大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京地方裁判所 昭和34年(ワ)6614号 判決 1962年10月12日

原告 安居ノブ

被告(第四一六一号事件) 小林茂彦 (第六六一四号事件) 佐々木武登

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は、原告の負担とする。

事実

一、当事者の求める裁判

原告訴訟代理人は、「被告小林は、原告に対し、別紙目録<省略>第一記載の土地上にある別紙目録第三ないし第五記載の建物および鳥小屋二個(面積三合六勺および三坪一合七勺)、竹塀一個、木の垣根一個、井戸の設備一個および樹木を収去して右土地を明け渡し、かつ、昭和三四年五月一五日から右明渡ずみにいたるまで一カ月金八、三九三円の割合による金員を支払え。被告佐々木は、原告に対し、別紙目録第四記載の建物から退去し、同目録第一記載の土地上にある自転車置場(雨天物干場)一個(面積一坪四合七勺)および犬小屋一個(面積一坪八合三勺)を収去して右土地を明け渡し、かつ、昭和三四年五月一五日から右明渡しずみにいたるまで一カ月金三、一二八円の割合による金員を支払え。訴訟費用は、これを三分し、その一を被告佐々木の、その余を被告小林の各負担とする。」との判決および仮執行の宣言を求めた。

被告ら訴訟代理人は、主交と同旨の判決を求めた。

二、原告の主張

原告訴訟代理人は、請求の原因および被告らの抗弁に対する答弁および再抗弁として、次のとおり述べた。

(一)  別紙目録第一記載の土地(以下本件土地という。)は、もと訴外亡安居憲一郎の所有であつたが、同人は昭和三四年五月一三日原告にこれを贈与し、同月一四日その旨の登記を経た。

(二)  しかるところ、被告小林は、原告による右所有権取得以前から正当な権原なくして右土地上に別紙目録第三ないし第五記載の建物(以下総括して本件建物と呼び、各建物をそれぞれ本件第三、第四、第五の建物という。)および請求の趣旨記載の鳥小屋二個、竹塀一個を所有し、かつ、木の垣根をめぐらし、井戸一個を設備し、樹木を植栽して右土地を占有しているので、同被告に対し、これらの物件を収去して本件土地を明け渡し、かつ、右不法占有により原告に加えた損害の賠償として、前記原告の所有権取得登記の日の翌日である昭和三四年五月一五日から右明渡しずみにいたるまで、本件土地の賃料相当額である一カ月金八、三九三円(坪四〇円)の割合による金員の支払いを求める。また被告佐々木は、同じく正当な権原なくして原告による本件土地の所有権取得以前から本件土地のうち別紙目録第二記載の土地上にある本件第四の建物に居住し、かつ、右土地上に請求の趣旨記載の自転車置場、犬小屋各一個を所有し、該土地を占拠しているので同被告に対し、右居住建物から退去し、かつ、右所有物件を収去して上記土地を明け渡し、右不法占有により原告に加えた損害の賠償として、同じく昭和三四年五月一五日から右明渡しずみにいたるまで右土地の賃料相当額である一カ月金三、一二八円の割合による金員の支払いを求める。

(三)  被告ら主張の(二)の事実は否認する。憲一郎は、その所有財産をその妻である原告にすべて遺贈するつもりであつたが、それでは税金の額が多くなるので、一括遺贈を避けて一部を生前贈与することとし、本件贈与をしたもので、被告ら主張のごとき仮装の贈与ではない。同(三)の(1) の事実は、賃貸借の目的たる土地の坪数を除いてこれを認める。賃貸土地の坪数は、一五九坪二合三勺でなく、一五〇坪八合三勺一才である。(三)の(2) の事実中被告ら主張の日小林栄吉が死亡し、被告小林とその妹石井元子が遺産を相続したこと、本件土地上に右栄吉が建築所有していた建物が戦災にあつて焼失したこと、被告小林が本件建物を建築所有していることは認めるが、同被告が本件土地の地代を供託していること、石井元子が本件土地の借地権の持分を被告小林に譲渡したことは知らない。その他の事実は否認する。(三)の(3) の事実は否認する。(三)の(5) の事実中憲一郎が被告ら主張の供託金の還付を受けたことは知らない。仮に還付を受けたとしても、それは他の借地人のした供託金と誤つてその還付を受けたものであるから、これによつて被告小林の借地権を承認したものではない。(三)の(6) の事実中原告が憲一郎の妻であることは認めるが、その他の事実は否認する。

