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東京地方裁判所 平成9年(ワ)27807号 判決 1999年7月26日

主文

一  原告の請求を棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由

第一  本件請求

原告は、美容外科、形成外科等を診療科目とする医院を開業する医師であるが、被告への入会を希望したところ、被告から正当な理由がないにもかかわらずこれを拒絶され、これにより職業的、社会的及び経済的に不利益を被ったと主張して、被告に対し、不法行為による損害賠償として、三〇〇万円及びこれに対する被告が遅くとも原告の入会を認めることができた日の翌日である平成六年一月一日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求めている。

第二  事案の概要

一  争いのない事実及び確実な書証によって明らかに認められる事実

1(一)  原告は、昭和四七年九月、東京都渋谷区宇田川町<番地略>において診療所を開設、現在同所において診療所「甲野クリニック」(本件診療所という。)を開設している医師である(医籍一四六三二四号)。

(二)  被告は、医道の昂揚、医学、医術の発達普及と公衆衛生の向上とを図り、もって地域社会並びに国民福祉に貢献し、併せて会員の親睦互助を計る目的をもって、医道の振作昂揚に関する事業、医療の普及充実及び社会保険診療の向上達成に寄与する事業、公衆衛生、学校衛生、予防接種及び衛生教育に関する事業、救急及び労災医療に関する事業、医学の振興、教育、調査統計及び広報に関する事業、准看護婦その他医療従事者の教育養成に関する事業、医業経営及び税に関する事業、医事紛争処理に関する事業、会員の福祉及び相互扶助に関する事業、予防接種センターの設置及び運営に関する事業、労災保険事務組合の設置及び運営に関する事業並びにその他目的達成に必要な事業を行う社団法人である。

平成三年一〇月一日現在の被告定款(本件定款という。)には、左の規定が存在する(甲第八号証)。

第二条 本会の会員は、渋谷区内に就業の場所又は住所を有する医師であって、医師の倫理を尊重し、社会の尊敬と信頼とを受け得る者でなければならない。

第三条 会員たらんとする医師は別に定めた様式により入会の手続きをしなければならない。(中略)入会の諾否は会長之を決する。

2  原告は、昭和四七年に被告に入会したが、昭和五九年から昭和六一年分の税金の申告に不正があったことが発覚した後、昭和六三年三月に被告から退会した。

3  原告は、平成五年一二月、被告に対し再入会の申込みをしたが、被告は原告の入会を認めなかった。

4  平成六年七月五日、原告及び同代理人弁護士山口紀洋が、被告会長鈴木聰男及び同副会長小林重高と面談し、原告の入会を認めるよう申し入れたところ、被告は、原告らに対し、被告には親睦団体の側面があること、原告と被告会員とは医師としての価値観が違うので入会は認められないこと、入会拒絶に関しては具体的な理由を述べることはできないこと、及び原告も無理に入会する必要がないと思われることを述べた。

5  原告は、被告に対し、同年九月二日付けで、原告代理人山口紀洋名義の申込書を送付し、被告による入会拒絶は不当であるとして、原告の入会を認めるよう求めたが、被告は右申入れに対する回答をなさず、以後原告の入会を認めていない。

二  争点及び争点に関する当事者の主張

1  争点一

被告が原告の入会を拒絶していることは、違法か、否か。

(一) 原告の主張

(1) 被告は決して単なる親睦団体ではなく、地域医師会の一つであり、地域医師会は社団法人日本医師会(日本医師会という。)の下部組織であって、その社会的意義からすれば被告は公的機関に準じた団体ということができる。したがって、入会諾否の判断に関し被告が有する裁量は極めて限定的なものである。

(2) 被告は、原告に関し、後記(二)の(3)に掲げる入会拒絶事由が存在すると主張する。しかし、本件訴訟に至るまでの交渉過程において、被告は、原告に対し、右の事由を指摘したことは一度もなく、本件訴訟においてこれを初めてもちだしたものであって、これは原告の入会を認めない真の理由ではない。

