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東京地方裁判所 昭和32年(ワ)10407号 判決 1962年10月03日

原告 蝶商株式会社

右代表者代表取締役 長行司満

右訴訟代理人弁護士 内藤文質

同 多賀健三郎

参加人 株式会社藤野商店

右代表者代表取締役 藤野宗次郎

右訴訟代理人弁護士 池田清秋

同 池田一

被告(脱退) 島村ツ子

同(同) 島村和子

右両名訴訟代理人弁護士 伊藤和夫

同 吉田米蔵

主文

参加人は東京都中央区日本橋小伝馬町三丁目一番地二九宅地五八坪六合五勺のうち別紙図面(A)(ニ)(ハ)'(イ)'で囲む土地を原告が通行することを妨害してはならない。

原告のその余の請求を棄却する。

訴訟費用はこれを二分し、その一を原告の、その余を参加人の各負担とする。

事実

≪省略≫

理由

一、請求原因第一項第四項及び第五項中参加人が被告らの建物及び敷地の賃借権を譲り受けたことは当事者間に争がない。

二、そこで原告が本件土地について通行を目的とする賃借権を有するか否かを判断すると、証人山内ロク、中村常吉、佐藤勝次郎、古屋整治、加藤陽康、金川伸、島村和子の各証言及び原告代表者尋問の結果検証の結果を総合すると次の事実を認めることができる。

被告らは昭和二四年一一月その賃借地のうち北西部二一坪八合一勺の賃借権を訴外山内賢一に譲渡したが、右土地から南東の公道への通路として、山内は、当時被告らの賃借地の南西に別紙図面(A)(ホ)(ヘ)(ト)の線に副つて隣の山口自転車店の建物と約一尺五寸を隔てて設けられていた板塀と山口自転車店との間を通行することを被告らと約束した。譲渡された二一坪八合一勺の土地の賃料は山内から直接、土地所有者中尾に支払うこととなり、右通路の使用料は山内の申出に拘らず被告らはこれを固辞し、結局無償で通行を認めることとなつた。そして、山内はその借地上に建物を建築し、すし屋を営業し約束どおり山口自転車店と塀の間を通行していたが、飲食店営業の許可をとる必要から昭和二五年三月頃被告らに対し、通路が狭すぎるので保健所が検視に来るときだけ一時塀を撤去してもらいたい、営業許可をとつた後は自分の方で新しい塀を設置すると申し入れた。被告らは初めは拒絶したが再三頼まれたので結局この要求に応じ、塀を撤去した。その後約三ヶ月経過してから被告らは山内に新しい塀を設置するように何度も要求したが同人は二年位すれば、浜町に店を持つからそれまでこのままにしてくれとこれに応じなかつた。そのうちに昭和二九年七月山内は死亡し同人の妻山内ロクが相続したが、同人は同年一一月その所有の建物及び敷地の賃借権を訴外佐藤勝次郎に売り渡し佐藤はこれを住居として使用した。佐藤は被告らに従来通り本件土地を通行させてくれと申し入れたが、被告らは将来増築する予定でいるから、本件土地全部の通行は認められないと、山内との約束通りの位置に塀を設置する旨を答えた。しかし、その後被告らが塀を設置しないまま佐藤は本件土地全体を通行していたが昭和三一年九月原告に前記建物及び敷地の賃借権を譲渡した。その際原告は不動産仲介業者を通じ、佐藤から、今後も本件土地全体を通行する承諾を被告から得ていると聞いていたが、同年一〇月被告らにその点を確かめたところ被告らは従来の経緯を説明し本件土地全体を通行させることはできないこと、被告らとしてはもと塀のあつた場所へ塀を設置するつもりである旨を答えた。そして同月三一日被告らは西南隣の山口自転車店と約一尺五寸を隔てて塀を設置し更に翌年一〇月再び塀を建て直した。被告らが山内賢一に北西の土地の賃借権を譲渡した当時の被告ら所有の建物は前記賃借地の東南の公道に面した店舗で、北東の境界に接して建てられており、本件土地に面する部分は三尺の廊下を隔てて座敷があり、山口自転車との間に板塀を設けたのは、家の内部を見られぬためであるが、塀の内側の空地では被告和子の亡父の生前から業営用の荷作り作業場として使用されていた。証人山内ロク、佐藤勝次郎の証言及び原告代表者尋問の結果のうち以上の認定に反する部分は信用し難く、他に以上の認定をくつがえすに足る証拠はない。

