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東京地方裁判所 昭和27年(ワ)8368号 判決 1956年3月17日

原告 坂本幹平 外一名

被告 国

訴訟代理人 横山茂晴 外二名

主文

被告は原告板本幹平に対して金七万二千円及びこれに対する昭和二十四年十二月二十七日から支払のすむまで年五分の割合による金員、原告野崎与七に対して金五万円及びこれに対する昭和二十五年十二月十七日から支払のすむまで年五分の割合による金員の各支払をせよ。

原告らのその余の請求を棄却する。

訴訟費用は被告の負担とする。

事実

原告ら訴訟代理人は、「被告は原告板本幹平に対して金七万二千円及びこれに対する昭和二十三年三月十四日から支払のすむまで年五分の割合による金員、原告野崎与七に対して金五万円及びこれに対する昭和二十二年四月二十九日から支払のすむまで年五分の割合による金員の支払をせよ。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決及び仮執行の宣言を求め、請求の原因及び被告の主張に対する答弁として次のとおり述べた。

一、日本の敗戦によつて朝鮮は日本の統治を離れ、朝鮮在留邦人は内地に引き揚げなければならなくなつた。そこで被告の行政機関であつた朝鮮総督府(以下「総督府」という)は昭和二十年八月二十四日在留邦人間の連絡協調を計り内地帰還を容易にするため朝鮮各地に日本人世話会(以下「世話会」という。)を結成させるよう各道知事にあてて通牒を発したので、これを受けた各道知事は管下の主要地に世話会の結成を勤めた。その結果、平安北道博川郡博川面には博川居留日本人会が、又新義州には新義州日本人世話会がそれぞれ結成されるに至つた。米国軍が同年九月八日朝鮮に進駐した後は総督府の機能も停止し、同年九月中阿部総督が後事を世話会に託して内地に帰還したので、その後各地の世話会は事実上総督府の代行機関として在留邦人の引揚援護の事務に当つた。

同年十月朝鮮に出張した外務省の亀山参事官は京城日本人世話会に対して「外務省において金五百万円を支出しこれを朝鮮又は満州の引揚事業と難民救済に当てる計画があつて、資金の準備もできている。」と言明したので、同世話会は朝鮮各地の世話会に対して被告から返済してもらう見込があるから必要資金を借り入れて引揚援護事務に努力するよう求めた。

さらに同年十二月初旬穂積京城日本人世話会長は総督府の塩田鉱工局長及び水田財務局長に対して外務省に引揚援護費用の送金方を交渉するよう依頼したところ、同人らが帰国後外務省と交渉した結果塩田は昭和二十一年二月外務省管理局の矢野在外邦人部長から「資金の現送は不可能であるから現地において在留邦人から資金を調達せよ。借入金は貸主が帰国の際上陸地において返済する。」という回答を得て直ちにこれを穂積に通知し、同人はこの旨を朝鮮各地の世話会に通知した。

二、以上のような事情にあつたとき、原告坂本は同年七月十日博川居留日本人会に対して博川郡在留邦人及び満州避難民困窮者の引揚援護の資金として日本銀行券金五万円及び朝鮮銀行券金二万二千円合計金七万二千円を、又原告野崎は昭和二十年十一月二十三日新義州日本人世話会に対して新義州在留邦人の引揚援護資金として朝鮮銀行券金五万円を、いずれも貸主の内地帰還後遅滞なく日本政府をして同額の日本円で返済させる約束の下に無利息で貸与した。

その後原告坂本及び博川居留日本人会は昭和二十一年九月二十三日、原告野崎は同年十月二十八日に、又新義州日本人会は同年九月三十日にそれぞれ内地に帰還した。

三、原告は、次に述べる理由により被告に対して直接本件貸金の返還を請求することができる。

(一)  朝鮮各地の世話会は被告から在留邦人の引揚援護事務を行うことを委任され、且つ、それに要する資金を借り入れる代理権を与えられたのである。すなわち、日本政府は在外邦人の引揚援護を行うべき義務があつたがみずからこれを遂行することが不可能であつたので、日本政府が通牒を発した朝鮮各地に世話会を結成させ、且つ昭和二十年九月阿部総督が後事を世話会に託したことによつて、被告は朝鮮における引揚援護事務の処理を朝鮮各地の世話会に対して委任したわけである。この委任事務を処理するには当然資金を必要とするから、被告は委任と同時に世話会に対してそれに要する資金を委任者である被告を代理して在留邦人から借り入れる権限をも授与したものと解すべきである。亀山参事官が同年十月にした前記言明は世話会に対してすでにこの代理権が授与されていたことを前提として外務省が世話会の借入金を支払う用意のあることを明らかにしたものにほかならないし、新義州日本人世話会が原告野崎から借り入れた際作成された借入金証書にある「本証書と引換に本証記載の金額を日本政府に於て支払うべし。」という文言は、同世話会に被告を代理して借り入れる権限があつたことを前提とするのである。

このように博川居留日本人会及び新義州日本人世話会は同年九月被告から引揚援護資金を借り入れる代理権を授与されていたから、本件貸借の効力は本人である被告に及び、被告は原告らに対して本件借入金の返還義務を負うわけである。

(二)  仮に博川居留日本人会及び新義州日本人世話会が昭和二十年九月被告から引揚援護に要する資金を借り入れる代理権を授与されなかつたとしても、少くとも引揚援護事務を委任されたのである。従つて、博川居留日本人会及び新義州日本人世話会は被告から委任された引揚援護事務を処理する必要上原告から借入をしたのであつて、受任者である前記世話会が委任事務を処理するに必要とする債務を負担したときは、民法第六百五十条第二項の規定により委任者である被告に対して自己に代つて債務を弁済すべきことを請求する権利があり、前記世話会が被告をして借入金を返済させようとした意思は原告らに対する借用証書の記載からみて明らかであるから、原告らは民法第五百三十七条の類推により委任者である被告に対して直接貸金の返還を請求することができる。けだし、法律の規定により債務者が第三者に対して給付すべき義務を負う場合には、第三者のためにする契約の場合と同様、第三者が債務者に対し利益を享受する意思を表示して直接に給付を請求できると解すべきだからである。仮に法律上当然直接に被告に対して貸金の返還を請求することができないとしても、外務省は昭和二十一年塩田及び穂積を通じて受任者である朝鮮各地の世話会に対し貸主が帰国の際直接借入金を返済すべきことを承諾し、これによつて原告らに対して直接に債務を負担する意思を表示したものというべきであるから、原告らは被告に対して直接貸金の返還を請求することができる。

