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東京地方裁判所 平成9年(ワ)714号 判決 1999年10月20日

原告

藤平智正

ほか二名

被告

割山正治

主文

一  被告は、原告藤平智正に対し、金九二七万七三〇〇円及びこれに対する平成五年九月二六日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  被告は、原告梅津世枝に対し、金三四四万三七七四円及びこれに対する平成五年九月二六日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

三  原告藤平智正及び原告梅津世枝のその余の請求並びに原告三喜工業株式会社の請求をいずれも棄却する。

四  訴訟費用は、七分の一を被告の負担とし、その余を原告らの負担とする。

五  この判決は、原告ら勝訴の部分について、仮に執行することができる。

事実及び理由

第一請求

一  被告は、原告藤平智正(以下「原告藤平」という。)に対し、金七〇〇〇万円及びこれに対する平成五年九月二六日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  被告は、原告梅津世枝(以下「原告梅津」という。)に対し、金二三六六万一九四二円及びこれに対する平成五年九月二六日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

三  被告は、原告三喜工業株式会社(以下「原告会社」という。)に対し、金九四二万八〇八二円及びこれに対する平成五年九月二六日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

第二事案の概要

本件は、普通乗用自動車間の追突事故について、追突された車両の運転者及び同乗者が、追突した車両の運転者に対し、損害賠償を求めた事案である。

一  前提となる事実(証拠を掲げないものは争いがない。)

1  事故の発生

次の交通事故(以下「本件事故」という。)が発生した。

(一) 発生日時 平成五年九月二六日午後九時二〇分ころ

(二) 事故現場 千葉県木更津市長須賀一七五三番地先路上

(三) 加害車両 被告が運転していた普通乗用自動車(練馬五九ふ三九三六)

(四) 被害車両 原告梅津が運転し、原告藤平が同乗していた普通乗用自動車(練馬三三め四三〇七)

(五) 事故態様 被害車両が信号待ちで停車していたところ、加害車両が被害者に衝突した。

2  責任原因

被告は、前方不注視により、停車していた被害車両に加害車両を追突させた過失があり、また、加害車両を自己のために運行の用に供していたから、民法七〇九条、自動車損害賠償保障法三条により、原告らの後記損害を賠償する責任がある。

3  損害のてん補

原告藤平は、本件事故に基づく損害賠償として、被告及び自賠責保険から、次のとおりの支払を受けた(各七五万円を除いた額について乙一二)。

原告藤平 合計五二一万三〇八〇円

原告梅津 合計三三四万四三五二円

二  争点

1  原告藤平の損害について

(一) 後遺障害の程度

(二) 休業損害及び逸失利益を中心とした損害額

2  原告梅津の損害について

(一) 後遺障害の程度

(二) 休業損害及び逸失利益を中心とした損害額

3  原告会社の損害額

第三争点に対する判断

一  原告藤平の損害

1  後遺障害の程度

(一) 原告藤平の負傷内容及び治療経過等

前提となる事実、証拠(甲一一、一三~一五、二二、乙一、三、四、七、八の1~23、一一、原告藤平本人[一部]、調査嘱託の各結果)及び弁論の全趣旨によれば、次の事実が認められる。

(1) 被害車両(ジャガー)は、本件事故により後部が凹損し、トランクルームの蓋が少し浮かんでしっかり閉まらないなどの状態になった。これらの損傷は、修理に九〇万六四〇〇円(消費税込み)を要するものであった。

(2) 原告藤平(昭和八年三月七日生)は、本件事故当日である平成五年九月二六日、杉浦整形外科で診察治療を受け、同年一〇月二六日までの間に合計一三日治療を受けた。杉浦整形外科での治療においては、当初、項部から背部にかけての緊張感を、次いで項部痛、さらには腰痛を訴えるようになり、他覚的には、左側屈制限と第五棘突起の圧痛が認められ、頸椎捻挫及び腰椎捻挫の診断を受けた。X線検査の結果、第六及び第七頸椎の椎間腔に軽度の狭小化が認められたが、受傷とは関係がないとの診断であった。腰椎については、これといった異常はなく、神経学的検査ではいずれも異常はなかった。杉浦整形外科の杉浦康彦医師は、原告藤平に対し、老化現象があるとの説明をするとともに、同年一〇月末日までの就労は避けるように指示した。

