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東京地方裁判所 平成9年(特わ)566号 判決 1997年9月17日

主文

被告人を懲役一年二月に処する。

この裁判確定の日から三年間右刑の執行を猶予する。

理由

(罪となるべき事実)

被告人は、東京都豊島区東池袋<番地略>所在の診療所「Sクリニック」を開設・管理する医師であるが、A、B、C、D、E、F及びGと共謀の上、いずれも医師の資格を有しない右C、右D、右E、右F及び右Gにおいて、平成七年八月二〇日ころから平成八年六月九日ころまでの間、同診療所において、別紙一覧表記載のとおり、Hほか六名に対し、前後六〇回にわたり、問診、採血、血圧測定、植毛実施の適否診断並びに麻酔薬注射、毛髪刺入による植毛、投薬などの診療行為をなし、もって医業をなしたものである。

(証拠の標目)<省略>

(違法性の意識ないしその可能性に関する弁護人の主張に対する判断)

弁護人は、被告人には本件植毛治療が医師法に違反する旨の違法性の認識(いわゆる違法性の意識の趣旨と解される。)はなかったし、違法性を認識する可能性もなかったと主張し、被告人も公判廷において右主張に沿う供述をするので、この点について判断する。

1  関係証拠によれば、本件当時、判示「Sクリニック」(以下「本件クリニック」という。)において行われていた植毛治療(以下「本件植毛治療」という。)の内容、本件クリニックで勤務していた共犯者及び被告人の本件植毛治療に対する関与の状況等は、以下のとおりである。

本件クリニックにおいては、植毛治療を受けるために来院した患者に対して、まず、植毛のカウンセラーが植毛部位、植毛本数などを患者と相談して決定した後、植毛治療の担当者が血圧測定、採血、麻酔薬の適否テスト、問診を実施していた。血圧測定は、患者が高血圧症の場合に、麻酔薬注射による血圧の変動でショック症状を引き起こす危険性を避けるためのものであり、採血は、患者が肝炎等に感染していた場合、治療の担当者らに感染する危険性があるなどの理由からであり、麻酔薬の適否テストは、患者の前腕部内側に麻酔薬をごく少量注射して患者の麻酔薬に対するアレルギー反応の有無を調べるものであり、問診は、患者の作成した調査票に基づき、患者に対し、既往症、アレルギーの有無、麻酔歴、治療中の疾患等の事項を質問するものであって、これらは、その結果を総合して、当該患者に対する麻酔薬使用による植毛治療の適否を判断するために行われていた。こうして植毛治療に適すると判断された患者に対しては、担当者が植毛部位の頭皮の周辺に麻酔薬を何か所も歯科用注射器で注射し、麻酔が効いた時点で、植毛針の先に人工毛や人毛をつけて、植毛針を頭皮の五ミリないし七ミリ下の帽状腱膜に突き刺し、出血した血を脱脂綿等で拭き取りながら、植毛を行い、植毛終了後、痛み止め、化膿止めの薬及び胃薬を投薬していた。化膿や発赤が生じた場合には、排膿や化膿止めの薬の塗布などの処置をしていた。

本件植毛治療には、C、D、E、F及びGが関わっており、医療に関連する資格としては、E、F及びGに准看護婦の資格があるのみであった。Cは、本件クリニックの店長として、植毛治療の担当者の割り振り、売上金の管理等を行うほか、カウンセラーとして植毛部位、植毛本数の決定等に従事していた。Dは、カウンセリングのほか、Cの指示に従い、主に麻酔薬注射をした上で植毛を行っていた。E、F及びGは、いずれもCの指示に従い、本件植毛治療全般に従事していた。他方、被告人は、本件当時、新宿の他の診療所でアルバイト勤務をしたり、名古屋等に出張に出かけるなどして、本件クリニックには、週に一、二回、昼休みの時間帯に三〇分くらい顔を出して雑談をする程度で、日常的にほとんど不在であった。被告人は、Cらに対し、高血圧、感染症、脳血管障害のある患者や高齢の患者など、植毛治療を行ってはいけない患者の類型について、指針となる包括的な指示をし、投薬についても通常の場合に処方すべき薬の定型的な指示をし、これらの指示で対処できない問題が生じたら連絡するようにとは言っていたが、それにとどまり、個々の患者に対する前記のような血圧測定から投薬等に至るまでの本件植毛治療を自ら行わなかったことはもとより、個々の患者に対する本件植毛治療について、患者に応じた具体的な指示を一切せず、本件植毛治療を実施するか否か、投薬は定型的なものでよいか等の個別的な判断をE、F及びGらに委ねていた。被告人は、新宿のアルバイト先にいるときは、携帯電話で連絡を受ければ距離的に駆けつけることができたが、連絡をする必要があるか否かは、治療担当者の判断に委ねられており、電話でCらが被告人の指示を仰いだことは、ごくわずかであったし、名古屋等に出張しているときには、そもそも被告人が駆けつけることは不可能であった。

