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東京地方裁判所 昭和35年(ヨ)4409号 判決 1961年3月14日

債権者 日の本産業株式会社 外一名

債務者 新鉱業開発株式会社

主文

債権者らの申請を却下する。

訴訟費用は、債権者らの負担とする。

事実

一  債権者ら訟訟代理人は、

債務者は、債権者らに対し別紙目録記載の帳簿および書類を仮りに閲覧させなければならない。

との判決を求め、

債務者訴訟代理人は、主文第一項同旨の判決を求めた。

二  債権者ら訴訟代理人は、その申請の理由として次のとおり主張した。

(株主権)

(一)  債務者は、発行ずみ株式総数二百六十四万株の株式会社であり、債権者日の本産業株式会社(以下債権者会社という。)はこのうち二十八万六千九百株以上の株式を、債権者菊池六輔は同じく二万七千六百株以上の株式を有する株主である。

(閲覧請求とその拒否)

(二) 債権者会社は、昭和三十五年七月一日付の内容証明郵便をもつて、債務者に対し、「第一期から第十九期までの会計帳簿および関係書類一切」につき、経理上疑問の点を調査するため、という理由を附して閲覧および謄写を請求し、右郵便は同月二日債務者に到達したが、債務者は、同月九日付内容証明郵便をもつて、これを拒否する旨を回答した。

(閲覧請求の理由)

(三) 債権者らが会計の帳簿および書類(以下帳簿という。)の閲覧を請求する理由とするところは、債務者の経理上の処理につき次のような疑いがあるので、その調査をしようとするところにある。

(イ)  大口および鯛生両鉱山の処分について違法ないしは妥当でない疑いがある。

右両鉱山とも、本邦屈指の優良金山であり、債務者の所有に属していたところ、債務者は、昭和二十六年中大口鉱山の施設を代金三千三百七十五万円をもつて、ついで昭和三十三年中に同鉱山の鉱業権を代金二千万円をもつて、それぞれ大口鉱業株式会社に譲渡し、また、昭和三十一年中鯛生鉱山を代金約七千百万円をもつて鯛生鉱業株式会社に譲渡した。

しかしながら、右のうち大口鉱山の施設および鉱業権の処分は、無効であり、債務者は、右施設および鉱業権の返還を請求すべきものと思料される。すなわち、右大口鉱山は債務者の重要な会社財産の一つであつたのであるから、右大口鉱山の施設および鉱業権を譲渡することは、営業の重要な一部の譲渡に該当するものというべく、少くともこれに比肩しうべき重要な財産の譲渡であり、従つて、当然債務者会社の株主総会の特別決議を必要とするものであつたにもかかわらず、債務者は、右特別決議を経ないで、右施設および鉱業権を譲渡したからである。

しかも、この両鉱山を処分すること自体妥当であつたかどうか疑問がある。すなわち、債務者がこの両鉱山の真価を知らなかつた筈はなく、かりに知らなかつたとすれば経営者の重大な過誤であるところ、両鉱山とも将来の開発の努力によつて営利換算上債務者に好収益をもたらす鉱山であつたからである。

のみならず、右鉱山の処分価格は適正妥当ではない。すなわち、前記のように優良金山であり、従つて、実質的価値が極めて高いのであるから、債務者が経営上真に止むを得ない措置としてその処分をしたものとするならば、その実質的価値に応じ、債務者に最大な利益をもたらす代価で処分すべきであるにもかかわらず、前記のような不当に低廉な価格で処分したからである。

さらに、債務者は、昭和二十六年大口鉱山の施設売却ののち、昭和三十三年鉱業権譲渡までの間大口鉱業株式会社に対し、共同鉱業権者の名目で、鉱業権を貸与し、使用料を徴していた、ということであるが、その処置が適法にされていたとしても、その使用料の額が適正妥当な価格であつたかどうか疑問である、といわなければならないし、また、昭和二十六年施設処分後の第四期決算報告においては大口鉱業所の項目がないのに、第五期決算報告においては再びこの鉱業所の勘定が計上されており、この間の経理上の処理が不明確である。

(ロ)  そのほか、営業外の支出、開発費等に関する経理上の処理について不明確な点がある。

先ず、営業外の支出についてみると、第十八期に約五千万円、第十九期に約四千二百五十万円と異常に多額の金額がそれぞれ計上されているが、鉱山会社の営業外費用とは何か、いかなる事項に対していかなる費用を支出したのか、適正妥当な出費であるか、極めて疑問である。

