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東京地方裁判所 昭和28年(ワ)5873号 判決 1956年7月11日

原告 神山ヨリ

被告 秋葉実

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

原告訴訟代理人は、被告は原告に対し、別紙<省略>目録記載の宅地につき、昭和二十七年六月二十五日東京法務局板橋出張所受附第一二二二八号をもつてなされた、同日附停止条件附代物弁済契約による所有権移転請求権保全の仮登記、並びに右出張所同日受附第一二二二九号をもつてなされた、存続期間昭和二十七年六月一日から三ケ年、借賃一ケ月一坪につき七十円、期間中の借賃支払済み、賃借権の譲渡及び賃借物の転貸をなしうる特約のある賃借権設定の登記、及び昭和二十八年四月四日右出張所受附第六五〇三号をもつてなされた、同月一日代物弁済による所有権取得の登記、等の抹消登記申請手続をせよ。訴訟費用は被告の負担とするとの判決を求め、その請求原因として次のとおり述べた。

一、原告は被告から昭和二十七年六月二十五日二百三十万円を、弁済期同年七月二十五日として借受け、右債務弁済担保のため、昭和二十七年六月二十五日原告は、原告所有の別紙目録記載の三筆の宅地(以下本件宅地という)に抵当権を設定し、また、存続期間昭和二十七年六月一日から三年、借賃一ケ月一坪につき七十円、期間中の借賃支払済み、賃借権の譲渡及び賃借物の転貸をなしうる賃借権設定契約をなし、更に、前記二百三十万円を昭和二十七年七月二十五日弁済しないときは、その代物弁済として、本件宅地の所有権を移転するという契約をなし、同日東京法務局板橋出張所受附第一二二二七号をもつて抵当権、同第一二二二九号をもつて賃借権、同第一二二二八号をもつて所有権移転請求権保全の仮登記等を経由した。

二、原告は被告に対する前記二百三十万円の債務を、昭和二十七年七月二十五日弁済した。

三、しかるに被告は、本件宅地につき、前記出張所昭和二十八年四月四日受附第六五〇三号をもつて、同年同月一日代物弁済契約による所有権取得の登記を経由した。

四、しかしながら、第一項に記載した停止条件附代物弁済契約、賃借権設定契約はいずれも第一項記載の二百三十万円の弁済を担保する一つの方法としてなしたものであるから、その被担保債権が弁済によつて消滅したときは、当然抹消さるべきであり、また第三項に記載した、被告の所有権取得の登記は、第二項記載のとおり、二百三十万円が弁済によつて消滅したのになされたものであるから、実体的には無効の登記である。

よつて原告は被告に対し、請求の趣旨記載のとおりの判決を求める。

五、被告の主張する抗弁事実に対して、次のとおり述べた。

原告と被告間に、被告主張の債務につき、その主張の如き内容をなす裁判上の和解が成立したことは認める。被告主張の代物弁済として所有権を取得する意思表示のあつたことは否認する。和解条項(ホ)についての被告のいう「利用の合意」を否認する。即ち右条項は、二百六十六万五千円の債務につき新しく抵当権を設定するという趣旨である。

六、原告は再抗弁として次のように述べた。

(一)、仮りに、被告の主張する如く、既存の各登記を利用(流用)する合意があつたとしても、抵当権をもつて担保せる二百三十万円の債務は既に弁済により消滅したから、該抵当権も同時に消滅した。それ故たとえ合意があつても一旦消滅した抵当権を復活することは法律上認められないから、被告は、被告主張の事由によつて有効に本件宅地の所有権を取得することができない。

(二)、仮りに流用の合意が有効だとしても、原被告間には、別に和解条項(ニ)に示す各履行日を少くとも四、五日間猶予するという特約がある。

それ故被告が、原告が和解条項(ロ)に記載した、昭和二十八年二月及び三月の各末日限り支払うべき八万円の遅滞により、期限の利益を失つたとして、昭和二十八年四月四日所有権取得の本登記をなしたのは、前記特約に反するから、実体上被告に所有権は移転しない。

