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東京地方裁判所 昭和36年(行)49号 判決 1962年8月30日

原告 片山弘

被告 江戸川税務署長

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は、原告の負担とする。

事実

第一、当事者双方の申立

一、原告の申立

被告が昭和三一年三月一二日付をもつて、原告の昭和二七年分所得税についてなした更正処分のうち、審査決定で取り消された部分を除く残余の部分を取り消す。

訴訟費用は、被告の負担とする。

二、被告の申立

主文同旨の判決を求める。

第二、原告の請求原因

一、原告は、昭和二七年分所得税について青色申告書提出の承認を受けていたものであるが、同年分所得税について、昭和二八年三月一六日(月曜日)に青色申告書をもつて確定申告をした。

被告は、昭和三一年三月一二日付で原告に対し昭和二七年分所得税について次のとおり更正し、これを原告に通知した。

(1)  総所得金額    金一一、〇九九、一二七円

(2)  課税総所得金額  金一〇、九四四、一二七円

(3)  算出税額      金五、八〇九、二五五円

(4)  源泉徴収所得税額  金一、二四一、三二〇円

(5)  差引年税額     金四、五六七、九三五円

原告はこれを不服として、昭和三一年四月一二日東京国税局長に対して審査請求したところ、同局長は更正処分の一部を取り消し、次のとおりの審査決定をして、昭和三六年三月一〇日原告にこれを通知した。

(1)  総所得金額     金八、四四一、〇五九円

(2)  課税総所得金額   金八、二五六、〇〇〇円

(3)  算出税額      金四、三三〇、八〇〇円

(4)  源泉徴収所得税額  金一、二四一、三二〇円

(5)  差引年税額     金三、〇八九、四八〇円

二、しかしながら、被告のなした右更正の通知書には、更正の理由が全く附記されておらず、当該年度の所得税につき適用される所得税法(昭和二八年法律第一七三号による改正前の所得税法。以下単に法という。)第四六条の二第二項の規定に違反し、右更正は違法である。

仮りに、この主張が理由がないとしても、昭和二七年の原告の源泉徴収所得税額は、金一、二五六、一二二円であつたのに、右更正及び審査決定ともこれを金一、二四一、三二〇円として差引年税額を算出しているから、この点においても右更正は違法である。

よつて、右更正処分のうち、前記審査決定で取り消された部分を除く残余について、その取消しを求める次第である。

第三、請求原因に対する被告の答弁

一、請求原因第一項の事実はいずれも認めるが、原告が青色申告書の提出について承認を得ていたのは事業所得についてだけであつて、原告主張の日に提出された青色申告書は、事業所得だけの確定申告であつた。なお、原告は、昭和三一年四月一二日被告に対し再調査の請求をしたが、法第四九条第四項第二号によつて同年七月一二日東京国税局長に対し審査の請求をしたものとみなされたものである。

二、同第二項のうち、更正の通知書に更正の理由の記載のなかつたこと、原告の昭和二七年の源泉徴収所得税額が原告主張額どおりであつたのを、更正及び審査決定でいずれも原告主張どおり誤つて計算していたことは認めるが、本件更正が違法で取り消されるべきものであるとの主張は争う。

第四、被告の主張

一、課税の経過

原告は、昭和二七年分の所得税について、事業所得だけの確定申告をしていたが、被告の調査によれば、原告には同年中に事業所得の外に、医療法人東平会片山病院より支払を受けた給与所得金四二〇、〇〇〇円と昭和二七年一〇月三日同病院設立に当り、土地、建物、設備、機械等の寄附行為をなしたことによる譲渡所得(法第五条の二の適用による譲渡所得)金八、四三八、四七七円とがあることが判明したので、被告は、これらの所得を加えて更正した。

その後、原告から東京国税局長に対して、更正の理由附記の欠陥を不服とする審査の請求があり、東京国税局長が課税関係についても審査したところ、審査中の昭和三二年八月三一日前記医療法人東平会片山病院が解散し、原告の寄附行為にかかる土地、建物、設備、機械等が原告個人の所有に帰したので、東京国税局長は、この内土地については譲渡所得の計算から除外するのを妥当と認め、なお建物取得原価の判明による譲渡所得額の減額と設備の譲渡による赤字分の他の資産譲渡益との通算を行うことにして、譲渡所得は被告の更正額から金二、六八八、〇六八円を除算した金五、七五〇、四〇九円と認めるを相当とするとして、被告の更正の一部を取り消す審査決定をなし、更正処分の理由と審査決定にいたるまでの判断を附記した審査決定通知書をもつて、これを原告に通知した。

