大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京地方裁判所 昭和33年(ワ)6708号 判決 1963年9月02日

原告 サウスシー・パール株式会社

右代表者代表取締役 髙島吉郎

右訴訟代理人弁護士 小林俊三

右同 森清

右同 吉田栄三郎

右同 曽根信一

被告 千代田火災海上保険株式会社

右代表者代表取締役 手嶋恒二郎

右訴訟代理人弁護士 毛受信雄

右同 長野潔

右同 髙木郁哉

右訴訟復代理人弁護士 谷正男

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

≪省略≫

理由

一、原告主張の請求原因1および2記載の事実は当事者間に争いがない。

二、被告は本件事故が本件約款三条二号掲記の事由に該当すると主張し、原告はこれを争うので、この点について判断する。

1  先ず本件約款三条二号の「襲撃」に海賊によるものが含まれるか否かについて検討する。

(一)  本件約款三条には「当会社ハ直接ナルト間接ナルトヲ問ハス左記事由ニ因リテ生シタル損害ヲ填補スルノ責ニ任セス」として、その二号に、「襲撃、捕獲、拿捕、又ハ抑留」と記載されていることは当事者間に争いがないところ、この文言を見れば、この襲撃等四つの事由の中には海賊を原因とするものが含まれて居り、その中から一旦括弧書によつて海賊を原因とするものを除外してあつたのを、この括弧書きを棒線で抹消することによつて再び海賊を原因とするものを含ませるに至つたと解するのが、文理上最も自然である。(もし括弧書を棒線で抹消せず全く削除してあれば海賊を原因とするものが二号掲記の事由に含まれるか否か文理上は不明瞭である。従つて、本件約款三条二号を括弧書の部分が全然ないものと同一に論じることはできない。)

(二)  そして、次に述べる右の括弧書が作られ、更に抹消されるに至つた沿革からも右のように解すべきである。

すなわち、一九二五年一月六日改正のロンドン保険協会約款においては海賊行為が有責事故となつていたが、一九三六年七月にスペイン内乱が勃発し地中海やその他の海域に国籍不明の潜水艦や航空機の攻撃による船舶の損害が発生するに至り、これを海賊による損害と裁判所によつて判断され保険者が填補しなければならなくなることをおそれたロンドンの保険業者は、一九三七年四月二六日改正の同約款で海賊行為を免責事故とし、かつ、その旨わが国の保険業者に通知して来た。これより先、わが国では、一九三三年六月一日以前に使用されていた船舶海上保険普通約款第二条において「当会社ハ左ニ掲ル損害ヲ填補スルノ責ニ任セス一一揆、暴徒若シクハ海賊ヨリ蒙ムル損害(二、以下省略)」という形式で免責事故としていた海賊行為を、同日以後使用されるに至つた約款においては当時のロンドン保険協会約款にならつて有責事故とする趣旨で、特に同改正約款三条二号の「襲撃、捕獲、拿捕又ハ抑留」の次に「(海賊ニ依ル場合ハ之ヲ除ク)」の文言を入れたのであつた。ところが、ロンドンの保険業者からの右通知を受けて、わが国の保険業者によつて構成されている船舶協同会は、一九三七年一一月二六日に行われた第一一〇回月例総会で、再び右英国の例にならつて海賊による損害を填補しないこととし、その趣旨で従来の約款の三条二号の(海賊ニ依ル場合ハ之ヲ除ク)とあるのを抹消し、同年一二月一日以降保険の危険が開始する契約からこの約款を使用することを申合せ、それ以後約二〇年間この括弧書を抹消した約款がわが国の海上保険契約において例外なく使用されて来たのである。(以上の事実は成立に争いのない甲第四号証、同第九号証の一、二、同第一〇号証の一、同第一二号証、乙第九号証および証人葛城照三の証言により真正に成立したと認める乙第一号証によつて認める。)

この経過からみても、本件約款三条二号の襲撃には海賊によるものが含まれていると解すべきである。

(三)  前記のように昭和一二年一二月一日から使用されるに至つた船舶海上保険普通約款三条二号は括弧書を抹消したのみで海賊行為を積極的に掲げていない。これに対し昭和一八年三月一日から使用されている貨物海上保険普通約款四条三号は免責事故として「襲撃、拿捕、捕獲、抑留、押収又ハ海賊行為」となつている(この事実は成立に争いのない甲第一二号証によつて認める)しかし、前記の如く英国の協会約款が海賊行為を免責事故とする旨明定した後にこのような表現の差異が生じるに至つたことから原告主張のように船舶海上保険普通約款において海賊行為が有責事故であると解することは、前記の本件約款三条二号括弧書が抹消されるに至つた沿革からみてできない。(なお甲第一二号証によつて認められる海上保険(貨物)約款改正理由書中、同改正当時の船舶海上保険普通約款は海賊を免責事由としていないとの趣旨を述べている部分は理由が不明であるから採用できない。

