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東京地方裁判所 昭和37年(ワ)4659号 判決 1963年9月11日

原告 木更津信用金庫

事実

原告木更津信用金庫は請求原因として、

一、原告は、被告宮城靖男振出、被告長井博司の手形保証(ただし、被告宮城が被告長井を代理して、直接同被告名義の署名をした。)ある別紙(省略)記載七通の約束手形の所持人である。そして、原告は、満期に右手形を支払場所に呈示したが、その支払を拒絶された。

よつて、被告らに対し本件手形金合計金六五〇万円およびこれらに対する完済に至るまで、年六分の割合による利息の支払を求める。

二、仮りに、被告宮城に被告長井を代理して、本件手形の保証行為をする権限がなかつたとしても、被告長井は、昭和三三年一月中被告宮城が原告から債権極度額金五〇〇万円の融資を受けるに当り、その連帯保証人となり、かつその担保のため、被告長井所有の土地および家屋に根抵当権を設定することを承諾し、その手続一切を被告宮城に委任し、かつ該不動産の登記済証、印鑑証明書、委任状、実印等を預けたのであるから、この限度で被告長井が被告宮城に代理権を与えたものであるところ、同被告がこれに基き、同年一月二五日原告との間に金五〇〇万円を限度とする手形取引契約を、同月三一日金三〇〇万円を限度とする右同様の契約を締結するとともに、被告長井の代理人として、前記の登記済証、印鑑証明書、委任状、実印等を示し、前記不動産につき根抵当権設定契約および手形取引についての連帯保証契約を締結し、かつ右手形取引契約に基いて、原告から受けた融資金の支払のために振り出した本件手形に、被告長井名義の保証をしたのであるから、右の手形保証行為は前記権限を超えてされたものであるところ、原告は、以上の事情から、被告宮城に被告長井を代理して手形保証行為をする権限があるものと信じ、かつそのように信ずるについて、正当の理由があつたものである。ゆえに、同被告は、手形保証人としての責を免れないから、被告宮城と合同して、本件手形金および利息の支払義務がある。

と主張した。

被告宮城靖男は答弁として、原告の請求原因事実は認める、と述べた。

被告長井博司は答弁として、

一、請求原因一の事実中、被告長井が被告宮城に本件手形の保証行為の代理権を与えたことは否認する。被告長井名義の手形保証は、被告宮城が無権限でしたものである。その余の事実は知らない。

二、請求原因二の事実中、被告長井が被告宮城に登記済証、印鑑証明書、白紙委任状、実印を預けたことは認めるが、その余の事実はすべて争う。被告長井は、その債権者たる訴外大阪暖房商会からの強制執行を免れるため、被告宮城と相談して、原告との間に被告長井所有の土地および家屋に仮装の根抵当権を設定することとし、被告宮城にこれに関する手続一切を委任して、前記の書類と実印を預けたところ、同被告が本件手形に被告長井名義の手形保証行為をしたものである、と主張した。

理由

まず、被告宮城靖男に対する関係については、請求原因一の事実について原告と同被告との間に争がなく、右事実に基く原告の請求は理由がある。

次に、被告長井博司との関係について述べる。

本件各手形の被告長井名義の保証部分が同被告自らしたものでなく、被告宮城のしたものであることについては当事者間に争いがない。原告は被告宮城が代理権に基き、直接被告長井名義の保証をしたものである(いわゆる署名代理)と主張するので、以下に検討するのに、(証拠)を合わせ考えると、次の事実が認められる。すなわち、