二、本件更正の理由附記の欠缺は違法ではない。

(1)  本件更正には理由の附記は必要ではない。

原告は、事業所得についてのみ青色申告書提出の承認を受けているのであるが、本件更正は、前述のとおり事業所得については原告の確定申告をそのまま容認し、申告洩れの給与所得と譲渡所得を加える更正であるから、かかる場合、更正理由の附記は要しないものと解すべきである。

原告は、青色申告書をもつて確定申告がなされた場合には青色申告書提出の承認を受けた所得についての更正であるとそれ以外の所得の更正であるとを問わず、およそ所得の更正を行う場合には、更正理由の附記が必要であると主張するがこの主張は、青色申告制度の趣旨、更正理由の附記の法意を没却した見解である。

そもそも、青色申告制度は、昭和二四年のシヤウプ使節団の日本税制報告書にもとづいて創設されたものであるが、同使節団が、当時所得税の納税義務者数の過半数を超える厖大な更正決定が何故行われているかの実情を調査したところ、税務官庁側においては、納税義務者の備付帳簿書類を信頼せず、他方、納税義務者側でもまた、帳簿書類が税務官庁に信頼されないことを理由に備え付けようともしないため、確定申告の内容は正確でなく、しかも、所得金額認定の基礎となる帳簿書類も存在していないから、税務官庁は、いきおい推計によつて所得税の更正決定を行わなければならないという悪循環に基因していることが判明した。そこで、更正決定件数の漸減を図り、申告納税制度本来の姿を具現するためには青色申告制度を設けて、納税義務者が帳簿書類を備え付けて記帳整理をする習慣を確立し、正確な確定申告を行う素地を形成することが必要である。税務官庁においてもまた、この制度を育成助長するための一連の施策を講ずべきである、との勧告がなされるにいたつた。

この勧告によつて、翌二五年所得税法の一部を改正する法律(法律第七一号)によつて、取引回数が多く収支計算が複雑に亘ると認められる事業所得、不動産所得、山林所得または譲渡所得については、青色申告書によることができる旨の規定(法第二六条の三第一項)が設けられた。そして、青色申告書の提出を認められている右の所得について更正をなす場合は、申告書に記載された事項によつて所得金額の計算に明らかな誤謬がある場合を除き、その備付帳簿書類を調査し、その調査により所得の計算に誤りがある場合に限り、これをなすことができるものとされ(法第四六条の二第一項)、更正をした場合には、更正通知書に更正の理由を附記して通知すること(同条第二項)とされた。

このように、青色申告書について更正をした場合更正の理由を附記すべきものと定められたのは、青色申告者は、青色申告書によることを承認された所得については、所定の帳簿書類を備え付けて記帳整理を行つていることに鑑み、税務官庁はこれを尊重しなければならないものであるから、課税に当つては、あらかじめ帳簿書類を調査し、所得金額の算定について備付け帳簿書類により難い事由があるときは、更正の理由としてその事由を更正通知書に附記し、青色申告者の納得を得て無益な争訟の発生を防止し、あわせて備付け帳簿に関する今後の記帳整理の改善についての注意を喚起し、この制度の円滑適正な運営を図ろうとしたものである。したがつて、更正の理由を附記することとした法意は、右述の趣旨からみて青色申告書提出の承認を受けて、所定の帳簿書類の記帳整理を行なつている所得について附記すれば足り、それ以外の所得(本件についていえば、給与所得および譲渡所得)を更正する場合には、更正理由の附記は要しないものと解さなければならない。

原告は、法第四六条の二第二項の規定の形式をとらえて、青色申告書提出の承認を受けていない所得についても、更正の理由を附記すべきものと主張するが、同条項にいう青色申告書とは、青色の申告書によることの承認を受けた所得がある場合に認められるものであり(法第二六条の三第一項)、青色申告制度のねらいは、前述したように所得計算の複雑な所得の収支計算を帳簿書類の記帳整理によつて明確にし、申告納税の正確を期そうとすることにあるのであるから、更正の理由は、この記帳整理に対応して記載するのが事物の衡平の原理にも即するものであると考えられるので、青色申告書提出の承認を受けて帳簿書類を備え付けている所得について更正理由を附記すれば足り、それ以外の所得については附記を要しないものと解すべく、また、同条項の規定の位置からみても、同規定は、青色申告書の提出を認められている所得の更正に関する条項の一環として規定されているのであつて、その法文の配列、順序からみても青色申告書提出の承認を受けていない所得については、更正理由の附記は要しないものといわなければならない。