(四)  よつて、本件約款三条二号の「襲撃」には海賊による襲撃が含まれると解すべきである。

2  そこで、次に、右の海賊の意味について検討する。

海賊とは海上において船貨を掠奪し又は人に危害を加えるものである。原告はこの加害行為が国家若しくはこれに準じる権力的な団体により戦争又はそれに準じる行動として行われるものでなければならないと主張するが、その根拠とするところの一九三七年四月二六日改正のロンドン保険協会約款二〇条および一九四九年一月一日改正の同約款二〇条(成立に争いのない甲第九号証の二および三によつて認める。)も、前記の一九三七年四月二六日改正の約款で海賊行為を免責事故とするに至つた沿革に照らすと原告主張のように解することはできず、かえつて右沿革および乙第一号証から、英国の約款においても海賊行為は本来国家権力に全く関係なく私人が私的な目的のために行うもので、原告の主張するごときものは含まれていなかつたと認めることができる。一九三七年四月二六日の改正が国家権力による戦争に類似する行為によつて発生する損害に対処するために行われたことは前記の沿革から明らかであるが、このことから、海賊行為に右のような行為をも含ませる趣旨であつたと解することはできてもそういう行為だけを海賊行為として免責事故とする趣旨であつたと解することはできない。

よつて、原告の見解は採用することができず、海賊は主として、私的な目的のために海上において船貨を掠奪するもので、政治的に無色であり、国家権力に関係のないものというべきである。

3  本件約款三条二号の「襲撃」の意味についての原告の見解について

1および2に述べたところから明らかなように、本件約款三条二号の「襲撃」には、国家権力と全く関係のない海賊による襲撃を含むことになるが、原告は右襲撃が国家権力或はこれに準じる権力的な団体若しくは集団による戦争又はこれに準じる事変などの場合の闘争手段としての加害行為のみを指すと主張するので、その根拠について検討する。

(一)  本件約款の原型である昭和八年六月一日からわが国の船舶海上保険契約において使用されるに至つた普通約款は、それ以前に使用されていた約款をできるだけ英国の取扱に一致させる方針の下に改正して作られたもので、その際参考にされたのは、当時英国で用いられていた協会約款(Institute Clause)であつた。それゆえ、本件約款三条二号の「捕獲」は英国の捕獲、拿捕不担保約款(Free of Capture and Seizure Clause)の中の“Capture”「拿捕」が同じく“Seizu-re”「抑留」が同じく“Arrest,Restraint,Detainment”に由来し、「襲撃」は危険約款(Perils Clause)の“Surprisals”に由来する。(以上の事実は成立に争いのない甲第四号証、同第一〇号証の一、二、前記の如く真正に成立したと認められる乙第一号証によつて認める。)

しかし、英国の約款の“Surprisals”がいかなることを意味するのか明確ではなく、“Capture”と大体同義であることは成立に争いのない甲第五号証、≪中略≫を綜合して認めることができるが、全く同一であるとは断定できないし、又“Surprisals”や“Capture”“Seizure”についてそれらが必ずしも国家権力或はそれに準じるものによる行為に限らず、特に私的な海賊によるものが含まれると解されていることが乙第一号証によつて認めることができるから、英国の約款の用語の意味から襲撃の意味が原告のいう意味にだけ限定されると解することはできない。

