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東京地方裁判所 昭和36年(行)27号 判決 1962年10月10日

原告 江原照義

被告 東京都知事

主文

本件訴を却下する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一当事者双方の求める裁判

一  原告の求める裁判

被告が、原告にあてて昭和三五年一二月一二日付三五建河管収第三三二八号除却命令書をもつてした、東京都中央区銀座東四丁目七番地先および同都同区築地三丁目八番地先公有水面(築地川)上の物件(桟橋、船および台船)の除却を命ずる旨の処分、ならびに昭和三六年二月二七日付三六建河管発第二六五号行政代執行令書をもつてした、同年同月二八日午前八時三〇分に右各物件の除却の代執行をする旨の処分は、いずれも無効であることを確認する。

訴訟費用は被告の負担とする。

二  被告の求める裁判

(一)  本案前として

主文同旨

(二)  本案について

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

第二原告の主張

一  原告は、昭和二七年四月から東京都中央区内の築地川のうち、同区銀座東四丁目七番地先の約三三坪(一〇〇平方米)の公有水面(以下単に本件公有水面ということがある。)を使用する許可を被告から受け、同所に家屋一棟(東京都中央区銀座東四丁目七番地の二地先道路べり家屋番号同町七番の一〇、木造亜鉛メツキ鋼板葺平家建店舗一棟建坪七坪)を建ててこれに居住し、かつ昇降機桟橋等を設け、モーターボート、手漕ボートを右築地川に浮かべその水面を利用して貸ボート業を営んで一家の生計をたてていた。

二  ところが、被告は右築地川を埋立てて道路とする案を立て、昭和三五年五月頃東京都議会の議決を経たうえ、右案を実施して道路とするため右築地川を埋立てる権利を訴外首都高速道路公団に付与し、さらに原告に対し、(1)公有水面埋立法第三一条に基づき昭和三五年一二月一二日付三五建河管収第三三二八号除却命令書をもつて、原告が設置した前記各工作物のうち桟橋、船、および台船(以下単に本件工作物という。)を同年一二月三一日までに除却すべきこと命じ(以下単に本件除却命令という。)、続いて(2)行政代執行法に基づき昭和三六年二月二七日付三六建河管発第二六五号行政代執行令書をもつて同年同月二八日午前八時三〇分に本件工作物の除却の代執行をする旨の処分(以下単に、本件代執行令書発布処分という。)をした。

三  しかしながら本件除却命令および代執行令書発布処分には次のごとき違法がありいずれも無効なものである。

(1)前記のごとく原告は本件公有水面の使用の許可を受けた者であるから、公有水面埋立法第五条第一号に規定する法令により公有水面占用の許可を得た者であり、したがつて、同法第四条第一号にいう公有水面に関し権利を有する者であるから、同条により被告は原告の同意を得なければ本件公有水面の埋立ての免許を他に与えることができないのに、原告の同意を得ないまま、前記のごとく本件公有水面埋立ての免許を訴外首都高速道路公団に与えており、かかる違法な免許を前提とする本件除却命令は違法無効といわなければならない。のみならず、(2)被告が同法第三一条により除却命令を発するには、同法第八条により、埋立ての免許を受けた者が同法第六条の規定により同法第四条の権利を有する者に対し損害の補償をするなど所定手続をし、埋立工事に着手することができるような状態になつてからでなければならないのにかかわらず、前記のように同法第四条の権利者である原告に対してなんらの補償もなされず、同法第八条所定の手続がなされないまま、本件除却命令が発せられている違法があり、このような除却命令は無効というべきである。

したがつて、右のように違法無効な本件除却命令を前提とする本件代執行令書発布処分もまた違法無効であることは明白である。

よつて、本件除却命令および代執行令書発布処分の無効の確認を求める。

四  被告の主張に対する答弁

(一)  本案前について。本件除却命令および代執行令書発布処分の対象となつていた本件工作物が代執行により撤去され、現に存在しないことは認める。ただし、右撤去は被告の主張する日と昭和三六年九月二六日の二回にわたつてされたものである。その余の主張は争う。

(二)  本案について。原告の本件公用水面の使用権は被告の期間更新拒絶によりすでに消滅したことは認めるが期間更新拒絶により使用権が消滅した場合であつても原告は公有水面埋立法第五条第一号の公有水面占用の許可を受けたる者、したがつて同法第四条の公有水面に関し権利を有する者であることにかわりはない。

第二被告の答弁と主張

一  本案前の主張

本件除却命令および本件代執行令書発布処分の対象となつていた本件工作物は昭和三六年二月二八日に代執行が行なわれたためすでに撤去され存在しない。このように処分の対象物が現存していない以上、これらの処分に基づく原告の現在の地位、または法律関係はすでに確定しており、そこには不安定や危険は全くないのである。したがつて本件各処分の無効確認を求めることは過去の行政処分の効力を争うものにすぎず、それを求める法律上の利益はないものといわなければならない。よつて本件訴は不適法であるから却下すべきである。