(2)  更正の理由の附記の欠缺は、更正処分の取消事由とはならない。

仮に本件更正に理由の附記が必要であるとしても、その欠缺は更正処分の取消事由とはならない。

(イ) 理由の附記は更正処分の従たる要件であつてその効力発生要件ではない。

租税の法律関係は、公法上の債権債務の関係であるといわれている。したがつて、所得税の更正処分は、納税者の自己賦課行為にあたる確定申告があつた場合において、これを是正してなす課税標準、税額の具体的確定行為であり、その目的とするところは、課税標準、税額なる租税の債権債務関係を確認するのに外ならないから、この処分によつて納税者の権利侵害の可能性のあるものは、課税標準、税額という金銭関係に限られるのである。法が、更正にかかる課税標準、税額について異議があるときは、再調査、審査の請求を認めているが(法第四八条第一項、第四九条第一項)、課税標準、税額以外の事項、例えば、更正通知書に附記すべき所得別の内訳(法第四六条第七項)、もしくは更正理由の附記(法第四六条の二第二項)に関して不服があつても、それを理由として再調査、審査の請求を認めていないのは、そのような理由にもとづくものである。すなわち、更正通知書に附記する更正の理由は、租税の法律関係に変動を及ぼさない、いわば更正通知書の附随的、形式的な説明事項であつて、右記載の欠缺不備は、当該更正処分の効力を左右するものではない。

凡そ、行政処分について、国民の納得を得、無益な争訟の発生を防止し、民主的な行政運営を図るためには、その理由を開示することが望ましいことはいうまでもないが、集団的かつ大量的に行われる行政処分について、一々その理由を開示することは、行政庁の機能と事務容量の限度からみてのぞみ難いので、一般に行政法は、争訟の裁決においてその理由を開示するに止めているのが通例である。

法が、白色申告書の更正決定をしたときに、その更正決定にかかる課税総所得金額について、所得別にその金額を附記して納税義務者に通知することにしているのは(法第四六条第七項)、叙上の趣旨にもとづき多数の納税義務者について一々更正決定の理由を通知するのは、税務官庁の事務容量からみて容易ではないとの考えから、更正決定の理由の一半をなす所得別の金額を通知することによつて、民主的な税務行政の運営の実現を期したものとみられるのであるが、この所得別の金額なるものは、租税の債権債務の成立には直接の影響がなく、課税総所得金額の源泉となる所得別の内訳金額の相互の間に相違があつても、終局的に課税総所得金額に変動を来たさなければ、租税の債権債務に消長を来たすものではなく、課税処分は違法ではないから、所得別の金額の異動は、当該更正決定の効力を左右するものではない。したがつて、所得別の金額を更正決定通知書に附記して通知することは、いわば更正決定の従たる要件であつて、その効力発生要件ではない。

青色申告書の更正の理由は、右の白色申告書の更正決定通知書に記載することにされている所得別の金額に「代えて」附記しなければならないものと規定されているのであるから(法第四六条の二第二項)、右文言の解釈上、所得別の金額の附記と更正理由の附記の両者の法律的性格は全く同一と解すべく、したがつて、更正理由の附記もまた、課税処分の従たる要件であつて、青色申告書の更正の効力発生の要件ではないと解さなければならない。

青色申告書の更正通知書の理由附記の法律的性質は、以上のとおりであつて、これを更正の濫用を防止する継続的な保障であるとし、それを欠く更正は違法であるとする原告の見解は、正当ではない。

