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東京地方裁判所 昭和34年(ワ)6993号 判決 1962年8月10日

判   決

東京都品川区中延五丁目一、三〇三番地

原告

河口武

右訴訟代理人弁護士

芦田浩志

岩村滝夫

雪入益見

坂東克彦

右芦田訴訟復代理人弁護士

儀同保

東京都千代田区霞ケ関一丁目一番地

被告

右代表者法務大臣

植木庚子郎

右指定代理人

木下良平

平川国雄

渡会治吉

鈴木智旦

右当事者間の昭和三四年(ワ)第六、九九三号雇傭契約存続確認請求事件について、当裁判所は次のとおり判決する。

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一当事者双方の求める判決

原告訴訟代理人は、「(一)原告と被告との間に昭和二三年一一月一八日に締結した雇傭契約に基づく法律関係が存在することを確認する。(二)被告は原告に対し金、一、六〇一、一四二円を支払え。(三)訴訟費用は被告の負担とする」との判決及び右(二)について仮執行の宣言を求め、被告指定代理人は主文同旨の判決を求めた。

第二 請求の原因

一  原告は昭和二三年一一月一八日被告に期間の定めなく雇傭され、わが国に駐留するアメリカ合衆国極東陸軍(以下「軍」という。)の東京補給部において、当初は荷扱夫として、その後陸仲仕として勤務していたところ、日本国政府とアメリカ合衆国政府との間に昭和二六年七月一日締結された「日本人及びその他の日本国在住者の役務に関する基本契約」(以下「旧基本労務契約」という。)の附属協定第六九号(以下「附属協定第六九号」という。)の第一条a項第三号所定の保安基準、すなわち、同項第一号に規定する活動に従事する者(作業妨害行為、牒報、軍機保護のための規則違反またはそれらのための企画もしくは準備の活動に従事する者)または同項第二号に規定する団体もしくは会の構成員(アメリカ合衆国の保安に直接的に有害であると認められる政策を継続的にかつ反覆的に採用しもしくは支持する破壊的団体もしくは会の構成員)と、アメリカ合衆国の保安上の利益に反して行動をなすとの結論を正当ならしめる程度まで常習的にまたは密接に連けいするという保安基準に該当するとの理由で、被告から昭和三一年六月二七日出勤停止、次いで同年七月一二日解雇の意思表示を受けた。

二  しかしながら、被告の原告に対する右出勤停止及び解雇の意思表示(以下「本件処分」と総称する。)は、以下に述べる理由により無効である。

1  本件処分は、原告がその所属する労働組合の正当な行為をしたことを軍が嫌悪したためになされたものであつて、労働組合法第七条第一号の不当労働行為に当るから、無効である。その論拠は次のとおりである。

(一)  原告の組合経歴

原告は昭和二三年一一月一八日被告に雇傭されると同時に全日本駐留軍労働組合(以下「日駐労」という。)芝浦労働組合に加入し、昭和二四年四月から昭和二八年四月までその職務委員、昭和二八年四月からその執行委員を務めたが、昭和二九年二月日駐労芝浦労働組合が全駐留軍労働組合(以下「全駐労」という。)東京地区本部QM支部と合同して全駐労東京地区本部東京補給部支部(以下「全駐労東京補給支部」という。)となつた際同支部委員に選出され、昭和二九年四月同支部執行委員、昭和三〇年五月同支部委員、更に昭和三一年四月同支部執行委員に、それぞれ選出され、前記出勤停止処分を受けた当時は同支部執行委員、共闘部副部長であつた。

(二)  原告組合活動とこれに対する軍の態度

(1) 原告は当初軍東京補給部のストレージ地区衣料班ドツク職場に、昭和三〇年四月以降は同地区リセールス職場に勤務していたが、前記のとおり昭和二四年四月日駐労芝浦労働組合の職場委員に選出されてからは終始職場の組合活動の指導的中心人物として、組合員の要求や苦情を取り上げて、その解決のため努力した。

