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東京地方裁判所 昭和30年(行)107号 判決 1958年6月30日

原告 佐野加寿男

被告 東京高等裁判所・最高裁判所

主文

原告の請求はいずれもこれを棄却する。

訴訟費用は、原告の負担とする。

事実

第一当事者の求める裁判

原告訴訟代理人は

「被告東京高等裁判所が原告に対して昭和二七年一二月二七日なした懲戒戒告処分および被告最高裁判所が原告に対し昭和三〇年六月二五日なした右戒告処分を承認する旨の判定はいずれも取り消す。訴訟費用は、被告等の負担とする。」

との判決を、

被告等訴訟代理人は

「主文同旨」の判決

を求めた。

第二請求の原因

一、原告は、昭和二三年一一月三〇日被告東京高等裁判所(以下、高裁と略称する。)の雇となり、昭和二六年七月二一日より高裁第一民事部に勤務していたところ、昭和二七年一二月二七日高裁より別紙第一の処分理由書記載の理由により戒告処分を受けた。

原告は、昭和二八年一月二四日被告最高裁判所(以下、最高裁と略称する。)に対し右処分の審査の請求をしたところ、最高裁は昭和三〇年六月二五日別紙第二のとおりの理由により高裁の右戒告処分を承認する旨の判定をした。

二、しかしながら、高裁の右戒告処分は次の理由により適法である。

(一)  高裁の戒告処分の理由説明書(別紙第一)は、原告に戒告に価する行為があつたとしているが、原告にはかかる行為は全然なかつた。

すなわち

1、高裁は、原告が昭和二七年七月一一日朝約一時間遅刻したというが、原告はかかる遅刻をしたことがない。

2(a)高裁は、原告が(イ)同年七月一四日午後五時より翌一五日午前八時三〇分までと(ロ)同日午後五時より翌一六日午前八時三〇分まで宿直すべきことを命ぜられていたのにかかわらず、(イ)については完全に任務をつくさず、(ロ)については全然任務につかなかつたという。

しかし、原告は右各日時宿直をすべき命令を受けたことはなかつた。

当時高裁における宿直については、常直制といつて、高裁宿直室に起居していた高裁職員鶴留晃、坂本孝則と原告との三名が交代で宿直に当つていたものである。

この常直制は、宿直に関する諸規定に基くものでもなく、その実施および内容は慣行によつて規律されていたもので、その慣行の内容は、一般的には右三名が常直員として宿直に当ることを命ぜられてはいるが、具体的には右三名の協議によつて適宜当日における宿直員を定めることとなつていたものである。

原告は、右(イ)(ロ)の宿直についてはこれに当ることができなかつたので、当時他の二名と協議して同人等が宿直することに決定し、現に右二名が右各日時宿直をしたものである。

2(b) 仮に原告に対し当時宿直の命令があつたとしても、この命令は履行不可能な命令として無効である。

すなわち、高裁は、その当直員割当名簿により同年七月中は一日より末日まで連日原告に宿直を命じた形になつているが、このとおりの命令とすれば、かかる命令を履行することの不可能なことは明白であるばかりでなく、著しく人権を侵害した命令として、本人の承諾があつたとしても、奴隷的拘束として憲法第一八条に違反し無効である。

仮に無効でないとしても、かかる命令は、常直員三名の話合により命令を受けた者が適宜他の者と交代することを当然の前提としてなされたものというべきである。

原告は前記各日時他の常直員と話合の上交代していたのであるから、右命令には違反するところがない。

2(c) 以上いずれの理由によるも、原告が宿直懈怠の責を問わるべき筋合はない。

3(a) 高裁は、「原告は同年七月一五日および翌一六日の各午前八時半から午後五時まで上司の承認を受けないで欠勤し、しかも右一五日の午後二時頃と右一六日午前九時半頃高裁長官又は高裁事務局長から勤務に復帰するよう命ぜられながら、これに応じなかつた。」というが、原告は右各欠勤については、正規の休暇の承認申請手続をとり、その承認を得ている。また原告が高裁のいうような職場に復帰すべき旨の命令を受けたことはない。

3(b) 仮に原告の右休暇申請について承認がなかつたとしても、右不承認は違法な措置である。

すなわち、原告の各年次休暇申請は、全国司法部職員組合(以下、全司法と略称する。)の夏季手当要求について、最高裁事務当局が違法にも団体交渉を拒否したことに対し、反省を促すためのハンスト、すわりこみに参加するため、すなわち正当な組合活動のためになされたのであるから、他の所用による年次休暇請求と何等区別すべき理由がないにもかかわらず、高裁は、ハンスト等参加を違法視する見地から、原告の休暇請求を承認しなかつたもので、かかる不承認は裁量の範囲を逸脱した違法な措置であるから、原告が承認なしに休暇をとつたとしても、これを理由に懲戒することは許されないものである。

3(c) 更に休暇の不承認があつたとしても、これは原告の休暇が終つたのちになされた措置であるから、これをもつて原告のすでになした休暇につきその責を問うことは許されない。

3(d) 更に仮に高裁長官から同年七月一五日原告に対する職場復帰命令があつたとしても、同長官は、全司法の代表者の交渉により、その命令の実施を延期することとしたので、このことは直ちに右代表者を通じて原告に伝達され、結局右職場復帰命令は効力が出ないままに終つたものである。従つて、右命令の違反もあり得ず、また高裁主張の如く、高裁長官よりの職場復帰命令がすでに発せられていたので、原告の休暇請求が不承認となつたとすれば、かかる不承認は前提を欠く処置であつて、違法たるを免れず、原告が承認なしに休暇をとつたとしても、これを理由に懲戒することはできないものである。

(二)  高裁の戒告処分は、原告の正当な組合活動の故になされた不公正な差別待遇であるから違法である。

すなわち、原告は、高裁職員が一般にする休暇申請と全く同じ正規の手続により休暇の承認を申請し、その承認を得て勤務を離れたものであり、宿直勤務についても、他の常直員と全く同じ慣行に従つて処理したものであつて、特段原告についてこれを問題とする理由がないのに、ことさら高裁が前記休暇の不承認をしたり、前掲理由をかかげて戒告処分をしたのは、原告がその所属する全司法の意思決定に基き、その夏季手当増額要求について、最高裁事務当局が違法にも団体交渉を拒否したことに対し反省を求めるためハンスト等に参加したことを懲戒することにあつたもので、かかる措置は正当な組合活動の故になされた不公正な差別待遇として違法である。

