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東京地方裁判所 昭和31年(ワ)7468号 判決 1959年6月04日

原告 株式会社三興商社

被告 東京昼夜信用組合

主文

1、被告は、原告に対し三〇〇万円およびこれに対する昭和三一年九月二六日以降右支払ずみにいたるまでの年五分の割合の金銭を支払え。

2、原告のその余の請求を棄却する。

3、訴訟費用は被告の負担とする。

4、この判決は、原告が被告に対し執行金額の三分の一に相当する金銭を供託するときは、第一項に限り、仮りに執行することができる。

事実

原告訴訟代理人は、「1、被告は、原告に対し三〇〇万円およびこれに対する昭和三一年九月二六日以降右完済にいたるまでの年六分の割合の金銭を支払え。2、訴訟費用は被告の負担とする。」との判決及び仮執行の宣言を求め、請求原因として、つぎのとおり述べた。

一、株式会社たる原告は、昭和二八年一一月一六日被告に対し普通預金として金三〇〇万円を預け入れた。よつて、被告に対し右預金とこれに対する訴状送達の翌日たる昭和三一年九月二六日以降右支払ずみにいたるまでの商法所定の年六分の遅延損害金の支払を求める。

尤も、原告の右預入は、昭和二八年一一月一六日現金を以てしたものではないが、同日原告が預入金の交付に代えて原告振出にかかる別紙のとおりの記載ある約束手形二通を被告に交付したところ、被告は、同年一二月一四日及び一五日訴外大和通商株式会社の名義を以て各一通ずつを訴外近藤商事株式会社から割引をうけ、前者につき一、三〇〇、五〇〇円、後者につき一、二四二、七五〇円合計二、五四三、二五〇円を取得している。この事実よりするも、被告は、原告から現金を以てする預入と同視すべき法律上の利益を取得したものというべきである。

二、仮りに右預金が契約として有効といえないとしても、被告は、原告の損失において法律上の原因なく不当に三〇〇万円の金銭を利得したものというべきであるから、原告は、不当利得の返還として右三〇〇万円およびこれに対する前項と同様の遅延損害金の支払を求める。

三、被告の仮定抗弁は、つぎの事由によつていずれも理由がない。

(一)  原告が被告の組合員または組合員と生計を一にする配偶者その他の親族でないことは認めるが、中小企業等協同組合法九条の八の規定が組合役員の同条所定の範囲を超えた預入を禁じたのは、これに反する行為を処罰することを定めるための前提とするためであつて行政取締役規定というべく、これを効力規定と解すべきではない。この間の消息は、信用組合が組合員外から預金の受入をすることは、中小企業等協同組合法七六条の規定によつて認められていたのであるが、信用金庫法(昭和二六年法律二三八号)の施行により一般大衆の預金業務が信用金庫において取扱われることとなつた結果、信用金庫法施行法一条において中小企業等協同組合法の一部を改正し、預金の受入は組合員又はその配偶者その他の親族からのものに限定した経緯に徴し明かである。原告の預入は法律上の効力を妨げられない。

(二)  被告代表者伴道義が代表理事就任に際し被告再建を引受けた事情は知らないが、伴道義と監督官庁または被告との間にいかなる約定がなされたにもせよ、その約定が原告の債権に消長をきたすわけがない。

(三)  被告総代会において可決されたとする再建案の内容は知らないが、それがために原告の権利行使が信義誠実の原則に反し、権利濫用となるわけがない。

被告訴訟代理人は、原告の請求を棄却する旨の判決を求め、答弁としてつぎのとおり述べた。

一、請求原因第一項の事実は否認する。原告は、被告に対しその主張のとおり金銭の預入れをしたものではない。被告組合の専務理事福田国基は、原告代表者(社長)野村正吉と懇意の間柄であつたが、当時被告の資金難に際し原告に対し三〇〇万円の融資を依頼し、融資成立と同時に当該資金による預入を成立させる趣旨で原告の被告に対する普通預金通帳に金三〇〇万円の預入れをうけた旨の記載をしてこれを原告に交付したが、その融資は終に成立しなかつたので、預金通帳の記載は意味のないものとなつた。

二、仮りに預入が成立したといえるとしても、つぎの事由により、原告は、その預金の請求をすることができないものである。

(一)  原告は、被告の組合員または組合員と生計を一にする配偶者その他の親族ではない。しかるに中小企業等協同組合法(昭和二四年法律一八一号)九条の八の規定によれば、信用協同組合は、組合員または組合員と生計を一にする配偶者その他の親族の預金の受入をすることができるけれども、その他組合員でない者の預金の受入をすることができる途を閉されているから、原告の被告に対する本件預入は、被告の目的外の事項に属し、法律上その効力があるといえない。

(二)  被告は、昭和二九年五月以降経営不振に陥り、破産に瀕するにいたつたが、被告代表者伴道義は、監督官庁の進により「いわゆる簿外勘定があつても、それに対しては旧役員および組合員が個人として責任を負うべく、被告は責任を負わない」旨の約定のもとに代表理事となり被告の再建を引受けたものであるから、被告は原告に対し支払責任がない。