(2) 昭和二八年八月日駐労と全駐労の両組合とが協同して旧基本労務契約の改訂を要求してゼネラルストライキを行なつた際、日駐労芝浦労働組合の執行委員であつた原告は指揮統制部長としてストライキの全般的な指揮統制を担当した。特にストライキ中に軍の東京補給部基地の六番ゲートにおいて日本人業者のトラツクによるバナナの搬入をめぐつて紛争が起つた際、水上警察署の私服警官がこれに介入し、数十名の警官隊が待機していた状況の下で、原告はMP隊長と交渉して紛争の解決にあたつた。なお原告は右ストライキに際し日駐労芝浦労働組合の内部における青年部、青年行動隊設置の主唱者であつた。

(3) 合同後の全駐労東京補給部支部は昭和二九年四月当時発表されていた駐留軍労務者一八七名の整理に反対してストライキ権を確立したのであるが、原告はその後開かれた団体交渉に毎回出席して人員整理の不当を主張、特に同年五月六日に行われた全駐労東京補給部支部、軍及び被告の機関である東京都港渉外労務管理事務所の三者会談において活発な発言をしたので、右会談終了後米人から氏名、所属職場を尋ねられたことがあつた。

また、右人員整理反対のため同支部が同年六月東京都港渉外労務管理事務所前で行なつた坐込みに原告も参加した。

(4) 昭和二九年九月全駐労が特別退職手当要求のため行つたゼネラルストライキに際し、原告は全駐労東京補給部支部の執行委員として第二斗争本部に所属し、主として組合員の指揮統制を担当した。

(5) 軍の東京補給部ストレージ地区で昭和三〇年二月及び四月に人員整理が行なわれたが、原告は全駐労東京補給部の執行委員としてその反対闘争を指導し、また同支部の共闘部長として友誼労働組合との連絡にあたつた。

(6) 原告は昭和三〇年六月から昭和三一年五月まで全駐労東京補給部支部の組織部副部長として同支部の組織活動に従事し、当時また同支部の組合員でなかつた軍の東京補給部ストレージ地区ベテナリー職場の従業員を大量に同支部に加入させた。またその間昭和三〇年一〇月軍の東京補給部の冷凍及びモーター・プール職場の人員整理反対闘争の推進に尽力した。

(7) 全駐労東京補給部支部の副執行委員長であつた藤本秀夫が昭和三〇年二月三日保安上の理由で出勤停止、次いで同月一九日解雇され、同和六月二八日その訴願が却下されて以来、同支部の組合員の中に組合活動をすれば保安上の理由に藉口して解雇されるとの印象がひろまり、一般の組合活動が消極的になつた際、原告は特に同支部の組織の強化に努力した。

(8) 軍は原告のこれらの組合活動に注目し、特に前述のとおり原告の主唱により結成された青年行動隊に関する調査を進めていた。また原告の作業上の直接の監督者であつたマタイカス軍曹は原告の組合活動を終始嫌悪していた。

(三)  以上の事実と原告に本件処分の理由とされた保安基準に該当する事実がないことからすると、本件処分の真の理由は、原告をその職場における組合活動の中心人物としてかねてから嫌悪していた軍が、保安上の危険があることを口実として、原告を職場から排除しようとしたところにあることは明らかである。

2  本件処分は、日本国憲法第一四条、第一九条および第二一条ならびに労働基準法第三条の各規定に違反するものであつて、無効である。

すなわち、本件処分の理由として附属協定第六九号第一条a項第三号所定の保安基準に該当するものとされた具体的事実なるものは、原告が前記藤本秀夫と交友関係にあつたことをもつて、同項第二号にいわゆる破壊的団体の構成員と密接に連けいしたというにあると思われる。右にいわゆる破壊的団体とは日本共産党を指称するものであることは、軍労務関係当事者の間における顕著な常識である。そうだとすれば、本件処分は、結局原告が日本共産党の同調者であることを理由にしたものであつて、前記法条に違反し、無効である。

三  以上いずれの理由によるにせよ、本件処分は無効であるから、原告と被告との間における雇傭契約に基づく法律関係は本件処分によつて何らの影響を受けるものではない。従つて、原告は既述のように昭和三一年六月二七日被告より出勤停止の処分を受けた時から労務の受領を拒絶されているが、もとより被告に対する給与請求権を失うものではない。

