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東京地方裁判所 昭和32年(ワ)982号 判決 1958年3月20日

本訴原告(反訴被告) 沿岸油槽船株式会社

本訴被告(反訴原告) 軽部国太郎

主文

本訴被告は本訴原告に対して別紙目録記載の土地に家屋その他の一切の建造物を築造しない業務のあることを確定する。

本訴被告は本訴原告が別紙目録記載の土地の北側に接続する公道を使用することが困難な場合には本訴被告の使用権を害しない程度で本訴原告に対して右土地を通行のため使用させる義務のあることを確定する。

本訴被告の反訴請求を棄却する。

訴訟費用は本訴、反訴ともすべて本訴被告の負担とする。

事実

(双方の申立)

本訴につき、本訴原告(反訴被告)(以下単に原告という)は主文第一、二項同旨及び訴訟費用は被告の負担とするとの判決を求め、本訴被告(反訴原告)(以下単に被告という)は原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とするとの判決を求め、反訴につき、被告は、原告の本訴請求が理由のあるときは主文第一、二項記載の被告の義務は昭和三三年四月四日限りで消滅することを確定する。

訴訟費用は原告の負担とするとの判決を求め、原告は被告の反訴請求を棄却するとの判決を求めた。

(本訴の請求原因と反訴の答弁)

(一)  原告は、昭和二二年一〇月、東京都港区芝金杉一丁目二〇番地所在の宅地一四一坪余を買取り、右地上に事務所を建てて使用していたが、被告は昭和二三年六、七月ころ訴外小木曾仁太郎から同所一丁目一二番地一号宅地二七坪五勺を借受け店舗の建築にとりかかろうとしていた。被告が店舗を建てると、原告の事務所は都電の表通から見透しがきかなくなり体裁がわるくなるので、被告と交渉の結果、昭和二三年一〇月一一日、原被告間に次の契約が成立した。

(1)  被告は原告のために別紙目録記載の土地(別紙図面斜線の部分)に家屋その他一切の建造物を築造しないこと。

(2)  被告は原告に対して、原告が右土地の北側に接続する公道を使用することが困難な場合に被告の使用権を害しない程度で右土地を通行のため使用することを許諾すること。

(3)  原告は被告に対してその所有に係る前記二〇番地の宅地のうち被告の建物建築敷地として奥行二尺五寸、長さ六間一分弱この坪数二坪五合余(別紙図面横線の部分)を無償で使用させ、かつ、(1) 、(2) の代償として金六万円を被告に支払うこと。原告は(3) の条項を履行し、被告は(1) 及び(2) の義務を履行してきたが、最近になつて右の義務の存在を争うので、これが確認を求める。

(二)  被告の抗弁事実は否認する。但し被告主張の日にその主張のような塀を作つたことだけは認める。

(三)  反訴請求原因のうち、本件契約の存続期間が昭和二三年四月五日から一〇年間であるとする点は否認するが、その余の事実は争わない。

(本訴の答弁と反訴の請求原因)

(一)  原告主張の(一)の事実は被告が借地した日を除いて、すべて認める。

(二)  しかしながら原被告間の本件土地使用契約は左の事由によつて既に失効しているものである。

(イ)  被告は菓子商であるが、菓子屋兼喫茶店を営むため昭和二三年四月五日に訴外小木曾仁太郎から係争地をふくむ二七坪五勺の宅地を多額の権利金を支払つて賃借りしたものである。被告が右地上に店舗を作ろうとすると、原告は被告の家屋ができると原告の事務所が電車通から見えなくなるので被告に対して建築を取り止めるように要求したが、被告はこれに応じなかつた。すると、原告会社の従業員約二十名は口々に「家を建てるなら建ててみろ」と叫び、今にも暴行を働こうとするような気勢を示して被告を威迫し、且つ、被告が製菓原料を闇で仕入れていたのに乗じて闇買の事実を摘発するぞと脅かしたので、被告はやむなく本件土地使用契約を結んだのである。このように右の契約は原告の強迫によるものであるから、被告は本訴においてこれを取消すものである。

