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東京地方裁判所 昭和37年(ワ)2005号 判決 1963年6月18日

原告 丸山三良

被告 築地商事株式会社

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

原告訴訟代理人は、

「被告は原告に対し金五、八三五、三二〇円およびこれに対する昭和三七年四月五日より完済に至るまで年五分の割合による金員を支払うべし。訴訟費用は被告の負担とする」との判決ならびに仮執行の宣言を求め、

第一次的請求の原因として、

(一)  原告は昭和四年一一月中、東京都中央区築地四丁目三番地六所在家屋番号同町一七番木造瓦トタン交葺二階建浴場兼住居一棟建坪六六、七八坪、中階六坪、二階一二、二五坪(以下本件建物と称する)を建築所有し、爾来第三者と浴場の共同経営をしてきた。

(二)  被告会社は昭和三三年六月二日設立され、その後本件建物の東に隣接している、東京都中央区築地四丁目三番地家屋番号同町二二番四木造亜鉛葺二階建事務所兼工場一棟建坪四三坪、二階二〇坪(以下被告建物と称する)を買受けて所有権を取得し、これを被告会社の株主一九名に各自の出資額の割合に応じて区分して貸与し、それぞれ食料品又は雑貨類の販売店を経営していた。

(三)  被告建物の存在していた地域一帯は京橋消防署より火災危険区域に指定され、さらに被告建物自体は戦後急造のバラツクであつたので特に火災危険のおそれある建物と指定されていた。

(四)  昭和三五年三月二九日午後八時三〇分頃、被告建物のうち本件建物に面した北側の丁度前田綱男、石田圭三の店舗の外壁の下見板若しくは土台附近から原因は明らかではないが出火し、被告建物は全焼し、本件建物にも延焼して、その七割位が焼失した。

(五)  被告建物の各店舗は、通常朝三、四時頃から営業を開始し、午後二時には閉店して、従業員は全て帰宅し留守となるため、その間は被告会社において建物の管理並びに火災、盗難等の事故防止のための警備をすることにし、被告会社は、丸栄商店なる名義で被告建物の一部で店舗を出している訴外福山重蔵を同建物の事務所の二階に住込ませ、同人をして留守中の警備見廻りなど事故防止の仕事に従事させていた。

(六)  したがつて、福山重蔵としては、被告建物は前記の如く、木造建で消防署からも特に火災の危険を指摘され、火災の危険が大であつたのであるから各店舗の従業員が帰宅した後は、被告建物から出火する様なことがないか否かについては常に注意を払い、若し出火を発見したときは直ちに防火措置を構じ、最少限にくいとめるべき義務を有していたのに、かかる義務を怠つて出火当時映画を観に行き留守にしていたため、出火に際し、直ちにこれを発見して防火措置を構ずることができなかつた。このため、火災が大きくなり本件建物にまで延焼した。若し福山が出火後直ちに発見して消火措置をとつておれば火災は拡がらず、本件建物に延焼するようなことがなかつたはずである。

しかして、右福山の過失は重大なる過失というべく、本件建物の延焼は同人の過失によつて生じたものであるから、これによつて原告が蒙つた損害は同人の不法行為によるものである。

しかるところ、前記の如く被告は福山に被告建物の火災等の事故防止のための警備に当らせていたのであるから、同人は民法第七一五条にいう被告会社の被用者にして被告の事業の執行につき過失があつたものというべきであるから、被告は使用者として、原告の蒙つた右損害を賠償する義務がある。

(七)  本件建物の焼毀部分を将来修理し、元どおりの建物に復旧するためには六、〇七六、三二〇円を要するが、このうち、火災保険の保険金として一、四九五、〇〇〇円、及び浴場組合から見舞金として九〇六、〇〇〇円を受領しているのでこれを、右復旧費から差引くとなお三、六七五、三二〇円の復旧費が必要となる。また本件火災によつて建物が焼毀したため、浴場経営は不可能となつたが、それ以前においては、原告は、訴外本間治一郎との間において、同人が本件建物を使用して浴場営業をし、その総収入の二分の一を原告に分配金として支払う、との契約をなし、同契約の趣旨によつて経営していたものであるが、本件火災までは、原告が分配金として受領する金員は一月一八万円であつた。したがつて、若し、火災にあわなければ、原告としては同金額の割合の収入が得られたはずである。