(四)  前記本件土地の賃貸借契約は昭和三二年七月三一日限り期間が満了すべきところ、右賃借権の共同相続人である被告小林と石井元子のうち、本件土地の使用を継続していたのは被告小林のみで、石井元子はこれを使用していなかつたから、借地法の定める法定更新の適用はなく、したがつて右賃貸借契約は、同日限り終了した。仮にしからずとするも、憲一郎はその以前から本件土地の賃料の受領を拒絶していたから、暗黙に契約更新拒絶の意思表示をしていたものである。しかして被告小林は、本件土地の一部のみを現実に使用し、その全部を使用せず、石井元子にいたつては全然これを使用していないのであるから、本件土地は賃借人たる被告小林らにとつて必要のないものであり、したがつて憲一郎のした右更新の拒絶は、正当な事由に基づくものというべきであるから、右更新の拒絶によつて上記賃貸借契約は昭和三二年七月末日限り終了した。

(五)  仮にしからずとするも、被告小林は原告が本件土地の所有権取得登記を経由した当時、本件土地上に存する本件建物について登記をしていなかつたので、その借地権をもつて原告に対抗することができない。

三、被告らの主張

被告ら訴訟代理人は、答弁および抗弁として、次のとおり述べた。

(一)  原告主張の請求原因(一)のうち、本件土地が訴外亡安居憲一郎の所有であつたこと、右土地につき原告主張のごとき登記のあることは認めるが、その余の事実は否認する。同(二)のうち、被告らが原告主張の各物件を所有し、原告主張の各土地を占有していることは認めるが、その余の事実は否認する。

(二)  仮に右憲一郎が原告に本件土地を贈与したものとしても、それは後記のように被告小林の有する本件土地の借地権の対抗力を否定するために通謀してなされた虚偽の意思表示であるから、無効である。

(三)  被告小林は、次に述べるように、原告と対抗しうる賃借権に基づいて本件土地を占有しているものであり、被告佐々木は被告小林からその所有建物の一部を賃借し、その敷地を占有しているのであるから、被告らの占有は、なんら不法な占有ではない。すなわち、

(1)  被告小林の亡父訴外小林栄吉は、大正六年八月一日、本件土地当時(東京市牛込区横寺町三六番地と同三七番地の各一にまたがる土地の一部であつたが、その後新宿区横寺町三七番地の八となる。)を、その所有者である前記安居憲一郎から、普通建物所有の目的で、期間を大正一一年七月末日までと定め、敷金として八三円四銭を差し入れて賃借し、その後大正一〇年借地法の施行により、賃貸期間は大正六年八月一日から二〇年間に延長されたところ、憲一郎は右期間満了の際契約更新拒絶の意思表示をしなかつたので、右賃貸借契約は同日限り更新され、さらに昭和三二年七月三一日まで存続することとなつた。

(2)  前記小林栄吉は、昭和二三年二月一七日死亡し、被告小林とその妹訴外石井元子が栄吉の遺産を相続したが、右元子はすでに他に嫁し、栄吉死亡後は被告小林が単独で本件土地の占有関係を承継し、本件土地上に従前栄吉が所有していた建物は戦災で焼失したので、昭和二四年三月その跡に本件建物を建築所有し、栄吉の後を受けて本件土地の地代を供託しているのであるから、栄吉の有する本件土地の借地権は、被告小林が単独でこれを相続したものと解すべきである。仮にしからずとするも、右石井元子は、相続後間もなく本件土地の借地権の持分を被告小林に譲渡し、じ来同被告が単独借地権者となるにいたつたものである。

(3)  しかして右借地権は、前記のとおり昭和三二年七月三一日まで存続すべきところ、右賃貸期間の満了に際し前記憲一郎は契約更新拒絶の意思表示をしなかつたので、賃貸借契約は同日限り更新され、現在被告小林は、右借地権に基づいて本件土地を占有しているのである。

