大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京地方裁判所 昭和27年(ワ)1260号 判決 1956年7月02日

原告 綾川佐一郎 外一名

被告 伊藤林蔵

主文

原告等の各請求を棄却する。

訴訟費用は原告等の負担とする。

事実

原告等訴訟代理人は「原告篠崎は東京都渋谷区公会堂通り二番の土地のうち別紙<省略>図面(A)の部分三十坪について、原告綾川は同図面(B)の部分三十坪について、それぞれ、被告を貸主とする、目的普通建物所有、期間昭和二十一年八月十日から二十年、賃料一ケ月一坪当り金一円五十銭毎月末払、の借地権を有することを確定する。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決を求め、その請求の原因として、

訴外比護由太郎は昭和二十一年八月十日、請求趣旨記載の土地のうち別紙図面(A)及び(B)の部分合計六十坪(以下「本件土地」と略称)を、その所有者である被告の代理人訴外伊藤治郎右衛門から、普通建物所有の目的で、賃料一ケ月九十円、期間二十年、と定めて賃借した。右借地権の存続期間が二十年であることは後記のように伊藤治郎右衛門が原告等の建築許可申請及び借地権申告に同意したことに徴しても明かである。比護は同年十一月中に右伊藤治郎右衛門の承諾を得て、右土地のうち(A)の部分の借地権を原告篠崎に、(B)の部分の借地権を原告綾川に、それぞれ譲渡した。そこで原告篠崎は右(A)の部分に木造瓦葺平家建一棟建坪十五坪の建物を、原告綾川は右(B)の部分に、木造ルーヒング葺平家建一棟建坪約八坪の建物を、それぞれ建築した。仮に右借地権の譲渡について被告が同年十一月中に承諾したことが認められないとしても、原告等が右各建物の建築許可申請をした際に右伊藤治郎右衛門は右申請に同意しておるばかりでなく、本件土地は恵比寿復興土地区画整理組合の土地区画整理地区に指定されていたのて、原告等は昭和二十四年二月一日に右組合に対しそれぞれの前記借地権を申告したのであるが、その際伊藤治郎右衛門は右借地権届に押印して原告等が右の申告をすることに同意した。従つて被告は遅くともこの頃迄には右借地権の譲渡を承諾したものである。しかるに、右組合は昭和二十五年三月五日、原告等に対し旧特別都市計画法による換地予定地の指定もせずに突然、建物移転並びに除去命令を発し、更に昭和二十六年十一月十七日には同年十二月二十五日迄に移転しなければ強制執行により原告等の各建物を除去する旨の通知をしてきたので、原告等は驚いて事情を調査したところ、前記伊藤治郎右衛門が、原告等の不在中に原告等の妻達から、組合に提出する書類に必要であるから一寸印鑑を貸してほしいと詐つて、原告等の印鑑を借受け、これを使用して原告等の各借地権を放棄する旨の昭和二十四年二月十日附届出書二通を偽造し、同人の署名を連署した上、これを前記組合に提出していたことが判明した。そこで原告篠崎は右組合に対し行政訴訟を提起して辛うじて行政代執行を停止させているが、原告綾川は遂に昭和二十六年十二月二十六日行政代執行を受けその建物を本件土地より除去されてしまつた。被告に対してはすでに本件土地の換地予定地の指定がされたけれども、換地処分はまだ効力を生じていないから、従前の土地である本件土地についての原告等の各借地権は何ら消滅する理由はないに拘らず、被告はこれを否認しているので、右各借地権の確認を求めるため本訴提起に及んだ。と述べた。<立証省略>

被告訴訟代理人等は主文第一項同旨の判決を求め、答弁として、

原告主張事実中、本件土地についての被告の代理人である伊藤治郎右衛門が原告主張の日に当時被告の所有であつた本件土地を比護に賃貸したが、その後原告等が本件土地に各自主張どおりの建物を建築し、原告篠崎は現在もその建物を所有していること、原告等の借地権届に伊藤治郎右衛門が押印したこと、本件土地が、恵比寿復興土地区画整理組合の土地区画整理地区に指定されていて被告に対して本件土地の換地予定地が指定されたが換地処分はまだ効力を生じていないこと、原告綾川に対して行政代執行が行われたこと、は認めるが、比護の借地権の存続期間が二十年であること、右借地権の譲渡について伊藤治郎右衛門が承諾を与えたこと、伊藤治郎右衛門が原告等名義の借地権放棄届を偽造したこと、は否認する。但し昭和二十四年二月十日附の原告等及び伊藤治郎右衛門連署の「借地権譲渡届出書」を前記組合に提出したことはある。

