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東京地方裁判所 昭和32年(行)33号 判決 1957年9月19日

原告 山本千代太郎

被告 公正取引委員会

主文

本件訴を却下する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

一、請求の趣旨

(1)、被告が原告に対し昭和三十一年十二月七日附でなした通知が無効であることを確認する。

(2)、被告は原告に対し、原子力委員会が原子力研究所に対して原子炉に関する研究をさせる行為が私的独占の禁止及び公正取引の確保に関する法律並びに憲法第一四条第一項に違反する旨の審決をする義務を負うことを確認する。

二、請求の原因

原告は被告に対し、原子力委員会がその所管する原子力研究所に原子炉方法系列に関する研究をさせることその他の行為が私的独占の禁止及び公正取引の確保に関する法律(以下独占禁止法と略称する)第三条に違反するものであると申告したところ、被告は昭和三十一年十一月十三日右申告を不適法として処理し、同年十二月七日附でその旨を原告に通知した。

しかしながら、右の処理は原告の十分な意見を聞かず、且つ原告が追加補充した申告の理由につき判断をしないでなされたものであるから無効である。従つて被告は原告の十分な意見を聞いて審判手続を開始し審判をなすべき義務を負うところ、そもそも原子力基本法の規定によれば、原子力の研究、開発及び利用を推進することを事業とする者は、同法上の原子力研究所と平等の奨励措置を受ける権利を有することが明らかであるにもかかわらず、原子力委員会は原子力研究所の同法第七条所定の所管事項に属しない、外国における原子科学技術の修得、原子力研究開発に関する設備資材原料の購入実験等をも同研究所に対し独占的に行わせかつ奨励措置をとつていて、その他の国内の原子力利用事業者にこれを行わせず、かつ奨励措置をとらない。のみならず、原子力委員会は原子炉に関する研究を日本原子力協定に基いて原子力研究所に独占的に行わせているが、かゝる内容を有する右協定は不当な取引制限又は不公正な取引方法を定めた国際的協定であることが明らかである。従つて原子力委員会のこれらの行為は独占禁止法第三条及び第六条第一項に違反し、同時に憲法第一四条第一項に違反するものであるから、被告は憲法第九九条所定の義務として右各違反事実を認定した審判審決をする義務を負うものである。

よつて、請求の趣旨記載の判決を求める。

三、答弁

(1)  主文第一、二項同旨の判決を求める。

(2)  原告主張の昭和三十一年十二月七日附通知は行政処分ではない。従つて行政訴訟として右通知の無効確認を求める原告の訴は不適法である。

また原告は行政庁たる被告が、原子力委員会が独占禁止法に違反している旨の審決をなすべき義務を負うことの確認を求めているが、このような訴は法律に特別の規定がなければ許されないものであるところ、同法その他の法律上この種の裁判をなし得ることにつき明文が存しない。

よつて本訴は不適法として却下されるべきである。

四、(証拠省略)

理由

成立に争いのない乙第一号証の記載によれば、被告は原告の私的独占の禁止及び公正取引の確保に関する法律(以下独占禁止法と略称する)違反に関する申告に対し、昭和三十一年十一月十三日「原子力委員会は事業者でなく、かつ法に基く行政処分に対して独占禁止法が適用されないのは明らかであり、申告書には何ら同法違反の事実ありと認められない。」と判断し、同年十二月七日附で被告庁事務局長名義をもつて原告に対しその旨の通知をなした事実を認めることができる。みぎの事実によれば、原告は被告に対し独占禁止法第四五条第一項所定の事実の報告及び適当な措置をとるべきことの要求をなしたところ、被告は原告の報告事実自体が同法違反事実に該当せず、従つて同条第二項の規定する調査をするまでもないと判断し、その旨を原告に通知したものであることが明らかである。原告は右の通知を一個の独立した行政処分と解し、その無効確認を求めるのであるが、みぎの通知は被告の決定内容を原告に知らせるだけの意味を有するに止まり、それ自体が独立の法律効果を生ずるものではないから、かゝる通知の無効確認を求める原告の訴は不適法である。

仮に原告の訴がみぎの通知の内容となつた被告の前記処理の無効確認を求める趣旨であるとしても、原告の主張によれば原告は原子力委員会の行為が独占禁止法に違反するとして本件申告をなしたというのであるが、原子力委員会は原子力基本法第四条の規定により設置された行政機関であつて、その行為は民間企業の私的独占等の禁止等を目的とする独占禁止法の規整のらち外にあるものであるから、被告は原告のかゝる申告に基いて独占禁止法第四五条第二項の規定する調査を開始する義務も権限もないというべきである。したがつて原告は被告の前記処理(調査不開始処分)の無効確認を求める法律上の利益を何ら有しないことが原告の主張自体によつて明らかであるから、かゝる訴もまた不適法たるを免れない。

次に原告は被告に対し原子力委員会の行為が独占禁止法及び憲法に違反する旨の審決をなすべき義務を負うことの確認を求めるのであるが、被告が原子力委員会の行為を禁止もしくは制限する権限を有しないことは前段説示のとおり独占禁止法の解釈上明らかであり、また或る行為が憲法に違反するか否かの判断をなすべき権限を有しないことも当然であるから、原告のみぎの訴もこの点において既に訴の利益を欠き、不適法というべきである。

よつて本件訴をいずれも却下し、訴訟費用は民事訴訟法第八九条により敗訴当事者である原告の負担すべきものとして、主文のとおり判決する。

(裁判官 近藤完爾 入山実 大和勇美)

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