(三)  仮にこの主張が根拠のないものであるとしても、外務省の矢野在外邦人部長が昭和二十一年二月にした前記の回答は、外務省が塩田及び穂積を通じて朝鮮各地の世話会に対し被告を代理して引揚援護に必要な資金を借り入れる権限を授与し、世話会が被告に責任を負わせる意思ですでに借入れていた無権代理行為(新義州日本人世話会が原告野崎から借り入れた行為もこれに属する)を追認したものというべきであるから、本件貸借の効力は被告に及び、被告は原告らに対して本件借入金の返還義務を負うている。

四、被告と世話会との間に委任の関係が認められないとすれば、世話会は義務なくして日本政府の事務である引揚援護事務を管理したことになり、これによつて事務管理が成立した。そして管理者が本人のために有益な債務を負担したときは、本人をして自己に代つてその債務の弁済をさせることができ、その法律関係は委任の場合と全く同様であるから、前記の理由により原告らは被告に対して直接に代金の返還を請求することができる。

五、仮に被告と世話会との間に委任も事務管理も成立しないとしても被告は債務引受をした。

原告坂本の貸金は昭和二十六年七月四日、原告野崎の貸金は昭和二十五年十二月十六日いずれも外務大臣から在外公館等借入金確認証書によつて在外公館等借入金整理準備審査会法(以下「審査会法」という。)第一条所定の借入金であることを確認された。外務大臣がしたこの確認の意思表示は、博川居留日本人会の原告坂本に対する債務及び新義州日本人世話会の原告野崎に対する債務が被告の債務であることを承認しその返済を約したことになるから、被告はそれぞれ原告らとの間に免責的債務引受をしたものというべきである。もつとも、同法第一条第二項には「法律の定めるところに従い、且つ、予算の範囲内において」と規定されているが、この規定は返済の法律的手続を整備し予算措置をとつて弁済することを意味するにとどまり、被告の一方的な意思に基いて制定される法律及び予算によつて被告が一旦債務引受をした債務の内容を自由に変更し得る意味に解することはできない。従つて、被告は以上の趣旨において債務を引き受けたのである。

六、仮に審査会法第一条第二項に基き法律及び予算により借入金の内容を規整することができるとしても、その後施行された借入金返済額の基準に関する法律は憲法に違反する無効の法律である。

(一)  在外公館等借入金の返済の実施に関する法律(以下「実施法」という。)第四条及び同法の別表によると、在外公館等が朝鮮で借り入れた朝鮮銀行券及び日本銀行券を現地通貨とみてその一・五〇円を本邦通貨一円に換算した全額の百分の百三十に相当する金額を返済することとし、しかも同一人に対する返済額を金五万円に制限している。しかし一方日本銀行券が現地通貨でないことは明らかであつて、内地朝鮮その他どこで流通したものも等価であるのみならず、他方朝鮮銀行券は朝鮮銀行法に基き朝鮮銀行から発行された日本通貨の一種として終戦前日本銀行券と等価で流通しており、終戦後原告らが貸与した当時においても同様であつた。そしてその頃朝鮮における公の交換レートは一ドルに対し朝鮮銀行券十五円の割合であり、内地に於ける公の交換レートも一ドルに対し日本円十五円の割合であつた。本件貸借の当事者は以上の諸点にかんがみて貸借した日本銀行券及び朝鮮銀行券と同額の日本円で返済することを約束したのである。被告が審査会法に基き本件借入金を被告の債務として承認しておきながら、その後に至り一方的に不合理な換算率を定め、その返済額を金五万円に制限すると規定した実施法第四条及び別表は、財産権の不可侵を保障した憲法第二十九条第一項に違反する無効な法律であるから、原告らはこの法律によつて債権額を減額されるいわれがない。

(二)  仮に朝鮮で流通していた日本銀行券及び朝鮮銀行券を現地通貨とみて日本円に対する換算率を定めることができるとしても、現地通貨とみることはこれを外国の通貨と同一視するにほかならないから、被告は民法第四百三条により履行地である東京における返済時の為替相場によつて日本円で弁済しなければならない。そして現地為替相場がないためこれに代るものとして現地と東京との米価の比較に基いて実施法別表が作成されたもののようであるが、この方法によつて換算率を定めるとしても、朝鮮における借入の最も多かつた昭和二十一年夏頃の現地における米価と実施法の施行により現実に弁済が可能となつた昭和二十七年三月三十一日当時の東京における米価との比較によるべきであるにもかかわらず、実施法別表は昭和二十一年夏頃の現地と東京との米価の比較を基準として定められているから、単に不合理というにとどまらず民法第四百三条にも違反している。のみならず東京における米の小売公定価格は昭和二十一年夏頃から昭和二十七年三月までの間に約三十一倍に上つているから、被告が実施法第四条及び別表によつて定めた返済額は原告らの貸金債権の実質価値に対して僅か二十四分の一に過ぎないこととなる。従つて、被告がこのような少額の弁済によつて借入金債務を免れようとすることは民法第一条の信義誠実の原則に反するのみならず、この原則は法律全体を貫く大原則として憲法第十二条第十三条に照応するものであるから、実施法第四条及び別表は憲法のこれらの規定の精神に反する違憲立法であつて無効である。

