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東京地方裁判所 昭和31年(ワ)6506号 判決 1958年6月27日

原告 寺西都

右代理人弁護士 中直二郎

被告 志村立実こと 志村仙太郎

右代理人弁護士 江口重国

主文

1、原告の請求を棄却する。

2、訴訟費用は原告の負担とする。

事実

原告の請求の趣旨、請求の原因及び被告の答弁はいずれも別紙中の当該記載のとおり。

立証 ≪省略≫

理由

1、証人志村和子の証言及び原告本人尋問の結果によつて真正に成立したと認められる甲第一ないし第二二号証及び右証言及び本人尋問の結果によれば、原告がその手許金及び親せき知人から預つた金銭合計約一六〇万円位を原告が請求原因で主張する頃十数回に分けて被告の妻志村和子に渡したことがうかがわれる。その渡した日時や金額の正確なことはしばらく判断の外にして次に右金銭交付の性質について判断することとする。

2、そこで右金銭交付は原告主張するように原告から被告に貸したものであるかどうかを判断するのに

成立に争のない甲第二三号証の一、二、証人大谷かね、大谷喜桜映の各証言及び原告本人尋問の結果によると、原告は被告の志村和子の琴の師匠で同女とは非常に親しく交際し被告の家に出入しているうちに被告が取締役をしている会社で使う金を出金すれば非常に有効であるとすすめられて前記金銭を右和子に渡したこと、その金銭には月五分または四分位の利子がかなりの期間毎月和子から原告に渡されたこと、右和子は原告に対して右出金に危険が全くなく、その返金確保には被告も責任を持つ旨を常々言つていたこと原告の渡した金銭や利子が原告に渡されなくなつてから被告もそのことに責任を感じてその原告への返金について種々努力したこと、和子も被告に対してその返金について責任を感じ同情を寄せ、自ら少額ながら返金したことが認められるので、それ等の事実からすると原告主張のように前記金銭は原告から被告に貸し付けられたもののようにみることも不可能ではないようである。

しかし他方右のとおりうかがい知られる各事実に前出甲第一ないし第二二号証、証人志村和子、星名季俊の各証言及び被告本人尋問の結果、同各証拠によつて真正に成立したと認められる乙第一ないし第一五号証を綜合すると

(イ)原告から前記志村和子に渡された金銭は全部また同人から訴外協和相互株式会社に渡され、被告及び右和子の用途に費されておらず、またその頃被告が生活費、借財の返済その他自分の用途にその金銭を用立てる必要も特になかつたこと

(ロ)原告が前記金銭交付の受領証の代りとして受け取つたものは全部右訴外会社振出の約束手形であつてそれには被告の裏書も何もしてなく、他に被告との間の金銭貸借の証書等を授受していないこと

(ハ)原告自身もその和子に渡した金が前記訴外会社に融資され、同会社で他に金融をすることによつて原告等に高利の利子を払うものであることを知つて前記金銭を和子に渡したものであり、原告は自分や親せき知人の利殖を計る目的で和子のすめに従い右出金をしたものであること

(ニ)被告は前記会社の取締役となり和子はその監査役となり、同人等は右会社の事業が有利でまた確実であることを信じ自分でもかなり多額の金銭を同会社に貸し付けたり原告以外の知人にもすすめて原告に対する略々同様方法で同会社に融資させたりしたが、これ等も結局ほとんど回収不能となり被告及び和子はその勧誘の責任を感じて被告所有の家屋を売却して各出金者に対する返金資金を作ろうとしたり種々努力したが目的を達しなかつたこと

等を認めることができるので、前記のとおり原告に有利な事実がうかがわれるにもかかわらず、原告が前記のとおり金銭を被告の妻和子に渡したのは被告に対する貸金としてなされたものであると認めることは困難であるといわねばならず、原告の主張に沿う証人大谷かね、大谷喜桜映の各証言及び原告本人尋問の結果は採用し難い。

3、以上の結論はかなり形式的な観察に傾いている感がないではない。前記各認定の事実からしても原告と被告及びその妻和子とは非常に親密な間柄であつて、被告及び和子も前記訴外会社の事業に不安を抱いていたことがなく原告も専ら被告及び和子等のすすめによつて被告だけを信用して前記出金をしたものであり、十数回に亘つて受領証として前記会社振出の手形のみを受け取りながらこれを怪しみもしなかつた事情もうかがい得られるので、この事情から推論して原被告間に前記金銭の貸借関係が成立しているものと認定することは極めて素朴な社会生活上の紛争の解決として当を得たものとすることもあり得ないことではないからである。しかし、百万円以上の高額な金銭を利用して一ヶ月四分或は五分という高利による利殖を計り、かなり高度な経済活動の利益を得ようとするような場合には当事者としてはいかに親密な間柄とはいえ他日第三者または国家から事態に沿つた判断や救済を受け得られるような手段を予め講じておくべきで、そのような手段をつくしておかないで不幸にして予期しない結果が生じた場合に、事柄の真相を直接知らない第三者や国家機関から一般的視準に従つて幾分形式的に扱われても止むを得ないものとしなければならない。原告はむしろ、事情に則した他の法律的或は道義的責任追求の手段を考えるべきであろう。

4、そこで原告の請求を失当としてこれを棄却することとし、民事訴訟法第八九条を適用し主文のとおり判決する。

(裁判官 畔上英治)

<以下省略>

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