(4)  仮に被告小林が単独で本件土地の借地権を有するのでなく、前記石井元子と共同でこれを有するものであるとしても、同被告が本件土地の共同借地権者の一人である限り、これに基づく本件土地の占有は不法ではない。

(5)  仮に以上がいずれも理由がないとしても、前記憲一郎は、昭和二七年一月二四日および同年四月二日の二回にわたつて、被告小林がした本件土地の賃料の供託金合計金一一〇、二〇六円五三銭の還付を受けてこれを領得しており、右が本件土地の地代たることを知りながらこれを領収したものである以上、憲一郎は暗黙に被告小林の借地権を承認したものというべく、したがつておそくも右昭和二七年四月二日、右憲一郎と被告小林との間に本件土地について期間の定めのない賃借契約が成立したものである。

(6)  被告小林は、原告による本件土地所有権取得登記がなされた当時、本件土地上に所有する本件建物について所有権保存登記を経由していなかつたので、建物保護法の規定によつて原告に上記借地権を対抗することはできないけれども、原告は前記憲一郎の妻で、もとより被告小林が本件土地の借地権を有すること、右借地権に基づいて本件土地に本件建物を所有しているものであることを十分に知つており、たまたま右建物が未登記建物であることを奇貨として、憲一郎と相謀つて同人から原告に本件土地を贈与した形式をとり、被告小林の借地権を否定しようとしたものであつて、かような場合においては、信義則上、借地権者たる被告小林は、地上建物につき所有登記を有しなくとも、なお土地の悪意の取得者である原告にその借地権を対抗しうるものと解すべきである。のみならず、原告の夫憲一郎は、前記のように昭和二七年一月二四日と同年四月二日の二回にわたつて被告小林がした本件土地の賃料の供託金を取得したが、その際原告は憲一郎に代行してその手続を行ない、事実上憲一郎と共同してこれを収得した。

借地人から賃料を取得し、暗黙にその借地権を承認した土地所有者は、借地権の対抗要件の欠缺を主張することができないから(最高裁判所第三小法廷昭和二六年一二月二五日判決)、実質上賃料の領収者の一人ともいうべき原告もまた被告小林の借地権の対抗要件の欠缺を主張することができない。

四、証拠<省略>

理由

一、本件土地がもと訴外安居憲一郎の所有であつたこと、右土地につき原告が同訴外人からの昭和三四年五月一三日付の贈与によつて所有権を取得した旨の同月一四日付の登記が存すること、本件土地を被告らが原告主張のごとき態様において占有していることは、いずれも当事者間に争いがなく、右登記の存在と原告本人尋問の結果によれば、原告が憲一郎から上記の日に本件土地の贈与を受けてその所有権を取得したことを認めるに十分である。被告らは、右贈与は、被告小林の有する借地権を否定するために憲一郎と原告とが通謀してなした虚偽の意思表示であるから無効である旨主張し、右贈与については被告ら主張のごとき目的が含まれていること後述のとおりであるけれども、この一事をもつて直ちに右贈与を仮装行為であるとはなし得ず、他にこれを認めるに足る証拠はないから、被告らの右主張は、採用することができない。