(三)  以上いずれの理由によるも、原告に対する高裁の戒告処分は違法として取り消さるべきものである。

三、最高裁の判定は次の諸点において違法である。

(一)  前記二記載のとおり(ただし、二の(一)の1をのぞく。)違法な高裁の戒告処分を正当として承認した違法がある。

(二)  次に最高裁が裁判所職員に対する懲戒処分の審査を行うことは憲法第二八条に違反する。

すなわち、公務員は、公共の福祉の名の下に争議権、労働協約締結権を剥奪されているが、その代償として処分庁でない第三者的立場にある人事院の審査の手続が国家公務員法に規定されるに至つたものである。

しかるに裁判所職員の場合は処分庁の監督官庁ないしは処分庁に指示して処分せしめたとすら考えられる最高裁自体が懲戒処分に対する審査を行うのであるから、かかる審査制度は裁判所職員の地位の保全という点において争議権等剥奪に対応する代償の役割を果し得ないものである。

従つて、公共の福祉の名において裁判所職員より、争議権、団体交渉権を奪いながら、これに相応する代償を与えないことに帰し、結局最高裁が下級裁判所のなした懲戒処分に対する審査をする旨の裁判所職員臨時措置法の規定は憲法第二八条に違反するものであるから、かかる法規に基いてなされた最高裁の判定は違法である。

(三)  最高裁が裁判所職員に対する懲戒処分に対し判定をすることは、裁判所職員の右判定に対し適正な上告審の裁判を受ける機会を奪い、結局訴権を奪うことに帰するもので憲法第三二条に違反するものである。

すなわち、裁判所職員が右判定に対し出訴しようとしても、最高裁以外に上告審の裁判所がないのであるから、本件が最高裁に係属した場合判定に関与した裁判官は民訴法第三五条第一号によりすべて除斥される結果、原告は上告審の裁判を受けることができないことになるからである。

従つて、最高裁が高裁の懲戒処分に対し判定をなすことは原告の国民として有する裁判所の裁判を求める権利を侵害し違法といわなければならない。

(四)  以上いずれの理由によるも、最高裁の本件判定は取り消さるべきものである。

第三被告等の答弁

一、原告の請求原因第一項の事実は認める。

二、高裁は原告に別紙第一の処分理由書第一ないし第五記載の行為があつたため戒告処分をしたものであるが、右理由書第一の事実をのぞいても、原告の右行為は戒告に価するものである。

(一)  宿直について

高裁司法行政事務委任規定に基き制定された高裁当直内規によれば「当直は男子の裁判所事務官および書記官補の内から一人、男子の雇員又は廷吏の内から一人をもつてこれにあてる。」ことになつているが、昭和二七年頃は住宅難のため職員の希望をいれ、これら希望職員を宿直室に常直させ、交代で宿直勤務に当らせていた。

そして同年七月頃は鶴留晃、坂本孝則および原告の三名が常勤宿直者であつた関係上、その内の二名が交代で具体的な勤務を担当していたが、その割当は所管者たる高裁総務課長が予め決定し、その割当決定後はみだりにその変更は許されないものである。

もつとも、「当直の者が病気その他の事由により宿直することができないときは自己の責任をもつて他の者をして代直せしめることができる。」が、この場合も予め所管者に申し出て、勤務割を割り替えねばならないことに定められ、従来この定めどおり実行されて来たものであつて、原告主張のような慣行によつて行われたことはなく、また高裁が右三名の者が適宜交代して宿直の勤務をすることを諒承したことはない。更に高裁が同年七月原告に毎日宿直を命じたのは、原告の希望に応じたものであるから履行不可能の命令ではない。

昭和二七年七月一四日、同一五日の両日鶴留晃と原告が予め高裁総務課長より宿直勤務を割り当てられていたのに、原告は何等代直の手続をとらずに宿直勤務をせず、鶴留晃一人の宿直勤務をしたのにとどまつたもので、原告が命ぜられた宿直の任務を怠つたことは明白である。

(二)  休暇について

裁判所職員の年次休暇の取扱に関して準用される人事院規則一五―六によれば、休暇は必ず予め「その所属する機関の長」の承認を要し、休暇希望者が勝手にこれを定め得るものではない。これを高裁についていえば、所属機関の長とは高裁長官を指称し、従つて、休暇の承認権者は同長官又はその委任を受けた高裁事務局長もしくは長官代理の裁判官に限られるのであつて、これらの承認権者が原告主張の休暇申請に対し承認を与えたことはない。

右休暇の承認、不承認はいわゆる自由裁量行為であり、その申請に対する判定に当つては、事務の繁閑のみならず事務処理上考慮さるべきすべての条件について考慮し、事務に支障がないかどうかを判断するのが当然である。本件の場合原告の休暇申請に対する判定以前に高裁長官より原告に対し職場復帰命令が告知されていたのであるから(この命令の実施が延期されたことはない。)、かかる場合休暇の承認が与えられないことは自明であつて、しかも休暇の事後承認は、「火急の事由のためその手続をとることが困難であつた場合」に限り許されるのにかかわらず、原告の事後の休暇申請はハンスト参加の目的からであつて、災害その他真にやむを得ない事由に出たものでないのであるから、原告の事後の休暇申請に承認が与えられなかつたことは極めて当然である。

以上のとおり、高裁が原告の休暇請求について承認を与えなかつたことについて違法のかどはない。

(三)  不当労働行為との主張について

原告の休暇申請に対する不承認や本件戒告処分は、原告の組合活動に対する処置としてなされたものではなく、また原告のなしたハンスト、すわりこみ行為が違法であることに基いてなされたものでもない。

高裁は別紙第一掲記の原告の勤務懈怠について秩序維持の目的より戒告処分したものであつて、原告の勤務懈怠は昭和二四年八月八日附最高裁通達「裁判所職員の服務について」(乙第一二号証)に鑑みるも当然戒告処分に価するものである。

三、最高裁が裁判所職員に対する不利益処分に関し公平審査をすることについて、

(一)  最高裁が本件判定をしたのは、原告の求めに応じたものであり、しかも右判定は行政官庁としての権能に基きなしたもので、かかる権限を行使することが憲法に違反する筋合はない。

(二)  最高裁がかかる判定をしたのは行政官庁としての立場においてなしたものであるから、これにより司法権の主体としての裁判所の裁判権が侵犯されるわけでもなければ、原告の訴権が奪われるわけでもない。