その給与請求権の内訳は左のとおりである。

(一)  基本給

(1)  基本給は、昭和三二年九月三〇日前までは駐留軍技能工系統労務者給与規程(昭和二三年四月一〇日附特調庶発第四四六号、以下「給与規程」という。)の7、8および10の規定により、同規程8の附表「基本給基準表」掲記の基本給月額(以下「給与規程の基準基本給月額」という。)を毎月の基準所定労働時間数である一七六(一日八時間、週四〇時間、月二二日制)で除したものに、その月(実動した月、以下同じ。)の所定労務時間数を乗じた額(以下その月の所定基本給額という。)を算出し、この額(その月の所定基本給月額)をその月の所定労働時間数で除したものに、その月の実働時間数を乗じて得た額の支給を受けていたが、昭和三二年一〇月一日以降は日本国とアメリカ合衆国との間に同年九月一八日締結された「アメリカ合衆国軍隊による日本人及び通常日本国に居住する他国人の日本国内における使用のための基本労務契約」(以下「新基本労務契約」という。)の細目書ⅡA節1の規定により、右細目書Ⅱ附表「基本給基準表」掲記の基本給月額(以下「細目書の基準基本給月額」という。)をその月の所定労働時間数で除したものに、その月の実労働時間数を乗じて得た額の支給を受けることになつた。(左記算式参照)

(2)  ところで、原告に対する昭和三一年六月(出勤停止の処分を受けた月分)から昭和三六年三月分までの給与規程又は細目書の基準基本給月額は左記のとおりである。

(イ) 昭和三一年六月分から昭和三二年三月分まで、一ケ月金一八、九六〇円

(ロ) 昭和三二年四月分から同年六月分まで、一ケ月金二〇、一四〇円(昭和三二年五月二二日附旧基本労務契約附属協定第一四〇号―同年四月一日から適用―による給与規程の「基本給基準表」の改訂に基づく増額による。)

(ハ) 昭和三二年七月分から昭和三四年六月分まで、一ケ月金二〇、四七〇円(原告に対する従前の基準基本給月額が基準基本給月額としての月額としての最高額であつたため、給与規程17の規程に基づく駐留軍労務者昇給規程(昭和二六年六月九日附特調乙発第三七二号)により昇給の余地がなかつたところ、右昇給規程が昭和三二年八月六日改正(同年七月一日から適用)されて、基準基本給月額がその最高額に達してから一年以上満足すべき勤務した者には一回限り直近の昇給実給実施期日(昇給実施期日は毎年一月一日、四月一日、七月一日、十月一日)に金三三〇円の昇給が認められることになつたが、原告は従来の勤務成績にかんがみ、本件処分さえ受けなければ当然に昭和三二年七月一日所定の昇給をしたはずであるから、これによる増額による。)

(ニ) 昭和三四年七月分から昭和三五年三月分まで、一ケ月金二〇、八〇〇円(昭和三四年四月二七日附新基本労務契約附属協定第二一号により二回目の枠外昇給が認められたので、原告もこれにより昭和三四年七月一日から、金三三〇円の昇給をしたはずであるから、これによる増額による。)

(ホ) 昭和三五年四月分から同年九月分まで、一ケ月金二一、五〇〇円(昭和三四年六月一四日附新基本労務契約附属協定第三七号による細目書の「基本給基準表」の改訂に基づく増額による。)

(ヘ) 昭和三五年一〇月分から、一ケ月金二三、三八〇円(昭和三六年三月一六日附新基本労務契約附属協定第四七号―昭和三五年一〇月一日から適用―による細目書の「基本給基準表」の改訂に基づく増額による。)

(3)  次に、原告に対する昭和三一年六月から昭和三六年三月までの各月所定労働時間は、別表(一)の「基本給」の「(2)所定労働時間」欄記載のとおりである。

(4)  そして、原告は本件処分を受けなければ、各月の所定労働時間の全部(但し、昭和三五年三月及び四月には全駐留軍労働組合によるストライキが行われ、原告も当然これに参加したはずであるから、その参加時間、すなわち不就労働時間とみられる同年三月の四時間及び同年四月の八時間を除く)にわたつて実働し得たはずである。してみると、原告が昭和三一年六月分から昭和三六年三月分までの基本給として支給を受け得た額は、前記(2)の基準基本給月額および(3)の所定労働時間(但し、昭和三五年三月については、四時間、同年四月については、八時間を右所定労働時間から控除した残時間)を基礎として、(1)の算定方法によつて計算した額、すなわち別表(一)の「基本給」の「支給月額」欄記載のとおりである。