原告藤平は、その後、同年一一月一日から日本大学医学部附属板橋病院に通院するようになったが、平成六年三月一〇日までの間に六七日通院した後、翌一一日から、被告が加入していた任意保険会社が紹介した根本外科医院に通院するようになった。また、同年一月二二日からは同時に西部治療室にも通院し、同年六月二四日までに実日数にして二八日通院した。

(3) 原告藤平は、根本外科医院に通院し始めた際、項頸部周辺の緊張感、頭重感、肩凝り症状、頸肩部より胸背及び上肢にかけての放散痛、しびれ感を訴えていた。通院後まもなく行われたX線検査では、骨折や脱臼等の外傷が原因となる所見は認められなかった。

根本外科医院の根本宏医師は、平成六年五月、段階的就労が望ましいとして、原告藤平に対して就労の指示をしたが、原告藤平には、まだ半日ほどの就労制限はあった。そして、根本外科医院にMRI検査の設備がないため、同年五月二五日、結城クリニックで頸椎及び腰椎のMRI検査を受けた。その結果、第三及び第四頸椎、第四及び第五頸椎、第五及び第六頸椎、第六及び第七頸椎の各椎間部で膨隆及び変形を、第四及び第五腰椎、第六及び第七腰椎に狭小化が認められ、変形性頸椎症である旨の診断を受けたが、神経学的検査(徒手筋力テスト及び腱反射)においては異常はなかった。その後、平成七年四月、帝京大学医学部附属病院(合計四日間通院)において、再びMRI検査を受けたところ、頸椎及び腰椎に一部狭小化が認められた。

変形性頸椎症は、非炎症性進行性の病変であり、原因は多種多様である。所見があっても無症状であることが多い傾向にある。この事情から、根本医師は、原告藤平の変形性頸椎症は、本件事故によって生じたのではなく、以前から存在したところへ、本件事故が契機になって自覚症状が出現した可能性が考えられるとの意見を示した。

根本医師は、同年六月当時も、段階的就労が望ましいと考えていたが、このころは、就労の指示はしなかった。

(4) 原告藤平は、根本外科医院で理学療法及び保存的治療による治療を続けた結果、平成七年八月三一日、根本外科医院において、頸椎部及び腰椎部の圧痛及び重苦感、項頸部周辺の緊張感、頭重感、肩凝り症状、頸肩部から胸背及び上肢にかけての放散痛、しびれ感などの自覚症状が残存するとともに、右の圧痛、及び緊張感や筋硬直により頸椎部の屈曲運動制限などが軽度に残存し、症状が固定した旨の診断を受けた(平成六年三月一一日から実日数にして二一一日通院した。)。

原告藤平は、その後も、少なくとも平成八年一月二二日までは根本外科医院に通院してはり治療等の治療を受けた。なお、平成八年一〇月に至り、第三頸椎から第七頸椎、第四及び第五腰椎に関連して軽度の知覚異常が認められるに至っている。

(5) 原告藤平は、この後遺障害に関して事前認定を受けたところ、自動車保険料率算定会新宿調査事務所(以下「自算会事務所」という。)から、非該当の認定を受けた。しかし、異議申立てをした結果、頸部由来の症状について、自賠法施行令二条別表(以下「自賠法別表」という。)の後遺障害等級第一四級一〇号の「局部に神経症状を残すもの」に該当する旨の認定を受けた。

