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東京地方裁判所 昭和28年(ワ)2180号 判決 1959年4月14日

原告 株式会社堀野商店

被告 江戸橋商事株式会社

主文

別紙目録記載の不動産が原告の所有に属することを確認する。

被告は原告に対し右不動産につき東京法務局昭和二十六年十月三十日受付第一三〇五七号を以て被告のためになされた同年同月二十九日附売買による所有権取得登記の抹消登記手続をせよ。

訴訟費用は被告の負担とする。

事実

原告訴訟代理人は、主文同旨の判決を求め、その請求の原因として、

「一、訴外真下嘉吉は、昭和二十五年三月二十五日日本グラフイツク映画株式会社(以下「日本グラフイツク」と略称する。)に対し、金百五十万円を弁済期同年九月二十四日、利息一ケ月六分の定めで貸し付け、同時に右債権の担保として日本グラフイツクからその所有の別紙目録記載の不動産について抵当権の設定を受け且つ、若し日本グラフイツクが期限に右抵当債務を弁済しないときは、真下において代物弁済として右不動産を譲り受ける旨の契約をしたが、同年三月二十七日右両名の間で税金その他の費用を節約するため、被担保債権ないし本件不動産を以て充当さるべき債権につき、元本債権を金七十万円、弁済期を同年九月二十六日、利息を年一割毎月末日払、期限後の損害金を元金百円につき日歩五銭として登記することを特約し、同日附の消費貸借並びに代物弁済契約によるものとして、東京法務局同日受付第一八五二号を以て抵当権設定登記を、同法務局同日受付第一八五三号を以て所有権移転請求権保全の仮登記を経由した。

二、しかるに、日本グラフイツクは、期限を経過しても前記債務の履行をしないので、真下は、昭和二十六年六月十五日日本グラフイツクを相手取り、本件不動産の所有権移転登記手続並びに右不動産のうち家屋の明渡を求める訴を当庁に提起し、同事件は当庁昭和二十六年(ワ)第三四〇四号として繋属した。併せて真下は、右所有権移転登記請求権を保全するため、日本グラフイツクを債務者として、当庁に仮処分を申請し、同月二十日同裁判所から本件不動産につき、譲渡、質権、抵当権、賃借権の設定その他一切の処分を禁止する旨の仮処分決定をうけ、東京法務局同年同月二十五日受付第七四三二号を以てその旨の嘱託登記を経由した。

三、越えて昭和二十七年六月六日午後三時の口頭弁論において前記昭和二十六年(ワ)第三四〇四号事件につき、真下と日本グラフイツクとの間に左記条項を含む裁判上の和解が成立した。

和解条項

(一)  真下は、日本グラフイツクに対しその映画製作費用に充てるために金七十万円を無利息、昭和二十八年三月末日限り持参返済の約で昭和二十七年六月十日に貸与すること。

(二)  日本グラフイツクは真下に対し金二百二十五万円の債務(昭和二十五年六月二十五日日本グラフイツクが振出した金額百七十七万円の約束手形、同年八月三十日日本グラフイツクが振出した金額五十二万五千円の約束手形による手形債務合計二百二十九万五千円の内)を負つていることを認め、これを、次のとおり原告に持参支払うこと。

イ、昭和二十七年九月末日限り金百万円

ロ、同年十二月末日限り 金百万円

ハ、昭和二十八年三月末日限り 金二十五万円

(三)  第一、二項の割賦金の支払を一回でも遅滞するときは日本グラフイツクは期限の利益を失い真下から何等の意思表示を要せず日本グラフイツク所有の本件不動産は第一、二項の債務合計二百九十五万円の代物弁済として真下の所有に帰するものとする。この場合においては、日本グラフイツクは直ちに真下のために所有権移転登記手続をなし、かつこれを真下に明渡すこと。