(ロ) 仮りに理由の附記の欠缺が何らかの意味において違法であるとしても、それは、いわゆる取り消し得べき違法事由に当らないと解すべきである。

けだし、更正決定や審査決定の理由などは、当該処分の取消し訴訟において明らかにされるし、当事者は、附記された理由以外の事由を自由に主張することができ、その訴訟では、附記理由に拘束されることなく処分の結論の適否が審理され、附記理由が不備であるというだけでそれら処分を取り消すことは許されず、また課税標準、税額なる租税の債権債務関係自体について異議がなければ、たとえ附記理由に欠缺不備があつても、それを理由に更正処分の取消を求める抗告訴訟の提起は許されないと解されていることからすれば、附記理由の欠缺不備は、取り消し得べき違法事由に当らないものと解さなければならない。

(3)  本件更正の理由附記の欠缺の瑕疵は、審査決定の附記理由により遡及的に消滅した。仮りに、更正理由の附記の欠缺不備が、更正処分の取消原因たる違法事由に当ると解しても、本件審査決定通知書には、その附記理由の中で、本件更正処分の理由ならびに審査決定にいたるまでの判断が示されているから、その瑕疵は、それによつて遡及的に消滅し、もはや、本件更正処分には違法はないものといわなければならない。原告は、更正理由の附記の追完は、更正処分をなし得る期間内になすべきものであるから、右期間を経過した審査決定における追完は許されないと主張するが、これは、更正理由の附記を更正の効力発生要件とする見解に立脚するものであり、その誤りであることは、すでに述べたとおりであるが、なお審査決定の法律的性質からみても、その正当でないことは、次に述べるとおりである。

審査の請求は、請求人の不服申立にもとづいて覆審的に行政処分の当否を審査してその判断を示すものであるが、請求人の請求の全部又は一部に理由があるものとして、これを容認する全部又は一部の取消し決定においては、原処分を取り消し又は変更する効力を持つものである。すなわち、審査の決定により原更正の一部を取り消した場合は、あらためて税務署長の処分をまつまでもなく、これにより当然課税標準となる所得金額は、その限度において減少するものと解されるのである。これは、いわば行政処分の誤謬取消しと同様の法律的性質を持ち、遡及的に原更正と一体をなして、当初から取り消された内容の処分があつたものと同様に取り扱わなければならないものと解される。したがつて、更正の一部を取り消した本件審査決定の効果は、遡及効を持ち、原更正と同一体となるのであるから、審査決定の附記理由によつて、審査決定により維持された原更正の理由が明らかにされれば、原処分の更正理由の附記の欠缺は、遡及的に消滅したものというべく、(これを追完と観念すべきでない。)、本件のように審査決定の附記理由によつて原更正の理由が明らかにされているような場合においては、原更正に理由附記の欠缺あることをとらえて、その違法性を主張することは、許されないとしなければならない。

そして、このことは、更に訴願制度本来の趣旨からみても当然導かれることである。

すなわち、原処分に不服であるとして行政救済を求める申立がなされ、これに対し、訴願庁の判断が与えられれば、前述のように、原処分はその判断の限度において変更されたものとされるのであるから、その変更された形の原処分を争うのならば格別、変更前の原処分の適否を更に抗告訴訟において採り上げることが許されるとするならば、行政救済制度を認めた本来の趣旨を没却することになることは明らかである。したがつて、本件の場合も、審査決定の理由において原告の課税所得金額の内容が詳細に明示されている以上、原告が主張するような不備の点は全く解明せられているのであるから、今更原処分の理由附記の欠缺の違法を攻撃することは認められないところである。

三、源泉徴収税額の計算の誤りにより、本件更正が違法となることはない。

原告主張のように、本件更正及び審査決定において、源泉徴収税額を金一、二四一、三二〇円であるとして差引年税額を算出していることは誤りで、源泉徴収税額の正当額は、原告主張どおり金一、二五六、一二二円である。

しかしながら、源泉徴収税額を金一、二四一、三二〇円として差引年税額を算出していても、原告は、金二〇、〇〇〇円以上の給与所得を有し、法第八条により扶養親族として扶養控除を受けることのできない片山春枝及び同ヱイを扶養親族に該当するものとして不実の確定申告を行い、法定の扶養控除額を上廻る所得控除を受けていたのであるから、これを是正して正当な差引年税額を計算すれば、かえつて、原告は、次のとおり審査決定にかかる年税額を超える所得税金一、六九八円を納付しなければならないことになる。