二、よつて進んで被告らの抗弁について検討する。原告の前主安居憲一郎が大正六年八月一日本件土地(ただし坪数の点は後述のとおり。)を被告の亡父小林栄吉に普通建物所有の目的で、期間を大正一一年七月三一日と定めて賃貸し、大正一〇年中借地法の施行により右借地期間が大正六年八月一日から二〇年に延長され、さらに右期間の満了とともに同法第六条の規定によつて更新せられたこと、右栄吉が昭和二三年二月一七日死亡し、被告小林と訴外石井元子がその遺産を相続したことはいずれも当事者間に争いがなく、成立に争いのない甲第三号証と弁論の全趣旨によれば、右賃貸借契約の目的である本件土地は、当時の東京市牛込区横寺町三六番地の一と同三七番地の一にまたがる憲一郎所有土地の一部で、賃貸借契約書上は一五〇坪八合三勺一才とせられていたが、憲一郎は昭和二四年九月二七日本件土地を分合筆するにあたつて新宿区横寺町三七番八宅地一五九坪二合三勺と分割登記したことを認めることができ、その間若干の坪数の相違があるけれども、測量の不完全その他によつてこの程度の相違が生ずることもまれではないから、当初の賃貸借の目的たる土地と被告らの現に占有する右横寺町三七番八の土地とが具体的に一致しないとの点について格別原告において主張するところのない本件においては、単に賃借権の存否のみについて判断すれば足り、その具体的範囲について判断を加える必要はないと考える。ところで被告らは、共同相続人たる石井元子は、すでに他に嫁し、被告小林のみが栄吉死亡後本件土地を使用し、本件建物を建築所有し、地代の供託をする等単独賃借権者として行動しているので、同被告が栄吉の借地権を単独承継したものと解すべきであり、しからずとするもその頃石井元子は暗默に借地権の持分権を被告小林に譲渡し、同被告が単独の借地権者となつたものである旨主張し、原告はこれを争うけれども、被告小林の本件土地の占有が憲一郎ないしは原告に対する関係において正当な権原に基づくものであるかどうかは、同被告が右栄吉の借地権を単独で承継したか、石井元子とともに共同でこれを承継したかによつて結論を異にしないので、ここでは右の点につき判断を加える要をみない。原告は右借地権は、昭和三二年七月三一日限り存続期間を満了すべきところ、共同借地権者の一人である石井元子は本件土地の使用をしておらず、被告小林のみがこれを使用しているので、借地法第六条の規定の適用がない旨主張するけれども、借地権の共同相続人の一人が右借地権に基づいて借地の使用を継続している限り、借地法第六条の適用があるものというべきであるから、原告の右主張は理由がない。原告はさらに、前記憲一郎は右借地権の存続期間の満了前から引き続き被告小林による賃料の支払いの受領を拒絶し、暗默に賃貸借契約更新拒絶の意思表示をしたが、右更新拒絶には正当な事由があるので、被告小林らの本件土地の借地権は、右期間満了とともに消滅した旨主張するけれども、原告主張の事由のみをもつては未だ更新拒絶の正当事由とはなし難く、その他かかる事由と目すべき事実についてはなんら主張立証がないから、原告の右主張はこれを採用しえない。それ故上記本件土地の賃貸借契約は、借地法第六条の規定により、存続期間の満了日である昭和三二年七月三一日の経過と同時に更新せられたものといわなければならない。

