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東京地方裁判所 昭和37年(タ)279号 判決 1963年9月06日

原告 三浦康子

被告 デイエン・テイエンゾイ

主文

原告と被告とを離婚する。

原告と被告との間の長女玉蘭(昭和三〇年一〇月八日生)及び長男保安(昭和三二年一〇月六日生)の親権者を原告と定める。

訴訟費用は被告の負担とする。

事実

原告は主文同旨の判決を求め、請求原因として

一、原告は日本の国籍を有する者、被告はヴエトナム共和国の国籍を有する者であるところ、原、被告は昭和二九年一二月二八日東京都において結婚式を挙げ、東京都内において同棲し、昭和三〇年六月二日同都世田谷区長に婚姻届を提出し、その間に昭和三〇年一〇月八日長女玉蘭、昭和三二年一〇月六日長男保安(いずれもヴエトナム共和国国籍)が出生した。

二、結婚当時被告はオランダ客船会社ローヤルインターオーシヤンズ・ラインの船員であつたため、四ケ月に一回位の割合で船が日本に寄港する度に、二週間位の間帰宅して原告と居を共にするという状態であつた。ところが被告は昭和三二年初頃被告の乗船していた船がブラジルに寄港した際下船し、そのままその行方がわからなかつたが、昭和三二年三月頃原告は被告からブラジルへ渡航するようにという手紙を受取つたので、同年五月頃ブラジルへ渡り被告と再会した。しかし、間もなく被告が事業に失敗し生活が困難になつたので被告の強い要望に従つて日本で待つこととし原告は長女を伴い同年九月一〇日帰国した。帰国後、被告からは何らの音信もないため、原告はブラジルに在住の被告の友人、ヴエトナム大使館等を通じ、手を尽して被告の所在を捜査したが容易に知ることができなかつた。その後昭和三七年一月二九日に至り原告は被告から肩書地を住所とする手紙を受け取つたので、原告は直ちに返信したが、被告からの通信は右一回だけでその後は全く音信不通である。

三、かかる被告の行為は日本民法第七七〇条第一項第二号にいう悪意の遺棄に該当し、又右のような諸事実は同項第五号にいう婚姻を継続し難い重大な事由にも該当するから、原告は被告との離婚を求める。

と述べた。<証拠省略>

理由

一、原告本人尋問の結果及びこれにより真正に成立したものと認めうる、甲第二号証の一、二、同第三号証の一ないし四、同第四号証、同第五号証の一、二、同第六号証、ならびに公文書であつて真正に成立したものと認められる同第一号証を綜合すれば、原告主張の一、二の事実を認めるに十分である。

二、法例第一六条によれば離婚についてはその原因たる事実発生の当時における夫の本国法を適用すべきであるから、本件においては夫たる被告の本国法即ちヴエトナム共和国の法律によるべきところ、同国親族法によれば、離婚は原則として禁止されており、例外的に大統領は破毀院長、当事者を管轄する控訴院長、各当事者の族長(同一戸籍の筆頭者)及び各当事者の意見を徴した後、特別なケースであると認めた場合に、離婚を許可することができるが(同国親族法第五五条)、右大統領の許可の基準についてはこれを知ることができない。またヴエトナム高野大使から外務大臣にあてた「ヴエトナム共和国の離婚及び親権に関する法規送付の件」と題する書面に徴すると同国には離婚に関する準拠法について定めた法規も存在しない。したがつて本件においては法例第二九条を適用すべき余地もなく、被告の本国法によれば離婚が原則的に禁止され、特別に許容される場合も被告本国の大統領の行政上の許可にかゝるものとなる。しかし原告が依然日本の国籍を有するものであることは上段認定のとおりである。

かかる場合右法例第一六条の原則に従い、ヴエトナム共和国の法律を適用すれば我国内において日本国籍を有する当事者の裁判上の離婚請求権を剥奪する結果を容認することにならざるを得ず、これは法例第三〇条にいう公序良俗に反するものというべきである。よつて同条により右ヴエトナム共和国親族法の条項はその適用を排除さるべきものと解すべきである。そして、同法の適用を排除する結果は離婚に関する規定を欠くに至るから結局本件においては条理上離婚の準則を東洋における文明国としての日本の民法の規定の趣旨に従つて解することが相当と思料する。

そして日本民法によれば前段認定の被告の行為は同法第七七〇条第一項第二号にいう悪意の遺棄に該当するから、原告の本訴離婚請求は理由がある。

三、離婚の場合における未成年の子の親権者の指定は離婚の効果としてなされるものであるから、その指定については離婚の準拠法がその準拠法となる。従つて本件において子の親権者の指定については前示と同一の理由により日本民法の規定の趣旨によるべきであるから同法第八一九条第二項の趣旨から原被告間の長女玉蘭及び長男保安は原告がこれを養育している事実(原告本人尋問の結果により認めうる)及び前段認定の諸事情を考慮して右両名の親権者を原告と定める。

四、よつて訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 田中宗雄 小河八十次 高橋朝子)

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