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東京地方裁判所 昭和35年(行)94号 判決 1962年10月18日

原告 小野政代

被告 江東税務署長

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は、原告の負担とする。

事実

第一、申立

一、原告

被告が昭和三五年二月四日附江東所産特第五号により原告の昭和二九年度分贈与税に関する再調査請求についてなした決定を取り消す。

訴訟費用は被告の負担とする。

二、被告

主文同旨の判決を求める。

第二、主張

一、請求原因

(一)  被告は昭和三四年一一月二六日附贈与税決定通知書をもつて、原告に対し、原告が夫小野健太郎より昭和二九年八月別紙物件目録記載の建物(以下本件建物という)二棟の建築費と右建物敷地の借地権の贈与を受けたとして、金五九〇、〇四〇円の贈与税を決定し、原告は同月二八日その通知を受けた。

そこで、原告は被告に再調査の請求をしたところ、被告は昭和三五年二月四日附江東所産特第五号再調査決定通知書をもつて、借地権の課税は誤であつたとして、右贈与税決定処分の一部を取り消し、原告は夫健太郎より本件建物二棟の建築費金二、〇四九、二〇〇円の贈与を受けたとして、贈与税額は金四九九、七六〇円である旨決定した。

これに対し、原告はさらに東京国税局長に審査の請求をしたが、同局長は昭和三五年六月三〇日附直資第一七六号、東協特第一七四号審査決定通知書をもつて右審査請求を棄却する旨決定し同年七月五日その旨原告に通知した。

(二)  しかしながら、本件再調査決定は、次に述べる理由で違法であるからその取消を求める。

1 時効の完成

贈与税は、贈与の度毎に租税債権が発生するものであるから、消滅時効は贈与を受けた日の翌日から進行すると解すべきである。

このことは、相続税取扱通達昭和二五年一二月一一日直資一―一八六及び同昭和二七年五月一七日直資一―八八で、贈与税の時効起算日は相続税と共に翌年の三月一日であるとされていたのが、昭和三三年四月の同取扱通達からは、贈与税の項が削除されていて、相続税と時効起算日を異にする趣旨を明らかにしていること、また贈与税の租税債権が翌年の二月一日から二月末日までの申告期間内の申告によつて発生するものとすれば、例えば、一月に贈与があつて贈与者、受贈者共にその翌二月に死亡した場合、相続税は死亡の日から六カ月内に申告の義務が生ずるのに、相続税から控除さるべき贈与税の額が決定できない不合理を生ずることなどから明らかである。

被告は、申告納税制度における申告期限との関係から本件贈与税の時効起算日は申告期限を徒過した昭和三〇年三月一日である旨主張するが、理論上、申告納税制度の趣旨は、贈与の都度受贈者が取得した財産につき、申告、納税するのを原則とし、申告期限を定めたのは、納税或は徴税の取扱上の一つの便法に過ぎないから、納税者が申告期間前に申告し、納税した場合には、国は課税権の行使としてこれを徴収できるのであつて、申告期限は税金徴収上の便宜と納税者に対する猶予期間としての意味を有するに止まり、国家の課税権及びその行使を排除するものではない。申告納税制度が、単に便宜的なものであることは、所得税の源泉徴収税に、この制度がとられていないことから明らかである。

以上の原告の主張は、税制調査会が昭和三六年六月三〇日附で答申した「国税通則法の制定に関する答申」において、贈与税の租税債権は贈与のあつた時成立するものとしていること(答申第四の三の2の(4))により、裏づけられる。

ところで、被告は、前述のとおり原告が昭和二九年八月贈与を受けたものとして、本件贈与税の決定をしたのであるが、原告が贈与税決定通知書を受領したのは昭和三四年一一月二八日であるから、贈与を受けた日の翌日から五年以上を経過していることは明らかで、右課税処分当時既に租税債権は時効により消滅していたのである。

2 贈与の事実の不存在

仮に右主張が認められないとしても、本件建物二棟の建築費金一、八八五、六七九円は原告が調達支弁したもので、被告主張のように、夫健太郎から贈与を受けたものではない。その資金源は、次のとおりである。

(イ) 原告は、昭和二三年頃祖父加畑長之助から金六万円の贈与を受け、これを質屋の訴外高橋松平に預けたのを始めとして、その後他人名義等を用いて金二〇万円位を数回に亘り同訴外人に預けて利殖し、昭和二九年頃までに受取つた金額は、約金一〇〇万円となつていた。