(二)  時間外手当

時間外労働に対する手当は、昭和三二年九月三〇日までは給与規程の14の規定により、その月間の実働労働時間が基準所定労働時間である一七六時間を超えるときに、その一時間につき、基準基本給月額の一七六分の一・五の割合で算出した額が支給されることになつていたが同年一〇月一日以降は新基本労務契約の細目書ⅡA節5の規定により、その月の実働労働時間がその月の所定労働時間を超えるときに、その一時間につき、基準基本給月額をその月の所定労働時間数で除した額の一・五倍の割合で算出した額が支給されることになつた。

ところで労務者が時間外労働をするのは、歴日の関係でその月の所定労働時間が一七六時間を超える場合(但し、昭和三二年九月三〇日までに限る。)と、ある職場における業務の繁忙のためその職場の労務者に限つて時間外に労働する場合とがある。前者の時間外労働の時間数は歴日上明白であつて、昭和三一年六月から昭和三二年九月までの各月におけるその時間数は別表(一)の「時間外手当」の「(1)時間」欄記載のとおりである。後者の時間外労働については、原告の職場では労務者が輪番制でこれに当つていたから、原告も同一の職場の同種の労務者と同じだけの時間外労務を割当てられたはずであるところ、原告と同一の職場で同種の労務者である能沢正美外四名の昭和三一年六月から昭和三三年四月までの各月の時間外労働時間数は別表(二)記載のとおりであり、その平均時間数は同表の「平均時間数」欄記載、すなわち別表(一)の「時間外手当」の「(2)時間」欄記載のとおりである。そして原告は本処分を受けなかつたならば、別表(一)の「時間外手当」の「(1)時間」および「(2)時間」欄記載の時間にわたる時間外労働をしたはずであるから、原告が昭和三一年六月分から昭和三六年三月分までの時間外手当として支給を受け得た額は、同表の「時間外手当」の「(3)支給月額」欄記載のとおりである。

(三)  有給休暇出勤手当

昭和三二年九月三〇日までは給与規程の18および21の規定により、技能工系労務者は月に二日の有給休給をとることができるが、その休暇をとらないで出勤した場合には、その一日につき基準基本月額の二二分の一が加給されることになつていたし、同年一〇月一日以降は新基本労務契約の細目―D書節―の規定により、常用労務者がその月の所定労働日の四〇パーセント以上八〇パーセント未満を勤務した場合は八時間、八〇パーセント以上を勤務した場合は一六時間の有給休暇をその月においてとることができるが、その休暇をとらないで出勤した者には休暇に代わる賃金(有給休暇出勤手当)として通常の時間の賃金率による賃金が支給されることになつた。原告は出勤停止の処分を受ける以前常に月二日(労働時間にして一六時間)の有給休暇とることができたが、その休暇をとらないでいたのであるから、本件処分を受けなければ、その後ま同様の勤務状態を継続していたはずである。従つて、原告が昭和三一年六月分から昭和三六年三月分までの有給休暇出勤手当として支給を受けた額は、別表(一)の「有給休暇出勤手当」の「支給月額」欄記載のとおりである。

(四)  扶養手当

扶養手当は、昭和三二年九月三〇日までは給与規程の16の規定により、同年一〇月一日以降は新基本契約の細目書ⅡB節3の規定により、被扶養者が配偶者である場合は月額金六〇〇円が支給されることになつている。妻のある原告が昭和三一年六月分から昭和三六年三月分までの扶養手当として支給を受けた額は、別表(一)の「扶養手当」欄記載のとおりである。

(五)  夏期手当および年末手当

駐留軍労務者に対しても毎年夏期手当及び年末手当が支給されているが、原告が、昭和三一年六月から昭和三六年三月までに夏期手当及び年末手当として支給を受け得た額は、別表(一)の当該個所に記載したとおりである。

四  原告は以上の給与(基本給、時間外手当、有給休暇出勤手当、扶養手当、夏季手当及び年末手当)の合計金一、六二七、四八二円の請求権を有するところ、被告から、昭和三一年六月分の給与のうち同月一日から出勤停止の処分を受けた同月一日から出勤停止の処分を受けた同月二七日までの給与として金二〇、三一五円、同月二八日から同月三〇日までの間の休業手当として金九五六円および同年七月一日から解雇の意思表示を受けた同月一二日までの間の休業手当として金五、一二九円、以上合計金二六、三四〇円の支払を受けた。

