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東京地方裁判所 昭和29年(ヨ)4059号 決定 1955年4月23日

申請人 福島宏子

被申請人 株式会社松屋

主文

本件申請を却下する。

申請費用は申請人の負担とする。

理由

第一、当事者の求める裁判

申請代理人は申請人が被申請人の従業員であることを仮に定めるとの裁判を、

被申請代理人は主文第一項と同旨の裁判を求めた。

第二、当事者間に争のない事実

申請人が昭和二十七年五月六日被申請会社に雇傭され、同会社従業員で組織する全松屋労働組合の専従書記として組合業務に従事したこと及び申請人は昭和二十六年十一月十九日以降三原市帝国人絹株式会社に次で昭和二十七年三月頃以降浜松市東洋紡績株式会社に何れも一箇月位雇用されたのに拘らず被申請会社に雇傭の際提出した履歴書に右の経歴を記載しなかつたこと。

第三、申請代理人は申請人は履歴書に右の経歴を記載しなかつたのは、何れも短期間勤務したのに止まり社会通念上前歴というべきものでなく申請人も常識的にこれを記載する必要ないものと考えたためであつて、故意にこれを隠匿したものではないから前歴詐称にならず且つ現在まで被申請会社から解雇の通知を受けたことがないと主張する。

疎明によれば、申請人は会社の就業規則によつて見習として会社に雇傭されたものであつて、三箇月の見習期間経過の上社員としての適性を有するものとの判定を受けたとき本採用となるものであるが、会社は前記組合との協議により外部から入社試験の上新規採用した申請人を組合専従書記とすることと定め、二年経過のときは専従を解かれ会社の業務に従事すべき予定であつたので、申請人について申請人について社員としての適性を審査するため前記入社試験の際係員において申請人が昭和二十六年十一月頃広島方面に及び昭和二十七年三月頃静岡方面に各居住し離京していた理由を尋ねたのに対し、父の郷里関係とか友人関係で一時旅行していた旨言明し就職の事実を秘匿したこと、ところが同年六月頃に至り会社は調査により前記の通りの申請人の就職の事実を知つたので、前歴詐称に当るものとして採用を取消すことに決定し、同月二十六日頃右理由により申請人を解雇する旨の意思を長谷川総務部長を通じて組合長老沼勝雄に伝え、その頃同組合長はその旨を申請人に告知したが、なお同時に申請人を会社の従業員としてでなく組合独自の立場で書記として引き続き使用することとし、その旨申請人の諒解を得たこと及び会社は本採用の従業員に対しては前歴詐称の理由で解雇する場合就業規則に従つて懲戒手続をとるものであるが、申請人は見習期間中であつたので特にその将来を顧慮し正規の手続によらず口頭の告知によつたものであることが認められる。右に反する疎明は採用しない。

右事実によれば申請人は見習期間中に解雇されたものであつて、三箇月の見習期間を就業規則に定めた趣旨はその期間中に会社は見習者の従業員としての適性を審査し、これを不適格と判定し且つ判定するについて相当の理由を有するときは解雇する権限を留保する趣旨であると解するのが至当である。

そして申請人が前記のように二つの前歴を隠匿したことは会社企業の見地から自己の全人格的価値判断をなすについての重要な経歴を詐称したことに外ならず、これによつて誤つた認識を惹き起させるに充分であるといわざるを得ないから、この不信義的行為を理由として本採用とならず解雇の挙に出られてもやむを得ないものといわなければならない、このことは前歴にかかる就職期間の短いことをもつて結論を左右するものではない。

第四、申請代理人は右解雇には予告期間の定めなくまた予告手当の支払がないから無効である旨主張するけれども、本件解雇は労働基準法第二十条第一項但書にいわゆる労働者の責に帰すべき事由に基いてなされたものであること明らかであるから右主張は理由がない。

第五、以上の次第で申請人に対する解雇が無効であるとの疎明がないわけであるから本件申請を却下すべきものとし民事訴訟法第八十九条に則り主文のとおり決定する。

(裁判官 西川美数 綿引末男 高橋正憲)

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