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東京地方裁判所 昭和30年(ワ)2477号 判決 1959年6月20日

原告 株式会社中村茂三郎商店

右訴訟代理人弁護士 堀江徹夫

被告 奥村甚三

右訴訟代理人弁護士 金子文吉

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

≪省略≫

理由

原告がラシヤ生地の販売を営業とする株式会社であり、被告が洋服裁縫を営業とする商人であること、原告が被告に対し昭和二十七年十月一日からラシヤ生地を売渡したことは、当事者間に争いがない。

そして、乙第一号証、甲第三号証(いずれも真正にできたこと争いなし)と証人中本昌平の証言、被告本人の供述とを合せ考えると、被告は会社組織にして営業をする方が信用を高める所以であると考え、弟の奥村知介、いとこの中本昌平にも出資してもらい、被告の従来の営業を中心として、昭和二十八年一月七日、洋服類の縫製、加工、繊維製品の販売等を営業目的とし、資本金を十五万円とし、本店を千代田区麹町六丁目二番地(従来の被告の営業所)とした有限会社おくむらを設立し、被告と中本はその取締役(被告は代表取締役)に、奥村知介はその監査役になつたことが認められる。

本件の争点は、原告が昭和二十七年十月一日被告奥村を相手にしてはじめた取引は、右会社成立後も被告奥村個人を買受人として行われたものか、あるいは右会社成立後は右会社を買受人として行われたものかにある。

ところで、証人中本昌平の証言、被告本人の供述を合せ考えると、被告と中本昌平の両名は、有限会社おくむらができた当時、最も重要な取引先である原告を訪れ、営業を会社組織にした旨告げてあいさつしたところ、原告は会社ができたことを祝福して被告を激励したことが認められる。

原告代表者本人は、この点について右に反する供述をしているが、被告本人の供述によつて明らかな、昭和二十八年一月初頃被告個人の営業は地道に行われており、会社をつくつて債務の免脱をはかるというような小細工をする必要がない状況にあつたこと乙第二号証、乙第六号証、乙第十一ないし第十三号証(いずれも真正にできたこと争いなし)によつて明らかな、その後原告が有限会社おくむら振出原告宛の約束手形を受取つていることに照して、当裁判所は、原告代表者本人の右供述はこれを採用することができない。

従来の個人営業を中心にして会社をつくつたのちに、その個人が会社と別に従来の営業をつづけるというようなことは普通ないことである。そして、従来の営業を中心にして会社をつくつた旨のあいさつを受けてそのことを祝福した取引先としては、その後は会社を相手にするつもりで取引をつづけるというのが普通である。

甲第一号証の一ないし四(原告代表者本人の供述によつて直正にできたと認められる)によると、原告は、前記会社ができたのちの取引についても、被告個人との取引の当時と同じ形式の売上帳に取引の経過を記載していたことが認められる。しかしこれは被告ないし有限会社おくむらが関与していない出来事であるのみならず、さきに説明したとおり、原告は有限会社おくむらとの取引に関する書類とみえる書類を出しているのである。これらによると、右帳簿の記載は、厳密にいうと、原告のずさんな扱いであるとするほかない。この点に関する証人木山豊子、中右二三枝、原告代表者本人の各供述は結局採用することができない。

また、右甲第一号証の一ないし四によると、被告は、前記会社ができた当時、被告個人がした従来の取引につききまりをつけることをせず、当時の取引残債務八万六千七百四十八円に対し、昭和二十八年一月十日三万五千円、同月十四日一万円を支払い、その後の取引の過程で残金を順に払つていき、間もなく支払をおえたことが認められるが、このようなことは、個人営業を中心にして小さないわゆる同族会社をつくつたような場合にはしばしば起りやすいことであるから、この事実だけによつて、ただちに、前記会社ができたのちも原告と被告との間に取引がつづけられたとすることはできない。

原告は、「個人会社に近い、資本金わずか十五万円にすぎない会社を原告が信用し、これと取引をするはずがない」という。しかし証人中本昌平、被告本人の各供述によると、前記会社と被告との間の大口取引については、右会社への注文先からの注文書を原告に示して、原告からラシヤ生地を買受けていたこと、街の小さな会社についてはその資本よりもむしろ会社代表者の信用が重んぜられて取引が行われることが多いことが認められるから、原告のいうところは、そのままにうけいれることができない。

また、原告代表者は、その本人尋問の際に、「「有限会社おくむらができたのちに原告が出した計算書領収書の中には、宛名を単に奥村としたものがたくさんある」と供述している。」ということはただちに信用することができない(実物は一つも訴訟にあらわれていない)が、そういうのもあつたろうとは、当裁判所も考える。しかし、個人の営業を中心にしてつくつた会社との取引について、その会社の代表者である前記個人宛の書面を出すというようなことは、まま起りやすいことである(反対に、代表者個人との取引については会社宛の書面を出すということは不自然のことである)から、右事実によつてただちに前記会社成立後の取引も原告と被告との間に行われたとすることはできない。

かような次第であるから、有限会社おくむらができたのちは同会社が原告からラシヤ生地を貰つた、とみるのが相当である。

原告と被告との間の取引の代金が完済されたことはさきの説明によつて明らかであるから、原告が本訴で請求している代金債権は原告と有限会社おくむらとの間の取引によつて生じたものとするほかない。

被告は原告に対し原告主張の売買代金債務を負担しているわけでないから、被告が右債務を負担していることを前提とする原告の請求は失当である。

よつて、訴訟費用の負担について民事訴訟法八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 新村義広)

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