よつて、原告は本訴において被告にに対し、原告と被告との間に昭和二三年一一月一八日締結された雇傭契約に基づく法関係が存在することの確認を請求する共に、以上の給与合計金一、六二七、四八二円から既に支払を受けた前記給与及び休業手当相当額合計金二六、三四〇円を控除した残金一、六〇一、一四二円の支払を請求するものである。

第二 答弁

一  被告は請求の原因に対して次のとおり答弁する。

請求の原因第一項の事実は認める。

同第二項の1の(一) 事実中、昭和二九年二月日駐労芝浦労働組合と全駐労東京地区本部QM支部とが合同したこと、原告が同年四月および昭和三一年四月に全駐労東京補給部支部の執行委員に選出されたことは認めるが、その余の事実は知らない。同じく(二)の事実中、原告が当初軍の東京補給部ストレージ地区に、昭和三〇年四月以降は同地区リセールス職場に勤務していたこと、昭和二八年八月旧基本労務契約の改訂を要求するゼネラルストライキが行われたこと、右ストライキに際しバナナを積載したトラツクの基地内進入をめぐつて紛争が生じたこと、全駐労東京補給部支部が昭和二九年四月人員整理反対のためストライキ権を確立したこと、原告がその後開かれた団体交渉に出席し(但し、毎回出席したかどうかは知らない)、同年五月六日の三者会談にも出席して発言したこと、右人員整理反対闘争の一環として同年六月東京都港渉外労務管理事務所前で坐込みが行われたこと、昭和二九年九月特別退職手当要求のためゼネラルストライキが行われたこと、昭和三〇年二月および四月頃軍の東京補給部ストレージ地区において、同年一〇月頃冷凍およびモーター・ブール職場において、それぞれ人員整理が行われたこと、全駐労東京補給部支部の副執行委員長であつた藤本秀夫が同年二月三日保安上の理由で出勤停止、次いで同月一九日解雇され、同年六月二八日同人からの訴願が却下されたことは認めるが、その余の事実は知らない。同第二項の2の主張は争う。

同第三項については、原告主張の前提事実が肯定される限りにおいて、原告が被告に対し昭和三一年六月一日から昭和三六年三月三一日までの間における給与として別表(一)記載のとおりの金額を請求する権利のあることは争わないが、そのような請求権がないことは後述するとおりである。

二  本件処分の効力に関する原告の主張に対して、被告は次のとおり反論する。

3 本件処分は、軍の保安上の必要に基づいて附属協定第六九号に定められた手続に従つて行われたものであるが、保安上の必要の存否については、軍が当該労務者を引続き使用することがアメリカ合衆国政府の利益に反するか否かという立場からする判断に従わなければならないことに旧基本労務契約で定められており、後述するように、この点に関する軍の判断の形成過程において当該労務者の組合活動が考慮されるということはまつたくあり得ない建前になつている。すなわち、軍が保安上の必要に基づいて労務者を解雇する場合には極東陸軍司令部内に設置されている極東陸軍第八軍保安解雇審査委員会に諮問し、その決定を経て極東陸軍第八司令官の承認を受けることになつている。保安解雇審査委員会は将校および軍属の四人の委員からなり、事件に関する情報を討議して当該労務者が保安基準に該当するか否かを多数決で決定するのであるが、その決定はアメリカ合衆国の保安に関する事実のみに基づいて行わなければならない定めになつているし、事実認定の資料も保安基準に直接に、また密接に関連のあるものに限定されており、組合活動はもとより、その他アメリカ合衆国の保安に関連のない事項は一切考慮の外に置かれているのである。原告に対する本件処分についてもその例外ではない。

本件処分に関し、調達庁長官は昭和三一年四月一一日極東陸軍司令官から原告に関する保安基準該当の容疑について意見を求められたので、調査したが、充分な資料を発見することができなかつたので、同年五月九日その旨を回答した。ところが軍は被告に対し同年六月二七日原告の出勤停止処分を、その後更に原告の解雇を要求するに至つたので、調達庁係官が保安解雇審査委員会議長と意見の調整を行つたところ軍は充分な資料に基づいて、原告が附属協定第六九号第一条a項第三号に該当するという確信を持つていたので、被告は同年七月一一日原告に対し解雇の意思表示をしたのである。

