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東京地方裁判所 昭和27年(ヨ)4051号 決定 1952年12月15日

申請人 杉野惇

被申請人 東洋オーチスエレベーター株式会社

主文

被申請人は申請人を、被申請人会社の従業員として処遇しなければならない。

(無保証)

理由

第一、申請の趣旨並びに理由

申請人は、主文と同旨の裁判を求め、その理由の要旨は、被申請人会社(以下単に会社というのは申請人会社を指す)は肩書地に本店を置き、東京、大阪の二支店を有して、エレベーター、エスカレーターの製造、販売等を業とする株式会社なるところ、申請人は昭和二十六年十月七日に同会社の臨時工として採用され東京支店に勤務し、契約期間は当初定められなかつたがその後約二ケ月毎に契約が更新されて来た、ところが会社は申請人に対し、昭和二十七年七月二十六日に、同月末日を以て契約期間が満了するのでやめてもらうと申渡し、同月末日以降両者間に雇傭関係存せずとしてその従業員として取扱つていない。しかしながら、会社が申請人を、昭和二十七年七月三十一日限り契約期間満了したという理由から、その従業員として取扱わないのは、左に述べるように違法である。即ち、 (1) 被申請人会社の就業規則第二条によれば「此の規則に於て従業員とは職員、雇員及工員の三種を云う。前項の者の外其の名称の如何を問わず会社の業務に従事する者に対しては別に定める所に依り此の就業規則の全部又は一部を適用する」旨が規定されているが(イ)就業規則は元来事業場の規則であり事業場単位に作成さるべきものであつて職種職階等労働者の種類別に作成さるべきではなく、従つて一事業場においては就業規則は一本でなければならず一部の労働者につき別に作成することは許されないから、右第二条において、就業規則の適用を労働者の種別によつて限定している点は無効というべく、(ロ)仮に一部の労働者につき別に就業規則を作成することが許されるとしても被申請人会社における如くこの別の就業規則を作成しないで就業規則の全部又は一部をその労働者について排除することは許されないから一部労働者に対する適用を排除する右第二条の規定部分は労働基準法第八十九条、第九十三条に違反し無効というべく、(ハ)仮りに就業規則第二条の規定が以上のような法理によつて効力に消長を来すものでなくそのままの形で効力を有するもので、本件就業規則は右規定の文言に従い臨時工に適用なきものとすれば、同規定のこの部分は次の理由により無効といわねばならぬ。即ち被申請人会社における臨時工は作業内容が常時的で、しかも本工と同じなのであるから、その労働条件について本工と区別さるべき実質的理由は全くない。然るに本工について適用される就業規則が臨時工には適用されないとすれば故なき差別待遇であり、経営に必要な限度をこえて臨時工の労働条件を劣悪にし、その生存権を侵害するものといわねばならぬ。即ち、就業規則第二条をその文字通りに有効とすれば、就業規則の適用を受くべき実質的理由ある臨時工に対し、正当の理由なくその適用を拒否することになるのであるから右規定の中臨時工を就業規則の対象から除く趣旨の部分は脱法行為であり、権利の濫用として無効となる。以上、(イ)ないし(ハ)のいづれの理由によるも所詮、申請人を含む臨時工についても被申請人会社の就業規則が適用されるものと解すべきところ、その適用の結果は次の如くなるであろう。

同就業規則には三ケ月の試用期間を除いて契約期間というものは、存しないのであるから、申請人の如く採用後三ケ月を経過した者については期間満了による契約の終了ということはあり得ず、従つて、雇傭期間の定めがなくなり、会社は右規則第三十八条所定の事由及び第七十八条所定の組合の同意がない限り、これを解雇し得ないものと解すべきである。然るに、被申請人の申請人に対する前記昭和二十七年七月二十六日の意思表示は、右の各要件が充足されていないから申請人に対する解雇の意思表示としては無効である。

かりに、雇傭期間の定めがなくならないと解する場合には、就業規則第三十八条、同第七十八条に則り、期間満了の際は別段の意思表示を要せず当然に契約が更新され右各条所定の要件が充足される場合に限り更新しないことができると解すべきである。然るに被申請人の申請人に対する昭和二十七年七月二十六日の意思表示は、右のような要件を充足していないから契約の更新を拒絶する旨の意思表示としても無効である。

(2) 仮に右の主張が理由ないとしても、少くとも申請人として、契約の更新を期待し得べき充分の事情があり、この期待の上に申請人の生存が維持されているのである。然るところ会社が申請人に対し契約の更新を拒絶した理由は申請人が警察に調査されたからというのであつて、かような単に警察から調査に来たというようなことは(しかも真実は本人の行為が原因ではない)被申請人が申請人を雇傭し労働させて行く上に何らの支障もないのであるから、このような全く不要な理由により、一方の生存権を侵害するような行為はまさに典型的な権利濫用であるといわねばならない。