(三)  原告らの被告に対する債権は新憲法施行以前に成立していた権利であるから、法律不遡及の原則からいつてこの権利を憲法第二十九条第二項を理由として制限する余地はなく、又この権利は純然たる私法上の権利であつて他の一私人に対する貸金と異るところはないから、被告がこの規定を根拠として財政上の理由に基き一方的に債務を免れる法律を制定することもできない。

(四)  仮に憲法第二十九条第二項が新憲法施行前に発生していた私人の被告に対する私法上の権利に適用されるとしても、この規定は財産権の内容が社会公共の利益に適合すべきことを要求する私権社会化の法思想を具体化したものであること及び憲法第二十九条第一項第三項の規定も存することを合せて考えると、公共の福祉のために財産権の使用収益処分の権能の一部又は一時の停止が許されるに過ぎず、その範囲を超えて権利を奪い又は奪うに類する法律を制定することは許されないと解すべきである。実施法第四条及び別表は在外公館等借入金の債権額をほしいままに減額し、且つ、五万円以上の弁済はしないとする法律であるから、憲法第二十九条第二項によつて合意の法律とすることはできない。

(五)  仮に被告に対する私法上の権利に対して国家財政上の負担を軽減するために公共の福祉に基く制限を加え得るとすれば、被告の負担するすべての債務に対して一様に制限を加えるベきであるにもかかわらず、実施法第四条及び別表は在外邦人に対する在外公館等借入金債務についてのみ不利益な取扱をしているから国民の法の下における平等を保障する憲法第十四条第一項に違反する法律である。

七、以上の理由により、原告らは被告に対して本件貸金を請求することができるのであつて、原告らの貸金は貸主の内地帰還後遅滞なく日本政府をして同額日本円で返済させる約束であり、日本政府にとつて原告ら及びその貸与した世話会が内地に帰還した後六ケ月の期間があればその間必要な措置をとつて弁済することができ、その期間の経過によつて履行遅滞になると解すべきであるから、被告は原告坂本に対して金七万二千円並びにこれに対する原告坂本及び同人が貸与した博川居留日本人会が内地に帰還した日から六ケ月を経過した後の昭和二十二年三月十四日から支払のすむまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金を支払う義務があり、又原告野崎に対して金五万円並びにこれに対する原告野崎及び同人が貸与した新義州日本人世話会が内地に帰還した日から六ケ月を経過した後の昭和二十二年四月二十九日から支払のすむまで同じ割合による遅延損害金を支払う義務がある。よつて被告に対してこの義務の履行を求めるため原告らは本訴に及んだ次第である。

八、(一) 被告の事実上及び法律上の主張はすべて否認する。

(二) 被告の援用する連合国最高司令部の日本政府宛覚書の四項には「日本政府は引揚に使用せらるる日本船に実際上可能なる最大限に運航、配員、糧食積込及び補給をすべし。」と定められていて、日本政府が引揚援護事務を行うことを禁止するものではなく、連合軍の指揮管理の下にその事務を行うべきものとされていたのであるから、この事務はあくまで被告のなすべき事務である。そして外地における統治権の喪失、外地への送金不可能などの事情によつて事実上被告が外地における引揚援護事務を行い得なかつたとはいえ、被告はいかなる事情の下においても人民主権を失わないとともに、人民を保護する義務を免れるものではない。阿部総督が在留邦人の引揚援護事務を行い得る地位にあつた世話会に対してこの事務を委任したのはこのような理由によるものである。

(三) 旧憲法第六十二条第三項は議会と政府との間の内部関係に規律するものであるから、取引の安全の原則からいつて被告と第三者との間に成立した契約の私法上の効力を左右するものではない。のみならず、旧憲法には第六十九条の予備費及び第七十条の緊急勅令の制度があつたことからみても、被告の財政上の支出には帝国議会の協賛が絶対に必要な要件ではなく、敗戦後の非常事態において引揚援護費用のごとく緊急を要する支出については政府がこの規定によつて財政上の措置をとり得たはずであるから、被告の内部の手続上のかしを善意の第三者である原告らに対して主張することは許されない。

(四) なお、公法上の事務についても事務管理が成立し、管理者が公法人に対してその立替金の支払を請求し得ることは、大審院判例(明治三十六年十月二十二日判決、民録九輯一一一七頁)の是認するところである。

被告指定代理人は「原告らの請求を棄却する。」との判決を求め答弁として次のとおり述べた。

一、原告ら主張の第一項の事実のうち、終戦後総督府が原告ら主張の通達を発し、各道知事が世話会の結成を勧めた結果、原告ら主張の世話会が結成されたこと、米国軍が朝鮮に進駐した後総督府の機能が停止し、各地の世話会が事実上総督府の代行機関として在留邦人の引揚援護の事務に当つたこと、外務省の亀山参事官が昭和二十年十月朝鮮に出張したこと、総督府の塩田鉱工局長及び水田財務局長の両名が帰国後穂積京城日本人世話会長の依頼に基き外務省に対して引揚援護費用の送金方を交渉したこと、外務省の矢野在外邦人部長が塩田に対して資金現送の不可能である旨を回答したことは認めるが、阿部総督が帰国に際し後事を世話会に託したかどうかは知らない。亀山参事官が京城日本人世話会に対して原告ら主張のような言明をしたこと及び矢野在外邦人部長が上記の回答を除き原告ら主張のような回答をしたことはない。第一項のその他の事実は否認する。

二、第二項の事実のうち、原告坂本がその主張の日に博川居留日本人会に対して金七万二千円を、又原告野崎がその主張の日に新義州日本人世話会に対して朝鮮銀行券金五万円を、いずれもその主張のとおりの約定で貸与したことは認めるが、原告ら及びその主張の世話会が内地に帰還した日は知らない。原告坂本が貸与した金員は全額朝鮮銀行券であつた。