次に、債務者の計上する探鉱費(新鉱開発費)は、その経営規模に比較し、あるいは同業各社のそれと比較すると過大の疑いがある。繰り延べ勘定とされているけれども、果して毎期どれだけの出費があり、どれだけ償却されているのか、その根拠、使途、他に流用されている事実はないか、等の確認は、決算書類のみでは不可能である。

(仮処分の必要性について)

(四) 債権者らは債務者に対し以上のように閲覧請求権を有するので、これにもとずいてすでに本案訴訟を提起し、東京地方裁判所昭和三十五年(ワ)第八、四二九号事件として現に係属しているが、本案判決の確定まで、なお相当の日数を要するであろうことは、確実に予想され、債権者らはこれを待つていては、株主権の行使が不可能または著しく困難となるので、仮処分をもつて帳簿の閲覧を求めるものである。

先ず、帳簿閲覧請求権は本来即時に行使しうるものであることが必要であり、そのような性質のものとして商法上認められているのである。すなわち、帳簿閲覧請求権は、株主の権利の確保又は行使に関する調査のため認められたものであり、他方会社企業は絶えず継続的に進展し、変化するものであるから、もし業務執行に不正あるいは過誤のある場合、会社の損害も時日の経過によつて飛躍的に増大することが当然に予想され、かくては帳簿閲覧の結果に基づく株主権の行使が不可能または著しく困難となるとすれば、帳簿閲覧の実質的法律的な意義は失われ、株主に閲覧請求権を認めた法の趣旨は失われてしまうものといわなければならない。

殊に、債務者の経理に関し、取締役が責任を負うべき法令定款違反行為が存在していても(その具体的な事実については主張しないけれども、)、帳簿閲覧によつて事実を確認することができないまま時日が経過してしまうときは、商法第二百八十四条によつて責任解除とみなされてしまう危険がある。

のみならず、帳簿閲覧の目的を達するためには仮処分に代りうる他の法律上の手段も存しない。先ず、商法第二百九十四条によつて、会社の業務および財産の状況を調査させるため、裁判所に対し、検査役の選任を請求する方法が考えられないでもないけれども、検査役の調査は、会社の業務、財産の状況自体の調査であつて、株主による帳簿閲覧とはその性質および対象を異にするものであつて、むしろ、検査役選任請求は、帳簿閲覧の結果によつて行使しうるものと考えるのが相当である。また、民事訴訟法第三百四十三条以下の規定による証拠保全の申し立てが考えられるけれども、この申し立てには証すべき事実、証拠保全の対象およびその事由を明らかにすることを要するところ、本件においては、債権者らが帳簿閲覧もしていない以上、右の各点についてこれを具体的に特定しえない、というほかなく、適式な申し立て自体困難である、といわなければならない。

さらに、帳簿閲覧の仮処分が許されたとしても、債務者に対し何らの損害も与えるものではないから、その必要性の判断に当つては、仮処分債務者に甚大な損害を与えるようないわゆる満足的仮処分の場合におけるのとは異なる考慮が払われるべきである。

(仮処分の許容性について)

(五) 債務者は、帳簿閲覧の仮処分は許されない旨を主張するけれども、その根拠とするところはいずれも理由がない。

先ず、帳簿閲覧の仮処分がいわゆる満足的仮処分であつて、これによつて権利は実現され、事実上本訴の目的を達したのと同様の結果を生ずるものであるとはいえ、このことをもつて帳簿閲覧の仮処分が許されない、ということはできない。一般に仮りの地位を定める仮処分は、係争物に関する仮処分とは異なり、現在の権利関係の著しい危険、不安にもとずき、仮りに権利者たる地位を認めて仮りにその権利を実行させる制度であるから、保全の目的を達するため現在権利の行使される状態を実現すること、すなわち仮りに満足を得させることは、保全処分の本質に反するものではなく、むしろ仮りの地位を定める仮処分における基本的な性格であり、機能である。従つて、債権者らが帳簿閲覧の仮処分によつて満足を得たとしても、それはあくまでも暫定的なものであつて、本案訴訟の結果によつて始めてその当否も明らかになり、法律上確定的な効果が生ずるものである。

もとより満足的仮処分は、仮定的にしろ権利を実現するものであるから、もつとも強力な保全処分であることは疑いなく、実務上も賃銀、扶養料等の支払い、家屋の明け渡しの請求のように、権利関係も具体的事情も債権者の社会生活上の窮迫を原因とする生存権的色彩の濃厚な事例が少くない。しかし、訴訟法上満足的仮処分が認められる以上、いかなる権利についても許されるべきことは当然であり、権利の性質あるいは紛争の基礎となつた社会生活関係のいかんによつて、その理を異にすべき根拠なく、結局、いかなる権利関係についても被保全権利の存在および著しき損害又は急迫な強暴を避けるため等の保全の必要性について疎明があれば許されなければならない。実務上も株主権行使禁止、株式名義書き換え禁止、工業所有権侵害行為の禁止等会社法上あるいは一般法上の権利を被保全権利として事実上本訴の目的を達するのと同様の仮処分を許した実例も少くない。

