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東京地方裁判所 昭和32年(ワ)6718号 判決 1958年8月03日

原告 森木良人

右代理人弁護士 西尾盛三郎

被告 藤原健之助

被告 越川林三

右両名代理人弁護士 松島政義

主文

被告両名は原告に対し連帯して金五〇万円及びこれに対する昭和三一年一〇月五日から支払済まで年一割八分の割合に依る金銭を支払うこと。

訴訟費用は被告等の負担とする。

この判決は原告において金一五万円の担保を供するときは第一項に限り仮りに執行することができる。

事実

≪省略≫

理由

煎餠卸商たる原告が被告藤原に対してその主張のような約定で金五〇万円を貸付け、被告越川がその連帯保証をしたことは当事者間に争がない。

被告等は、右五〇万円は闇米買付資金として貸与されたものであるから公序良俗に違反して無効であると抗争するので、右抗弁の当否について判断する。

原告本人及び被告藤原本人の陳述、成立に争のない乙第二号証の一、二並びに弁論の全趣旨を綜合すれば、本件五〇万円の貸借のいきさつ及びその背影は次のようなものであつたと認定するのが相当である。

被告は藤原製菓株式会社を設立し、その代表者になつていたが、会社は名ばかりの会社であつて、実際は被告藤原個人が煎餠の製造販売を営んでいた。そして原告と被告藤原との間に昭和三一年七月一一日頃から煎餠の取引が始まつた。被告越川が原告の営業を手伝つていた。原告と被告藤原間の取引は現金取引で、一貫目六五〇円、しかも相当大量の取引をしようということで始まつたが、取引期間や取引数量などの点については具体的なとりきめがなかつた。原告は取引開始後まもなく被告藤原から頼まれて原料買付資金とし一五万円を貸した。被告藤原は約二週間位でこれを返済したので原告はすつかり被告を信用するようになつた。そして、被告藤原の申入れに応じて再び原料買付資金として本件の五〇万円を貸付けた。当時は被告藤原のようないわゆる中小の煎餠製造業者はほとんどすべて闇米を買入れてこれを原料として煎餠を製造していたのが実状であつて、このことは業者間におけるいわゆる公然の秘密になつていて、原告もこの点は十分に知つていた。被告藤原は借受けた右五〇万円で秋田県下において三十数万円の闇米を買付け、残りは運送費その他の営業費につかつた。なお、原告と被告藤原の煎餠の取引値段は七月二九日までは一貫目六五〇円、八月五日までは一貫目六〇〇円、八月一一日からは一貫目五五〇円になつており、同年の一〇月中旬に取引が終つている。証人木村春市の証言、前記原被告各本人の陳述のうち右認定に牴触する部分はいずれも採用し難く、他にこの認定を左右するに足る証拠はない。