審査決定における計算   正当な所得税の計算

(1)  総所得金額    八、四一一、〇五九円 八、四一一、〇五九円

(2)  控除額

(イ) 扶養控除 六人   一〇五、〇〇〇  四人 七五、〇〇〇

(ロ) 基礎控除       五〇、〇〇〇     五〇、〇〇〇

(3)  差引課税所得金額 八、二五六、〇〇〇  八、二八六、〇〇〇

(4)  算出税額     四、三三〇、八〇〇  四、三四七、三〇〇

(5)  控除源泉所得税額 一、二四一、三二〇  一、二五六、一二二

(6)  差引年税額    三、〇八九、四八〇  三、〇九一、一七八

したがつて、原告主張のように、被告が税額計算の過程において、源泉徴収税額を誤つて差引計算していても、原告は、結局、不実の申告により、納付すべき正当税額よりも過少な税額を納付することになつているのであるから、何等の不利益をも被つてはいないのである。よつて、右の誤りをとらえて本件更正を違法であるとして取消しを訴求することは許されないといわなければならない。

四、以上の次第で、本件更正処分には、結局原告主張のような違法はないから、原告の本訴請求は、失当である。

第五、被告の主張に対する原告の答弁

一、被告の主張第一項の事実について、昭和二七年分所得税の申告、更正、審査決定の経過、同年中に被告主張の給与所得のあつたこと、被告主張の各物件につき寄附行為をしたこと、これら物件の価額及び取得価額についての被告の計算関係、これら物件がその後原告に復帰したことは、いずれも認める。

二、被告の主張第二項について

(1)  原告が青色申告書提出の承認を受けている所得の種類が、事業所得だけであることは、被告の主張どおりである。しかしこの故をもつて、本件の場合更正理由の附記を要しないものとする被告の主張は、以下に述べる理由で失当である。

所得税について提出される確定申告書は、法第九条に定める所得の種類に応じて数通を提出するという性格のものではない。所得税は、各所得の種類に応じた算出方法によつて算出された金額の合計額を課税総所得金額とし、これに税率を乗じて賦課されるものであるから、確定申告書は、課税総所得金額について一通でなければならず、選択された所得について青色申告書、それ以外の種類の所得について白色申告書というように、複数の確定申告書を提出すべきものとされているわけではない。したがつて、青色申告書提出の承認は、所得の種類の選択はあつても、その承認がなされた後の全所得金額、全課税所得金額についての確定申告を、青色申告書をもつて提出することを承認することを意味するものと解さねばならない。法第四六条の二第二項が、「青色申告書について更正をなした場合においては、……更正の理由を附記しなければならない」としているだけで、右更正が選択された種類の所得についてのものである場合に限定していないのも、青色申告書により確定申告をすることの承認があり、青色申告書で確定申告がされた場合には、選択された種類の所得についての更正であるとそれ以外の所得の更正であるとを問わず、凡そ所得の更正を行う場合一般について更正理由の附記が要求されることを示したものである。すなわち、更正理由の附記を必要とするという法律上の効果は、青色申告書提出の承認それ自体より発生するものであつて、所得の種類選択によるものではない。

もともと、青色申告について更正する場合に更正理由の附記が要求される趣旨の一つは、法第四六条の二第一項の制約を手続上保障しようとする点にあると考えられる。

すなわち、更正の通知において、同項の制約の範囲内における更正であることを明示せしめることによつて、同項の制約が遵守されることを手続上においても保障しようとしたものと考えられる。ところで、白色申告についての更正において附記さるべきものは、その年分の総所得金額及び課税所得金額のみであり、所得の種類別に如何なる理由により如何なる額の更正がなされたものであるかは、全く明らかにされない。総所得金額、課税総所得金額は、各所得の種類に応じた算出方法により算出された数額の合計額のみであつて、各種類の所得に応じた所得金額、課税総所得金額の算出経過は全く不明だからである。そこで、青色申告に対する更正において、更正理由の附記されていない更正通知がされたにすぎない場合は、その更正の実体が如何なる種類の所得の更正であるか、またその更正の経過が如何なる内容であるかは、全く不明である。もし、選択された種類の所得以外の所得について更正する場合に、一般的に更正理由の附記を要しないとするならば、選択された種類の所得以外の所得の更正に名をかりて、実体は選択された所得の更正を行うという場合を防ぐ手続上の保障を一切失わしめることとなる。しかも各所得間には有機的な関連もあるのであるから、各所得算出の経過を明示しなければ、右の手続上の保障の実質は失われるのである。

