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東京地方裁判所 昭和33年(特わ)440号 判決 1962年4月18日

判  決

教員

長谷川正三

(ほか六名)

右の者らに対する地方公務員法違反被告事件につき、当裁判所は検察官岡崎悟郎、同蒲原大輔、同金丸歓雄、同高田秀穂、同古川健次郎、同塚本明光出席のうえ審理し、次のとおり判決する。

主文

被告人らはいずれも無罪。

理由

一、公訴事実の要旨

被告人長谷川は東京都内学校教職員をもつて組織する東京都教職員組合(以下都教組と略称する。)の執行委員長、被告人藤山、同竹本はいずれも同組合執行委員、被告人高橋は同組合練馬支部長、被告人中根は同組合文京支部長、被告人竹藤は同組合北支部長、被告人小松は同組合品川支部長であるが、東京都教育委員会(以下都教委と略称する。)の都内公立小中学校教職員に対する勤務評定に反対し、これを阻止する目的をもつて、傘下組合員である右教職員をして年次有給休暇の名のもとに校長らの承認なくして就業を放棄し同盟能業を行わしめるため。

第一、被告人長谷川、同藤山は、同組合本部役員及び同組合各支部役員らと共謀のうえ、同支部役員らにおいて、昭和三十三年四月二十一日頃東京都内において、同都特別区内公立小中学校の教職員である同組合分会役員らに対し、東京都教職員組合闘争委員長長谷川正三名義の、組合員全員は休暇届を提出するのみで校長らの承認なくして来る四月二十三日午前八時から開催される勤務評定反対に関する措置要求のための集会に参加すべき旨の、指令を配布するとともに、同人らを介し、その頃同都内において、傘下組合員である右学校の教職員約三万名に右指令の趣旨を伝達し、

第二、被告人藤山は、

(一)  同月二十二日同都中央区八重洲四丁目三番地所在同区立京橋昭和小学校において、同校教職員約十三名に対し、都教育庁との団交が決裂し二十三日には行政措置要求大会のための一斉休暇闘争を実行することになつた。組合全体の足並みは必ずしも揃つていないが、全組合員が足並みを揃えて闘争に参加してもらいたい旨申し向けて、前記集会に参加方を強調し、

(二)  同日同区日本橋本石町四丁目二番地所在同区立常盤小学校において、同校教職員約二十名に対し、一斉休暇闘争には全員組合の結束を乱さずに一致して参加してもらいたい旨申し向け、前同様強調し、

第三、被告人高橋、同竹本は、同組合本部役員及び同組合練馬支部役員らと共謀のうえ、同月二十一日夜同都練馬区豊玉二丁目十六番地所在同区立豊玉第二小学校において、同区立小中学校教職員である同支部各分会役員らに対し、一斉休暇に対して地方公務員法違反により弾圧や首切りがあつた場合の責任は都教組本部で負うことになつているから、組合を信頼して指令に従つて一緒に行動されたい旨強調し、且つ足並みが揃わないときは執行部から説得に出かける等と申し向け、第一掲記の指令を配布するとともに、同人らを介し、その頃同区内において、同支部所属組合員である同区立小中学校教職員約千名に右指令の趣旨を伝達し、

第四、被告人高橋は同組合本部役員及び同組合練馬支部役員らと共謀のうえ、同月二十二日午後同区江古田町千八百七十六番地所在同区立旭ケ丘中学校において、同支部所属組合員である同区立小中学校教職員約八百名に対し、前記指令を朗読したうえ、組合員は二十三日一斉休暇を実施し団結して闘争を勝利にみちびくべきである旨激励し、

第五、被告人中根は、同組合本部役員及び同組合文京支部役員らと共謀のうえ、同月二十一日夜同都文京区柳町二十八番地所在同区立柳町小学校において、同区立小中学校教職員である同支部各分会役員らに対し、前記指令を配布し、且つこれは地方公務員法第四十六条に基く行政措置要求であつて合法的なものであるから、各分会ともこの指令に基いて、全員が一斉休暇闘争に参加するよう足並みを揃えてもらいたい旨を強調するとともに、同人らを介し、その頃同区内において、同支部所属組合員である同区立小中学校教職員約九百七十名に右指令の趣旨を伝達し、

第六、被告人竹藤は、同組合本部役員及び同組合北支部役員らと共謀のうえ、同月二十一日夜同都北区西ケ原二丁目二十四番地所在北区教育会館において、同区立小中学校教職員である同支部各会役員らに対し、前記指令を配布し、且つ団体交渉は決裂して指令が発出された、これは地方公務員法第四十六条に基く合法的なものであるから、各分会員にこの指令を伝え、全員闘争に参加されたい旨を強調するとともに、同人らを介し、その頃同区内において、同支部所属組合員である同区立小中学校教職員約千五百名に右指令の趣旨を伝達し、

第七、被告人小松は、同組合本部役員及び同組合品川支部役員らと共謀のうえ、

(一)  同月二十一日夜同都品川区中延一丁目二百七十番地所在同区立中延小学校において、同区立小中学校教職員である同支部各分会役員らに対し、都教組から指令が出たから、全員一致して来る二十三日には一斉休暇をとつて大会に参加されたい旨強調し、且つ前記指令を配布するとともに、同人らを介し、その頃同区内において、同支部所属組合員である同区立小中学校教職員約千五百名に右指令の趣旨を伝達し、

(二)  同月二十二日午後同区内戸越公園において、同支部所属組合員である同区立小中学校教職員約千名に対し、全組合員一致結束して右闘争に突入されたい旨激励し、

もつて地方公務員である教職員に対し、同盟罷業の遂行をあおつたものである。

二、当裁判所の認定した事実

まず被告人らに共通して問題となる(一)都教組の組織及び被告人らの地位、(二)東京都における教職員に対する勤務評定制度実施の経過、並びに(三)都教組の勤務評定反対闘争の経過に関する事実を以下に摘示する。

(一)  都教組及び被告人らの地位

都教組は、教職員の強固な団結によつて、教職員の経済的、社会的並びに政治的地位の向上を図るとともに、教育及び学術研究の民主化を実現し、文化の進展に寄与することを目的として、昭和二十二年七月から東京都下公立小中学校の教職員約三万五千名をもつて組織されている法人であり、他の道府県教職員組合とともに連合体である日本教職員組合(以下日教組と略称する。)を組織している。都教組は、最高義決機関として大会(役員並びに各支部の組合員二十五名及びその端数ごとに一名の割で組合員の直接無記名投票により選出される代議員をもつて構成する。)、大会に次ぐ議決機関として委員会(各支部の組合員二百名につき一名の割で組合員の直接無記名投票により選出される委員をもつて構成する。)執行機関として執行委員会を設ける。役員として、執行委員長一名、執行副委員長二名、書記長一名、書記次長一名、執行委員若干名その他を設け、執行委員長は組合を代表し、大会、委員会及び執行委員会を召集し、執行委員会の議長となり、執行委員は執行委員会で決定した事項の処理及び組合の業務の執行にあたる。執行委員長、執行副委員長、書記長、書記次長及び執行委員が執行委員会を構成している。なお組合が闘争状態に入つた場合には、執行委員会を闘争委員会とし、また執行委員会の構成員及び各支部長により構成される戦術委員会を設け、同委員会に特に大会から権限を委任された事項について議決権を与えることがある。都教組は東京都内の各区、郡、市及び島嶼に支部を、各学校に分会を置き、各支部は都教組の統制に服し、その事業の情況を本部に報告すべき義務を負い、本部に類似した機関、役員を設け、各支部長は支部の執行委員長となつている。

昭和三十三年四月当時、被告人長谷川は武蔵野市立第四小学校教諭であつて都教組執行委員長、被告人藤山は江東区立第四中学校教諭であつて都教組執行委員、被告人高橋は練馬区立石神井西中学校教諭であつて都教組練馬支部長、被告人竹本は同区立開進第一小学校教諭であつて都教組執行委員、被告人中根は文京区立第九中学校教諭であつて都教組文京支部長、被告人竹藤は北区立第三岩淵小学校教諭であつて都教組北支部長、被告人小松は品川区立上神明小学校教諭であつて都教組品川支部長の地位にあつたものである。

