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東京地方裁判所 昭和33年(特わ)316号 判決 1959年4月07日

被告人 許南飛 外九名

主文

被告人許南飛、同林連興、同レエイース・モーラ・シリリオを夫々懲役一年六月及び罰金五〇万円に、同金年珍、同富田広を夫々懲役一年及び罰金四〇万円に、同有高明、同鱗形伝雄を夫々懲役六月及び罰金一〇万円に、同羅尊徳を懲役四月及び罰金一〇万円に、同陳桂章を懲役三月及び罰金一〇万円に、同金相奎を懲役三月及び罰金五万円に処する。

但し懲役刑については全被告人に対し三年間右刑の執行を猶予し陳桂章については猶予期間中保護観察に付する。

被告人等が右罰金を完納することが出来ない時は金二千円を一日に換算した期間当該被告人を労役場に留置する。

理由

(罪となるべき事実)

第一、被告人許南飛は本邦にある居住者であるが単独で法定の除外事由がないのに拘らず昭和三二年八月末頃東京都渋谷区神南町八番地ワシントンホテル内に於て陳桂章に対し対外支払手段である米国通貨約五千ドルを譲渡し以て対外支払手段を所定の外国為替公認銀行等以外の者に売却し

第二、被告人許南飛、同富田広は共謀の上

(一)  昭和三二年八月上旬頃東京都大田区田園調布三丁目五五番地の被告人レエイース方に於て同人に対し対外支払手段である米国軍票約五四〇〇ドルを譲渡し以て右軍票を日本銀行に寄託せず

(二)  同月中旬頃前記被告人レエイース方に於て同人に対し対外支払手段である米国軍票約四七二〇ドルを譲渡し以て右軍票を日本銀行に寄託せず

(三)  同月下旬頃前記レエイース方に於て同人に対し対外支払手段である米国軍票約五〇〇〇ドルを譲渡し以て右軍票を日本銀行に寄託せず

(四)  同月末頃前記レエイース方に於て同人に対し対外支払手段である米国軍票約六〇〇〇ドルを譲渡し以て右軍票を日本銀行に寄託せず

(五)  同年九月上旬頃前記レエイース方に於て同人に対し対外支払手段である米国軍票約三二〇〇ドルを譲渡し以て右軍票を日本銀行に寄託せず

第三、被告人許南飛、同林連興は本邦にある居住者であるが法定の除外事由がないのに拘らず共謀の上

(一)  昭和三〇年一〇月一八日頃同都台東区浅草公園六区二号二二の金年珍方に於て同人から対外支払手段である米国軍票約一二〇〇〇ドルを代金約四三五万円で買受け乍らこれを遅滞なく日本銀行に寄託せず

(二)  同年同月一九日頃前記場所に於て前同人から対外支払手段である米国軍票約一〇〇〇〇ドルを代金約三六〇万円で買受け乍らこれを遅滞なく日本銀行に寄託せず

(三)  同年同月二〇日頃大阪市北区堂山町一三二番地張寿郷方に於て同人に対し対外支払手段である米国通貨約二四五〇〇ドル位を一ドル約三九八円の割合で代金九七五万一千円位で売渡し以て基準外国為替相場によらない取引をし且つ対外支払手段を所定の外国為替公認銀行等以外の者に売却し

(四)  同年同月二七日頃前記場所に於て前同人から対外支払手段である米国軍票約二三〇〇〇ドルを代金約八五〇万円で買受け乍らこれを遅滞なく日本銀行に寄託せず

第四、被告人陳桂章は本邦にある居住者であるが法定の除外事由がないのに拘らず

(一)  昭和三二年八月三一日頃同都渋谷区神南町八番地ワシントンホテルに於て許南飛から取得した対外支払手段である米国通貨約五〇〇〇ドルを即時同所に於て有高明に譲渡し以て右米国通貨を所定の外国為替公認銀行に売却せず

(二)  同月同日頃前記ワシントンホテルに於て有高明から取得した対外支払手段である米国軍票約六〇〇〇ドルを即時同所に於て許南飛に譲渡し以て右軍票を日本銀行に寄託せず