三、(一) 第三項の主張はすべて争う。

(二) 朝鮮において行われた引揚援護事務は被告の事務ではないから、被告と世話会との間にこれを目的とする委任の成立する余地はない。すなわち連合国最高司令部は引揚に関する千九百四十五年十月十六日付日本政府宛の覚書によつて連合国最高司令官が引揚邦人の輸送受入などの事務を指揮管理するものとし、日本政府に国外における引揚援護に関する措置をとることを許容ないし命令しなかつたのであるのみならず、連合国最高司令部が日本政府に対して外地における引揚援護に要する予算及び送金の措置をとることを許さなかつたこと及び亀山参事官が朝鮮に出張しても占領軍から引揚援護に関する活動を許されなかつたことからみても日本政府にこの事務を行うことを許容していなかつたことが明らかである。従つて、日本政府は国外となつた朝鮮において在留邦人の引揚援護事務を行うことはできなかつたのである。

(三) 仮に朝鮮における引揚援護の事務が被告の事務であるとしても被告と世話会との間に委任の関係はなかつた。日本が敗戦によつて朝鮮に対する統治権を失つた結果、朝鮮総督府は行政機関としての機能を失つたので、在留法人はみずから自治的な組織を作つて引揚援護を行う必要が生じた。そこで軍及び総督府が電話により又は通牒の形式で世話会の結成を勤めたわけであるが、総督府名で発せられた原告ら主張の通牒はいわゆる行政指導のためのものに過ぎず何らの法的効果をもたない。世話会は自発的に結成され自主的に引揚援護の事務を行つたのであるから、事実上総督府の代行機関としてこの事務に当つたものに過ぎず被告と世話会との間に委任の関係を認める余地はない。

(四) 仮に被告と世話会との間に委任の関係があつたとしても、法令上の根拠を缺くから無効である。

引揚援護の事務が被告の事務であるとしても純然たる公法上の事務であるから、被告がこの事務を委任するには法令上の根拠を必要とするにもかかわらず、世話会に対する引揚援護事務の委任についてはなんら法令の定めがないから、法律上当然無効である。又この委任は旧憲法第六十二条第三項に違反する点からみても無効である。けだし、この委任に当つてはこの事務の処理に要する費用が予算に計上されていなかつたし、予算外国庫の負担となるべき契約として帝国議会の協賛を経ていなかつたから、日本政府にこのような委任契約を結ぶ権限がなかつたからである。従つて世話会が無効な委任契約に基いて原告らから委任事務の処理に必要な資金を借り入れたとしても、被告が原告らに対して借入金債務を弁済すべきいわれがない。

四、第四項の事務管理の主張も失当である。

さきに述べたように朝鮮における引揚援護の事務は被告の事務ではないから、世話会がこの事務を管理したとしても、被告に対する事務管理が成立する余地はない。仮にこの事務が被告の事務であるとしても、このような公法上の事務について事務管理が成立するためには、法令の根拠が必要であるのに、世話会の事務管理はその根拠を缺くから無効である。もし法令の根拠がないのに個人又は自治団体が被告の事務を行つた場合、事務管理の成立を認めるとすれば、国家組織は完全に破壊されるに至るから、この点からみても原告らの主張は失当である。

五、第五項の事実のうち、原告らがそれぞれ原告ら主張の日に外務大臣から審査会法第一条所定の借入金であることを確認されたことは認めるが、この確認を債務引受と解することはできない。

世話会の借入金は本来被告が借り入れたものではなく。又被告が法律上返済の義務を負う性質のものでもないが、被告はこの借入金が在外邦人の引揚援護の費用に当てられた経緯にかんがみて、審査会法、在外公館等借入金の返済の整備に関する法律実施法その他在外公館等借入金の返済に関する一連の法令を制定し、これらの法令に定められた範囲内で所定の手続に従つて請求された借入金に限り被告の債務として弁済することにしたのである。この点からみれば審査会法第一条に基く借入金の確認は、将来被告の返済すべき債務として承認することであるから、被告が創設的に新たな債務を負担する行為であると解すべきである。のみならず、被告が借入金を確認した結果負担するに至つた債務の内容は、同法第一条第二項により「法律の定めるところに従い、且つ予算の範囲内において」支払うべきものであるから、法律及び予算の定め方いかんによつては当初の借入契約とは異る内容の債務となる場合もあり得るのであつて、この借入金の確認を債務引受と解する余地はない。又審査会法第一条第二項に関する原告らの見解は、この規定を当然のことと定めたに過ぎない無意味な規定であると解する誤つた見解であつて、この規定は被告の財政状態その他の諸事情を考慮して換算率や返済額を別に法律及び予算によつて定める趣旨にほかならない。

六、(一) 第六項の事実のうち、朝鮮銀行券が朝鮮銀行法に基き朝鮮銀行から発行された日本貨幣の一種であり、終戦前日本銀行券と等価であつたこと、及び朝鮮で借り入れられた日本銀行券及び朝鮮銀行券に対する実施法別表の換算率が借入の最盛時における現地と東京との米価の比較に基いて定められたことは認めるが、その他の主張は争う。

(二) 前記のように被告は審査会法第一条第一項によつて創設的に新な債務を負担したものであるから、同法同条第二項に基き実施法第四条及び別表を制定してその債務の内容を原告ら主張のように定めたからといつて、原告らの財産権を不当に侵害したことにはならない。まして在外公館等借入金の返済に関する一連の法令は憲法第二十九条第二項に適応するものであるから、同法同条第一項及び第十四条第一項の規定に違反しない。すなわち、一方今次の大戦の結果内地にあつた者も戦災を受け、非戦災者特別税の賦課ないし戦争保険給付又は戦時補償請求権の打切などの措置を受けており、他方占領地域及び旧領土から引き揚げた在外邦人の多くはほとんど全財産を喪失した。それにもかかわらず、在外公館、邦人自治団体等の借入金の全額を被告が支払うとすれば、結局他の国民の負担を増大すると共に、この債権を有する者は他の多くの引揚者と異り在外資産の一部を持ち帰つたのと等しくなつて、他の戦争による犠牲者と負担の公平を失することになる。たゞ、在外邦人の引揚援護費用に当てられた借入金をその提供者に負担させて返済しないことは酷であり、借入の際の約定及び借入の主体、資力等のいかんによつて返済額が相違するのも不合理であるから、被告が合理的な一様の基準を設けて一定金額を支払うことにしたのであつて、返済限度の五万円は戦争保険給付や戦時補償請求権の打切限度と見合う妥当な金額である。