(3) 被告の主張する右の事由はいずれも被告が厳密に調査したのか否か明白でなく、評価も極めて抽象的であって、入会拒絶事由とはならない。

医療過誤事件の点は、一つは二一年前の事件であり、和解が成立し賠償金を支払って解決しているし、もう一つの事件も一九年前の事件で、一審では原告が勝訴したものの、患者の立場を考えて控訴審で和解した事案である。また、医療過誤を起こしたのであれば、その医師には再発防止のために最新医療情報の提供が必要であり、むしろ被告への入会の必要性を認める事情である。

患者の苦情も、原告は直接確認していないが、原告に対する被告の指導や協力が必要とされる事情である。

美容医療広告の点は、これが直ちに名誉と倫理に反し、入会拒絶理由になるとはいえない。

脱税については、執行猶予期間が経過し、それからも長時間が経っており、原告の謹慎態度が明らかになっているものであって、やはり入会拒絶理由とはならない。

(4) 被告が入会拒絶事由として掲げる原告の不祥事は、被告を初めとする各地の医師会の会員にもみられることであるのに、原告を被告から排除するためにことさら原告への誹謗として主張されており、いわば被告は原告を狙い撃ちしているのである。

(5) 被告が入会拒絶事由として掲げる原告の言動については、被告の入会基準との関係で評価されねばならないが、被告は、その入会基準を明らかにしておらず、その基準が相当か否か判断することができない。

(6) 被告は準公的な組織であり、社会に対する医師全体としての責任と責務を果たすために組織されているのであるから、医師として指導しなければならないものはむしろ入会を許可されるべきである。そして、医師会の制度趣旨に照らせば、特定個人の不祥事は入会拒絶の事由にはならないし、そもそも、特定個人の入会を拒絶することに伴い医師会に生ずる利益、不利益は当該個人に対する入会拒絶の理由とはならない。

仮に、被告による入会拒絶の相当性が、原告が被告に入会することができないことによる不利益と、被告が原告の入会を拒絶することにより得る利益との比較で決せられるとしても、以下のとおり、原告が被告に入会することができないことによる不利益は大きい。

すなわち、地域医師会に入会していないと日本医師会の会員となることができない。日本医師会は広報活動等を通じて医療に関する情報を伝達しており、厚生省も医師会を通じて医療情報を流しているが、原告は被告に入会を拒絶されていることにより、日本医師会の会員となれず、このような情報を得ることができない。また、日本医師会における、保険、年金、税務申告手続における有利な制度や、医療過誤に対する適切な支援を受けられる制度も利用することができない。

また、社団法人日本美容医療協会(日本美容医療協会という。)の正会員となるためには、原則として日本医師会会員であることが必要であり、原告は日本美容医療協会の準会員にしかなることができない。同協会には、美容医療適正認定医師の制度があるが、右認定を受けるためにも日本医師会会員であることが必要であり、原告は右認定医師申請の資格をもたない。

そして、医師会に加入しているか否か、日本美容医療協会の正会員か否か、及び美容医療適正認定を受けているか否かは、医師としての原告に対する社会的信用に大きな影響を及ぼす。

(二) 被告の主張

(1) 被告会長が有する入会諾否の裁量は、これが除名のような制裁処分でないこと、被告は公益社団法人ではあるが任意加入団体であることから、社会通念上著しく不当でない限り認められる。

(2) 本件定款二条、及び「医師倫理に反して会員たるの名誉を毀損したものは、医師審議会の議決を経て会長がこれを戒告又は除名する。」と規定する本件定款四四条の規定から、医師の倫理に反し、被告やその会員の名誉を毀損する者は被告会員たる資格はない。したがって、医師の倫理に反し、被告やその会員の名誉を毀損するおそれのある者に対しては、被告はその入会を拒否することができる。その判断においては、社会通念上著しく不当でない限り、被告会長の裁量が認められる。

(3) 被告が原告の入会を拒絶した理由は以下のとおりである。

第一に、原告は、被告会員であった間、被告が把握しているだけでも二回医療過誤事件を起こし、賠償金を支払っている。

第二に、原告の医療行為や医師としての責任感、誠実性及び医療費請求に関して、たびたび、原告の患者から直接苦情が寄せられ、あるいは消費者センターが原告の患者から苦情を寄せられた旨連絡してきている。