(二)  東京都における教職員に対する勤務評定制度実施の経過

東京都においては都内の都立、区立及び市町地立諸学校の教職員に対し地方公務員法第四十条第一項による勤務評定制度を実施しないでいたところ、昭和三十一年十月一日地方教育行政の組織及び運営に関する法律が施行され市町村立学校職員給与負担法第一条及び第二条に規定する職員(以下県費負担教職員と略称する。)の任命権が都道府県教育委員会に属し、県費負担教職員の勤務成績の評定は都道府県教育委員会の計画のもとに市町村教育委員会が行うものとされたことに伴い、都教育庁(都教委事務局)においても、昭和三十二年二月頃から前記諸学校の教職員を対象とする勤務評定規則案の検討を開始した。一方同年五月全国都道府県の教育長をもつて組織されている都道府県教育長協議会の総会において、教職員に対する勤務評定の全国的な基準案を作成することを決定し、同協議会の第三部会に研究を付託し、その後同部会において試案作成の作業を進めたので、都教育庁もこれに協力した。同年十月十日全国都道府県の教育委員長をもつて組織されている全国都道府県教育委員長協議会の総会において、全国の都道府県教育委員会はできるだけすみやかに勤務評定を実施することができるよう研究する旨の申し合わせがなされ、同年十二月前記第三部会において作成されていた教職員に対する勤務評定試案(以下全国試案と略称する。)が完成したので、都道府県教育長協議会の幹事会、全国都道府県教育委員長協議会の理事会の承認を経たうえ、同月二十日全国都道府県教育委員長協議会の総会に報告され、都道府県教育長協議会の名で一般に発表された。

都教育庁は、同月二十五日頃全国試案を区市町村教育委員会、都区市町村立学校長、幼稚園長、都教組、東京都高等学校教職員組合(以下高教組と略称する。)等に送付し、昭和三十三年一月十三日から数回にわたり、区市町村教育委員長、区市町村教育長、学校長等に対し、同年二月六日には都教組、高教組に対し、それぞれ全国試案の説明を行い、その後同月二十八日から同年四月二十一日までの間十四回にわたり都教組、高教組と勤務評定に関する話し合いを進めた。その間都教育庁においては、全国試案を基本とした都の勤務評定規則案の作成にあたり、同年三月上旬全国試案とほぼ同一内容のものを完成し、同年四月十九日これを同月二十三日の都教委に上程する旨の告示をし、同月二十三日午前十時から開かれた都教委において、東京都立学校及び区立学校職員の勤務成績の評定に関する規則(都教委規則第九号)、東京都市町村立学校職員の勤務成績の評定に関する規則(都教委規則第十号)をいずれも原案どおり可決し、即日これを公布施行した。

(三)  都教組の勤務評定反対闘争の経過

日教組は、教職員に対する勤務評定制度の全国実施が問題となるや、教職員に対する勤務評定は、科学的人事管理の名のもとに、教職員の自主的教育活動を阻害し、教職員相互の競争、対立を生じさせることにより教職員を政治権力に追従させ、教育を国家統制のもとに置くものであつて、政府の反動文教政策の一環をなすものであるという見地から、これに絶対反対する態度をきめた。都教組もこれと同一の態度に出て、昭年三十二年九月十九日、日教組指令第一号に基き指示第二十五号を発して、同月二十五日一斉職場会を開き、勤務評定につき討論し、勤務評定反対の決議をし、右決議を文部大臣及び都教委宛発送するよう組合員に指示し(いわゆる日教組第一波全国統一行動)、さらに同年十月十日の第十回定例委員会において、教職員に対する勤務評定を実施すべきではないという観点から、実力行使も辞さない態度で反対闘争を組織し、具体的な闘争戦術委員会でこれを決定する旨の勤務評定に対する闘争方針を含めた秋季闘争方針を決定し、次いで同年十一月十二日、日教組指令第五号及び日教組・日高教共同通達第二号に基き指令第十一号を発して、同月二十日四谷外濠公園及び八王子市富士森公園において都教組主催の勤務評定撤回教育予算増額要求貫徹中央大会に全組合員を動員するよう指令し(いわゆる日教組第二波全国統一行動)、順次に勤務評定反対闘争を積極的に進めた。なお日教組においても、全国試案が発表されるや、同年十二月二十二日の第十六回臨時大会において非常事態宣言を発し、全国五十万の教師は、今日の状態こそ民主教育の非常事態であることを確認し、覚悟を新たにし、ゆるがぬ団結と統一行動をもつて勤務評定を阻止し、教育の権力支配を粉砕するため、ねばり強く強力に闘い抜くことを宣言するに至つた。

昭和三十三年に入ると、都教組は、同年一月十七日の第十六回定例委員会において、勤務評定については休暇闘争を含めた実力行使をもつて団体交渉を強化する、闘争の進展に対応して戦術については戦術委員会できめ、重要段階は大会が決定するという趣旨を含む春季闘争方針を決定し、同年二月以降高教組とともに都教育庁と話し合いを重ねる一方、同月二十八日、春季闘争方針及び日教組指令に基き指令第十四号を発して、同年三月八日午後一時から晴海埠頭において開催する教育危機突破中央大会に全組合員が参加するよう指令した(いわゆる日教組第三波全国統一行動。)

これに対し、都教委側は、同年三月中に勤務評定に関する都教委規則を制定し、同年四月一日規則を施行し、同年九月一日評定を実施するとの予定をたて、その旨を都教組、高教組との話し合いの席上都教育長本島寛から言明していたため、都教組執行部は、春季休暇中に都教委が勤務評定実施を決定した場合には、入学式、始業式の当日は休暇闘争を行うこともやむをえないとの決意を固め、同年三月十二日の戦術委員会において、同月二十日臨時大会を開催し、最悪段階には休暇闘争を含めた実力行使を行うことを大会に提案することを決定した。右決定に従い、同月二十日午前九時四十五分から午後一時五十四分まで杉並公会堂において開催された都教組第三十三回臨時大会に、執行部から「最悪段階には休暇戦術を行使する。指令権は戦術委員会に一任する。今次の闘争においては救援資金を発動する。」との提案がなされ、討論の末多数をもつて右提案が可決され、次いで満場一致をもつて非常事態宣言が発せられ、ここに勤務評定反対のため休暇闘争を行うとの都教組の基本方針が確立された。

そこで都教組は同月二十二日右大会決定に基き指令第十五号を発して、三月二十六日から四月六日までの春季休業中に都教委が勤務評定の実施を決意した場合、四月七日以降いつでも一斉休暇に突入できる態勢を確立するよう組合員に指令し、いよいよ都教委が春季休暇中に勤務評定規則を制定した場合には、入学式、始業式の行われる四月七日に一斉休暇闘争が避けがたい情勢になつた。都教委も、この事態を憂慮した都議会議長、都労連幹部の斡旋により、三月中に勤務評定規則を制定することを断念し、同年四月七日以降も都教組、高教組との話し合いを継続することを決定し、同年三月二十九日本島教育長からその旨を都教組、高教組に通告したため、都教組は同日、「指令第十五号を解除する(第一項)。更に四月八日以降最悪段階には休暇戦術を行使できる体制を強化せよ(第二項)。」との指令第十六号を発し、教職員の一斉休暇は一応回避された。

しかし都教委側は勤務評定を早期に実施する態度を堅持していたので、都教組は、同年四月三日第一回定例委員会において、

1  指令第十六号の最悪段階とは、勤務評定規則を都教委が決定する日とする。

2  したがつて休暇戦術(一斉休暇を含む。)は原則としてこの日に実施する。

3  実施指令は実施日の二日前に発動する。

4  都教委が秘密裡に規則制定を強行した場合は情報確認した日に実施指令を発動する。

5  したがつてこの場合実施の日は情報確認の日より二日後になる。

6  指令発動は戦術会議を開催して行う。

7  休暇戦術の規模、内容の基本は第二回定例委員会に提案し、下部討議に付し、それより四日後の戦術委員会で行動規制を含めて決定する。

8  情勢の推移により日程が早まることが予想された緊急の場合は、定例委員会を繰り上げるかまたは直接戦術委員会で検討し、実施指令を発動する場合もある。その場合の情勢判断は闘争委員会が行う。

という内容を網羅した指令発動の時期と方法に関する事項を可決し、右決定に基き、同月十一日の第二回定例委員会に、休暇戦術の実施につき支部、分会、各組合員のとるべき具体的行動を詳細に規定した行動規制を提案し、各支部、各分会における討議を経た後、同月十六日の戦術委員会において決定した。この行動規制の主要な事項は、各支部は態勢強化のためオルグを徹底すること、各分会、組合員は組合員名簿を作成し、家庭学習用プリントを作成しておくこと。一斉休暇の前前日には、各支部は、緊急執行委員会、分闘長会議を夜開催し、指令の確認、各分会の態勢の確認、当日の行動の打ち合わせ等を行うこと、一斉休暇の前日には、各支部は執行委員会を開催し、各分会の状況を検討すること。各分会、組合員は朝職場会を開催し、指令の確認、個々の決意の再確認、当日の行動の打ち合わせ、休暇届の作成等を行うこと、一斉休暇の当日には、各組合員は朝八時までにあらかじめ支部から指定された大会場に自宅から直接参集し、支部長の指示に従うこと等であつた。さらに都教組は、同月十六日日教組指令第九号に基き指令第一号を発して、同月二十二日午後三時から各支部は全組合員参加の支部集会として勤務評定・修身科復活反対要求貫徹大会を開催するよう指令した(いわゆる日教組第五波全国統一行動)。