自算会事務所は、右の認定理由について、次のとおり説明している。

頸部由来の症状については、頸椎症性変化は認められるが、明らかな外傷性変化や頸髄への明らかな圧迫所見は認められない。腱反射の亢進や病的反射の出現等の脊髄症状を裏付ける神経学的異常所見が認められないことからも、脊髄への圧迫があるとは認められない。もっとも、後頸部の緊張感等の症状は、本件事故直後から訴え続けられており、事故前に自覚症状がなかったことからして、本件事故を契機として発症したものと捉えざるを得ない。したがって、第一四級一〇号の「局部に神経症状を残すもの」に該当するとした。他方、腰部由来の症状については、明らかな外傷性変化、椎間板の変性、神経学的異常所見のいずれも認められないので、残存した症状を説明するに足りる所見に乏しく、自賠法上の後遺障害に該当するとは認められない。なお、原告藤平の年齢程度になると、誰しもある程度の加齢性(経年性)の変化が存在し、MRI検査でその変化が認められても、無症状であることが少なくない。そして、現在の症状の診断は、MRI検査だけではなく、神経学的検査とを併せて初めて意味を持つものである。

(6) 原告藤平は、現在においても、天候が悪化すると気分が悪くなったり、歩くと鼠蹊部がはれてきたり、二時間以上座っていると、腰の左側が張ってきたりする。

以上の事実が認められ、原告藤平本人の供述中右認定に反する部分は、前掲採用の各証拠と対比してたやすく採用できない。

(二) 後遺障害の程度に関する裁判所の判断

原告藤平は、残存した後遺障害は自賠法別表の後遺障害等級第九級一〇号の「神経系統の機能又は精神に障害の残し、服することができる労務が相当な程度に制限されるもの」に該当し、症状固定時から九年間にわたり三五パーセントの労働能力を喪失したと主張する(原告藤平は、第九級に該当すると主張するのみであるが、後遺障害の内容に照らすと、第九級一〇号に該当する趣旨の主張であると理解できる。)。

ところで、(一)の認定事実によれば、原告藤平には、本件事故以前から、自覚症状は発現していなかったものの、頸椎について経年性の頸椎症性変化、腰椎について、若干の椎間部の狭小化が存在し、これに、相当程度の本件事故による外力が加わって症状が発現したものと認めることができる。

このように、原告藤平の症状は、外傷による器質的変化に基づく症状ではなく、脊髄症状を裏付ける神経学的異常所見も認められないことや、自算会調査事務所における後遺障害認定の結果を併せて考えると、原告藤平の後遺障害は、やはり、自賠法別表の第一四級一〇号の「局部に神経症状を残すもの」に該当するにとどまるというべきである。そして、この後遺障害の内容及び程度に照らすと、症状固定時(六二歳)から五年の限度で五パーセントの労働能力を喪失したと認めるのが相当である。

したがって、三五パーセントの労働能力を喪失したとする原告藤平の主張は採用できない。

(三) 素因減額

少なくとも、症状固定時までの通院治療が、本件事故と相当因果関係があることについては、当事者間に争いがない。

しかし、(一)で認定した治療経過に照らすと、外傷による器質的変化が認められない場合の症状としては、回復傾向は必ずしも思わしくなく、治療が長期にわたっていることも否定できない。たしかに、被害車両の損傷状況に照らすと、本件事故による外力は決して小さかったとは思われないが、こうした回復状況や治療の長期化には、事故当時の原告藤平の頸椎及び腰椎の状態が少なからず影響していることは否定できない。そして、特に、頸椎については、変形性頸椎症といえるほどの状態であったことを併せて考えると、損害の公平な分担の見地からは民法七二二条を類推適用し、治療期間や後遺障害の残存を含めた原告藤平の損害のうち二〇パーセントを減額するのが相当である。

2  損害額

(一) 治療費(請求額二七七万八四九〇円) 二三七万八五八〇円

原告藤平は、症状固定時までの治療費として二三七万八五八〇円を負担し(乙一二)、それ以上の治療費を負担したと認めるに足りる証拠はない。

原告藤平は、症状固定後の治療費として負担した二九万〇一五〇円も本件事故と相当因果関係のある損害であると主張する。

しかし、その治療内容は、はり治療等であり、症状の現状維持のために必要不可欠な治療であると認めるに足りる証拠はないから、本件事故との間に相当因果関係は認められない。

