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東京地方裁判所 昭和32年(ワ)7996号 判決 1959年4月11日

原告 山本孝幸 外二名

被告 日本電信電話公社

主文

原告らと被告との間に雇用関係が存在することを確認する。

訴訟費用は被告の負担とする。

事実

第一、当事者双方の求める裁判

原告らは

「主文同旨」の判決を求め、

被告は、

「原告らの請求はいずれも棄却する。訴訟費用は原告らの負担とする。」との判決を求めた。

第二、原告らの請求原因

一、原告らは日本電信電話公社法により設立された公共企業体である被告に雇用されたものである。

二、被告は原告らとの雇用関係の存在を争うので、請求の趣旨記載の判決を求める。

第三、被告の答弁、抗弁

一、原告らの請求原因第一項の事実は認める。

二、被告は昭和三一年五月四日原告らに対し公共企業体等労働関係法(以下、公労法という。)第一七条、第一八条により解雇の意思表示をしたから、原告らとの雇用関係は同日をもつて終了したものである。

(一)  全電通本社支部の指令による千代田丸乗組員の出航拒否

1 被告は昭和三一年二月二〇日朝鮮海峡に布設されている被告の所有し、かつ、運用管理する日韓間海底線(正式には福岡県野北より韓国池浦にいたるもの)の第二ルート第三区間の地点(第三区間とは対馬棚木より池浦までの間をいい、右地点は棚木より北方約六七キロメートル、韓国池浦より南方約二二キロメートル、韓国領北兄弟島より約五、四浬の地点)に障害が発生したことを知り、また在日米軍司令部からも修理の要請を受けたので、これを修理することとし、被告の海底線施設事務所長より鹿児島港入港中の被告の布設船千代田丸に右障害の修理工事発令予定を連絡し、長崎港に回航を命じ、同船は同月二四日午前七時三〇分長崎港に入港した。

同日海底線施設事務所長から千代田丸の船長、工事長に対し前記海底線の障害修理工事のための作業命令が発せられ、同月二七日にはその準備が完了した。

2 その頃被告の職員で組織する労働組合である全国電気通信労働組合(略称、全電通)の本社支部(以下、本社支部という。)は、千代田丸乗組員で組織する全電通本社支部千代田丸分会(以下、千代田丸分会という。)が本社支部の下部組織であつたので、千代田丸乗組員の右工事に関する労働条件等について被告側と団体交渉中であつたが、同年三月四日千代田丸分会に対し「外国旅費の支給について被告と本社支部との間に妥結を見ない限り、発航の準備が整つていないので発航命令があつても発航に応ずるな。」との指令(闘争連絡第六号)を発し、翌五日午後四時五〇分頃被告から団体交渉の席上速やかに出航業務拒否の態度を撤回するよう警告を受けたのにかかわらず、その団体交渉開始前千代田丸分会に発した「既定方針どおり、結論が出るまで発航に応ずるな、右の責任は本社支部長がもつ。」との指令(闘争連絡第八号)を維持した。

3 千代田丸船長田代安市は同日午後四時三五分(同船長は前日の四日午後六時海底線施設事務所長より早期出航を命ずる業務命令を受け、その時刻頃翌五日、午後五時出航予定である旨千代田丸全乗組員に告知していた。)一等航海士原田不二三にスタンバイ手配を命じたが、組合員である同航海士よりこれを拒否されたので、やむなく自らベルを押してスタンバイを船内に告げたが、千代田丸乗組員は本社支部の指令に従い所定の配置につかず、ついに千代田丸は同日は出航できなかつた。

千代田丸乗組員は本社支部が全電通中央本部の本社支部に対する「出航拒否の闘争連絡を撤回せよ。」との指令に基き翌六日千代田丸分会に対し「船長の指示に従い発航に応ぜよ。」との連絡を発するまで出航業務の拒否を行つた。

4 以上のように千代田丸の出航が拒否され、被告の業務の正常な運営が阻害されるに至つたのは、本社支部の指令により起つたもので、千代田丸乗組員に対し出航拒否を指示した闘争連絡第六号、第八号は争議行為の指令である。従つてかかる指令は公労法第一七条により禁止された行為をあおり、そそのかす行為に該当する。

(二)  原告らの公労法第一七条違反

当時原告山本は本社支部の支部長、原告野崎は同副支部長、原告阿部は同書記長の地位にあり、前記指令発出について最も重い責任を負うべきものであるから、被告は前記のとおり公労法第一八条により原告らを解雇したものである。

第四、原告らの被告の抗弁に対する認否および再抗弁

一、抗弁事実に対する認否

被告の抗弁事実中(イ)原告らが被告よりその主張の解雇の意思表示を受けたこと、(ロ)昭和三一年二月二〇日日韓間海底線第二ルートの韓国領北兄弟島より五、四浬の地点に障害が発生し、米軍が被告にその修理を依頼したこと、(ハ)被告がその工事を被告の布設船千代田丸に担当させることとしたこと、(ニ)原告らが被告主張の頃その主張の如き本社支部の役員であり、本社支部が被告主張の頃千代田丸乗組員の右工事に関する労働条件等について被告と団体交渉をし、同年三月四日その下部組織である千代田丸分会に闘争連絡第六号と呼ばれる連絡をしたこと、(ホ)千代田丸船長が同日午後六時海底線施設事務所長より被告主張の業務命令を受け、その頃千代田丸船内に翌五日午後五時出航予定の告示をしたこと、(ヘ)被告が同日本社支部との団体交渉の席上その主張の警告をしたこと、(ト)同日千代田丸は出航せず、翌六日本社支部が全電通中央本部の意向に基き千代田丸分会に対し発航に応ずるよう連絡するまで長崎港に碇泊していたことは認める。

