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東京地方裁判所 昭和27年(ワ)928号 判決 1952年7月02日

原告(選定当事者) 金子実 外一名

被告 株式会社小林発条製作所

主文

被告は原告等に対し、金二十五万五千七百二円九十九銭を支払え。

原告等の其の余の請求を棄却する。

訴訟費用は、これを三分し、その二を原告等の、その一を被告の負担とする。

本判決は、原告等勝訴の部分に限り仮に執行することができる。

事実

原告等訴訟代理人は、被告は原告等に対し別紙第二目録中、請求金額欄各人各下記載の金額を支払え、訴訟費用は被告の負担とするとの判決並びに仮執行の宣言を求める旨申立て、その請求原因として、被告は発条類の製造販売を業とする株式会社にして、選定当事者たる原告両名及び、別紙第一選定者目録記載の二十八名はいずれも、被告会社の東京都墨田区隅田町一丁目千三百三十六番地所在の向島工場の工員として雇傭されていたところ、被告は昭和二十六年五月以降、事業不振にて賃金の支払も遅延し、ついに別紙第二目録解雇日附欄記載の日に、原告等外右二十八名を一方的に解雇するに至つた。而して、被告と原告等外右二十八名の間においては、賃金は各月の二十五日までの一月分をその月の末日限り支払う約定になつていたので、被告は、別紙第二目録中、十月分賃金並びに十一月分賃金欄の各人名下の金員を各月末日限り右同人等に支払うべきであつたにかかわらず、十月分賃金の一部を辨済したにすぎないので、その辨済部分を控除した、右目録中十月分未払賃金欄記載の金員並びに前記十一月分賃金欄記載の金員の支払を求めるとともに、被告は、原告等並びに右選定者等を解雇するに当り、別紙第二目録予告手当欄記載の、労働基準法所定の平均賃金の三十日分の金員を解雇予告手当として支払わなかつたから、その支払並びに、労働基準法第百十四条にもとずく、右予告手当同額の附加金の支払を求めると述べた。(証拠省略)

被告訴訟代理人は、原告等の請求を棄却する、との判決を求め答弁として、被告が原告等主張のような株式会社にして、原告等及び別紙第一選定目録記載の二十八名が、被告に雇傭され、向島工場に勤務していたこと、被告会社と、右原告等外二十八名との間においては、賃金は各月の二十五日までの一月分をその月の末日までに支払う約定になつていたことは認めるが、原告等主張の昭和二十六年十月及び十一月分の賃金額は、これを否認する。かりに、右十月分の賃金額が原告等主張の如くであるとしても、被告は既に、別紙第二目録、弁済金額欄記載の如く各人にその一部を弁済したから、原告等主張のような残金支払債務はない。更に、被告が原告等外前記二十八名を一方的に解雇したことはなく、同人等は、任意に被告に対して、退職を願出で被告がこれを承諾した結果被告との間の各雇傭契約が解除されたのであつて、このことは、右同年十一月二日頃以降同人等が訴外株式会社大亜建設と直接雇傭契約を締結したことからみても明らかであるから、被告は、原告等及び右選定者等に対して、解雇予告手当を支払う義務はなく、従つて、これと同額の附加金を支払う義務もないと述べた。(証拠省略)

理由

被告が、発条類の製造販売を業とする株式会社にして、原告両名及び、別紙第一選定目録記載の二十八名がいずれも被告会社の、東京都墨田区隅田町一丁目千三百三十六番地所在の向島工場の工員として雇傭されていたこと、並びに、被告と、原告等外二十八名との間においては、賃金は各月の二十五日までの一月分を、その月の末日限り支払う約定になつていたこと、はいずれも当事者間に争がない。