2 医師法一七条にいう医業とは、医行為を業とすることをいい、医行為とは、医師が行うのでなければ保健衛生上危害を生ずるおそれのある行為をいうものと解される。前記認定の一連の本件植毛治療は、その内容にかんがみ、全体として、医行為に当たるものと解される。ところで、准看護婦は、医師の指示の下に診療の補助の範囲内で医行為を行うことができると解されるところ(保健婦助産婦看護婦法五条、六条、三七条)、医師である被告人が包括的かつ定型的な指示を与えるのみで、あとは治療の担当者らに任せきりであったという本件植毛治療の実態は、完全な無資格者であるCとDの行為についてはもとより、准看護婦の資格を有するE、F及びGの行為についてみても、医師法一七条に違反するものといわざるを得ない(弁護人も、本件植毛治療が同条に違反することは争っていない。)。

3  そこで、被告人が、前記1のような本件植毛治療の実態について、医師法に違反する旨の違法性の意識を有していたか否かを検討する。関係証拠によれば、以下の事実が認められる。

①  被告人は、本件クリニックを開設する以前に、先輩の医師らから、麻酔薬注射をしながら植毛する行為は医行為になる旨の意見を聞いていた。また、被告人は、株式会社Iが本件クリニックの経営に乗り出すのに先立ち、同社のA代表取締役及びB取締役に対して植毛治療の手順を説明した際、自ら、「こういう行為は医療行為に当たるので、医師と医師の指示を受けた看護婦しかできない。」旨述べていた。

②  被告人が本件クリニックを不在にし、本件植毛治療をCらに任せきりにしていたため、C、E、Gらは、医師法に違反しないかとの不安を抱き、被告人に対し、「先生がいないと心配だ。」「クリニックにいてください。」「先生の留守中に私達だけで植毛をやって良いのですか。」などと言って、右のような状況に対する懸念を示すとともに、その改善を訴えたが、被告人は、「心配ないから。」「最終的には自分が責任をもつから。」などと答えるばかりであった。また、Cの訴えを聞いたAから、アルバイトを辞めて本件クリニックにいるよう求められたこともあったが、被告人は取り合わなかった。

③  被告人は、Cから、Dは医療関係の資格はないが、植毛の技術をもっていること、以前勤務していたJクリニック横浜店で無資格で麻酔薬注射をして植毛を行ったことから、やくざ者の患者に因縁をつけられて同店を辞めた経歴であることを聞いた上で、Aの了解を得て、Dを雇い入れた。被告人は、Cに対し、Dには麻酔をさせないように言った上で、植毛をさせることを容認した。そして、Dに対し、勤務を始めてしばらくしたころ、「麻酔は医業だけど、植毛自体は彫り師が入れ墨をするようなものではないか。」などと言う一方で、「患者に対する植毛行為については合間を縫ってやる程度にして、あまり表立ってはやらないようにしてくれ。一人の患者を全面的に最初から最後まで一人で仕上げるようなことはなるべきやらないでほしい。」などと、Dが大々的に植毛することについて気にかける趣旨の発言をした。

④  被告人は、Fから、植毛治療の担当者が麻酔薬注射による植毛の状況、投薬の状況を記載する、診療録中の処方・処置等欄の末尾に、被告人の印を押捺しておいた方がいいのではないかと言われて、実際には何ら個々具体的な植毛治療について指示をしておらず、診療録を確認したわけでもないのに、いかにもそのような体裁となることを承知の上で、押捺を指示し、以後、すべての植毛治療の担当者に、同様に被告人印を押捺させていた。

⑤  被告人は、平成八年六月一三日に医師法違反の容疑で本件クリニックが捜索差押えを受けた翌日ころ、C、E、Gらに対し、警察の聴取を受けた場合には、被告人が毎日本件クリニックに来て、初診の患者を診ており、看護婦は被告人の具体的な指示で医療活動をしていた旨供述するように口裏合わせを依頼した。

被告人の捜査段階及び公判廷における供述中には、これらの事実の認定に反する部分があるが、その多くは相互に符合する共犯者らの検査官調書(謄本)の内容に齟齬するものであって、信用できない。