(ロ) 原告は、昭和二二、三年頃訴外鈴木卯吉と共有に係る漁船福寿丸(二〇屯以下)を売却し、これによつて得た金額を夫健太郎の亡兄小野常次郎に預け、利殖して貰つたが、昭和二七年上京の際、合計金二〇万円を受取つた。

(ハ) 原告の実妹鈴木せい子は、昭和二五年夫死亡による弔慰金として金四五万円を受取り、これを将来子供の教育資金にするため原告に利殖を頼んだが、原告は同人の承諾を得て、これを本件建築資金の一部に充当した。

(ニ) その外、原告は終戦直後、夫健太郎と共同で山林や製塩の事業をし、利益の分前を得て家族の生活費等を支弁し、残余を貯蓄して所持していたが、その金額は、昭和二九年頃約二〇万円に達していた。

3 贈与金額の過大

被告は、本件建物二棟の建築費の贈与を受けたものとし、その建築費は金二、〇四九、二〇〇円である旨主張するが、右建築に要した費用は、甲第九号証の領収証の領収書綴のとおり金一、八八五、六七九円である。

二、請求原因に対する答弁と被告の主張

(一)  請求原因に対し

請求原因(一)の事実を認め、(二)についてこれを争う。

(二)  被告の主張

1 時効について、

原告は、被告の贈与税決定処分は、消滅時効完成後になされた違法な処分であると述べるが、原告の主張は時効の起算日を誤つたもので、本件決定当時未だ時効は完成していなかつたのである。以下この点について被告の主張を明らかにする。

(イ) 一般に租税債権の消滅時効は、課税権者がその権利を行使し得るときから進行するものである。故に、贈与税の消滅時効の起算日を論ずるについては、先ず贈与税の租税債権が何時成立するかを考察し、次に政府がこれに対して権利を行使し得るに至るのは何時であるかを考慮しなければならない。

現行相続税法は、贈与税について相続税とは異り、贈与の都度の課税ではなく一暦年中に受贈者が贈与により取得したすべての財産の価額を合算して、この合算額を課税価格として課税する建前を採用している(第二一条の二)。故に、現に贈与が行われても、この計算期間である暦年が終了しなければ、贈与税の課税価格は確定しないし、これに適用すべき税率も確定せず、従つて、贈与税を算出することはできないから、暦年の経過をまつてはじめて贈与税の課税要件が充足し、いわゆる抽象的租税債権が発生することとなる。

更に贈与税について採用されている申告納税制度は納税義務者に対し申告期限までに申告書を提出させ、自ら租税債務を自主的に確定して納税させることを建前とし(第二八条第一項)、申告をなすべき納税義務者が申告書を提出しない場合において、国はその調査により、その課税価格又は贈与税額を決定することができることとしている(第三五条第二項)。即ち、課税権者は、申告期限経過の後において、はじめて課税の権利を行使し得るに至るのであり、租税債権の消滅時効は、このときにはじめて進行を開始するのである。

ところで、相続税法は、贈与税の申告期限を贈与のあつた年の翌年の二月末日と定めているから(第二八条第一項)本件贈与税においては、時効は、申告期限の翌日である昭和三〇年三月一日より進行するものと解すべきであり、本件決定処分のなされた昭和三四年一一月二八日には未だ消滅時効は完成していなかつたのである。

(ロ) なお、原告は、国税庁の取扱通達(昭和二五年一二月一一日直資一―一八六第一三六項(三)、昭和二七年五月一七日直資一―八八第一三六項(三))を援用して、右通達においては、相続税、贈与税の消滅時効の起算点に関する取扱規定が同一であつたが、その後の改正通達においては、取扱を異にするようになつた旨主張するが、右通達のなされた当時には相続税から独立した贈与税は存在して居らず、当時贈与によつて取得した財産も相続によつて取得したものとみなされ相続税のみを賦課されたものであり、相続税法上贈与税を独立のものとして取扱つていなかつたため、前記通達において、時効の起算日に関する取扱を異にしていなかつたのは、当然であり、更に、昭和三四年一月二八日直資第一〇号の通達においては、時効の起算日に関する規定は削除されるに至つた。これは、従来から、他の税法の取扱通達には時効の起算日に関する規定がなく、相続税法についてのみ定められていたものであるが、前記改正通達においては、右規定を特に定める必要もないので、他の取扱通達と同様これに関する規定を削除したものであつて、削除後における取扱としても前同様に解しているわけである。