(三)、以上の抗弁が認められないとしても、或る特定の金銭債務弁済のため、抵当権設定と、停止条件附代物弁済契約がなされたときは、債権者は債務者に対し、その何れかを選択する意思表示をなすべきである。しかるに被告は原告に対し、何らの意思表示をなさずして、本件宅地につき所有権取得の登記をしたのであるから、被告は適法にその所有権を取得しない。

(四)、原告は、被告の主張する和解条項(ロ)に記載した、昭和二十八年二月及び三月の各末日に支払うべき計八万円を、特約による猶予期限前である、昭和二十八年四月四日被告に対し、現実に履行の提供をした。

更に同年同月七日七十万円を、同月十二日二百六十万円を被告に提供したが、被告はこれを拒絶した。よつて、原告は昭和二十八年五月十八日東京法務局へ、和解条項(イ)に示す債務二百六十六万五千円を弁済のため供託した。

ところで右供託は、被告が(三)記載のとおり、選択の意思表示をなす以前に供託したのであるから、おそくも右日時に被告主張の債務は弁済によつて消滅した。因つて被告は請求の趣旨記載の各登記を抹消すべきである。

(五)、被告が主張する、原告に対する債権は、和解条項(イ)に示すとおり二百六十六万五千円である。而して、昭和二十八年四月頃における本件宅地の価格は坪当り十万円、合計二千二百七十四万円である。或いは鑑定人野田良一の鑑定の結果によつても、昭和二十八年二月当時は坪当り九万二千円、合計二千九十二万八百円である。いずれにしても、二百六十余万円の債務のため、二千余万円の価格を有する本件宅地を、代物弁済契約によつて所有権を移転するという契約は、公序良俗に反するから無効である。

(六)、以上の、原告の主張がすべて認められないとしても、既に明らかのように、被告は、原告が昭和二十八年二月と同年三月末日に支払うべき各八万円を遅滞したから、約定により分割弁済の利益を失つたとなし、本件宅地の所有権を同年四月四日自己名義に登記したのである。しかしながら、原告は右二回分即ち十六万円を昭和二十八年四月四日弁済のため被告へ提供した。しかるに、被告は何ら特別の事情がないのに、右受領を拒絶し、前記のとおり直ちに本件宅地の所有権を自己名義に登記したのである。このことは、被告の、停止条件附代物弁済契約に基ずく権利の行使が、権利の濫用であり、従つて被告は有効に本件宅地の所有権を取得しない。<立証省略>

被告訴訟代理人は、原告の請求を棄却する、訴訟費用は原告の負担とするとの判決を求め、答弁として、本件宅地がもと原告の所有であつたこと、二百三十万円につき原告主張の内容をなす消費貸借が成立し、これに伴う抵当権設定、停止条件附代物弁済契約、賃借権設定の各契約がなされ、それらの各登記がなされたこと、右二百三十万円が原告主張の日弁済されたこと、被告が本件宅地につき、原告主張のように所有権取得の登記をしたこと等は何れも認める、と述べ、抗弁として次のとおり述べた。

一、被告は原告を相手方として、豊島簡易裁判所に対し、貸金につき和解の申立をなし、同裁判所昭和二十八年(イ)第二四号事件として昭和二十八年二月二十四日次の和解が成立した。

(イ)、原告は被告から借受けた昭和二十七年六月二十五日の元金二百三十万円及び、同年八月五日の元金三十五万円の債務、並に之に対する未払利息金一万五千円、合計二百六十六万五千円の債務の存在を認める。