第三に、医療法六九条は、医療機関は同条に掲げられた事項以外を広告することはできない旨定めているが、原告がした美容医療広告は同条に違反し、または同条の趣旨を潜脱している。

第四に、原告は、医師としての収入につき所得隠しで起訴され、被告を脱会した経緯がある。

以上の事情から、被告は、原告の医療行為には営利的な色彩が強く、原告が医療に対する責任感や誠実性に欠け、医師の倫理に反し、被告やその会員の名誉を毀損するおそれがある者に該当すると判断した。

(4) 原告が被告に入会することができなくても、原告に不利益はない。

医師会は任意加入団体であり、組織率は約60.0パーセントである。

医師会会員の利点としては、健康保険診療に関する情報が迅速に入手できることがあるが、美容外科は殆ど全てといってよいほど自費診療であるので医師会会員でないものが多い。日本医師会や被告に入会しなくても医療情報は得られるし、医療賠償責任保険は美容外科には適用がなく、原告には年齢的に日本医師会の医師年金の加入適格がない。日本医師会や被告に入会することで税務上の有利な点があるわけでもない。

また、原告は日本美容医療協会の適正認定医となれないのは、原告が美容外科学会専門医、日本形成外科学会認定医の認定を受けられないという事情によるものであり、被告に入会を拒絶されたこととは無関係である。

2  争点二

原告に生じた損害の有無及びその額。

(一) 原告の主張

原告は、被告の違法な入会拒絶により、生活上に有形無形の損害を受けた。これを慰謝するためには少なくとも三〇〇万円を要する。

(二) 被告の主張

原告の右主張は争う。

三  証拠関係

証拠の関係は、本件記録中の書証目録記載のとおりであるから、これをここに引用する。

第三  争点に対する判断

一  争点一について

1  前記第二の一の1(二)のとおり、被告は、東京都渋谷区内に就業の場所又は住所を有する医師を会員とし、医道の昂揚、医学・医術の発達普及と公衆衛生の向上とを図り、もって地域社会並びに国民福祉に貢献し併せて会員の親睦互助を計る目的をもって、医道の振作昂揚に関する事業その他の事業を行う団体であって、公益社団法人である。

公益社団法人においては、その自主的な規則である定款に基づいて自主的な運営がなされるのであり、その内部関係については、私的自治の原則が適用される。したがって、ある者の入会を認めるか否か、すなわちその者が社員となることを認めるか否かの判断は、当該法人の裁量に委ねられているとみるべきである。しかし、公益社団法人は一定の社会性を有する社団であり、公益社団法人たる団体による入会拒絶は、拒絶された者にとってみれば、当該法人の社員となることにより得られる利益の享受を一切否定されることになるから、右の裁量は、恣意にわたることを得ないものであって、当該法人がその裁量権の行使の結果なした入会拒絶の判断は、それが社会観念上著しく妥当性を欠き、当該法人の設立の趣旨及び事業目的、性格等から考えられる裁量権を認めた趣旨を逸脱し、これを濫用したと認められる場合は右入会拒絶は違法となるというべきである。

2  そこでまず、公益社団法人たる被告の目的及び性格について検討する。

被告が定款で定める目的及び事業は前記のとおりであり、会員の親睦も目的の一つとはしているものの、それが被告の主たる目的ではないといえる。

そして、甲第一三号証、第二七号証によれば、医師を会員とする団体としては、日本医師会、四七都道府県の各都道府県医師会及び被告をはじめとする都市区医師会があり、日本医師会は都道府県医師会の会員によって構成される学術専門団体であり、医道の高揚、医学及び医術の発達並びに公衆衛生の向上を図り、もって社会福祉を増進することを目的としていること、各都道府県医師会は、都市区医師会の会員をもって組織されていることが認められる。被告においても、被告の会員は同時に東京都医師会会員及び日本医師会会員となるとされている(本件定款六条、甲第八号証。)。すなわち被告は、日本医師会を頂点とする医師の団体のシステムの一端をになう存在であり、被告をはじめとする都市区医師会に加入しなければ日本医師会の会員になることができないものである。