(三)  被告は、昭和二九年一二月二八日臨時総代会において組合再建案なる議案を可決したのであるが、これによれば組合員は、組合再建案によるのでなければ、組合に対する預金の返還を請求しない旨の約定がなされている。しかるに、原告が組合員でないからといつてこの拘束の外に在つて本件預金の返還を請求することは信義則に反し、権利の濫用であるといわなければならない。

三、不当利得の返還を原因とする請求は、預金の返還を原因とする請求とその基礎を異にし許さるべきでない。

立証関係

原告訴訟代理人は、甲第一号証の一、二、第二号証ないし第九号証を提出し、証人毛利松平、同渡辺憲一の各証言および原告代表者の本人訊問の結果を援用し、乙第一、二号の成立は知らないと述べた。

被告訴訟代理人は、乙第一、二号証を提出し、証人酒井勝美、同植杉禧一、同新木英治の各証言を援用し、甲第一号証の一、二、第八、九号証の成立を認め、その他の甲各号証の成立は知らない旨述べた。

理由

一、原告主張の金三〇〇万円の預入の成立は、被告が極力争うところであるから、まずこの点について判断するに、成立に争のない甲第一号証の一、二、原告代表者の供述により成立の真正を認めるべき甲第二ないし第七号証の各記載、証人毛利松平および同渡辺憲一の証言並びに原告代表者の本人訊問の結果を合せ考えれば、1、被告代表者であつた毛利松平は、昭和二八年一一月中旬原告代表者野村正吉に対し金銭の貸付を依頼したが、原告において手許にその余猶がなかつたので、別紙のとおりの記載ある約束手形二通を受取人欄白地のままで振出し、これを他で割引き、その割引金を被告が使用することを承認し、この手形金の支払は、各満期日前に被告から原告に手形金相当額を提供し、これによつてすることを約定し、被告発行の原告宛普通預金通帳に被告の事務担当者をして昭和二八年一一月一六日金三〇〇万円の預金の受入をした旨の記載をさせて交付したことおよび2、右毛利松平は、右二通の手形の受取人を訴外大和通商株式会社(代表者渡辺憲一)と補充したうえ、その名義を用いて訴外近藤商事株式会社(代表者近藤荒樹)から同年一二月一四日別紙記載(一)の手形を満期日まで三八日間の日歩三五銭の割合の中間利息一九九、五〇〇円を差引いた一、三〇〇、五〇〇円で割引をうけ、翌一五日同(二)の手形を満期日まで四九日間の前同率の中間利息二五七、二五〇円を差引いた一、二四二、七五〇円で割引をうけ、その割引金を受領したが、各満期日に手形金相当額を原告に提供することができなかつたので、近藤商事株式会社の承諾をえ、数回にわたつて原告の書換手形を近藤商事株式会社に差入れさせ、前記手形の支払の延期をえてきたが、終にその調達ができなかつた結果、原告において各書換手形の満期日たる昭和二九年五月六日五〇万円、同月一〇日二〇〇万円、同月一五日五〇万円を各支払い、これによつて基本の手形二通の決済は、原告と被告との前記約定にかかわらず、原告の資金によつてとげられたことをみとめることができる。

証人酒井勝美、同植杉禧一の各証言のうちにはこの手形割引は被告組合のためにされたものでない旨の供述があり、前記約束手形については、書換手形とも、すべて被告が受取人または裏書人として記載されている形跡が認められないから前記各手形の割引が果して被告のためになされ、割引金が被告の資金に入つているといえるかどうか疑の余地なしとしないけれども、前記普通預金通帳の三〇〇万円の記入が被告の事務担当者によつてされたものである前記認定事実および前記酒井勝美の証言によつて認めることができる当時被告の専務理事であつた訴外福田国基は理事者として被告の窮況切抜のため約五〇〇万円の資金の調達をした者であるが、本件手形の割引に終始関与していた事実よりすれば、他に格別の事情のない限り、前記事実は未だ前記認定を左右するに足るものというをえない。

しかして、前記認定の特約よりするときは、被告は、原告が本件手形の支払をするに先立ち決済資金を原告に提供するというのであるから、一見原告は単に融通手形振出により被告がこれを他で割引くことができるよう、自己の信用を貸したにすぎず、消費寄託の要件たる金銭の交付を欠いているかの如くであるけれども、この特約においては、すでに被告が他で本件手形を割引き、その割引金を取得することが予定され、かつその予定どおり被告が訴外近藤商事株式会社で割引き、前認定のとおり割引金を取得しているのであるから、右手形は、法律的になんら価値なき手形というをえず、むしろこの手形交付は、金銭と同視すべき利益の付与とみとめるのが相当である。素より被告が近藤商事株式会社から割引をうけるに当り利息制限法の定をはるかに超える日歩三五銭の割引料をとられていること前認定のとおりであるけれども、これは、特別の事情がない限り、当時の金融市場の実情にもとずいて被告が自らの判断でした意思決定によるものとみとめるを相当とし、他方原告としては各満期日において手形金額を支払うことを約し、その義務を負うているのであるから、消費寄託の成立を妨げる事情となし難く、これらの事実にさきに認定した普通預金通帳の記入がなされている事実から判断するときは、原告が手形を振出し、これを被告代表者たる毛利松平に交付した時に遅くとも各手形満期日に各手形金額相当の金銭を被告から原告に弁済すべき旨の消費寄託が成立したものと認めるのが相当であつて、他にこの認定を妨げる事情は全く存在しない。

