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東京地方裁判所 昭和36年(ワ)5351号 判決 1963年9月13日

原告 日本自動車株式会社

被告 浅野真男

主文

被告は原告に対し金一、〇四三、〇六四円及びこれに対する昭和三六年七月三一日から支払済まで年五分の割合による金員を支払え。

訴訟費用は被告の負担とする。

事実

原告訴訟代理人は主文同旨の判決及び仮執行の宣言を求め、その請求原因として次のとおり述べた。

「一、被告は訴外浅野連合物産株式会社(以下訴外会社という。)の代表取締役である。

二、被告は訴外会社の代表取締役として、(イ)別紙手形表<省略>記載の約束手形五通額面金額合計金九〇五、二九一円を原告に宛てて振り出し、(ロ)別紙目録<省略>記載の各種自動車部品を原告より買い入れ、その代金一三七、七七三円の支払期日を昭和三五年九月末日と約して右部品の引渡しを受けた。

三、訴外会社は昭和三五年一〇月六日頃その事務所を閉鎖し、その資金は全くないので本件約束手形金額及び売掛代金計一、〇四三、〇六四円の支払ができなくなり原告は右債権と同額の損害を蒙つた。

四、訴外会社は本件約束手形を振出し、本件部品を買い入れた時には既に、大阪支社において金五〇〇万円以上の損失(昭和三四年一〇月頃)を出し債務超過の状態になつていて、資金状態は苦しく他から金二〇〇万円以上の融通手形等による借入金を有し、右借入金に対して日歩一〇銭の割合による金利(昭和三五年二月以前から)を支払い、その額は毎月三〇万円以上に及んでいる状態であつた。

五、訴外会社の状態は右のとおりであるから、訴外会社が原告に本件約束手形を振り出し、原告から本件部品を買入れた当時、右手形金及び部品買入代金をその弁済期に支払うことができない状態にあつた。而して被告は訴外会社の代表取締役として、会社の右経理状態を知悉し従つて本件手形金及び部分品代金の支払不能を予見しながら、原告に対しこの事実を秘し、訴外会社は信用あるもののように装い、原告をそのように誤信させた結果、訴外会社振出の本件手形を代金債務の弁済方法として受領させ、本件部品を買い入れた。仮りに右支払不能を予見しなかつたとしても被告には予見しなかつたことに過失がある。従つて原告の本件債権の回収不能による損害は被告が訴外会社の代表取締役として職務を行うについて故意または過失によつて加えたものであるから、被告は原告に対し、民法第七〇九条により、然らずも商法第二六六条ノ三により、損害を賠償する義務がある。

よつて原告は被告に対し、金一、〇四三、〇六四円及びこれに対する訴状送達の翌日である昭和三六年七月三一日より支払ずみまで年五分の割合による損害金の支払を求める。」

被告訴訟代理人は原告の請求を棄却する旨の判決を求め、答弁として次のとおり述べた。

「一、請求原因第一項ないし第三項の事実は認める。同第四項の事実のうち大阪支社で損失を出したことは認めるが、その額は三〇〇万円程度である。借入金の金利は時に日歩一〇銭程度の支払をしていた。同第五項の事実は否認する。

二、被告は、訴外会社の代表取締役として、会社を正常に発展させるため自己の能力を尽して専念し、大阪支社の損失を取戻すため経費を節減し、自己自身もアパート住いをして節約に努めてきた。訴外会社が支払不能になつたのは単に時期的に偶然になつたもので、被告に何等作為はなかつた。

原告は訴外会社と取引を開始するに先だつて、興信所等の調査機関を介して訴外会社の状態を調査し、大阪支社の損失、借入金勘定その他を知つていたから、被告は原告主張の責任を負う理由はない。

三、仮りに被告に責任があるとしても、訴外会社には、倒産当時約金六〇万円相当の在庫品が存在したが、原告、訴外株式会社田中商工、同ミツワ自動車の三者が在庫品を引き揚げ、それぞれ訴外会社に対する債権額に応じて分配の上代物弁済に充当しているから、原告の蒙つた損害金額は右代物弁済がなされた限度で減少しており、従つて本訴請求金額も右の限度で縮少さるべきものである。」<証拠省略>

理由

原告主張の請求原因事実第一項ないし第三項は当事者間に争がない。そこで被告は訴外会社の代表取締役として本件約束手形を振り出し、本件部品を買入れた当時、訴外会社が右手形金及び買入代金の支払時期に支払不能に陥いることを予見し、または、予見し得べかりしものであつたか否かを判断する。

