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東京地方裁判所 昭和32年(行)49号 判決 1958年3月01日

原告 株式会社井門不動産

被告 東京都知事

主文

本件訴を却下する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

当事者双方の申立及び主張は、別紙「準備手続の結果の要約」記載のとおりである。(立証省略)

理由

先ず、被告の本案前の主張について判断する。

被告が昭和三十二年二月一日附で原告に対し、原告所有の東京都大田区女塚四丁目二十四番地の七宅地五十坪のうち三十八坪につき、換地を定めないで金銭で清算する予定であるから同年二月八日限り使用収益を停止するとの処分をして、同月二日原告に通知したこと及び右処分については一ケ月以内に建設大臣に対し訴願を提起することが許されているにもかかわらず、原告は適法な訴願をなさず、実体的な裁決を経ていないことは当事者間に争がない。

原告は、本件は右処分につき訴願の裁決を経ないことにつき正当な事由がある場合にあたると主張するので、その主張につき順次検討する。

先ず、原告は、使用収益停止処分は、金銭清算処分の前提をなす一つの経過的段階処分であつて、それ自体終局的なものでも又各別個独立したものでもないから、それ自体につき適法な訴願をしなくとも、金銭清算処分のなされるまでの間においては、何時でも、使用収益停止処分の効力を争いうると主張する。

なるほど土地区画整理法第百条に基く使用収益停止処分は、同法第百三条第一項の換地処分(原告のいう金銭清算処分はこれを指すものと解される)以前になされ、且つ、同条第四項の処分がなされた場合にはその効力を失うのであるから、換地処分がなされるまでの経過的暫定的な処分であることは明らかである。しかしながら、使用収益停止処分は、その処分自体により換地処分とは別個の固有の法律効果を生じ、国民の権利義務に変動を与えるものであるから、換地処分とは別個の独立した行政処分と解すべきである。そうすると、使用収益停止処分は換地処分とは別個にその効力を争われるべきものであるから、使用収益停止処分自体につき適法な訴願をしないかぎりその取消を求めえなくなるものである。したがつて原告の右主張は理由がない。

次に原告は、使用収益停止処分の取消を求める訴を訴願前置の要件を欠くからといつて排斥しても、金銭清算処分に対し更に適法な訴願をしてこれを争いうるのであるから、本訴を不適法として却下することは訴訟経済上好ましくないと主張する。

なるほど将来換地処分がなされた場合、これに対し適法な訴願をしてその取消を求めうることは原告主張のとおりである。しかしながら、それは換地処分が使用収益停止処分とは別個独立の行政処分であり、別個にその効力を争わるべきものであることに基くものであつて、元来使用収益停止処分の取消を求めうるかどうかは、専ら使用収益停止処分それ自体について考察すべきものであるから、本来別個の行政処分である換地処分について取消を求めうるからといつて当然に使用収益停止処分の取消を求めうるわけではないのである。したがつて原告の右主張も理由がない。

最後に原告は今後なさるべき金銭清算処分を持つてこれを争うのでは、その間に原告の蒙る損害に著るしいから、適法な訴願を経なくとも使用収益停止処分を争いうると主張する。

たしかに本件土地の使用収益を停止された結果、原告が損害を蒙ることは明らかであるが、通常生ずべき損害については施行者からその補償を受けることができるのであり(土地区画整理法第百一条第三項)、また使用収益停止処分につき適法な訴願を提起したとしても、その後三ケ月を経過して、裁決がない場合には、裁決を経ることなく抗告訴訟を提起できるのであるから、本件処分につき原告が適法な訴願をしていたとしても著るしく損害を蒙るとは考えられない(もつとも、原告は、右のような損害よりもむしろその後換地処分がなされる迄の間に蒙る損害を重視しているようにも解せられるが、かような損害は訴願の裁決を経ることによつて蒙る損害とはいえない)。したがつて本件は訴願の裁決を経ることにより著しい損害を生ずるおそれのある場合といえないばかりでなく、右のような損害を蒙ることをもつて訴願の裁決を経ないことについての正当事由と解することもできないから原告の右主張は理由がない。

そして他に本件処分につき訴願の裁決を経ないことにつき正当な事由があると認めるに足る証拠もない。

そうすると、本件は、取消を求める処分につき訴願の裁決を経ておらず、且つ行政事件訴訟特例法第二条但書にも当らない場合であるから、本件訴は訴願前置の要件を欠く不適法な訴である。