更に、被告においては、東京都渋谷区内に就業の場所又は住所を有することが入会の一つの要件とされており、他の都市区医師会でもその入会の要件として地域的限定が存在すると推認される。そうすると、個々の医師にとって加入しうる都市区医師会は極めて限られていることになる。原告についても、原告が被告以外の都市区医師会に加入することができる資格要件を備えていると認めるに足る証拠はない。

以上にみた被告の目的や性格に照らせば、被告が有する入会拒絶の判断における裁量権の範囲を広範に解することはできず、個々の医師の入会を拒絶するには一定の合理的な理由が必要であるというべきである。

しかし、一方、被告をはじめとする都市区医師会や、日本医師会は強制加入の団体ではなく、これらの団体に所属していなければ医師として業務を行えないものではないこと(甲第八号証、弁論の全趣旨)、現に医師全体の日本医師会加入率は約六割である(争いがない。)ことからすれば、被告の裁量権の範囲を極めて限定的に解すべきであるということもできない。

3  そこで、被告主張の原告の入会を拒絶した理由について検討する。

(一) 被告は、原告の入会を拒絶した理由として、原告が被告の会員であった間に、死亡事故を含む医療過誤事件を二回起こして賠償金を支払っていること、原告が被告を退会した後も、原告の患者から被告に対してたびたび苦情が寄せられていること、原告の出す美容医療広告が医療法六九条に違反ないし実質的に違反するものであること、及び昭和五九年度から昭和六一年度分の診療報酬について所得隠しをして脱税で起訴され、有罪判決(罰金と執行猶予付きの懲役)を受けたことから、原告が医師の倫理に反し、被告及び被告会員の名誉を毀損するおそれのある者に該当すると判断したためであると主張している(以上、本件訴訟で被告が原告の入会を拒絶した理由として主張する事由を総合して「本件入会拒絶事由」という。)。

なお、原告は、本件訴訟提起前には、被告は、原告に対し、本件入会拒絶事由を何ら説明せず、本件訴訟に至って初めてこれを主張したものであり、本件入会拒絶事由は被告が原告の入会を拒絶した真の理由ではないと主張する。確かに、本件で取り調べた全証拠によっても、平成六年六月三日に原告及び原告代理人と、被告会長の鈴木聰男及び同副会長の小林重高が面会した際、あるいは、その他本件訴訟提起前に、被告が、原告又は原告代理人に対し、本件入会拒絶事由を説明した事実を認めるに足りない。しかし、原告が入会を拒絶された理由を明らかにするよう求めて直接被告会長らと面会した際やその他の機会において、被告が本件入会拒絶事由を原告や原告代理人に述べず、入会を拒絶した理由として他の事情を挙げたとしても、これをもって本件入会拒絶事由が原告の入会を拒絶した真の理由でないとはいえず、他に原告の右主張を認めるに足る証拠はない。

(二) 本件入会拒絶事由は、本件定款二条が、被告会員は医師の倫理を尊重し社会の尊敬と信頼を受け得る者でなければならない旨規定していることに基づいて、原告には被告への入会の要件がないというものである。

そこで、まず、被告が本件定款二条の要件を満たさない人物の入会を拒絶する運用をとることの合理性の有無について検討する。

被告が医道の昂揚、医学、医術の発達普及と公衆衛生の向上とを図り、もって地域社会及び国民福祉に貢献することを目的の一つとしていることに加え、医師は患者に治療を行い、時には患者の身体に侵襲を加えてその生命を預かる職業であることも考慮すると、個々の医師のみならず、医師という職業一般についても社会的に尊敬と信頼を受けるべきであるとの被告の考えも十分首肯しうるものであるから、被告が本件定款二条の規定を設け、被告や被告に加入する医師が社会的に尊敬と信頼を受ける存在であるとの利益を保持するために、同条の要件を満たさない人物の入会を拒絶する運用をとることには合理的な理由があるといえる。

(三) 次に、被告が本件入会拒絶事由において挙げられている具体的な諸事情をもって、原告は本件定款二条の要件を満たさないと判断したことの相当性の有無について検討する。

