大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京地方裁判所 昭和33年(行)27号 判決 1958年9月04日

原告 上野茂三

被告 東京国税局長

訴訟代理人 真鍋薫 外三名

主文

本件訴を却下する

訴訟費用は原告の負担とする

事実

第一、原告の申立

(第一次的)

「被告が原告に対し昭和三十三年三月一日附通知に基き別紙物件目録記載の建物につきなした公売処分はこれを取消す。訴訟費用は被告の負担とする」との判決を求める。

(予備的)

「被告が原告に対し昭和二十五年十一月二十七日別紙物件目録記載の建物につきなした差押処分はこれを取消す。訴訟費用は被告の負担とする」との判決を求める。

第二、原告の主張

一、第一次的請求の原因

(一)被告は原告に対し戦時補償特別措置法に基く税金百十五万六千七百十百の滞納ありとして、昭和二十五年十一月二十七日別紙物件目録記載の建物(以下本件建物という)につき差押処分をなし次いで昭和三十三年三月一日附で同年同月十二日本件建物を公売に付する旨原告に通知した。

(二)しかしながら、右戦時補償特別措置法は、旧憲法当時の公布施行にかかるものであり、同法の税率は百分の百という苛酷な高率であるから憲法第十三条、第二十五条、第二十九条に違反する無効の法律であり、右法に基く課税処分は無効であるから右課税処分に基く前記公売処分は違法である。

(三)よつて右公売処分の取消を求める

二、予備的請求の原因

仮りに、右請求が理由がないときは次のように請求する。

(一)被告は原告に対し戦時補償特別措置法に基く税金百十五万六千七百十円の滞納があるとして昭和二十五年十一月二十七日本件建物につき差押処分をなした。

(二)しかしながら、戦時補償特別措置法は旧憲法当時の公布施行にかかるものであり、同法の税率は百分の百の高率であるから憲法第十三条、第二十五条、第二十九条に違反する無効の法律であり、右法に基く課税処分は無効であるから、右課税処分に基く前記差押処分は違法である。

(三)よつて右差押処分の取消を求める。

第三、被告の申立

(本案前)

主文同旨の判決を求める。

(本案につき)

「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする」との判決を求める。

第四、被告の主張

一、訴却下を求める理由

(一)先ず公売処分については、被告は現在にいたるまで原告主張の建物について公売処分をしたことはない。原告主張の公売通知はならん法令に基くものではなく、単に納税者の財産に対する公売処分をなるべくさけ、自主的な納付をすすめるため、行政の便宜上とつている事実行為に過ぎない。したがつて、原告のこの点についての訴は、存在しない公売処分について取消を求めるもので不適法である。

(二)次に、差押処分については、右処分は昭和二十五年十一月二十七日なされたのであるが、原告はこれに対し所定の期間内に審査の請求をしなかつたものであるから、この点についての訴は訴願前置の要件を欠き不適法というべきである。

二、本案についての答弁及び主張

(一)各請求原因第一項は認め、第二項は争う。

(二)一般に旧憲法当時公布施行された法令等は現行憲法の施行と同時に全面的に効力を失うものではなく、その実質、内容が現行憲法の条規に反していればその範囲内で効力を失うにとどまりしからざるときは現行憲法下においても有効なのである。したがつて戦時補償特別措置法が旧憲法下公布施行されたことの一事をもつて無効とせらるべきいわれはない。

そもそも戦時補償特別措置法は終戦に伴う国の財政状態にかんがみ、日本国の存立のためやむをえず立法されたものであつて、当時の内外の情勢から国の財政立直しの一環としてなさざるをえなかつた緊急の施策であつたことは多言を要しないところであつて、このこととは租税が特別の給付に対する反対給付の意義を有しないで国家財政の目的から、法律の定める課税要件に該当するときは国又は地方公共団体が国民に賦課する金銭給付であるとの性質を有することとを併せ考えれば、本法の公布施行は国がその責務にもとずき公共の福祉の維持、増進のためやむをえずとつた措置であり、したがつて、税率の高いことの故をもつて、違憲の問題を生ずる余地はないのである。原告の主張される憲法第十三条は個人主義の原理を宣言し、これに対する国家の責務を規定したにとどまり、本法のような国の課税権の問題とは関係のない規定である。

又第二十五条は国民の抽象的な、いわゆる生存権を規定するとともに、これに対する国政の配慮について宣言したもので本法と相関するところはないのである。さらに第二十九条についても租税の本質が右に述べたようなものである以上、単に税率が高いことだけの理由で本法が同条の規定に抵触するわけはない。