これらの事実によると、被告らが、山内及び佐藤が本件土地全体を通行するのを黙認していた事実は認められるが山内に対し本件土地全体について通行を目的とする賃借権を譲渡し又は転貸した事実はなく、したがつて山内ロクが本件土地全体についての通行を目的とする賃借権を有していたものとして、同人から佐藤を経てこれを譲り受けたという原告の主張はその前提において失当である。

三、次に原告の囲繞地通行権に基く主張について判断する。原告の借地二一坪八合一勺が公路に通じない袋地であることは参加人の明らかに争わないところであるから、これを自白したものとみなす。そして検証の結果によれば現在別紙図面(ロ)'(ハ)(ニ)(D)(C)を結ぶ線上に塀が設置されており通路の巾は狭いところで約三尺あることが認められる。

そして民法第二一〇条から第二一三条までの規定は土地所有者間の規定であるが、その不動産の利用の調節に基く社会公益的制度である趣旨から考え不動産賃借権者間にも類推適用すべきであつて本件の場合にもその適用があるものと考える。ところで前項で認定したとおり、被告らが山内賢一にその賃借地の一部を分割譲渡したことにより譲渡賃借地が袋地となつた事実、その際被告らは山内に本件土地のうち山口自転車店に接する巾約一尺五寸の通路の無償通行を認め、その後佐藤及び原告がここを通行することは拒ばなかつた事実から考え、山内賢一は被告らとの間の契約によつて本件土地のうち山口自転車店に接する巾約一尺五寸の通路を通行していたのであるが、右使用貸借権が佐藤及び原告に承継されないとしても、袋地の賃借権を取得した佐藤及び原告は民法第二一三条の趣旨から見て、分割者である被告らの賃借する本件土地を通行する権利があるものというべきである。そこでその通行権を有する通路敷の巾員について考察する。

原告は建築基準法及び東京都建築安全条例によつて本件の通路の巾は三メートル以上であることが要求されており、又原告所有の建物の利用状況からみて本件土地全体を通路とすることが必要であると主張する。原告主張のような法律及び条例の規定が存在することは明らかであるが、囲繞地通行権は元来袋地を利用する者が囲繞地を通行する権利であつて通路の巾も通行に必要な範囲に限られるべきであり、通行とは関係のない防火上の見地から設けられた建築に関する行政取締上の規定によつて囲繞地通行権の通路の巾が決定されるべきではない。又通路の巾は袋地の用法に従つた利用のできる範囲のものでなければならないが、これを決定するには従来の袋地及び囲繞地双方の利用状況、利用の目的、社会、経済上の必要性等から客観的に判断されなければならないのであつて、袋地利用者の主観的必要に応じて囲繞地の通路の巾員が増減するとすれば忍容義務を負わされた囲繞地利用者の地位が著しく不安定になつて、前記のような囲繞地通行権制度の趣旨に反するものというべきである。従つて原告がその主張のように袋地上の建物を倉庫にも利用しているとしても、それによつて通路の巾が決定されるべきではない。前認定のような本件袋地上の建物の従来の利用方法から考え又本件土地の所在地が都内有数の繁華街であつて、土地の利用度がきわめて高い裁判所に顕著なる事実から判断しその通路の巾は人が通れる程度であれば必要かつ充分であると考えられる。そして前記認定のとおり現在設置されている板塀内の通路の巾は約三尺あるから通路として相当というべきである。

四、なお参加人は原告の袋地賃借権は地上の建物について登記を欠くから参加人に対抗できないと主張するが、成立について争ない乙第二号証によれば右建物の所在地が中央区日本橋小伝馬町三丁目一番地の二四と登記簿記載されているが、これは三丁目一番地の二九の誤記であることが明かであるから、更正登記によつて容易に訂正できるものと考えられ、右登記は原告の袋地上の建物の登記として有効と考える。よつて、原告は袋地賃借権をもつて参加人に対抗し得るものというべきである。

五、したがつて参加人は塀を撤去する義務がないと同時に原告が現在の通路を通行するのを受忍する義務がある。よつて原告の請求をこの限度で認容して、その余を棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第九二条を適用し、仮執行の宣言は認容部分については必要がないのでその申立を却下し、主文のとおり判決する。

(裁判官 三淵嘉子)

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