以上は刑法第四五条前段の併合罪であるから、同法第四七条本文、但し書、第一〇条により重い有印公文書偽造の罪の刑に法定の加重をなし、その刑期範囲内において被告人を懲役一年に処し、諸般の情状を考慮し、刑の執行を猶予するを相当と認めるので、同法第二五条第一項を適用して本裁判確定の日から三年間、右刑の執行を猶予し、押収にかかる自動車運転免許証一通(昭和三七年押第一、二八四号)の偽造部分は、被告人の判示有印公文書偽造の犯罪行為より生じたもので何人の所有をも許さないものであるから、同法第一九条第一項第三号前段、第二項によりその偽造部分を没収し訴訟費用については、刑事訴訟法第一八一条第一項但し書を適用してこれを負担させない。(偽造公文書行使の訴因に対する判断)

被告人に対する偽造公文書行使の公訴事実は、「被告人は昭和三七年六月二〇日午前七時三〇分頃より同日午前七時五〇分頃までの間、東京都板橋区大山町一二番地附近より同区志村町二丁目五番地先に至る間の道路上において、自家用普通貨物自動車を運転した際、これ(偽造にかかる自動車運転免許証を指す)をあたも真正に作成された自動車運転免許証のごとく装い携帯して行使した」というのであり、検察官はさらにこの点について自動車の運転者は、自動車の運転中、運転免許証を提示する義務があるから、偽造運転免許証を携帯すること自体、偽造公文書行使罪を構成すると主張する。そして前掲各証拠によれば、被告人は公訴事実記載のとおりの日時、場所において自動車を運転した際、本件偽造にかかる運転免許証を携帯していたことは明らかである。しかし刑法第一五八条第一項にいう偽造公文書の「行使」とは、偽造公文書を情を知らない第三者に対し、あたかく真正な公文書のように装つて使用しもつて第三者において閲覧し得べき状態におくことを要するものと解すべきであり、本件では被告人がこのような外部的行為に出た事実は認められない。もつとも戸籍簿、土地台帳、家屋台帳等の文書は、公務所その他の場所に備付けることをもつて「行使」に該当するとされているが、この場合は、法令上又は実務上その文書を常時一定の場所に備付けひろく一般に又は利害関係人に対して随時自由に閲覧させ得るような取扱いがされていることから(例えば戸籍簿につき戸籍法第一〇条第一項、不動産登記簿につき不動産登記法第二一条第一項、商業登記簿につき非訟事件手続法第一四二条第一項、土地台帳につき土地台帳法第三七条の二第一項、家屋台帳につき家屋台帳法第二二条)、備付によつて爾後犯人の行為をまつまでもなく、第三者に対して閲覧可能の状態を生じ、これによつて文書に対する公信を害する危険があるものといい得るのであるが、自動車運転免許証は自動車の運転中、運転者において常に携帯すべく義務づけられてはいるが、これを第三者に閲覧せしめるのは、警察官が道路交通法第六七条第一項の規定により、運転者が同法第六四条ないし第六六条に違反して車両を運転していると認め提示を求めた場合に限るのであつて、常時一定の場所に備付けることは勿論、ひろく一般に又は関係人に対して随時自由に閲覧させる義務も存しないのである。このように自動車運転免許証は戸籍簿等の文書とその性格を異にし偽造運転免許証を携帯して自動車を運転したことによつてはまだ第三者に対する閲覧可能な状態を生じたということはできず、かかる状態を招来するにはさらに犯人による偽造文書の使用という外部的行為を必要とし、従つて携帯という行為のみでは文書に対する公信を害する危険があるとはいえないのであつて、戸籍簿等が備付けをもつて刑法第一五八条第一項の「行使」にあたるからといつて、自動車運転免許証の携帯の場合もこれと同日に論ずることはできない。ただ偽造運転免許証を携帯して自動車を運転した場合には、直ちに同条の「行使」に該当することを認めたかの如く解し得る最高裁判所の決定が存在するが(昭和三六年五月二三日最高裁判所第三小法廷決定)、この決定も仔細に検討すると、決して偽造運転免許証を携帯して自動車を運転したことをもつて直ちに偽造公文書行使罪に該当する旨の判断を示したものとは解されな いから、本件について参考とはならない。以上の理由により、被告人が偽造にかかる運転免許証を携帯して自動車を運転したとしても、偽造公文書行使罪には該当せず結局被告人のこの点に関する行為は罪とならないものであるが、本件は判示第一の有印公文書偽造罪と刑法第五四条第一項後段の関係にあるものとして起訴されたのであるから、主文において無罪の言渡をしない。

よつて主文のとおり判決する。

昭和三七年九月一一日

東京地方裁判所刑事第二部

裁判長裁判官 播 本 格 一

裁判官 近 藤   暁

裁判官 小 栗 孝 夫

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