他方都教育庁と都教組、高教組との間で勤務評定に関する話し合いが続けられたが、少しも局面打開の気配が見えなかつたので、本島教育長は、同月十九日の話し合いの席上同日をもつて話し合いを打ち切り、同月二十三日の都教委に勤務評定規則案を上程する旨の告示をすると言明し、これに対し都教組、高教組はなおも話し合いの継続を主張したが、同教育長はこれを受け入れることなく、前記の告示を行つた。そこで都教組は、同月十九日の戦術委員会において、休暇闘争を合法的なものとする目的で、地方公務員法第四十六条に基き都人事委員会に対し勤務評定の実施をとりやめる措置をとるよう要求するための大会(措置要求大会)を開催し、全組合員がその大会に年次有給休暇をとつて参加するという形式をとることを決定し、同日「三月二十九日附指令第十六号二項を解除する。四月二十一日以降最悪段階には措置要求大会を開催できる態勢を強化せよ。」との指令第二号を発した。

都教組は、同月二十一日高教組とともに本島教育長と話し合いをもつたが、同教育長においては同月二十三日の都教委に勤務評定規則案を上程するとの既定方針を変更しなかつたので、話し合いは決裂となり、同月二十一日夜同都千代田区神田一ツ橋教育会館内都教組本部において、同本部役員、各支部長出席のうえ戦術委員会を開催し、指令第三号を決定し同日附で都教組闘争委員長長谷川正三名儀をもつて各支部長、各組合員宛にこれを発した。指令第三号の内容は次のとおりである。

われわれは二月六日全国教育長協議会試案の説明を受けて以来、十二回の交渉をもち、その問題点を追及してきたが、四月十九日第十三回目の交渉において、本島教育長は突如無暴にも一方的に交渉打切りを宣言し、四月二十三日の教育委員会で審議することを告示した。

当初試案によつて意見を聞いた上、都案を作成し、その上更に交渉すると言明していたにもかかわらず、試案についての質問段階で交渉を打切り、実施の決定を強行するということは、未だ前例のない不誠意な態度というべきである。

よつて日教組指令第十二号に基き、左記行動を指令する。

一、組合員全員は勤務評定を実施させない措置を地公法第四十六条に基いて人事委員会に対し要求せよ。

右措置要求の手続は四月二十三日午前八時より開催する全員集会でとりまとめ、すみやかに人事委員会に提出せよ。

なお右指令の末尾には日教組中央執行委員長小林武名義の都教組闘争委員長長谷川正三及び高教組闘争委員長成田喜澄宛四月二十一日附日教組指令第十二号を添付するが、その内容は次のとおりである。

勤務評定措置要求に関する件

標記の件に関し、中央執行委員会の決定に基き左記行動を指令する。

一、組合員全員は勤務評定を実施させない措置を地公法第四十六条に基いて人事委員会に対し要求せよ。

右措置要求の手続は四月二十三日午前八時より開催する全員集会でとりまとめ、すみやかに人事委員会に提出せよ。

二、右手続に必要な休暇請求は四月二十三日までに行うものとする。

このようにして同月二十三日には都内区立小中学校の教職員約三万七千七百名中約二万四千名が共同して校長に対し休暇届を提出して年次有給休暇を請求したうえ一斉に職場を離脱し、児童生徒に対する教育活動を平常どおり行うことを不可能にし乃至は極めて困離な状態に陥らせたうえ、同日午前八時から各支部ごとに開催された前記措置要求大会に参加したのである。

(四) 証拠≪省略≫

つぎに各被告人の関係事実について、(五)被告人長谷川、同藤山関係、(六)被告人藤山関係、(七)被告人高橋、同竹本関係、(八)被告人高橋関係、(九)被告人中根関係、(十)被告人竹藤関係、(十一)被告人小松関係の順序に検討する。

(五) 被告人長谷川、同藤山関係

前掲各証拠を綜合すると、被告人長谷川、同藤山は、さきに摘示したように、同月二十一日夜前記都教組本部において他の本部役員、各支部長とともに戦術委員会を開き、指令第三号を決定したが、さらに同夜同都特別区内の各支部ごとに開かれた緊急委員会、分闘長会議等において、都教組各支部役員らを介し、同都特別区内公立小中学校の教職員である都教組分会役員らに対し前記指令第三号を配布するとともに、その頃同都各特別区内において、同分会役員らを介し、都教組組合員である同学校の教職員合計約三万名に右指令の趣旨を伝達したことを認めることができる。

(六) 被告人藤山関係

前掲各証拠を綜合すると、都教組中央支部においては、同月二十一日夜開催の拡大闘争委員会において、翌二十二日夜支部集会を開催して休暇闘争に参加するかどうか支部としての態度を最終的にきめることとし、二十二日午前被告人藤山及び支部幹部が数分会を訪問し、各分会の様子を知るとともに、同日夜の支部集会に全員参加するよう要請することを決定したこと、この決定に基き、同月二十二日午前被告人藤山は、同支部支部長渡辺四郎、同支部書記長伊藤久心らとともに、中央区立常盤小学校、同区立京橋昭和小学校、同区立明石小学校、同区立京華小学校に赴いたこと、そして

1  同日午前九時前頃同区八重洲四丁目三番地同区立京橋昭和小学校図書室において、同校教職員数名に対し、被告人藤山が都教組各支部の情勢を話し、さらに、「都教育庁との団体交渉は決裂し、組合としては二十三日に措置要求大会のための一斉休暇闘争を実行することになつた。組合としての足並みは必ずしも揃つていないが、全組合員が足並みを揃えて闘争に参加してもらいたい。」という趣旨の発言をし、次いで伊藤支部書記長が全員二十二日夜の支部集会に参加するよう要望したこと

2  同日午前八時頃同区日本橋本石町四丁目二番地同区立常盤小学校職員室において、同校教職員十九名に対し、被告人藤山が勤務評定に反対しなければならない理由を説明し、渡辺支部長が支部内の情勢を話し、伊藤支部書記長が同日夜の支部集会に全員参加するよう要望したこと

を認めることができる。

しかし被告人藤山に対する第二の(二)の公訴事実掲記のような常盤小学校における被告人藤山の言動を認めるにたる証拠はない。

(七) 被告人高橋、同竹本関係

前掲各証拠を綜合すると、都教組練馬支部においては、同月二十一日午後四時三十分頃から練馬区立豊玉第二小学校で拡大闘争委員会を開催したが、被告人高橋は前記都教組戦術委員会の終了後指令第三号を持つて同日午後八時頃右拡大闘争委員会に出席し、被告人竹本はそれより少し遅れて同委員会に出席したこと、同委員会において、同区立小中学校教職員である同支部各分会役員らに対し、被告人高橋は、「措置要求大会に全員参加することができるようみなも協力していただきたい。」という趣旨の発言をし、被告人竹本は、他支部の情勢についての質問に答えて、「大田支部ほか一支部は全員足並みを揃えて参加することに決定している。都教組本部の決定に従つて全員がまとまつて闘争に入るべきだ。」という趣旨の発言をし、さらに被告人高橋、同竹本は指令第三号を配布するとともに、その頃同区内において、同分会役員らを介し、同支部所属組合員である同区立小中学校の教職員約千名に右指令の趣旨を伝達したことを認めることができる。