訴外会社は昭和三四年一〇月頃大阪支社において損失を出していたことは当事者間に争なく、被告本人尋問の結果(第一回)によれば、右損失額は二八〇万円にのぼり、その結果昭和三五年三月大阪支社を閉鎖したこと及びこの閉鎖当時訴外会社は約二〇〇万円の融通手形により金融を受けていたことが認められ、右認定に反する証人今井久智及び同辻岡清治の各証言は信用できない。そして証人今井久智の証言の一部及び被告本人尋問の結果(第一回)によれば、訴外会社は昭和三五年三月頃原告とプラグその他の自動車部品の取引を開始し、最初の取引約一万円余は小切手で支払い、その後の取引は毎月二〇日に一月分の取引を締切り、その代金支払のため翌月二〇日頃約束手形を振出したこと、すなわち別紙手形表1の手形は昭和三五年四月二〇日締切の取引の代金について、同表2ないし5の手形は右と同様同年五月から順次八月まで各その月二〇日締切の取引について、それぞれその代金支払のため振出されたこと及び別紙目録記載の取引は手形表5記載の手形により支払われる取引以後のものであることが認められ、右認定に反する証人今井久智の証言部分は信用できない。

被告本人尋問の結果(第一回)及び同結果(第二回)により成立の認められる乙第九号証の一によれば訴外会社は原告との取引開始当時債務超過であつたことが認められる。そしてその債務超過の額がいくばくであつたかを検討すると、取引開始時から約二月後の訴外会社の昭和三五年五月三一日現在の貸借対照表(前記乙第九号証の一)の記載によれば一、七六四、〇九七円の欠損であり、一、三一六、五一六円の債務超過であり流動資産と流動負債との差引は、二、〇四二、七五四円である。この数字は取引開始当時から約二月後の訴外会社の決算期の数字であるが、欠損は大阪支社の損失にもとずくことは被告本人尋問の結果(第一、二回)によつて明らかであり、また、右貸借対照表には融通手形が現われていないが、受取手形中に前記二〇〇万円の融通手形があると考えられるから、この融通手形を資産から控除すると債務超過は前記数字より更に二〇〇万円程上まわることになり、これらの点を考えると、原告との取引開始当時訴外会社の債務超過は少なくとも二、三百万円は下らないものと推認される。

訴外会社は以上のように大阪で損失を受け、融通手形を出し、債務超過にあつたときに、その代表取締役である被告が初めて原告と取引を始じめた。このことから直ちに被告に本件手形の振出及び部品の買入に際し原告主張のような故意過失があると判断できるであろうか。本件では故意を認める直接証拠はないから、故意過失の有無は諸般の情況から判断しなければならない。一般的にいつて債務超過にあるときに振出された手形又は売買された代金は直ちに弁済不能になるとは限らない。すなわち、手形又は代金の債務が少額である場合もそうであるが、その他の場合でも企業経営者の努力により弁済期までに債務超過を解消するか、解消するに至らなくても弁済し得る場合(例えば、有力な後援者を得て、資金を導入する。)があることは明らかである。従つて手形又は代金債務発生当時債務者(又はその代表取締役)が右の努力をなす決意があれば故意を認める妨げとなり、次に右の努力が通常の人の目から見てその成功を期待できる合理的な計画の下であれば、その努力が失敗しても過失を認めることはできない。そこで本件について考えると、被告本人尋問の結果(第一回)によれば被告は訴外会社の代表取締役として経営の実権をにぎり資金のやりくり、商品の仕入、手形の振出等一切をやつていたこと及び被告は訴外会社の前記資産状態、すなわち大阪支社で二八〇万円の損失を出し、約二〇〇万円の融通手形で金融を得、債務超過が二、三百万円に達していたことを了知していたことが認められる。しかし、被告本人は当法廷において大阪の損失は昭和三五年九月までにオートバイの風防を八、〇〇〇台販売する計画をたて、これによれば一台について大体二〇〇円の利益があり、右の損失を十二分に償えるから、支払不能にならず切り抜けられる見込であつた旨陳述(第一回)しているが、この陳述は直ちに信用できない。すなわち、

(一)  被告本人は当法廷において大阪における損失はオートバイの風防の販売が予定通りゆかずダンピングをしなければならなくなつた旨及び損失回復策として八、〇〇〇台の風防を販売し九月までに利益をあげることを考え、それまでは友人から融通手形を借りて金融をつけていたが、ついに融通手形が割れなくなり手形の不渡を出し会社を整理しなければならなくなつた旨陳述(第一回)し、これによると風防販売策は被告本人の陳述するように立案されたとしても極めて不安定で、案の合理性が認められない。