2 贈与の事実

本件建物二棟の建築に要した資金は、原告の夫健太郎より原告に贈与され、これが支払に充てられたものである。

(イ) 原告は、本件建物建築当時において、不動産その他格別預貯金の見るべきものを有しなかつたし、また夫健太郎と生計を一にしてその扶養を受けつつ一家の主婦として家事に従事していたもので、他より給与所得等を得ていた事実もなかつたから、原告が自ら右建築資金を捻出することはそもそも不可能な状態であつた。

これに反し、夫健太郎は、当時製材、林業、船舶貸付等の事業を経営し、多額の資産を有してその運用に当つていたものであり、現に同人は本件家屋建築直前頃にその敷地である江東区深川町二丁目七番の四宅地二九四坪四合一勺(当時坪当り時価約金二万円)を買得した事実もあるのである。

以上の事実を総合すれば、他に特段の事情がない限り、右建築に要した資金は、夫健太郎より原告に贈与され、その支払に充てられたと認定するのが当然であるというべきである。

(ロ) 原告は、本件建物二棟の建築資金は、自己の資金源より支出した旨主張するが、原告にかかる資金があり、これより支出したという事実は全く認められない。

3 課税価額について

以上により、本件家屋二棟の建築資金は、原告が夫健太郎より贈与を受けたものと認めるべきであるが、受贈額である建築費を金二、〇四九、二〇〇円とした被告の再調査決定は、次の理由で適法である。

(イ) 本件建物二棟の建築資金については、現実に授受された総金員を明確にする証憑書類の提出がないので、本件家屋の建築資材、構造、設備等よりその所要資金を認定する外ないが、別紙物件目録(一)記載の木造瓦葺平家建一棟建坪二七坪については、坪当り金四〇、二〇〇円、同(二)記載の木骨防火構造瓦葺二階建長屋付共同住宅一棟建坪二七坪二階二七坪五合については、坪当り金三五、〇〇〇円と評価するのが相当であるから、右建物二棟の建築に要した資金の合計額は、金二、九九二、九〇〇円となる。

(ロ) 原告は、本訴において甲第九号証を提出し、右は本件建物二棟の建築のため支出した金額全部の領収書であると主張するところ、右甲第九号証の領収書綴により支出金額を合計すると、原告主張額を超え金一、九三八、六〇四円となるのであるが、さらに右領収証綴における支払金額を本件建物二棟中居宅(別紙物件目録(一))とアパート(同(二))の建築にあてられた費用に区分し、その費用の内訳を項目別に整理すると別表記載のとおりになるのであつて、この表の内容を検討すると、右支払金額のみをもつて、本件建物二棟の建築所要資金の総額とすることが全く不合理であることが明らかになるのである。

すなわち各項目につき検討してみると、

(a) 材木費用 居宅(二七坪)     金一九、〇七一円

アパート(五四坪五合) 金四四、五五〇円

いずれも、右建物建築の材木費用としては過少である。(後記(ハ)参照)

(b) ガス設備費用 居宅のガス設置費について支払がなされていない。

(c) 設計費用 アパートの設計費用の支払がなされていない。

(d) 建物、硝子、表具費用 居宅   金二二一、二六〇円

アパート 金 二八、八一〇円

アパートの建具、硝子、表具費用が過少である。

(e) 屋根費用 アパートの屋根費用についての支払がなされていない。

右摘示した点は、領収書綴における各費用の支払金額についての不合理な点のうちその二、三を指摘したにすぎないが、以上摘示した事実によつても、原告が建築費の総額であると主張する領収書綴の支払金額には、建物の建築に不可欠な費用の支払が含まれておらず、また材木費用、建具、硝子、表具費用等が過少であることが明白であつて、本件建物建築費に充てた支払金額のうち相当部分の脱漏があることが推認されるのである。

(ハ) 通常木造家屋の建築費における材木費の比率は三〇%(現在では材木価格の上昇により三五ないし四五%である。)とみるのが妥当とされるのであるが、これから本件家屋の建築に要した適正な材木価格を算出して、これにより本件建築費を推認すれば、次のとおりである。