しかし(ヘ)の警告が発せられたのは当日午後五時であつて、その時まで本社支部役員は(ホ)記載の業務命令の発せられたことを知らなかつたものである。

二、解雇の無効

しかし、被告の解雇の意思表示は次の諸理由により無効である。

(一)  本社支部の発した闘争連絡第六号は被告の業務命令を拒否するよう指示したものではない。

千代田丸船長田代安市は昭和三一年二月二八日千代田丸分会長深見勇と本件工事に関し「一方的に出航命令は出さない。十分話し合い了解の上出航する。」との趣旨の協定を締結しその旨の書面を作成し調印を了したのであるから、発航命令の権限を専属的に有する田代船長自らが乗組員に対し自己の権限の行使を限定したものである。

本社支部の発した闘争連絡第六号は右船長の前記協定に伴う義務の履行についての連絡であつて、千代田丸分会員に対し乗務命令の拒否を指示したものではない。

(二)  被告の千代田丸乗組員に対する出航命令は違法であつてこれに従わないことを指示したとしても公労法第一七条に違反するものではない。

労働者の業務命令に対する服従義務の発生は詮ずるところ労働契約に基く労務提供の債務に基因する。

千代田丸乗組員の労働契約の内容上、本件海底線の修理に赴くことはその内容となつていないのであるから、被告の業務命令は右乗組員の労働契約の範囲を逸脱した労務の提供を命ずるものというべきであり、右乗組員はこれに服従するいわれはない。

本件工事に赴くことが千代田丸乗組員の労働契約の内容となつていないことは次の諸事情より明白である。

1 千代田丸乗組員の船員雇入契約等には、本件工事の如き韓国に接近して行う海底線修理工事に従事することが千代田丸乗組員の労働契約の内容となつていることを窺わせる内容をもつているものはない。

2 本件工事には通常の海底線工事には存しない高度の危険性が伴つている。

本件海底線工事現場は韓国領北兄弟島より、五・四浬の地点にあつて、いわゆる李承晩ラインの内側にある。

いわゆる李ライン宣言は、朝鮮近海の大陸棚に対する国家主権の主張と韓国領域に隣接する公海に対する国家主権の主張を含んでいるのであつて、殊に本件工事の直前に発表された昭和三〇年一一月一七日附韓国連合参謀本部声明によれば同ラインの内側に入る船舶に対し拿捕又は撃沈するという態度を明らかにしている。

そして現に我が国の船舶が続々と拿捕されていたのであるから、かかる海域に赴くことは干代田丸乗組員にとつて正に命がけの航海であつた。

千代田丸乗組員は安全な業務に従事することのみを予想して労働契約を結んだのであつて、通常の海底線工事とは本質的に違つた危険である生命、身体、自由に対する危険が現実の脅威となるような作業に従事することを予想し、かつ、承知して被告との労働契約を結んだのではない。

李ライン内の航海が危険なことは次の諸事情により明白である。

(a) 千代田丸は昭和二五年八月二七日壱岐沖で海底線修理工事中国籍不明機により低空から機銃掃射を受けた。

(b) 千代田丸が昭和二六年海底線修理作業のため巌南沖に停船中千代田丸内火艇乗組員が小銃により狙撃された。

(c) 千代田丸が本件工事に従事中李ライン内で米護衛艦の阻止にもかかわらず韓国警備艇の接近を受け、米護衛艦の砲塔に水兵が配置されるなど緊張状態を呈した。

(d) 昭和三三年四月二八日韓国池浦より約五哩附近を航海中であつた千代田丸は、韓国砲台より砲撃を受け、内三発は千代田丸附近に落下し、更に韓国牧ノ島上空に多数の弾幕が望まれた。このため船内は混乱におち入り、千代田丸は作業を放棄して長崎港に帰還した。

(e) 被告も従来この海域が危険であることを認め、布設船がこの海域内において海底線工事に従事するに際しては米軍艦艇による護衛をつけ、かつ、乗組員には危険区域手当、被撃手当、障害手当(被撃による負傷の場合)、特別災害手当(被撃による死亡の場合)等の特別の手当の支給を認めて来た。

(f) 本件修理工事に千代田丸が出航する頃長崎の海上保安庁関係者がこの海域への出航について千代田丸乗組員にその危険を警告していた程この方面の情勢は悪化していたし、殊に本件工事は李ラインの内側というよりは韓国本土の間近で行うのであるから、千代田丸乗組員とその家族が本件工事には日本側の努力では予防し得ない危険があると考えたことについて十分な根拠があつたのである。

以上のような生命、身体等に対する危険が予測される工事について千代田丸乗組員が当然に出航義務を負担するというが如きことはあり得ないところである。

3 日韓間の海底線修理工事殊に李ラインの内側における工事は労使の特別の合意による特別な労働条件によつて行われるべきものであることは過去の実例によつて確立されたところであつて、この合意がなされて始めてこの海域への出航が約されたものである。

従来日韓間の海底線工事のための航海については、その都度護衛措置はもとより乗組員の労働条件についても協議をつくし危険区域手当など前記特殊の諸手当の支給等について妥結を見てから出航して来たものであつて、かかる事情は右航海が千代田丸乗組員にとつて、抽象的、定型的に定められない極めて特殊な作業であつたため、その都度その時々の朝鮮海域の情勢に応じ労働条件を定めて来たものであること、またかかる特殊な労働条件に千代田丸乗組員(具体的には千代田丸分会)が同意したからこそ、すなわちそのときどきの特別の労働契約を締結したからこそ右乗組員が出航したことを示している。

4 後記のとおり、本件海底線は被告の業務でないから、この点から見ても本件工事に赴くことが千代田丸乗組員の労働契約の内容となつていないことは明白である。

(三)  日韓間海底線中本件事故発生部分を修理することは被告の業務でないから、千代田丸乗組員が仮にその修理に関する命令に従わなかつたとしても、被告の「業務の正常な運営」を阻害したことにはならない。