(二) 通院交通費等(請求額三二万二四〇〇円) 二六万六五〇〇円

原告藤平は、症状固定時までの通院交通費等として、二六万六五〇〇円を負担した(争いがない)。

原告藤平は、症状固定後に負担した通院交通費五万六〇〇〇円も本件事故と相当因果関係のある損害であると主張するが、先に検討したとおり、症状固定後の通院治療は本件事故と相当因果関係がないから、これに要した交通費も本件事故との間に相当因果関係がない。

(三) 休業損害(請求額三五九〇万円) 九八二万四五四七円

(1) 原告藤平の主張

原告藤平は、平成四年に年間一五〇〇万円であった役員報酬が、本件事故による負傷のため、平成五年には年間一〇〇〇万円、平成六年には年間一五〇万円、平成七年には年間二六〇万円と激減したとして、右の各減収分の合計額である三五九〇万円を休業損害として主張する。

(2) 原告藤平らの役員報酬等及び原告会社の収益状況等

証拠(甲三の1~3・5~7、四の1~7、七、八、三〇、三五、三六、乙一〇の1・2・4、原告藤平本人)によれば、本件事故当時、原告藤平(高卒)は原告会社の代表取締役であり、原告梅津(高卒)は取締役であったこと、他の役員は非常勤であったこと、原告会社には正社員が五人いたこと、原告藤平と原告梅津が相談して役員報酬を定め、本件事故当時は、原告藤平が少なくとも年間一二〇〇万円、原告梅津が年間六〇〇万円であったこと、他の社員の給与は、現時点において、年間四五〇万円程度から六〇〇万円程度であること、原告会社は鉄工業を行う会社であり、原告藤平は、営業から簡単な設計及び見積りまで、経理や製作を除いた業務全般を行い、原告梅津は経理を行っていたこと、継続的な取引先が約七割ほどあり、原告藤平としては電話で事情を話すことによりある程度の仕事はできること、平成三年一一月一日から平成四年一〇月三一日までの決算期と同年一一月一日から平成五年一〇月三一日までの決算期の売上総利益はほとんど横這いであったが、本件事故後である同年一一月一日から平成六年一〇月三一日までの決算期の売上総利益は、前期の約七〇パーセント程度まで落ち込んだこと、原告藤平の自宅は、原告会社の事務所を兼ねていることが認められる。

これに対し、(1)の主張からすると、原告藤平は、本件事故当時の役員報酬は、平成四年と同額である年間一五〇〇万円と主張するものと理解することができ、確かに、原告藤平は、平成四年には年間一五〇〇万円の役員報酬を得ていたことが認められる(甲三の4)。原告藤平が本件事故当時も、役員報酬としてこの額を得ていたとすれば、原告会社は、非常勤役員の報酬が零であったとしても、年間二一〇〇万円の役員報酬を支出するはずである。しかし、平成四年一一月一日から平成五年一〇月三一日までに、原告会社は、役員報酬として年間一六五〇万円しか支出しておらず(乙一〇の2・4)、この期間に原告藤平及び原告梅津が働くことができなかったのは、せいぜい一か月間ほどであることに照らすと、本件事故当時、原告藤平が、年間一二〇〇万円を超えて平成四年分と同額の年間一五〇〇万円の役員報酬を得ていたと認めるには足りないというべきである(甲三六によれば、右の期間は、営業損失が出ており、この関係で前期より役員報酬が減額になった可能性がある。)。

(3) 裁判所の判断

ア 休業損害の算定方法について

原告会社は、平成四年一一月一日から平成五年一〇月三一日までの決算期において、損失が出ているのに、原告藤平に少なくとも年間一二〇〇万円を支払っていたこと、役員報酬は、原告藤平と原告梅津が相談して決めていたこと、事故後一年間の売上総利益の減少分が三割程度に止まっていることに照らすと、平成五年以降の役員報酬減少分をそのまま休業損害と認めるのは相当でない。また、原告藤平が、本件事故後症状固定時までの間に、どの程度仕事をしたかは、本件全証拠によるも必ずしも明らかでない。