四、以上のとおり、高裁、最高裁の各処分には違法の点はないから、原告の請求はいずれも理由がない。

第四、立証<省略>

理由

第一  原告の請求原因第一項の事実は当事者間争ない。

第二  原告が昭和二七年七月一五日および同月一六日通常の勤務時間である午前八時半から午後五時まで欠勤したことは当事者間争ない。

一  原告は、右両日休暇の承認を得たと主張する。

しかし、裁判所職員の休暇に関する規程(昭和二五年六月二二日最高裁規程第一〇号)第一項には「裁判所は事務に支障がないと認むるときは一司法年度に二〇日以内の休暇を与えることができる。」とあるので、休暇は裁判所が与えるべきものである。

この点について、被告等は人事院規則一五―六の準用により、高裁長官が職員の所属の「機関の長」として休暇の承認権を有すると主張するが、右人事院規則中の休暇の承認権者に関する規定は、前掲裁判所職員の休暇に関する最高裁規程に特別の規定があるため、そのままの形では準用されないものと解すべきものである(昭和二七年二月六日最高裁規則第一号裁判所職員に関する臨時措置規則参照)。

むしろ、右規則にいう「機関の長」は高裁職員については裁判所と読み替えて準用さるべきものである。そして成立に争ない乙第二一号証(久永正勝証人尋問調書)によれば、休暇に関する事務は、高裁々判官会議の議により同長官に委任され、同長官は、更に右事務の処理を高裁事務局長に委任していることが認められる。

原告は右七月一五日の欠勤について同日中に、翌一六日の欠勤について翌一七日中にいずれも組合用務のためということで年次休暇の承認申請をしていることは認められるけれども、これに対して休暇の承認権者である高裁長官又は高裁事務局長から承認を与えられたと認むるに足りる証拠はない。

二  原告は、原告の右休暇申請について承認権者が承認を与えなかつたことは違法であると主張する。

そこで右各休暇申請に対し、不承認のなされた経緯を見ると

(一)  原告本人尋問の結果によると、昭和二七年七月初旬全司法戦術会議(全司法の中央執行委員、在京の最高裁、高裁、地方、家庭各裁判所の各支部および全司法東京地区連合会の役員から構成されている。なお、証人宮崎辰彦の証言によれば、この会議体の名称は全司法拡大闘争委員会)は、全司法の夏季手当一月分要求に対する最高裁の態度を不満とし、その要求を貫徹するため、ハンスト、すわりこみを行うことを決定し、その実行者を右東京地区連合会から出すこととしたので、同連合会の副委員長であつた原告はこれに参加することとなり、同月一五日午前零時頃より最高裁本庁舎裏の新館玄関前にすわりこみ、そのまま同月一六日午後までこれを続けたことが認められる。

(二)  原本の存在とその成立に争ない甲第三号証(証人田戸美尋問調書)、成立に争ない乙第五号証(原告の休暇願)、同乙第六号証の一、二、三(請認簿)、同乙第一三号証(証人直井信治尋問調書)、証人直井信治の証言と原告本人尋問の結果を綜合すれば、原告の意を受けた高裁職員田戸美は同月一五日朝当時高裁職員が年次休暇の承認を申請する一般の例に従つて、高裁事務局民事訟廷課雇であつた直井信治に対し、原告に労働組合用務のため、同月一四日、一五日の両日、年次休暇を与えられるよう申し出て、その旨直井信治の職務上保管している請認簿(休暇承認申請年月日、承認を求める職員の氏名、所属、休暇申請事由、休暇期間を記入し、請求者が署名捺印する帳簿で、その欄の上部に承認権者が認否の印を押すこととされている。)に記載された。

また同日午後一時頃原告の意を受けた高裁職員米山賢が原告名義の垂水高裁長官あての同月一五日労働組合用務のため年次休暇の承認を求める書面(乙第五号証)を直井信治に提出したことが認められる。

(三)  次に成立に争ない乙第二一号証(久永正勝証人尋問調書)、同乙第一七号証(山口軍司証人尋問調書)、真正に成立したものと認める乙第一〇号証の三(高裁人事課長の高裁長官あて報告書)と証人山口軍司の証言とを綜合すれば、垂水高裁長官は同月一五日午後二時頃久永高裁事務局長に高裁の職員がハンストをしているから職場に戻させるように命じ、同局長は即時高裁山口人事課長、岸、飯島、各訟廷課長に高裁長官の職場復帰命令を原告に伝達するように命じ、右三課長は同日午後二時八分頃口頭でハンスト続行中の原告に右命令を伝えたことが認められ、右認定に反する原本の存在とその成立に争ない甲第一号証(木村広志証人尋問調書)、同甲第六号証(原告尋問調書)の各供述記載部分と原告本人尋問の結果は信用できない。

なお、原告は、右職場復帰命令の実施が延期されたと主張し、これにそう証人宮崎辰彦の証言と原本の存在とその成立の争ない甲第五号証(天野徳重証人尋問調書)もあるが、右供述又は供述記載も、成立に争ない乙第二一号証(久永正勝証人尋問調書)と対比したやすく信用できないし、他に右主張事実を肯認するに足りる証拠はない。

(四)  証人山口軍司の証言と成立に争ない乙第一七号証(山口軍司証人尋問調書)、同乙第二一号証(久永正勝証人尋問調書)、真正に成立したものと認める乙第一〇号証の三(高裁人事課長の報告書)を綜合すれば、前記(一)記載の請認簿による原告の休暇申請は、同月一五日午後二時すぎ山口人事課長が前記(二)認定の職場復帰命令を原告に伝達したのち、同人事課長等を経由して久永高裁事務局長に提出され、書面による休暇願(乙第五号証)は同日午後三時か四時頃同事務局長に提出されたことが認められる。

そして前掲乙第二一号証によれば久永高裁事務局長は、原告は予め承認を得ることなく職場を離れてハンストに参加したものであり、また原告に対しては高裁長官から職場復帰命令が出ているのであるから休暇を承認するわけにはいかないと考えて、右請認簿による原告の休暇申請を不承認と決し、乙第五号証による休暇申請に対しても承認の措置をとらなかつたことが認められ、他に右認定を覆すに足りる証拠はない。

(五)  真正に成立したものと認める乙第九号証(川俣高裁事務官の高裁長官あての報告書)によれば翌七月一六日午前九時半頃久永高裁事務局長の命により飯島民事訟廷課長、川俣高裁事務官とがハンスト実行中の原告に対し直ちに勤務に復するようにとの高裁長官の命を伝えたことが認められ、右認定に反する原本の存在とその成立に争ない甲第一号証(木村広志証人尋問調書)同甲第六号証(原告尋問調書)中の各供述記載部分と原告本人尋問の結果は信用できないし、他に右認定をくつがえすに足りる証拠はない。