(ロ)  仮に然らずとするも、原告は昭和二四年六月ころ原告の使用地と被告の使用地の境界に高さ約十尺の塀を作つた。このため被告所有の家屋は通風及び採光が全然不可能になり、家屋の土台がくさり、家人の健康にも悪影響を及ぼしている。また、原告の本件土地通行権は被告の土地使用権を害しない程度において認められているものであるのに、原告は昭和三〇年八月ころ右地上の被告所有の草花を抜き棄て、巾一尺、長さ五尺位の看板を被告に無断で抜き去り被告の土地使用権を侵害した。原告のこれらの行為は信義誠実の原則に反するものであるから被告は本訴において本件契約を解約する。

(三)  前記のように、被告は昭和二三年四月五日本件土地を賃借りしたものであるが、右借地契約にはその存続期間を昭和二三年四月五日から一〇年間とする定めがあり、本件土地使用契約を締結する際も、その期間は借地期間と同様に昭和二三年四月五日から一〇年間とする約定があつたものであるから、仮りに原告の本訴請求が理由があるとしても、右使用契約は昭和三三年四月四日をもつて期間満了により終了すべきものであるから、原告に対して右の日をもつて本件土地使用契約の存続期間が満了することの確認を求める。

(証拠関係)

原告は甲第一、第二号証、第三号証の一、二、第四号証を提出し、証人矢沢良樹の尋問を求め、乙第一ないし第三号証の成立を認め、第四、第五号証の成立は不知と答え、

被告は乙第一ないし第五号証(第二、第三号証は現場の写真)を提出し、証人高野守及び被告本人の尋問を求め、甲第三号証の一の成立は不知と答え、その他の甲号各証の成立を認めた。

理由

(一)  本訴の判断

原告が本訴請求の原因として主張する(一)の事実は、被告が借地した日時の点を除いて、当事者間に争がない。よつて被告の抗弁について判断する。

(イ)の強迫による取消の抗弁について

証人高野守の証言及び被告本人の陳述を総合すると、被告は菓子屋をやつていたが場所柄のよい本件土地を含む二七坪五勺の宅地を借受け、右地上の店舖を作ろうとしたところ、原告の方では店舖ができると表の電車通から原告の事務所が見えなくなつて困るというので被告に対して建築の中止方を求め、被告のために替地をさがしたが適当な替地がみつからなかつたので、ついに両者協議の上原告主張のような本件土地使用契約を結んだものであること、右交渉の過程において原告側を代理して被告との折渉にあたつた訴外清野某が被告に対して、もし原告の反対を押し切つて地所一杯に建物を建てようとするなら被告が菓子屋として砂糖その他の原材料を闇で買入れ統制違反をやつている事実を摘発して商売ができないようにしてやるといつて脅したので(原告の従業員約二十名が被告に対して被告主張のような言動に出たことはこれを認めるに足りる証拠がない)、被告はこれを畏れて原告の事務所の見透を妨げるような建物を建てないことを承諾し、細目にわたる具体的取りきめをこの間の事情を十分に承知している娘婿の高野守に一任し、守が被告の代理人として原告会社の総務課長永井秀雄と約一週間にわたり協議を重ねた上本件土地使用契約を結んだのであつて、その間高野守に対してはなんら強迫がましい言動が加えられていないことが認められ、他にこの認定を左右すべき資料はない。しかして本件土地使用契約は、被告が原告のために九坪六合九勺の借地を空地のままで保有し、且つ、右地上に被告の使用権を害さない範囲で原告に通行権を認め、原告はその代償として被告に対して二坪五合余の所有地を建物敷地として無償で使用させ、且つ、金六万円を支払うことを内容とするものであつて、昭和二三年一〇月一一日に締結されたものであることは当事者間に争のないところである。従つて、この契約は当時の経済事情からみて決して被告に不利益な契約ということはできない。なお、このことは、当時、被告が前記二七坪五勺の宅地を権利金四万五千円、地代一月一〇〇円で借地したものである(この事実は高野証人及び被告本人の供述及びこれによつて成立を認めうる乙第四、第五号証によつて明らかである)ことからも十分に推認できることである。