同委員会の席上における被告人高橋の発言内容につき、唐木嶺の検察官に対する供述調書には、同被告人は、一斉休暇であるが、あくまでも措置要求大会に出席するという建前になつており、これは憲法で保障された権利であるが、これに対して地公法違反ということで弾圧や首切りが考えられるが、それは組合の結束を乱すというような弾圧や首切りとなるから、その責任は都教組本部が負うことになつているので、みなさんは組合を信頼して結束を乱さずに組合の指令に従つて一緒に行動していただきたい、という発言をし、さらに小学校一校と中学校一校からの完全には足並みが揃つていないという発言に対し、足並みの揃つていないところは、今日の話をした後でどうしても足並みが揃わないようなら、支部の方に連絡してほしい、そのときは執行部の方で出かけてみなの先生方に同調していただくようにする、と発言したという趣旨の記載がある。この供述調書につき、証人唐木嶺は、検察官から威圧的な調べ方とか押しつけがましい調べ方をされたことはなかつたが、生れて初めて警察に呼ばれ、精神的な圧迫を感じ、あがつていたので、供述調書には大分事実と違う個所があつたのではないかと思う、という趣旨の証言をしている。同調書には、拡大闘争委員会では被告人高橋が最初に立つて指令第三号を読み上げ、さきに記載したような発言をした、帰りに入口のところで封筒に入つた指令書を受け取つた、という趣旨の記載があるが、前掲各証拠を綜合すると、同被告人は都教組戦術委員会に出席していたため拡大闘争委員会にはかなり遅れて各分会の情勢報告が行われている最中に出席したこと、指令第三号を朗読したのは同被告人ではなく稲岡副支部長であること、指令第三号は同委員会の席上分会委員らに配布されたことが認められ、これらの事実に反する同調書の記載は真実に合致しないものであると認められる。されば、右証言を照し合わせて考えるときは、このような明白な誤りを含んだ供述調書をもつて同被告人の発言内容を同調書記載のように認定する証拠とすることはできない。

その他被告人高橋、同竹本に対する公訴事実第三掲記のような豊玉第二小学校における言動を認めるにたる証拠はない。

(八) 被告人高橋関係

前掲各証拠を綜合すると、被告人高橋は、同月二十二日午後三時から同区立旭ケ丘中学校において開催された、指令第一号に基く勤務評定・修身科復活反対要求貫徹大会の席上において、同大会に参集した同支部所属組合員である同区立小中学校教職員約八百名に対し、「みな結束して明日の措置要求大会に全員参加しよう。」という趣旨の挨拶をしたことを認めることができる。

なお、被告人高橋に対する公訴事実第四によれば、同被告人は同大会の席上同掲記のような激励をし、また指令第三号を朗読したというのであるが、同被告人が右のような激励をしたことを認めるにたる証拠はなく、前掲各証拠を綜合すると、同大会の席上指令第三号を朗読したのは稲岡副支部長であることが認められ、同被告人が指令第三号を朗読したとする、唐木嶺の検察官に対する供述調書は、さきに述べた同人の証言に徴し、これを信用することができない。

(九) 被告人中根関係

前掲各証拠を綜合すると、都教組文京支部においては、同月二十一日午後六時頃から同都文京区柳町二十七番地あおば学園で分闘長会議を開催したが、被告人中根は、前記都教組戦術委員会の終了後指令第三号を持つて同日午後八時頃右分闘長会議に出席し、同区立小中学校教職員である同支部各分会役員らに対し、指令第三号を配布するとともに、その頃同区内において、同分会役員らを介し、同支部所属組合員である同区立小中学校の教職員約九百七十名に右指令の趣旨を伝達したことを認めることができる。

右分闘長会談において同被告人が同被告人に対する公訴事実第五掲記のような発言をしたかどうかについて検討を加えるに、佐川顕の検察官に対する供述調書には、会議が開かれ、最初に指令第三号の印刷されたものが各分会長に一枚宛配られ、被告人中根と思うが、指令第三号を読み上げて説明し、同被告人は、これは地公法第四十六条に基く措置要求であつて合法的なものであるから、各分会ともこの指令に基いて全員四月二十三日には一斉休暇闘争に参加するように足並みを揃えてもらいたいという意味の話をしたという趣旨の記載がある。しかし第二十七回及び第二十八回各公判調書中証人佐川顕の供述記載部分、第三十二回公判調書中証人品田賢治の供述記載部分によると、佐川の検察官に対する供述の趣旨は、指令第三号を朗読し、右のような説明をしたのが被告人中根であつたか、あるいはその他の者であつたか不明であるというものであつたことが明らかであり、右供述調書の記載自体も、指令第三号を朗読し、右のような説明をしたのが同被告人であつたとは断定していないのであるから、同供述調書のみによつて同被告人が公訴事実第五掲記のような発言をしたと認めることはとうていできず、他にこの事実を認めるべき証拠はない。

(十) 被告人竹藤関係

前掲各証拠を綜合すると、都教組北支部においては、同月二十一日午後六時から北区教育会館で緊急委員会を開催したが、被告人竹藤は、前記都教組戦術委員会の終了後指令第三号を持つて同日午後八時過頃右緊急委員会に出席し、同区立小中学校教職員である同支部各分会役員らに対し、指令第三号を配布するとともに、その頃同区内において、同分会役員らを介し、同支部所属組合員である同区立小中学校の教職員約千五百名に右指令の趣旨を伝達したことを認めることができる。

右緊急委員会において同被告人が同被告人に対する公訴事実第六掲記のような発言をしたかどうかにつき検討を加えるに、清藤義夫の検察官に対する供述調書には、指令を委員長(同被告人を指す。)であつたか書部長であつたかがまず朗読し、このように指令が出たから委員達は各分会に帰つて組合員達に指令を伝え、分会の態度をまとめて二十三日は指令に基いて休暇闘争を実行してもらいたいという意味の説明があつたが、この説明をしたのは委員長か書記長かはつきりしないが書記長と思われるという趣旨の記載がある。この供述調書は右のような発言をしたのが同被告人であつたか書記長であつたかを明確に区別しないで、ただ書記長と思われるというのであるから、これをもつて同被告人が右のような発言をしたと認めることはできない。次に小松長二の検察官に対する供述調書には、会議の途中同被告人が外から帰つて来て、都教組の方から帰つて来たが、都教育庁との団体交渉は決裂してしまつた。そこでいよいよ四月二十三日に反対闘争として行政措置要求大会を実施する指令が出たから、この指令に従つて大会に参加してもらいたい。これは地公法第四十六条に基く措置要求手続を行使する権利であるから合法的なものであるという意味の話をしたという趣旨の記載がある。しかし証人小松長二は、緊急委員会の席上役員の誰かが発言したと思うが、誰であつたかわからない。同被告人が同委員会で発言したかどうかは記憶がない。北区に勤務するようになつてから一年位しかたつておらず、組合運動に関心がなかつたので、同委員会に出席した当時同被告人の顔も名前も知らなかつたと証言しているのであつて、この証言を信用することができないものとして排斥する合理的根拠はなく、したがつて小松の右供述調書により同被告人が公訴事実第六掲記のように発言をしたと認めることは困離であり、他にこれを認めるにたる証拠はない。

(十一) 被告人小松関係

前掲各証拠を綜合すると

1  都教組品川支部においては、同月二十一日午後五時頃から品川区立中延小学校で緊急分闘長会議を開催したが、被告人小松は、前記都教組戦術委員会の終了後指令第三号を持つて同日午後八時三十分頃右分闘長会議に出席し、同区立小中学校教職員である同支部各分会役員らに対し、都教組から指令が出たから来る二十三日には一斉休暇をとつて大会に参加されたい旨の発言をし、指令第三号を配布するとともに、その頃同区内において、同分会役員らを介し、同支部所属組合員である同区立小中学校教職員約千五百名に右指令の趣旨を伝達したこと。

2  同月二十二日午後三時から同区内戸越公園において開催された。指令第一号に基く勤務評定・修身科復活反対要求貫徹大会の席上において同区立小中学校教職員約千名及び応援のため同大会に参集した労働組合員らに対し、勤務評定反対闘争の経過を説明し、応援に対する感謝の挨拶をしたこと。

を認めることができる。

なお右勤務評定・修身科復活反対要求貫徹大会において、同被告人が同被告人に対する公訴事実第七の(十一)掲記のような激励をしたかどうかを検討するに、中村喜八郎、河元輝喜、橋本末三の検察官に対する各供述調書には、いずれも、同大会に参加した教職員に対し、被告人小松が全組合員一致して一斉休暇に突入しようと述べた旨の記載がある。これに反し証人甲斐正は、同大会における同被告人の挨拶は都教育庁との団体交渉の経過、勤務評定反対闘争の経過に若干触れ、同大会に参加した他の労働組合員への感謝を述べたもので、その中で明日の措置要求大会に品川支部は全員一致で突入する態勤を各分会とも決定しているからよろしく頼むということを述べたと証言し、証人中川千里、同中村喜八郎、同相沢圭一、同大八木達夫も、同被告人は来賓や他の労働組合員に対し謝辞を主とした挨拶をしたという趣旨の証言をしている。前掲各証拠を綜合すると、同大会には多数の来賓、他の労働組合員が参加したことが認められ、これらの人達に対し同被告人が支部長として拶挨することは十分これを首肯することができる。特に証人甲斐正は同大会の議長を勤めた者であるからその記憶も正確であつて、同人の証言は信用性が高いと考えられる。また同大会が勤務評定反対闘争の一環として開催されたものであること。さらに参加者が千名以上の多数にのぼつたこと等を考慮するとき被告人小松は証人甲斐の証言するような趣旨で挨拶したにもかかわらず、これを聞いた教職員の一部が本件休暇闘争に参加するようにとの激励の趣旨と解し、その旨検察官に供述したと解することもあながち不自然とはいえない。結局被告人小松の発言は、さきに認定したとおり、勤務評定反対闘争の経過を説明し、他の労働組合員に対し応援に対する感謝の趣旨の挨拶をしたに過ぎないと認めるのが相当である。その他同被告人が公訴事実第七の(十一)掲記のような激励をしたことを認めるにたる証拠はない。