(ロ)、原告は被告に対し、前記債務を次のとおり分割して、被告へ持参支払うこと。

金八万円       昭和二十八年二月末日限り。

金八万円       同年三月末日限り。

金八万円       同年四月末日限り。

金二百四十二万五千円 同年五月末日限り。

(ハ)、原告が被告に対する前項の、二百四十二万五千円を昭和二十八年五月末日の到来以前に支払つたときは、次の如く割賦の債務を免除する。

昭和二十八年二月末日迄に支払つたときは、(ロ)の各八万円計二十四万円。

昭和二十八年三月末日迄に支払つたときは、(ロ)の同年三月と四月に支払うべき八万円、計十六万円。

昭和二十八年四月末日迄に支払つたときは、(ロ)の同年四月末日支払うべき八万円。

(ニ)、原告が被告に対する(ロ)の割賦債務の支払いを二回怠つたときは、期限の利益を失い、残債務を一時に支払うこと。

(ホ)、原告は被告に対し、前記(ニ)の場合又は(ロ)の二百四十二万五千円の債務を支払わないときは、右債務につき、原告所有に係る本件宅地に対し、昭和二十七年六月二十五日東京法務局板橋出張所受附第一二二二七号に抵当権を設定した上受附第一二二二八号をもつて債務不履行を停止条件として代物弁済とする旨の、所有権移転請求権保全の仮登記を、本登記手続をなして、被告にその所有権を移転すること。

但し原告が既に支払つた金員は返還しない。

(ヘ)、原告が本件債務を弁済するため、本件宅地をもつて、他より金融をうける場合は、被告は債務弁済と同時にその設定したる抵当権登記及び代物弁済の仮登記の抹消を承諾する。

(ト)、和解費用は各自弁のこと。

二、前記和解条項(ホ)の「抵当権を設定した上」とあるは、改めて抵当権の設定登記をするのではなく、原告主張の抵当権をそのまゝ存続させるという趣旨である。要するに右条項(ホ)記載の合意の趣旨は、原告主張の抵当権並びに条件附代物弁済契約による所有権移転請求権保全の仮登記は、本来なら被担保債権の消滅によつて登記を抹消すべきであるが、原告が被告に対する前記和解調書の条項(イ)記載の金銭債務を、記載の条項に従つて弁済しなかつたときは、被告は、形式上原告主張の債権につきなされた抵当権設定契約、停止条件附代物弁済契約、並びにこれに基ずいてなされた登記によつて(登記を利用して、)、本件宅地の所有権を、二百六十六万五千円の代物弁済として、取得することができる、という趣旨である。

三、しかるに、原告は和解条項(ロ)に記載した、昭和二十八年二月及び同年三月の各末日限り支払うべき八万円、計十六万円を遅滞したから、原告は、和解条項(ニ)に記載した特約によつて、二百六十六万五千円につき、期限の利益を失つた。よつて被告は原告に対し、昭和二十八年四月四日頃口頭をもつて、本件宅地の所有権は、右債権の代物弁済として取得する旨意思表示をなした。このようにして、原告は本件宅地の所有権を取得したから、和解条項(ホ)に示す特約によつて、旧貸金につきなされた所有権移転請求権保全の仮登記を、原告主張の日に、本登記したのである。それ故被告は原告の請求に応ずるいわれがない。

四、原告は再抗弁に対して、次のとおり述べた。

被告は、昭和二十七年七月二十五日弁済をうけた二百三十万円(昭和二十七年六月二十五日貸付たもの)の債権を、原被告の合意によつて復活したと主張するものではないから、抗弁(一)の主張は当らない。

(二)の猶予の特約成立は否認する。

(三)については、被告は既に主張しておるとおり、選択の意思表示をしている。

(四)のうち、原告が二百六十六万五千円を供託した事実は認めるが、そのよの事実は否認する。

(五)の公序良俗に反する契約であるとの主張は否認する。原告は本件訴訟における鑑定人野田良一の鑑定の結果を援用して、本件土地の価格を云々するが、右鑑定人は現在の使用価値と潜在価値並びに将来の使用価値を含めて鑑定したのであつて、それは過大な評価である。このことは、本件宅地の昭和二十七年度及び二十八年度の固定資産の評価格が、前者は百十一万九千五百三十円、後者は百二十五万千百九十円であり、右価格の三倍を時価と算定するのが常識であること、或いは上島得生の鑑定によれば本件宅地の昭和二十七年頃の取引価格が坪当り三万円である事実と対照すれば明白である。