いわゆる闇米の売買は食糧管理法の禁止するところで公序良俗に反する行為であるから、闇米の買付資金を貸与する行為も闇米の取引を助長する点において違法な行為であることはいうまでもない。原告は被告藤原が闇米の買付に使用することを知つて本件五〇万円を貸付けたのであるから、本件貸金が違法性を帯有するものであることは明瞭であるが、問題はその違法性の程度如何である。もし、原告が買取値段を引き下げるために被告藤原をそそのかして大量の闇米を買付けさせ、その資金として本件五〇万円を貸与したものであるというような事情があれば、本件貸借は公序良俗に反するものとして無効であるといわなければならないが、前段認定のように、本件貸借にはこうした事情は認められない。もつとも、本件貸借があつた後の取引値段が一貫目六〇〇円から五五〇円に引き下げられていることは前段認定のとおりであるが、この事実から直ちに原告が値段引下げのために自から進んで本件五〇万円を貸付けて被告藤原をして闇米を買付けさせ、一方的に値引きさせたものであると推認することは無理であつて、前記原被告本人の陳述によれば、寧ろ被告藤原が原告から本件五〇万円の貸与をうけたことが主因になつて双方合意の上で値引きをしたものであつて、原告側の圧力によるものではないとみるのが相当である。そもそも、煎餠の製造販売業は社会的に公認された立派な営業である。そして、その主要原料が米であることも公知の事実である。ところで、当時は、前段認定のように、被告藤原のような中小の煎餠業者はほとんどすべて闇米を原料に使用していたのが実状であつて、このことは業者間における公然の秘密になつていたのであるから、政府の関係機関も当然これを知つていたものと推認することができる。しかして、関係機関において中小の煎餠業者の営業を禁止するような措置を採つた事跡のないこともこれまた公知の事実である。こうした状況の下において、原料買付資金の貸与は闇米の取引を助長するものであるからというだけの理由で公序良俗に反して無効であるということが果して妥当であるかどうか。当裁判所は、こうした解釈は、結局において、政治のゆがみを貸主の犠牲において処理しようとするものであつて、決して公正な解決ではないと思う。周知のように、終戦直後の混乱期においては大部分の国民の生活が多かれ少かれ闇物資に依存しなければならなかつた時期があつた。あの時期に依頼されて生活資金を融通した者に対して当該資金が闇物資の購売を助長することになるからというだけの理由で公序良俗に違反して無効であると断定することが果して妥当であるかどうかを問えば、答は自から明らかなものがあると考える。本件の場合もこうした場合と類推的に考えて、闇米の売買を助長する点においてはたしかに違法であるが、他面、本件貸金が公認されている営業に対する営業資金の貸付けたる一面をも有する点を考慮して、その違法性は適法なる営業に対する資金貸付けの一面によつて減殺され、その違法性は全体としてこれをみれば公序良俗に違反する程度に甚しいものではないと解するのが相当であると考える。したがつて被告等の公序良俗違反の抗弁は採用しない。

次に、被告等は原告と被告藤原との間には昭和三一年六月いわゆる一手独占的買取契約が成立し、原告は被告藤原に対し取引は二、三年ではやめない。半永久的に被告藤原の製品を買取る、買取値段は米価に変動のない限り一貫目六五〇円とし、現金取引で一月一〇〇貫目以上の取引をすることを約し、被告藤原をその専従者としておきながら、漸次買値を崩し、かつ同年一一月には一方的に右契約を破棄し、なんら契約破棄の責任もとつていないのであるから原告が一方的に本件貸金の返済を請求することは信義則違反で許されない。また、被告藤原は原告の右契約違反によつて六五万余円の損害を蒙つているので右損害賠償債権と本件貸金をその対当額において相殺すると主張するが、原告と被告藤原との間に被告等のいうようないわゆる一手独占的買取契約が成立し、被告藤原が原告の専従者となつたことは、これを認めるに足る証拠がなく、右両者の間には前記のとおり現金決済で相当大量の取引をしようという諒解があつたにすぎないことがわかるので、被告等の右抗弁はその前提を欠くものといわなければならない。しかも、原告が被告藤原との取引をやめたのはその共同者である被告越川との間に不和をきたし、かつ原告の健康上の理由によるものであることは被告等の主張自体により明らかなところであるから、原告には被告藤原との取引をやめるにつき相当の理由があつたものとみるのが相当である。従つて、原告の一方的破棄を云々する被告等の主張もあたらない。蓋し、継続的商取引においては特約のない限り相当の事由があるときは何時にても一方当事者においてこれを破棄できるものと解するのが相当だからである。

なお、被告等は、原告は被告藤原に対し小型の特殊煎餠四五二貫を注文しながらこれを引取らないため同被告は一一万八〇九四円相当の損害を受けたと主張し、被告藤原本人はこれに副うような陳述をしているが、右陳述と成立に争のない乙第一号証中のこの部分の記載はいずれも原告本人陳述と対比してにわかに措信し難く、他に右の事実を肯認するに足る資料もないので、被告等の右の主張も採用できない。

右の次第であるから、被告等は原告に対して連帯して本件貸金五〇万円及びこれに対する貸付後の昭和三一年一〇月五日から支払済まで利息制限法所定範囲内の年一割八分の割合による利息及び損害金を支払う義務がある。よつて、これが支払を求める原告の請求を認容し、主文のとおり判決する。

(裁判官 石井良三)

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