(六)  成立に争ない乙第六号証の一、二、三(請認簿)によれば、原告は翌七月一七日になつてから、前日の一六日について組合用務を理由とする年次休暇の承認を求めたが、高裁事務局長の承認が得られなかつたことが認められる。

三  以上の事実関係に基いて高裁事務局長の不承認の適否について考える。

(一)  裁判所職員に関する臨時措置規則により、裁判所職員に準用される人事院規則一五―六によれば、休暇はあらかじめ承認を求めるのが原則であつて、病気、災害その他やむを得ない事故により、あらかじめ承認を得ることができなかつた場合にかぎり事後の承認申請を認めているに過ぎない。

そして、病気、災害その他事前の承認を得ることのできないやむを得ない事由のあつたことについて主張、立証のない本件においては、原告は右規則の趣旨に従いハンスト参加前あらかじめ休暇の承認を得べきものであつたといわなければならない。

(二)  裁判所職員の年次休暇をいかなる場合に承認すべきかについては、前掲裁判所職員の休暇に関する規程により「裁判所は、事務に支障がないと認めるときは……休暇を与えることができる。」と規定されているにとどまるので、休暇を承認すべきかどうかは「事務に支障があるかどうか」により決せられるわけである。

そして右規程にいう事務に支障があるとは、単に休暇を承認することによりその職員の属する部局の事務の処理に支障がある場合にかぎられるわけではなく、休暇の申請に承認を与えることにより、他の職員に悪影響を与え、ひいては裁判所全体の秩序ある運営をそこなう場合も右規程にいう事務に支障がある場合に該当するものと考えられる。

そして、原告の休暇申請は、その目的がハンスト参加にありながら、事前に休暇の承認を求める手続をしなかつたばかりでなく、原告は、前記認定の高裁長官の職場復帰命令の伝達を受けたのであるから、休暇の承認が得られないことを知り得たのにかかわらず、右命令を無視して職場を離れたことは、公務員としてふさわしくない違法の行動であつて、かかる場合原告の休暇申請を事後承認するとすれば、かかる例を将来とも認容するものと職員に受けとられ、職員の服務に関する諸規則の遵守を期し得ない結果となるから、結局かかる場合は高裁における裁判事務の秩序ある運営に支障があり、従つて右規程にいう「事務に支障がある」場合に該当すると考えられる。

従つて、高裁事務局長が、右規程にいう事務に支障があるものと認めて原告の休暇申請を承認しなかつたことは不相当といえないので、原告主張のように右の措置が著しく裁量を誤つた違法な措置であるとは到底認められないところである。

原告は原告の休暇申請に対する不承認は原告の組合活動の故になされた不公平な差別待遇であると主張するが、右認定のように右不承認は実質的に相当な根拠のある処分なのであるから、その根拠の故になされたものと認めるのが相当であつて、原告の組合活動を嫌悪しその故にことさら不承認にしたものと認むべき証拠はない。

また原告は高裁長官の職場復帰命令の実施が延期されたことを前提として右不承認を攻撃するが、この主張の理由のないことは、前記認定のように右命令の実施が延期されたことのない以上当然である。

なお、原告は、高裁事務局長の不承認は、事後の不承認であるから、原告のすでにとつた休暇についてその責を問うことができないと主張する。

しかし、前認定のとおり原告が通常執務すべき時間に予め休暇の承認を得ずに裁判所の職務以外の行為をしたことがそもそも規則違反なのであるから、その責を問わるべきは当然である。

もつとも原告の右の主張が原告は休暇の不承認の告知を受けなかつたので善意で職務を離れたというにあるとしても、前記認定のように、原告は右七月一五日午後二時八分すぎ高裁長官の職場復帰命令が告知され、従つて原告の休暇申請が承認されないことが明白となつても(原本の存在とその成立に争ない甲第六号証(原告尋問調書)によれば、原告もハンスト中職場復帰命令があれば、これに服すべきものと考えていたことが認められる。)、職場に復帰せず、また右七月一六日は予め休暇の承認を求めることができない特別な事由もないのに休暇の承認申請もせず、高裁長官の職場復帰命令にも服さなかつたのであるから、右両日共休暇の不承認になつたことを知らずに職務を離れた場合とは全く異るので、原告の職務懈怠についてその責を問われてもやむを得ないという外はない。

この点について証人宮崎辰彦の証言と原告本人尋問の結果によれば、前記認定の七月一五日午後二時八分高裁長官の職場復帰命令が原告に伝達されたのち、宮崎辰彦等の全司法の役員が高裁長官と会談した結果、同役員等は高裁長官が原告等のハンスト継続を黙認したものと誤認して、その旨を原告に伝えたことが認められないではない。

しかし、高裁長官が職場復帰命令を発しながら、その直後職場離脱を黙認したものと考えるごときは、極めて軽卒であつて、原告が右のように誤信して職務を離れたとすれば、重大な過失によつて職務を怠つたものというべきであり、かつ、前記認定のように原告としてもハンスト中職場復帰命令があれば、これれに服すべきものであることは知つていたのであるから、右七月一五日の原告の行動は予め休暇の承認を得ずに職務を離れ、高裁長官の職場復帰命令に服さなかつた点において職務上の義務に違反したものであり、重大な過失によつて職務を怠つたものというべきであつて、全司法の役員が高裁長官の意思にないことを誤り伝えた事情の如きは職務を怠つたことの情状として考慮さるべき事情に過ぎない。

また右七月一六日は前記認定のとおり、何等事前に休暇の承認申請を求めることのできない事情がなかつたのにかかわらず、その承認申請をしなかつたのみならず、当日午前九時半すでに原告に高裁長官の職場復帰命令が伝達されたのであるから、その後には原告がハンスト参加につき黙認されたと誤解する余地はあり得ない。

第三  高裁の戒告処分について

一  以上のとおり、前記認定の原告の右七月一五日と翌一六日の行動は裁判所規則(裁判所の職員に準用される人事院規則を含む。)の認める場合でもないのに職務を離れたことに該当し、裁判所職員臨時措置法(昭和二六年一二月六日法律第二九九号同二七年一月一日から施行)により準用される国家公務員法第一〇一条(職務に専念する義務)により定められる職務上の義務に違反し、かつ職務を怠つたことに該当するので、同法第八二条第二号に該当するものというべきである。