(四)  日本グラフイツクが第一、二項の債務を弁済期に履行したときは、真下は、本件不動産につき昭和二十五年三月二十七日東京法務局受付第一八五二号をもつて真下のためになされた、同日附契約による債権者真下嘉吉、債務者文芸映画製作株式会社(日本グラフイツクの旧商号)貸金額七十万円、弁済期同年九月二十六日、利息年一割なる抵当権設定登記、同日東京法務局受付第一、八五三号をもつて真下のためなされた同日附右抵当債務を期限に弁済しないことを条件とする代物弁済契約による所有権移転請求権保全の仮登記の各抹消登記手続をすること。

四、しかして、真下は和解(一)項に従い訴外会社に金七十万円を貸付け、その後、原告は、昭和二十八年二月十七日前記真下から同人の日本グラフイツクに対する前記和解調書記載の債権金二百九十五万円及び本件不動産に設定された抵当権並びに代物弁済契約による所有権移転請求権等一切の権利の譲渡をうけ、同年同月十九日右不動産につき右抵当権及び所有権移転請求権につきその旨の附記登記をするとともに、右債権の譲渡につき真下から同年同月二十一日日本グラフイツクに対し同月二十三日到達の内容証明郵便を以てその旨の通知をなした。

五、しかるに、日本グラフイツクは前記和解条項所定の債務を履行しないので、原告は同会社に対し右和解に基き代物弁済予約完結の意思表示をしたうえ、本件不動産につき東京法務局昭和二十八年三月十七日受付第二九九三号を以て、さきの仮登記に基き昭和二十五年九月二十六日代物弁済により本件不動産の所有権を取得した旨の本登記手続を了した。

六、ところで、被告は、前記仮登記並びに処分禁止の仮処分登記の後である昭和二十六年十月三十日付を以て、本件不動産につき主文第二項掲記の如き所有権取得登記を経ている。

しかしながら、被告の右登記は、前記処分禁止の仮処分後になされたものであり、右仮処分の効力は、前記和解調書の執行力を保全すべきこと明らかであるから、右仮処分権利者真下、したがつて、その承継人たる原告に対抗しえないものであるのみならず、原告が前記の如く仮登記に基く本登記を経たことにより本件不動産の所有権の取得を被告に対抗し得るに至つたものであるから、被告の前記登記は、いずれにしても原告に対抗しえない無効なものである。しかるに、被告は原告の本件不動産に対する所有権の帰属を争つて、前記登記の抹消登記手続に応じないので、原告は被告に対し本件不動産の所有権確認並びに被告の前記登記の抹消登記手続を求めるため、本訴に及んだものであ。」

と陳述し、被告の主張に対し、前記一掲記の代物弁済契約(以下「第一次代物弁済契約」と称する。)は前記のとおり抵当権設定契約と同時に締結され、その旨の登記を経ているものであるから、代物弁済の予約であつて被告主張の如き停止条件附代物弁済契約ではない。しかして、代物弁済はいわゆる実践契約に属し、本来の給付に代えて他の給付が現実に履行されることをその成立要件とするものである。従つて、代物弁済の予約において、債権者が、単に予約完結の意思表示をしたのみでは、未だ代物弁済契約は成立せず、債務者が所有権移転登記及び引渡等第三者に対抗力を生ずる現実の給付をして、はじめて代物弁済は完了するのである。故に、右の如き給付のなされるまでは代物弁済契約は依然存続するから、当事者の合意により、既になされた代物弁済予約完結の意思表示を撤回して、その代物弁済契約の内容を変更することは、何等差支えないところであり、公序良俗又は強行法規に反するものでもない。本件についてこれを見るに、前記和解当時においては、前記真下は、本件不動産の所有権を取得する旨の意思表示をしたのみで日本グラフイツクから未だ所有権移転登記並びにその引渡を受けていなかつたものであるから、右和解に際し、前記真下と日本グラフイツクとが合意のうえ右所有権取得の意思表示を撤回して前記和解条項掲記の代物弁済契約に変更しても、代物弁済契約が無効となつたり、真下が本件不動産を放棄したことにはならない。