1 日韓間海底線中本件事故発生部分は被告の所有に属しない。

日本国との平和条約第四条(c)によれば「日本国とこの条約に従つて日本国の支配から除かれる領域とを結ぶ日本所有の海底電線は、二等分され、日本国は、日本の終点施設及びこれに連なる電線の半分を保有し、分離される領域は、残りの電線及びその終点施設を有する。」こととなり、かつ同条約第二条(a)により「日本国は朝鮮の独立を承認して済州島、巨文島及び鬱陵島を含む朝鮮に対するすべての権利、権限及び請求権を放棄」しているのであるから、日韓間の外交関係が回復されず、平和条約第四条(c)の規定に基く最終的処理はまだ懸案となつているとしても、同条約第二一条により日本はすでに本件海底線中韓国に近い半分について所有権を有しない。

またかかる事情は、(イ)昭和二八年一〇月一日被告と米国政府との間に締結された電気通信サービス基本契約においても、長く同契約から本件海底線を用いて米軍のために電気通信役務を提供する関係を除外していたこと。(ロ)昭和三〇年六月二三日にいたつてはじめて被告と米国政府との間に日韓間海底ケーブル料金及び使用条件と題する協定(いわゆるフアウツ協定)が結ばれ、この内容が同年七月一日電気通信サービス基本契約に織りこまれたが、それによつても本件海底線に限つて被告所有の一般市外ケーブルを利用する場合と別個に取扱い、その料金を特に廉価とし、更に同協定第五項において米国の支払う料金のうち本件海底線中韓国寄り半分の部分については、暫定払の性格を持たせ、将来右半分が韓国のものとして最終的に処理された場合には、被告はその区間に見合う分については米国に返還することを約したことから窺えるところである。

以上のとおり本件工事地点を含む本件海底線中韓国寄り半分は被告の所有するところでないから、本件工事をすることが被告の業務でないことは明白であつて、しかも本件海底線は専ら米国の用に供せられており、その修理もすべて米国の負担において行われるものであるから、本件修理工事は日本電信電話公社第一条にいう被告公社の設立目的である「電気通信による国民の利便の確保」とは何の関りもない業務である。

2 被告が昭和二八年一〇月一日米国政府と締結した「電気通信サービス基本契約」においても被告は本件海底線の修理を引き受けていないものである。

すなわち、右基本契約附属(A)一三・五四、前掲フアウツ協定第三項は米国の支払うべき本件海底線の使用料金の算出基礎から海底線修理の費用を除外しているのである。

3 本件修理工事は公衆電気通信法上被告の業務に属さない。

公衆電気通信法第一条、第一二条、同施行令第一条によれば、被告の行うことのできる国際電気通信業務は、本邦と南西諸島との間の業務に限られ、その余の国際電気通信業務はすべて国際電信電話株式会社の業務とされている。

日韓間海底線は日本と韓国との国際公衆電気通信設備に外ならないから、これに関する業務は専ら同社に専属し、被告の業務ではない。

また被告は日本電信電話公社法第三条第二項にいう委託業務としてでも、同社に属する業務を引き受けることを禁止されているものである。

4 以上のとおり、本件海底線修理工事は被告の業務とするところではなく、被告の職員として雇用されたということによつて当然に本件修理工事に従事する契約上の義務を負う筋合ではなく、またかかる工事に従事させようとする被告の命令に従わなかつたとしても、被告の業務の正常な運営を阻害するものではない。

(四)  原告らは別紙経歴書記載のとおり、いずれも本社支部の幹部として、労働組合の団結と組合運動の発展に尽力して来たものであつて、本件解雇の理由とするところも前記のとおり違法不当であり、千代田丸発航の延期についての原告らの行動は正当な組合活動である。

本件解雇は、公労法第一七条に藉口し、原告らが正当な組合活動をしたことを理由としてなしたものであり、原告らにかかる不利益を与えることにより本社支部の団結の破壊を企図したものである。

従つて、原告らに対する解雇の意思表示は無効である。

第五、被告の原告らの再抗弁に対する主張

一、千代田丸船長と千代田丸分会との間に原告ら主張の如き協定が成立したことは否認する。

同船長は昭和三一年二月二八日千代田丸船内サロンにおいて同分会との会合の席上「皆によい仕事をして貰いたいから、できたら妥結後出航することとしたいが、出航について指示があれば、もちろんこれに従つて出航する外ない」旨明言していたのである。

もつとも分会側が同年三月一日下船間際の同船長を舷門で引き止め、先月二八日の話合いの要領だからといつて、強度の老眼と遠視のため視力不十分の同船長に書面の内容を認識させないで捺印させた書面はあるが、これは実体的合意を伴つているものではないから、被告ないし同船長がこれに拘束される筋合のものではない。

ちなみに、同船長は本件工事に伴う労働条件の決定については何らの権限もなく、被告と全電通との間の団体交渉に関する協定からしても、同船長、千代田丸分会とも交渉権限を有しないものである。

二、後記のとおり、日韓間海底線の修理をすることは、その修理の地点を問わず、すべて被告の本来の業務であるから、被告の布設船である千代田丸乗組員がこれに従事すべきことは当然であつて、かかる事項が同乗組員の船員雇入契約の内容となつていないとすべき何らの理由もない。

三、本件工事に高度の危険が伴うことは否認する。

本件工事地点が李ラインの内側にあることは認めるが、このことは本件工事が特に危険な工事であることを意味しない。

韓国政府が李ラインを固守せんとするのは、この海域の鉱物、水産物等の確保を目的とするものであつて、本件海底線の修理については、米軍により安全を保障されている韓国政府として異議のある筈がないのである。

従来も本件同様の工事があつたが、韓国政府はその都度これに了承を与えて来たもので、本件工事に際しても外務省を通じ韓国政府の了承を得てあつたものであり、韓国軍による危険などは考えられない。