(a) 居宅建築に要した材木費用   金三五八、五〇五円

(b) アパート建築に要した材木費用 金四四七、〇五九円

(c) 材木費用合計         金八〇三、五六四円

以上のように、本件建物の建築に要した材木費用の適正な価格は、金八〇三、五六四円とみるべきであるが、右価額を前記領収書綴における所要費用中材木価額を除いたものに加算すれば、その合計金額は、金二、六七八、五四七円となるのである。

(ニ) 以上の次第で、被告の本件建物の建築資金額の認定は、むしろ少きに失したものというべく、これを高すぎるとして本件賦課処分を違法とする原告の主張は、理由がない。

第三、証拠関係<省略>

理由

原告主張のように、贈与税の決定処分がなされ、再調査決定、審査決定がなされていることは当事者間に争いがない。

原告は、本件課税処分当時租税債権が時効消滅していたこと、本件建物の建築資金は原告が自己の資金源より支払つたものであること、贈与額とされた本件建物建築費の認定額が高額にすぎることをそれぞれ理由として、被告の再調査決定は違法であると主張するので、以下順次判断することにする。

一、時効について、

租税債権の消滅時効を考察する場合、租税法の定める課税要件を充足する事実の存在により客観的に成立する所謂抽象的租税債権とこれの具現過程としての申告ないしは更正、決定を経て成立する所謂具体的租税債権とを区別して論ずることが必要であり、前者は課税権の消滅時効の、後者は徴収権の消滅時効の問題に係ることになる。本訴における原告の租税債権の消滅時効完成の主張は、抽象的租税債権が時効により消滅したというのであるから、以下贈与税の抽象的租税債権の発生と消滅時効の起算点について判断する。

債権の消滅時効は、一般的には民法第一六六条第一項により、権利を行使し得るときから進行を始めるものとされており、国税債権についても、特に異別に解すべき理由はないから、国税債権の消滅時効も国が権利を行使できるときから進行すると解すべきであり(なお関税法第一四条参照)、従つて国税債権の発生と消滅時効の起算点とが必ずしも一致しないことは、一般私債権の場合と同様である。そこで先ず、贈与税の抽象的租税債権の発生について考察するに、相続税法(本件の昭和二九年当時施行の相続税法では、贈与税の対象として遺贈が含まれていたが、このことは本件と関係なく、その他については、以下の説明との関係で特に記載するものの外現行法と変りがない。)は、贈与税の課税価格を一暦年中に贈与により取得した財産の価額の合計額とし(第二一条の二)、この課税価格より一定額の基礎控除をした金額に累進税率を適用して贈与税額を算出すべきもの(第二一条の四、第二一条の五)と定めているので、この計算期間である暦年が終了しなければ、贈与税の課税価格も、これに適用すべき税率も確定せず、贈与税額の算出は不可能であるから、抽象的租税債権は暦年の経過をまつて初めて発生するものと解さねばならない(なお、暦年中の納税義務者死亡の場合の特例については後述参照)。次に、かくて発生した贈与税債権について、国は何時から権利を行使し得るかであるが、同法は、贈与税について申告納税制度を採用し、納税義務者は、贈与を受けた年の翌年の二月一日から二月末日までに課税価格、贈与税額等を記載した申告書を提出すべきものと定め(第二八条第一項)、納税義務者が自主的に贈与税額を確定して納付することを期待し、国は、納税義務者が申告書を提出しないときに、課税価格と贈与税額を決定すべきものとされている(第三五条第二項)ので、国は、申告期限である贈与のあつた年の翌年の二月末日の経過後において、はじめて課税権を行使し得ることになるから、贈与税の抽象的租税債権の消滅時効は、贈与の年の翌年の三月一日から進行をはじめるものと解すべきである。