したがって、原告藤平の労務の対価に相当する額と、症状固定時までの治療期間中に労働能力が制限された割合を前提に休業損害を算定するのが相当である。

イ 役員報酬中の労務の対価分について

(2)の認定事実(特に、原告会社の規模、原告藤平の仕事の内容)によれば、原告藤平の役員報酬の相当程度は労務の対価であると推認できる。しかし、原告会社は、本件事故当時は営業損失を出していたこと、それにもかかわらず、少なくとも年間一二〇〇万円の役員報酬が支払われていたこと、平成五年男子賃金センサス旧中・新高卒の六〇歳から六四歳の平均賃金は年間四二八万二二〇〇円であり、この世代の旧大・新大卒男子の平均賃金でも年間七三二万四九〇〇円であったこと(当裁判所に顕著)に加え、原告梅津の役員報酬や従業員の賃金との比較を併せて考えると、役員報酬の七割である年間八四〇万円を労務の対価分とするのが相当である。

ウ 労働能力の制限割合について

平成六年五月の時点で、根本医師は、段階的就労が望ましく、まだ半日ほどの就労制限が認められると考えていたこと、その一年後になっても、根本医師は、まだ段階的就労が望ましいと考えており、原告藤平の症状は、目立って症状が改善した形跡がうかがわれないこと、原告藤平の自宅は、原告会社の事務所を兼ねていること、原告会社は、継続的な取引先が約七割ほどあり、電話で事情を話すことによりある程度の仕事をすることは可能であること、本件事故後一年間で売上総利益が約三割減少したこと、最終的に残存した後遺障害は自賠法別表一四級一〇号に該当するものに止まったことに照らすと、原告藤平は、本件事故当日である平成五年九月二六日から平成六年五月末日までの二四八日間は平均して八〇パーセント、その後、症状固定日である平成七年八月三一日までの四五七日間は、平均して五〇パーセントの限度で労働能力の制限を受けたとするのが相当である。

被告は、労働能力の制限は、本件事故後六か月以内に限られると主張するが、右に照らして採用できない。

エ 具体的算定

以上を前提に本件事故と相当因果関係のある原告藤平の休業損害を算定すると、九八二万四五四七円(一円未満切り捨て)となる。

8,400,000×(248×0.8+457×0.5)/365=9,824,547

(四) 逸失利益(請求額三七三一万五九五〇円) 一八一万八三四八円

すでに検討したとおり、原告藤平の本件事故当時の労務の対価相当分は年間八四〇万円であり、症状固定時(六二歳)から五年間にわたり、五パーセントの限度で労働能力を喪失したといえるから、これを前提にライプニッツ方式(係数四・三二九四)により、年五分の割合による中間利息を控除すると、原告の逸失利益の現価は、一八一万八三四八円となる。

8,400,000×0.05×4.3294=1,818,348

(五) 慰謝料(請求額八四〇万円) 二七〇万円

本件事故の態様、負傷内容、通院の経過、残存する後遺障害の内容など一切の事情を総合すると、慰謝料としては二七〇万円を相当と認める。

(六) 素因減額及び損害のてん補

(一)ないし(五)の損害合計額は一六九八万七九七五円であり、すでに検討したとおり、原告の変形性頸椎症を中心とした頸椎及び腰椎の病態が、原告の症状の発現及び経過に寄与した割合は二〇パーセントであるから、それに相当する金額を減額すると、一三五九万〇三八〇円(一円未満切り捨て)となる。

原告藤平は、自賠責保険及び被告から合計五二一万三〇八〇円の支払を受けたので、それを差し引いた残額は、八三七万七三〇〇円となる。

(七) 弁護士費用(請求額八〇六万円) 九〇万円

認容額、審理の内容及び経過等に照らすと、本件事故と相当因果関係のある弁護士費用は、九〇万円を認めるのが相当である。

二  原告梅津の損害

1  後遺障害の程度

(一) 原告梅津の負傷内容及び治療経過等

前提となる事実、証拠(甲一二、二三、乙二、五、六、七、八の1~23、一一、原告梅津本人[一部]、調査嘱託の各結果)及び弁論の全趣旨によれば、次の事実が認められる。