(六)の権利の濫用という主張は否認する。<立証省略>

理由

請求原因一、二の事実は、当事者間に争いがない。凡そ金銭を借受けるに当り、債務者が抵当権を設定すると同時に、その債務を期日に弁済しなかつたときは、代物弁済として所有権を移転するという契約をしたり、更に、債権者の為め、抵当物件に対し条件附、若しくは条件がなく、賃借権の設定を契約し、以上の事項が登記されることは、しばしば行なわれるところである。ところで以上の契約は、要するに債権者として債権の回収を確実ならしむる方法としてなされるのが普通である。それ故被担保債権が、契約どおり弁済されたときは、債権者は抵当権、代物弁済契約による所有権移転請求権保全の仮登記は勿論のこと、賃借権設定の登記等すべて抹消している。ところで本件の場合は、右の例外をなすものという主張もなければまた証拠もないから、当事者は前記各契約に基ずく各登記は、被担保債権が弁済されたときは、当然抹消するという意思であつたものと推認するのが相当である。

されば、被告は一応原告に対し、原告の請求するとおり、本件宅地になされた各登記を抹消すべきである。

そこで、被告の抗弁について判断しよう。先ず、被告が一において主張するとおりの内容をなす和解が、昭和二十八年二月二十四日豊島簡易裁判所において成立したことは当事者間に争がない。しかしながら該和解条項(ホ)に記載された条項の趣旨につき、争いがあるから、この点について判断しよう。

真正に成立したものと認められる乙第一号証(和解調書正本)の和解条項五の文言中に「ヽヽヽヽ抵当権を設定した上ヽヽヽ」と記載されている(このことは当事者間に争いがない。)そこで右条項五の全文と被告本人尋問(第一、三回)の結果を綜合すれば、右条項の趣旨は、二百六十六万五千円の債務のため原告が新しく、本訴宅地に抵当権を設定するというのではなく、原告が、昭和二十七年六月二十五日被告から二百三十万円を借受けたとき設定した抵当権(東京法務局板橋出張所受附第一二二二七号)が、いまだ登記簿上抹消されていないから、その登記の効力を維持して、これをもつて二百六十六万五千円の債務を担保することに流用する、と解されるのである。尚原被告は該条項において、原告が二百六十六万五千円の弁済につき期限の利益を失つたときは、昭和二十七年六月二十五日二百三十万円の貸借の際契約した、停止条件附代物弁済契約に基ずいて登記された所有権移転請求権保全の仮登記(同出張所受附第一二二二八号)を流用して、被告は二百六十六万五千円の代物弁済として本件宅地の所有権取得の登記をなしうる、ということおも合意したと認められるのである。この認定を覆すにたる証拠はない。

そこで、抵当権の流用は許されないという原告の抗弁について判断しよう。

抵当権が有効に成立した後において、被担保債権が弁済その他の事由によつて、消滅したときは、その限度において抵当権も消滅する。そうして一旦消滅した抵当権を他の債権のため流用することはできない、という判例もあり、また反対の判例もある。しかしながら当裁判官は、当事者が流用の合意をすることによつて、目的物件に対して有する他人の権益を侵害しない場合には、他方契約自由の原則、或いは流用することによつて当事者が被る手数と費用の利益という点等を合せて、制限的に流用の合意を有効としてさしつかえないと解するのである。以上の見解は抵当権の場合に限らず、本件のような抵当権設定の登記と同時になされた停止条件附代物弁済契約に基ずく、所有権移転請求権保全の仮登記を流用して、所有権移転の登記をするという合意のある場合、この仮登記を流用することについても同断である。