また千代田丸はその大きさ、船型、標識等からして漁船と見誤られる虞は全然ない。

しかも本件工事に際しては、被告と全電通との間に締結された団体交渉に関する協定により第一次的交渉段階とされている本社支部の下部組織である海底線連絡協議会と被告側の海底線施設事務所との団体交渉(職場交渉委員会)において千代田丸の護衛方法について妥結しているのである。

そして右交渉において組合側が特に要望するので、被告も念のため米海軍の護衛を要請したが、米軍からは今後かかる護衛の必要がないものと認められる旨の発言があつた程である。

原告らの指摘する昭和二五年の機銃掃射の件は、壱岐海峡の我が国の領海内に起つたもので、朝鮮動乱中のことである。

被告が被撃手当、障害手当、特別災害手当等の支給を認めたことはあるが、これは朝鮮動乱中のことである。

その余の原告らの本件工事に危険が伴う事例として主張した(b)、(c)、(f)の各事実は争う。

四、海底線修理のための航海については、従来その都度壮行会費等について被告と組合側と話し合い、妥結してから出航した結果になつているが、これは妥結しなければ出航しないという建前で話し合つたのではないし、またこのような慣行が成立したわけではない。

従来は、いずれも被告の定めた発航予定日までに両者の話合いが成立したにすぎない。

五、本件海底線の修理を行うことは被告の本来の業務である。

(一)  日韓間の海底線とは第一、第二ルートの二条の海底線を指称し、第一ルートは昭和一二年当時の逓信省の手により完成し、第二ルートは旧国際電気通信株式会社がその事業として起工したが、一部未完成のまま終戦を迎え、その後右二条の海底線は同社より逓信省に、次いで電気通信省に引きつがれたが、朝鮮動乱に伴う米軍の要求により昭和二五年一〇月第二ルートの工事を完成したものである。

昭和二七年八月一日被告の発足に伴い、日本電信電話公社法施行法の規定により右海底線の所有権は国から被告に引きつがれ、その所有財産となつたものである。

(二)  日本国との平和条約に原告ら主張の条項の存すること、本件事故発生地点は対馬韓国間の海底線を二分した場合韓国側に寄つていることは争わないが、日韓間の外交関係はまだ回復されておらず、韓国はもともと平和条約に参加していないのであるから、本件海底線の所有関係は平和条約の存在によつて何ら左右されるものではない。

(三)  また仮に本件海底線中本件修理個所を含む一部が被告の所有に属していないとしても、かかる事情は、被告の後記のとおり電気通信サービス基本契約に基き本件修理工事を行うことが被告の業務であることに消長を来すものではない。日本電信電話公社法の規定によつても被告がその業務を行うに当つて使用する電気通信施設がすべて被告の所有する施設であることを要求されているものではない。

(四)  被告が日韓間海底線により米軍に電気通信役務を提供しているのは被告と米国政府との間に締結された電気通信サービス基本契約(当初昭和二八年一〇月一日締結され、その後更新さる。)に基くものである。

我が国において電気通信役務の提供を受ける米軍の立場は日米安全保障条約に基く駐留軍としての地位と、国連軍の一員としての地位を兼ね有しているが、前者の地位については行政協定第七条、後者の地位については、日本国における国際連合の軍隊の地位に関する協定第六条があり、米軍は日本国政府の各省、各庁に適用される条件より不利でない条件で、日本国政府により管理ないし規制されている公衆電気通信役務の提供を受ける権利があり、これを国内法上可能ならしめるため「日本国とアメリカ合衆国との間の安全保障条約第三条に基く行政協定等の実施に伴う公衆電気通信法等の特例に関する法律」により、米軍に対する電気通信役務(本件海底線によるものを含む。)の料金、従つて電気通信役務の具体的内容は公衆電気通信法の規制の対象から除外され、行政協定によることとなり、更に「日本国とアメリカ合衆国との間の安全保障条約第三条に基く行政協定を補足する電気通信、電波に関する合意」第一章第四条第八項により、市外専用回線(本件海底線によるものはこの範疇に属する。)に関する電気通信業務の範囲、程度、基準および米軍の支払うべき料金は、被告と米軍との直接交渉により決定するものとされ、この直接交渉により成立したものが電気通信サービス基本契約である。

従つて本件海底線を利用してする通信役務の提供も当初から右基本契約に含まれている。

なお、昭和二九年八月一日更新された右基本契約において「海底ケーブル電話設備」としての規定がおかれたが、これは従来から本件海底線による電気通信役務の料金について双方が不満をいだきながら、まだ然るべき合意に到達しなかつたため、この料金の決定を別個に取扱い、将来における相互の合意によるべきことを明らかにしたにすぎない。

そしてこれを受けて成立したのがいわゆるフアウツ協定であつて、この協定は当初から基本契約に含まれている本件海底線による電気通信役務の料金と使用条件のみを改訂し、かつ明確にしたものにすぎない。

更に同協定第五項等の規定は、将来日韓間の外交関係が回復した場合平和条約第四条(c)の規定にそう最終的処理により本件海底線の一部が韓国に帰属することとなる場合に備えた規定にすぎない。

以上のとおり、被告は電気通信サービス基本契約に基いて米軍に本件海底線による電気通信役務を提供する契約上の義務があり、米軍に電気通信役務を提供することは日本電信電話公社法第三条第一項にいう被告の業務である「公衆電気通信業務」に該当する。そして被告の所有する右海底線に障害を生じたときは遅滞なくこれを修理、整備して前記基本契約上の義務である電気通信役務の提供に支障のないようにすることは被告の当然の業務である。

原告らの援用する右基本契約附属書A一三〇五四、フアウツ協定第三項等の規定は、海底線に発生する障害は極めて不規則であり、かつ、その修理費も高額なため、修理費用は別途実費で徴収することにしたもので、これらは料金算定の技術的問題であつて、これをもつて被告が本件海底線の修理義務を負わないものとすることは誤りである。