被告は第一次代物弁済契約と前記和解による代物弁済契約とは同一性を欠き少なくとも更改されたものであると主張するが、もともと、和解(二)項記載の約束手形のうち金額百七十七万円の手形は、昭和二十五年三月二十五日の消費貸借に基く元利金支払のために振り出されたものであり、前記和解における代物弁済契約は第一次代物弁済契約の債務を含めて真下の日本グラフイツクに対する従来の債権を合計金二百二十五万円としこれを一括して分割払と定め、かつ、真下から日本グラフイツクに対し新に金七十万円を貸し付けたうえ、以上の債務を前記和解における代物弁済契約の対象としたに過ぎないものである。したがつて、和解(三)項は第一次代物弁済契約の失効を前提として成立したものではなく、むしろその趣旨は、本件物件を以て充当される債務の範囲を拡げた点にあるに過ぎないから、両者に同一性があることは明らかである。しからば、本件仮登記は和解(三)項に拘らず、その効力を有するものであり、現に和解(四)項は、このような趣旨で成立したものであるから、真下より右和解に基く権利一切の譲渡を受けた原告が、その後日本グラフイツクの承諾を得て右仮登記に基く本登記手続を了したことは何等違法ではない。

かように、第一次代物弁済契約と和解(三)項とが、同一性を有する以上、第一次代物弁済契約に基く本件不動産の所有権移転登記請求権を被保全権利とする前記仮処分は、前記和解調書の執行力を保全する効力をも有することが明らかである。仮に、第一次代物弁済契約と前記和解とが同一性を有しないとしても、元来、仮処分命令はその取消がなされない限り効力を有するものであるから、これが取消のない本件においては、前記仮処分は前記和解調書の執行力を保全する効力がある。被告は第一次代物弁済契約に基く本件不動産の所有権取得の意思表示後にこれを撤回して前記和解の如き代物弁済契約に変更することは、第三者たる被告の利益を害するから許されないと主張するが、真下が日本グラフイツクから本件不動産の所有権移転登記をうけた後、すなわち代物弁済の完了後に右所有権取得の意思表示を撤回したというのであるならば、あるいは右登記を信じて取引関係に立つ第三者の利益を害することがあろうが、本件においては、前記のとおり代物弁済完了前に真下において所有権取得の意思表示を撤回したのであり、また、第一次代物弁済契約の債務額と和解における債務が変更しても、第三者との関係においては、前記仮登記に表示された債権額である金七十万円の限度内でのみ、債権者の権利が担保されるに過ぎないから、いずれにしても、第三者の権利を害することはありえない。次に、被告は、原告が前記仮処分の承継につき適法な手続を経ていないと主張するが、処分禁止の仮処分の承継手続においては、被告主張の如き承継執行文の附与をうける必要はなく、承継人が仮処分債権者から被保全権利の譲渡をうければ承継手続として必要かつ十分である。けだし、処分禁止の仮処分においては、占有移転禁止の仮処分と異なり、仮処分の執行完了後においては承継人が新に執行開始をなす必要がないため、通常承継執行文は交付されないうえ、登記法の不備から仮処分の承継に関する登記手続もない。従つて、その承継手続は承継人において被保全権利の譲渡をうけたことを証明すれば足るものと解さざるを得ないからである。

と陳述し、

立証として、甲第一乃至第三号証、第四、五号証の各一、二、第六号証を提出し、乙第一乃至第七号証、同第九号証の各成立を認め、同第八号証については認否をしない。

被告は本案前の弁論として、「原告は、はじめ、訴外会社が真下の同会社に対する貸付金債権を担保するため、本件物件につき抵当権を設定し代物弁済契約を結んだが、後日原告において右債権、抵当権及び所有権移転請求権を真下から譲受けたと主張し、右権利の存在確認を求めながら、その後、右代物弁済契約に基き本件不動産の所有権を取得したとしてその存在確認を求めるのであるが、右変更は請求の基礎に同一性がないから、被告は右訴の変更につき異議を留める。」と述べ、本案につき原告の請求を棄却するとの判決を求め、答弁として、原告の主張事実中、