(1) 証拠及び弁論の全趣旨によると、昭和五三年一二月一九日本件診療所で原告の治療を受けた患者が左眼を失明する事故が発生し、原告は右患者から損害賠償請求訴訟を提起され、昭和五五年九月二六日、原告が右患者に対し和解金として二〇〇〇万円を支払うことを内容とする訴訟上の和解が成立したこと(乙第三号証の一ないし五)、昭和五五年九月一六日本件診療所で原告により腋臭手術を受けた患者が麻酔によるショックで死亡する事故が発生し、原告は右患者の父母らから損害賠償請求訴訟を提起され、一審では原告の過失が問題とされる行為と患者の死亡との間の因果関係につき立証がないとして右請求が棄却されたが、昭和六一年一月一七日第二審において、原告が解決金として二八〇〇万円を支払うことを内容とする訴訟上の和解が成立したこと(乙第四号証の一ないし六)、原告の患者から被告に対し、昭和六〇年四月二五日本件診療所では保険がきかないと言われた治療について他の病院では保険がきいたとの苦情が、昭和六二年七月三一日本件診療所の診療費が割高であるとの苦情がそれぞれ寄せられ(乙第一三号証の一、二)、原告が被告を退会した後も、原告の患者から被告に対し、数件の苦情が寄せられたこと(乙第一六号証及び弁論の全趣旨)、原告は電話帳や雑誌に、本件診療所所在地と同じ場所に住所をおき、共通の電話番号をもつ「東京脱毛研究所」「渋谷ワキガ・発毛研究所」の広告を出し、その広告において原告の顔写真を載せ、「安全・確実・手軽な脱毛」との見出しを掲げたり、「アメリカ脱毛協会員(カリフォルニア大医学部皮膚科専攻)の専門医の管理ですから安心です。もうすぐ夏!今からでもOKです。お気軽にどうぞ。」との文章を載せたことがあること、本件診療所が所在するビルの入口付近に、本件診療所名と「ワキガ研究所」の名称が併記された医療法六九条所定の広告の制限規定に違反する看板を設置していること、及び本件診療所としてレーザー脱毛の広告を出していること(甲第一四号証、乙第一号証の一、二、四、第一一号証の一ないし三、第一二号証、第三一号証の一ないし三)、原告は、昭和五九年から昭和六一年までの三年間に自由診療で計約一億五九〇〇万円の診療報酬を得ていたのに、約一億三一〇〇万円を隠ぺいし、申告から除外して、約二八〇〇万円と過少申告し、約七二〇〇万円の所得税を脱税したことが昭和六三年三月一四日東京国税局調査査察部の強制捜査により判明し、平成元年一月二六日に所得税法違反の罪で起訴され、懲役一〇月(執行猶予三年)及び罰金七〇〇〇万円の刑に処せられたこと、平成五年一一月ころ右執行猶予期間が満了したこと、そして、右の脱税事件は新聞や雑誌で報道されたこと(乙第二号証の一ないし四、弁論の全趣旨)がそれぞれ認められる。

(2)  右認定の事実によると、原告について認められる右の諸事情は、医師としての倫理に反するのみでなく、高度の職業倫理を求められる医師としての品位を損なうものというべきであって、医学の発達普及や医師の社会的評価の向上を目的とする被告の会員として相応しくない事情ということができるから、原告が被告に入会したものとすると、被告に対する社会一般の信頼、信用を低下させ、被告や被告会員の名誉を害する蓋然性があると認められるから、原告が医師の倫理に反し、被告や被告会員の名誉を毀損するおそれがあるとした被告の判断に合理的理由がないとはいえない。

(四) 原告は、原告が医療過誤事件を起こし、あるいは原告に関して患者からの苦情が寄せられたというのであれば、かえって原告が被告により指導を受けるべき必要や、あるいは被告を通じ最新医療情報を得る必要があるということになり、右の各事実は原告の入会を拒絶する事由とはならないと主張する。

しかし、原告が主張する事情は原告側の事情であって、原告が医師の倫理に反し被告や被告会員の名誉を毀損するおそれがあるとする被告による判断の妥当性を左右しないといえるし、後記のとおり、原告は被告に入会していなければ最新の医療情報を得ることができないとは認められないので、原告の右主張は採用できない。