本件土地の一部(前記組合の第八十九号ブロツク宅地二十七坪八合)は、右組合の替費地として昭和二十五年十二月十一日右組合より被告に売渡され、昭和二十六年三月にその代金の支払を済ましている。被告はその際何らの賃貸借関係なき土地としてこれを買受けたのであり、しかも被告は同年三月中に更に右土地を伊藤治郎右衛門に譲渡したから現在は右土地と何の関係もない。また本件土地のうち右部分を除いた残部については、被告が本件土地の換地予定地の指定を受けた同年七月十九日の翌日から被告はこれを使用収益する権利をもたない。かような状況にある本件土地について借地権の確認を求める原告等の本訴各請求は確認の利益を欠くものというべく失当である。

本件土地については、被告がこれを比護に賃貸した以前である昭和二十一年四月二十五日に戦災復興院告示第十四号によつて緑地地帯の指定がされており、区画整理施行後は建物の建築は許されない筈であつたので、被告は特に期間を区画整理施行迄とし、換地の指定等は受けないことを定め、一時使用を目的としてこれを比護に賃貸したのである。従つて、原告等が仮に適法に比護の借地権を譲受けたとしても、その借地権は遅くとも本件土地の換地予定地の指定が行はれそれが通知された昭和二十六年七月十九日にいずれも右約定により消滅している。

なお被告が原告等の借地権届に捺印したことはあるが、それは次の事情によるものであつて、原告等主張のような借地権の譲渡を承諾したがためではない。すなわち、土地について全く権限を有しない占有者は区画整理による移転補償等の点において著しく不利な立場にあるので、原告等と被告とは協議の末、被告は一応原告等に対し区画整理施行迄の一時使用を目的とする借地権を承認し原告等の借地権届に押印する、その代り原告等はその借地権を直ちに被告に譲渡し借地権届に押印すると同時に区画整理施行迄本件土地を賃借するものである旨確認する念書を被告に差入れる、との協定を結び被告はこれに基いて原告等の借地権届に押印し、原告等から借地権移動届及び念書の交付を受けたのである。

また仮に被告が原告等の借地権届に押印したことによつて原告等の主張するような借地権譲渡についての承諾をしたこととなるとすれば、その承諾は被告が右行為をするに至つた前述の事情からして結局原告等の詐欺によつてなされたものというべきであるから、被告は昭和三十年十二月六日の口頭弁論においてこれを取消す。と述べた。<立証省略>

理由

本件土地についての被告の代理人である訴外伊藤治郎右衛門は原告主張の日に当時被告の所有であつた本件土地を訴外比護由太郎に賃貸したが、その後原告等は本件土地に各自主張どおりの建物を建築し、原告篠崎は現在もその建物を所有していること、原告等の借地権届に伊藤治郎右衛門が押印したこと、本件土地が恵比寿復興土地区画整理組合の土地区画整理地区に指定されていて被告に対しても旧特別都市計画法に基き本件土地の換地予定地が指定されたが換地処分はまだ効力を生じていないこと、原告綾川に対して行政代執行が行われたことは、当事者間に争がない。

被告は原告の本訴各請求には確認の利益がないと抗争するが、旧特別都市計画法に基く換地予定地の指定が行われた場合には、換地予定地は換地処分が効力を生じた後の換地とは異なり従前の土地と法律上同一視されるものではないから、従前の土地の所有者、借地権者、その他権原に基いて使用収益することのできる者は依然として従前の土地について所有権、借地権、その他の権原を保有するのであり、ただ換地予定地の指定の通知を受けた日の翌日から換地処分が効力を生ずる日迄、従前の土地についてその使用収益をすることができなくなる反面換地予定地の全部又は一部について従前の土地について有する権利の内容である使用収益と同じ使用収益をすることのできる権利を取得するというに過ぎない。そうして換地予定地が変更されることなくして換地処分が効力を生じた場合に始めて換地予定地は換地となり換地は従前の土地と看做される結果従前の土地の所有権、借地権等を失うと同時に換地の所有権、借地権等を取得するのである。従つてまた、従前の土地が他の土地の換地予定地に定められず土地区画整理事業の費用に充てるための保留地すなわち所謂替費地に定められ、土地区画整理施行者によつてその土地の所有者又は第三者に売渡された場合でも、その土地の所有権がそれに伴つて移転するものではなく、この所有権の移転を生ずるのも亦換地処分が効力を生ずる日である。以上に述べたことは旧特別都市計画法が廃止され、同法に基く換地予定地の指定は土地区画整理法に基く仮換地の指定と看做された現在においても全く同様である。してみれば換地処分が効力を生じていない本件においては従前の土地である本件土地は今なお被告の所有に属することは明かであり、この土地について借地権の存否を被告との関係で確定するについて原告は当然法律上の利益を有するということができる。