(五)  原告らは本件海底線を使用する電気通信役務の提供は国際電信電話株式会社の業務に専属すると主張する。

国際電信電話株式会社法によれば、同社設立の目的および業務の範囲は、国際公衆電気通信事業および郵政大臣の認可を受けて行う附帯事業に限られているが、右にいう国際電気通信事業であるためには、その回線の末端の属する両当事国相互の合意によるものであることを要し、この要件を欠くときは同法にいう国際電気通信事業ではあり得ないのである。

本件海底線は、日韓両国間にまたがる線条ではあるが、両国相互の合意に基いて回線が作成されたものでもなく、また両国相互の合意に基いて米軍に貸与されたものでもない。かように両当事国ないし両当事国の許可を得て電気通信事業を営む事業者相互間の合意を欠くものは、同法にいう国際公衆電気通信事業ではあり得ない。

従つて、本件海底線を利用する電気通信役務の提供が国際電信電話株式会社に専属するとの主張は誤りであつて、前記事業は公衆電気通信事業として被告の業務である。

六、原告らが解雇当時その主張のとおり本社支部の役員であつたことは認めるが、その余の原告らの再抗弁二の(四)の事実はすべて争う。

第六、立証<省略>

理由

第一、原告らが公共企業体である被告に雇用されていたところ、昭和三一年五月四日被告より公労法第一七条違反を理由として解雇の意思表示を受けたことは当事者間に争がない。

第二、千代田丸不発航の経緯

一、昭和三一年二月二〇日日韓間海底線第二ルート第三区間のいわゆる李ラインから韓国寄りにある地点へ対馬棚木より北方約六七キロメートル、韓国池浦より南方約二二キロメートル、韓国領北兄弟島より約五・四浬の地点)に障害が発生した。

二、被告が右障害の修理工事を被告の布設船千代田丸に担当させることとし、その頃同船に長崎港に回航するよう命じたことは当事者間に争われていない。

そして成立に争ない乙第一〇号証、乙第一六号証によれば、千代田丸は昭和三一年二月二四日午前七時三〇分長崎港へ入港し、同船長代理(船長田代安市は同月二七日夕刻帰船した。証人田代安市の証言による。)、同船工事長は同月二四日被告海底線施設事務所長より同記障害除去のための修理作業命令を受け、その準備にとりかかり、同月二七日その準備が完了したことが認められる。

三、その頃被告の職員で組織する全電通本社支部(当時の支部長は原告山本、副支部長は原告野崎、書記長は原告阿部であつた。)は東京においてその下部組織である全電通本社支部千代田丸分会(千代田丸乗組員により組織されている。)の要求に基く右工事に関する労働条件等について被告と団体交渉中であつたことは当事者間争ない。

四、証人深見勇、同沢田忠勝の各証言、証人田代安市の証言(後記措信しない部分を除く。)により、同人がその名下に押印したものと認められ、従つて全て真正に成立したものと認められる甲第三二号証および同証言により同人の供述内容を誤なく録取したものと認められる弁護士松本善明、同中田直人作成の甲第一六号証によれば、同月二八日長崎港の千代田丸においては、千代田丸分会と同船長との話合いが行われ、同船長が組合と十分話し合つて、了解の上出航するとの趣旨を言明し、同年三月一日同分会書記長の求めに応じて確認事項と題するその旨の書面に記名押印したことが認められる。右認定に反する証人田代安市の証言部分と成立に争ない乙第三、六号証、右証言により真正に成立したものと認める乙第二七号証の各記載部分は採用しがたい。

もつとも前掲各証言によれば、同船長は同月三日深見千代田丸分会長に口頭で右確認事項を取り消す旨の発言をしていることは認められる。

五、本社支部が同月四日千代田丸分会に対し闘争連絡第六号の連絡をしたことは当事者間争なく、成立に争ない甲第四号証によれば、右連絡は、同日附、本社支部長原告山本孝幸名義で発せられたもので、その前文は「われわれは公社当局と朝鮮海域の海底線工事に関して千代田丸発航のための労働条件の団体交渉を続けて来たのであるが、公社側は一方的に公社案を押しつけて発航させようとしている。よつて本社支部は千代田丸分会に対して左記のことを実施することを連絡する。」とし、記として「今回の朝鮮海域における海底線工事は外国における工事である。われわれはこの工事に従事する義務はないのであるが、条件によつては妥結しようとした。よつて外国旅費の支給について公社と組合との間における妥結を見ない限り、発航の準備が整つていないので発航命令があつても発航に応ずるな。」というのである。

六、落合海底線施設事務所長は同月四日午後六時千代田丸船長に業務命令を発し(成立に争ない乙第二四号証と証人落合岩男の証言によれば、右命令は、速やかに出航して所定の工事をするようにとの趣旨の命令であり、同船長はこれを受けて当日は強風のため、発航は翌五日午後五時とすることとし、四日午後六時三分職場大会中の乗組員に業務命令により本船は五日午後五時出航予定であることを告げたことが認められる。)その頃同船長は千代田丸船内に三月五日午後五時出航予定という告示をしたことは当事者間に争がない。

七、成立に争ない甲第四号証によれば、同月五日本社支部は千代田分会に対し本社支部長原告山本孝幸名義の「既定方針どおり結論が出るまで発航に応ずるな。右の責任は本社支部長がもつ。」との闘争連絡第八号を発したことが認められ、被告が同日午後四時五〇分ないし午後五時頃までに本社支部との団体交渉の席上本社支部役員に対し速やかに出航業務拒否の態度を撤回するよう警告を発したことは当事者間争ない。