4 前記1に認定の本件植毛治療の内容、勤務していた共犯者及び被告人の関与の状況等、前記3の①ないし⑤の各事実を総合し、さらに、被告人が捜査段階においては違法性の意識を肯定する供述をしていたことをも併せ考慮すると、被告人は、少なくとも、本件クリニックにおける本件植毛治療の実態が、医師法に違反するおそれがあるという程度の違法性の意識(弁護人のいう違法性の認識)を有していたものと認定することができる。

5  被告人は、公判廷において、「麻酔薬注射を含む血圧測定から投薬等に至るまでの一連の過程は、植毛を除いて医療行為であるが、看護婦に包括的かつ定型的な指示をしておき、それに基づき、医師である被告人が不在の場で看護婦が実施しても、医師法に反するものではないと思っていた。植毛自体は、医療行為に当たるか当たらないか分からなかった。」と供述する。

しかし、関係証拠によれば、被告人は、准看護婦がなしうるのは医師の指示に基づく診療の補助にとどまることを認識していたものと認められるところ、被告人自身がショック症状の可能性を想定していた麻酔薬注射を含む、右のような広範な医行為につき、准看護婦が医師不在の場で、患者に応じた医師の個々具体的な指示なしに実施しても、医師法に違反するとの疑いを一切抱かなかったというのは、まことに不自然であり、前記3の①、②、④、⑤の各事実に照らしても、信用できない。また、植毛自体について、被告人は、公判廷においても、「全く医療行為じゃないと言い切れるのかというのもクエスチョンがつく微妙な気持ちで、はっきりしなかったので、Dはなるべくしない方がいいと思っていた。」旨供述している上、前記3の③のとおり、被告人はDが表立って植毛を行うことを気にしていたことや、植毛が麻酔薬注射と不可分の関係にあり、かつ、本件植毛治療の中核をなす行為であることからすると、被告人はDに植毛を行わせることにも医師法上の問題がありうることを意識していたものとみるのが自然である。

6  弁護人は、被告人に違法性の意識がなかったことの根拠として、①カルテ(診療録中の処方・処置等欄)に、担当者として医療関係の資格がないDを示す牧野の名前が記録されていたこと、②大病院などでは、医師が看護婦に電話で指示したり、一般的な指示を与えて、注射等をさせることが常態化していたこと、③本件植毛治療は、Jクリニックで長年行われて問題となったことのない方法を踏襲したものであることなどを主張する。

しかし、①については、被告人は、被告人印を押捺することを指示したのみで、診療録の確認を特にしていなかったのであるから、牧野の名前の記録は、Dに植毛を行わせることに対する被告人の前記のような意識と矛盾しない。仮に被告人が隅々診療録を見て、牧野の名前が記録されていると気付いたことがあったとしても、被告人は、Dが植毛治療の経験者であることなどから、Dに植毛を行わせることにつき、前記のような意識を抱きながらも、その問題が表面化することはあるまいとたかをくくり、深刻に受け止めていなかったため、牧野の名前の記録を放置していたものとみることができる。②の主張のように皮下注射などが行われている実情があったとしても、それがため、直ちに前記1のような本件植毛治療の実態を医師法上何らの問題がないものと考えるのは甚だ不自然である(被告人は、本件植毛治療における麻酔薬注射を皮下注射と同列に考えていた旨供述するが、被告人が麻酔薬注射をしてはいけない患者の類型をCらに指示して、血圧測定等を実施させ、かつ、ショック症状が起きた場合の処置を指示していたことなどからすれば、右供述は、不自然であって信用できない。)。③について、関係証拠によれば、C、E、F及びGが以前勤務していたJクリニック渋谷店では、平成四年ころから医師が常駐するようになり、初診の患者に対して医師自ら問診し、医師の指示に基づき血圧測定から麻酔薬注射による植毛、投薬に至るまでが行われるようになったこと、被告人は、Cらを本件クリニックに雇い入れるころ、右のようなJクリニック渋谷店の実情を概略知ったことが認められる。そうすると、従来、Jクリニックにおける植毛治療が格別問題とされていなかったからといって、以前のままに医師が不在で初診の問診等もしないなどの方法によっても、何ら問題がないと考えるのは、むしろ不自然である。その他の弁護人の主張を検討しても、前記4の認定は左右されない。

7  以上の次第で、被告人には違法性の意識があったものと認められ、違法性の意識の可能性に関する弁護人の主張につき判断するまでもなく、弁護人の主張は理由がない。

(法令の適用)