第五、被告人有高明は本邦にある居住者であるが法定の除外事由がないのに拘らず

(一)  同年一月一五日頃同都中央区銀座三丁目三番地金奉奎方に於て被告人金相奎に対し対外支払手段である米国軍票約一〇〇〇ドルを代金約三五万七〇〇〇円で売却し以て右米国軍票を日本銀行に寄託せず

(二)  同年三月下旬頃同都中央区日本橋通一丁目六番地中華料理店新華に於て被告人羅尊徳に対し対外支払手段である米国軍票約二五〇〇ドルを代金八九万円位で売却し以て右軍票を日本銀行に寄託せず

(三)  同年八月三一日頃同都渋谷区神南町八番地ワシントンホテルに於て陳桂章に対し対外支払手段である米国軍票約六〇〇〇ドルを譲渡し以て右軍票を日本銀行に寄託せず

第六、被告人レエイース・モーラ・シリリオは本邦にある居住者であるが法定の除外事由がないに拘らず

(一)  昭和三一年一月下旬頃同都同区代々木山谷町二四〇番地富田広方に於て同人等から対外支払手段である米国軍票約五三五〇ドルを譲受け取得したに拘らず右軍票を遅滞なく日本銀行に寄託せず

(二)  富田広と共謀の上

(イ) 同年同月下旬頃同区代々木初台町京王線初台駅附近に於て林連興等に対しその頃所持していた対外支払手段である米国通貨約五〇〇〇ドルを譲渡し以て右米国通貨を外国為替公認銀行等に売却せず

(ロ) 昭和三二年八月上旬頃同都世田谷区池尻町七三番地の被告人許方に於て同人に対し対外支払手段である米国通貨約四五〇〇ドルを譲渡し以て右米国通貨を外国為替公認銀行等に売却せず

(ハ) 同月中旬頃前記被告人許方に於て同人に対し対外支払手段である米国通貨約二五〇〇ドルを譲渡し以て右米国通貨を外国為替公認銀行等に売却せず

(ニ) 同月下旬頃前記被告人許方に於て同人に対し対外支払手段である米国通貨約五〇〇〇ドルを譲渡し以て米国通貨を外国為替公認銀行等に売却せず

(ホ) 同年九月上旬頃前記被告人許方に於て同人に対し対外支払手段である米国通貨約八〇〇〇ドルを譲渡し以て右米国通貨を外国為替公認銀行等に売却せず

第七、被告人富田広、同林連興はいづれも本邦にある居住者であるが法定の除外事由がないのに拘らず昭和三一年一月下旬頃同都渋谷区代々木山谷町二四〇番地の富田方に於て被告人レエイースに対し対外支払手段である米国軍票約五三五〇ドルを譲渡し以て右軍票を日本銀行に寄託せず

第八、被告人金相奎は本邦にある居住者であるが法定の除外事由がないのに拘らず昭和三二年一月一五日頃同都中央区銀座三丁目三番地金奉奎方に於て被告人有高明から対外支払手段である米国軍票約一〇〇〇ドルを代金三五万七〇〇〇円で買受け乍らこれを遅滞なく日本銀行に寄託せず

第九、被告人金年珍は本邦にある居住者であるが法定の除外事由がないのに拘らず

(一)  昭和三〇年一〇日一八日頃同都台東区浅草公園六区二号二二の自宅に於て林連興及び許南飛に対し自己の所持する対外支払手段である米国軍票約一万二〇〇〇ドルを代金約四三五万円で売却し以て右軍票を日本銀行に寄託せず

(二)  同年同月一九日頃前同所に於て前同人等に対し自己の所持する対外支払手段である米国軍票約一万ドルを代金三六〇万円で売却し以て右軍票を日本銀行に寄託せず

(三)  同年同月二七日頃前同所に於て前同人等に対し自己の所持する米国軍票約二万三〇〇〇ドルを代金約八五〇万円で売却し以て右軍票を日本銀行に寄託せず

第一〇、被告人鱗形伝雄は本邦にある居住者であるが法定の除外事由がないのに拘らず

(一)  昭和三二年三月下旬頃同都千代田区有楽町一丁目三番地のビクトリア喫茶店に於て被告人有高及び及川利男に対し対外支払手段である米国軍票約五〇〇〇ドルを代金一七七万五千円位で売却し以て右軍票を日本銀行に寄託せず