よつて原告等が被告に対して請求し得る未払賃金額について案ずるに、被告が昭和二十六年十月末日限り、原告等外二十八名の選定者に支払うべき同月分の賃金額が、原告等の主張する如く、別紙第二目録十月分賃金欄記載のとおりであつたことは、成立に争のない甲第三号証によつて認めることができ、この認定を左右するに足る証拠はない。よつて、被告の抗弁について考えるに、被告が辨済を主張する別紙第二目録辨済金額欄記載の金額中、原告等が、その辨済を自認して、既に本件請求額から控除した部分を超過するその余の部分については、これを認めるに足る証拠がないから、この点に関する被告の抗弁は理由がなく、従つて、被告は原告等主張のように、別紙第二目録十月分未払賃金欄の合計金二十三万六千三百七円九十九銭を原告等に支払うべきものといわざるを得ない。しかしながら、右同年十一月末日限り、被告が原告等従業員に支払うべき同月分賃金額については、成立に争のない甲第一号証の六、七、十二、十六、十九、二十四、二十七により選定者残間惣作につき一万二千四百三十一円三十銭、小川幸吉につき一万四千五百七十円八十銭、原田旧吉につき一万二千六百二十一円六十銭、荷見浩三につき一万二千八十一円二十銭、菅谷定につき一万二千百二十一円六十銭、伊藤誠一につき五千百三十六円八十銭、岡田邦につき一万五千九百五十九円八十銭の各賃金債権の発生したことが認められるのみで、その余の原告等或いは選定者については爾余の甲第一号証及び弁論の全趣旨から、右同人等が別紙第二目録解雇日附欄記載の日時まで、被告会社に在職したことが窺えるとはいえ、他に賃金計算の基礎となるべき各雇傭契約の内容或いは、右同年十月二十六日以降退職時までの作業実積等について、何らの主張も立証もないので、右記、残間惣作、小川幸吉、原田旧吉、荷見浩三、菅谷定、伊藤誠一、岡田邦について右賃金債権額の範囲内で別紙第二目録、十一月分賃金欄の各人名下記載の金額の支払を求める原告等の請求は認め得るが、その余の部分に関する原告の主張は認めることができない。

そこで更に進んで、原告等外二十八名の者が、原告等主張のように、被告から一方的に解雇されたものであるか否かについて考えるに、証人山口昭夫、同村山昭二、同高橋由松、の各証言並びに原告本人金子実の供述によれば、被告会社においては、昭和二十五年五月以降事業不振のため従業員の賃金の支払が分割遅延したのみならず、支払額は一回二、三百円程度のことが続き、更に十月以降は、殆どその支払の予定も立たなかつたので、右榊原、村山、高橋、金子等が被告会社代表者にその支払の督促を繰返し、かかる際右代表者は、それらの従業員に対してやかましく催促されても財源がなくて支払ができないのであるから、不満なものは退職してもらいたいというような趣旨の発言をするに至つたことは認められるが、被告会社代表者の右の言辞をもつて直ちに原告等従業員に対する一方的解雇の意思表示と認めることは困難であり、また、成立に争のない甲第一号証の一乃至二十八(離職票)によれば、原告等の離職事由として、事業不振により経営困難なるがため、又賃金遅配のため、生活保障できず、解雇のやむなきに至つた旨が記載されているが、この記載は、退職した原告等従業員が、一日も早く失業保険金の給付を受け得るようにするために、被告会社の庶務係事務員によつて便宜的に記入されたものであつて、退職の事情をそのまま反映したものでないことが証人山口昭夫の証言並びに弁論の全趣旨によつて窺われるから未だこれを以て原告の主張を認めるに足らず、他に被告が原告等従業員を一方的に解雇したものと認めるに足る証拠はない。かえつて、前記各証人の証言並びに弁論の全趣旨を綜合すれば、原告等従業員は、被告会社代表者の前記のような発言に接するに及び、九月以降仕事がないままに一月以上も経過し、剰さえ将来における事業の再建或いは給料支払の見透も殆ど得られない被告会社にこのうえ残留することを断念して、それぞれ別紙第二目録解雇日附欄記載のころ、被告に対して、退職を願出で、被告の承諾を得て、各雇傭契約を合意解除したことが窺える。このように被告が原告等外二十八名の者を一方的に解雇したことが認められない以上、被告は同人等に対して、解雇予告手当を支払うべき義務を負わないものといわざるを得ず従つて、原告等が被告に対して、解雇予告手当並びにそれと同額の附加金の支払を求める請求は、更に判断を進めるまでもなく、失当たるを免れない。

よつて、原告等の本訴請求中、被告に対して、別紙第二目録十月分未払賃金欄記載金員の合計金二十三万六千三百七円九十九銭と、選定者残間惣作、小川幸吉、原田旧吉、荷見浩三、菅谷定、伊藤誠一、岡田邦に関する別紙第二目録十一月分賃金欄記載の金員の合計金一万九千三百九十五円、総計金二十五万五千七百二円九十九銭の支払を求める部分については理由があるから、これを認容すべきも、その余の部分については、いずれも理由がないから、これを棄却し、訴訟費用の負担、並びに仮執行の宣言については民事訴訟法第九十二条及び同法第百九十六条の各規定を適用して主文の通り判決する。

(裁判官 脇屋寿夫 古原勇雄 西迪雄)

(第一、第二目録省略)

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