(三) 実施法の定めた換算率は妥当である。朝鮮銀行券は終戦後日本通貨でなくなり、単に占領軍及び朝鮮にできた新政権が流通を承認していたに過ぎないから現地通貨であることは明らかである。日本銀行券も終戦後朝鮮で流通していたけれども、占領軍又は朝鮮の新政権の承認に基くものではなく事実上通用していたに過ぎず、しかも内地における日本銀行券と実質価値を異にしていたから、終戦後朝鮮にあつた日本銀行券は朝鮮銀行券と同様現地通貨といつて差支ないのであつて、他の現地通貨と同様、本邦通貨と実質価値を比較して換算率を定めるのが妥当な取扱である。

実施法別表においては現地通貨及び本邦通貨の実質価値が現地及び東京の米価を基礎として定められているのであつて、これを朝鮮における借入金についていえば、朝鮮における借入の最も多かつた昭和二十一年四月から同年八月までの間の京城における米価の平均と同一期間の東京における公定価格及び闇価格を勘案した米価を比較して朝鮮銀行券及び朝鮮における日本銀行券一、五〇円が本邦通貨一円に相当すると認めたのであるから、実施法別表の換算率は合理的な基準というべきであつて、違法ないし違憲という余地はない。

なお、在外公館等借入金は内地において日本円で返済する約束であつたから借入時における実資価値の比較によつて返済額を決定するのが当然であつて、借入時における現地の米価と返済時における東京の米価との比較に基いて返済額を決定すべきものとする原告らの主張は失当である。

七、以上のとおり原告らの貸金は外務大臣から審査会法第一条に定められた借入金であることの確認を受けてはじめて被告に対する債権となり、しかも同法第一条第二項によつて法律及び予算において権利の内容を定めるべきものとされていたのであるから、被告は実施法第四条及び別表の定めるところに従い、原告坂本に対しては金五万円を、又原告野崎に対しては金四万三千三百三十三円を弁済すれば足りるのであつて、原告らの本訴請求のうちこれをこえる部分は失当である。

証拠<省略>

理由

一、終戦後朝鮮総督府が朝鮮各地に世話会を結成させるよう各道知事にあて通牒を発し、各道知事が世話会の結成を勧めた結果、博川居留日本人会及び新義州日本人世話会が結成されたこと、米国軍が朝鮮に進駐した後総督府の機能が停止し、各地の世話会が事実上総督府の代行機関として在留邦人の引揚援護の事務に当つたこと、外務省の亀山参事官が昭和二十年十月朝鮮に出張したこと、総督府の塩田鉱工局長及び水田財務局長の両名が帰国後穂積京城日本人世話会長の依頼に基き外務省に対して引揚援護費用の送金方を交渉したこと、外務省の矢野在外邦人部長が塩田に対して資金現送の不可能である旨を回答したこと、原告坂本が昭和二十一年七月十日博川居留日本人会に対して博川郡在留邦人及び満州避難民困窮者の引揚援護の資金として金七万二千円を、又原告野崎が昭和二十年十一月二十三日新義州日本人世話会に対して新義州在留邦人の引揚援護の資金として朝鮮銀行券金五万円を、それぞれ原告らの内地帰還後遅滞なく日本政府をして同額の日本円で返済させる約束で無利息で貸与したこと、原告坂本の貸金が昭和二十六年七月四日、又原告野崎の貸金が昭和二十五年十二月十六日それぞれ外務大臣から在外公館等借入金確認証書によつて審査会法第一条所定の借入金であることを確認されたこと、朝鮮銀行券が朝鮮銀行法に基き朝鮮銀行から発行された日本貨幣の一種であり、終戦前日本銀行券と等価であつたこと、並びに朝鮮で借り入れられた日本銀行券及び朝鮮銀行券に対する実施法別表の換算率が借入の最盛時における現地と東京との米価の比較に基いて定められたことは、いずれも当事者間に争がない。

二、まず、原告坂本が博川居留日本人会に対して貸与したのは日本銀行券金五万円及び朝鮮銀行券金二万二千円であつたか又は全額朝鮮銀行券であつたかについて考えてみると、成立に争のない甲第六号証(在外公館等借入金確認請求書)及び原告坂本幹平本人尋問の結果によれば、同原告が日本銀行券金五万円及び朝鮮銀行券金二万二千円を同会に対して貸与したことを認めることができる。原本の存在及び成立に争のない甲第二号証(在外公館等借入金確認証書)には「鮮銀券七万二千円也」という記載があるが、このように甲第六号証と異る記載がされるに至つた特段の事情を認めるべき証拠がない以上、この記載は何らか手続上の誤りに基くものと認めるほかはない。