(二)  同年八月三一日頃同都千代田区有楽町一丁目一番地日活国際会館地階コーヒーショップに於て被告人有高に対して対外支払手段である米国軍票約六〇〇〇ドルを譲渡し以て右軍票を日本銀行に寄託せず

第一一、被告人羅尊徳は本邦にある居住者であるが法定の除外事由がないのに拘らず同年三月下旬頃同都中央区日本橋通り一丁目六番地中華料理店新華に於て被告人有高及び及川利男から対外支払手段である米国軍票夫々二五〇〇ドル宛合計五〇〇〇ドルを代金一七八万円位で買受けて入手しながらこれを遅滞なく日本銀行に寄託せず

(証拠の標目)<省略>

被告人レエイースの弁護人名川保男及び水谷昭は、判示第六の(一)については、軍票の寄託義務違反には罰則がないから罪とならない旨主張するけれども、「日本国とアメリカ合衆国との間の安全保障条約第三条に基く行政協定の実施に伴う外国為替管理令等の臨時特例に関する政令」(昭和二七年四月二八日政令第一二七号)第一条は「この政令は日本国とアメリカ合衆国との間の安全保障条約第三条に基く行政協定(以下「行政協定」という)を実施するため、外国為替管理令(昭和二十五年政令第二〇三号)その他の外国為替及び外国貿易管理法(以下「法」という)に基く命令の特例を設けることを目的とする」と規定し、更に同令第四条は「前条に規定する者及び通常合衆国以外の地域で軍人用販売機関等に類似する機関の利用の特権を与えられている合衆国政府の職員(非居住者に限るものとし前条に規定する者を除く)で大蔵大臣が指定するもの(以下「合衆国軍隊等」と総称する)以外の者の軍票の保有、軍票による支払若くは支払の受領又は軍票の輸出若しくは輸入については、外国為替管理令中の義務を課する規定竝びに行為及び取引に関する制限及び禁止を免除する規定を適用しない。」と規定し更に同条第二項では「前項の者は、その収受した、又は所持する軍票を、大蔵省令で定める手続により遅滞なく日本銀行に寄託しなければならない」と規定せられており右義務を課する規定竝に行為、取引制限の免除規定の基本法は法第二一条であるから第二項も矢張り法第二一条を受けているわけであつて従つて若しこれに違反したときは外国為替及び外国貿易管理法第二一条同第七〇条第二二号に依り処罰せられなければならないのであつて従来の裁判例はいづれもその旨判示しているから罰則がないと言う弁護人の主張は全く当らないし、ドルをもつて表示せられる合衆国軍票が元来合衆国軍隊の使用する施設及び区域内に於ける内部取引のために、合衆国によつて認められた一定の有資格者に依つてのみ用いられるべき性質を有するものであることに勿論であるが、それだからと言つて直ちに日本の為替管理法の規定が全く適用されないという理由はなく、この事は日本国とアメリカ合衆国との間の安全保障条約第三条に基く、行政協定第十九条第一項が「合衆国軍隊の構成員及び軍属竝びにそれらの家族は、日本国政府の外国為替管理に服する」ものとし、只その第二項に於て『合衆国ドル若しくはドル証券で、合衆国の公金であるもの」「この協定に関連する勤務若しくは雇用の結果として合衆国軍隊の構成員及び軍属が取得したもの」「又は前記の者及びそれらの家族が日本国外の源泉から取得したもの」の日本国内又は日本国外への移転を妨げるものと解してはならない』として除外例を定めた上で第三項で「合衆国の当局は、二項に定める特権の濫用又は日本国の外国為替管理の回避を防止するため適当な措置をとらなければならない」としていることに鑑みるも、軍票について殊更集中義務(広義の)のないものと考えることは出来ないのである。而して法第二一条の集中義務の規定中には「売却」義務の外に、「保管若しくは登録」の義務をも規定しているのであるから、この保管の中には「寄託」も包含されるものと解すべきであつて、軍票の寄託義務違反に前記罰則を適用することは決して罪刑法定主義に反するものではないのである。尚軍票は本来外国との決済手段として設けられたものではないけれども、これも「外国通貨をもつて表示された」支払手段であることは明らかであるから法第六条八号の定義によるも対外支払手段であることは明瞭である。