(1) 原告梅津(昭和一四年一月五日生)は、本件事故の翌日である平成五年九月二七日、頸項部痛及び腰痛を訴えて杉浦整形外科で診察治療を受けた。X線検査の結果、加齢所見として、第五及び第六頸椎の椎間腔に軽度の狭小化と、第三及び第四腰椎の椎体に骨棘の形成が認められ、第五頸椎棘突起に圧痛が認められた。しかし、神経学的検査において異常はなかった。

杉浦整形外科では、平成五年一〇月三一日までの就労は避けるように指示を受け、その後も治療を受けた結果、腰痛は緩和されたが、項部の痛み及び圧迫感は依然続いた。杉浦整形外科の杉浦医師は、平成六年五月八日の時点で、就労可能であるとの判断をしていた。そして、平成六年七月二一日まで実日数にして七〇日、温熱療法、モーター牽引療法及び各種投薬による治療を受けた後、同年八月五日から、被告が加入していた任意保険会社が紹介した根本外科医院に通院するようになった。この間、同年一月二五日から同年三月二二日までの間に実日数にして二〇日、西部治療室でも治療を受けた。

(2) 原告梅津は、根本外科医院では、頸後部痛、頭痛、頸椎運動制限、腰痛、坐骨神経痛を訴え、理学療法による治療を受けた。その間、帝京大学医学部附属病院に合計四日通院し、MRI検査も受けた。根本外科医院では、検査の結果、第四ないし第六頸椎、第三及び第四腰椎にそれぞれ狭小化が認められたが、神経学的所見は認められなかった。

原告梅津は、根本外科医院で対処療法として理学療法による治療を続け、平成七年八月三一日(これまでに実日数にして一一四日通院)、根本外科医院において、自覚症状として、腰痛、項頸部の緊張感及び圧痛、頭重感、肩凝り症状、左胸背部痛が残存するとともに、頸椎部の運動制限が軽度に残存して症状が固定した旨の診断を受けた。なお、根本医師は、同年六月二〇日の時点においても、就労制限があり、段階的就労が望ましいとの判断をしていた。

(3) 原告梅津は、この後遺障害に関して事前認定を受けたが、自算会事務所において、非該当の認定を受けた。しかし、それに対して異議申立てをした結果、頸部及び腰部由来の各症状について、いずれも自賠法別表の後遺障害等級第一四級一〇号の「局部に神経症状を残すもの」に該当し、併合一四級の認定を受けた。

自算会事務所は、この認定理由について、次のとおり説明している。

頸部由来の症状については、第五及び第六頸椎に頸椎症性変化が、腰部由来の症状については、第四及び第五腰椎に椎間板の軽度膨隆がそれぞれ認められるものの、いずれにおいても、明らかな外傷性変化や腱反射等の神経学的異常所見は認められない。頸部は、頸椎症性変化により脊髄が少し圧迫を受けており、腰部は、椎間板の膨隆が神経根を圧迫しているが軽度である。もっとも、原告梅津は、本件事故直後から項頸部の緊張感等及び腰痛等の症状を訴え続けて治療を継続しており、事故前から経年性の変化による自覚症状が存在していたことが明らかでない以上、本件事故を契機として発症したものと捉えざるを得ない。したがって、頸部及び腰部由来の各症状のいずれについても、自賠法別表第一四級一〇号の「局部に神経症状を残すもの」に該当すると判断した。

(4) 原告梅津は、現在においても、気候が変わると頸椎部分に痛みが生じたり、高い靴を覆くと左足が腫れてしまうので、それを履くことができない。

以上の事実が認められ、原告梅津本人の供述中右認定に反する部分は、前掲採用各証拠と対比してたやすく採用できない。

(二) 後遺障害の程度に関する裁判所の判断

原告梅津は、残存した後遺障害により、一四パーセントの労働能力を喪失したと主張する。

(一)の認定事実によれば、原告梅津には、本件事故当時、自覚症状は発現していなかったものの、頸椎及び腰椎について経年性の変化が存在し、これに、相当程度の本件事故による外力が加わったために、頸椎及び腰椎の症状が発現したものと認めることができる。