(二)  昭和八年六月一日以前一般に使用されていた旧約款は、その二条に、「当会社ハ左ニ掲ル損害ヲ填補スルノ責ニ任セス。一、一揆、暴徒若シクハ海賊ヨリ蒙ムル損害二、襲撃、捕獲、強留、抑止、水雷其他宣戦ノ前後有無ヲ問ハズ総テ戦争ヨリ生ズル損害」(三、以下省略)と記載されていたので戦争に関連しない襲撃、捕獲等が右の二号に含まれないように解釈されるおそれがあつた。そこで昭和八年六月一日から使用されるに至つた約款では、戦争については三条四号に「戦争(宣戦ノ前後有無ヲ問ハス)又ハ変乱」と規定し、これとは別に同条二号に、戦争に関連しないものも含まれる趣旨で「襲撃、捕獲、拿捕又ハ抑留」と規定した。(以上の事実は甲第四号証によつて認める。なおこの下に「(海賊ニ依ル場合ハ之ヲ除ク)」との文言が入るに至つた経過は前述のとおりである。)甲第四号証によつて認められるように海上保険(船舶)約款改正理由書(同書四九頁)には、「四第二号ニ付キ旧約款ニ於テハ襲撃、捕獲等ヲ戦争危険ト共ニ規定セシガ為メニ戦争ニ関聯セザル捕獲、抑留等ハ除外セラルルガ如ク誤解セラルル虞アリシヲ以テ……………」と書かれてあり、「戦争ニ関聯セザル」の次に「襲撃」という語があらわれていないが、この表現の差異から、原告のいうように、襲撃だけが捕獲、抑留と異り戦争に関連するものだけを意味するとは考えられず、後段の「捕獲、抑留等」は「襲撃」も含むと解される。(もし原告のいうとおりだとすれば、襲撃は捕獲、拿捕、抑留とは別に約款三条四号に規定された筈である。)

従つて、旧約款改正の経緯からも襲撃の意味を原告のいう意味だけに限定して解することはできない。

(三)  又、このように、本件約款三条二号の襲撃に海賊による襲撃が含まれると解しても、捕獲、拿捕、抑留等の用語が既成の意味を失い免責事故の範囲が著しく広くなることはないし、或は、本件約款三条一号の事由と重複し、一号と二号を区別した意味がなくなるということもない。

(四)  以上述べたところから明らかなように、本件約款三条二号の襲撃を原告主張のように国家権力的な襲撃のみと解し、襲撃に私的な海賊による襲撃が含まれないと解することはできないといわざるを得ない。

4  主務官庁の認可の欠陥について

(一)  本件約款三条二号の括弧書の抹消について本件保険契約が締結された昭和三〇年八月一〇日当時大蔵大臣の認可がなかつたこと、原告が本訴を提起した後昭和三三年八月中旬に至つて被告が大蔵大臣に対し船舶海上保険普通約款三条二号の「襲撃、捕獲、拿捕、又ハ抑留」中「又ハ」を削り、その末尾に「又ハ海賊行為」を加える変更をなすことについて認可申請し、右認可申請は認可され、認可書は昭和三四年三月一二日頃被告に到達し、その後被告は右認可されたとおりの船舶海上保険普通約款を使用していることはいずれも当事者間に争いがない。

(二)  この事実も、前記の本件約款三条二号の括弧書が抹消されるに至つた経過と成立に争いのない乙第一〇号証に照らすと本件約款三条二号の襲撃に海賊によるものが含まれていると解することを妨げるものではないし、又、成立に争いのない甲第一五号証を綜合しても、本件約款三条二号の意味が、海賊行為が免責事故であるか否かについて、保険者の不利に解釈すべきあいまいなものであると認めることはできない。

(三)  又、保険約款変更に対する大蔵大臣の認可の有無は、保険契約の私法上の効力に関係がないと解すべきであるから、認可のないことを理由として前記抹消にもかかわらず、海賊行為が免責事由から除外されていると解することはできない。

三、以上述べたところを要約すると、本件約款三条二号にいう襲撃には国家権力に全く関係のない海賊による襲撃が含まれると解される。(鑑定証人今村有の証言、成立に争いのない甲第八号証の二、同第九号証の四、五の(ハ)、同第一〇号証の一、二のうち上記判断に反する見解は採用できない。)原告は海賊行為が免責事故となつていることについて何ら知らなかつたから、本件約款中この部分に拘束される意思がなかつたと主張するけれども、成立に争いのない甲第一号証の一ないし五、乙第一〇号証、証人妹尾正彦、同二木知の各証言を綜合すれば、海賊行為が免責事故となつている保険契約が原、被告間に成立したと認めることができる。証人相田久の証言によつて認められる本件契約締結に際して、原告会社の担当従業員が本件約款三条を特に読まなかつた事実は何ら右認定を妨げるものではない。

四、本件事故が右の海賊による襲撃に該当することは、本件事故の内容についての前記争いない事実から明らかである。従つて、その他の争点について判断するまでもなく、原告の本訴請求は失当として棄却されるべきである。

五、よつて、訴訟費用の負担について民事訴訟法第八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 桑原正憲 裁判官 菅野孝之 裁判官矢代利則は転補のため署名押印することができない。裁判長裁判官 桑原正憲)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例