二  本案の答弁

(一)  原告主張の第二の一の事実は認める。ただし、原告が本件公有水面の使用許可を得たのは昭和二七年四月ではなく、昭和二八年一〇月であり、また、原告主張の建物は右使用許可の許可条件に違反して原告が建築所有していたものである。

(二)  同二の事実は認める。

(三)  同三の事実のうち、被告が本件公有水面の埋立ての免許を訴外首都高速道路公団に与えるについて原告の同意を得なかつたこと、および本件除却命令を発するについて原告に対し損害の補償がなされていないことは認めるが、その余の主張は争う。

原告は公有水面埋立法第四条にいう公有水面に関し権利を有する者ではないから、右権利を有することを前提とする原告の主張は理由がない。すなわち、原告は本件公有水面を使用目的は貸ボート業、使用期間は昭和二八年一〇月一日から翌年九月三〇日までとして訴外中央区長の占有許可を得て占用し(築地川は河川法第五条のいわゆる準用河川で、その管理権は同法第六条により都知事にあるが、都知事は区長にこれを委任している。)、以後昭和三五年三月三一日まで一年または半年ごとに許可を得て占用を継続していた。その最後の占用期限は昭和三五年三月三一日であるが、右中央区長はその満了とともに都市計画上の見地から以後許可を更新することができないから工作物を除却して原状を回復されたい旨の通知を昭和三五年四月七日付で発し、この通知は同年同月八日に原告に到達した。これにより、原告は本件公有水面を占用する権利を失つたのである。

このように昭和三五年四月一日以降本件公有水面を占用する権限を有しなくなつた以上、原告が公有水面埋立法第四条の公有水面に関し権利を有する者といえないことは明らかである。したがつて同法第六条により原告に対し損害補償もする必要がないのであるから、同法第三一条に基づいてした本件除却命令は適法であるといわなければならず、またこれに応じない原告に対してした本件代執行令書発布処分もまた適法であるといわなければならない。

理由

被告の本件無効確認の訴えがその法律上の利益を欠くとの本案前の主張について考えてみるに。

本件除却命令および代執行令書発布処分がされ、その対象となつている本件工作物はすでに代執行により除却され、現存しないことは当事者間に争いがない。

右のような行政処分の対象となつている物件がもはや存在しない場合において裁判所に対しその行政処分の無効確認を求めることができるかどうかについて検討してみると、一般に行政処分の無効確認の訴は、行政処分が無効であつてもその不存在の場合と異なり、行政処分としての外観を有するゆえ、その表見的存在を除去しなければ直ちに原告の法律的地位になんらかの不安定をもたらすおそれや危険がある場合において、そのおそれや危険を除去するために認められるものであると解すべきところ、本件においては、右のごとく本件工作物が除却されてしまつているのであるから、本件除却命令および代執行令書発布処分はすでにその目的を到達してしまつており、したがつて現在または将来において本件除却命令や代執行令書発布処分に基づいて原告に本件工作物除却義務や代執行受忍義務が生じ、本件工作物の除却を強制されるようなおそれは全くなく、このような意味において本件除却命令や代執行令書発布処分の存在が原告の現在の法律的地位に不安定をもたらす要素は全くないといわなければならない。のみならず弁論の全趣旨によれば、本件公有水面は道路とするためすでに埋立てずみであり、本件工作物を原状に回復することも実際上不可能な状態であると認められるから、仮に本件除却命令や代執行令書発布処分を本訴において無効であると確定したとしても、それにより本件物件を原状に復してこれを従前通り原告に使用させることもできないことが明らかであり、その他原告の現在の法律的地位になんらかの影響を及ぼすべき事情のあることは考えられないから本訴は確認の利益を欠くものというべきである。(仮に本件除却命令や代執行令書発布処分が無効であるとするならば、原告としては損害賠償等によりその侵害された権利の回復を計るほかはないが、本訴において右除却命令や代執行令書発布処分が無効と確定されるかどうかは、右損害賠償請求権の行使になんらの影響を及ぼすものではない。)

以上のとおりであるとすると、原告は本件除却命令および代執行令書の発布処分の無効の確認を求める法律上の利益を有しないといわなければならないから、本案に入つて審理するまでもなく、この点において本訴は不適法であり却下を免れないものである。

よつて訴訟費用の負担について民事訴訟法第八九条を適用し、主文のとおり判決する。

(裁判官 位野木益雄 田嶋重徳 清水湛)

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