三、地方公務員法第三十七条、第六十一条第四号と日本国憲法(以下憲法と略称する。)との関係

当裁判所の認定した被告人らの前示の所為が訴因に掲げられるような地方公務員法第三十七条第一項前段に規定する同盟罷業の遂行をあおつたものとして、同法第六十一条第四号に該当するかどうかを按ずるに、これに先だち弁護人は、(一)同法第三十七条は憲法第二十八条に違反する。したがつて地方公務員法第三十七条が合憲であるとの前提に立つ同法第六十一条第四号は当然に違憲である。(二)仮に同法第三十七条が合憲であるとしても、同法第六十一条第四号は憲法第二十八条に違反する。(三)地方公務員法第六十一条第四号は憲法第二十一条、第十八条、第三十一条に違反する。さらに(四)地方公務員法第三十七条、第六十一条第四号は憲法第九十八条第二項に違反する。よつてかかる違憲の法律の規定は無効であるから、被告人らの所為は罪とならないと主張するので、これらの点につき順次検討を加える。

(一)  地方公務員法第三十七条、第六十一条第四号と憲法第二十八条との関係

憲法第二十八条は勤労者の団結する権利及び団体交渉その他の団体行動をする権利を保障することを宣言するので、これにより労働者の団結権、団体交渉権及び争議権のいわゆる労働三権が労働条件の決定について労働者と使用者との間の実質的平等を実現して労働者の適正な労働条件を確保するため保障されることは明らかである。

そして本件で問題となる教職員も、地方公共団体より労働の対価として受ける給与によつて生活する者である以上、同条にいう勤労者に含まれるので、当面問題となる「教職員の争議権」もまた同条により保障されているといわなければならない。しかし同条により保障される争議権も全く無制約なものではない。争議権と国民全体の利益との調和をはかるため、すなわち公共の福祉のため、争議権に対し法律による剥奪乃至制限を加えることは許されるといわなければならない。それでは教職員については、この点をいかに判断すべきか。

憲法第二十六条は、国民に対し教育を受ける権利を保障し、その保護する子女に普通教育を受けさせる義務を負わせ、さらにこれを具体化するため、教育基本法、学校教育法等の諸法律が制定され、市(東京都の区を含む。)町村はその区域内にある学令児童生徒を就学させるに必要な初等中等普通教育を施すことを目的とする小中学校を設置する義務を負い、小中学校には、校務を掌り、所属職員を監督する校長、児童生徒の教育を掌る教諭、児童生徒の養護を掌る養護教諭、事務に従事する事務職員等、いずれも小中学校の運営に必要不可欠な職務に従事する教職員を置くこととし、(学校教育法第十七条、第二十八条、第二十九条、第三十五条、第四十条)、同時にこれらの学校は公の性質をもつものであつて、これらの学校の教員は全体の奉仕者として自己の使命を自覚し、その職責の遂行に努めるべきことを義務づけられている(教育基本法第六条)。したがつてかかる学校の教職員が争議行為を行うときは、児童生徒の教育に支障が生じ、憲法により保障される国民の教育を受ける権利が侵害されることは疑いない。このように教職員の争議権と国民の教育を受ける権利が衝突する場合、いずれの権利を優越させるかは、その権利の性質により、どのように決するのが国民全体の利益にもつとも合致するかを考慮して決すべきである。

元来争議権は、労働者の適正な労働条件を確保する目的で認められるのであるから、教職員の争議行為を禁止しても、なお他の方法により教職員の適正な勤務条件が確保されているならば、教職員の争議行為を禁止して、民主主義の必要的要件であり生存権の文化的内容をなす教育の平等を制度的に保障し、憲法を貫く法のもとの平等の思想の教育面とおける発現である国民の教育を受ける権利を保障することが国民全体の利益に合致する。そこで法が教職員の争議行為を禁止する代りにその適正な勤務条件を確保するためいかなる手段を講じているかを検討しなければならない。地方公務員法は、職員の給与は、生計費並びに国及び他の地方公共団体の職員並びに民間事業の従事者の給与その他の事情を考慮し、その職務と責任に応じて条例で定め、その他の勤務条件は国及び他の地方公共団体の職員との間に権衡を失しないように適当な考慮を払つて条例で定めることとし(第二十四条)、職員の分限及び懲戒の基準を規定し(第二十七条乃至第二十九条)さらに議会の同意を得て地方公共団体の長が選任する委員三名をもつて組織される人事委員会に対しては、職員に関する条例の制定または改廃に関し地方公共団体の議会及び長に意見を申し出ること人事行政の運営に関し任命権者に勧告すること、毎年少くとも一回給料表が適当であるかどうかについて地方公共団体の議会及び長に報告し、給与を決定する諸条件の変化により給料表に定める給料額を増減することが適当であると認めるときはあわせて適当な勧告をすることができること、職員の給与、勤務時間その他の勤務条件に関する措置の要求を審査し、判定し、及び必要な措置をとること、職員に対する不利益な処分を審査し、及び必要な措置をとること等の権限を付与し(第七条乃至第九条、第二十六条、第四十七条、第五十条)、職員に対しては、給与、勤務時間その他の勤務条件に関し、人事委員会に対し地方公共団体の当局により適当な措置がとられるべきことを要求し、また任命権者より懲戒その他その意に反する不利益な処分を受けたときは、人事委員会に対し当該処分の審査を請求する権利を認める(第四十六条、第四十九条)等の規定を設ける。これらの法規の定める方法により教職員の適正な勤務条件が確保されているものと解されるので、国民の教育を受ける権利を保障するため、教職員の争議行為を禁止することは国民全体の利益との調和という観点から許されるといわなければならない。

したがつて教職員の争議行為を禁止する地方公務員法第三十七条は憲法第二十八条に違反するものではない。またこの観点からすれば地方公務員法第六十一条第四号もまた憲法第二十八条に違反するものではない。

(二)  地方公務員法第六十一条第四号と憲法第二十一条との関係

憲法第二十一条は表現の自由を保障するが、これとても無制限のものではなく、社会の秩序と安全に危険を与える表現行為は憲法の保障する表現の自由の限界を逸脱するものであり、これを禁止し、処罰することは立法に委ねられるところであるから、憲法第二十一条に違反するものでない。教職員の争議行為は憲法により保障された国民の教育を受ける権利を侵害するものであり、これを禁止することは憲法に違反するものでないことさきに論じたとおりであるが、かかる教職員の争議行為を煽動する行為は、国民の教育を受ける権利を侵害する危険を生ぜしめ、これにより社会の秩序と安全に危険を与えるものである。したがつてかかる表現行為を処罰する地方公務員法第六十一条第四号は憲法第二十一条に違反するものではない。

(三)  地方公務員法第六十一条第四号と憲法第十八条との関係

憲法第十八条は、奴隷的拘束及び苦役からの自由を保障するが同条はアメリカ合衆国憲法修正第十三条に由来する規定であり、ここで問題になる「意に反する苦役」にあたることばとして同修正第十三条はインボランタリー・サービテユードウ(Involuntary servitude)の語を使用し、またわが憲法の英訳文もこれと同じ語を使用していること等から考えると、意に反する苦役を特に苦痛を伴う労役と解すべきでなく、本人の意思に反して他人のために強制される労役またはこれに準ずる隷属状態をいうものと解するのが相当であつて、たとい通常の労役であつても本人の意思に反して強制されている以上意に反する苦役にあたるのである。そこで一般に、労働者が使用者の指揮命令に徒つて就業することをしなかつたとの理由すなわち労働者が労働契約に違反したとの理由だけで使用者の利益保護を直接の目的としてこれに刑罰を科することは、刑罰の威嚇によつて人をその意に反する苦役に服させることになるので、憲法第十八条に違反するといわなければならない。しかし争議行為遂行の煽動を処罰することは、使用者の意に反する就業の放棄を処罰することと同じであるとはいえず、その他刑罰の威嚇によつて人をその意に反する苦役に服させることとにならないことは明らかであつて、争議行為遂行の煽動に刑罰を科するかどうかは憲法第十八条とは関係がない。したがつて争議行為遂行の煽動を処罰する地方公務員法第六十一条第四号は憲法第十八条に違反するものではない。