(3) 又右に述べたように、会社の主張する理由は何等首肯するものがないこと、しかも一方申請人が組合結成以来委員長として組合運動の中心におり、しかも組合は結成以来時は短いが、かなり顕著な活動をしていること、且この時期に契約を更新されなかつたのは、申請人たゞ一人であつたことを考え併せると、申請人に対する更新拒絶の意思表示は、警察云々に藉口して実は、組合活動を理由として行われた不利益な差別待遇であるから、不当労働行為にして無効である。

(4) 更に被申請人は、申請人について前記嫌疑の内容又はその当否については聞き及んでいないにも拘らず、その筋から目を付けられている人物は好ましくないということを理由として、同人に対して、契約を更新しない旨の意思表示をしたのであるが、その筋とはこの場合特審局なのであるからこの更新拒絶の意思表示は、申請人が特定の政治的信条の持主であるかもしれぬとの疑だけを理由としているのであるから、労働基準法第三条に違反し、無効である。

右のように(1)乃至(4)いずれの理由によるも、会社が申請人を昭和二十七年七月三十一日限り契約期限が満了したものとし、以後従業員として取扱わないのは違法であるから、従業員としての地位を有することの確認を求める訴を提起すべく準備中であるが、労働者たる申請人が今日の経済状勢において本案判決確定に至るまで相当の期間従業員としての取扱を受けられないことは重大なる損害であるので本件仮処分を申請するというのである。

第二、当裁判所の判断

一、申請人の前記(1)乃至(4)の選択的主張のうち、右、更新拒絶の意思表示が申請人の組合活動を理由とする不当労働行為であるという点について考える。

申請人は、申請人と会社間の雇傭契約は二ケ月間の期間をもつものではあるが、特に更新拒絶の意思表示なき限り、当然更新されるべき関係を生じているものとなし、かような意味での更新拒絶の意思表示をとらえているものと解する。けだし、そう解するのでなければ、相手方の更新義務の不履行を不当労働行為なりとして直ちに更新義務の履行があつたと同一の効果を主張するに帰し、悖理たるを免れないであろう。

疏明によれば被申請人会社は、肩書地に本店を置き東京、大阪等に支店を有し、エレベーター、エスカレーターの製造販売等を業とする株式会社にして、申請人は、昭和二十六年十月七日に同会社の臨時工として採用され東京支店に勤務していたところ会社は昭和二十七年七月二十六日に浜東支店長代理を通じて、申請人に対し同月末日を以て契約期間が満了するのでやめてもらう旨を伝えたことが一応認められる。

そこで先ず申請人と被申請人との間に当初締結された雇傭契約の内容を見るに、疏明によれば、申請人は、被申請人会社に勤務していた知人の紹介で採用試験を受けたうえ雇傭されたもので、その際申請人は右知人より、その職種が臨時工であることを聞き、更に試験の折には被申請人会社の係員より給料は日給金二百二十円とし、二ケ月経過後に再考慮する旨を告げられたのみならず、採用後十数日を経た後のことではあるが、被申請人が申請人に対して、同人を昭和二十六年十月八日より同年十二月七日迄の間、臨時工員として傭入れ、日給金二百二十円を給し、東京支店に勤務を命ずる旨の辞令を交付したことが認められるのであつて、これらの事実を綜合すれば、申請人は、昭和二十六年十月七日に、右辞令に記載されたと同一内容の雇傭契約を、被申請人との間において締結したものと解せざるを得ないが、更に疏明によれば申請人は右契約期間満了後も昭和二十六年十二月八日より昭和二十七年二月七日まで及び昭和二十七年二月八日より同年四月七日まではいずれも日給金二百四十円、右同年四月八より同年六月七日まで及び右同年六月八日より同年七月三十一日まではいずれも日給金二百六十円、その余の労働条件は最初の契約の際におけると同様にて、引続き被申請人会社と二ケ月の期間の定のある雇傭契約を締結して(但し最終回の契約についてその期間が二ケ月に満たないがその理由は後記のとおり)勤務していたのみならず、右の各契約の期間がそれぞれ満了するに当つては、特にその後引続き雇傭契約の締結を欲しない本件の場合に、例外的に被申請人がその旨の意思表示をなしたのみで、通常は、各当事者はその後の新たな契約の締結について別段の意思をなすまでもなく、前契約の期間後も従前どおり異議なく労務の提供並びに受領を継続し、その後数日ないし十数日を経て被申請人から申請人に対して従前の契約と同内容の辞令(但し賃金額の増加があつたことは、前記のように疏明がある)が交付されていたこと、被申請人会社の臨時工はその作業内容において、本工と全然同一ではないにしても、ともかくその経営の本来的業務の一環を担当するもので、従来の経過においては、昭和二十五年下半期以降、常時相当数の臨時工が確保され両当事者とも契約の更新を通例のこととして予期していたことが認められ、この認定を左右するに足る疏明はない。而してこれらの事実を綜合すれば他に認むべき特段の事情について疏明のない限り、昭和二十七年七月当時申請人と被申請人との間には、申請人が同年七月末日迄、日給金二百六十円、被申請人会社東京支店勤務等の条件にて、臨時工としてその労務を提供する旨の合意とともに、被申請人が特に契約更新拒絶の意思表示をしない限り、この契約は期間の満了とともに終了せず、更に二ケ月宛賃金額を除くその余の労働条件は前回と同一にて当然に更新される旨の暗黙の合意が成立していたことを一応認めざるを得ず、即ち、両者間には予め更新拒絶の意思表示をするにあらざれば当然更新される筈の確定期間二ケ月の雇傭契約が存したものとなさざるを得ないところ、被申請人が申請人に対し昭和二十七年七月二十六日に更新拒絶の意思表示をしたことが、前記のように疏明されている。(昭和二十七年七月三十一日に期限の到来した右契約は、その期間が二ケ月に満たないが、これは従来、各臨時工の契約終了期日が不統一で事務上の手続が煩雑であつたため、被申請人会社の事務上の便宜から、既に二ケ月の期間を以て更新されていた雇傭契約について、被申請人が一齊に契約終了期日を変更した辞令を申請人を含む臨時工に交付し、申請人が異議なくこれを受領したことにより終了期日が統一されたことによる一時的現象であつて、申請人等臨時工についての雇傭期間が依然原則として二ケ月であることは、疏明により明らかである。)