さて、真正に成立したものと認められる甲第一号証の一乃至三(土地登記簿謄本)によれば、本件宅地については昭和二十七年十二月十六日東京法務局板橋出張所受附第二六二四三号をもつて、債権者沼田廉平のため極度三百万円の根抵当権、及び同日受附第二六二四四号をもつて、右抵当権の債務を期限に弁済しないときは、代物弁済として所有権を移転すべき請求権保全の仮登記がなされ、前者の登記は昭和二十八年四月十六日同出張所受附第七四九五号、後者の登記は同日受附第七四九六号をもつて、何れも解約を原因として抹消の登記がなされている事実が認められる。ところで右根抵当権設定と所有権移転請求権保全の仮登記は、原告が二百三十万円(昭和二十七年六月二十五日借受)を被告に弁済した昭和二十七年七月二十五日の後になされたものであるが、そうして右登記の抹消は、原被告間にいわゆる流用の合意が成立した昭和二十八年二月二十四日の後になされたのであるが、何れにしても、原被告間になされた流用の契約を有効と認めることによつて、沼田廉平に対しては何らの利害を及ぼさず、他に登記簿上利害関係のある者の存在が認められないから、前掲の原被告間になされた登記流用の契約は有効と解するのである。従つて右に関する原告の抗弁は採用の限りでない。

次に、原告は和解条項(ロ)に定められた昭和二十八年二月及び同年三月の各末日に支払うべき八万円の履行日は、合意によつて更に、四、五日の猶予を得たと抗争し、この主張に副う証人内藤才市郎の証言及び原告本人の供述の一部は直ちに採用できない。否同人らがいつている趣旨は、本件和解契約が成立したとき担当裁判官が、希望的意見として述べたものにすぎないと認められるのであり、他にこれを認めるに足る証拠もないから、猶予契約成立を前提とする、原告の履行提供云々の事実については、判断をせずして、右原告の抗弁は理由がないとする。

次に、原告が和解条項(ロ)に定められた昭和二十八年二月及び同年三月の各末日限り八万円宛を被告へ弁済のため提供しなかつたことは、原告の明らかに争わないところであるから、原告は右事実を自白したものとみなす。そうすると原告は被告に対する二百六十六万五千円の債務につき、和解条項(ニ)の条項によつて、分割支払いを二回怠つたから期限の利益を失い、右二百六十六万五千円を直ちに支払うベきである。

次に、被告は原告に対し、昭和二十八年四月四日頃口頭をもつて、本件宅地の所有権を二百六十六万五千円の代物弁済として取得する旨選択の意思表示をしたと主張し、原告はその事実を否認するから、この点について判断しよう。

証人江口仁、同内藤才市郎らの証言と原告本人尋問(第一、二回)、被告本人尋問(第二回)の各結果を綜合すれば、原告は江口仁、平野敏雄らの斡旋によつて、昭和二十七年六月二十五日被告から二百三十万円を月七分の利息で借受け、その抵当権設定登記手続等は平野敏雄、江口仁が原告の代理人として被告と協力してなし、借りうけた金円のうち一部は、原告から江口仁が顧問をしている株式会社豊島製作所へ、利息月八分をもつて貸与し、このようにして原告は月一分の利息をかせいでいたこと。右借入金は弁済日に江口と原告が被告のもとへ持参して支払つたこと。第二回目の借入れ、即ち和解調書に示された二百六十六万五千円(但し三十五万円と未払利息一万五千円を除く)は専ら江口が原告の代理人として昭和二十七年八月上旬、被告へ申込み借受けたこと、成立に争いのない甲第二号証の一、二の和解申立書は原告の依頼によつて内藤才市郎が認め、和解期日には原被告本人のほか内藤才市郎らが出頭して、当事者間に争いのないとおり、被告主張の如き内容をなす和解契約が成立したこと、原告は昭和二十八年三月二十八、九日頃、和解条項(ロ)に定めた同年二月及び三月の各末日支払うべき八万円計十六万円を、内藤若くは江口らを介して被告へ支払うべく同人らを訪ねたが、何れも不在であつたので、翌四月四日朝再び内藤を訪ね右の趣を依頼したが、内藤が直接被告へ持参するよう勤めたので、同日夕刻五時頃原告自ら被告を訪問し、被告へ十六万円を提供したところ、被告が本件宅地の名義を自分に書換えたから、金は受取らぬといつて拒んだため、同日はそのまゝ帰宅したこと、同月七日原告、内藤、江口らが同道して被告に対し履行の提供をしたところ、前回と同様の理由で被告はこれを拒んだこと、等が認められる。