(四)  地方公務員法第六十一条第四号と憲法第三十一条との関係

憲法第三十一条は、刑罰を科するには法律の定める手段によることを保障するので、刑罰法規の内容は適正で、合理的なものでなければならない。また刑罰法規の解釈によつて、その内容が合理性をもち適正であると認められるかぎり、その刑罰法規は憲法第三十一条に違反するものではないが、どのように解釈してもその内容が合理性をもたず、適正でないと認められる場合には、その刑罰法規は憲法第三十一条に違反するものというべきである。されば地方公務員法第六十一条第四号についても、この見地から違憲であるかどうかを決すべきであるが、この点については、後に述べるように、同号は解釈によつてその内容が合理性をもち適正であると認められるので、憲法第三十一条に違反するものではない。さらに刑罰法規の構成要件も漠然としたものや極めて広いものであつてはならないが、同号の構成要件は一応明確であるので、この点からも同号が憲法第三十一条に違反するものではない。

(五)  地方公務員法第三十七条、第六十一条第四号と憲法第九十八条第二項との関係

憲法第九十八条第二項は、わが国が締結した条約及び確立された国際法規の遵存を定めているので、右のような国際法と抵触する国内の法律、命令以下の法規は同条項に違反すると解されるところで弁護人の主張するように、たとい国際労働機関(以下ILOと略称する。)第八十七号条約(結社の自由と団結権の保護に関する条約)、ILO第百五号条約(強制労働の廃止に関する条約)、ILO結社の自由委員会、ILO条約並びに勧告の適用に関する専門家委員会の見解を通じ、争議権を労働組合の権利としてとらえ、争議行為の禁止が容認されるのは基幹的事業と、立法によつて待遇を規制される公務員(パブリック・オフイシヤルズ)に限られ、前者については労働者の権利を完全に保護するための適当な保障を確保することが条件とされ、後者については、争議権に代るだけの立法的保障がないかぎり、その争議行為について行政罰はしばらく措き刑事罰を科することは許されないことが示されているとしても、ILO第八十七号条約、第百五号条約については、これらがILO総会において採択された国際労働条約であつて、わが国は世界の大多数の国家とともにILOに加盟しているといつても、未だこれらの条約を批准していないのであり、またILO結社の自由委員会等の見解も、国際社会において一般に承認され実行されて法的確信にまで高められた国際慣習法を形成するのではないから、ただちにこれらの条約及び見解を憲法上遵守すべき義務を負うものということはできない。したがつて弁護人の主張するようにたといわが国の教職員については、その身分保障は条例、規則によつて行われ、国会の議決した法律によつて行われておらず、ILOの予想するパブリック・オフイシャルズに該当しないものであり、また争議行為禁止の代償機関としての人事委員会制度は争議権剥奪の代償というためには不十分なものであるとしても、教職員の争議行為を禁止した地方公務員法第三十七条及びその争議行為の遂行をあおつた者に対し刑罰を科する同法第六十一条第四号は憲法第九十八条第二項に違反するものということはできない。

四、教職員が共同して年次有給休暇を請求して職場を離脱し措置要求大会に参加した本件行動(以下本件統一行動と略称する。)と地方公務員法第三十七条第一項前段に規定する同盟罷業との関係

そこで被告人らの前示の行為が地方公務員法第三十七条第一項前段に規定する同盟罷業の遂行をあおつたものとして同法第六十一条第四号に該当するかどうかの検討を進めるべきであるが、本件の場合現実に同法第三十七条第一項前段に規定する同盟罷業の遂行にあたる行為があつたかどうかの点の究明が右検討を進めるうえに重視されるので、この点について触れることにする。

(一)  地方公務員法第三十七条第一項前段に規定する争議行為の要件

地方公務員法第三十七条第一項前段の法意は、地方公共団体の機関の業務の正常な運営の円滑な遂行を確保することにあることを考えると、同条項は職員の個別的に行う、単純な怠慢による欠勤、遅刻、早退等をする行為に適用されることはないが、職員の団体により行う、地方公共団体の機関の業務の正常な運営を阻害する行為を一切禁止する趣旨であつて、その行為の目的が職員の適正な勤務条件を確保するための職員の団体の主張を貫徹する点にあると何であるとを問わず、またその行為の直接の具体的の相手方が地方公共団体の機関が代表する使用者としての住民であると何人であるとを問わない。この点は労働関係調整法第七条が労働者の争議行為の定義をするにあたつて、使用者の業務の正常な運営を阻害することのほかに、労働組合乃至労働者の団体がその主張を貫徹することを目的とすることと直接具体的に使用者に対抗することの三要件を必要として、後二者の要件を民事上、刑事上の免責を受ける争議行為の限界を定めるものとしていると異なるものと解される。

(二)  本件統一行動の主張貫徹のための手段としての性質及び使用者たる住民への対抗性

地方公務員法第三十七条第一項前段の争議行為を右のように解する以上、さきに触れたように、主張貫徹のための手段としての性質及び使用者たる住民への直接具体的な対抗性は争議行為の要件として必要でない。前掲各証拠を綜合すると、本件統一行動は、勤務評定規則の制定に反対する意思を表明し、都教委に対し同規則の廃止を要求し、または勤務評定を実施しないことを要求する目的、勤務評定の実施をとりやめる措置をとることを人事委員会に要求する手続を集団的に行う目的、一般住民の世論に訴える目的等、数種の目的をもつていたが、その中心は勤務評定制度の実施に反対する目的であつたものと認めるのが相当であるが、本件統一行動の目的がそのいずれであつたとしても、またこの行動の直接の相手方が教職員の使用者としての、当該特別区教育委員会の代表する特別区の住民であつても、都教委の代表する東京都の住民であつても、この行動が公立小中学校の事業の正常な運営を阻害するものであれば、この行動を同項前段の争議に該当すると判断することの妨げにはならない。

(三)  本件統一行動の学校の事業の正常な運営に対する影響

そこで本件統一行動が同項前段に該当するかどうかは、この行動が公立小中学校の事業の正常な運営を阻害するかどうかの判断にかかつているといわなければならない。

公立小中学校の事業が児童生徒の初等中等普通教育を行うものであることは明白であつて、公立小中学校においては平日には教職員により児童生徒に対する教育活動が行われることが常態であるのに、これに反して平日の多数の教職員が共同して職場を離脱し、児童生徒に対する教育活動を平常どおり行うことを不可能にし、乃至は極めて困離な状態に陥らせることは、異常な事態であるというべきであるから、このような事態を発生させる場合は、その結果が年間の教育計画に影響を及ぼしたかどうかを問うまでもなく、公立小中学校の事業の正常な運営を阻害するものといえる。本件統一行動においては、さきに認定したように、多数の教職員が共同してその勤務する公立小中学校に出勤しないで当該日である昭和三十三年四月二十三日の児童生徒に対する教育活動を平常どおり行うことを不可能にし乃至は極めて困離な状態に陥らせたのであるから、本件統一行動は公立小中学校の事業の正常な運営を阻害するものといわなければならない。したがつてこの行動は地方公務員法第三十七条第一項前段に規定する同盟罷業に該当すると解する。

(四)  いわゆる一斉休暇闘争と同盟罷業

前掲各証拠によると、本件統一行動に参加した教職員は、共同して一斉にその勤務する公立小中学校の校長に対し、四月二十三日都教組支部全員会議に出席し地方公務員法第四十六条に基いて東京都人事委員会に対し勤務評定の実施をとりやめる措置要求を提起する手続をとるため、労働基準法により一日休暇をとるので届出をするという趣旨の休暇届を提出してその職場を離脱したことを認めることができる。