また、帳簿閲覧の仮処分が許され、一旦閲覧した以上は、後に本案の訴において帳簿閲覧請求権が否定されても、原状回復が不可能である結果を生ずるとしても、それを理由として本件仮処分が法律上許されないとはいえない。たしかに原状回復の可能性と仮処分の仮定性とが不可分の関係にあると考えられていた。しかしたとえば、仮りに従業員の地位を認めて賃銀の支払いを命じた場合、その命令は債権者の絶対的な困窮状態に始めて仮処分の必要性を認めたのであるから、事実上返還不能であることは明らかであり、かかる場合にも受領した金員を返せばよいとの抽象的な、空疎な理論で仮処分の許否を決することは、仮処分制度の、特に仮りの地位を定める仮処分の本質に反するものである。むしろ原状回復の可能性の存否は、仮処分の仮定性と本質的な関連はなく、もつぱら必要性の判断に当つて考慮されるべき事由とすべきものである。

(閲覧請求の意図について)

(六) 債務者は、債権者らが押し売りのための株式の買い占めをしている旨主張しているけれども、その主張はいずれも根拠がない。債権者らは、債務者に対する経営参加の目的をもつて株式を取得しているのであるが、大口、鯛生両鉱山の処分については、不審の点もあり、経営方針に検討を加える必要から帳簿閲覧を請求しているのであつて、少数株主権の濫用ということはできない。

三  債務者訴訟代理人は、債権者らの申請の理由に対し次のとおり主張した。

(仮処分の適法性)

(一)  債権者らの主張は、商法第二百九十三条の六所定の少数株主権にもとずいて、債務者に対し帳簿の閲覧を仮処分によつて求めようとするのであるが、このような仮処分は法律上許されないものと解すべきである。

すなわち、仮処分によつて帳簿の閲覧をなしうるとすれば、既に訴訟の目的を達したことになるのみならず、本訴において反対の結論が出た場合において原状を回復することが全く不可能であるからである。

(申請の理由に対する答弁)

(二) 申請の理由(一)、(二)の事実は認める。(三)、(四)の主張は争う。

(債権者の閲覧請求の理由について)

(三) 債権者らは債務者の経理上の処理について疑いがある旨を主張するけれども、いずれも帳簿の記載自体とは何らの関係のない問題であるから、債権者らの右主張自体が帳簿の閲覧を求める理由となり得ない(債権者らの主張する点は、大口鉱山またはその鉱業権の売却代価、その鉱業権の使用料および営業外支出等について、それらが適正妥当な価額であつたかどうか、という評価の問題であつて、いかなる価格で処分したか、という帳簿によつて判る問題とは別個の問題であるからである。)し、また、債務者らは、すでに閲覧ずみの書類によつて明らかにされているところについてさらに帳簿閲覧を請求しており、結局債権者らの真意は、いうところの疑いを解明するところにあるのではなく、漠然たるあらさがしか、債務者に対するいやがらせとかいう点にあるものと考えられるのであり、権利の濫用といわなければならない。

のみならず、債権者らの疑点として挙げるところも、また理由のない言いがかりである。

すなわち、大口、鯛生両鉱山の処分について、債権者らがこの両鉱山の価値について主張するところは、債務者と見解を異にする。債務者は、この価値を正当に評価したうえ、経営方針にもとずいて処分したのである。

のみならず、大口鉱山の処分について特別決議を経てはいないけれども、これを違法の措置とはいえないし、売却代金又は鉱業権の使用料についても債権者らの非難は当らない。

また、営業外の支出、開発費等についても、債務者らの主張は、いずれも当を得ないところである。

(帳簿閲覧を拒否できる理由)

(四) 債権者らの帳簿閲覧を求める真意は、株主として利益を図るところにあるのではなく、当初から株式を買い占めたうえこれを債務者側に高価に売り付けて莫大な利益を得ようとし、その目的達成のため少数株主権を濫用していやがらせをするところにある。

すなわち、債権者らは昭和二十四年末までは債務者の株を一株ももつていなかつたのに、昭和三十五年四月一日直前に一挙に二十余万株の名義書き換えを請求しているし、株価も平生の時価の二倍半から三倍という値段がついているにもかかわらず、債権者らはなお株を買い取つているのである。