従つて弁護人等のこの点の主張は採用しない。

尚同弁護人等は判示第六の(二)についても、被告人レエイースは、合衆国軍用銀行であるチエースマンハッタン銀行のワシントンハイツ出張所の職員であつて軍属ではないが、アメリカ合衆国の契約使用人と同じ資格を持つているのであり、同人はその資格に於て取扱の権限を有していたアメリカ合衆国の公金たるドルを富田に渡したものであるから、たとい被告人がどの様な目的でそれを富田に渡したとしても合衆国に依り処罰されることはあつても、公金たる性質を失うことがないから、日本国の為替管理法の適用を受けることはない旨主張するけれども、同被告人は自己の正当な職務行為として軍票とドル通貨の交換をしたのではなく、寄託義務に違反して全く違法に許南飛等から入手した軍票を、自己が保管中のドル通貨と取替えて、富田の手を通じ許等に譲渡したものであつて、この取替の時に於て既に右本国ドルは公金たるの性質を失い、従つて当然原則に還つて外国為替及び外国貿易管理法の適用を受けるものとなつたのであつてこの点に関する弁護人等の主張も亦採用することが出来ない。

被告人金年珍の弁護人戸倉嘉市は、判示第九の(三)の所為に付アリバイの主張をしているのでこの点について審理すると、証人武藤重司は当公廷に於て昭和三〇年一〇月二十七日には金年珍が富士吉田市の渡辺忠治方に仕入の為に来ていて武藤も金年珍とその日取引したと証言し、その日時がはつきりしているのは手帳にその記載があるからである旨述べ、右手帳は弁第三号証として提出された。従つて若し武藤の右証言が真実であつて、この手帳の記載が十分信用に値いするものであるならば、一応アリバイは成立することになるから、右武藤の証言及びこの手帳の記載が信用出来るものであるかどうかが重要なキイポイントであることになる。

ところでこの手帳を検討すると、問題の一〇月二七日の分の記載のあるのは、左開きの手帳の本文記載欄の最後の頁即ち住所氏名欄の直前の頁であつて、そこには「一〇月二七日金宮、夜具三反96、クリーム2反60、白二反68、モモ二反60、ネズ二反60、茶一反30、計374」と言う記載があり、その前の頁には「一一月二六日金宮、ネズ四反130、モモ二反70、白二反70、クリーム二反68、茶一反40」との記載があり更にその前の頁には一二月一九日の記載がある等逆に記帳した体裁になつていて、これが昭和三〇年度のことを記載したものであるのは更にその先の頁に三一年度金宮商店、一月七日分の記載があることによつて明らかだと武藤証人は述べている。而して略中央の白紙の部分から以降は金宮商店こと金年珍関係のみの取引を逆に記帳して行つた様な形跡も認められないではないが、尚右手帳の開巻第一頁を調べて見ると「三〇年一一月四日金宮商店」と言う記載もあるから必ずしも此の手帳が金宮商店関係の取引のみをその取引当時に於て逆開きの順序に記帳しておいたものとも認められないし、その他この記帳自体が鉛筆書であつて、必ずしも十分信頼出来る程整然と記載されているものでもないから、この手帳のみでアリバイがあるものと認めることは困難であり、尚他の事情をも参酌して考えなければならないが、武藤証人は司法警察員の取調の際には金年珍と知合つた最初は昭和三〇年春頃二、三回同人が自分の所に朝鮮ドンスを買いに来た時でその後の取引は自分で荷を持つて東京浅草の金年珍の店に来て取引をしていたと言う供述をしている(然るに金年珍が当公廷では一〇月二七日が最初の取引である旨述べている)ところから見ても武藤の公判廷の証言は必ずしも信用出来ないし、若し司法警察員の取調当時前記手帳に金宮関係の取引のみを記載していたことを記憶していたならば、当然その段階で右手帳が提出されてもよいと思われるのにその事がなかつた、(武藤証人は一般に他の人との取引について正確な記帳はしていなかつた様に証言しているから若し金宮商店関係のみについて特に全部記載した手帳を持つていたとすれば、それを忘れていたと言うことは首肯し難いことである)点から見てもこの手帳の記載は、金年珍のアリバイを証するものとしては価値が乏しいものと言わねばならない。尚渡辺忠治証人も一〇月二七日に金年珍が富士吉田の自宅に来た様な証言をし同人が受取つた別途の約束手形の期限からもそれが一〇月二七日に該当する旨証言しているが同人も正確な記帳はしていなかつたと言うし、右約束手形の期限からの推定の点も未だ十分な確実性は持ち得ないものと言わねばならない。