以上においてすでに原告には懲戒に価する行為があつたのであり、かつ、全司法の役員による高裁長官の意向の誤伝などの事情を考慮して見ても、右の行為に対して、戒告の処分をすることが社会観念上著しく妥当を欠き懲戒権者にまかされた裁量権の範囲を超えるものとは認められないから、高裁の原告に対する他の処分理由となつた原告の宿直懈怠等について判断するまでもなく高裁の処分は適法である。

二  原告は、右戒告処分は原告の正当な組合活動の故になされた不公正な差別待遇であつて違法であると主張する。

しかし、高裁の戒告処分は、すでにのべたとおり、実質上の根拠を有する相当な処分なのであるから、特に組合活動の故になされたと認むべき特別の事情、すなわち従前からの慣行又は他との振り合から見て本件処分が不公平であると認めるに足りる証拠のない本件においては、右処分が不公正な差別待遇であると認めることはできないところである。

以上のとおり、高裁の原告に対する戒告処分が違法であるとは認められないから、高裁に対し、右処分の取消を求める原告の本訴請求は失当である。

第四  最高裁の判定について

一  最高裁がなした高裁の原告に対する本件懲戒処分を承認する旨の判定に「違法な高裁の戒告処分を承認した違法」であるとの原告の主張事実の肯認しがたいことはすでに説明したとおりである。

二  原告は裁判所職員に対する懲戒処分について、第三者的立場にない最高裁が審査をすることは、裁判所職員から争議権、労働協約締結権を奪つた代償たる役割を果し得ないから、最高裁がかかる判定をすることは憲法に違反すると主張する。

しかし、最高裁が裁判所職員に対する懲戒処分等について審査をすることが同職員から争議権等を奪つた代償たり得ないとすれば、同職員から争議権等を奪つたことが憲法違反になるかどうかの問題を生ずるに止まり、同職員の地位の保全にとつて有利な、憲法には矛盾する規定のない最高裁の行政上の救済手続までを違憲とする理論的根拠を見出すのに困難であつて、この点に関する原告の主張は筋違いという外はない。

しかも本件においては、原告は、その欠勤が争議行為であるからそもそも休暇の承認を要しないものとも主張していないから、裁判所職員から争議権等を奪つたことが適憲であるかどうかは本件に関連がないといわなければならない。

それのみでなく、憲法第七七条によつて見ても、最高裁が裁判所内部の規律権従つて司法行政権の把持者として、下級裁判所の処分に対する審査の権限を有すべきことは極めて本来的なことであつて(新しい国家公務員制度が軌道に乗るまでの経過的措置は別である。)、しかも最高裁が国家公務員法第九〇条以下ないしは関係人事院規則を準用して行う裁判所職員の意に反する不利益処分に関する審査の制度も、その審査手続、救済の範囲とその内容は人事院のそれと同一であり、かつ、判定機関の構成員の選任の要件を厳重にし、その地位を保障する点においても人事院の場合と異るところが見られないのであるから、最高裁の審査制度は裁判所職員の地位の保全の面において人事院におけると同趣旨のものというべきである。

更に人事院は内閣の所轄の下にあつても内閣に対し独立的性格を有するばかりでなく、内閣の統轄の下にある他の国家行政組織とも別格独立の機関であるが、各行政官庁の人事行政の面においては、広範囲な勧告ないし監督的権限を有し、任命権者に対し職員に対する懲戒処分を行うように勧告することはもとより、場合によつては、国家公務員法第八四条第二項により自ら職員を懲戒手続に付することもできるのであるから、人事院は他の行政官庁に対し人事行政の面においては第三者的立場にあるものともいえないところである。他方最高裁は、国家公務員法や人事院規則の準用により、下級裁判所に対しその人事行政について人事院の行政官庁に対すると同一の関係にあるわけであるから、人事行政の面における最高裁の下級裁判所に対する関係は、人事院の他の行政官庁に対する関係と全く同一であるというべきである。

従つて、最高裁が裁判所職員に対する不利益処分について審査をすることは、人事院の行うそれとは違つて、裁判所職員から争議権等を奪つた代償たり得ないが故に憲法第二八条に違反するとの原告の主張は理由がない。

三  次に原告は、最高裁が裁判所職員に対する懲戒処分について判定をすることは当該処分に対する訴訟について上告審の判断を受ける機会を奪うものであると主張する。

原告の右主張は本件判定に関与した最高裁の裁判官は、本件が最高裁に係属すれば、民事訴訟法第三五条第一号により除斥されることを前提とするものである。

しかし、最高裁は、永久に本件判定に関与した裁判官だけで構成されているわけではないから、原告主張の右前提が正しいとしても、その前提からは原告主張のように上告審の判断を受ける機会を奪われる結果が生ずる筋合ではなく、またもとより裁判所において裁判を受ける権利を奪われる結果が生ずるわけでもない。

原告の右主張は、最高裁が裁判所職員に対する不利益処分について判定すること自体が右不利益処分の取消を訴求する者にとつて適正な上告審の裁判を奪うとの趣旨にも解されるので、この点についても判断する。

裁判官の除斥、忌避制度は、裁判所が非当事者的立場において司法裁判権を行使することによつて、適正公平な裁判を期する制度ではあるが、かかる制度は、他に代り得る裁判官が存するか又はその庁に代り得る裁判官がいない場合は民事訴訟法第二四条第一項第一号により指定さるべき他の裁判所が存することが当然の前提となつている制度であつて、通常の場合かかる裁判官や裁判所がないことは考えられないところである。

しかし、最高裁は唯一の終審なのであるから、その裁判官全員に共通な除斥、忌避事由のため最高裁の機能を果し得ない結果になるような例外の場合には、最高裁として永久に裁判を拒否することはできないという必要の前に除斥、忌避制度は後退せざるを得ないわけであつて、かかる場合には除斥、忌避制度の適用の前提を欠くものというべきである。

このことは最高裁判所裁判官国民審査法に関する事件で、最高裁裁判官が個人的に関係の深い事件であつても、当該裁判官を除くことにより最高裁の機能を果し得なくなる場合には、当該裁判官も回避することが許されないとする最高裁における先例の存することによつても窺われるところである。

従つて最高裁が本件判定をしたからといつて、原告が高裁の戒告処分に対する取消訴訟について上告審の裁判を受けられないとする原告の主張は理由がない。

更に憲法第三二条との関連について考えてみても同条は、同法第七六条等から見て、裁判所の構成、管轄等に関する法律の規定によつて権限を有し、かつ、除斥その他の事由によつて法律上その事件の裁判に関与することが禁止されていない裁判官によつて構成されている裁判所の裁判を受ける権利を保障しているものと解される。