八、成立に争ない乙第二四号証、前掲乙第二七号証、証人落合岩男、同田代安市の各証言によれば、(イ)千代田丸船長は同日午前一一時五五分前記告示中出航予定を消し、同日午後五時出航(業務命令)との告示に宣し、同日午後四時頃船内各部の長へ一等航海士、税関長、工事長、無線局長、事務長)に本日午後五時出航するから在船者の点呼をするよう命じたが、千代田丸分会員である一等航海士のみはその担当である甲板部員の点呼を拒否したこと、次いで同船長は同日午後四時三五分同航海士にスタンバイ手配を命じたが、同人から拒否されたので、同日午後五時二分自らスタンバイを乗組員に周知させるためのベルを押したが、甲板部員、機関部員は所定の配置につかず、千代田丸は出航することができなかつたこと、(ロ)千代田丸船内には右スタンバイ手配前に前記闘争連絡第六号、同第八号が掲示されていたことが認められる。

九、千代田丸は同日中発航せず、翌六日本社支部が全電通中央本部の指示に基き千代田丸分会に発航に応ずるよう連絡するまで長崎港に碇泊したことは当事者間争なく、前掲乙第二四号証と証人落合岩男の証言によれば、干代田丸分会役員は同日午後四時四五分船長らに従来どおり船長の部下として働き出航に応ずる旨申し出て、その結果同日午後六時長崎港を出航し本件工事に赴いたことが認められる。

第三、本社支部の闘争連絡第六号の趣旨

一、被告は本社支部の闘争連絡第六号は公労法第一七条により禁ぜられた争議行為をあおり、そそのかす行為に該当すると主張するので、まず、この点を検討する。

前記認定の闘争連絡第六号、第八号の文言によれば、同連絡第六号は、千代田丸分会員に船長より発航命令があつてもこれを拒否するよう指令した趣旨と認めるのが相当であつて、もし千代田丸乗組員にとつて当時本件工事に赴くことがその職務上の義務であるならば、争議行為の指令と見るのがむしろ卒直であつて、原告らが主張するように右連絡が単に昭和三一年二月二八日千代田丸船長と同分会との確認事項に伴う同船長の義務の履行に関する連絡にとどまると解すべき根拠はない。

なお、右連絡は、たとえ発航命令が出てもこれに従うなという趣旨であるから、本社支部役員が前記認定の被告よりの警告を受けるまで落合海底線施設事務所長が同年三月四日午後六時千代田丸船長にすみやかに出航して工事をするようにとの業務命令を発したことを知らなかつたとしても、かかる事情は右連絡を前記のように解すべきことに影響がないものというべきである。

二、しかし、右闘争連絡第六号が本件工事は「外国における工事である。われわれはこの工事に従事する義務はないのであるが、条件によつては妥結しようとした。」としていることから判るように、本社支部は本件工事に赴くことは千代田丸乗組員の労働契約上の義務でないことを前提としているのである。

そこで、本件工事に赴くことが千代田丸乗組員の労働契約上の義務であつたかどうかが検討さるべきこととなる。

第四、本件工事と千代田丸乗組員の労働契約

一、被告の職員は公労法第一七条、第一八条による解雇又は日本電信電話公社法第三一条若しくは第三三条の免職による以外にその意に反してその職を奪われることのない法律的地位にある。

従つて被告は原告ら解雇の理由として述べた公労法第一七条違反の行為の存在について立証の責任を負担する。

被告の原告らが公労法第一七条に違反したとの主張は、千代田丸乗組員が同条の禁止する同盟罷業、怠業その他業務の正常な運営を阻害する行為をすること、すなわち本件工事に赴くことが千代田丸乗組員の職務であるのにかかわらずこれを組織的に怠ることを前提とするものであるから、当然この事実についても立証の責任を負担するものである。

二、被告は本件工事に赴くことは、当時千代田丸乗組員の労働契約上の義務であつたと主張するが、結論的にいつて、この主張事実については次のような合理的疑問をさしはさむ余地があつて、結局本件に現われた全証拠によつても、この主張事実を肯認することはできないところである。

三、以下、その理由を述べる。

(一)  本件工事に赴くことが千代田丸乗組員の労働契約上給付すべき労務の内容となつているかどうかは、おおむね、(イ)労働協約、就業規則などの定めはどうなつているか、(ロ)従前の日常的な勤務と本件工事における勤務とではその勤務の内容ないし勤務の環境にどのような相違があるか、(ハ)従前本件工事と同種の工事につくに際してその労働条件、航海の安全保障の条件の決定がどのような方法によつて決定されたか、その実績の程度、またその決定された労働条件の内容がどのような内容であつたか、(ニ)社会通念上当該勤務につくことが契約当事者間に合意されたと認めることが合理的であるかどうかの諸点を検討することによつて決定されるべきものと考える。

(二)  本件工事に赴くことが労働協約、就業規則上どう定められているかについては、被告は積極的に主張するところがない。

かえつて、後記(四)認定のとおり、過去における本件工事と類似の工事について労使の団体交渉を通じてその都度右各工事に伴う労働条件等を決定して来たことが認められる。そして成立に争ない甲第四号証、証人佐藤睦、同山本英也の各証言によれば、被告もその旅費規程の内容が本件工事当時の朝鮮海峡の特殊性に相応しい内容を有しないものと考え、具体的に妥当な旅費の支給をするため、被告公社の総裁の旅費に関する調整権の発動を必要とするものと考えていたことが認められ、また成立に争ない甲第八号証の四によれば、昭和三〇年五月の千代田丸の朝鮮海域に出航の際、海底線施設事務所と海底線連絡協議会との団体交渉において被告の本社には知らせないという了解の下に超過勤務時間三〇時間分の概算払等の条件で妥結したことが認められ、この事実は被告の旅費規程などによる労働条件の規制を超えて新たな労働条件が団体交渉を通じて形成されて来たことを窺わせるものである。