二、そこで、被告主張の預金受入が無効である旨の抗弁について判断するに中小企業等協同組合法九条の八の規定によれば、同法により設立された信用協同組合は、その事業として、組合員および組合員と生計を一にする配偶者またはその他の親族からの預金の受入をすることができる旨規定し、同法一一二条の規定によれば、組合の役員がいかなる名義を以てするを問わず、組合の事業の範囲外において預金の受入をしたときは刑罰に処せらるべき旨規定しているが、その趣旨は、同法一条に定める中小企業者等が相互扶助の精神にもとずき協同して事業を行うについて組合を組織し、組合員の公正な活動の機会を確保し、以てその自由な経済活動を促進し、且つその経済的地位の向上をはかろうとする同法の目的よりすれば、単に信用協同組合の事業経営の指針を明かにした程度のものではなく、法人たる信用協同組合の目的たる事業を定めるにあるというべく、その性格は、産業組合法(明治三三年法律三四号)一条一号と同一趣旨に解すべきである。しかして、産業組合法による信用組合の非組合員の預金の受入がその目的外の行為であるとしてその効力を否定されてきたこと(昭和八年七月一九日大審院判決参照)よりすれば、中小企業等協同組合法により設立された信用協同組合の組合員または組合員と生計を一にする配偶者もしくはその他の親族でない者の預金の受入についてもまた同一に解すべきであるといわなければならない。信用金庫法(昭和二六年法律二三八号)施行前の信用協同組合の事業として非組合員の預金の受入が広く認められていたことまことに原告主張のとおりである。けれども、それは特殊の立法政策により当時の制定法が認めてきたところであるというべく、この規定を改正して前記九条の八の規定となつた現在においてなお改正前の規定の趣旨を以てこれを解釈することは相当ではない。また前記中小企業等協同組合法一一二条の罰則規定は、このような目的外行為を禁渇する趣旨を以て特に組合の役員を処罰しようとするものであつてこの規定があるからといつて直ちに九条の八に違反する預金の受入を有効と解すべきではない。しかして、被告が中小企業等協同組合法により設立された信用組合であることは、原告において明かに争わず、原告が被告の組合員または組合員と生計を一にする配偶者もしくはその他の親族でないことが当事者間に争ない以上、本件預金の受入は、被告の目的外の行為であつてその効力がないというべきであるから、原告は前記預金契約に基いて本件三〇〇万円の返還を請求することができないといわなければならない。

三、そこで予備的請求について判断するに、被告は請求の基礎に変更を生じ許さるべきでないと主張するけれども、この請求は前段預金請求について確定した事実のみによつて当否の判断をすることができ、格別新な証拠調を必要としないから、前段預金返還請求に対しこの請求を基礎に変更あるものというをえない。そして、前段認定によれば、被告は、中間利息を控除したとはいえ各満期日に手形金の支払資金を預金返還の名目を以て原告に提供する約定のもとに訴外近藤商事株式会社から手形割引金の交付をうけ、その支払延期のため振り出した書換手形を原告が各満期日に支払つたというのであるから、被告は原告の手形金支払によつてこれに相当する合計三〇〇万円を利得したものということができ、その利得は預金の受入が無効である以上法律上の原因を欠くというべきに引きかえ、当初の約定どおりこれを預金の返還として請求することができない原告にとつて、右手形金三〇〇万円は被告に対する関係では全くその損失に皈したものといわなければならない。したがつて、被告は、原告に対し不当利得の返還として右三〇〇万円およびこれに対する本件訴状送達の翌日たることの記録上明かな昭和三一年九月二六日以降右支払ずみにいたるまで民法所定の年五分の遅延利息を支払うべき義務があるというべきであるけれども、これを超える部分は理由がないといわなければならない。

四、以上のしだいであるから、原告の請求は、預金として支払を求める部分は失当として全部棄却すべきも、不当利得として支払を求める部分は右に理由ありとした限度において正当として認容し、その余を失当として棄却すべく、訴訟費用の負担につき民訴九二条但書の規定を、仮執行の宣言につき同一九六条一項の規定を適用し、主文のとおり判決する。

(裁判官 小川善吉)

約束手形記載事項

手形番号 六一〇号(一)     六一一号(二)

金額   一五〇万円       同上

支払期日 昭和二九年一月二〇日  昭和二九年一月三一日

支払場所 帝国銀行本町支店    富士銀行小舟町支店

振出日  昭和二八年一一月二七日 昭和二八年一一月三〇日

振出人  株式会社三興商社    同上

受取人  大和通商株式会社    同上

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