ところが、本件火災のため一年間営業をすることができずその間の得べかりし利益を前記割合で計算すると三一六万円となり、同金額の収入を得ることができなかつた。

したがつて、原告としては、本件建物が焼毀したことにより右復旧費と得べかりし収入額の合計五、八三五、三二〇円の損害をうけたこととなる。

(八)  よつて原告は被告に対し損害金金五、八三五、三二〇円および右金員に対する不法行為後一年経過後たる昭和三七年四月五日からその完済に至るまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。と述べ

予備的請求原因として、前記のとおり、被告建物は消防署から火災危険区域として指定された地域内にあり、殊に被告建物は終戦後間もなく建築されたいわゆるバラツク建で元はかまぼこ工場であつたものを改装したものであり、その西側の本件建物に面する外壁の下部板張部分並びに土台附近は腐朽著しく、何らかの原因で火気が生ずると引火しやすい状況になつており、消防署からも危険建物として指定をうけながら、被告会社は放置していた。また、被告建物と本件建物の隣接状況からして、当然建築基準法第二四条第一項の規定にしたがい、被告建物の西側の外壁並びに軒裏部分を防火構造にしなければならないのに、これをしていない。これらのことは、被告建物の保存に瑕疵があつたものというべく、本件建物への延焼は右瑕疵が原因である。

しかして、被告は瑕疵ある建物の所有者として、瑕疵によつて生じた原告の損害を賠償する責任があり、この場合には「失火ノ責任ニ関スル法律」の適用がない、仮りにその適用があるとしても、被告には建物の保存ないしは本件失火につき重大な過失があつた。

よつて、第一次的請求と同一の金額の損害賠償を求める、と述べた。<証拠省略>

被告代理人は「原告の請求を棄却する、訴訟費用は原告の負担とする。」との判決を求め、

答弁として、

第一次的請求原因につき、同第一項のうち、本件建物が浴場であつたことは認めるが、他は不知。同第二項のうち被告会社は昭和三三年六月二日設立され本件建物の東に隣接している原告主張の建物をその後買受けて所有権を取得し、これを区分して株主に貸与し、借主が食料、雑貨などの販売店を経営していたことは認めるがその余は否認する。同第三項のうち、被告建物の存在していた地域一帯が京橋消防署より火災危険区域の指定を受けていたことは認めるがその余は否認する。同第四項のうち、原告主張の日時に被告建物のうち原告主張場所から出火して同建物は全焼し、本件建物にも延焼したことは認めるが、出火箇所は全く火気のないところであるから、出火原因は本件建物の浴場に来た浴客が投捨てた煙草の火によるものと推定される。また本件建物の延焼部分はその一割程度である。同第五項は否認する。もつとも当時福山は自己の店舗の二階に住み生活していたことはある。同第六項は否認する。もつとも福山は当日午後二時頃映画を観に出かけたことはあるが、午後六時頃には帰宅し、出火当時は就寝していた。同第七項のうち、本間治一郎と原告間に原告主張のとおり契約が締結されたことは否認する。他は不知

と述べ、

予備的請求原因につき、同事実のうち、被告建物の本件建物に面した西側外壁の下部板張部分並びに土台が腐朽していたことは認める。その他の事実については第一次的請求原因事実についてなした認否と同一である、と述べた。<証拠省略>

理由

一、被告建物が被告の所有であること、昭和三五年三月二九日午後八時三〇分頃、被告建物の本件建物に面した西側の丁度前田綱男、石田圭三の店舗部分の外壁である下見板若しくは土台附近から出火し、被告建物は全焼し、本件建物へも延焼したことは当事者間に争いがない。

