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東京地方裁判所 昭和29年(ワ)1994号 判決 1955年2月28日

原告 古川浩

被告 三菱倉庫株式会社

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

一、請求の趣旨

「被告が、昭和二九年三月一日開催した臨時株主総会における『定款第六条を削除して、新たに第六条として、本会社の株主に対しては、取締役会の定めるところによつて、新株引受権を与えることができる、と定める。』旨の決議が無効であることを確認する。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決を求める。

二、請求の原因

(一)  (1) 原告は被告の株主である。

(2) 被告は昭和二九年三月一日、本店で臨時株主総会を開催しこの総会において、第二号議案、定款中一部変更の件「一、第五条第一項中『九六〇万株』を『三八四〇万株』に改める。一、第六条を削除し、新に第六条として左の通り定める。『本会社の株主に対しては、取締役会の定めるところによつて、新株引受権を与えることができる。』を可決しこれにより、被告の発行する株式総数は九六〇万株(全部発行済)から三八四〇万株に増加し、その差二八八〇万株が将来発行し得ることとなつた。

(二)  しかしながら、右第六条はつぎに述べるとおり株主の未発行の株式に対する新株引受権につき、商法第三四七条第二項に定める付与、排除又は制限に関する規定を欠いており、したがつてこのような定款変更の決議もまた、違法のものであるから無効である。

(1)新商法は、授権資本制を採用し未発行株の発行を取締役会の決定に委ねるとともに、株主の新株引受権というものを想定し、これを株主の既得権とは認めず、一応無いものとしておき、与えるなら与える、与えないなら与えない、制限的に与えるならその旨を、それぞれ判然と定款で規定させることとした。しかも、これを第百六十六条第一項第五号及び第三四七条第二項において、定款の絶対的記載事項としている。これは新株の引受権を特定の第三者に与えるときも同様である。このように、株主の新株引受権に関する事項を定款で規定すること、すなわち、株主総会の特別決議をもつて決定させることにしたのは、新株の発行が株主の利害に重大な関係があることを認めて、新株発行の権限を有する取締役会の専横に傾くことを、警戒したものに外ならない。

しかるに、被告の定款第六条は、株主の新株引受権について、右条項の要求する付与、制限又は排除の規定を欠いていることは、その文言上明白である。被告は「取締役会の定めるところによつて、新株引受権を与えることができる。」ということは、株主に新株引受権を与えないことを前提とするから、同条項にいう「排除」に当ると主張するが、定款の文言は何人にもたやすく了解されるように明確であることを要しそのような欺瞞的な表現をすることを許されない。また文理解釈上からいつても、これは新株引受権の与奪、制限の裁量権を、取締役会に全面的に委ねていると見る外はなく、被告のいわゆる抛棄的委譲であつて、取締役会において、新株発行に際して自己に有利な処理をなし、株主の利益を害する結果となるおそれがあるから、法の趣旨に反して無効である。これを「制限」の規定とみることができないことは、いうまでもない。

(2)右規定がかりに抛棄的委譲ではなくして「排除」の規定であるとしても、株主の新株引受権のような会社の基礎的事項の決定は、株主総会の権限に属し、会社の意思決定機関である取締役会の権限には属しないから、定款の規定をもつてしても、新株引受権の与奪、制限を取締役会の決定に委かせることはできない。それ故、新株引受権を、取締役会の定めるところによつて与えるという規定は商法上不可能であることを定めたものであるから、もとより無効である。

三、被告の答弁

(一)  原告の請求を棄却する判決を求める。

(二)  原告の主張する二の(一)の事実はすべて認める。

同(二)の主張は争う。

(三)  前記定款第六条の規定は、商法第三四七条第二項に違反していない。その理由としては二つの見方がある。

(1)第一は右の規定は同条項にいわゆる新株引受権の「制限」の規定とみるのである。新商法は、株主に対し、新株引受権を付与すること、又は排除することのいずれをも原則とせずその点は会社の適宜の判断に委ねる代りに、定款をもつてそれに関する規定を為すことを要求しているに過ぎない。その付与又は排除については、(イ)確定的に付与する絶対的付与と、(ロ)全く排除する絶対的排除の外、(ハ)一応付与するが、これを排除することができるとする相対的付与と、(ニ)一応排除するが付与することができるとする相対的排除の四態様がある。定款をもつてすれば絶対的排除も可能であることは、右条項により明白である以上、相対的排除及び相対的付与もまた適法であるといわねばならぬ。右条項の規定は、株主に新株引受権があるかないかの問題に関するものであるから、そのいわゆる制限なるものは相対的排除及び相対的付与を指称するというべきで、この両者は付与と排除のいずれを原則又は例外とするかの点に差異があるとはいえ、全体的にみれば、新株引受権の制限的享受ということであつて、ともに商法のいわゆる制限に当る。本定款の規定についてこれをみるに、「与える」という点に力点をおいてみれば(ハ)に当り「取締役会の定めるところによつて………できる」という点に力点をおいてみれば(ニ)に当るともいえないことはないが、いずれにしても帰するところは「制限」に当ることとなるから適法である。このように、規定を制限とみるなら、自足的で何等暗黙の前提を包含しない。またこの規定は或る条件の下に制限的にではあるが、定款自身をもつて新株引受権の享受を規定しているから「新株引受権の有無は取締役会の定めるところによる。」というような規定とは全く趣を異にする。何故なら後者は、新株引受権の有無自体を取締役会の決議に依存せしめんとする全面的な抛棄的な移譲であるのに反して、前者は、新株引受権の有無自体は定款に依拠し、たゞその享受の条件が取締役会の決議に依存するものだからである。