さればアリバイの主張は到底採用することが出来ないのであつて、金年珍の起訴状に対する事実認否の際の答弁振りや、その他同人の司法警察員、検察官に対する供述調書の内容、又一〇月二七日の取引の代金が金年珍の子供金宮秀一の銀行の預金口座に振込まれていることからも矢張り同日被告人金年珍が東京にいて判示の取引をしたものと認めるのが相当である。

被告人富田の弁護人堀家嘉郎は、富田は、許、林又はレエイースと共同正犯として起訴せられているが、諸般の証拠に照すと富田は、許、林とレエイースとの間の軍票と本国ドルとの交換の使者をしたに過ぎないのであつて富田の犯行は、幇助を以て目すべきものであると主張する。

確かに経済的に見れば弁護人主張の様にも見得るけれども、検察官は富田が許又は林の依頼を受け同人等が所持する軍票を、本来ならば許、林等が外国為替及び外国貿易管理法第二一条、昭和二七年四月二八日政令第一二七号日本国とアメリカ合衆国との間の安全保障条約第三条に基く行政協定の実施に伴う外国為替管理令等の臨時特例に関する政令第四条に従い遅滞なく日本銀行に寄託しなければならないのにこれを本国ドルと取替える為に相次いでレエイースに譲渡するものであることを知り乍ら右許、林の闇ドル売買の業務に便乗してそれと共同し自己の利益を得る目的で右許、林がレエイースに軍票を譲渡するのを手伝つた関係にあり、結局許、林の軍票の寄託義務違反による不寄託行為に共同加功したものであることに着目して、不寄託罪の共犯として起訴したものであり、法的見地からは十分に左様な見解も成立ち得る(不寄託罪は真正不作為犯であるが最高裁の判例(昭和二六年三月一五日第一小法廷判決)の趣旨に依るときは刑法第六〇条第六五条第一項の適用に依り共同正犯の成立を認め得る)から、前記弁護人主張の様な経済的な実質関係情状として斟酌するのは格別起訴自体には欠くるところはないものと言うべきである。

尚富田がレエイースと共謀して本国ドルを許等に譲渡して外国為替公認銀行等に売却しなかつたと言う起訴事実についても、不売却罪の共同正犯を認め得ることは右に述べたところと全く同様であるからここに繰返すことをしない。

林連興の弁護人戸沢重雄は林連興は判示第三の(一)については当日は昭和医大附属病院に於て手術があつてそれに出席していたので金年珍の所に行く筈がないし、その他の関係部分についても全く関知しないし許、境野と共謀した事実もないから無罪である旨主張するけれども、弁護人提出のインターン生宿直日誌、分娩日誌に依つても林が当日終日大学病院に居て金年珍方に行く余裕がなかつたものとは認め難く却つて許南飛の証言及び当公廷の供述等に依るときは許が金年珍方に軍票の買受けに行くに当つては林又は境野が同道していたこと、その他軍票や本国ドルの闇取引については林は自ら直接手を下さなかつたにしても許、境野等に於て林との諒解の下に行つていたことが十分に認められるし、その利益の分配についても許との間の約束があつたことが窺われるから林は共謀の責任を免れ得ないものと言わねばならない。尚判示第三の(三)についても林は十分これを諒承していたことは前掲各証拠を綜合すれば優に認定し得るから弁護人の主張は理由がない。

