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東京地方裁判所 昭和33年(行モ)18号 決定 1959年6月30日

申請人 松下今朝敏

被申請人 国

主文

被申請人国の申請人に対する長野地方裁判所松本支部が昭和二五年三月三一日申請人に対し言渡し、昭和三三年五月二一日確定した「被告人松下を死刑に処する」との刑事判決の執行は、当庁昭和三三年(行)第九六号死刑受執行義務不存在確認請求事件の本案判決があるまで、これを停止する。

(裁判官 浅沼武 菅野啓蔵 小谷卓男)

申請の趣旨

被申請人国の申請人に対する、長野地方裁判所松本支部が昭和二五年三月三十一日申請人に対し言渡し昭和三三年五月二十一日確定した「被告人松下を死刑に処する」との刑事判決の執行を、東京地方裁判所昭和三三年(行)第九六号死刑受執行義務不存在確認請求事件の本案判決があるまで停止する。

申請の理由

一、申請人松下今朝敏は、昭和二十四年十月一日夜長野県南安曇郡南穂高村字重柳五三七五番地二、川井庄司方において強盗殺人をなしたとの理由により

(1) 昭和二四年十一月十日長野地方検察庁松本支部検察官より長野地方裁判所松本支部に対し起訴され

(2) 昭和二五年三月三十一日右裁判所より「被告人松下を死刑に処する」との判決言渡をうけ、

(3) 同日頃東京高等裁判所に控訴し、右控訴は東京高等裁判所第一刑事部、昭和二五年(う)第一八六七号として審理の末、昭和三十年十二月十九日「本件控訴を棄却する」との判決言渡をうけ、

(4) 同日頃最高裁判所に上告し、昭和三一年(あ)第四四二号として同所第一小法廷にて審理された末、昭和三三年四月十七日「本件上告を棄却する」との判決言渡をうけ

(5) 右判決に対して昭和三三年四月二十六日判決訂正の申立をなし、右第一小法廷は同年五月二十一日之を棄却し、

よつて昭和三三年五月二十一日右死刑の判決は確定し、現在死刑執行の為、東京小菅拘置所より移監され宮城刑務所に在監中のものである。

二、而して、宮城刑務所の施設を含め、日本における現行死刑の具体的執行方法は、いずれも憲法並びに法律に違反した違法の執行であり、かかる違法な執行を以て死刑を実施することは国家といえども許されないところである。

(1) 憲法第三十一条によれば「何人も法律の定める手続によらなければ、その生命若しくは自由を奪われ、又はその他の刑罰を科せられない」と規定しておる。右にいう「法律の定める手続」とは単に、国家が判決を言渡すまでの手続のみを指すものではなく、現実に刑罰を科して之を実施する段階までをも含むものであることは明白である。

而して死刑に関しては、現行刑法第十一条「死刑は監獄内に於て絞首して之を執行す」、刑事訴訟法第四七五条「死刑の執行は法務大臣の命令による」同四七七条「死刑は検察官……立会の上之を執行しなければならない」監獄法第七十一条「死刑の執行は監獄内の刑場に於て之を為す」同第七十二条「死刑を執行するときは、絞首の後死相を検し仍ほ五分時を経るに非ざれば絞縄を解くことを得ず」等の規定があるのみであり、右諸条文よりしては「絞首、刑場、絞縄」の点のみが示されているに止まり、その形式、方法等については何ら具体的な法規なく、単に「死刑の執行」という抽象的な言葉が存するのみである。絞首といえども(イ)明治三年十二月二十日新律綱領による懸錘式絞首刑、(ロ)明治六年二月二十日太政官布告第六五号による屋上絞架式絞首刑、(ハ)現行の地下絞架式絞首刑、(ニ)かつて満州で行われた如き一本の小棒と一本の縄により首をしめ上げる絞首刑等その方法は多種であり、前記刑法第十一条の絞首がそのいずれをさしているのかは明らかではない。

以上の如く、刑罰の具体的科刑方法が法律により定められておらざるに拘らず、国家は現に死刑の執行をなしておるものである。従つて現行死刑の執行は、刑の執行は法律により定めらるべきであるとする憲法第三十一条の要請に反する違法の執行である。

(2) 仮りに、明治六年二月二十日太政官布告第六五号が、死刑についての具体的方法を示したものであるとしても、右布告は現行法律ではない。即ち右布告は、昭和二二年四月十八日法律第七二号日本国憲法施行の際現に効力を有する命令の規定の効力等に関する法律第一条の四「左に掲げる法令は、国会の議決により法律に改められたものとする」との内に掲記せられず、従つて、右布告は当然法律に移行したものではない。又右布告が前記昭和二二年法律第七二号第一条「日本国憲法施行の際現に効力を有する命令の規定で、法律を以て規定すべき事項を規定するものは、昭和二二年十二月三十一日まで法律と同一の効力を有するものとする」の対象であつたとしても、即ち日本国憲法施行の際まで効力を有しておつたものとしても、右布告は昭和二二年十二月三十一日までしか効力なく、その後においては何らの処置もなく、結局右日時を以て右布告は失効したものといわねばならず、従つて結局死刑の具体的執行方法について何らの規定なきことに帰するのである。

尚右布告が「法律を以て規定すべき事項を規定した」ものであることは、その内容が、人の生命剥奪に関する重要事項即ち死刑の具体的方法を定めたものである以上、「法律を以て規定すべき事項を規定」しておつたものといわねばならない。