よつてこれを却下することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八十九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 石田哲一 地京武人 越山安久)

昭和三十二年(行)第四九号

準備手続の結果の要約

第一、原告の申立

被告が昭和三十二年二月一日付で原告に対しなした東京都大田区女塚四丁目二十四番地の七宅地五十坪のうち三十八坪について使用収益を停止する旨の処分はこれを取消す。

訴訟費用は被告の負担とする。

との判決を求める。

第二、被告の申立

(本案前)

本件訴を却下する

訴訟費用は原告の負担とする

との判決を求める。

(本案について)

原告の請求を棄却する

訴訟費用は原告の負担とする

との判決を求める。

第三、原告の主張

一、被告は、昭和三十二年二月一日付で、原告に対し、原告所有の東京都大田区女塚四丁目二十四番地の七宅地五十坪のうち三十八坪(以下本件宅地という)につき、換地を定めないで金銭で清算する予定であるから、同年二月八日限り使用収益を停止するとの処分をして、同月二日原告に通知した。

二、原告は右処分に不服であつたので、昭和三十二年四月三十日建設大臣に対し訴願をしたところ、建設大臣は同年六月二十二日右訴願を却下した。

三、しかしながら、原告は右宅地につき換地を定めないで金銭清算をすることについて同意したことはなく、また右宅地は過少宅地でもないから、被告の前記処分は違法である。

四、よつて右処分の取消を求めるため本訴に及んだ。

第四、被告の主張

一、訴却下を求める理由

昭和三十二年二月一日付で原告に対しなされた本件土地についての使用収益停止処分は、同年同月二日原告に通知された。したがつて、原告は、これに対し同日から一ケ月以内に建設大臣に訴願をなすべきであつたにもかかわらず、右期間内に訴願を提起せず、原告は右処分につき適法な訴願を経ていない。

よつて本件訴は訴願前置の要件を欠く不適法な訴であるから却下さるべきである。

二、原告の主張に対する答弁

原告の主張事実中、第一、第二項は認める。第三項中原告が本件土地につき換地を定めないことに同意していないことは認めるがその余の事実は争う。

第五、被告の主張に対する原告の反駁

原告が被告のなした本件処分につき適法な訴願を経ていないことは認めるが、本件土地の使用収益停止処分は、換地を定めないで金銭で清算するという処分(以下金銭清算処分という)の前提をなす一つの経過的段階的処分であつて、それ自体終局的のものでも又各別個独立したものでもない。したがつて、金銭清算処分のなされるまでの間においては、何時でも、右金銭清算処分を争う意味において本件使用収益停止処分の効力を争いうるものである。本件処分に対する本訴を訴願前置の要件を欠くからといつて排斥したとしても、原告は、金銭清算処分について更に適法な訴願を経た上、出訴してこれを争いうることになるが、これでは訴訟経済上好ましくない。また、他面、今後なさるべき金銭清算処分を待つてその時初めて適法な訴願手続を経て出訴しこれを争うにおいては、その間本件土地の使用収益を停止されている関係上、原告の蒙る損害は著るしいのである。

したがつて本件は、訴願の裁決を経ないことにつき正当な事由がある場合にあたると解すべきであるから、これを不適法として却下さるべきではない。

第六、原告の反駁に対する被告の反駁

金銭清算処分に対して更めて適法な訴願手続を経て出訴できることは原告のいうとおりであるが、このことは、「本件行政処分が金銭清算処分の前提で終局的なものではない」ことによるからではなく、本件行政処分と金銭清算処分とが各別個の行政処分であることの当然の結果に過ぎない。したがつて、本件行政処分と金銭清算処分とは各別個にその効力を争わるべきものであり、本件行政処分を争うことによつて実質的に金銭清算処分を争わせることが訴訟経済上好ましいとする原告の所論は成立しない。

又、原告は、本件行政処分の効力を将来金銭清算処分がなされるまで争いえないとすることはその間土地の使用収益が禁止され著るしい損害が生ずるから許さるべきではないと主張するが、この立論も本件行政処分が独立した処分であり、これに対する訴願提起の期間や出訴期間はそれ自体別個に考えられるべきものであることを無視するものである。

よつて原告の主張する行政事件訴訟特例法第二条但書の規定に該当する事由は存せず、原告の主張は失当である。

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