しかし本件について最高裁が上告審としての管轄権を有し、かつ、その機能を果すについて法律上何等の制約もないことはすでに述べたとおりであるから、最高裁が本件判定をしたからといつて、原告が憲法第三二条によつて保障されている裁判を受ける権利を侵害されるわけではない。

しかも憲法は、本件のように最高裁が自己が訴訟当事者となる事件についても、その裁判権を行使すべきことは憲法がすでに容認しているというべきである。

すなわち、憲法第七六条にいう司法権の内容は、民事、刑事の裁判のみでなく、行政事件を含む一切の法律上の争訟を裁判する権限であり、また憲法は最高裁の系列に属しない特別裁判所を認めず、更に憲法問題を含むすべての訴訟の途は最高裁へ通ずべきことが憲法の要求するところであつて、憲法上最高裁自体が訴訟当事者となる事件が当然予想されているのにかかわらず、最高裁以外にこれに代るべき裁判所を認めていないころから見ると、憲法は最高裁がかかる事件の審判を行うことを認容しているものという外なく、またかく解すべきである以上、最高裁がかかる事件について審判を行うからといつて、かかる事件の当事者の憲法で保障されている裁判所において裁判を受ける権利を実質的にも侵害するところはないものというべきである。

四 以上のとおり最高裁の本件判定が違法であるとする原告の主張はすべて理由がないから最高裁に対する原告の請求を棄却すべきものである。

第五 原告の請求はいずれも理由がないから、訴訟費用の負担について民事訴訟法第八九条を適用し、主文のとおり判決する。

(裁判官 西川美数 大塚正夫 花田政道)

別紙第一 処分理由書

本人(佐野加寿男)は、昭和二十三年十一月三十日東京高等裁判所雇に任命せられ、昭和二十六年七月二十一日より同裁判所民事第一部に勤務しているものであるが、昭和二十七年七月十日司法部職員組合在京支部役員らは右組合在京支部職場大会と称するものの決議に基き、さきに支給せられた半月分の夏期手当の外に更に半月分の夏期手当を獲得すべく、最高裁判所当局に交渉したが、右本人は七月十日午後五時五分過頃、東京高等裁判所各室の職員に対し、「これより坐り込みに入るから応援して呉れ」とふれ歩き、同日午後五時三十分頃より最高裁判所本館正面玄関ホール上二階長官室前の手摺前に東京地方裁判所職員三名、東京高等裁判所職員一名と共に坐り込み翌十一日午前八時二十五分を過ぎても同裁判所内において坐り込みを継続していた。

以上のような状況の下に本人は、

第一、昭和二十七年七日十一日午前八時三十分より午前九時三十分頃まで、正当の事由なく無断で約一時間遅刻し、(七月十日午後五時三十分頃からの前記坐り込みは、七月十一日午前九時三十分頃解除せられた。)

第二、(同月十四日午後九時頃前記職員組合役員らが当局に誠意なしとしてハンスト((ハンガー・ストライキ))並に坐り込み方策に入ることを決議した後、同職員組合員の少数者は、同夜より一部は最高裁判所本館東南裏、新館((昭和二十七年落成、鉄筋コンクリート建のもの))玄関前に坐り込み、或いは横臥してハンストを為し、他の一部は、最高裁判所本館正面玄関ホール上、二階長官室前の手摺前に坐り込んだのであつたが、)

右本人は、七月十四日午後五時より、翌十五日午前八時三十分まで、東京高等裁判所庁舎内宿直室において宿直すべきことを命ぜられ、その任務を熟知していたのにかかわらず(十四日午後九時過ぎからの最高裁判所右新館前のハンスト組に加入し)、十五日午前零時過ぎ頃からは恣に宿直室を出で、その後数回宿直室に戻つたほか、宿直の任務を完全に尽さず、

第三、同月十五日午前八時三十分より恣に欠勤しつつ、同日正午過ぎ頃、単に一方的に東京高等裁判所係員に対し、当日の賜暇願を提出したまま職務に就かず、賜暇について上司の許可を得ないばかりか、同日午後二時八分頃、同裁判所長官より人事課長及両訟廷課長ら特別の使者を通じて、右ハンストの現場に坐り込み中の右本人その他の職員に対し、職場に復帰すべき命令が伝達せられ、本人はこれを確知したにも拘らず恣に引続き午後五時まで欠勤し、

第四、同七月十五日午後五時より、翌十六日午前八時三十分までの間、東京高等裁判所庁舎内宿直室において宿直すべきことを命ぜられその任務にあたることを熟知しながら、恣に全然その宿直勤務をなさず、

第五、同月十六日午前八時三十分より午後五時までの間上司の承認を得ず正当の事由なく欠勤し(その間、十六日午前九時三十分、東京高等裁判所事務局長より、同裁判所人事課長及民事訟廷課長を通じ、前記最高裁判所新館玄関前現場においてハンストを継続中の本人に対し直に勤務に復帰するよう命ぜられながら、これに応ぜず同日午後も継続し)、

たものである。

思うに裁判所職員は国民全体の奉仕者であつて、一部の奉仕者でなく、公共の利益のために勤務し、且つ職務の遂行に当つては全力を挙げてこれに専念し、その勤務時間及職務上の注意力のすべてをその職責遂行のために用いねばならない本務を有することは憲法と法律との定めるところであり、またその職務を遂行するについては、法令に従い、且つ上司の職務上の命令にも忠実に従わなければならない。

そのためにこそ給与その他の一定の利益を受ける権利を保障せられているのである。

裁判所職員は、職員組合の業務に専従することを認められた者の外、法令規則に特別に認められた場合を除いては、勤務時間中権限ある上司の承認を得ることなしに自己の欲するときに勤務を離れることの自由もしくは権利を有するものではない。

今日裁判所職員の結成する職員組合の一般組合員は、勤務時間中自己の為すべき勤務を為さずして手当の要求等労働条件改善の交渉をなし、況んやそのために交渉の相手方たる裁判所当局の勤務する庁舎内又は構内に、その意に反しいわゆる「坐り込み」または「ハンガー・ストライキ」を為す自由もしくは権利を持つことを定めた法令規則は存在しない。従つて、たとえ国民の一部である職員組合のためにする交渉のためのものであるにせよ、前記本文記載の如き本人の欠勤、遅刻、勤務離脱等は本人の自由でも権利でもなく、正に法律上の義務違背である。

即ち本人の前記本文記載の所為は、裁判所職員臨時措置法(昭和二十六年法律第二百九十九号)第一号により準用せられる国家公務員法第八十二条第二号に該当し、「職務上の義務に違反し、又は職務を怠つた場合」というの外ない。