軍が原告を前記保安基準に該当するものと認定するに至つた経緯または資料については、軍の機密保持上前述した以上に明らかにしていないが、(但し、保安解雇審査委員会が原告の保安基準該当容疑に関する情報を得たのは、原告所属の軍の東京補給部の現地指揮官または司令官からではなく、他の方面からであることは、確かである。)本件処分の手続及び経緯からいつて、本件処分の理由は原告の組合活動とは全く関係がない。

なお原告主張の組合活動のうち、軍または被告との交渉については、常に組合の三役が主としてこれに当り、原告は積極的に発言したことはなく、単なる傍聴者の程度にすぎず、また前述のゼネラルストライキはいずれも上部団体の指令により全国的規模において行なわれたものであり、全駐労東京補給部支部においてもその三役その他執行委員の指導の下に全組合員がこれに参加したものであつて、その際原告だけが特に積極的に活動したというわけのものではない。その他の組合活動においても原告が軍の注目をひき、その嫌悪をかつていたものと推認すべきなんらの事実もないのである。

以上のとおりであるから、本件処分が原告の組合活動を理由に行われたものでないことは明らかであり、従つて本件処分について不当労働行為の成立を云々する余地はない。

2 上述したところからいつて、本件処分が原告の思想、信条等を理由に行われたものではなく、従つて原告主張のように日本国憲法ないし労働基準法の規定に違反するものではないことも明らかである。

三  本件処分が仮に無効であるとしても、被告は原告に対しその主張のような給与支払の義務はない。

基本給の昇給は、被告において労務者が一定期間満足すべき勤務をしたと認定し、かつその者に対し昇給の措置をとつた場合に行われるのである。しかるに原告は出勤停止処分を受けた後は現実に勤務していないのみならず、昇給の措置を受けたこともないのであるから、昇給分の請求権を有しない。また時間外手当または有給休暇出勤手当は労務者が所定の勤務時間以外に勤務した場合または本来休暇である日にこれをとらないで出勤した場合における勤務の対価として支払わたるものであるから、出勤停止処分以後、現実に勤務したことのない原告にその請求権がないことは、多言を要しない。

第四 証拠(省略)

理由

第一  当事者間の雇傭契約の成立及び本件処分

原告が昭和二三年一一月一八日被告に期間の定めなく雇傭され、軍の東京補給部において当初は荷扱夫として、その後陸仲仕として勤務していたところ、被告から原告の主張のような附属協定第六九号第一条a項第三号所定の保安基準に該当することを理由に昭和三一年六月二七日出勤停止、次いで同年七月一二月解雇の意思表示を受けたことは、当事者間に争いがない。

第二  本件処分

原告は本件処分が無効であると主張するので、以下その理由とするところについ 検討する。

一  まず本件処分が労働組合法第七条第一号所定の不当労働行為に該当するかどうかを判断する。

1  原告の組合経歴

原告本人尋問の結果によると、原告は昭和二三年一一月日駐労芝浦労働組合に加入し、昭和二四年四月から昭和二八年四月まで東京補給部ストレージ地区ドツク職場の職場委員を、昭和二八年四月から執行委員を務め、昭和二九年二月日駐労芝浦労働組合と全駐労東京地区本部QM支部が合同して全駐労東京補給部支部となつた際(右合同の事実については当事者間にも争がない。)および昭和三〇年四月にそれぞれ同支部委員に選出されたこと、出勤停止を受けた当時原告は同支部執行委員、共闘部長兼組織部副部長であつたことが認められ、なお、原告が昭和二九年四月および昭和三一年四月全駐労東京補給部支部の執行委員に選任されたことは、当事者間に争いがない。

2  原告の組合活動とこれに対する軍の態度

(一) 原告が昭和三〇年三月まで軍の東京補給部のストレージ地区に、同年四月からは同地区リセールス職場に勤務していたことは当事者間に争いがなく、(証拠)によると、原告は軍の東京補給部ストレージ地区ドツク職場に於ける日駐労芝浦労働組合の職場委員として、同職場の組合員に上部からの指令や組合ニユースを伝達したり、職場大会を開いて組合活動の状況を報告するなどの活動をしたこと、日駐労芝浦労働組合が昭和二七年末頃被告に対し講和条約の発効した同年四月までの退職手当の支給を要求して交渉を行つたが、その頃原告は右交渉などに卒先して当つたこと。またその後同地区リセールス職場においても職場集会を開いて組合活動の状況などを報告したことが認められる。