而して疏明によれば、被申請人が申請人に対して、右契約更新拒絶の意思表示をなすに当りその理由として同人が、警察からマークされているので、かかる者を雇傭しておくわけにはいかない旨を告げたこと、並びに警察其の他の関係当局が、申請人に関係ある事実を調査するため被申請人会社え赴いたことは認め得る。然しながら、更に又一方においては、申請人が、被申請人会社における臨時工をもつて組織する労働組合の結成について中心人物となつて、尽力し、終に昭和二十七年五月二日にこれが結成されるや、その委員長に選出され、それ以後被申請人会社における臨時工の労働条件向上のため、本件解雇前まで終始積極的に組合活動を推進していたことが認められるのであつて、かかる事実を、前記のような、被申請人の申請人に対する更新拒絶理由の説明並びに疏明によつて認め得る被申請人が、申請人或いは、被申請人会社における本工をもつて組織される労働組合からの真相調査の要求にもかかわらず、これらを何等顧慮せず、また申請人に対して弁明の機会すら与えることなく、早急にかかる更新拒絶の意思表示をなした間の事情を考えあわせると、被申請人の申請人に対する本件更新拒絶の意思表示は、それが申請人についての警察等の調査が直接の端緒となつたことは否定し得ないとはいえなお従来の申請人の組合活動を理由とする被申請人の差別待遇の意思がその主要なる動機であつたものと一応認められるから労働組合法第七条第一号に違反する不当労働行為として、その効力を生じないものというべきである。然らば、申請人と被申請人との間においては、他に有効な更新拒絶がなされたこと等特段の事情について疏明がない限り、昭和二十七年八月以降も、二ケ月宛従前同様の労働条件にて、契約が更新され、現在両当事者間においては、右条件による雇傭契約関係が存続しているものと推認せざるを得ない。

二、そこで申請人が本件仮処分を求める必要性の有無について考えるに、申請人が被申請人会社を唯一の職場として、そこより得る賃金によつて生計を維持していることは、本件疏明によつて一応推認し得るところであり、前記のように、申請人と被申請人との間において現在なお、雇傭契約関係が存続しているのに、申請人が被申請人会社の従業員としての地位を失つたものとして取扱われることは、現下の社会経済の状況のもとにおいては甚だしい損害として容易に回復し得ないものと一応考えられ右申請につきこれを左右すべき事情につき特段の疏明がないから、右申請人について被申請人との間の前記法律関係の確定を求める本案訴訟の確定に至るまで、仮に右法律関係を設定する必要があるものと云わざるを得ない。

よつて本件申請はその理由ありと認めるところ、申請の趣旨並びに、右認定の経緯に照らせば、主文掲記の如き仮処分命令により一応その目的を達するに十分であると認められるので主文の通り決定する。

(裁判官 古原勇雄 立岡安正 西迪雄)

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