原告は、相続税法に関する取扱通達をあげて、当初は相続税、贈与税ともに時効の起算日を財産変動の翌年の三月一日としていたのが、その後の改正により贈与税の項を削除して、相続税と贈与税の時効起算日を異にして取扱うべきものとされるに至つたことにより、原告の贈与税の消滅時効は、贈与のあつた日の翌日から進行するとの主張を裏付けるものである旨主張するが、原告が取扱通達において相続税と贈与税の時効起算日が同一に規定されていたという昭和二五年ないし同二七年当時は、相続税から独立した贈与税なる税目はなく、贈与に対する課税は相続税として賦課されていたのであるから、取扱通達において贈与税と相続税時効起算日が各個異別に規定されていなかつたのは当然であり、その後法律の改正により、贈与税が独立の税目として認められ、申告期限について、相続税は納税義務者が相続の開始を知つた日から六カ月以内、贈与税は翌年の二月末日と定められたため、取扱通達も改正されて、時効起算日として相続税の場合は被相続人死亡の時から六カ月を経過した日、贈与税については、贈与のあつた年の翌年の三月一日と定められ、その後取扱通達から相続税、贈与税ともに時効の起算日に関する部分が削除されるに至つたことが弁論の全趣旨から明らかであるところ、以上の取扱通達の変遷は、原告の述べるところと異つていて、原告の時効起算日に関する主張を裏付けるどころか、これに反するものであり、この点の原告の主張は、通達の誤解に基く誤つた主張といわなければならない。

次に、原告は贈与者、受贈者が贈与のあつた年の間に死亡した場合、贈与税が贈与の時確定すると解さなければ不都合を生ずると主張するが、先ず贈与者死亡の場合受贈者が相続人のとき贈与の事実が問題となるが、この点については相続税法第一九条により、暦年中の贈与と相続による財産の取得は、合算して相続による財産取得として相続税のみが課せられるのであるから(なお同法第二一条の二第四項)、相続税と贈与税の対立、調整の問題は生ぜず、原告主張のように贈与の時贈与税債権が発生しなければ不都合を生ずるというようなことはなく、また受贈者死亡の場合、相続税の課税価格から控除すべき贈与税額の問題は、同法第二八条第三項(現行法第二八条第二項)において、その年の一月一日から死亡の日までに贈与により取得した財産の価額を贈与税の課税価格として、これに税率を適用すべきものとし、相続人が相続開始を知つた日から六カ月以内に申告書を提出すべきものと定められており、かゝる場合、特例として贈与税の抽象的租税債権は受贈者死亡の時に発生すると解されるから、原告主張のように、一般的に贈与税債権は贈与の時発生するとしなくても、何らの不都合を生ずるものではなく、この点の原告主張も、法律の誤解に基くものといわねばならない。

また、原告は申告期限の存在は、国税徴収のための便宜と納税者の利益のために認められた便宜的な措置であるから、申告期限内といえども国は課税権を行使し得る旨主張し、その主張自体必ずしも明白でなく、あるいは、申告期限内に国は課税権の行使としての決定はできるが、滞納処分は許されないとの趣旨かと解されるが、申告納税制度の採用自体は立法者の自由であるとはいえ、一度申告納税制度をとることが定められた以上、先ず納税義務者の自主的な租税債権の確定たる申告をまつべきは当然であつて、申告期限内においても国は納税義務者の申告をまたず課税権を行使し得ると解することは、法律の文言にも申告納税制度の趣旨にも背くもので、この点の原告主張も到底採用できない。

なお、原告は税制調査会の答申をもつて原告主張を裏付けるものと述べるが、右答申は立法論を述べたものであり、また答申の前提とされた現行法の解釈論も原告主張にそうものではない。

以上の次第で、贈与税の抽象的租税債権の消滅時効は、贈与のあつた年の翌年の三月一日から進行し、これにより五年を経過した後は、国は課税権を行使し得なくなるのであるが、本件において、贈与のときを昭和二九年中とした被告の認定については、原告はこれを争わないから、本件贈与税の抽象的租税債権の消滅時効は昭和三〇年三月一日から進行を開始したものというべきところ、被告の本件贈与税の決定が昭和三四年一一月二八日になされたことは当事者間に争いはないから、右決定当時未だ消滅時効は完成しておらず、この点において、右決定ないし本件再調査決定には原告主張のような違法はない。