よつて任命権者たる東京高等裁判所の司法行政事務委任規定に基ずき委任を受けた当長官は、右本人に対し国家公務員法第八十二条により、東京高等裁判所の名において戒告の処分をするのを相当と思料する。

別紙第二

昭和三十年人公第一一号

処分者 東京高等裁判所

審査請求者

東京高等裁判所雇

佐野加寿男

昭和二十八年一月二十四日付東京高等裁判所雇佐野加寿男の審査請求に係る懲戒(戒告)処分について、最高裁判所は次のように判定する。

判  定

最高裁判所は、東京高等裁判所が昭和二十七年十二月二十七日付をもつて行つた東京高等裁判所雇佐野加寿男に対する懲戒々告処分を承認する。

事実および争点

省略す。

理由

一、請求者が昭和二十三年十一月三十日東京高等裁判所雇に任命され、昭和二十六年七月二十一日から同裁判所民事部第一部に勤務していたことについては、当事者間に争がない。また、司法部職員組合在東京支部役員らが、昭和二十七年七月十日夏期手当増額の問題について最高裁判所当局と交渉したこと、請求者が同日午後五時三十分頃から翌十一日午前八時すぎ頃まで最高裁判所本館正面玄関ホール上二階長官室前の手摺前に「坐り込み」をしたことについても当事者間に争がないが、右「坐り込み」に入る前に請求者が東京高等裁判所の職員に対して「これより『坐り込み』に入るから応援してくれ」とふれ歩いたことについては乙第十号証の一(全司法職組在東京支部等の動向についてと題する人事課長名義の報告書)の記載だけからこれを認定することは困難であり、他にこれを認めるに足りる証拠がない。

二、処分者は請求者が同月十一日午前八時三十分から午前九時三十分頃まで遅刻したと主張し、乙第六号証の二(請認簿)の記載によれば、請求者は同日の勤務について休暇の申出をしたことを認めることができるし、乙第十号証の二(「全司法職組在東京支部等の動向について」と題する人事課長名義の報告書)には同日午前八時三十分から同九時三十分まで「坐り込み」を継続した旨の記載があるが、請求者本人尋問の際、同人はあらかじめ休暇の申出をしても、必ずしも欠勤しないこともある旨および同日は平常どおり出勤した旨供述しているのであるから、前記書証だけで処分者のこの点についての主張を認めることは困難でありその他右の主張を認めるに足る証拠がない。

三、宿直について

請求者が同月十五日午前零時すぎ頃から午前八時三十分頃まで数回宿直室にもどつたほか、宿直の勤務に従事しなかつたこと、同日午後五時から翌十六日午前八時三十分までの間宿直勤務をしなかつたことについては、当事者間に争がない。処分者は請求者が右日時に宿直する義務を負つていたと主張し、請求者はこれを争うのでこの点について考察する。

まず、当時東京高等裁判所において宿直がどのような定めに基いてどのような方法で行われていたかであるが、同裁判所が昭和二十三年六月三十日制定した「東京高等裁判所司法行政事務委任規定」によれば、同裁判所裁判官会議は職員の宿直割当に関する件を同裁判所長官に委任していることが明らかである。この委任に基いて制定された「東京高等裁判所当直内規」(この内規は昭和二十八年六月二十四日制定の東京高等裁判所当直規程により廃止された)によれば、当直に関する事項は総務課長が掌理し、当直(当直には日直とがある)は、総務課において当直員名簿により順点に割り当てることになつている。

ところが乙第七号証の二(当直員割当簿)の記載及び証人坂本孝則、池田鹿雄、鈴木小太郎の各証言を綜合すれば、本件発生当時は未だ住宅が払底していたため、職員のうちには同裁判所宿直室に常時宿泊せざるを得ない者があり、同裁判所はこれら職員が宿直室に居住することを認めると共に、これら職員を常直員とし、宿直の事務は、常直員に交替で担当させることとしていたことを認めることができる。次に、乙第七号証の一、二(当直員割当簿)および乙第十一号証(佐野加寿男の宿直勤務状況についての池田鹿雄名義の報告書)の各記載ならびに証人池田鹿雄、鈴木小太郎、坂本孝則、鶴留晃の各証言を綜合すれば、昭和二十七年七月当時の常直員は坂本孝則、鶴留晃、請求者の三名であり、このうち二名が宿直勤務に従事することになつており、宿直割当の方法としては、当直員割当簿の事務官、書記官(補)および雇員、廷吏欄にそれぞれ氏名を記載し、その名下に本人または代理者が押印することによつて割当を決定していたことを認めることができる。ところで、乙第七号証の二(当直員割当簿)の昭和二十七年七月十四日欄には鶴留晃、佐野加寿男の記名押印があるから、請求者が鶴留晃とともに同日の宿直の割当をうけたことは明らかである。しかし、同割当簿の同月十五日欄をみると、鶴留晃の記名押印はあるが、佐野加寿男の記名は直線をもつてまつ消されており、その備考欄に「欠」と記載してある。これでみると、請求者は同日の宿直について割当をうけなかつたようにも見えるが、証人鈴木小太郎の証言によれば、請求者は同日の宿直について割当をうけたにもかかわらず宿直勤務に従事しなかつたので、同証人が後になつて請求者の記名をまつ消して「欠」と記載したものであることを認めることができるから、結局、請求者は同月十五日の宿直についても鶴留晃とともにその割当をうけたものといわざるを得ない。もつとも請求者は当時東京高等裁判所における宿直については当直制といつて請求者、坂本孝則、鶴留晃のうち二名づつ交替で宿直することが一般的に命ぜられていたが、具体的に唯が宿直するかは右三者間で協議の上決定するとの慣行が認められていたと主張し、証人鶴留晃の証言中にはこの主張に副うような証言もなくはないが、この証言は措信しがたく、他の主張事実を認めるに足りる証拠がない。そうとすれば、右慣行に基き協議が行われたかどうかを問わず、請求者は右十四、十五の両日宿直すべき命令をうけていたものといわざるを得ない。従つて原告が右両日宿直すべき職務上の義務を負つていたことはいうまでもない。

次に請求者は、かりに宿直命令があつたとしても、十五日および十六日の勤務については年次休暇の承認をえているから宿直勤務に服さなくとも、なんら責任を負わないと主張するが、年次休暇の承認は通常の勤務時間について行われるもので、宿直勤務の命令のあつた場合には、宿直勤務はこの承認の対象とならないと解するから、その承認の有無を問わず右主張は採用し難い。