右認定を覆すにたる証拠は他にない。但し被告本人尋問の結果成立が認められる甲第四号証と、証人江口仁の証言、原告本人尋問(第一回)、被告本人尋問(第一回)の結果によれば、被告は原告から昭和二十七年九月五日十八万五千五百円を、和解調書の(イ)に示す昭和二十七年六月二十五日貸付二百三十万円(この貸借は実際は同年八月二日貸付の百五十万円と同月五日貸付の八十万円を合算したものであることは、訴訟記録によつて、当事者間に争いがない。)及び同年八月五日貸付の三十五万円(但しこれは原告が他人の債務を引受けたものであることも、前同様に当事者間に争いがない)に対する、時期は不明であるが、一ケ月七分の割合による利息損害金として収受した事実が認められるが、このことは被告の不当利得の問題が発生する余地あるも、右認定の妨げとはならない。

右事実によれば、被告が原告に対し昭和二十八年四月四日の夕刻、本件宅地の所有権取得の登記をしたから、金は受取らないといつたことは、代物弁済契約による所有権取得を選択する意思表示と認めるのが相当である。而して右意思表示は、原告が本件宅地につき自己のため所有権取得の登記をした昭和二十八年四月四日(この事実は当事者間に争がない)の夕刻になされたのであるから、時間的には登記手続が完了した後と推認できるのである。そこで、本来なら右意思表示はこれに基ずいてなされる登記手続前になすべきが順当であろうが、本件のようにこれが後になされた場合であつても、その登記は結果において実体上の権利関係と一致するから有効と解すべきである。

かように判断すると、要するに、被告は原告との間に昭和二十八年二月二十四日成立した和解契約により、従前の登記を流用して、本件宅地の所有権を、二百六十六万五千円の代物弁済として、有効に取得したものというべきである。

進んで、原告の公序良俗に反する契約であるという抗弁について判断するに、成立に争いのない乙第六号証の二と被告本人尋問(第一回)の結果及び鑑定人野田良一の鑑定の結果等を綜合すれば、本件宅地の昭和二十八年二月当時の時価は約一千百万円内外と認める。そこでこの価格と被告の原告に対する二百六十六万五千円の債務と対比すれば、被告が代物弁済として本件宅地の所有権を取得したときは莫大の利益を収めることゝなるが、しかしながら、いやしくも一旦原告が被告と右代物弁済契約をした事実を尊重し、また、そもそも原告が昭和二十七年六月二十五日被告と消費貸借を契約したのは、原告が借受金を他へ、より高利に貸付けて、その間利益をうる目的のためなされた事実等を考慮に入れて考えれば、単に右数字のみをもつて、本件和解契約が公序良俗に反して無効とは解されない。それ故原告の右抗弁は理由がない。

次に、原告の権利の濫用という抗弁について按ずるに、被告は前記のとおり、原告が履行日を四日おくれて履行の提供をしたのに(但し時間的には登記後の提供)、これを拒絶して、本件宅地の所有権を代物弁済として取得したのであるが、このことは、被告としては契約に従つて自己の権利を行使したのであつて、そのことのみをもつて権利の濫用とは解さない。他に権利の行使が濫用と認めるにたる証拠もないから、原告の抗弁は理由がない。

以上のとおりであるから、原告の本訴請求は理由がないものとして、これを棄却すべく、訴訟費用の負担につき、民事訴訟法第八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 石橋三二)

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