三、そこで、本件貸金につき原被告間に委任ないし代理権授与があつたかどうかを判断する。

(一)  原告らは総督府が通牒を発して朝鮮各地に世話会を結成させ、阿部総督が後事を世話会に託したことによつて、被告が朝鮮における引揚援護事務の処理を朝鮮各地の世話会に対して委任し、それと同時にこの委任事務の処理に要する資金を借り入れる代理権を授与したと主張し、証人穂積真六郎の証言によつて真正に成立したものと認められる甲第五号証の二及び同証人の証言によると、阿部総督が昭和二十年九月連合国最高司令部の命令により帰国するにあたつて穂積京城日本人世話会長を招き後事を託した事実が認められる。しかしながら、この事実及び総督府が通牒を発して世話会を結成させたという当事者間に争のない事実をもつて、原告らの主張するような引揚援護事務の委任とみることは困難であろう。けだし、世話会結成の通牒が世話会に国の事務を委任する趣旨で発せられたものでないことは、証人原田大六の証言によつて明らかである。又昭和二十年九月八日米国軍が朝鮮に進駐した後は総督府の機能も停止してしまつたことは原告の自認するとおりであつて、当時在外邦人の引揚援護事務を何人が行うかまだ明らかにされていなかつたことは、弁論の全趣旨により明らかである。従つて、阿部総督がこれを総督府の権限と考えその事務を世話会に委任したとは到底考えられないのである。してみれば、その資金の借入代理権の授与などということは、問題にならないわけである。阿部総督の依頼の趣旨は、総督府のないあと世話会に万事宜しく頼むといつた程度のものであつたと考えるのが相当である。

(二)  次に、亀山参事官及び矢野在外邦人部長が原告ら主張のような言明ないし回答をしたかどうかの点については証人亀山一二の証言及び証人塩田正洪、奥村重正、矢野征紀の各証言の各一部に弁論の全趣旨を総合すると、次の事実を認めることができる。

昭和二十年十月当時外務省大使館参事官であつた亀山一二は朝鮮在留邦人の引揚救済措置の進捗を計るために朝鮮に派遣されたが、出発に際して外務省幹部から「北朝鮮にソヴエツト連邦の軍隊が進駐して在留邦人が危険にさらされているから、総督府官吏であつた者と協力してこれを援助救済せよ。」という命令を受けたが、朝鮮在留邦人の引揚援護資金については具体的な指示を受けていなかつたから、京域滞在中原告ら主張のような言明をしたことはなかつた。又昭和二十一年はじめ頃当時外務省管理局在外邦人部長であつた矢野征紀は朝鮮在留邦人引揚費用を支出するよう交渉に来た塩田らに対して、「外務省に五百万円の用意があるが資金の現送は不可能であるから、当時在外公館にあてて発せられた在外邦人引揚経費に関する訓電と同様に、どうしても必要な費用は現地で借り入れて貸主の内地帰還後日本政府に返済させるようにしたらどうか。」という趣旨の示唆を与えたが、このことを当時の管理局長森重干夫その他の上司に報告することはしなかつた。その頃日本政府は朝鮮に送金するよう努力したが、連合国最高司令部の許可を得ることができなかつたので、その目的を果さなかつた。

前記甲第五号証の二及び証人穂積真六郎、塩田正洪、奥村重正、矢野征紀の各証言のうち以上の認定に反する部分は採用しない。

してみると矢野在外邦人部長が与えた前認定の示唆は、日本政府の公式の意思表示とは認め難いのであつてこれをもつて原告主張のような代理権の授与ないし無権代理行為の追認とすることはできない。

(三)  又原告らから本件借入をした世話会が原告らの内地帰還後日本政府をして返済させることを原告らに対して約束していることは前記のとおりであるけれども、証人太田庫治郎、穂積真六郎の各証言及び原告坂本幹平本人尋問の結果によると、穂積京城日本人世話会長は昭和二十一年はじめ頃塩田から矢野在外邦人部長の前記示唆を伝えられ、世話会が事実上総督府の代行機関として引揚援護の事務に当つている点からみて当然世話会の借入金を日本政府から返済してもらえると考えたので、北朝鮮に密使を派遣し同地の世話会に対して、日本政府から返済してもらえる見込があるから現地で借入をして在留邦人の引揚援護の費用にあてるよう連絡をしたことが認められ、かような事情のもとでされるに至つた原告らとの約束は、世話会が被告から借入権限を授与されていたこと又は引揚援護事務を委任されていたことを云々する根拠とすることができないことは明らかである。

四、それ故次に、世話会が在留邦人の引揚援護の事務を行つたことが被告に対して事務管理となるかどうかについて考察する。

(一)  国民がその属する国家の敗戦のために旧海外領土又は旧占領地から引揚げる場合に国家がその費用を負担する義務を負うかどうかは、一般的抽象的に決することが困難であるけれども、国家の敗戦によつて国民がその国家の国民であるが故にそれらの地域で生命身体等の危険にさらされ、内地に引揚を余儀なくされるに至つた場合には国家はその引揚を援護する責務を負うものというべきである。けだし、国家は国民の団体であつて、国家の目的は、一に国民の幸福を全くすることにあるから、国民が国家の敗戦のため自己の責に帰すべき事由によらずしてその生存をおびやかされるに至つたときは、国家は少くともこれを救済するのが当然と考えられるからである。もつとも、かような責務を法律上の義務と解することは、国民の生存権を保障した新憲法の下においてならば格別として、国民の幸福を守るために消極的に国民の自由権を保障したにとどまる旧憲法下においては困難であろう。従つて、国家のこのような責務は、国民に対する政治的道徳的義務と解するのが相当である。今次敗戦の結果旧海外領土又は旧占領地から内地に引き揚げる国民を救済するために日本政府が幾多の外交的国内的措置を講じたことは公知の事実であるが、これらの措置は前記の政治的道徳的義務の履行として実施されたものと考えられる。政府が単に国民に対する恩恵としてこのような措置をとつたと考えることは妥当ではあるまい。

このように解するときは、敗戦後朝鮮において在留邦人の生命身体が危険にさらされていたことが証人原田大六の証言によつても明らかである以上、これら邦人の引揚を援護することは被告の事務となり得ると断ずることができる。けだし、事務管理の対象となる事務は、本人が法律によつてこれを行う義務がある場合に限られるものではないからである。