二、原告は、右出火が被告建物全体に拡大したこと、本件建物に延焼したことが、福山重蔵の過失に基づくものであると主張するのでこの点を検討する。

成立に争いのない甲第二号証甲第九号証の一、二、甲第一〇号証の一乃至七、証人福山重蔵、竜郷定雄の各証言によれば、つぎの事実が認められる。

被告建物は商業地区、準防火地区と指定された区域内にあり、附近には木造建築物が密集し、水産練製品の製造、加工販売等の店舗作業所が多く、いわゆる場所外市場を形成している。被告建物は元中田清一郎の所有であり、終戦後間もなくかまぼこ製造工場として建築されたものであるが、その建築様式若しくは構造は、木造亜鉛葺で、外壁は板張りのみで、モルタル塗、しつくい塗等防火性能を有するものではなかつた。

その後工場をやめ、これをいわゆる場外市場として使用するため改造し、間仕切をして多くの店子が店舗として賃借し、卸商を営み、この店舗の集りを築地第二市場と称する様になつた。

ところが、昭和三三年六月頃当時被告建物内に店舗をもつていた一三人がこれを中田から買うこととなつたが、融資の関係で、右一三人が各店舗面積に応じて出資して株式会社組織をつくり、同会社名義で一括して建物を買取り、債務を弁済すれば各自の店舗は個人所有となり、会社は解散する、との計画のもとに、昭和三三年六月二日被告会社を設立し、同年六月三〇日中田から被告建物を買受けた。

福山は、昭和二五年八月頃から築地第二市場内に丸栄食堂なる名称で食堂を営み、その二階に妻と共に居住していた。同市場には福山を除いては居住するものはなく、他は通いであつて市場は午前四時過ぎから営業を開始し、正午頃には閉店するのが普通で、遅くとも午後二時には各店舗の従業員は殆んど帰宅してしまい、市場には福山だけが残る。

この様な関係から、中田が建物を所有していた時代から各店舗の経営者が集り親睦の意味でつくつている親和会で福山に閉店後の市場の留守番を依頼し、また中田も建物の所有者という立場から福山に留守番程度の管理をまかせていた。

福山が、留守番として、日常なしていることは、従業員が帰宅した後に市場へ訪れる客の応待や、戸締程度のことで、夜分一定時刻に市場内外を夜警のため見廻るようなことはしていなかつた。

被告会社が建物を買受けた後も、店舗の経営者は以前と殆んど変ることがなく、福山は依然留守番をすることになつていた。しかし、これに対し特別報酬その他の利益をうけることはなかつた。

本件火災の発生当日は、午後一時頃には殆んどの店舗が閉店し、従業員も帰宅したが、蔦屋商店(経営者津田よし子)だけはまだ従業員が残つていた。福山は同日午後一時三〇分頃近くの映画館に妻と共に映画を観に行くため、市場の鍵を同商店の従業員に預け留守を頼んで出かけたが、午後五時頃帰宅した、その時二、三名の従業員は残つていたが、間もなく皆帰つて行つたので戸締をして夕食をした後、店舗の二階で午後八時前に就寝した。ところが、午後八時三〇分頃、妻にねているところを起され、驚いてとび起き、出火に気付きあわてゝ階下にかけ降り、市場の戸をこぢ開けて外に出た、しかしそのときには、煙が市場内にたちこめはじめ、福山の手で消火することは不可能な程に火は大きくなつていて、間もなく消防署の消火活動も始つた。

被告建物は、ほゞ南北に長く、建物内には二条の通路が南北に通じ、その通路をはさんで一八軒の店舗が並んでおり、入口は北側に一箇南側に二箇ある。そして、西側には本件建物が隣接しており、両建物相互の外壁間には約一メートルの露路があつて、これは本件建物の敷地の一部に含まれるものである。そして、この露地に面する被告建物の外壁は板張りで、これに殆んど接する位にトタン張の塀があるが、設置されてから相当期間を経過しているため、破損も著しくなつていた、出火点は、市場の南寄りで、その附近の外壁の下部の土台、若しくは板張部分は腐朽しており、引火し易い状況にあつた。また、福山の店舗は建物の北端にある。