(2)第二は、本件の規定が前記条項の「排除」に当るとするものである。蓋し、付与することができるというのは、ないことを必然的な前提とするものであつて、既に有るものを重ねて付与するということは論理的に不可能であるからである。唯、排除を暗黙の前提とするに止まり、表面に出していないだけである。なお、本件の如き規定の前提は、何も、無いということだけではなく、種々の命題を前提に据えても抵触しないとする見解があるが、他の事柄ならいざ知らず、新株引受権の有無という問題に関しては、無いという前提しかおきようはない。要するにこの規定は、「本会社の株主は、新株の引受権を有しない。たゞし、取締役会の定めるところによつて、新株引受権を与えることができる。」というべきを同じ意味になるから、本文を省いて婉曲に表現したものである。

(3)定款第六条は右のように、制限又は排除のいずれに当るにせよ適法である。これに対して、新株引受権の有無、範囲は確然と定めなければならず、取締役会に裁量の余地を与えること自体違法であるとの見解もあるが、商法第三百四十七条第二項の条文上その根拠がないし、新商法の精神からいえばこう解しなければならぬ理由はない。新商法が、いわゆる授権資本制を採用して、新株発行を取締役会の権限に移し、他面第二八〇条の一〇において不公正発行の差止を規定したのは、新株発行に機動性を与えるためである。この精神よりみるならば、新株発行に当り、有利な条件をもつて株主に割り当てるか、あるいは適正な発行価額をもつて公募するかは、これを取締役会の決定に委ねることが、この制度の妙味を生かすゆえんであつて、それが定款によつて規定され、且つ定款の抛棄的委譲でない限り、取締役会に裁量権を付与しても違法ではない。

(四)  以上の理由により、本件定款の規定は適法であり、したがつて定款変更の決議もまた違法の点はなく、もとより有効のものである。

四、証拠<省略>

理由

原告の主張事実は当事者間に争がない。

本訴における原告の請求原因の要旨は、被告は総会の決議を以て定款を変更し、会社が発行する株式の総数九六〇万株を三、八四〇万株に増加し、増加する二、八八〇万株につき唯「本会社の株主に対しては、取締役会の定めるところによつて新株引受権を与えることができる」とのみ定めたが、この定は、商法第三四七条第二項の規定する株主に新株の引受権を与え、制限し又は排除する定をしたものといえないから無効であるとして、定款変更の総会決議中会社が発行する株式の総数中増加部分について「本会社の株主に対しては、取締役会の定めるところによつて新株引受権を与えることができる。」と定款を変更した部分のみを捉え、決議の内容が法令に反するとして、その無効確認を求めているのである。

しかし、会社が発行する株式の総数を増加する場合には、必ず増加すべき株式について定款を以て株主に対し新株引受権を与え制限し又は排除する旨定めることを要するのであつて、若し会社が発行する株式の総数を増加しながら、増加すべき株式について定款を以て株主の新株引受権について何らの定をしない場合には会社が発行する株式の総数を増加する定は、当然その効力がないものというべく、従つて増加すべき株式についての株主の新株引受権の定は会社が発行する株式の総数を増加する定の内容をなし互に不可分の一体をなすものといわなければならない。このことは増加すべき株式について定款を以て定めた株主の新株引受権の定が無効な場合も同様に解すべきである。

「されば、増加すべき株式についての株主の新株引受権に関する定款の定について総会の決議の無効を主張し、その確認を求めるためには、会社が発行する株式の総数を増加する総会の決議の無効を主張し、その確認を求めるのでなければならないものというべく、後者をさしおき、単に前者についてのみ訴求することは不適法というべきである。この点において、被告会社が発行する株式の総数九六〇万株を三、八四〇万株に増加する旨の被告会社定款第五条第一項の変更決議の当否になんらふれるところなく、唯「定款第六条を削除して、新たに第六条として、本会社の株主に対しては、取締役会の定めるところによつて新株引受権を与えることができると定める」との決議の無効確認のみを求める原告の請求は、理由がないといわなければならない。」

よつて定款変更決議の内容の実質的当否に判断を加えることなく、原告の請求を失当として棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条の規定を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 小川善吉 太田夏生 宮本聖司)

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