一の事実のうち、本件不動産につき原告主張の抵当権設定登記並びに代物弁済契約に基く所有権移転請求権保全の仮登記が存することは認めるが、その余の事実は知らない。

同二の事実は冒頭の債務不履行の点を争いその他を認める。

同三の事実は認める。

同四の事実は知らない。

同五の事実中、日本グラフイツクが原告主張の債務を履行しなかつたこと及び原告主張の本登記がなされたことは認めるが、その余の事実は知らない。

同六の事実中、本件不動産につき原告主張の如き所有権取得登記の存すること及び右登記が原告主張の仮登記並びに仮処分登記の後になされたものであることは認めるが、被告の右登記が真下及び原告に対抗し得ないものであるとの原告主張は争う。仮に、真下と訴外会社との間に原告が請求原因第一項で主張するような実体関係があつたとしても、そもそも第一次代物弁済契約は、その債務者たる日本グラフイツクが、その債務を弁済期である昭和二十五年九月二十四日迄に弁済しないときは、直ちに債権者たる真下において、本件不動産の所有権を取得しその引渡を受くべき内容のものであつたのである。従つて昭和二十七年六月六日右当事者間に裁判上の和解が成立した当時においては、本件不動産の所有権はすでに右真下に帰属していたことは明らかである。しかるに、真下が右和解において本件不動産を改めて和解に基く債務の代物弁済契約の対象としたのであるから、この事実は、右真下が第一次代物弁済契約の無効なことを肯定したものか、あるいは本件不動産の所有権を放棄し、改めて右和解に及んだものかのいずれかであると解さざるを得ない。

仮に第一次代物弁済契約が原告主張の如く代物弁済の予約であるとしても、真下は本件不動産の所有権を取得する旨の意思表示をした後これを撤回して前記和解に及んだものであるから、同人はもとより、昭和二十八年二月十七日に至り漸く同人から右和解に基く権利関係の譲渡を受けた原告が、その主張の如く昭和二十五年九月に本件不動産の所有権を取得し得べきいわれはない。加えて、第一次代物弁済契約と裁判上の和解による代物弁済契約とでは、その契約締結日、債権額、弁済期、所有権取得の条件及び時期を異にすることは原告の主張に徴して明らかであつて彼此同一性を認め得ないものであり、両契約に何等かの関連があつたとするも、債務の要素を変更するものでそれは更改であるから、前記和解の成立により第一次代物弁済契約は既に消滅したものである。要するに、いずれの点からするも、真下は、前記和解成立の際、本件不動産の所有権を喪失したことが明らかであるから、第一次代物弁済契約に基く所有権移転請求権保全の仮登記並びに同契約により取得すべき本件不動産の所有権を保全するためになされた前記仮処分は、その基礎を失つたものというべく、従つて、仮登記並びに仮処分の権利者たる真下及びその承継人たる原告が、右和解前すでに本件不動産につき所有権取得登記を経由した被告に対し、右登記の無効を主張し得べき筋合はない。原告は、代物弁済契約の内容を変更することは自由であると主張するけれども、それは契約当事者間においての言い得ることであつて、本件の如く契約内容の変更によつて不利益をうける第三者がいる場合においては、第三者の承諾を得るか又は特別の法的根拠によらない限り、契約内容の変更を以て第三者の利益を害することはできない。従つて、真下が前記のとおり第一次代物弁済契約によつて取得した本件不動産の所有権を一旦放棄しておきながら、すでに所有権取得登記を経ている被告の立場を無視して、右所有権を対象とする前記和解を締結し、第一次代物弁済契約に関してなされた本件不動産の所有権移転請求権保全の仮登記を流用することは許されない。のみならず、原告は、前記仮処分の権利者たる真下から仮処分上の地位を承継したと主張するも、承継執行文の附与を受ける等適法な承継手続を経ていないから前記仮処分の効力を主張する適格を有しない。」

