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東京地方裁判所 昭和33年(合わ)427号 判決 1959年4月28日

被告人 佐渡広司

昭二・五・一生 無職

主文

本件公訴は、これを棄却する。

理由

本件公訴事実の要旨は、「被告人は、昭和三十三年九月七日頃東京都大田区新井宿二丁目千四百七十八番地所在大森東映劇場(旧称大森ハリウツド劇場)内婦人便所においてY・A(昭和二十四年一月二十二日生)を、同女が十三才未満であることを知りながら、姦淫しようと決意し、同女のズロースをはずし陰茎を同女の陰部に強く押しあて姦淫しようとしたが、射精したためその目的を遂げなかつたものである。」というにある。

本件は強姦未遂罪として起訴されたものであるから、その公訴提起が有効とされるためには、適法な告訴があつたことが必要とされる。ところが、本件については適法な告訴があつたかどうかが争われているので、まずこの点について検討する。

Y・B(以下Bという。)の司法警察員に対する昭和三十三年十一月三日付告訴調書によると、Bが同日司法警察員に対し、口頭で、佐藤という人からY・A(以下Aという。)が被害を受けた旨を申し述べ、これについて厳重な処分を求めいてることが認められる。しかし、この調書だけでは、Aがいつ、どこで、どういう被害を受けたかさえ明らかでなく、本件について、告訴があつたと認めることは困難である。ただこの調書には、同日付のAの司法警察員に対する供述調書の内容が引用されており、両者を綜合すると、Bが佐藤を加害者、Aを被害者とする強姦未遂の事実について処罰を求めていることが認められる。もつともAの供述調書によつても、同女が佐藤からいやらしいことをされたのは五回位もあるということで、そのうちの一回、すなわち日曜日の分についてだけ強姦未遂の事実が具体的に述べられているにすぎない。この日曜日の分について公訴が提起されたと想像されるが、その年月日は何ら特定されておらず厳密にいうと、前記両調書を綜合しても、果して本件について告訴があつたといえるかどうか、かなり疑わしい。本件の加害者が「佐渡広司」という者であることを考慮すると、終始加害者を「佐藤」としている点についても問題がある。ただ告訴提起前、しかも多くは捜査開始前に行われることを考慮し、右の程度の瑕疵は、その後の取調によつて補正することができるものと解し、疑問を存しながら、一応本件についても告訴があつたものと解してみよう。かように解するとしても、Bは被害者Aのいわゆる継母であつて親権者でないこと明白である(証人Y・Cの当公廷における供述および東京都大田区長作成の戸籍謄本参照。)から、Bには告訴の権限はなく、同女のした右の告訴は無効であるといわなければならない。(なお、Aの前記供述調書の末尾には、「今度からこんないやらしいことをしないようにして下さい。」との記載があり、一見被害者であるA自身が告訴しているようにみえるが、この程度の文言では、いまだ告訴があつたと解することは困難である。)右の理由で、本件強姦未遂の事実については、少くとも昭和三十三年十一月三日に適法な告訴があつたと認めることはできない。その後Bは、同年同月二十八日田村検事の取調を受けており、同日付の同女の供述調書の中には本件について処罰を求める趣旨の意思表示がうかがわれるが、同女に告訴権がない以上、やはり同日適法な告訴があつたと解することも許されない。

従つて、本件における問題点は、同年十二月一日付の電話聴取書によつて、適法な告訴がされたと認められるかどうかにある。同聴取書によると、その内容欄には、「昭和三十三年十一月三日付をもつて告訴致しました佐渡広司に対する強制わいせつ事件の告訴は取消致しませんから厳重な処分をお願い致します。」との記載があり、これと同聴取書に引用されているBの前記告訴調書および更に同調書に引用されているAの供述調書を綜合すると、本件について、「Y」という者から、きわめて不完全ながら、処罰を求める旨の意思表示があつたことが認められる。しかし、右電話聴取書の発信者欄には、「大田区○○○○丁目○○○○番地○○ホテル別館内Y」という記載があるだけである。従つて、虚心に同聴取書を読むならば、右YとはY・Bを意味し、同人から重ねて本件について処罰を求める旨の意思表示があつたと解するほかないと思われる。そうだとすると、田村検事の電話聴取書(これに引用されている調書をふくむ。)だけによつては、いまだ本件について適法な告訴、すなわち告訴権ある者からの告訴があつたと認めることはできない。つまり本件は、公訴提起前に作成された調書自体によつては、適法な告訴があつたとは到底みられない事案である。(田村検事自身も、右電話聴取書作成当時それを告訴調書に代える意思はなかつたと思われる。証人田村達美の当公廷における供述参照。)ところが、証人田村達美、Y・C、栗原弘恵の当公廷における各供述に、Bの前記告訴調書および検察官に対する供述調書を綜合して考察すると、事の経過は、次のとおりであることが認められる。すなわち、田村検事は、BをAの実母であると信じBの司法警察員に対する告訴を有効であると考えていたが、Bが同検事に対し、告訴を維持するかどうかは夫と相談してきめたい旨述べていたので、たまたま同年十二月一日Aの父かY・Cから被告人(当時は被疑者)の保釈の件について問い合わせてきた際、Cに告訴を維持するかどうかを確め、同人から、「告訴を取消さないから厳重に処分願う。」旨の答をえてその旨の電話聴取書を作成したことが認められるのである。従つて、発信者欄の「Y」とは、実際はBではなくCを指すものと認められる。しかも、前示戸籍謄本によると、CはAの親権を行う父である。そうだとすると、事をあくまで実質的に考えるかぎり、本件については、同年十二月一日Aの親権者であるCから適法な告訴があつたと解することも、一見不可能ではないように思われる。しかし、果してかように解することが許されるであろうか。