本件建物は、原告の所有であり、本間治一郎がここで築地湯という浴場を経営している、同浴場の入口は南側にあり、丁度出火点附近は浴場男子脱衣場附近と相対する位置関係にあり、また、浴場には二二、七〇メートルの煙突があり、その位置は本件建物の東側部分にあるため、被告建物とは極めて接近している。本件建物の敷地である右露路は、南入口に戸が設けてあり、浮浪者や一般通行者もそこに入つて来ることもあつたが、それは極く稀で、専ら築地湯の従業員が使用し、燃料の運搬などのために通行していた。本件火災当時、右露地には燃料運搬の際こぼれた木屑が堆積し、掃除などは行届いておらず、これも火気があれば引火し易い状況にあつた。

築地湯では、普通家庭で夕食を終えた頃が一番混み、釜へも燃料を多く入れ、火の勢も強くする。

右煙突からは、火の粉や煤がとび出し被告建物の方へ落下するのを何回か福山は見て、防火上危険であるのでその措置を出店者達に協議したこともあつたが、まだ具体的な措置をとるに至らなかつた。

出火前三日間の気象状況は、二七日晴、気温一四・六度湿度二九パーセント、風位、北の風七、六メートル、二八日晴気温一三・一度、湿度四五パーセント、風位、南の風九、一メートル、二九日曇気温二〇・六度、湿度四二パーセント、風位南々西の風二、八メートルであつて、露地に落下している木屑等は相当乾燥し、着火し易い条件のもとにあつた。

出火点の被告建物の外壁は下部から上部にもえ上り、建物全体に拡がつたもので、建物の内側から出火したものではない。

しかして、右煙突から落下する火の粉を除いて、他に放火、通行者の捨てた煙草の火、等による出火と疑わしめるような資料は出火後発見されなかつた。

以上の事実が認められ、これを覆すに足りる証拠はない。

右争いのない事実並びに認定の事実に基づき考えるに、本件火災の原因は、築地湯の煙突からとび出した火の粉が、当日は殆んど風がなかつたため、煙突のすぐ下になる露地に落下したところ、被告建物の外壁の土台附近に堆積していた木屑が当時の乾燥した気象状況のもとで火の気があれば着火し易くなつていたため、これに着火し、発火して被告建物の土台附近の腐朽している部分に引火し本件火災になつたものと推認するのが相当である。

しかるところ、原告は、出火当時福山は映画を観に行つて留守であつたと主張するが、出火当時は既に帰宅していたことは前記認定のとおりであり、また福山は留守番をすることに対し何ら利益の供与もうけていない点からしても、そのなすべき義務は閉店後の戸締、連絡の取次、その他自己が居住する家屋の火災防止、盗難防止についてなすと同一程度の注意をして居れば足りるものというべく、夜半に起きて見廻りをする義務のないのは勿論、朝の早い福山が夜八時頃に就寝し、出火に気付かなかつたことをもつて同人を責めるべき筋合のものではない。また、同人が気付いた時には、既に火勢も相当強くなり、間もなく消防署の消火作業もはじまらんとしていたのであるから到底同人の手で消火しうるという如きものではなく同人が消火作業をしなかつたとしても責められない。

してみれば、本件火災が本件建物へ延焼したことには、福山の過失はないのであるから、同人が原告に損害を加えたとの原告の主張は失当で、被告に福山の使用者としての責任を追及する原告の第一次的請求は、その他の点を判断するまでもなく理由がない。

三、つぎに予備的請求について判断する。

原告は、被告建物の瑕疵から火災が生じ、本件建物へ延焼したと主張するところ、かかる延焼により生じた損害につき「失火ノ責任ニ関スル法律」(明治三十二年法律第四十号)が適用されて故意または重大なる過失があるときにかぎり責任を負うのか、それとも、同法の適用が排除され、民法第七一七条のみによつて責任を負うのかが問題となるので、先ずこの点を検討する。

失火責任法が特に失火者の責任を軽減しているのは、我国では木造家屋が多いため、一度出火すると延焼の危険が多く、損害が予想外に拡大するにかかわらず、この損害を全部失火者において賠償の責を負はなければならないとすることは酷な結果になることを考慮したためである。