以上のべたところによれば、請求者は宿直すべき義務を負つていたにもかかわらず、宿直の勤務を怠つたのであるから、このかい怠が不当であることはいうまでもない。

四、欠勤について、

請求者が同年七月十五日午前八時三十分から同日午後五時まで、および翌十六日午前八時三十分から同日午後五時まで勤務しなかつたことについては、当事者間に争がないが、請求者はまず右欠勤については年次休暇の承認を得たと主張し、処分者はこれを争うのでこの点について検討する。

ところで、右日時当時、裁判所職員の休暇に関する法規としては、昭和二十七年最高裁判所規則第一号「裁判所職員に関する臨時措置規則」本文により裁判所職員にも適用される人事院規則一五―六があり、同規則4によれば、休暇はあらかじめその機関の長の承認を経なければ与えられないことになつている。

しかし、この承認を求める手続については、法規上格別の規定はなく、各庁における慣行によつているのであるが、証人久永正勝、山口軍司、飯島柳三、直井信治の各証言によれば右日時当時から東京高等裁判所には次のような慣行があつたことを認めることができる。すなわち、同裁判所では請認簿と称する帳簿を備え付けておき、休暇の承認を求めようとする者は、原則として、この帳簿に休暇を求める事由、承認を求める期間および氏名を記載し、押印する(もつともこれら記載および押印は必ず本人みずからする必要はなく、他の者が代つてすることもできる)。

さて、所要事項の記載が終れば、この帳簿は所属課長の認印をうけたうえ、人事課長に提出され、同課長は人事管理の面から所要の審査をした後、承認の可否について意見を付し、この帳簿を事務局長に提出する。事務局長は長官の委任に基き決裁することになつており、承認する場合には右帳簿の認可欄に認印し、不承認の場合は認印することなく、これを所管課長に返却する。

そして、乙第六号証(請認簿)の記載および証人久永正勝、山口軍司、飯島柳三の各証言を綜合すれば、請求者は七月十五日および翌十六日の欠勤については、それぞれ即日請認簿に所要事項を記載して休暇の承認を申し出たこと、その申出について民事訟廷課長飯島柳三が認印したことおよび事務局長の認可欄に認印のないことを認めることができる。請求者は、右課長の認印があつた以上、前記人事院規則4にいわゆる「機関の長の承認」があつたものと解すべきであると主張するが、民事訟廷課長は公判部所属の職員に対し監督権を有するわけではなく、従つて、この認印は中間決裁としてのものでなく、申出を確認する性質を有するにすぎないと解するから、原告の右主張には賛成し難い。なお、七月十五日の欠勤について、請求者が別に「休暇願」と題する書面を提出したことについては当事者間に争いがないが、乙第五号証(佐野加寿男名義の休暇願)および証人直井信治、山口軍司の各証言を綜合すれば、これに対しても承認がなかつたことを認めることができる。そうとすれば、請求者は本件休暇の申出について、結局、年次休暇に承認を得られなかつたものというべきである。しかも、原告の本件欠勤は最高裁判所新館玄関前で行なわれていたハンストに参加するためのものであつたことは当事者間に争いがなく、このような目的のための欠勤は災害その他やむを得ない事故による欠勤とは解することはできない。

右に認定したように、請求者はやむを得ない事故があつたのでもないのにかかわらず、あらかじめ機関の長の承認を得ることなしに欠勤し、しかも事後においても承認を得られなかつたのであるから、本件欠勤は到底適法なものとはいい難い。もつとも請認簿の記載によれば、あらかじめ承認をうけないとの違法はちゆされているものと解するから、これらの事例があるからといつて、請求者の本件欠勤を適法と断ずることはできない。さらに請求者は本件欠勤は当然許可すべき性質のものであるから、承認なくして欠勤しても違法ではないと主張する。しかし、昭和二十五年最高裁判所規程第一〇号1によれば「裁判所は事務に支障がないと認めるときは、一司法年度に二十日以内の休暇を与えることができる」とあるので休暇の承認、不承認は承認権者のいわゆる「自由裁量行為」であると解するから、この処分が著しく当を失する場合を除いては、これを違法とすべきではないと考える。そして、本件の場合、審理に現われたあらゆる資料を綜合しても、前記不承認の処分が著しく当を失するとは認め難いから本件不承認は適法といわざるを得ない。なお従来休暇の承認を申し出た場合にそれが不承認となつたことがほとんどないからといつて、このことは単に事実上のことで、本件不承認が著しく当を失するものとはいえないことはいうまでもない。

ところで乙第九号証(川俣長十郎名義の「全司法職組在京支部等の動向について(その四)」)および乙第十号証の三(全司法職組在京支部等の動向について(報告その三)と題する人事課長名義の報告書)の各記載ならびに証人川俣長十郎、山口軍司、福岡光次の各証言を綜合すれば山口軍司(当時東京高等裁判所人事課長)は同裁判所事務局長久永正勝の命をうけ、飯島柳三(当時同裁判所民事訟廷課長)および岸勇吉(当時同裁判所刑事訟廷課長)と共に、七月十五日午後二時頃最高裁判所新館、玄関前で「ハンスト」を実行中の請求者のところへ赴き、同人に対し、直ちに職場に復帰すべき旨の長官の命令を伝達したことならびに飯島柳三は久永事務局長の命をうけ、翌十六日午前九時三十分頃、東京高等裁判所事務官川俣長十郎と共に依然として前記玄関前において「ハンスト」を実行中であつた請求者のところに赴き、直に職場に復帰すべき旨の命令をうけながら請求者は、この命令に従わず、結局七月十五日、十六日の両日勤務に服さなかつたわけである。従つて、前にのべたように右両日違法に欠勤したのみならず、その欠勤について上司の命令に従わなかつた点において請求者は二重のあやまりを犯したもので、請求者の右欠勤が不当であることはいうまでもない。

五、以上にのべたように、請求者は職務上の義務に違反し、職務を怠つたのであるから、裁判所職員臨時措置法によつて準用される国家公務員法第八十二条に該当することが明らかであるから、本件審理に現われた諸般の情状を綜合すれば本件戒告処分は相当であると考える。

なお、請求者は、本件処分は請求者の正当な組合活動に対して不利益な差別待遇を行つたものであるから、無効であると主張するが、本件処分は請求者の組合活動に対するものでないことは処分者の明らかにするところであるから、請求者の右主張はその当否を判断するまでもなく、失当である。

昭和三十年六月二十五日

最高裁判所

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