三、よつて被告小林の右借地権が原告に対抗しうるものであるかどうかを考える。被告小林が原告による本件土地の所有権取得登記当時未だ本件土地上に所有する本件建物について所有権保存登記を経由していなかつたことは被告らの認めるところであり、したがつて同被告が建物保護法の規定によつて右借地権を原告に対抗することができないことは、原告の主張するとおりである。しかしながら、原告が憲一郎の妻であることは当事者間に争いがなく、右事実と成立に争いのない甲第四、第五号証、第六号証の一、二、乙第二、第六号証、証人鯰江吉、同野口英栄の各証言、原告および被告小林茂彦各本人尋問の結果ならびに弁論の全趣旨をあわせると、前記小林栄吉は、前記憲一郎との賃貸借契約に基づき本件土地上に建物を建築所有して幼稚園と夜学の学校を経営していたが、昭和二〇年四月一四日の空襲により右建物が焼失したので(右栄吉による建物所有および同建物が戦災により焼失したことは当事者間に争いがない。)、栄吉は長野県飯田市に疎開し、終戦後は義弟の訴外鯰江吉に依頼し、あるいは上京した機会にみずから直接憲一郎に対し引続き賃貸借を認めてもらうように交渉したこと、栄吉死亡後も被告小林において右訴外人に依頼し憲一郎に対して同様の交渉を続けていたが、憲一郎は本件土地の買取方を要求して賃貸を承認せず、被告小林においても一時は本件土地を買い取る肚をきめたこともあつたが、結局売買契約は成立するにいたらなかつたこと、憲一郎の態度が右の有様であつたので、被告小林は昭和二三年九月八日に従来の地代として金二、六九二円五〇銭を供託し、以来地代家賃統制令による統制額に基づいて地代の供託を続け、その間行政官庁の許可を得て本件土地上に昭和二四年三月に本件第三の建物を、その後昭和二七年三月、同三四年六月にその他の本件建物を増築したこと、他方前記安居憲一郎は本件土地附近に約三、〇〇〇坪の土地を有する大地主で、終戦後はこれらの土地を賃借権の有無にかかわらず、逐次分譲する方針をとつていたこと、同人は老衰のためほとんど家の中に引き込んでおり、外部との交渉事はほとんど妻である原告に命じてこれを行なわしめており、したがつて原告は本件土地についての小林栄吉や被告小林との従来の関係および同被告が上記のような態様において本件土地を使用していることは十分にこれを承知していたこと、本件訴は、原告が憲一郎から本件土地の贈与を受けるや、右憲一郎の命によつて一〇数日を出でずしてこれを提起したものであること、以上の諸事実を認めるに十分であり、他に右認定を左右するに足る証拠はない。右認定の事実に照らすときは、憲一郎が原告に本件土地を贈与したについては、被告小林との間の本件土地に関する紛争を有利に解決するため、同被告が本件土地上に所有する本件建物が未登記であるのを幸い、これを原告に贈与し、もつて同被告の借地権の対抗力が及ばないようにしようとする目的があつたことを看取するに難くない。原告は、右贈与はもつぱら税金の関係でなされたもので、憲一郎は早晩その所有財産をすべて原告に遺贈するつもりであつたが、これによると税金が高くなるので一部の財産を原告に生前贈与したものである旨抗争し、憲一郎が昭和三二年四月一八日の遺言状によつてその所有財産のすべてを原告に遺贈したことは、成立に争いのない甲第五号証、第六号証の一、二によつてこれを認めることができるけれども、この事実のみからは本件土地の生前贈与が専ら税金の関係だけでなされたものとは認め難く(原告本人尋問の結果中右原告の主張に沿う部分は採用し難い。)、かえつて右事実は、憲一郎が、原告に自己の全財産を包括遺贈すれば、原告は本件土地の所有権を取得することともに被告小林らとの間の本件土地の賃貸借関係をも承継せざるをえない関係にあることにかんがみ、本件土地をあらかじめ原告に贈与することによつて右の結果を妨げようとする深い慮りに出たものであるとの推測を生ぜしめる根拠ともなりうると考えられるのである。ところで、本件における原告のように、土地の現所有者から包括遺贈によつてその財産を一般的に承継することが予定されているのみならず、たとえ右遺贈がなくとも遺産相続人として単独または共同で財産の一般承継人となるべき地位にある者したがつて右土地につき存する賃貸借関係をも承継する関係にある者が、生前贈与によつて将来承継すべき右土地の所有権を事前に取得したような場合においては、右の借地権の対抗力の問題に関しては、右譲受人の立場を賃貸借の目的物件の所有権を取得した第三者一般の立場と同視するのは相当でなく、むしろ当該土地の賃貸人である譲渡人の立場と同視してしかるべきものと考えられるのみならず、本件においては、上に認定したように、原告に対する本件土地の贈与の目的が被告小林らの有する借地権の対抗力を否認しようとするにあり、本件訴の提起自体原告よりもむしろ前主たる憲一郎の意思に基づくものであるから、たとえ右贈与を当事者間の通謀虚偽表示と断じえないこと上述のとおりであるにせよ、信義則上原告の立場を憲一郎の立場と同一視すべきものとする理由にはいつそう強いものがあるといわざるをえず、したがつて原告は、本件土地につき被告小林が登記ある建物を所有していないことを理由として自己に対する借地権の対抗力を否定し、同被告らの本件土地の占有を不法占有としてその排除を請求することは許されるものと解するのが相当である。よつて被告らの抗弁は、結局理由があり、被告らの本件土地の占有は原告に対抗しうる正当な権原に基づくものといわなければならない。

四、以上の次第であるから、原告の本訴請求はその余の点に立ち入るまでもなく失当としてこれを棄却すべく、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条を適用し、主文のとおり判決する。

(裁判官 中村治朗)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例