被告長井は、昭和三二年中自宅の暖房工事等を請負わせた工事請負人との間に、工事代金の数額について紛争が起り、右工事請負人の申請に基く金額八〇余万円の工事代金の支払命令の送達を受けたので、同年一二月友人の西村秀一にこの対処方を相談したところ、同人からその知人で法律にも明るい人として、被告宮城を紹介された。当時同被告は、京葉電機なる会社の代表者として、原告金庫とも以前からの取引があつたところから、被告長井に、前記工事請負人から受けることが予想される強制執行から財産を保全するには、取引上懇意な原告金庫に仮装の根抵当権を設定しておくことが安全であるとの提案をし、被告長井が軽々にこれに応じ右設定契約およびその登記手続に関して適宜の処置をとることを一任し、翌三三年一月中旬頃その所有の東京都目黒区所在の宅地一三二坪と右地上の木造瓦葺二階建居宅一棟建坪二五坪七合三勺二階坪一二坪八合五勺の登記済証、印鑑証明書、同被告の署名捺印のある白紙委任状および実印を被告宮城に預託した。ところでこれより先、被告宮城は、その友人の前記西村から、同人が常務取締役をしていた日本礦素株式会社の事業に協力を求められて、その社長に就任し、同事業の資金獲得をもくろんでいたところから、被告長井所有の前記物件を担保として、原告金庫から右の資金を借り入れれば、同被告からの依頼の趣旨にもかなうものと考え、同年一月中原告金庫の融資課長斎藤英気、同課長心得近藤和夫に、前記京葉電機および日本礦素の両会社の事業資金に使用するためと称し、前記物件を担保に融資を申し込んだところ、原告金庫も以前からの取引先である被告宮城の申込に応じ、手形貸付による融資をすることになつた。そして同月二五日原告金庫本店において、正式に契約するに際し、被告宮城が前記斎藤および近藤らに被告長井から預つた登記済証印鑑証明書白紙委任状を差し入れ、その面前で金五〇〇万円を貸付限度とする期限の定めのない手形取引による手形上の債務のみならず、当座借越借入金その他一般取引による債務についての順位一番の根抵当権設定約定書および手形取引約定書の各用紙に、債務者として被告宮城が署名捺印したほか、これに連ねて連帯保証人として、被告長井の氏名を記入し、その名下に同被告の実印を押捺し、もつて手形等の取引契約およびこれによる手形上、民法上の債務について、被告長井を代理して、根抵当権設定契約のみならず、民法上の連帯保証契約をも締結し、ついで同月三一日、被告宮城がさらに金三〇〇万円を貸付限度として融資を受けることとなり、前同様の手続方式により手形等の取引についての順位二番の根抵当権設定約定書を作成した。そしてその後同年二月五日被告宮城が原告金庫から金三五〇万円の融資を受け、その支払確保のため、約束手形を差し入れるに当り、被告長井から手形保証行為に関する代理権を与えられていないにかかわらず、前記斎藤および近藤らの面前で、被告宮城が手形用紙の振出人欄に同被告の署名捺印をし、これに連ねて、不動文字で連帯保証人と印刷された文字の下に、本人のためにすることを示さないで、直接被告長井の氏名を記載し、その名下に前記の実印を押捺して、金額一〇〇万円の約束手形二通、金額一五〇万円の約束手形を一通振り出した。そしてこれらの手形が被告宮城により、その後数回にわたり書き替えられて、本件一ないし三の各手形となつた。その後昭和三四年六月二二日被告宮城がさらに金一四〇万円を借り入れ、その頃担保の約定期限延長のために必要であると称して、被告長井から再び預つた実印を使用して、被告宮城振出、被告長井保証の本件四の手形を、同月二五日金一四〇万円を借り入れて、本件五の手形を、同年七月一四日に金一〇万円を借り入れて、本件六の手形を、同年八月七日に金一〇万円を借り入れて本件七の手形を振り出した。

以上の認定に反する被告宮城本人の「連帯保証および手形保証行為についても、代理権があつた。」との供述部分は、京葉電機なり日本礦素なりの会社の数百万円に達する事業資金借入について、何ら直接の利害関係を持たない被告長井が、たやすく無期限の連帯保証ないし手形保証をすることは、通常考えられないことであるし、被告長井が当公判廷において、右事実を強く争う等弁論の全趣旨に照らして容易に信用しがたい。そして以上の認定事実に徴すると、被告宮城は被告長井を代理して、手形保証行為をする権限がなかつたのであるから、本件各手形の被告長井名義の保証部分は、無権限の行為によるものといわざるを得ない。

そこでつぎに、被告長井が表見責任を負うかどうかを検討する。

前認定のように、本件各手形の被告名義の保証部分は、被告宮城の無権限の行為ではあるけれども、同被告は被告長井から仮装の根抵当権設定に関する権限を与えられていたのであるから、被告宮城のした右手形保証行為は、権限を越えてなされたものということができる(なお、右授権行為は、被告両各相通じて、強制執行を免れる目的をもつてなされたものであることは、被告長井の主張するところであり、また証拠上も明らかであるが、右行為は、刑法第九六条の二に規定する財産の隠匿、損壊、仮装譲渡に当らないことはもとより、仮装の債務の負担にも当らないと解されるから、同条違反にならず、したがつて、授権行為が無効で基本代理権がなかつたとすることはできない。)。