もとより法の解釈として告訴状あるいは告訴調書について、あまりに厳格なことを要求するのは、妥当ではない。なぜならこの点のゆきすぎは、徒らに形式的なことによつて実質的なことを犠牲にする弊を招き、ひいて告訴制度本来の趣旨にそむく虞れがないとはいえないからである。しかし、他方法が告訴を重要な訴訟条件と認め、これに一定のわくを設け、できるだけ後に問題を残すことがないように配慮していることも疑いない。たとえば法は、告訴権者を明定するとともに、告訴の期間および告訴すべき相手方を限定し、口頭による告訴があつた場合には必ず調書を作成すべきこと等を定めているのである(刑事訴訟法第二百三十条から第二百四十四条まで参照)。これらの規定からみても、告訴、特に親告罪における告訴については、相当高度の明確性が要求されているものと解される。従つて、刑事訴訟法第二百四十一条に定める書面(いわゆる告訴状)または調書(いわゆる告訴調書)についても、その形式、体裁、内容等をあまりにゆるやかに解することは許されないものと解するのが妥当である。言葉をかえていうと、公判における証人等の供述によつて、告訴状の不備を補い、あるいは供述者の真意を解明するのにも自ら限度があると解すべきである。この点は、いわゆる「告訴の追完」が認められていない点からも当然であると思われる。

田村検事作成の同年十二月一日付電話聴取書によつて、Y・Cから同日本件について適法な告訴がされたと認めることは、次に列挙する理由にもとずき、右の限度をこえ、妥当でないと解される。

(一)  電話による告訴は、対話者同志が直接面接していないという点で、「口頭による告訴」といえるかどうかについて若干疑問があること。

(二)  かりに電話による告訴を有効であると解しても、「発信者に告訴権があること」すなわち、「発信者がAの実父であること」位は電話聴取書自体によつて明らかにすべき事項であると思われるのにかかわらず、何らこれが明らかにされていないこと。(電話による告訴の場合には、刑事訴訟法第二百四十一条第二項の趣旨にかんがみ、後に問題を残すことがないように、調書の作成については特別な配慮を要し、口頭による告訴の場合よりも更に正確詳細な記載が要求されるものと解される。)特に公訴提起前田村検事とY・Cとが全く面接した形跡が認められない本件のような場合には、一層前記の点を明らかにする必要が強いこと。

(三)  電話聴取書作成当時田村検事自身Yから新たな告訴があつたものと考えていなかつたばかりでなく、Y・CもBと別に新たな告訴をする意思ではなかつたと思われること。(すなわち、田村検事はBの先にした告訴を維持するかどうかを問うたものであり、Cは、右の告訴を取消す積りがないことを答えたものであること。)両者が当時主観的に右のような意思であつたことはもちろん、客観的にみても、少くとも当時は両者とも右のような意思であつたと認めるのが無理のない解釈であること等。

要するに、本件については、関係資料を仔細に検討すると、公訴提起前に適法な告訴があつたと認めることは困難であるというに帰するのである。(本件については、先に一言したとおり、電話聴取書に引用されている告訴調書自体がきわめて不備であつて、果して本件について処罰を求める意思表示があつたといえるかどうか疑問であることも考慮されなければならない。)

以上の理由で、本件については結局適法な告訴がなく、「公訴提起の手続がその規定に違反したため無効である」こと明らかなので、他の点については判断するまでもなく、刑事訴訟法第三百三十八条第四号に則り本件公訴を棄却することとする。

そこで、主文のとおり判決する。

(裁判官 横川敏雄 緒方誠哉 吉丸真)

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