被告は、本件海底線工事は、被告の本来の業務であるから、千代田丸乗組員が被告の職員である以上当然これに従事することが被告との労働契約の内容となつていると主張するが、被告の職員にもそれぞれ分担の職務が存することは明白であつて、千代田丸乗組員が本件工事に赴くことが分担の職務であつたかどうか、更に分担の職務であつても、その労働条件がすでに確定していたかどうか、確定していなくとも出航すべき義務があつたかどうかが更に検討さるべきものなのである。

更に被告は本件工事のための出航業務が千代田丸乗組員の船員雇入契約の内容に属していないとなすべき何らの根拠がないというが、被告は右乗組員との契約上本件工事に赴くことがその義務となつていることの根拠を積極的に主張すべきものである。

(三)  次に本件工事の環境と千代田丸の通常の労働環境の相違の有無、その程度について検討する。

1 証人深見勇の証言によれば、千代田丸乗組員の労働の環境の大部分は、昭和三〇年以降は日本の西方海域主として鹿児島湾、奄美大島群島、屋久島、種子島、五島列島、隠岐諸島等の周辺にあるものと認められる。

2 そして本件修理工事の地点は李ライン内側であり、韓国領北兄弟島より五、四浬の地点であることは当事者間争なく、成立に争ない甲第三三号証とこれにより真正に成立したと認める甲第一三号証によれば、被告(被告の設立前は電気通信省)の布設船が日韓海底線の第三区間(対島、朝鮮間)に赴いたことは昭和二四年一二月より昭和三一年の本件工事まで七回であり、本件工事は昭和二五年の工事に次いで、韓国寄りの地点の工事であることが認められる。

3 成立に争ない乙第一四号証の一ないし三によれば、被告は外務省を通じ韓国に本件工事のため千代田丸が出航することを通告したことが認められ、また本件工事に関し被告が米軍に対し護衛艦の派遣を要請したことは当事者間争ない。

証人山本英也の証言によれば、被告としては本件工事に危険はないと考えていたが、事故が起つたとすれば、重大なことであるので、万一にも事故が起らぬよう千代田丸の安全の保障についてはでき得るかぎりのことをする趣旨で前掲各措置をとつたものと認められる。

しかしながら成立に争ない甲第三〇号証の五と証人木村光臣、同道向清、同沢田忠勝、同神永政数の各証言によれば、千代田丸が昭和三三年四月二八日朝鮮海峡木島附近で海底線修理工事中その右舷約一〇〇メートル、左舷約三〇〇メートルに各一発の砲弾が落下したことが認められる。

この事故は木村光臣証人のいうとおり、米軍内部における連絡不十分なため偶発的におきた事故と認められるが、この事故の発生は、被告が右工事に万一にも事故のないよう万全の措置をとつたが、かかる措置をとつてもなおかつ、かかる事故の発生を防ぐことのできない事情のあることを示しているという外はない。

なお、右事故は本件工事の二年後のことであるけれども、昭和三一年と昭和三三年とでは別段に考えなければならない状況の変化があつたことについては被告から何の主張も立証もないところであるから、昭和三一年度の本件工事についても、被告としてできるかぎり千代田丸の安全のための措置をしても、なお危険の発生が絶無であるとすることのできない状況にあつたものと認める外ないものである。

4 証人山本英也、同佐藤睦の各証言によれば、被告側も千代田丸が李ラインを超えて米軍の護衛の下に韓国近くまで行くことは同乗組員にとつて特別の環境の下における作業であり、職員の心理的問題を考える必要があると考えていたことが認められる。

成立に争ない乙第二二号証によつて認められるように被告が本件工事の出航に際し千代田丸乗組員に一人当り二〇〇円の「壮行会費」の支給を決定したのは前記職員の心理的問題を考慮してのことと考えられる。

5 以上によれば、本件工事は、千代田丸の日常の労働の環境とは相当異つた環境で行われるものであり、被告や千代田丸乗組員が注意しても避けられない生命、身体等の危険が絶無とはいえない環境における工事であつたというべきものである。

(四)  本件工事と同種の朝鮮海峡における海底線工事の労働条件、安全保障の条件等の決定の事情を見る。

1 前掲甲第一三号証、甲第三三号証によれば、終戦後における日韓間海底線の工事は昭和二四年一二月の第三区間の工事を始めとし本件工事までに一二回程布設船が工事に赴いているが、昭和二五年六月朝鮮動乱が始まり、米軍の要求により当時まで不通であつた第二ルートの復旧作業を行うなど朝鮮動乱中の工事が七回程あり、当時の南北朝鮮間の戦争状態という特別な状況の下における出航という特殊事情もあつて、本件工事までは布設船出航までにそのときどきの労働条件、安全保障の条件などについて労使の間(被告設立前は電気通信省の管理者側と全逓信労働組合との間)に団体交渉が行われ、管理者側と組合側とが妥結しなければ出航しないという前提で交渉したかどうかは別として、結果的には、労使間にその時々の労働条件、安全保障の条件などについて話合いが成立し、布設船が出航したことが認められる。

2 成立に争ない乙第三三号証によれば、朝鮮動乱中朝鮮海域に赴く布設船乗組員に対し人事院の定める特別の特殊勤務手当(危険区域手当、傷病手当、被撃手当、障害手当、特別災害手当、所持品そう失手当および危険物搭載手当)を支給し、その時以外の布設船出航については、この種手当としては支給していないことが認められる。