また、原告は、被告が原告による医療過誤として主張する二つの事故はいずれも発生から二〇年前後も経過し、和解で解決しており、うち一つは一審において原告勝訴の判決が出ていること、美容医療広告はこれが直ちに医師の倫理に反するとはいえないこと、脱税についても執行猶予期間は経過しており、更にそれから相当の時間が経っていることから、いずれの事情も原告の入会を拒絶する理由とはならないと主張する。

しかしながら、被告は、原告について、その治療に際し死亡事故や失明事故を発生させたことがあり、患者から治療に関し苦情が寄せられ、医療法に違反する看板を出し、あるいは脱税で有罪の確定判決を受けたことがあるという事情全体を総合して、原告には医師の倫理に反し被告や被告会員の名誉を毀損するおそれがあると判断したのであって、被告の判断に合理的な理由がないとはいえない。

更に、原告は、被告が主張するような事由は被告会員にもみられることであるのに、原告に対してのみ入会を拒絶しており、原告をいわば狙い撃ちしたもので不当であるとも主張する。しかし、本件で取り調べた全証拠によっても、被告について、原告が主張するような不当な意図があるとは認められない。

4  右のとおり、被告が、原告には医師の倫理に反し被告や被告会員の名誉を毀損するおそれがあると判断し、原告の入会を拒絶したことに合理的理由がないとはいえない。そこで、被告による入会拒絶により、原告が被ることとなる不利益について検討する。

(一) 被告への入会を拒絶されることにより、その地域における病院又は診療所の開業や医師としての業務の継続が制度上、あるいは事実上不可能となるというのであれば、医師にとってその不利益は極めて大きい。

しかし、前記のとおり、被告は強制加入団体ではなく、被告への加入を拒絶されることによって医師の資格を剥奪されるとか、医業遂行が不可能となることはない。

そして、原告は昭和六三年三月に自ら被告を退会した後も、従前と同様に本件診療所において業務を継続していたことが認められる上(甲第二二号証)、原告は、平成五年一二月以来被告への再入会を申し込みながらこれを拒絶され続けている今日においても右業務を継続している。

(二) 前記のとおり、日本医師会会員となるには都市区医師会会員であることが必要であるから、原告は、被告への加入を拒絶されていることにより、日本医師会会員になることができないと認められるから、これによって、原告は、日本医師会の事業活動に参加することができず、同会が設けている制度を利用することもできない。

しかし、日本医師会も強制加入団体ではなく、これに加入していないことにより医業遂行が不可能とはならない。また、前記のとおり、原告は昭和六三年に自ら被告を退会し、それに伴い日本医師会の会員たる資格も喪失しているが、それ以後も本件診療所における業務を継続している。

原告は、日本医師会は様々な方法で広報活動をしており、原告のような個人開業医にとっては、日本医師会からの情報が唯一確実な情報源であり、同医師会に入れなければ業務に決定的な不利益を被ると主張する。

しかし、甲第二七号証、第二八号証、第三〇号証、第三一号証、乙第二二号証の一、二、第二三号証の一、二、第二四号証の一、二、第二五号証の一、二、第二六号証の一、二、第二七号証の一、二、第二九号証、第三〇号証によれば、日本医師会は定期刊行物を発行して医療に関する情報を伝播させる活動をし、また、官公庁からの依頼文書を、日本医師会会長名の文書として都道府県医師会宛に発信することが行われていることが認められるものの、厚生省や製薬会社等から各医師のもとに直接送られてくる医療情報も存在すること、日本医師会が広報活動を通じて提供している情報を日本医師会に加入していない医師が得る手段が存在することが認められる。更に、前記のとおり、全医師における日本医師会の加入率は約六〇パーセントであって、同医師会に加入していない医師も多く存在する上、乙第一六号証及び弁論の全趣旨によれば、平成一〇年一二月末現在で、被告会員のうち美容外科の医師は六人であるのに、同年三月現在で、渋谷区内で美容外科を開業していながら被告に入会しておらず、ひいては日本医師会にも入会していない医師が原告以外に二一人いることが認められ、これらの事実も併せれば、原告は日本医師会に入会できないことにより、医療情報の入手に多少の困難は生じ得るとしても、医業遂行に支障を来すことはないと推認される。