(二) 昭和二八年八月旧基本労務契約の改訂を要求してゼネストライキが行われたことは当事者間に争いがなく(証拠)によると、原告の主唱によつて、右ストライキの直前である同年七月日駐労芝浦労働組合の中に青年部が設置され、右ストライキに際しては同部の部員によつて青年行動隊が組織されたこと、右ストライキは日駐労の両組合の協同闘争という形で行われたのであるが、原告は指揮統制部長として日駐労の闘争本部においてストライキ全般の統轄に当つたこと、右ストライキの際民間業者のトラツクがバナナを積載して軍の東京補給部の基地内に進入しようとしたところ、組合員のピケツトによつて阻止されたことをめぐつて紛争が起つた(この点は当事者間に争いがない。)際、その旨の連絡を受けた原告は、青年行動隊長であつた藤本秀夫と共に、その場に出動していたM・P隊長に事情を説明して交渉した結果、右バナナの搬入は中止されたことが認められる。

(三) 全駐労東京補給部支部が昭和二九年四月人員整理反対のためストライキ権を確立したが、原告がその後開かれた団体交渉に出席し、同年五月六日同支部と軍および被告との間に行われた三者会談に出席して発言したこと、右人員整理反対闘争の一環として同年六月東京都港渉外労務管理事務所前で坐込みか行われたことは当事者間に争いがなく、(証拠)によると、原告は右団体交渉および三者会談の席上、作業量との関連からみて人員整理が不当であることを軍または被告側の出席者に説明したことが認められる。しかし、右三者会談における原告の発言が特に活発であつたため、会談終了後原告が米人から氏名、所属職場を質されたことがあるとの原告主張事実については、これに添う前掲甲第二号証中の記載はたやすく措信することができず、他に右事実を認めるに足りる証拠はない。また原告がその主張のように、前記坐込みに参加したとの事実も、これを認めるに足りる証拠がない。

(四) 昭和二九年九月特別退職手当要求のためゼネラルストライキが行われたことは当事者間に争いがなく、(証拠)によると、その際原告は全駐労東京補給部支部の執行委員、共闘部副部長として、芝浦に設けられた第二闘争本部において、組合員の指揮統制に当つたことが認められる。

(五) 昭和三〇年二月及び四月頃軍の東京補給部ストレージ地区で人員整理が行われたことは当事者間に争いがないが、原告が右人員整理の反対闘争を指導し、共闘部長として友誼労働組合との連絡に当つた旨の原告の主張事実を認めるに足りる証拠を発見することができない。

(六) (証拠)によると、原告は全駐労東京補給部支部の組織部副部長として、昭和三〇年から三一年にかけて、同支部の組織の拡大、強化に努めていたが、その頃同支部の組合員が一人しかいなかつたストレージ地区ベテナリー職場の従業員を説得して、三〇余名を同支部に加入させ、また昭和三〇年一〇月頃冷凍及びモータープール職場の人員整理(右人員整理が行われたことは当事者間に争いがない。)に対する反対闘争を行うように、組合員を説得したことが認められる。

(七) 当時全駐労東京補給部支部の副執行委員長であつた藤本秀夫が昭和三〇年二月三日保安上の理由で出勤停止、次いで同月一九日解雇を受け、同人からの訴願が同年六月二八日却下されたことは当事者間に争いがなく、(証拠)によると、組合員の中には右解雇が組合活動を理由にして行われたものであると考える者もあつて、組合活動が下火になる気配が見受けられたので、原告はその後特に同支部の組織強化のための活動をしたことが認められる。

(八) 原告は軍が原告の組合活動に注目し、特に原告の主唱により結成された青年行動隊について調査を進めていた旨主張し、前掲甲第一号証中には前段の主張事実に添う趣旨の記載があるが、措信することができず、他に右いずれをも認めるに足りる証拠はない。また原告は作業上の直接の監督者であつたマタイカス軍曹が原告の組合活動を終始嫌悪していた旨を主張し、原告本人尋問の結果中には、原告がストレージ地区のドツク職場に勤務していた頃の監督者であつたマタイカス軍曹から前記において認定した三者会談に出席しようとしたのを止められ、コミンテルンの手先であるとの言辞を浴びせられた旨、また同軍曹は日常の作業について特に原告に苛酷な命令を下した旨の供述があるけれども、たやすく措信することができず、他に原告の右主張事実を認めるに足りる証拠を発見することができない。