このように、原告梅津の症状は、その発生機序において一応の説明は可能といえる。しかし、それは、外傷による器質的変化に基づく症状ではないこと、神経学的異常所見も認められないこと、自算会調査事務所における後遺障害認定の結果を併せて考えると、やはり、自賠法別表の第一四級一〇号の「局部に神経症状を残すもの」に該当するにとどまるというべきである。そして、この後遺障害の内容及び程度に照らすと、症状固定時(五六歳)から五年の限度で五パーセントの労働能力を喪失したと認めるのが相当である。

したがって、一四パーセントの労働能力を喪失したとする原告梅津の主張は採用できない。

(三) 素因減額

原告梅津の症状固定時までの通院治療は、本件事故と相当因果関係がある(争いがない)。

しかし、(一)で認定した治療経過に照らすと、外傷による器質的変化が認められない場合の症状としては、原告藤平と同じく、回復傾向は思わしくなく、治療も長期にわたっている。したがって、本件事故による外力は決して小さくはなかったことを考慮してもなお、右の回復状況や治療の長期化には、頸椎及び腰椎の経年性の変化による軽度の脊髄圧迫及び腰部の神経根圧迫が少なからず影響していると判断するのが相当である。そして、これらの経年性の変化は、いずれも、軽度ではあるが脊髄や神経根を圧迫する程度に至っていることを併せて考えると、損害の公平な分担の見地からは民法七二二条を類推適用し、治療期間や後遺障害の残存を含めた原告梅津の損害のうち、二五パーセントを減額するのが相当である。

2  損害額

(一) 治療費(請求額一七四万五六四三円) 一二七万三六五〇円

原告梅津は、症状固定時までの治療費として一二七万三六五〇円を負担し(乙一二)、それ以上の治療費を負担したと認めるに足りる証拠はない。

原告梅津は、症状固定後の治療費として負担した三四万四九四〇円も本件事故と相当因果関係のある損害であると主張する。

しかし、それらが症状の現状維持のために必要不可欠な治療であると認めるに足りる証拠はないから、本件事故との間に相当因果関係は認められない。

(二) 文書料(請求額六〇〇円) 六〇〇円

原告梅津は、交通事故証明書の交付を受けるため六〇〇円を負担した(甲一、二三)。

(三) 通院交通費等(請求額一八万二六〇〇円) 一三万七二二〇円

原告梅津は、症状固定時までの通院交通費として、少なくとも一三万七二二〇円を負担した(争いがない)。

原告梅津は、症状固定時以降の通院交通費も主張するが、これは本件事故と相当因果関係を認めるに足りない。

(四) 休業損害(請求額九一〇万円) 三四三万三六四三円

(1) 原告梅津の主張

原告梅津は、平成四年に年間六〇〇万円であった役員報酬が、本件事故による負傷のため、平成五年には年間五〇〇万円、平成六年には年間二四〇万円、平成七年には年間一五〇万円と激減したとして、年間六〇〇万円と、右の各差額の合計額である九一〇万円を休業損害として主張する。

(2) 裁判所の判断

ア 休業損害の算定方法

原告藤平の休業損害の項(一2(三))で検討したように、原告梅津においても、平成五年以降の役員報酬減少分をそのまま休業損害と認めるのは相当でない。また、原告梅津が、本件事故後症状固定時までの間に、どの程度仕事をしたかは、本件全証拠によるも必ずしも明らかでない。したがって、原告梅津においても、労務の対価に相当する額と、症状固定時までの治療期間中に労働能力が制限された割合を前提に休業損害を算定するのが相当である。

イ 役員報酬中の労務の対価分について

一2(三)(2)で認定したとおり、原告梅津の仕事は経理事務であること、原告会社は、本件事故当時営業損失を出していたにもかかわらず、原告梅津に年間六〇〇万円の役員報酬を支払っていたこと、役員報酬は原告藤平と原告梅津が相談して定めること、平成五年女子賃金センサス旧中・新高卒の五〇歳から五四歳の平均賃金は年間三五〇万七七〇〇円であること(当裁判所に顕著)に加え、従業員の賃金との比較を併せて考えると、役員報酬の八割である年間四八〇万円を労務の対価分とするのが相当である。