又右布告は、明治十七年十二月二十七日太政官布告第三十二号爆発物取締罰則の如く途中において法律とされたものでもないことも明らかである。

(3) 仮りに右布告第六五号が現に効力を有する法律であつたとしても、現行死刑執行方法は、右布告と異る形式を採用しているのである。即ち右布告によると屋上絞架式によるべきであるに拘らず、現行執行方法は地下絞架式である。右布告改正の手続もないのに、執行方法はかく任意に変更せられてしまつたのである。

即ちもし右布告が現行の法律であるならば、法律の定めによらず、又法律改正の手続をへずして改変せられた現行死刑執行方法は違法のものであることは明白である。

(4) 又刑法第十一条によれば死刑は「絞首して之を執行す」ることになつている。ところで現行死刑執行制度は絞首にあらずして縊首、縊死の方法によるものである。よつて右刑法第十一条にも反するものである。

(イ) 法医学上窒息死は

(a) 外部より手或は縄を以て気道を圧する方法によるもの

(b) 呼吸運動を機械的に妨害する方法によるもの(土中埋没等)

(c) 異物を以て気道を塞ぐ方法によるもの

(d) 呼吸筋の麻痺等によるもの

等に区別され、右aは之を更に縊死、絞死、扼死に分類せられている。

(小南又一郎著実用法医学、南江堂版、昭和十三年五版、三七九頁。)

(ロ) 右のうち縊死とは「頸の周りに紐をかけて自己の体重を以て締め窒息するもの」(古畑種基著「法医学」南山堂増補第二版七五頁)「索条体を頸囲に纒い、其両端を一定の場所に固定し自己の体重を以て前頸部を緊締し、窒息死に至るもの)(前掲小南著三八一頁)「縊死は用具の一方を首の吊れるようにして垂らし、他の一方を固定して其の垂れた部分を首にかけてさがるのである。自己の体重の重みで頸部を用具が圧搾すると同時に気道を圧迫するから呼吸が出来なくなつて窒息死を致すもの」(中田篤郎著中田新法医学、南山堂第三版一八七頁)とされ、絞死とは「頸の周りに索条をかけ、引き緊めて頸部器官を圧迫し以て窒息に陥らしめるもの」(前掲古畑著八三頁)「自己の身体重量によらずして頸部を索状体を以て緊縛し窒息死に至るもの」(前掲小南著三八六頁)「絞頸用具を頸部の周囲にまきつけて之を手力乃至外力を加えて引絞めることによつて気道が絞まり窒息する窒息死である」(前掲中田著一九六頁)とされている。

右に明らかな如く、縊死と絞死とは形式上別個であるのみならず、その人体に及ぼす結果、即ち機能の点も異るのである。(前掲古畑著七六頁、八四頁)

(ハ) 而して現行死刑執行制度は右にいう縊死の方法によつていることは明白である。法医学上縊首、絞首なる区別はないようであるが、縊死、絞死は縊首、絞首と同一義に解せられる。浅田一著(首つりと窒息死」(芹田東光社二四年版一四八頁)には「この頃絞首刑という言葉が新聞に屡々見るが、之はデス・バイ・ハンギングの訳で縊首刑と訳すべきであろう」。又井上剛著「新法医学」(勁草書房二七年版三〇〇頁)には「なお多くの国では死刑の執行に当つて所謂絞首刑(法医学的に見ればその実は縊死といつた方が正しい方法なのであるが)を採用している」等の記述によれば、結局絞首と絞死、縊首と縊死とは同一義である。

刑法第十一条には明らかに「絞首して」とありながらその実縊首の方法を採用しているのであり、従つて現行死刑執行制度は正に法律違反のものといわねばならないのである。

三、以上四点の理由により、現行死刑執行制度は憲法並びに法律に違反した制度である。

従つてかかる違法な執行制度によつて死刑の執行をなすことは憲法並びに法律違反であり、死刑囚といえどもかかる違法執行を受くべき義務は存しないので、その違法執行の排斥、即ち死刑受執行義務なきことの確認を求める為、本日、東京地方裁判所に対し、「原告は、被告国より、昭和二五年三月三十一日長野地方裁判所松本支部が原告に対し言渡し昭和三三年五月二十一日確定した『被告人松下を死刑に処する』との刑事判決を、現行死刑執行方法を以て執行される義務のないことを確認する」との判決を求める訴訟を提起した次第である。

四、而して右判決の結果が判明する以前において、刑事訴訟法第四七五条同四七六条により、法務大臣が死刑執行の命令をなしてしまつたのでは、償うことのできない損害が生ずることは明らかであるので、これを避ける緊急の必要があるのである。よつて行政事件訴訟特例法第一〇条に基き本申請に及んだ次第である。

五、尚一言附言すれば、

(1) 本件は、確定した死刑の刑事判決を争うものではなく、右判決に基いて国が実施する具体的死刑執行方法の違法であることを争うものである。又刑事訴訟法第五百二条の不服申立方法に基く申立の許されない事件なのである。

(2) 本件は行政事件訴訟特例法第一条後段に該当するものであり、同法第一〇条は明らかに「第二条の訴」となしており、本件の如き事案についても、執行停止命令を発することが可能であり、且つ必要であると考える。

以上

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