(2)  次に被告は、更正理由の附記は、更正の効力発生要件ではなく、またその欠缺は、更正の取消事由とならないと主張するが、失当である。

青色申告書についての更正において、理由の附記が要求される所以が前述のとおり法第四六条の二第一項の制約を手続上保障するものである以上、理由附記を求める規定が、単なる訓示規定であるか、効力規定であるかは、法第四六条の二第一項の規定が訓示規定に過ぎないと解されるか否かによつて決つせられる。ところが、青色申告なる制度が設けられた趣旨は、更正処分自体についての制約を加え、濫更正を防ごうとすることにあつたものであり、さればこそ、法第二六条の三第八項において、遡及的な承認の取消しが認められたのである。したがつて、法第四六条の二第一項の制約を手続的に保障しようとする同条第二項の規定は、単なる訓示規定ではないと解すべきである、それ故、理由附記の欠缺は取消事由となるものといわねばならない。

被告は、更正処分の目的は、課税標準、税額の確定にあること、法が更正理由の附記の欠缺不備を再調査、審査の請求の理由として認めていないことを理由に、更正理由の附記の欠缺不備は、更正の効力に関係ない旨主張する。しかしながら、更正処分が、終局的には課税標準、税額の確定を目的とするものであるとしても、その手続において瑕疵ある限り、当該処分は、本来取消しを免れないものである。そして、違法な行政処分の取消しを求める訴が認められるのは、所得税法によつてではなく、行政事件訴訟特例法によつてであるから、所得税法において更正に対する審査請求等の理由とされるものが、被告の主張の範囲に限定されるものと認定しても行政事件訴訟特例法に、かかる限定が全くない以上、当該処分が違法(効力規定違背)である限り、その取消し請求訴訟は許されるのである。

(3)  被告は、更正理由の附記の欠缺の瑕疵は、本件審査決定において理由が附記されたことによつて、治癒されたと主張する。

しかし、更正理由の附記が要求される所以を前述のとおりに解すると、更正通知そのものに更正理由の附記を必要とするものであり、追完をなし得べきものでないと解されるが、仮りに追完し得るものとしても、法第四六条の二第二項が効力規定である以上、更正処分をなし得る期間内においてしか追完は許されないものである。ところが、原告は確定申告書を、昭和二八年三月一六日(期限たる一五日は、日曜日であつた。)に提出したのであり、原告の審査請求の日たる昭和三一年四月一二日より以前において、すでに更正をなし得る期間は経過していたのであるから、本件審査決定において、追完するということはできないものである。

三、被告の主張第三項について

被告主張のとおり、昭和二七年中に金二〇、〇〇〇円以上の所得のあつた、片山春枝、同ヱイを原告の扶養親族として確定申告したことは認める。

しかし、そのことによつて直ちに原告の納税義務が変動するものではない。申告額以上の具体的な租税債務の発生は、更正をまたねばならず、更正のない以上、具体的な租税債務は存しない。被告の主張は、更正なくして当然に租税債務が具体的に発生することを前提とし、その租税債務の範囲内において融通し得る額であるから違法ではないとするのであるが、その前提において誤りを犯しているものといわねばならない。

第六、証拠関係<省略>

理由

原告が昭和二七年分の所得税に関し、事業所得について青色申告書を提出することの承認を受け、昭和二八年三月一六日(月曜日)同年分の所得税につき所得は事業所得だけであるとして青色申告書により確定申告したこと、被告が昭和三一年三月一二日付で、原告には同年中に申告にかゝる事業所得の外、給与所得と譲渡所得があるとして更正をしたこと、更正通知書には更正理由の附記がなく原告がこれを不服として審査の請求をしたこと、東京国税局長が昭和三六年三月一〇日譲渡所得の所得計算の一部を是正し、更正の一部を取り消す旨の審査決定をしたこと、以上の事実は当事者間に争いがない。