ウ 労働能力の制限割合について

証拠(原告梅津本人)によれば、原告会社の事務所と自宅は一緒になっているので、事故後であっても、出社することは可能であったこと、原告梅津は、通院以外の時間は、電話の対応など机に座ってできる仕事は行ったこと、経理事務は十分できなかったことが認められる。

この認定事実及び治療における通院頻度に加え、平成六年五月の時点で、杉浦医師は、原告梅津が就労可能であると判断していたこと、他方、根本医師は、平成七年六月の時点においても、段階的就労が望ましく、就労制限が認められると判断していたこと、最終的に残存した後遺障害は自賠法別表一四級一〇号に該当するものに止まったことに照らすと、原告梅津は、本件事故当日である平成五年九月二六日から平成六年五月末日までの二四八日間は五〇パーセント、その後、症状固定日である平成七年八月三一日までの四五七日間は、平均して三〇パーセントの限度で労働能力の制限を受けたとするのが相当である。

被告は、原告梅津に対しても、労働能力の制限は、本件事故後六か月以内に限られると主張するが、右に照らして採用できない。

エ 具体的算定

以上を前提に本件事故と相当因果関係のある原告藤平の休業損害を算定すると、三四三万三六四三円(一円未満切り捨て)となる。

4,800,000×(248×0.5+457×0.3)/365=3,433,643

(五) 逸失利益(請求額八三一万四八四二円) 一〇三万九〇五六円

すでに検討したとおり、原告梅津の本件事故当時の労務の対価相当分は年間四八〇万円であり、症状固定時(五六歳)から五年間にわたり、五パーセントの限度で労働能力を喪失したといえるから、これを前提にライプニッツ方式(係数四・三二九四)により、年五分の割合による中間利息を控除すると、原告の逸失利益の現価は、一〇三万九〇五六円となる。

4,800,000×0.05×4.3294=1,039,056

(六) 慰謝料(請求額五〇〇万円) 二七〇万円

本件事故の態様、負傷内容、通院の経過、残存する後遺障害の内容など一切の事情を総合すると、慰謝料としては二七〇万円を相当と認める。

(七) 素因減額及び損害のてん補

(一)ないし(六)の損害合計額は八五八万四一六九円であり、すでに検討したとおり、原告梅津の経年性変化を中心とした頸椎及び腰椎の病態が、原告の症状の発現及び経過に寄与した割合は二五パーセントであるから、それに相当する金額を減額すると、六四三万八一二六円(一円未満切り捨て)となる。

原告梅津は、自賠責保険及び被告から合計三三四万四三五二円の支払を受けたので、それを差し引いた残額は、三〇九万三七七四円となる。

(八) 弁護士費用 (請求額二一六万円) 三五万円

認容額、審理の内容及び経過等に照らすと、本件事故と相当因果関係のある弁護士費用は、三五万円を認めるのが相当である。

三  原告会社の損害(争点3)

1  立替損害(請求額八五七万八〇八二円) 認められない

原告会社は、役員報酬として、原告藤平に対し、平成六年に一五〇万円、平成七年に二六〇万円を、原告梅津に対し、平成六年に二五〇万円、平成七年に一四〇万円を支払った(甲三の6・7、四の6・7)。

しかし、一2(三)(3)ウ及び二2(四)(2)ウで認定した労働能力の制限割合に加え、原告らに対して支払われる役員報酬には、利益配当分が存在することをも併せて考えると、これらは、労務の提供がされなかったのに支払ったものとは認められない。

したがって、原告会社の立替損害は認められない。

2  弁護士費用(請求額八五万円) 認められない

右のとおり、立替損害が認められないから、その請求のための弁護士費用は認められない。

第四結論

以上によれば、不法行為に基づく損害金として、次の各金額と、これに対する平成五年九月二六日(不法行為の日)から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由がある。

1  原告藤平 九二七万七三〇〇円

2  原告梅津 三四四万三七七四円

(裁判官 山崎秀尚)

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