と陳述し、

立証として、乙第一乃至第九号証を提出し、甲号各証の成立を認めると答えた。

理由

一、先ず被告の本案前の抗弁につき判断する。原告が当初「被告は原告に対し真下嘉吉より日本グラフイツク映画株式会社に対する当庁昭和二十六年(ワ)第三四〇四号事件の口頭弁論調書による金二百九十五万円の債権及びこれに対し設定した別紙目録記載の不動産に関する抵当権及び代物弁済契約による所有権移転請求権が原告に帰属することを確認する。」旨の請求をなし、その後昭和二十八年六月十日附原告提出の訴状訂正申立書を以て、右請求を「被告は原告が別紙目録記載の不動産の所有者たることを確認する。」旨に変更したことは記録上明らかであるが、前の請求が、前記口頭弁論調書による債権、本件不動産に関する抵当権及び代物弁済契約に基く所有権移転請求権の確認を求めるのに対し、後の請求が、右代物弁済契約に基いて取得した本件不動産の所有権自体の確認を求めるものであることは、審理の経過に徴して明らかであるから、結局、両者は前記口頭弁論調書による真下の権利を原告が譲受けた事実に基くものであつて、たゞその請求の趣旨を変更したに止まり、その請求の基礎は同一であるというべきであるから、右請求の趣旨の変更はその基礎に変更がある場合には当らないといわねばならない。従つて、この点に関する被告の主張は採用の限りでない。

二、進んで本案につき判断する。

成立に争のない甲第一、二号証、同第五号証の二、第六号証、並びに乙第一、第三、第四第六号証及び原告がその成立を明らかに争わないから真正に成立したものと看做す乙第八号証を総合すれば、訴外真下嘉吉は、昭和二十五年三月二十五日、日本グラフイツク(当時の商号は文芸映画製作所株式会社)に対し金百五十万円を弁済期同年九月二十四日、利息月六分の定めで貸し付け、同時に右債権を担保するため同会社からその所有の本件不動産につき抵当権の設定を受け、且つ右弁済期を徒過したときは債務の弁済に代えて本件不動産を譲受けることを約したが、日本グラフイツクは税金、登記費用等を節約するため抵当権の被担保債権ないし本件不動産を以て充当される債権の元本額を金七十万円、利息を年一割、期限後の損害金を日歩五銭として登記されたいと真下に申出で、その承諾を得たことを認めることができる。しかして、真下が本件不動産につき債権額を金七十万円として東京法務局昭和二十五年三月二十七日受附第一八五二号を以て原告主張の如き抵当権設定登記をなし同法務局同日受付第一八五三号を以て原告主張の如き代物弁済契約による所有権移転請求権保全の仮登記を経由したことは当事者間に争いがなく、(右実体関係と登記簿上の表示との間には、消費貸借並びに代物弁済契約成立の日時及び本件不動産を以て充当さるべき債務の内容、弁済期等につき、多少の不一致があるものの、同一の消費貸借に基く債務について本件不動産を代物弁済とする、という基本的関係において一致するから、本件仮登記は右不一致にかかわらず、なおその効力を有するものと解される。)次に、真下が昭和二十六年六月十五日日本グラフイツクを相手取り本件不動産の所有権移転登記手続並びに右不動産のうち家屋部分の明渡を求める訴を当庁に提起し、同事件が当庁昭和二十六年(ワ)第三四〇四号として繋属したこと、その後同事件の昭和二十七年六月六日午後三時の口頭弁論期日において裁判上の和解が成立したこと、その和解条項が原告主張の如き内容であつたことは当事者間に争がない。

三、ところで、被告は、第一次代物弁済契約は停止条件附代物弁済契約であるから、その条件が成就した昭和二十五年九月二十四日に真下が本件不動産の所有権を当然取得した筈であり、仮に右契約が代物弁済の予約であるとしても、真下は代物弁済として本件不動産の所有権を取得する旨の意思表示をしたから、これにより右所有権を取得したものであるに拘らず、前記和解において本件不動産を日本グラフイツクの所有に属するものとして代物弁済契約をしたのは、真下が第一次代物弁済契約の無効なることを承認したか、それとも本件不動産の所有権を放棄したものであると主張する。

そこで先ず、第一次代物弁済契約の性質について考えてみるのに、貸金債務の負担に際し抵当権設定契約と共に又はこれに附加してなされた停止条件附代物弁済契約は特段の事由のない限り代物弁済の予約と解すべきものであるところ(最高裁判所昭和二十六年(オ)第五六〇号、同二十八年十一月十二日判決)、第一次代物弁済契約が本件不動産につきなされた抵当権設定契約と共に締結されたものであることは前記のとおりであり、且つまた被告の全立証によるも、第一次代物弁済契約を以て停止条件付代物弁済契約と解すべき特段の事由があつたものと認めるに足りないから、第一次代物弁済契約は代物弁済の予約であつたと認めるのが相当である。