そこで、教職員が共同して一斉に右のような行為に出るいわゆる一斉休暇が有給休暇の請求権を行使するものとして、地方公務員法第三十七条第一項前段の同盟罷業とならないとの評価を受けるかどうかを検討しなければならない。教職員も、労働基準法第三十九条の適用を受け、年次有給休暇請求権が認められるが東京都の公立小中学校においては、学校職員の勤務時間、休日、休暇等に関する条例(昭和三十一年九月二十九日東京都条例第六十九号)により休暇は一年を通じて二十日とし、教職員から請求があつた場合に与える建前となつている。そもそも年次有給休暇制度は、労働者を毎年一定期間労働から解放し、精神的、肉体的休養をとらせ、その労働力の維持、培養に役立たせるため確立されたものであつて、労働者のためのものであると同時に使用者のためのものでもある。なぜならば労働者が有給休暇によつて労働力を維持、培養することは労使双方にとつて大きな意義をもつからである。さればこの制度は労働者が使用者の指揮命令に従つてその労働力を提供するという労使間の正常な作業体制を前提として認められているというべきであるから、有給休暇の利用方法は労働者の自由であるといつても、それは労使間の正常な作業体制を前提とする有給休暇の枠内でのみ妥当するというべきである。ところが争議行為は労使間の正常な作業体制を一時的に破壊することを本質とするから、争議行為と有給休暇は本質的に相容れない性質のものである。そこで有給休暇届を提出して職場を離脱することが実体において争議行為であるときは、これを労働基準法上正当な有給休暇として取り扱うことはできない。それではそのいかなる場合が実体において争議行為であると評価されるか。それは組織的、集団的に一定の争議目的をもつて有給休暇届を提出して職場を離脱し、業務の正常な運営を阻害する場合である。前掲各証拠によると、本件統一行動は、勤務評定制度の実施に反対するという中心の争議目的をもつて、都教組の決定に従い組織的、集団的に有給休暇届を提出して職場を離脱し、さきに認定したとおり学校の事業の正常な運営を阻害するものと認められるものであるから、年次有給休暇請求権が、労働者の請求のみによつて効力を発生する形成権であるか、使用者の承認を要する請求権であるかということを論ずるまでもなく、また有給休暇請求に対する校長の処置の当否を論ずるまでもなく、この行動は地方公務員法第三十七条第一項前段に規定する同盟罷業としての評価を受けなければならない。

(五)  いわゆる措置要求と同盟罷業

前掲各証拠を綜合すると、本件統一行動に参加した教職員は、共同して一斉に、地方公務員法第四十六条に基き都人事委員会に対し勤務評定の実施をとりやめる措置をとるよう要求するため開催される都教組各支部の集会に参加するためその職場を離脱したことが認められる。

そこで教職員が共同して一斉に右のような行為に出るいわゆる措置要求が、勤務条件に関する措置を要求する権利を行使するものとして、地方公務員法第三十七条第一項前段の同盟罷業とならないとの評価を受けるかどうかを検討しなければならない。教職員は同法第四十六条により人事委員会に対し給与、勤務時間その他の勤務条件に関する措置の要求をする権利があるが、これは職員が個別的にまたはその職員の団体を通じ代表者により行うことを予想しているのであつて、東京都においては、勤務条件に関する措置の要求の審査に関する規則(昭和二十六年八月十一日東京都人事委員会規則第三号)により、その要求をするには、行政措置要求書正副各一通に必要な資料を添えて人事委員会に提出することを義務づけている。したがつて勤務条件に関する措置の要求をする手続を共同して行うため、勤務時間中集会を開きそれに多数の教職員が参加するためその職場を離脱し、学校の事業の正常な運営を阻害する場合には、右の措置要求に関する行為は実体において同盟罷業であると評価されるべきである。教職員が勤務条件に関する措置の要求をするためには、人事委員会に対し書面を提出すればたりるのであつて、そのために集会を開催するとしても、学校の事業の正常な運営に影響を及ぼさないよう休日または勤務時間外に開催すればたりるのである。本件統一行動は、その目的に掲げる勤務評定の実施をとりやめる措置の要求がたとい弁護人主張のように勤務条件に関する措置の要求になるとしても、実体においてここに述べたような同盟罷業であると評価することができると解する。

結局本件統一行動は地方公務員法第三十七条第一項前段に規定する同盟罷業となるといわなければならない。

五、被告人らの前示行為と地方公務員法第六十一条第四号にいう同盟罷業遂行の煽動

本件統一行動が地方公務員法第三十七条第一項前段に規定する同盟罷業にあたることが以上の説明により明らかにされたので、いよいよこの行動に関与した被告人らの前示行為が同法第六十一条第四号の同盟罷業の遂行をあおつたことに該当するかどうかを検討しなければならない。

(一)  煽動の概念

ここでいう「あおる」行為つまり煽動の概念については、必ずしも明白でないが、特定の行為を実行させる目的で文書もしくは図画または言動によつて、他人に対し、その行為を実行する決意を生ぜしめるような、またはすでに生じている決意を助長させるような勢いのある剌激を与えることを意味するものと解するのが相当である(昭和三三年(あ)第一四一三号昭和三十七年二月二十一日最高裁判所大法廷判決、破壊活動防止第四条第二項参照)。すなわち煽動というには、被煽動者が特定の行為を実行する決意を有するかどうか、不特定または多数であることを要するかどうかを問わないが、ここで剌激を与えるというのは、感情に対する作用を中心とすることを意味するから、主として被煽動者の感情に訴える方法により、その興奮、高揚を惹起させることを意味すると解すべきである。

(二)  地方公務員法第六十一条第四号の争議行為の遂行を煽動した者の意義

地方公務員法第六十一条第四号は、何人たるを問わず、第三十七条第一項前段に規定する違法な行為の遂行を煽動した者を処罰の対象としている。文理解釈上からは、かかる違法行為の遂行を煽動した者はいかなる者であつても、その地位にかかわりなくすべて同号違反の罪の主体とならざるを得ないようである。しかしさきに論じたように憲法第三十一条の趣旨に従うと、刑罰法規は、その内容が合理性をもち、適正なものと認められるように解釈すべきであるから、地方公務員法第六十一条第四号についても、これが憲法に違反しないためには、単なる文理解釈にとどまらず、さらにこれを深く堀り上げてその規定の合理性と適正性を考究して解釈しなければならない。さて同法第三十七条第一項前段に規定する争議行為は、個人の職務放棄その他これに準ずる行為の集合にとどまる性質のものではなく、職員の団体の統制のもとに一定の争議目的をもつて行われる組織的、集団的行動であつて、実質上その主体は職員の団体であり、個々の職員はその争議行為に参加するという地位に立つのである。したがつて職員が争議行為を企画、立案することも、争議行為についての団体内の討議、決定に関与することも、争議行為について指令、指示することも、争議行為について説得、激励することも、また争議行為の職務放棄その他これに準ずる行為をすることも、これらはいずれも職員の争議行為参加の各態様にすぎない。ただ争議行為の中心となるものは職務放棄その他これに準ずる行為であるから、この行為のみをとらえて争議行為と称する場合も多く、地方公務員法第三十七条第二項前段の争議行為もこのような意味のものと解するのが相当である。そこで以上このような意味において争議行為という言葉を使用する。

ところで地方公務員法には争議行為を実行した者を処罰する規定を欠いている。このように実行行為を処罰する規定がないのにもかかわらず、その煽動行為のみを処罰する規定を置くためには、煽動行為のみを特に独立して処罰する合理的な根拠がなければならない。何となれば一般の刑罰体系においては、犯罪の実行行為の既遂を処罰し、その未遂または予備、陰謀等を処罰するのは犯罪の性質によりその範囲を限定し、二人以上の関与した犯罪については共犯(共同正犯、教唆、従犯)を処罰するが、共謀、煽動等を処罰するのはこれまた限定する。特に煽動についていえば、煽動行為を処罰する規定を置く立法においては実行行為もまた処罰する規定を置くのが通例であつて、実行行為を処罰しないで、煽動行為を処罰する規定を置く立法は地方公務員法のほかにわずか二、三を数えるだけである。通例の場合、このような煽動行為を独立に処罰するのは、特定の犯罪につき煽動が行われたにもかかわらず、犯罪が実行されなかつたとき、あるいは犯罪が実行されても煽動者を教唆犯または従犯として処罰することが不可能であるかまたは困離であるとき、煽動のような犯罪の原動力となる行為を独立して処罰することが犯罪の予防、禁圧に有効であるからである。この点に犯罪の煽動者を独立して処罪する合理的理由が認められる。かかる場合、犯罪が実行され煽動者が被煽動者とともに犯罪を実行したときには、煽動者を共同正犯として処罰することは従来の刑罰理論から当然である。しかるに地方公務員法のような立法の場合、争議行為の実行者を処罰しないため、争議行為が現実に実行されたときであろうと、実行されなかつたときであろうとを問わず、争議行為の遂行の煽動者を争議行為の遂行の煽動を行つたという理由のみによつて処罰する。たとえば争議行為の遂行の煽動者は、被煽動者とともに争議行為を実行しても。争議行為を行つたという理由によつては処罰されず、その遂行を煽動したという理由により処罰される。これは従来の刑罰理論からはただちに納得しがたい点であつて、これを容認するためには相当の合理的理由がなければならない。このことは争議行為の実行行為を処罰しないで、その共謀または企図を処罰することが同一の規定に置かれている点を対比して考慮すれば、なおさらのことである。