原告は、更正通知書に更正理由の附記されていない本件更正は違法であつて取消しを免れないと主張し、被告はこれを争うのでまずこの点について判断する。

青色申告書提出の承認は、事業所得、不動産所得、山林所得又は譲渡所得を有する個人に対し与えられるもので、納税者は承認申請に際し、青色申告書を提出しようとする所得の種類を選択し選択した所得について定められた帳簿書類を備えつけなければならないのであるが(法第二六条の三)、確定申告は暦年中の総所得について一通の申告書により申告すべきものであるから、青色申告書提出の承認を受けた納税者は、承認を受けた所得以外の種類の所得もある場合には一通の青色申告書に、これらの所得もあわせ記載して確定申告することになる。ところで青色申告書を更正する場合の更正理由の附記を定める法第四六条の二第二項は、「青色申告書について更正をなした場合……更正の理由を附記しなければならない」と規定されているに止まるから、これを形式的に見れば、およそ青色申告書について更正をする場合であれば、それが青色申告書を提出することを認められた種類の所得の所得計算の是正による更正の場合であると、その他の種類の所得の脱漏、誤算の是正による更正の場合であるとを問わず、更正理由の附記が必要であるように見える。しかし同条項を正しく解釈するには、条文の体裁のみにとらわれるべきでなく、法が青色申告書について更正をする場合に限つていわゆる白色申告の場合と異なり、特に更正理由の附記を定めた所以を明らかにしなければならない。

青色申告制度は、いわゆるシヤウプ勧告を契機に、昭和二五年法律第七一号による所得税法の改正の結果、初めて採用されることゝなつたのであるが、その趣旨は従来納税者において所得計算の資料となる帳簿組織が十分整備されておらず、申告額の当否の判断が困難で、いきおいひんぱんに更正が行われ、納税者と税務官庁との間に紛争の生ずることが多く、申告納税制度の合理的な運営が阻害されていたので、帳簿制度の普及を目的とする青色申告制度を設け、納税者は、青色申告書提出の承認を受けた種類の所得については、法規の定める詳細な帳簿組織を備え付けることゝし、政府はこれに対し種々の特典を付与することにしたのである。そしてこの制度の健全な育成、助長のためには税務官庁が納税者の帳簿組織を尊重すべきことは、当然であるから、法第四六条の二第一項において、政府は青色申告書提出を認められた所得について更正をする場合には、まず納税者の備え付けた帳簿書類を調査し、その調査の結果、所得の計算に誤りがあると認められた場合に限り、更正をすることができるものとされ、これをうけて同条第二項は青色申告書について更正をした場合に、更正理由を附記すべきことを定めているのである。

以上述べた青色申告制度の趣旨と更正理由の附記を定める規定の位置よりすれば、法が青色申告書について更正をした場合に、更正理由を附記すべき旨定めた趣旨は、納税者が更正において所得計算の是正を受けた所得について、法規の定める帳簿組織を備え付けていることを前提に、税務官庁が更正手続において法第四六条の二第一項の制約に従うべきことを更正理由を附記させることによつて保障すると共に、納税者に対してはその帳簿組織により得ない所以を明らかにして、いわゆる納得のゆく税務行政の運営を企図し、あわせて爾後の帳簿組織の改善、整備を期したものと解するのが相当である。従つて青色申告書について更正をする場合に、更正理由の附記が必要なのは、納税者が法規に定められた帳簿組織を備えている所得の所得計算を是正する場合、すなわち青色申告書提出の承認を受けた所得についての申告の額を是正する場合であり、納税者の帳簿組織の備付けが予定されていないその他の種類の所得の所得計算についてのみこれを是正するのであれば、それが青色申告書提出の承認を受けた所得と共に一通の青色申告書によつて確定申告されていても、更正理由の附記は法律上要求されていないと解すべきである。原告は、青色申告書提出の承認を受けた所得以外の種類の所得の所得計算の是正の場合であつても、更正理由の附記を要するものと解さなければ、白色申告の場合は、総所得金額と課税総所得金額しか更正通知書に附記されないから、その他の種類の所得の所得計算の是正ということを口実として、青色申告書提出の承認を受けた所得の所得計算が是正される危険を防止することができないことになつて、更正理由の附記を定めた法の趣旨が没却される旨主張するが、白色申告の場合であつても、これを更正したときは、更正通知書に所得の種類別の金額を附記しなければならないのであるから(法第四六条第七項)、青色申告書提出の承認を受けた所得以外の所得の所得計算の是正の場合は、白色申告書について更正する場合と同様に扱うべきものと解しても、当該更正が青色申告書提出の承認を受けた所得の所得計算の是正であるのかその他の所得についてであるのかは、納税者は十分これを了知し得るのであつて、原告の議論はその前提において誤りがあり、採用することができない。