ところで、真下が日本グラフイツクに対し訴を提起した後、前記訴訟事件において日本グラフイツクとの間に本件不動産を同会社の所有に属するものとして裁判上の和解をなしたことは前記のとおりである。被告は右の経緯を捉えて真下が和解に際し本件不動産の所有権を放棄し又は第一次代物弁済契約の無効なることを承認したものであると主張するが、真下が本件不動産の所有権を前記和解において日本グラフイツクの所有に属するものとして代物弁済契約に及んだ事実関係はこれを合理的に解するならば、前記経緯、和解の内容並びに弁論の全趣旨を綜合して次のように、すなわち、真下は前記訴状送達をもつて日本グラフイツクに対し第一次代物弁済予約に基き予約完結の意思表示をなしたか、和解に当り、日本グラフイツクの承諾の下にこれを撤回したうえ、本件不動産の所有権を一旦同会社に返還し、改めて第一次代物弁済契約の債務及びその後真下が同会社に貸与した貸金並びに右和解において新に貸し付けた金七十万円の債務を総て第一次代物弁済契約の債務に含ましめ、同会社が右債務を履行しないときには、改めて真下が本件不動産の所有権を取得し得る旨を約したものと推測するのが相当である。そこで、次に、代物弁済予約完結の意思表示の撤回は許されるものであろうかという点について考えてみると、そもそも代物弁済は本来の給付に代えて他の給付を現実になすことによつて債権を消滅せしめる契約であるから、債務者のなす給付が不動産の所有権を移転する場合においては登記その他の引渡行為を終了し第三者に対する関係においても全く完了するのでなければ代物弁済は成立せず、債権は消滅しないと解すべきである。このことは、代物弁済の予約において、債権者が予約完結権を行使したのみで、未だ債務者から登記、引渡等現実の給付を受けていない段階においても同様である。

従つて、このような段階において債権者が債務者との合意により債権者が一度行使した予約完結の意思表示を撤回しても一旦消滅した債権を復活する場合と異り、何ら第三者の利益を害することはないというべきであるから、前記の如き予約完結の意思表示を合意により撤回することは、もとより有効であると解すべきである。代物弁済予約完結の意思表示の撤回により債権者が債務者から一旦取得した所有権は債務者に復帰することとなるのは、もとより当然であるから、従つて、真下は本件不動産の所有権を前記和解において、日本グラフイツクの所有に属するものとして代物弁済契約をしたのであつて、被告の右主張は当らない。