結局、違憲を理由とする本訴請求は失当であるからすみやかに棄却さるべきである。

第六、被告の本案前の主張に対する原告の答弁

一、公売処分の決定と公売処分の日時とは別個のものであつて一度公売処分の決定をなすときは、それと同時に公売処分の日時を指定し、仮りにその日時に公売せられざるものとする公売処分の決定は存続して更らに日時を指定することができるのである。そこで原告は昭和三十三年三月一日附でなされた公売処分の決定の取消を求めるものである。

二、また差押処分に対し審査の請求をしていないことは認めるが、差押処分の取消を求める本件訴訟は右処分の違法の理由として憲法違反を主張するものであるから直接裁判所に審査を求めるのが適当であり、訴願を経る必要はない。仮りにその必要があるとしても右のような事情は訴願を経ないことについて正当事由があるというべきである。

理由

一、第一次的請求について

被告が原告に対し昭和二十五年十一月二十七日本件物件につき差押処分をし、次いで昭和三三年三月一日附で同年同月十二日本件物件を公売に付する旨原告に通知したことは当事者間に争がなく、三月十二日本件が公売に付されなかつたことは弁論の全趣旨から明らかである。

ところで抗告訴訟の対象となるべき公売処分とは、関係者に対し直接且つ具体的な効果を生ぜしめる公売期日に行われる入札又は競売の方法をもつてなされる具体的な処分を指称するものと解するのが相当である。

もつとも差押物件を公売に付するためには国税徴収法施行規則第十九条に基き公告をしなければならないから(滞納者に対する公売期日の通知は法律上要求されるものではなく行政の便宜上行われているものと解せられる)、実務の処理上行政庁内部で右公告に先立ち収税官吏が公売期日に差押財産を公売に付する旨の決定をなしていると推定されるけれども右のような決定は法律上要求されるものではなく単なる行政庁の事務処理上の内部的な意思決定(将来行政処分を行うという)に過ぎないもので(前記公告も将来行政処分を行うという予告であつて、行政処分が行われたことを一般人に告知するものではない)関係者に直接且つ具体的な効果を生ぜしめるものとは認め難いものであるからそれ自体を抗告訴訟の対象とすることは許されないと解するのが相当である。

そうすると本件においては抗告訴訟の対象となるべき本件物件に対する公売処分は未だなされていないというべきであるから原告の第一次的請求は取消の対象を欠く不適法な訴といわなければならない。

二、予備的請求について

被告が原告に対し昭和二十五年十一月二十七日本件物件を差押えたこと及び右処分について原告が被告に対し審査の請求をしていないことは当事者間に争がない。

原告は右処分については審査の請求を経る必要はなく、仮りに必要があるとしても訴願を経ないことにつき正当の事由があると主張する。

しかしながら一般に、行政庁の違法な処分の取消を求める訴はその処分に対し法令の規定により訴願のできる場合これに対する裁決を経た後でなければこれを提起できないことは明らかであり国税徴収法に基き国税局長のなす差押処分については審査の請求をなすべき旨が同法に規定されており、審査の請求の目的となる処分については審査の決定を経た後でなければその取消の訴を提起できないことも同法の規定するところであるから、本件においても前記差押につき審査の請求をしてその決定を経ない限り原則としてその取消を求める訴を提起できないといわなければならない。

また行政処分も行政庁が法を適用する作用にほかならないのであつて、行政訴訟に訴願前置の制度が設けられた趣旨は行政処分の際の法の適用の当否についての最終的判断を司法権に留保しつつ行政庁に対し行政監督の立場から行政処分の再度の考慮の機会を与え行政処分に対する誤りを正させ紛争をなるべく行政機関の内部で解決せしめようとする目的に出たものであるから、行政処分に対する異議の理由が法律問題にとどまる場合であつても、先ず行政庁に対し訴願の手続をとらせることは決して無益なこととはいえないのである。

したがつて本件差押に対する違法の理由が戦時補償特別措置法の違憲を主張するに止まるからといつて、ただそれだけでは訴願を経ないことについて正当の事由があるということはできないのであつて、他に訴願を経ないことについて正当の事由の存することの主張立証のない本件差押の取消を求める原告の予備的請求は訴願前置の要件を欠いた不適法な訴といわなければならない。

三、結論

結局原告の本件訴はいずれも不適法であるからこれを却下することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八十九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 石田哲一 地京武人 越山安久)

物件目録<省略>

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例