本件の場合は前記のとおり、原告が青色申告書提出の承認を受けていたのは事業所得についてであり、本件更正は給与所得と譲渡所得について申告に脱漏があつたとして、これを加算して更正したもので、事業所得については、申告がそのまゝ更正で認められ、何らの変動はないのであるから、本件更正には更正理由の附記は要しないのであつて、更正理由の附記の欠缺をもつて、本件更正を違法とする原告の主張は、その余の点について判断するまでもなく失当である。

次に原告は本件更正には源泉徴収税額を誤つて差引年税額を算出した違法があると主張するので、この点について判断する。

本件更正及び審査決定において、源泉徴収所得税額を金一、二四一、三二〇円として差引年税額を算出していること、源泉徴収所得税額の正当額が金一、二五六、一二二円であることはいずれも当事者間に争いがないから、本件更正及び審査決定に税額算出上若干の瑕疵があつたことは明らかである。しかしながら他方原告は、昭和二七年中に金二〇、〇〇〇円以上の所得を有していた片山春枝、片山ヱイの両名を、原告の扶養親族であると申告したことは当事者間に争いがなく、その方式及び趣旨により公務員が職務上作成したものと認められるから真正な公文書と推定すべき乙第一号証、成立に争いのない同第二号証によれば、本件更正及び審査決定においても、右両名を原告の扶養親族として扶養控除額を定め、税額を算出していることが認められ、右認定に反する証拠はない。従つて本件更正及び審査決定は、扶養親族に当らないものを扶養親族として税額を算出していることになるから、審査決定にかゝる総所得金額を基礎にして前記両名を扶養親族から除外して、原告の扶養控除額を定め、かつ前記源泉徴収所得税額の誤りを是正して、原告の昭和二七年分の正当な差引年税額を算出すれば、被告主張の計算のとおり金三、〇九一、一七八円となり、本件審査決定において差引年税額とされた金三、〇八九、四八〇円を金一、六九八円だけ正当税額が上廻ることになる。してみると被告らが更正及び審査決定により差引年税額を金三、〇八九、四八〇円と決定したことは結局違法ではなく、更正及び審査決定の税額算出の過程に若干の誤りがあつたということだけでは更正ないし審査決定を取り消す理由とはならないと解すべきであるから、この点の原告の主張も理由がない。

なお原告は、更正ないし審査決定で定められ、納付すべきものとされた差引年税額が、正当税額の範囲内であるとするには、その正当税額が更正処分によつて具体的に確定されていなければならないと主張するが、被告が本訴において正当税額が更正及び審査決定により確定された差引年税額を上廻ると主張するに至つたのは、要するに更正及び審査決定によりすでに確定された差引年税額が、更正及び審査決定当時の理由、計算とは若干異なる理由計算により支持され得るものであることを主張しようとしたものに過ぎず、これによつて被告主張の正当年税額なるものをあらためて当該年度における原告の確定、具体的租税債務として主張するに至つたものではないから、かような理由、計算の変更主張につき、常に更正決定を経た上でなければその主張ができないというのは当らないものというべきである。もつとも法が更正処分につき期間の制限を設けていること(法四六条の三)にかんがみれば、この期間経過後に、更正ないし審査決定当時とまつたく異なる理由、計算を主張し、その結果実質的にみて更正期間経過後に新たに更正処分がなされたのと同じ結果になるような場合についても、なおかつ理由、計算の変更主張は常に許されるといい得るかどうかについては問題がないではない。しかし本件においては被告が本訴において主張する理由、計算によれば、税額算出の基礎となる課税総所得額が、審査決定に掲げられた課税総所得額よりも多少上廻ることゝなるとはいえ、課税総所得額算出の基礎となる総所得額については何らの変更主張はなく、たゞ、総所得額から控除すべき扶養控除額及び税額から控除すべき源泉徴収税額の計算につきわずかの変更主張があるに過ぎないのでこの程度の理由、計算の変更主張によつて、たゞちに実質上新たな更正処分がなされたのと同じ結果になるということはできない。したがつてこの点に関する原告の主張は結局採用し得ない。

以上の次第で本件更正処分のうち、審査決定において一部取り消された残余の部分について、原告主張のような違法はないから、原告の請求を棄却することゝし、訴訟費用については民事訴訟法第八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 白石健三 下門祥人 町田顕)

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