四、次に、被告は、第一次代物弁済契約と前記和解による代物弁済契約とではその契約成立日、債権額、弁済期、所有権取得の条件及び時期を異にするから両者に同一性がなく、少くとも前者は更改により消滅したから、第一次代物弁済契約に基く本件不動産の所有権移転請求権は消滅したと主張するので検討すると前記和解条項及び成立に争ない乙第一乃至第六号証並びに弁論の全趣旨を綜合すれば、原告を真下嘉吉、被告を日本グラフイツクとする前記昭和二十六年(ワ)第三四〇四号事件において、右真下が主張する前記昭和二十五年三月二十五日の貸金の存在については日本グラフイツクがこれを認めたが、真下が右貸金の元本及び利息の支払のため日本グラフイツクにおいて振出したと主張する同年六月二十五日附約束手形一通金額百七十七万円の手形金及び真下が日本グラフイツクに対して有すると主張した別口の手形債権金五十二万五千円(以上合計金二百二十九万五千円)については日本グラフイツクがこれを認めなかつたこと、しかし、その後、結局両者の間に前記裁判上の和解が成立したこと、しかして、その和解条項において日本グラフイツクは真下主張の債権中金二百二十五万円の存在を承認し((二)項)、その代りとして、右債務の支払については昭和二十七年九月末日限り金百万円、同年十二月末日限り金百万円、昭和二十八年三月末日限り金二十五万円の分割払としたうえ(同項)、真下は日本グラフイツクに対し新に金七十万円を貸与することとし((一)項)、以上合計金二百九十五万円の債務を期限に支払わないことを条件として本件不動産につき代物弁済契約をなしたこと((三)項)、そして本件不動産についてなされた第一次代物弁済契約に基く前記抵当権設定登記及び代物弁済の仮登記をそのまま存置せしめることとしたこと((四)項-同項は日本グラフイツクが右金二百九十五万円の債務を弁済したときは右各登記の抹消登記手続をすべきことを定めているのみであるが、これは前記各登記が存在しているので、これを有効に存続せしめる意図であつたことは和解条項(三)と併せ考えれば疑の余地がないところである)が認められる。右事実によれば、右和解は第一次代物弁済契約の債務にその後の債務を加え、また右和解において新に貸金の約定をなし、そのうえ、支払方法についてもこれを改めたものであるから、第一次代物弁済契約の内容をかなりの程度に変更したものであることは明らかである。しかしながら、昭和二十五年三月二十五日の消費貸借に基く元利金支払のために振出されたと真下が主張する金額百七十七万円の手形金債務を日本グラフイツクが前記和解(二)において認めた事実と、和解(四)項とを併せ考えると、和解(三)項は、従来の代物弁済契約を解消することを前提として成立したものではなく、むしろ、従来の代物弁済契約の内容を和解の限度で変更する点、すなわち、従来の代物弁済予約によれば、本件不動産を以て充当さるべき債務は、昭和二十五年三月二十五日の消費貸借に基く元利金であつたが、これを右元利金ないしその支払のために振出された約束手形金債務と別口の借受金(和解(一)項)及び約束手形金(和解(二)項)合計金二百九十九万五千円のうち金二百二十五万円とすることにあるものということができる。従つて、本件不動産を以て充当される債務の範囲ないし額を拡大ないし増額したからといつて、これにより債務の要素を変更し第一次代物弁済契約和解(三)項との間に同一性が失われたものともいえないから、本件仮登記は、和解(三)項にかかわらず、なおその効力を有するものというべきである。

従つて、被告のこの点に関する主張も採用し得ない。

五、次に被告は契約の変更により第三者の利益を害することは許されないところ、真下に第一次代物弁済契約によつて取得した本件不動産の所有権を放棄しておきながら、前記和解において第一次代物弁済契約に基く本件不動産の所有権移転請求権保全の仮登記を流用することは本件不動産につき所有権取得登記を経ている被告の利益を害すから許されないと主張するので考えてみるのに、真下が前記和解に際し、第一次代物弁済契約の予約完結の意思表示を撤回した結果本件不動産の所有権が日本グラフイツクに返還されたが、それは第一次代物弁済契約の無効を招来するものでなく、又所有権の放棄を意味するものでもないことは先に説示したとおりであつて、右予約完結の意思表示の撤回により第一次代物弁済契約は予約完結の意思表示のなされない状態に復帰したに過ぎないから、被告の主張はその前提において失当であるばかりでなく、前記和解条項中第一次代物弁済契約の条件が債務者たる日本グラフイツクに不利に変更された部分は、後順位の抵当権者又は第三者取得者との関係においては登記簿上に記載された従前の条件(本件においては債権額の表示が金七十万円であることは前述した)を超える限度において対抗力を有しないものであること多言を要しないから第一次代物弁済契約の債務額が増加し、かつ、それに附随する前記抵当権設定登記及び所有権移転請求権保全の仮登記が流用されたからといつて被告の利益を害するものとはいえない。従つて、被告の主張はこの点からみても失当であるといわなければならない。