右に認定したところからすれば、被告は清野の強迫によつて原告の申出に応ずる外なしと考えてその交渉を高野に一任し、高野も被告が強迫によつて止むなく原告の申出に応ずるものなることを知悉して本件契約を結んだものであるから、高野に対して直接の強迫行為がないからといつて、直ちに民法一〇一条一項の規定を適用して本件契約に強迫の事実なしと断ずることには多分に疑があるが、それはそれとして、代理人の高野に対してなんら強迫がましい言動が加えられていないことと、本件契約が十分協議を重ねた上成立したものであり、しかもその契約内容が決して被告に不利益なものでないことを考えれば、被告に加えられた強迫は本件契約締結の単なる動機をなすものに過ぎず、右の強迫と代理人高野の意思表示の間には相当因果関係を欠くものと判断する外はないから、被告の強迫による取消の抗弁は採用できない。

(ロ)の信義則違反による解約の抗弁について

原告が昭和二四年六月ころ原告と被告の使用地の境界線上に高さ約十尺の塀を建てたことについては当事者間に争がなく、現場の写真たることについて争のない乙第二、第三号証、証人高野守の証言及び被告本人の陳述を総合すれば、右の塀は地面に密着して建てられていて下部に通風用の隙間がなく、著しく通風採光の妨げとなり、被告の家屋との間隔も約一尺五寸にすぎないため被告の家屋は日当りや風通しが悪くなり、壁や土台にもくさりがきていること、塀が作られてから暫くして被告は原告に抗議したが原告がこれに取り合わなかつたことが認められる。

このような原告の行為はもとより穏当を欠くものであつて、信義則上咎められるべき行為であることは勿論であるが、証人矢沢良樹の証言と被告本人の陳述によれば、被告は当初一回原告に対して右の抗議をしただけでその后は格別の苦情も述べずにいることが認められるので、塀のために通風採光が妨げられたとはいえ、その影響はそれほど深刻なものがあつたとも思われないし、本訴提起の半年ほど前に被告から原告に対して風通しと水はけが悪いので塀の底部を切らして欲しいとの申出があつた際原告は快くこれを承諾し現に被告が数ケ所を切り抜いている事実も認められるので、被告のいう塀の問題について原告側に本件土地使用契約の継続を著しく困難にする程度の重大な信義則違反があるとみるわけにはゆかない。また、原告側で被告のいうように被告の草花や看板を引き抜いたとしても、それをとらえて信義則違反による解約を云々することも固よりその処をいえないことであるから、被告の右の抗弁も採用の限りではない。

右のとおりであるから、原告の本訴請求はその理由がある。

(二)  反訴の判断

証人高野守及び被告本人は、被告主張のように、本件土地使用契約には一〇年間の期間の定めがあつたと供述しているが、当裁判所はこの供述を措信しない。何故かといえば、被告はその借地の存続期間が一〇年であるから本件土地使用契約にもその存続期間を一〇年と定めたものであるというが、借地契約において存続期間を一〇年とする約定が法律上無効なものであることは周知のことであるのみならず、本件土地使用契約についてその存続期間を一〇年と限るべき特別の事情も発見できない。かえつて前段認定のように、原告が被告の建築を阻止すべく替地までさがした事跡や契約自体の目的から推すときは少くとも原告の側には存続期間を一〇年に限るような意思は毛頭なく、さればこそ、原告側においても多大の反対給付を提供したものと推認されるし、もし期間の約定があつたものとすれば契約書にその旨の記載があるのが普通なのに乙第一号証の本件契約書にはこの点の記載がない。これらの諸点を綜合して当裁判所は前記供述を措信しないのである。他にこの点に関する被告の主張を認めるに足る資料はなにもないので、本件土地使用契約の存続期間が一〇年であることを前提とする被告の反訴請求はその理由がない。

右のとおりであるから、本訴請求を認容し、反訴請求はこれを棄却すべきものとし、訴訟費用の負担につき民訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 石井良三)

目録

東京都港区芝金杉一丁目一二番地一号

一、宅地 二七坪五勺

の中電車通から向つて左側

間口 三間二尺四寸

奥行 二間五尺一寸

此の坪数 九坪六合九勺

図<省略>

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