のみならず、債権者菊地はいわゆる買い占め屋として兜町界隈にその名が知られているばかりでなく、株式の取得後においては、債務者に対し説明を求めることもなく、直接少数株主権の行使という方法を使つている。

従つて、債務者は、債権者らの帳簿閲覧の請求を拒否するについて法律上正当な事由を有するものである。

三  疎明として、

債権者訴訟代理人は甲第一号証の一、二、甲第四号証の一から四、甲第五号証の一、二、甲第六、第七号証、甲第八号証の一から五、甲第九号証、甲第十号証の一、二、甲第十一号証、甲第十二号証の一から十九、甲第十三号証の一から二十、甲第十四号証、甲第十五号証の一から四、甲第十六号証の一から七、甲第十七号証の一から三および甲第十八号証(但し、甲第二、第三号証は欠番)を提出し、乙号証のうち、第一号証、第七号証の一、二、第十五号証、第十七号証および第十九号証につき、その成立を知らない、と述べ、その余の成立を認めた。

債務者訴訟代理人は乙第一から第三号証、乙第四号証の一、二、乙第五、第六号証、乙第七号証の一、二、乙第八号証の一から三、乙第九から第十三号証、乙第十四号証の一、二、乙第十五から第二十三号証を提出し、甲号証のうち、第七号証、第八号証の一から五、第九号証、第十号証の一、二、第十四号証、第十五号証の一から四および第十六号証の一から七につき、その成立を知らない、と述べ、その余の成立(第十一号証については原本の存在とその成立)を認めた。

理由

債権者らの本件仮処分申請は、要するに、商法第二百九十三条の六に基づく少数株主権の行使としての帳簿の閲覧を、仮処分によつて求める、というのである。しかしながら、当裁判所は、この権利行使を仮処分によつて実現することは許されないものと解する。以下その理由を示す。

先ず、本件仮処分が許されるものと解するならば、これによつて、債権者らは、本案の訴訟において勝訴の判決を得たのと全く同様に、その目的を達してしまい、本案訴訟を提起する必要もなく、あるいはその係属をも必要としなくなつてしまう。もちろん、本案訴訟の目的を達してしまう、ということだけでは、必ずしも仮りの地位を定める仮処分が許されない、という結論を導くものでないことは債権者らの主張のとおりである。

しかしながら、次に説示する点を併せ考えるときは、本件仮処分は、仮処分の本質を逸脱するものと解するほかはない。

次に、本件仮処分が許されるとするならば、法律的にみて、全く原状回復の可能性のない仮処分を認めることになる。すなわち仮処分の仮定性ないしは暫定性に反する。本件仮処分によつて、債権者らは完全な終局的満足を得てしまうことは明らかである。本案判決において被保全権利の存在しないことが確定した場合に、帳簿を閲覧しなかつた状態に戻すことはいかなる方法をもつてしても不可能といわなければならないから、本件仮処分は、事実上は勿論のこと、法律的にみても、全く原状回復の余地がないものである。

もちろん、債権者らも主張するように、その原状回復が事実上不可能な事案について、仮処分が許される場合がないでもないけれども、債権者らのあげているような事案は、いずれも法律的にみて、全く原状を回復しえないやり方とはいえないから、本件仮処分の事案とは異なるのである。

よつて、債権者らの申請は、結局その理由なきに帰するので、これを却下することとし、訴訟費用については、民事訴訟法第八十九条および第九十三条によつて敗訴の債権者らの負担として、主文のとおり判決する。

(裁判官 豊水道祐 西沢潔 田倉整)

(別紙) 目録

一 第一期から第三期までの大口鉱山に関する会計の帳簿および書類(大口鉱業所勘定および本社勘定の元帳および補助簿等の帳簿ならびに伝票、請求書、領収書、会計に関連する契約書および信書等の書類全部)

二 第一期から第十四期までの鯛生鉱山に関する会計の帳簿および書類(鯛生鉱業所勘定および本社勘定の元帳および補助簿等の帳簿ならびに伝票、請求書、領収書、会計に関する契約書および信書等の書類全部)

三 大口鉱山および鯛生鉱山の売却代金の入金に関する記載のある元帳および補助簿等の帳簿ならびに入金伝票、請求書、領収書および信書等の書類全部

四 第一期から第二十期までの開発費支出に関する元帳および補助簿等の書類ならびに伝票、請求書、領収書、契約書および信書等の書類全部

五 第十六期から第二十期までの一般管理費支出に関する帳簿ならびに伝票、請求書、および領収書その他これに関する書類の全部

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