しかし、証人落合岩男の証言と成立に争ない甲第八号証の一、二、三、四を綜合して見ると、朝鮮における休戦協定締結後も、従来の沿革を一挙に転換させることも困難だつたためもあろうが、昭和二五年頃の銃撃事件などの過去の経験もあり、また李ライン内の漁船の拿捕事件もあつたので、被告側も停戦という点の情勢の変化はあつても、出航ごとにその時の労働条件を団体交渉によつて決定して来たこと、すなわち、被告の海底線施設事務所と組合側との団体交渉により各出航の際における護衛艦の派遣などの安全保障の措置について協議妥結し、なお給与について危険海面手当の支給の外、昭和二九年一月の出航の際は壮行会費と超過勤務手当五〇時間分を支給することとし、同年四月出航の際は、壮行会費と超過勤務手当四〇時間分を支給することとし、昭和三〇年五月の出航の際は壮行会費と超過勤務手当三〇時間分を支給することでそれぞれ妥結して出航していること、超過勤務時間が逐次減少しているのは航海についての安全感が増して来たことを理由とするものであることが認められる。

(五)  布設船が朝鮮海域以外の工事につくに際して団体交渉をしたことはまずないことが認められる。

証人深見勇の証言によれば、布設船が朝鮮海域以外の地の工事に出るときに団体交渉をした例は、昭和二七、八年頃の隠岐の島工事に際して浮遊機雷が非常に多いということで、掃海の状況の調査、安全確保の手段の研究等について労使間に話合いがもたれた以外にないことが認められる。

(六)  以上の諸事情を綜合して見ると、千代田丸乗組員の労働契約の内容を就業規則などにより明確にできないし、被告の旅費規程なども被告自身朝鮮海域における労働を律するのに必しも適当でないと考えていたと認められるので、結局従前の労働条件の実績によつてその内容を確保する外なく、従前の労働条件の実績によれば、朝鮮海峡における海底線工事は千代田丸乗組員の通常の労働の環境とは異つた危険な環境において行われ、そのため出航前例外なく労使の団体交渉が行われ、結果的には妥結して出航したこと、その労働条件も工事個所の危険の度合いに応じて異り、労働の対価も予め抽象的に定められた規定によるものではなく、結局は海底線施設事務所長の超過勤務に関する裁量権の行使という形により定められた(壮行会費の規定上の根拠は本件記録上は明白でない。)ということになる。

そしてこのような取扱いが昭和二四年一二月以来七年(朝鮮動乱の休戦協定成立後とするも三年)に近い年月にわたつて行われたことを考えると、反対に解すべき特段の事情のない本件においては、千代田丸乗組員の朝鮮海峡における労働は、その都度労使の団体交渉により妥結する条件をもつて、その労働条件とする約旨であつたと認定するのが相当である。

ところで本件工事に関しては労使の団体交渉の妥結を見ないで出航命令が出たことは当事者間争ないところであるから、かかる命令は従前からの労使間の団体交渉における妥結を積みかさねることによつて前記のとおりの内容に限定された千代田丸乗組員の労働契約の内容の変更を試みたものというべきである。

そしてこのような契約内容の変更が可能であるかどうかは結局は労働者の同意の有無に求めざるを得ないところである。

本件工事は、被告や千代田丸乗組員がいかに注意しても、なお生命身体に対する危険が絶無とはいえない海域における工事なのであるから、千代田丸乗組員は自己の満足する労働条件ならば格別、それ以外の条件ではそんな危険にさらしてまで自己の労働力を売つていないと見るのが社会通念上むしろ通常であるので、結局本件に現われた全証拠によつても千代田丸乗組員が右変更に同意したと認めることはできないし、また被告との雇用契約締結によつて被告側からする前記労働条件の変更についてまで包括的に同意していたと認めることができないところである。

もとより被告も千代田丸乗組員を危地に赴かしめるつもりはなかつたであろう。成立に争ない乙第一五号証の一により認められるように本件工事に関して米極東陸軍司令部ホフ大佐より米海軍の護衛なしで工事をして貰いたいという申入れもあつた程であるし、その上韓国に対する申入れ、米護衛艦の派遣など被告として千代田丸の安全保障について最大の努力をした事情もあるが、前記認定の昭和三三年四月に千代田丸附近に砲弾が落下した事件は、被告が千代田丸の安全保障について最善の努力をしても、なおかかる危険の発生が避けられなかつたことを意味するという外なく、従つて昭和三一年の本件工事についても千代田丸乗組員が朝鮮海峡の危険を主張し、これに見合うと考えた給与の支給を要求し、結局従前の労働契約の内容の変更に同意しなかつたことをもつてとるに足らぬ杞憂によるものとすることはできないところである。

なお、本件工事について被告側の提案した労働条件が千代田丸乗組員において当然同意しなければならないほど適当な条件であつたと認めるに足りる証拠はない。

以上によれば昭和三一年三月五日千代田丸船長のスタンバイ手配当時千代田丸乗組員の本件工事に関する労働条件は未定であつたというべきであり、そして労働条件未定のまま前記の危険のある海域に出航する義務が千代田丸乗組員にあつたとはたやすく考えられないところである。

第五、公労法第一七条違反の不成立と解雇の無効

以上のとおり、千代田丸乗組員が昭和三一年三月五日同船長の出航の命令に応ずべき労働契約上の義務があつたとの点について立証がないから、千代田丸乗組員が右命令に従わなかつたとしても、かかる行為は公労法第一七条に禁止されている行為には該当しないものというべきである。

従つてかかる行為を指令した本社支部の闘争連絡第六号、第八号もまた公労法第一七条によつて禁止された行為をあおり、そそのかす行為には該当しないという外はない。

被告の職員は前記のとおり法律上その地位が保障されているのであるから、公労法第一七条に違反しないのにかかわらず、同条によつて解雇しても、かかる解雇は無効というべきである。従つて原告らに対する解雇は無効であり、原告らと被告との間には依然雇用関係が存続するものというべきである。

第六、結論

従つて、被告との雇用関係の存在の確認を求める原告らの本訴請求は理由があるから、これを正当として認容し、訴訟費用の負担について民事訴訟法第八九条を適用し、主文のとおり判決する。

(裁判官 桑原正憲 大塚正夫 石田穰一)

別紙<省略>

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