3  上記2に認定した事実からすれば、軍側の監督者が原告の組合活動を知つていたことが推認されなくはない。しかし、上記1に認定した原告の組合経歴及び右2に認定した原告の組合活動が、他の組合役員に比して特に目立つたものであることを認めるべき証拠はない。しかも、軍が原告の組合活動に注目し、特に青年行動隊について調査を進めていたこと及びマタイカス軍曹が原告の組合活動を嫌悪していたとの原告の主張事実を認定することができないことはすでに説示したとおりであり、また他に軍が特に組合を嫌悪していた事情を認めるに足りる証拠もないのである。(前掲甲第一号証及び甲第二号証には、前示2の(四)に認定したゼネラルストライキの際、労務関係を担当していた軍属のバーゲンが組合の争議行為を牽制したり、しばしば労働組合の幹部に対する嫌悪や反感を表わす言動をした旨の記載があるが、仮にそのような事実があつたとしても、本件処分の一年余りも前のことであり、しかも右甲第一号証によると、バーゲンは昭和二九年一〇月頃既に労務関係の職務の担当を解かれたことが認められるのであるから、右のようなバーゲンの態度が本件処分に関係があるものとは考えられない。)また原告が出勤停止の処分を受けた昭和三一年六月当時における原告の組合活動には、特に表立つたものとてなく、前記認定の原告の組合活動のうち出勤停止の処分に最も接着した時期に行われた組織活動についても、それがことさら軍を刺戟し、軍が原告を嫌悪するに至つたものと認めるに足りる証拠もないのである。

そうしてみると、他に特段の事情がない限り、上記1及び2に認定した事実だけから、軍がひとり原告の組合活動を嫌つて原告を職場から排斥する意思を推認するのは早計であるというべきである。もつとも本件処分の理由である保安基準該当の具体的事実については被告から主張立証をもつて明らかにされるところがないが、それだからといつてこの一事から軍の不当労働行為意思の存在を推認し得べくもない。

以上によつて、本件処分が労働組合法第七条第一号の不当労働行為に当るものとして無効であるとする原告の主張は、失当であるといわなければならない。

二  次に、原告は本件処分は原告が日本共産党の同調者であることを理由として行われたものであるから、日本国憲法第一四条、第一九条および第二一条ならびに労働基準法第三条の規定に違反する旨主張するので、考えてみる。

原告が附属協定第六九号第一条a項第三号所定の保安基準に該当するという本件処分の理由については、被告から主張立証をもつて、その具体的事実が明らかにされず、わずかに証人八木正勝の証言によると、調達庁長官は昭和三一年四月一日軍から原告に関する保安基準該当の容疑について意見を求められたので調査し、これに基づき同年五月九日一応右容疑事実に関する資料が充分でない旨を軍に回答し、その後軍との意見の調整をしたが軍は当時すでに原告が前記保安基準に該当する特定の事実があることを認定し、その確信を揺がさなかつたものであることが認められるにすぎない。しかしながら、軍が認定した右の特定の事実が原告主張のように、原告の藤本秀夫との交友関係であつたことを認めるに足りる証拠はなく、従つて仮に附属協定第六九号第一条a項第二号にいわゆる破壊的団体が原告主張のように日本共産党を指称し、また軍が右藤本を日本共産党員たるものと認めていたとしても、それだけでは直ちに軍が原告を日本共産党の同調者と目し、附属協定第六九号の右規定適用の理由としたものとは認め難いところである。

そうだとすれば、この点に関する原告の主張もまた採用することができない。

第三  結論

叙上のとおり本件処分を無効であるとする原告の主張がいずれも是認されない以上、その主張を前提とする原告の本訴請求は既にこの点において理由がないことになるので、これを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条を適用して、主文のとおり判決する。

東京地方裁判所民事第一九部

裁判長裁判官 吉 田   豊

裁判官 駒田駿太郎

裁判官 北 川 弘 治

別表

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