一方民法第七一七条が特殊な責任を認める理由は、危険性の多い物を支配している者は、危険の防止に万全の処置をなすべきであり、万一危険が現実化して損害が発生したときには、それについて無過失賠償責任を負わせるのが社会的に見て公平であると考えるからである。

失火責任法と民法第七一七条のいずれを他に優先して適用すべきかは、右に述べた両法の精神を比較検討して決すべきところ、失火責任法の右の如き精神を考えると、工作物の瑕疵から直接に生じた火災による損害については同法の適用はなく民法第七一七条により責任を問い、延焼した部分に関する損害については失火責任法を適用し、工作物の設置又は保存についてその占有者若しくは所有者に重大なる過失がある場合にかぎり占有者若しくは所有者に賠償責任があるものと解するのが相当である。

してみれば、原告の主張する被告の損害賠償責任の有無については、右に述べたところにしたがい失火責任法を適用して決すべきである。原告は、被告建物の西側外壁の土台附近が腐朽していること、同外壁は建築基準法第二四条の規定にしたがい、防火構造にしなければならなかつたのに、これをしていないことをもつて設置、保存に瑕疵があると主張する、しかし同法条は防火地域及び準防火地域内にある建物については適用がないものであるところ、前記認定の如く被告建物は準防火地域内にあるのであるから同条違反の問題は生じない。ただ同外壁は、同法第六二条第二項、第二条第六号により同法第二条第八号に規定する防火構造になつていなければならないが、そのとおりの構造でなかつたこと、被告建物の外壁が一部腐朽していたことは前記認定のところから明らかである。

そして、前記推認の着火から被告建物の炎上に至るまでの経過からすると、若し被告建物の外壁が防火構造となつており腐朽などしていなかつたら、たとえ露地に堆積していた木屑が発火しても、被告建物までもが火災に至らなかつたものと一応考えられるところである。

しかしながら、被告建物につきその外壁が防火構造を備えていなかつたことがあつたとしても、被告建物の使用目的は主として市場の店舗であり、そこでは殆んど火気を使用することはないのであるから、建物自体の使用目的からすれば特別の防火構造を備えていることは要求されない。また被告建物は準防火区域内にあり附近には木造家屋が密集していることからして火災が発生すれば延焼の危険が大きいことは容易に想像できるけれども、このことのみを理由として防火構造を備えていないことをもつて建物の設置又は保存に重大なる過失があると言うのは未だ十分ではない。更に、本件の如く隣家の煙突の火の粉が飛来し、それが原因で出火するという如き事例は全く予想されないことではないけれども、かかる危険防止については煙突の管理者において責任を果すべく、またかかる責任の果されることを一般の家屋所有者若しくは占有者は期待しているのが通常である。したがつて、かかる予期に反して生ずる危険は通常予想される以外のものであり、かような予想外の危険に対するための防火構造を被告建物が備えていないとしても、このことについて被告に重大な過失があつたとは到底云えない。また、被告建物の外壁が一部腐朽していたとしても、かようなことは木造建築についてはありがちのことで、これがため火災の危険が増大するものとは通常考えられないのであるから、これを放置したことをもつて被告を責めるべき筋合のものではない。

しからば、被告建物が防火構造を備えておらず、外壁の一部が腐朽していたことが、たとえ建物の設置又は保存について瑕疵があることとなるとしても、そのことにつき所有者たる被告には重大なる過失がなく、延焼によつて生じた原告主張の損害については責任を負はないというべきである。

本件火災は、本件建物の敷地の一部であつて、築地湯の経営者本間治一郎が占有する被告建物と本件建物の間にある前記露地に本間方で燃料運搬の際落した木屑が堆積していて、これが築地湯の煙突から飛来した火の粉から着火燃焼し、続いて被告建物に燃え移つたもので、いつてみれば本件建物を利用して浴場を営んでいる本間の無責任な煙突の管理又は露地に落ちた木屑の掃除をしていなかつたことが原因であるといいうるのである。

したがつて、原告の予備的請求もその余の点を判断するまでもなく失当である。

そうすると、原告の請求はいずれも理由がないからこれを棄却すべきである。

よつて、訴訟費用につき民事訴訟法第八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 西山要 中川哲男 岸本昌已)

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