六、しかして、成立に争のない甲第四号証の一、二及び本件弁論の全趣旨によれば、真下は和解(一)項に従い金七十万円を日本グラフイツクに貸付けたこと、原告は、昭和二十八年二月十七日真下から前記和解に基く債権金二百九十五万円及び本件不動産に設定された前記抵当権並びに代物弁済契約による所有権移転請求権等一切の権利の譲渡を受け、真下から同年同月二十一日附同月二十三日到達の日本グラフイツク宛内容証明郵便を以てその旨の通知がなされたことを認めることができ、また、前出甲第一、二号証によれば、真下は本件不動産につき東京法務局同年同月二十一日受附第一七〇四号及び第一七〇五号を以て前記抵当権並びに所有権移転請求権譲渡の附記登記を経由したことが認められる。そして、日本グラフイツクが前記和解に基く債務の履行をなさなかつたこと並びに原告が本件不動産につき同法務局昭和二十八年三月十七日受附第二九九三号を以てさきの仮登記に基く本登記手続として「昭和二十五年九月二十六日代物弁済により本件不動産の所有権を取得した」旨の本登記手続を了したことは当事者間に争がなく、この事実と前出甲第一、二号証とを綜合すれば原告は日本グラフイツクに対し遅くとも前記本登記の受附日附たる昭和二十八年三月十七日までに本件不動産の所有権を代物弁済として取得する旨の意思表示をなしたうえ同日日本グラフイツクの協力を得て前記本登記手続を経由したものと推認することができる。

被告は、真下が前記和解において本件不動産取得の意思表示を撤回した以上、同人から昭和二十八年二月十七日に至り漸く前記和解に基く権利の譲渡をうけた原告において、昭和二十五年九月に本件不動産の所有権を取得するいわれはなく、従つて前記本登記手続は登記原因を欠き無効であると主張する。なるほど、被告主張の如く、原告が真下から前記和解に基く権利の譲渡をうけたのが昭和二十八年二月十七日であり、しかも右和解の成立した昭和二十七年六月六日当時においては、真下が第一次代物弁済契約による予約完結の意思表示を撤回した結果本件不動産の所有権は日本グラフイツクに復帰していたのであるから、原告が昭和二十五年九月二十六日に本件不動産の所有権を代物弁済として取得することは時間的に不可能なことであり、前記登記はその登記原因において真実に符合しないものであることは明らかである。しかしながら、原告が第一次代物弁済契約と同一性を保持する前記和解の代物弁済契約による権利関係を譲受けた後、日本グラフイツクがその債務を履行しないため遅くとも昭和二十八年三月十七日までに本件不動産を代物弁済として取得する旨の意思表示をなして、本件不動産の所有権を適法に取得したことは前記のとおりであるから、原告は同日以降本件不動産につき前記本登記手続をなし得るに至つたものというべきである。従つて、前記本登記は所有権取得の日時及び本件不動産を以て充当される債務の範囲ないし額につき実体法上の権利関係と合致しないが、代物弁済による所有権取得という点において登記と実質上の権利変動との間に同一性が認められ、かつ権利帰属の点において実質上のそれと符合するから、前記登記は有効であるといわなければならない。そうだとすれば、被告のこの点に関する主張も採用し得ないものである。

七、しからば、原告が前記の如く昭和二十八年三月十七日本件不動産につき原告のため所有権取得の本登記をなした結果、原告の権利は前記仮登記のなされた昭和二十五年三月二十七日に遡つて順位保存の効力を生じたものというべく、従つて、同日以後に本件不動産につき物権を取得した第三者は右効力と相容れない限度において原告に対抗し得ないものである。しかるところ、被告が本件不動産につき昭和二十六年十月三十日附を以て主文第二項掲記の如き所有権取得登記を経ていることは当事者に争がないから右所有権取得はこれを以て原告に対抗し得ないこと前記説示のとおりである。してみれば被告は原告に対し前記所有権取得登記の抹消登記手続をなすべき義務があるといわなければならない。

よつて、原告の被告に対する本件不動産の所有権確認(被告が原告の所有権を争う以上原告においてこれが確認の利益あること勿論である)並びに前記所有権取得登記の抹消登記手続請求は正当であるから、これを認容し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八十九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 福島逸雄 篠原弘志 糟谷忠男)

目録

東京都中央区八丁堀二丁目二番地八

一、宅地三十坪一合三勺

同所同番地七所在家屋番号同町一七四番

一、鉄筋コンクリート陸屋根三階建店舗一棟建坪

二十坪二階二十坪、三階十八坪二合三勺

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