次に乙第一号証(土地賃貸借契約書)中「本件賃貸借ノ期限ハ区画整理施行迄トシ換地ノ指定等ハナサザル事ヲ特ニ承認ス」と記入した部分を除き、その余の部分の成立は当事者間に争がないので、右記入部分の成立の真否について考えるに、右契約書の体裁からみて右記入部分の上方に押捺されてある比護名義の印影と記入部分とは一体をなしていると認められること、右印影は証人比護千代の証言によれば比護の真正の印影であると認められること、伊藤治郎右衛門は右記入部分はあらかじめ同人から比護にその趣旨を伝えてあつたに拘らず比護が右契約書を作成して伊藤治郎右衛門のもとに持参したときには右記入部分の趣旨が契約書中に十分に表現されていなかつたので同人が比護の依頼を受けてその面前でこれを記入し比護がその上方に自ら押印したものである旨供述していること等を綜合すると、他に特別の事情の認められない限り一応右記入部分は比護の意思に基くものであつて契約書の他の部分と共に一体をなしているものと認めるのが相当であり、他にこれに反する証拠はない。そこでこの乙第一号証と成立に争のない乙第五号証及び証人飯島浜吉、同松本喜美の各証言、伊藤治郎右衛門に対する被告本人尋問の結果、並びに弁論の全趣旨とを綜合すると、比護は訴外飯島浜吉を介して本件土地につき被告を代理していた伊藤治郎右衛門に対し近親者に商売をやらせるため小さなバラツクを建てたいから本件土地を貸して貰いたいと申込んできたので、伊藤治郎右衛門は、被告としても本件土地を使用したいが、間もなく区画整理が実施され本件土地を使用できなくなるという事情にあつたため、そうした臨時の建物であり、しかも区画整理迄ということで区画整理施行の時に必ず明渡し且つ換地予定地の指定も受けないということなら貸してもよいと答え、飯島はその旨比護に伝えたところ、比護はそうした一時的なものでよいからとこれを諒承して前記契約書を作成し、特に賃賃借期間は区画整理施行迄として換地の指定を受けないことを約した上、権利金六千円を払つて本件土地を賃借したこと、本件土地附近一帯について、昭和二十一年四月二十五日に戦災復興院告示第十四号によつて緑地地帯の指定がされ、本件土地についても二、三年後には区画整理が始まるということは当時既に被告及び飯島その他の者に知られていたので比護に対しても特にこのことを知らせて右の約束をさせたものであること、飯島浜吉もまた被告から本件土地の隣接地を区画整理迄という約束で権利金を支払つて臨時に賃借していたが、区画整理が実施されたとき約束どおりその土地から退去し、他の土地を被告から買受けて移転したこと、が認められるから比護の右借地権は明かに一時使用を目的とするものであり、従つてもとより期間を区画整理施行迄とし換地の指定は受けないという合意も適法有効なものと認めなければならない。甲第一号証の三、同第十一号証の五、乙第四号証の一等によつても、右認定に反し、比護の借地権の存続期間は二十年であるという原告の主張を認めることはできず他に右認定に反する証拠はない。しかも右借地権の存続期間である区画整理施行迄というのは、前記認定の事実に徴し、本件土地について換地予定地の指定が行われ被告がその使用収益をすることができなくなる日に賃貸借契約を終了させる趣旨であると認めるのが相当であり、被告に対し換地予定地の指定が行われその通知のなされた日が昭和二十六年七月十九日であることについては原告等に争う意思があるとは認められず、従つて被告はその翌日から本件土地を使用収益することができなくなつたことは明かである。

原告等は本訴において、比護の借地権を適法に譲受けたものとしてその借地権の確認を求めるものであるが、そうだとしてもその借地権は昭和二十六年七月二十日に消滅したものと認められるから、原告等の本訴各請求はその他の点を判断するまでもなくいずれも理由がないものとして棄却されねばならない。

よつて訴訟費用の負担について民事訴訟法第八十九条、第九十三条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 藤原英雄 輪湖公寛 山木寛)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例