被告人羅尊徳の弁護人田頭忠は、羅に対する公訴事実は訴因が特定していないから刑事訴訟法第二五六第三項に違反して無効である旨主張するけれども判示第一一は判示第五の(二)と対照すれば羅が昭和三二年三月下旬頃中華料理店新華に於て有高から約二五〇〇ドル又及川利男から約二五〇〇ドル合計約五〇〇〇ドルの軍票を代金合計一七八万円位で買受け入手しながら遅滞なく日本銀行に寄託しなかつた趣旨の起訴であることを諒知し得るし、加之本罪に対する訴因は要するに約五〇〇〇ドルの軍票の不寄託罪でありその五〇〇〇ドルの軍票の取得原因が二人から五〇〇〇ドルを譲受けたものか各人から二五〇〇ドル宛合計五〇〇〇ドルを譲受けたものかは不寄託罪の原因たる譲受行為の内容の問題であつて直接構成要件と関係ないから訴因が特定していないと言うことは出来ないのであるつて、右起訴事実は前掲各証拠に依り優に認定し得るから弁護人の主張は採用しない。

(執行猶予中の前科)

被告人陳桂章は昭和三三年六月四日東京地方裁判所に於て外国為替及び外国貿易管理法違反罪に因り懲役六月及び罰金二〇万円但し懲役刑については三年間右刑の執行を猶予する裁判を受け現在猶予期間中にあることは同被告人に対する前科調書の記載に依り明らかである。

(法令の適用)

法律に照すに判示第一、第三の(三)、第四の(一)、第六の(二)は夫々外国為替及び外国貿易管理法第二一条、第七〇条第二二号、外国為替管理令第三条第一項外国為替等集中規則第三条第一項第二項に(尚第三の(三)第六の(二)については刑法第六〇条を適用)尚判示第三の(三)は外国為替管理法第七条第六項第七〇条第二号昭和二四年大蔵省告示第九七〇号にも該当し判示第二、第三の(一)(二)(四)、第四の(二)、第五、第六の(一)、第七、第八、第九、第一〇、第一一は夫々外国為替及び外国貿易管理法第二一条、第七〇条第二二号、日本国とアメリカ合衆国との間の安全保障条約第三条に基く行政協定の実施に伴う外国為替管理令等の臨時特例に関する政令(昭和二七年四月二八日、政令第一二七号)第四条第二項(尚第二、第三の(一)(二)(四)第七、については刑法第六〇条を適用)に該当するところいづれも懲役、罰金を併科し許南飛、林連興、富田広、陳桂章、有高明、レエイース・モーラ・シリリオ・金年珍、鱗形伝雄については併合罪の関係にあり、又林連興、許南飛の判示第三の(三)は一個の行為で二個の罪名に触れる場合に該当するので想像的競合の部分については刑法第五四条第一項前段を適用犯情重い不売却罪の刑に従い尚併合罪の関係部分について懲役は同法第四五条前段一〇条を適用しいづれも犯情の重い許については第三の(三)、林については、第三の(三)富田については第六の(二)の(ホ)、陳については第四の(二)有高については第五の(三)、レエイースについては第二の(四)金年珍については第九の(三)、鱗形については第一〇の(二)の罪の刑に併合罪加重し又罰金については同法第四八条で併科した範囲内(尚目的物の価格の三倍が三〇万円を超えるものについては当該価格の三倍以下)で被告人許南飛、林連興、レエイース・モーラ・シリリオを夫々懲役一年六月及び罰金五〇万円に、同金年珍、富田広を夫々懲役一年及び罰金四〇万円に、同有高明、鱗形伝雄を夫々懲役六月及び罰金一〇万円に、同羅尊徳を懲役四月及び罰金一〇万円に、同陳桂章を懲役三月及び罰金一〇万円に、同金相奎を懲役三月及び罰金五万円に処し、但し懲役刑については同法第二五条第一項を適用して全被告人について三年間右刑の執行を猶予し、被告人等が右罰金を完納することが出来ない時は同法第一八条を適用して金二千円を一日に換算した期間当該被告人を労役場に留置し尚陳桂章については同法第二五条ノ二第一項前段を適用して猶予期間中保護観察に付し訴訟費用(国選弁護費用及び通訳費用)は刑事訴訟法第一八一条第一項但書を適用して被告人等に負担させないことにする。

よつて主文の通り判決する。

(裁判官 熊谷弘)

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