(二)  訴外会社の昭和三五年五月三一日現在の貸借対照表(前記乙第九号証の一)と同年九月末日現在の貸借対照表(乙第八号証これは被告本人尋問の結果(第一回)により成立を認められ、同結果によると右九月三〇日現在のものであることが認められる。)の各記載を比較すると、僅か四月間で売掛金三、〇七四、四六一円が激減して僅か四八、七五〇円になつていることは、果して訴外会社が正当な営業をしていたか疑問である。

(三)  被告本人の陳述(第一回)によれば昭和三五年六月から同年九月までの取引の全部であるという乙第二号証の一ないし一〇、同第三号証の一ないし一七、同第四号証の一ないし二九、同第五号証の一ないし四、同第六号証の一ないし三及び同第七号証の一ないし五の各伝票の記載によれば、その間の取引月額は一一万円余から一五万円余であるに対し、被告本人尋問の結果(第二回)により成立が認められる乙第一〇号証の一七によれば訴外会社の昭和三四年六月から昭和三五年五月までの売上は毎月一五七万円余から三一〇万円余までであつて、これと比較すれば昭和三五年六月以後は一〇分の一にも足りない。しかも、右六月以後の取引は同時期の原告からの仕入額を下廻つている。

以上の諸点を綜合して考えると、前記被告本人の風防八、〇〇〇台を売つて大阪の損失を償えるという陳述は直ちに信用できない。

以上述べたように被告は前示認定の状況の下で訴外会社が債務超過にあることを知り、これを回復するに十分な対策を実施せず、漫然僅かな売上をつゞけていたこと及び訴外会社は原告との取引開始後約六月で営業を廃止し支払不能に陥つたことと前記(一)ないし(三)の諸点を考え併せると被告は昭和三五年三月頃原告から自動車部品の買入を始め、その後その代金支払のため本件手形五通を振出し、更に本件部品を買入れた際には、少くとも、右手形及び代金の各債務が支払不能になることを予見しなかつたことについて過失あるものといわなければならない。

証人今井久智及び同辻岡清治の各証言によると、原告は訴外会社の資産状態を知らず、また被告からこの点について何も知らされず訴外会社と取引を始め、本件手形の振出を受け、本件部品を販売し、その結果右手形、代金の両債権とも回収不能になつたことが認められる。右辻岡の証言の一部と被告本人尋問の結果によると原告は興信所を通じ訴外会社の資産状態を調査したもののように推測されるが、果して原告は訴外会社の債務超過を知つていたかとの点については十分の立証がない。この点に関する被告本人の陳述は直ちに信用できない。

以上判示したところによれば、原告の本件手形及び物品代金の債務支払不能による損害は訴外会社代表取締役である被告の過失ある不法行為に因るものであると解せられる。蓋し、物的会社である株式会社はその資産のみが債権者の唯一の担保であるから、債務超過に陥つた以上、代表取締役は債務超過解消のため合理的な対策を構ずることなく、漫然これを知らぬ相手方と取引をし、その結果相手方に損害を与えた場合、右代表取締役の行為は違法というべきであつて、同人に故意過失あれば民法第七〇九条による責任があるからである。このような場合、詐術その他の作為がなく、単なる默秘だけの不作為によるときでも不法行為を認めることは代表取締役の回復の努力を圧迫し企業の維持を困難ならしめるものと考えられないでもないが、上述の考えは合理的な対策を構じないことを要件とするものであるから決して代表取締役の正当な努力を制限するものでなく、会社財産のみを共同担保とする会社債権者を保護し、取引の安全を護るものである。また、株式会社について特に債務超過(又はその虞)ある場合に整理、更生ないし破産が開始される趣旨からしても上述の考を肯定するのが相当である。

従つて被告は原告の前記損害一、〇四三、〇六四円を賠償する義務があること明らかである。被告は訴外会社が債務の一部を代物弁済した旨主張するが、被告本人尋問の結果(第一回)によつても認められず、その他これを認めるに足りる証拠はない。

よつて原告の被告に対し前記損害一、〇四三、〇六四円及びこれに対する訴状送達の翌日であること記録に照し明白な昭和三六年七月三一日より支払済まで年五分の割合による民法所定の遅延損害金の支払を求める本訴請求はすべて理由があるから、これを認容し、訴訟費用の負担については民事訴訟法第八九条を適用し、主文のとおり判決する。なお、仮執行の宣言の申立はその必要がないものと認め、これを却下する。

(裁判官 上野宏)

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