(二)  被告は朝鮮在留邦人の引揚援護の事務が被告の事務ではないと主張し、その根拠として連合国最高司令部が日本政府に対して朝鮮における引揚援護の事務を行うことを許容していなかつたことを挙げている。なるほど被告の指摘する一九四五年十月十六日付連合国最高司令部覚書その他の指令によれば、在外邦人の輸送受入等に連合国最高司令官の管理に属するものとされ、司令部が日本政府に対して国外における引揚援護に関する事務遂行を命令しなかつたことは明らかである。しかしながら、前記一九四五年十月十六日付連合国最高司令部覚書によると、日本政府は引揚に使用される日本船には実際上可能な最大限に運航、配員、糧食、積込及び補給をすべき旨定められており、証人矢野征紀の証言によれば、日本政府が中国政府を通じ満州に救済費として現地通貨を送るよう司令部の許可を求め司令部もこれに対して好意的な取扱をしたことが認められる。従つて、日本政府は司令部の指揮管理下におけるとはいえ引揚援護の事務を行つたのであつて、旧海外領土内及び旧占領地内における活動を全然禁じられていたとは認められない。それ故、司令部から被告主張のような指令が発せられたことは引揚援護の事務を被告の事務となり得るとする妨げとはならないのである。

(三)  もとより、朝鮮における引揚援護事務は被告のみが行うべき事務ではないのであつて、総司令部が実施することはいうまでもないし他の団体例えば赤十字社等もこれを行う余地があつたわけである。しかしながら、前記のようにこの事務自体が被告の事務となり得る以上、行為者が被告の利益のためにする意思をもつてこれを行えば被告の事務を管理したことになることはいうまでもないであろう。博川居留日本人会及び新義州日本人世話会が被告のためにする意思をもつて在留邦人の引揚援護事務に当つたことは、原本の存在及び成立に争のない甲第一、三号証、前記甲第五号証の二、証人穂積真六郎、太田庫治郎、原田大六の各証言及び原告坂本幹平本人尋問の結果に徴して明らかである。そして、被告が引揚援護を行う政治的道徳的義務を負うていたことは前記のとおりであり、被告がこれを果すよう努力したが実行することができなかつたこともさきに認定したとおりであるから、世話会がこれを行つたことは、被告の利益となつたものということができる。

(四)  被告は公法上の事務について事務管理が成立するためには法令上の根拠が必要であるのに、世話会の行つた事務管理はその根拠を欠くから無効であると抗争する。

被告の事務のうち被告が公権力の主体として国民に対し優越した地位に立つてその服従を強制するような公法上の事務について事務管理の成立する余地のないことは明らかであつて、もしこれを許すとすれば被告の主張するとおり国家組織は破壊されるに至るであろう。従つて、この種の事務を被告以外の者がするについては、必ず法律の定めを要するものといわなければならない。しかしながら、この種の事務を除く被告の公法上の事務については、法律上の根拠がない場合においても、必ずしも事務管理の成立を否定する必要はない。けだし、公法上の事務について事務管理の成立する余地のあることは、大審院判例もこれを是認していること原告主張のとおりである。のみならず、公法上の事務はその種類が極めて多くその範囲が広大であるから、一々法令に定めがなければ事務管理が成立しないとすることは、公法上の事務につき事務管理の成立を否認するに等しいからである。もつとも、公法上の事務管理はその性質上私法上のそれより事務の範囲が制限されることは当然であつて、国民に対して権力服従の関係に立たない公法上の事務について事務管理の成立を認めることができるかどうかは、その事務が国家以外の者によつてされても目的を達し得る性質のものであるかどうか及び国家の意思に反するかどうかによつて決するのが相当であると考える。このような見地から、在外邦人の引揚援護事務について考えてみるとこの事務は国民に対して服従を要求しこれに応じなければ強制することを要するような事務ではなく、単に被告の後見的機能の発動によるものであつて、被告以外の者が行つても目的を達し得る性質のものであり、しかもこれを行うことが被告の意思に反しないことはさきに認定したとおりである。

(五)  以上の理由により、博川居留日本人会及び新義州日本人世話会が被告のために在留邦人の引揚援護の事務を行つたことは被告にとつて事務管理となるものというべきである。ところで、事務管理者が本人のために自己の名をもつて本人にとつて有益な債務を負担した場合には、本人は管理者に代り直接債権者に対してその債務を弁済しなければならないと解するのが相当である(大審院大正六年三月三十一日判決、民録二三輯六一九頁参照)。そして、本件借入金債務が被告にとつて有益な債務であることはさきに認定したところから明らかであるから、被告は原告に対して直接本件借入金を返済する義務があるものといわなければならない。

このように本件借入金が当然被告の弁済すべき債務であると解すれば、審査会法第一条による本件借入金の確認は、全く確認的意義を有するに過ぎないこととなるけれども、被告にとつては賃借の当事者及び内容等が不明であつて、これを調査して予算的措置をとる必要があつたのであるから、この確認が本件借入金にとつて全く無意味であつたわけではない。

五、それ故、次に被告が原告らに対して返済すべき金額について考察すると、終戦後朝鮮と日本内地との法律的経済的関係が断絶した結果、朝鮮にあつた日本銀行券及び朝鮮銀行券と日本通貨との実質価値が異つた変動をしたであろうことは容易に推察することができる。しかしながら、本件借入金はいずれも日本政府をして同額の日本円で返済させる約束の下に貸借されたものであつて、本人である被告が事務管理者である博川居留日本人会及び新義州日本人世話会に代つて弁済すべき債務の内容は、事務管理者が負担した債務の内容と同一でなければならないから、被告は原告らに対して貸借された金額と同額の日本通貨を弁済する義務があることになる。そうすると原告坂本の債権額は金七万二千円、原告野崎の債権額は金五万円となるわけである。

六、被告は実施法第四条及び別表によつて朝鮮における日本銀行券及び朝鮮銀行券一・五〇円が本邦通貨一円に相当するものと定め、且つ、返済の限度を五万円で打ち切つたから、原告坂本に対しては金五万円を、原告野崎に対しては金四万三千三百三十三円を支払えば足りると主張する。しかしながら、この主張のうち換算率については、前記のとおり原告らと世話会との間に借入金額と同額の日本通貨をもつて弁済するという約定があり、被告はこれに基いて事務管理における本人としての義務を負うのであるから、あらためて論義する必要がない。

