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東京地方裁判所 昭和35年(ワ)6476号 判決 1962年9月27日

千葉相互銀行

事実

原告倉田フサノは請求原因として、本件土地及び建物は原告の所有であるところ、これにつき、昭和三十二年五月二十九日東京法務局板橋出張所受付、同年同月二十二日付売買による被告小林米蔵への所有権移転登記および被告千葉相互銀行のため、昭和三十二年七月五日受付、同年同月二日付相互銀行取引契約により根抵当権設定契約による根抵当権設定登記がなされている。しかし原告は、被告小林その他何びとにも本件物件を売り渡したことはなく、右売買による所有権移転登記を承認したこともない。右移転登記は、昭和三十二年五月頃、たまたま原告が被告小林に融資の斡旋を依頼した際、原告の実印、本件土地の登記済権利証、本件建物の建築許可書等を同被告に約十日間預けて置いたことがあるが、その間同被告において原告にかくれてこれを冒用し、原告名義をいつわり、売買証書、登記申請書等を偽造してなしたものである。従つて、被告小林は、本件物件につき所有権を取得したことなく、その登記は無効であり、また、被告小林が所有権を取得したことを前提としてなされた被告銀行のための前記各登記も無効である。よつて原告は、本件物件の所有権に基き、被告らに対し右各登記の抹消登記手続を求める、と主張した。

被告千葉相互銀行は答弁及び抗弁として、原告は本件物件を昭和三十二年五月二十二日被告小林に有効適法に譲渡し、同被告はこれによつて本件物件につき所有権を取得し原告主張の各登記を経たものであり、被告小林は同年七月二日、その息子である訴外小林実が被告銀行との間で相互銀行取引契約により被告銀行に負担すべき債務の元本極度額七十万円につき本件物件に根抵当権を設定し、且つその旨の登記を了したものであるから、これらの登記はいずれも有効である。仮りに原告と被告小林との間の売買が無効であるとしても、原告は昭和三十三年十月八日被告銀行に対し、被告小林が本件物件につき根抵当権等を設定した事実を認めて相互掛金(契約高七十万円、毎月の掛金一万七千五百円宛四十回払、満期昭和三十七年一月七日)に加入し、その満期払戻金をもつて被告小林に代つて前記債務を弁済することを約し、次いで昭和三十四年七月八日には原告は被告小林に対する所有権移転及び同被告の被告銀行に対する根抵当権設定等の各行為を認める旨約定したのであつて、これらの行為により原告は被告銀行との間で、原告と小林間の前記無効な売買をその行為の当時までさかのぼつて追認したものである。従つて、原告は本件物件についてなされた所有権移転、根抵当権設定等を争い、その無効を主張することは許されないものである、と主張して争つた。

理由

先ず原告と被告銀行との関係について判断するのに、本件物件が当初原告の所有であつたこと、これにつき被告らのため原告主張の各登記がなされたことは、当事者間に争いがない。しかし、証拠を総合すれば、昭和三十二年五月頃、原告は知合の被告小林から本件物件を担保として金を借りてやるといわれ、一時自己の実印を同被告に預けたところ同被告は原告にかくれて勝手に本件物件中建物については原告名義の保存登記をした上本件土地建物につき同年五月二十二日原告との間に売買が成立したものとして自己名義に前記所有権移転登記をし、原告には融資は成功しなかつたと報告しておき、一方被告銀行に対し、本件物件を自己の所有であるとして、その息子である小林実が被告銀行に対し相互銀行取引契約により負担する債務の元本極度額七十万円につき根抵当権を設定し、且つ土地及び建物につきそれぞれ停止条件付賃貸借契約をした上、前記各登記をし、且つ原告名義を冒用して右債務の連帯保証をした旨の書面を作成したものであることを認めることができる。してみると、原告と被告小林との間には何ら売買契約があつたものではなく、被告小林は本件物件につき所有権を取得しなかつたものといわなければならない。従つて、同被告が被告銀行とした前記各契約も亦無効というべきである。

被告銀行は、その後原告は被告小林との間の売買を遡及的に追認し、もしくは被告小林の被告銀行に対する根抵当権設定等を承認しその効果を受諾した、と主張する。原告が昭和三十三年十月八日被告銀行との間に被告銀行主張の相互掛金契約をしたことは原告の認めるところであり、この点につき証拠によれば、原告は右相互掛金債権を小林実の金七十万円の債務の担保として提供することを承諾したもののように見え、また、右小林実の債務は原告において右相互掛金の満期払戻金をもつて弁済することを約束したかのようにも見える。しかし、他の証拠を併せ考えると、原告は昭和三十三年九月初旬頃被告銀行から内容証明郵便で小林実の債務につき連帯保証人としての責任を追及する旨の請求に接し、驚いて知人の小林正助に被告銀行に行つて貰つたところ、被告小林のした前記事実が判明し、その後同年十月八日小林正助とともに被告銀行に行きその係員高橋義治と交渉したが、被告銀行側では近く大蔵省の監査があるので、一応この際原告において前記相互掛金に加入して貰い、その間に当時すでに行方不明となつていた小林米三、同実の親子を探し出して弁済させることにし、本件不動産については抵当権実行はしない旨説得したので、原告はともかく小林親子を探し出し、本件物件が競売を免れればよいと考え、相互掛金はそのために必要な時間の余裕を作るためのものであると思い、これを小林実の債務の担保に供することについては全く思いをいたさず、被告銀行の指示するまま契約書や念書に押印ないし署名押印したものであることが認められる。また、昭和三十四年七月八日、原告が被告銀行に対し小林実のため連帯保証人となつたこと及び被告小林に本件物件を譲渡し、同被告が被告銀行に根抵当権等を設定したことをそれぞれ認めた旨の記載がある念書は、証拠を併せれば、その後原告において被告小林を告訴した際、本件貸借関係書類の写しを必要とし、被告銀行からその交付を受けるにあたり、原告は右高橋の記載した書面にその書面の内容を読み聞かされることなく、また十分見せられることもなく署名押印を求められ、むしろ右写しを受領した受取書に過ぎないと考えて、たやすくこれに応じたものであることが認められる。そして、原告本人尋問の結果によれば、原告は五十余才の婦人で、内縁の夫はあるが八十近い老人であり、原告自身は貸間や下宿業で生活を維持し、世事にうとく、取引の実情に通じないものであることがうかがわれる。以上の事実に証人小林正助の証言、原告本人尋問の結果及び本件口頭弁論の全趣旨を併せ考えれば、昭和三十三年十月の相互掛金契約のさいのいきさつ及び昭和三十四年七月の念書差入は、被告銀行係員が、本件物件についての取引の瑕疵が自己の責任に及ぶことをおそれ、且つ被告銀行の利益を守るために、原告の十分ななつとくを得ないまま、ほとんど一方的に取り運んだものであつて、決して被告銀行の主張するようなものではなかつたものというべきである。

してみると、被告銀行の本件物件についてした前記各登記は何れも無効であり、原告は所有権に基きその抹消登記手続を求め得べきものである。

そこで原告と被告小林との関係について判断するのに、証拠によれば、本件物件が当初原告の所有であつたこと、これにつき原告主張の日被告小林のため原告主張の所有権移転登記のなされたことは明らかであるが、原告と被告小林との間には何ら売買契約はなく被告小林が本件物件につき所有権を取得したものでないことはすでに原告と被告銀行との関係について認定したとおり、被告小林との関係においてもこれを認めることができる。従つて、右移転登記は無効であり、原告は所有者としてその抹消登記を請求し得るものといわなければならない。

以上のとおりであるから、原告の本訴請求は全部正当である。

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