この合理的理由として、まず地方公務員法が争議行為の遂行の煽動を処罰するのは、このような煽動行為は争議行為の原動力となり、これを誘発するおそれのある行為であるから、これを争議行為の実現前においても刑罰によつて禁止し、争議行為の実現を防止しようという趣旨であると説く見解がある。しかしこの見解は争議行為の実行を処罰しないでその煽動のみを処罰することを理由づけることにはならない。

次に他人から煽動された結果単純に争議行為を実行した者はこれを処罰する必要がないから、争議行為の実行者を処罰する規定を欠くと説く見解がある。この見解に従うとすると、争議行為遂行の煽動行為は類型的に争議行為の実行行為より違法性が強いという前提に立たなければならない。しかし一般的にいうと、犯罪の煽動行為が犯罪の実行行為より違法性が強いということはできない。むしろ煽動行為に対してはその従犯的形態に着目して実行行為に対するより軽い刑を定めるのが通常である。ただ争議行為が職員の団体の統制のもとに行われる団体的行動であることを考慮するとき、右の見解は、争議行為は団体の幹部の煽動等の結果実行されることを前提とするとしか考えられない。しかし争議行為は必ずしも団体の幹部の煽動等の結果実行されることは限らない。争議行為の遂行は団体構成員の全員または多数の討議のうえ決定され、団体の幹部はただその決定に従つて形式的に争議行為実行の指令を発し、あるいは争議行為の際の細部にわたる行動を指令、指示し、または構成員を激励するにすぎない場合もあつて、このような行為がさきに論じた煽動の概念に該当することもあるのである。右のように争議行為に随伴して通常行われる煽動をもつて、一般の構成員が実行する争議行為より違法性が強いということはとうていできない。かかる場合、争議行為を実行した者を処罰しないで、その煽動を行つた者のみを処罰する合理的理由は存在しないといわなければならない。

もとより争議行為の遂行を煽動した者が争議行為の実行者よりも一段と違法性が強いと解される場合があるのを否定することはできない。たとえば争議行為の主体となる職員の団体の構成員以外の者が争議行為の遂行を煽動した場合は、争議行為に直接利害関係のない第三者が争議行為に容喙して労働関係を紊乱する点に強い違法性が看取され、また職員の団体の決定に従わずまたは職員の団体の決定から離れて職員が争議行為の遂行を煽動した場合は、職員は争議行為に関しては第三者と同じ地位に置かれるので、その違法性の強いことはさきに述べたとおりである。さらに争議行為に通常随伴して行われる以上に職員が激越な煽動行為を行つた場合は、その違法性の強いことはいうまでもない。したがつてこれらの場合の煽動行為は、争議行為に通常随伴して行われる煽動行為より一段と違法性が強いものと評価され、同時に争議行為に対する積極性の点において単なる争議行為の実行より一段と違法性が強いと解されるから、これらの場合の煽動者を特に処罰することは適正であり、合理性を欠くものではない。

以上のように考えるとき、地方公務員法第六十一条第四号の争議行為の遂行を煽動した者とは、争議行為の主体となる団体の構成員たる職員以外の第三者であつて争議行為の遂行を煽動した者、争議行為の主体となる団体の構成員たる職員であつて争議行為の共同意思に基かないで争議行為の遂行を煽動した者、及び争議行為の主体となる団体の講成員たる職員であつて争議行為に通常随伴して行われる方法より違法性の強い方法をもつて争議行為の遂行を煽動した者と解するのが相当である。

(三)  被告人らの前示行為の地方公務員法第六十一条第四号への該当社

被告人らはいずれも東京都内公立小学校の教員であつて都教組の幹部であることはさきに認定したとおりである。

そこで被告人長谷川、同藤山の前示二の(五)、被告人藤山の前示二(六)の1・2被告人高橋、同竹本の前示二の(七)、被告人高橋の前示二の(八)、被告人中根の前示二の(九)、被告人竹藤の前示二の(十)、被告人小松の前示二の(十一)の1・2の各行為が争議行為に通常随伴して行われる方法より違法性の強い方法をもつて争議行為の遂行を煽動したものであるといえるかどうかにつき検討する。

(1)  被告人らの前示指令第三号の配布及びその趣旨の伝達の行為

さきに認定した都教組の勤務評定反対闘争の経過によると都教組においては前記臨時大会において勤務評定反対のため休暇戦術を行使するとの基本方針を決定し、さらに同年四月三日の第一回定例委員会において都教委が勤務評定規則を審議可決する日に休暇戦術を行使することを決定したのであつて、都教組支部分会各役員及び同各組合員の多数の者は、勤務評定規則の決定される日に都教組が休暇闘争すなわち同盟罷業を行う決意を有していたことが明らかである。したがつて本件同盟罷業は都教組組合員の多数の意思に基き実行されたものであつて、単に被告人ら都教組幹部の煽動等の結果実行されたものと認めることはできない。また指令第三号も、右臨時大会及び定例委員会の決定を執行するため、都教委において勤務評定規則の決定される四月二十三日に本件同盟罷業を行うよう指令したにすぎないものであつて、特に剌激的な内容を含むものとは認められない。

なお公務員法上の職員の団体の権限ある機関が決定する指令は原則として団体の幹部及びその構成員たる職員に対し拘束力をもつが、その指令の内容が違法行為を命ずるものであれば、それは団体の構成員たる職員に対し拘束力をもたないと解すべきである。本件指令第三号は、さきに認定したとおり、都教組戦術委員会が都教組臨時大会において指令権を与えられて決定したものであるから、権限ある機関が決定した指令であるといえるが、その内容は地方公務員法に違反した同盟罷業を指令するものであつて、この意味において都教組の幹部及び組合員に対し拘束力をもたないと解される。ただ権限ある機関が決定した指令は、その内容が違法であつても、その違法が一見明白なものでないかぎり、団体の幹部及び構成員たる職員に対し一応拘束力があるかのような外観を呈するのであつて、右指令第三号は本件統一行動を命ずる内容であるので、これが同盟罷業を命ずる内容となるかどうかの該当性及び違法性の判断が法律専門家にとつても困離な問題を多く含む以上、その違法は一見明白なものでないというべきであつて、指令第三号を配布し、その趣旨を伝達する組合幹部、またはその趣旨を伝達された組合員をして通常の適法な指令のごとくこれに服従する義務があると信じさせたとみることはその反証のない本件においては無理ではない。

したがつて、被告人らの都教組における幹部たる地位にかんがみ、被告人らが指令第三号を配布し、その趣旨を伝達することは争議行為に通常随伴して行われる行為と認められるから、この点について被告人を地方公務員法第六十一条第四号の争議行為の遂行の煽動を行つた者と認めることはできず、他にこの認定を覆えすにたる証拠はない。

(2)  被告人藤山の前示二の六の1・2被告人高橋の前示の(八)、被告人小松の前示二の(十一)の2の各行為及び被告人高橋、同竹本の前示二の(七)、被告人小松の前示二の(十一)の1の各行為中指令第三号の配布、その趣旨の伝達を除く行為。

被告人藤山の前示二の(六)の2被告人小松の前示の(十一)の2の各行為は同盟罷業の遂行を慫慂した行為と認めることはできない。また被告人藤山の前示二の(六)の1被告人高橋の前示二の(八)の各行為及び被告人高橋、同竹本の前示の(七)、被告人小松の前示二の(十一)の1の各行為中指令第三号の配布、その趣旨の伝達を除く行為は、その場に出席していた組合員の感情を特に剌激するような激越な煽動行為とは認められず、さきに認定したような同被告人らの同盟罷業遂行の慫慂行為は、同被告人らの都教組における幹部たる地位を考慮すると、争議行為に通常随伴して行われる行為であると認められるから、この点について同被告人らを地方公務員法第六十一条第四号の争議行為の遂行の煽動を行つた者と認めることはできず、他にこの認定を覆えすにたる証拠はない。

六、結論

以上詳論したことにより明らかなように、被告人らの行為が地方公務員法第六十一条第四号に該当するという証明はないから、弁護人の正当行為についての主張について判断するまでもなく、本件については犯罪の証明がないことに帰し、刑事訴訟法第三百三十六条後段により被告人らに対し無罪の言渡をすることとする。

よつて主文のとおり判決する。

昭和三十七年四月十八日

東京地方裁判所刑事第四部

裁判長裁判官 荒 川 正三郎

裁判官 小 川   泉

裁判官 神 垣 英 郎

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