そして(証拠)によると、原告金庫は本件取引当時被告宮城あるいは同被告が代理者である京葉電機株式会社との間に、数年来の手形貸付、手形割引等による取引があつて、さしたる事故もなく、右会社の営業状態もかなり良好であつたところから、同被告を信用していたこと、本件において当初手形取引約定書、根抵当権設定約定書の作成同被告が被告長井の登記済証、印鑑証明書およびその署名捺印ある白紙委任状を差し入れたばかりでなく、その実印を使用して、原告金庫職員の面前で右の各約定書を作成したので、被告宮城に被告長井を代理して、根抵当権設定のみならず、連帯保証契約締結についての権限をもあるものと信じたこと、根抵当権設定登記手続の際原告金庫の職員二名が被告宮城とともに、被告長井方に調査のため訪れ、たまたま不在のため面会できなかつたが、担保物件である同被告の家屋および土地を確認したこと、その後十日ほどして、被告宮城に融資し同被告が原告金庫職員の面前で、同被告振出の約束手形(書替前の手形)に被告長井の実印を使用して、同被告名義の保証行為をしたので、これについても、疑点を差しはさまなかつたこと、その後本件四ないし七の手形についても、一ないし三の手形と同様の経緯で手形が授受されたこと、が認められる。

以上の認定事実に徴すれば、原告金庫は本件各手形(ただし一ないし三の手形については、書替前の最初の手形)取得当時被告宮城に被告長井を代理して手形保証行為をする権限があると信じ、かつそう信ずるについて正当の理由があつたものというべきである。すなわち被告宮城は、本件手形振出に先立ち、原告金庫との間の手形等の取引および根抵当権設定の各契約締結に当り被告長井から、その使用目的はともかくとして、原告金庫との取引に関して、使用を許諾されて預つた登記済証、印鑑証明書、本人の署名なつ印ある白紙委任状、実印を用いて契約書を作成したものであるところ、とくに実印は日常の取引において重要視されているのであるから、通常の場合実印の所持者がこれを使用して取引をするときは、相手方においてこれを所持する代理人に当該の取引をする権限があると信ずるのは当然のことであるし、また本人の署名捺印のある白紙委任状についても、実印に準じて上述と同様のことがいえるであろう。本件においてはこれらの実印、白紙委任状のほかに、印鑑証明書をも合わせ用いられたのであり、これに前認定の原告金庫と被告宮城の従前の取引関係を合わせて考慮するとき、原告金庫において、被告宮城に被告長井を代理して、根抵当権設定に関してのみならず、手形等の取引に関して連帯保証契約を締結する権限があると信じたことは、無理からぬことというべきところ(したがつて被告長井は、民法上の連帯保証の表見責任を負う。)、その後旬日にして本件一ないし三の手形の書替前の最初の手形を振り出すに際しても、右の実印が使用されて、手形保証行為がなされたのであるから、以上の事情のもとにあつては、原告金庫において、被告宮城が被告長井を代理して、手形保証行為をする権限を有すると信ずべき正当な理由があるといわなければならない。もつとも、証人斎藤英気同近藤和夫の各証言および被告長井博司本人尋問の結果によると原告金庫においては被告宮城の権限の有無について、被告長井に直接照会して確かめる措置をとらなかつたことが認められ、この点正規の金融機関として、貸付事務の取扱に慎重を欠く憾なしとしないが、前記の事情のもとにおいては、この一事をもつて、正当の理由がないとすることはできない。そしてその後昭和三四年六月から八月までの間に振り出された本件四ないし七の手形についても、以上と同様の経緯をもつて手形が授受されたのであるから、これについても原告金庫は被告宮城の代理権を信じ、かつ、そう信ずるについて正当の理由があつたといわなければならない。(省略)

しかして原告金庫において、本件各手形の満期に支払場所たる同金庫において、各手形を所持していたことは、証人斎藤英気の証言により認められるから、適法な呈示があつたものというべきである。

してみれば、被告長井は、本件手形の保証人としての責任を免れないものというべきであるから、結局被告らは原告に対し合同して本件手形金合計金六五〇万円およびこれらに対するそれぞれの満期から完済に至るまで手形法所定の年六分の利息を支払う義務がある。よつて原告の請求は理由があると認容。

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