二、贈与の事実について

原告は、本件建物は原告の資金により建築したもので、夫健太郎から建築資金の贈与を受けたものではないと主張するので、判断する。

成立に争いのない甲第二、三号証の各一、証人岩本親志の証言により真正に成立したものと認められる乙第一三号証の一ないし三及び証人常世田豊治、同岩本親志の各証言並びに弁論の全趣旨を総合すれば、本件建物を建築した昭和二九年当時、原告には格別の所得はなく、所得税等の申告、納付はなかつたこと、不動産預貯金の見るべきものを有していなかつたこと、他方原告の夫の健太郎は、製材業、山林売買等をかなり大規模に行い、本件建物敷地を購入した外、預金等相当多額の資産と所得があつたこと、原告は本件贈与税の決定に対する再調査及び審査の各請求において、不服理由として租税債権の時効による消滅のみを述べ、贈与の事実は少しも争つていないこと、本訴においても、当初は違法理由として消滅時効の完成のみを主張し、その後贈与の事実を否認するに至つたが、原告が支出した建築費の額は金八五万余円であると述べ、弁論終結近くになつて全額原告が支出したと主張するところとなつたこと、本訴提起後被告の調査に対し原告が資金源として述べた事実と本訴において主張する資金源とが必らずしも一致しておらず、被告に対し述べた資金源のうちその後の調査で原告の申立が誤りであることが明らかにされた事実については本訴でこれを主張せず、被告に述べなかつた新たな資金源を本訴で主張していることなどが認められるところ、以上の事実よりすれば、本件建物の建築費は、原告の夫の健太郎より原告に贈与されたものと推認するのが相当である。原告は、資金源としていくつかを挙げて、本件建物の建築費は自己の資金より支出した旨主張し、原告本人尋問の結果中には右主張にそうかの供述もあるが、右供述も全体としてかなりあいまいであり、また成立に争いのない乙第九号証の一ないし三、証人岩本親志の証言により真正に成立したものと認められる乙第八、一〇、一一号証に前記認定の原告の挙動を併せ考えると、右供述はたやすく措信できず、他に前記認定を覆すに足る証拠はない。

よつて、この点についても、本件再調査決定に原告の述べるような違法はない。

三、贈与の価額(建築費)について

原告は、本件建物の建築費は金一、八八五、六七九円であるのに、被告が贈与の価額を本件建物の建築費としながら、課税価格を金二、〇四九、二〇〇円としたことは違法であると主張するので判断する。

証人常世田豊治、同岩本親志の証言によれば、本件建物の建築費は、各建物とも最低に見積つても一坪当り金三万円を下廻ることはないものと認められるところ、これに本件建物二棟の床面積合計八一坪五合を乗じて本件建物の建築費を推認すると、金二、四四五、〇〇〇円を下ることはないと認められるのであるが、更に原告が本件建物の建築費の領収証綴であるとして提出し、弁論の全趣旨により真正に成立したものと認められる甲第九号証によれば、金一、八八三、六六三円が本件建物建築のため支出されていることが認められる(甲第九号証中丁数4、6、9、10、14、16、33、39、46ないし52、61、65、67、69、74、76、78、80、85、94、96、99ないし105、108、114ないし116、126、128に表示する金額は重複するものであり、同56は建物の建築費とは認められず、同62、109のは、いずれも昭和三〇年中の支払であるから、これらの金額は支払金額認定に算入せず、また同123、125表示の金額中工事代―123では金四、二〇〇円、125では金一七、一〇〇円―以外のものは重複の可能性があるから算入しない。)ところ、右支払金額を検討してみると、材木代金としては僅かに金五八、六二六円(甲第九号証丁数8、13、97、98)の支出が入つているだけであるが、原告本人尋問の結果によれば材木もすべて購入したというのであるから、木造二七坪の建物と木骨床面積五四坪五合の建物のための材木代としては著しく低額であり、この一事のみをもつてしても、甲第九号証により認められる支払額に数十万円を加えるのでなければ、本件建物の建築費の額として正当と認め得ないことは明らかであり、他にも右領収証綴には、被告主張のような脱漏がうかがえるから、本件建物の建築費として被告が認定した金二、〇四九、二〇〇円の額は、低額に過ぎても、高額であるとは到底認め得ず、この点に関する原告本人尋問の結果はあいまいであつて措信できず、他に右認定を覆すに足る証拠はない。

四、以上の次第で、被告のなした原告に対する再調査決定には、原告の主張するような違法はないから、原告の本訴請求は失当であつて、これを棄却すべく、訴訟費用について、民事訴訟法第八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 福島逸雄 下門祥人 町田顕)

(別表および別紙物件目録省略)

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