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東京地方裁判所 昭和37年(合わ)175号 判決 1962年8月10日

被告人 梁漢昊

昭一六・一・二生 旋盤工

主文

被告人を懲役一年に処する。

但しこの裁判確定の日から三年間右刑の執行を猶予する。

被告人を右猶予の期間中保護観察に付する。

押収にかかる外国人登録証明書(昭和三七年押第一一八〇号の一)の変造部分を没収する。

訴訟費用は被告人の負担とする。

理由

(罪となるべき事実)

被告人は昭和三六年八月頃から横浜市鶴見区本町通り一丁目四番地所在の双葉パツキング製造株式会社鶴見工場に旋盤工として勤務していたものであるが、

第一、同年一一月頃、右工場事務室において、行使の目的をもつて、擅に、東京都新宿区長の公印がある同区長発行にかかる自己の外国人登録証明書<6>第〇〇六七一一四号(昭和三七年押第一一八〇号の一)の居住地の地番欄の「東京都新宿区戸塚町一の四一七」なる記載をインクで斜線を引いて削除し、その上部に右事務室にあつた右会社のゴム印(前同号の二)を押捺して「横浜市鶴見区本町通り一の四」と記し、もつて自己の居住地の表示を改ざんして有印公文書である右外国人登録証明書一通を変造した上、同三七年五月二一日、都内新宿区戸塚町二丁目一九一番地戸塚警察署において、警察官野田茂に対し、右証明書を真正なものとして呈示して行使し、

第二、前同二一日午前二時頃、都内新宿区戸塚町一丁目二四九番地先路上を金某ら数名の友人と通行中、同所附近においてすれ違つた石川光男(当二四年)他一名と些細なことで口論し、その場において、右金某ら数名と共謀の上、被告人が右石川の顔面を手拳で殴打し、同人をその場に転倒させ、因つて同人に対し加療約七日間を要する後頭部打撲傷の傷害を与え

たものである。

(証拠の標目)(略)

(法令の適用)

法律に照らすと、被告人の判示第一の所為中公文書変造の点は刑法第一五五条第二項に、変造公文書行使の点は同法第一五八条第一項、第一五五条第二項に、判示第二の所為は同法第二〇四条、罰金等臨時措置法第二条第三条第一項第一号、刑法第六〇条に各該当するところ、右の公文書変造と変造公文書行使との各所為は互に手段、結果の関係があるから同法第五四条第一項後段、第一〇条により、重い変造公文書行使罪の刑に従い、判示第二の罪については所定刑中懲役刑を選択し、以上は同法第四五条前段の併合罪であるから、同法第四七条本文、第一〇条により、重い変造公文書行使罪の刑に法定の加重をした刑期範囲内において、被告人を懲役一年に処し、その情状により同法第二五条第一項を適用して、この裁判確定の日から三年間右刑の執行を猶予し、被告人は若年であり、被告人の保護者において監督の能力が不十分であると認められるから同法二五条の二第一項前段により右の猶予の期間中被告人を保護観察に付することとし、押収にかかる外国人登録証明書(昭和三七年押第一一八〇号の一)の変造部分は判示第一の変造公文書行使罪の組成物件で、何人の所有をも許さないものであるから、同法第一九条第一項第一号第二項によりこれを没収し、訴訟費用については刑事訴訟法第一八一条第一項に則り被告人に負担させることとする。

(変造公文書行使罪の主たる訴因に対する判断)

本件変造公文書行使罪の主たる訴因は、「被告人は昭和三六年一一月頃より同三七年五月二一日までの間神奈川県横浜市内および東京都内において、右変造公文書である外国人登録証明書を携帯して行使したものである。」というにあり、検察官は、偽造(変造)公文書行使罪における「行使」の形態は文書の性質により差異があるものというべきところ、外国人登録証明書は、本邦に在留する外国人がその居住関係および身分関係を明確にするために、外国人登録法に基いて、その携帯義務が課せられているものであつて、右携帯することが外国人登録証明書の本来の用法に従つた使用方法であるから、変造公文書である右証明書を携帯することがすなわち変造公文書行使罪における行使(偽造自動車運転免許証につき同旨、最高裁判例集第一五巻第五号第八一二頁)であると主張する。依つて按ずるに、外国人登録法によれば、本邦に在留する外国人は所定の外国人登録証明書を携帯すべき義務があり、携帯することが右証明書の一使用方法であることが認められるが、偽造(変造)公文書行使罪が公共の信用を保護法益とする犯罪であることより考察すれば、行使であるかどうかは、真正なる文書であるとの主張が客観的に認識し得る事態であるか否かによつて決すべきである。従つて、偽造(変造)公文書を真正に成立した公文書として他人が随時閲覧しうる状態におく時にはじめて行使があつたものというべきである。(検察官の立論に従えば、他人に売渡す目的で該証明書を携行する場合は行使とならず、又携帯して屋外に居る時は行使となるが屋内に戻り身体より離せば行使は終ることとなり、二通の証明書を偽造してその一通は自己用とし他一通は他人に交付すべきものであれば自己用のものについてのみ行使となり、自己が正規の証明書を携帯して居ればその他に偽造証明書を携帯していても行使とはならないということとなり、理論的に納得し難い)検察官はいわゆる備付行為が行使に該当するところから、携帯行為もまた行使に該当すると主張する。然し乍ら備付においては公務所その他の場所に文書を備付けることにより、係官或いは関係人が、もはや被告人の意思ならびに何らの行為も要せずして、随時閲覧しうる状態におかれているのであり、右の備付をとらえて行使と解し得るのに反し、携帯する場合には、呈示義務が課せられているとしても、携帯者の意思、行為に基ずかずには、未だ何人も該文書を閲覧することができないのである。もし強いて閲覧しようとする場合には身体捜検等の強制力を用いなければならないが、かかる強制的な身体捜検等の結果、偽造(変造)された証明書を呈示せしめた場合には、その最終段階の行為を呈示による行使と認め得ないことは異論のないところであろうが、それにもかかわらずそれまでの携帯の事実をとらえて、行使に該当するといいうるであろうか。更に検察官は偽造運転免許証行使に関する最高裁判所昭和三六年五月二三日の判例を援用するので、この点について、考察するに、該決定には如何なる理論構成の下に「決定要旨」なる結論に到達したものであるかということが明確になされていないが、小数意見が明快に行使の本質を解明して居ることからすれば、多数意見は自動車を運転することは外部より明確に認識しうるところであり、かつまた、自動車運転に際しては運転免許証を携帯しているものと一般的に信じられるという点に立脚して居る(従つて携帯歩行又は携帯同乗の場合にも行使と認むる趣旨でない)と解されないではないが、学生証等の資格証明書、事業免許証等の携行に思を致すならば、この説には、にわかに左袒し難いのである。仮に百歩を譲つたとしても、外国人登録証明書の携帯については、外国人か否かはその外見のみから明確に判別しえない場合の多いこと、旅行者か滞在者かその他の者かも識別し難いこと等を考えれば、外国人登録証明書の携帯行為を運転免許証の携帯行為と同然に解することはできないのである。

以上の理由により、当裁判所は検察官主張の変造公文書行使罪の主たる訴因を認定しない。

よつて主文のとおり判決する。

(裁判官 津田正良 野原文吉 岡田良施)

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