そこで、五万円以上の支払を打ち切つた措置についてその当否を判断する。

(一)  本件借入金債務は事務管理者である世話会が本人である被告にとつて有益な債務を負担したものであつて、本人である被告は管理者である世話会に代つて借入金額と同額の日本通貨を弁済すべき義務を負うものであるから、被告が一方的にこの債務の返済額を五万円に制限することは、本件借入金その他借入当時から被告に支払義務のあつた借入金に関する限り、財産権の不可侵を保障した憲法第二十九条第一項に違反し無効であるといわなければならない。

審査会法第一条第二項は同法による借入金の確認を定義して「政府が現地通貨で表示された借入金を、法律の定めるところに従い、且つ、予算の範囲内において、将来返済すべき国の債務として承認すること」といつているが、すでに判断したように、本件借入金は被告の承認をまたず借入と同時に被告が支払義務を負つていたのであるから、この規定も本件借入金に関する限り手続的な意義を有するに過ぎないのであつて、この規定を根拠として本件借入金の返済額を五万円に制限することが許されないことは明らかである。

(二)  被告は憲法第二十九条第二項の規定により実施法第四条の返済額の制限が合憲であると主張する。この規定は将来発生する権利についてその内容を公共の福祉に合致するように規整することを許容するのみならず、公共の福祉のために既存の財産権に対しても制限を加えることを許すものと解せられるのであつて、その限りにおいて被告の債務をみずから制限することも全然禁止されているとはいうことができない。しかしながら、同条第三項において私有財産を公共のために用いるには正当な補償をすることを要するものとしている点からみれば、法律により財産権を制限するためには、原則としてそれによつて権利者が被つた損害を補償することを要するものといわなければならない。ところで、ここにいう補償は損害賠償の一種であつて、損害賠償は特約のない限り金銭をもつてその額を定めるものであるから、金銭債権の制限に対する補償という観念をいれる余地はないのであつて、この点からみて被告の負担する金銭債務を制限することは補償のない制限となるわけである。従つて、被告が本件借入金の返済権を制限したことは正当な補償なしに既存の財産権を制限したにほかならず、かような措置は憲法第二十九条第二項の規定によつても原則として許されないのである。もし国家がこのような措置をとることを許される場合があるとすれば、それはこの種の制限をしなければ国家財政が完全に破たんし、又は国民経済を完全に破壊するに至る程度の強い公益的理由のある場合に限られると解するのが相当であり、しかもそれは国民の法の下における平等を害しない範囲において許されるに過ぎないのである。

ところが、被告は本件借入金債務を制限するについて、首肯するに足りる事由を主張も立証もしないから、この制限を同条第二項によつて合憲とすることはできない。

(三)  被告は戦時債務打切の措置との均衡を論じているけれども、本件借入金は今次大戦の遂行に直接関聯して日本政府又はこれに準ずる団体が負担した債務ではなく、戦争終了後在留邦人の引揚救済の費用にあてるためにされた貸借から発生した債務であつて、いわば終戦処理のために必要とされた借入金である。従つて、本件借入金に対して戦争に直接奉仕した債務に対してとつた措置と同一の措置をとる必要は認められない。

(四)  また、被告は本件借入金を支払うことは在外資産を持ち帰つたのと等しく、他の戦争犠牲者との負担の公平を失すると主張するけれども、平和条約第十四条によつて日本国民が喪失した在外財産についても、被告がこれを補償することは望ましいことであるのみならず、日本国外及び旧海外領土において被告が負担した債務を弁済するについては、なんら法律上の制約はないのである。旧海外領土又は旧占領地から引き揚げた者は、在外公館等借入金債権を有する者であつても、一般に内地に居住していた者に比較して戦争による被害が大きかつたのであるから、これと内地居住者とを比較して負担の公平を論ずることは酷に失するといつても過言ではあるまい。さらに引揚者中在外公館等借入金債権を有する者とこれを有しない者とを均等化するためにその債権を制限するとすれば、このような措置は憲法第二十九条第二項によつても許されないものといわなければならない。両者の均衡は、むしろ社会政策的立法によつて貧困な引揚者の救済手段を講ずることによつて保持すべきものである。被告の主張は採用することができない。

七、最後に遅延損害金の発生時期について考察すると、原告らは原告ら及び世話会が内地に帰還した後六ケ月の期間の経過によつて履行遅滞になると主張するけれども、本件債務には原告らの帰還後遅滞なく返済するという不確定期限があり、被告が貸借の当事者の帰国によつて直ちに貸借の当事者及び内容等を確知するいわれはないから、この主張は採用することができない。従つて、一般原則に従いその事実を知つたときから被告は遅滞に陥るものと解するのが相当である。そして原告坂本につき被告がその事実を知つた日としては成立に争のない甲第六号証(在外公館等借入金確認請求書)によつて債権の申出をした昭和二十四年十二月二十六日を認め得るに過ぎず、又原告野崎がその申出をした日を認める証拠はないから、同原告がその債権の確認を受けた昭和二十五年十二月十六日までに被告がその事実を知つたものと認めるほかはない。そうすると、被告は原告坂本に対しては昭和二十四年十二月二十七日から、又原告野崎に対しては昭和二十五年十二月十七日から、それぞれ支払のすむまで各借入金に対する民法所定の年五分の割合による遅延損害金を支払う義務があることになる。

八、よつて、原告らの本訴請求は以上の限度で正当であるから認容しその余は失当であるから棄却し、訴訟費用は原告ら敗訴の部分が僅少であるから民事訴訟法第九十二条但書を適用して全部被告に負担させることとし、この判決に仮執行の宣言を付することは不相当と認められるからその申立を却下して主文のとおり判決する。

(裁判官 古関敏正 田中盈 宮脇幸彦)

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