被告人の判示所為は包括して刑法六〇条、医師法三一条一項一号、一七条に該当するところ、所定刑中懲役刑を選択し、その所定刑期の範囲内で被告人を懲役一年二月に処し、情状により刑法二五条一項を適用してこの裁判確定の日から三年間右刑の執行を猶予することとする。

(量刑の理由)

本件は、植毛治療を行う「Sクリニック」の開設・管理医師である被告人が、同クリニックを実質的に吸収して経営するようになったカツラ販売等の業務を営む株式会社I(以下「I」という。)の代表取締役A、同社取締役B、同クリニック店長C、同クリニック従業員D、同E、同F、同Gと共謀の上、医師である被告人不在のまま、医師資格を有しないC、D、E、F、Gにおいて、被告人の個々具体的な指示を受けずに、平成七年八月二〇日ころから平成八年六月九日ころまでの間、同クリニックにおいて、患者七名に対し、前後六〇回にわたり、麻酔薬注射、毛髪刺入による植毛等、判示のとおりの診療行為をし、医師でないのに医業を行ったという事案である。

右のとおり、本件は、患者七名に対し、一〇か月弱の間にわたり、組織的かつ継続的に反覆して行われた無資格の診療行為であり、それが長期間かつ多数回に及ぶ同種犯行の一環として行われたことをも併せ考慮すると、犯情は悪質である。被告人は、Iから月額一〇〇万円の報酬を得ていたほか、自己のマンションの家賃月額二〇万円も負担してもらっていたもので、被告人がこのような利益を得ていたのは、被告人が本件植毛治療を行うSクリニックの開設・管理医師たる地位にあったことを抜きにしては考えられないのであり、しかも、被告人は、同クリニックを不在にして、アルバイトによる収入をも得ていたのであるから、本件犯行の動機として、自己の利益を得ようとする意図があったことは否定できない。また、被告人は、Cらに医師不在等の状況に対する懸念を告げられ、自己の行動によってその改善が可能であったのに、取り合わず、本件犯行を継続していったものであり、医師としてまことに無責任な態度であるといわざるを得ない。Aの刑事責任との比較についてみると、被告人は、IがSクリニックを経営し始める以前から、被告人自身の判断により、同クリニックにおいて、自己が不在のまま、CとEに、具体的な指示をすることなく、植毛治療を実施させていたものであり、その延長として本件犯行が行われたといえるのであって、本件植毛治療における医師不在等の状況は、Iが経営するに至ったことと直接の関係はなく、Aがこういった状況にするよう被告人に要求したなどの事情もないこと、被告人は、Iの経営下にあっても、A、Bとの関係で、同クリニックの植毛治療の実施や人事管理につき責任者として担当していたこと、加えて、国民の生命、健康を預かる医師として被告人に求められる責任の重さなどからすれば、Aが植毛治療による営利の追求に走り、事業拡大を意欲的に進めたことを考慮しても、被告人の刑事責任は、Aよりも重いというべきである。以上によれば、被告人の刑事責任を軽視することはできない。

しかし、本件植毛治療により医療事故が生じていないことはもとより、植毛自体もおおむね問題なく行われていたこと、被告人は、Jクリニックにおける植毛治療がそれまで格別問題とされていなかた上、Cらがその植毛治療の経験者であることから、安易に考えて本件犯行に及んだという面があり、また、麻酔薬注射や投薬に関する包括的かつ定型的な指示は与えていたこと、被告人は、平成八年二月ころには、別途、皮膚科医療を実践したいという気持ちにより、本件植毛治療から手を引きたいと考えたが、CらをJクリニックから引き抜いた責任を感じていたため、簡単には手を引くことができなかったという事情があり、それでも、被告人は、同年五月には、自己がIの代表取締役を実質的にも辞めることや常勤医師の雇用について、Aの了承を得て、本件植毛治療を止める準備をしていたこと、被告人は、捜索差押え後、Sクリニックの営業を廃止し、現在は皮膚科クリニックを開業して、先端技術を導入するなどしながら、真摯に診療に励み、地域医療に貢献していること、被告人は、本件犯行を悔悟し、反省しているものと認められ、今後二度と同様の行為を繰り返すおそれはないこと、被告人に前科はないこと、本件により身柄を拘束されるなどし、既にある程度の社会的制裁を受けていることなど、被告人に有利な事情も多々存在するので、これらの諸事情及び共犯者に対する量刑との均衡を考慮の上、主文の量刑とした次第である。

(裁判官西田眞基)

別紙一覧表<省略>

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