また、原告は、被告や日本医師会に入会していれば、医療過誤に対し適切な助言を受けることができ、保険診療請求手続を代行してくれ、医師年金に入ることができ、税制に関しても助言を受けられるのに、原告はこれらの制度を利用できないと主張する。しかし、乙第一六号証、第二〇号証、第二一号証及び弁論の全趣旨によれば、日本医師会医師賠償責任保険はそもそも美容外科には適用されないこと、保険診療制度は日本医師会や都市区医師会に入会していなくても利用できる上(健康保険法四三条の五)、美容外科では自費診療が多いこと、原告は平成五年一二月に被告への再入会を申し込んだ時点で日本医師会の医師年金の加入資格を有していなかったことが認められ、原告に一定の利便を受けられないという不利益はあったとしても、原告の医業遂行が困難となるとか、被告や日本医師会に加入している医師と格段の違いが生じるとはいえない。

(三) 原告は、被告に入会を拒絶され、日本医師会会員になれないことにより、原告は日本美容医療協会の正会員になれず、そのために、原告は同協会の提供する医学情報を入手することができない上、同協会が設けている美容医療適正認定制度による適正認定を受けることができず、美容外科医としての信用が大きく低下していると主張し、原告は甲第二五号証及び第二六号証(いずれも原告作成の陳述書)において、右主張にそう供述をするとともに、本件診療所の社会保険及び国民健康保険の請求額が減少しているのは、右信用低下によって診療報酬が減ったためである旨の供述をしている。

甲第一〇号証、第二一号証及び乙第一八号証、第二〇号証によれば、個人開業医が日本美容医療協会の正会員となるには日本医師会会員であることが要件とされていること、美容医療適正制度においては、適正審査の申請をするには、医療施設の開設者又は管理者は日本美容医療協会正会員かつ日本医師会会員であることを要するとされていること、原告は、日本医師会会員でないことが日本美容医療協会に判明したために、平成一〇年四月一日付けで同協会の正会員から準会員に資格を変更されたことが認められる。これらの事実によれば、原告は、美容医療適正認定の審査申請の資格がないと認められ、また、日本美容医療協会における活動に何らかの制約を受けていると推認される。

しかし、乙第一八号証によれば、日本美容医療協会においては、準会員に対しても協会速報を送付しており、同協会から一定の情報を受け取ることができると認められる。

また、原告は美容医療適正認定をこれまで受けたことはないのであり、同認定を受けていないことによる不利益があったとしても、その責を被告に負わせることはできない。

甲第二二号証によれば、本件診療所における社会保険及び国民健康保険の診療報酬請求額が昭和六二年から平成六年にかけて低下傾向にあることが認められる。しかし、前記認定のとおり、美容外科においては自費診療が多いと認められるので、右請求額の低下が直ちに診療報酬の低下を示すものとはいえない上、前記認定のとおり、原告が昭和五九年から昭和六一年までに多額の所得隠しを行っていたことが昭和六三年三月一四日に判明したことや、日本美容医療協会における原告の資格が正会員から準会員に変更されたのは平成一〇年四月一日であることからすれば、原告が日本美容医療協会の正会員になることができないために原告の診療報酬収入が低下したという関係は認められない。その他、日本美容医療協会の正会員でないことにより、原告が具体的にいかなる不利益を被ったかを明らかにする証拠はない。

5 以上のとおり、被告が本件入会拒絶事由により原告の入会を拒絶したことには合理的理由があると認められるのに対し、原告は被告への入会を拒絶されることにより一定の利益を享受することができず、あるいは不利益を被る結果となるが、右の不利益の程度は原告の医師としての業務遂行を困難とするような大きな不利益ではないと認められる。

したがって、被告がした原告の入会拒絶の判断には裁量の範囲を逸脱した違法があるとはいえず、右入会拒絶が原告に対する不法行為となるとは認められない。

原告の争点一に対する主張は理由がない。

二  結論

以上の認定及び判断の結果によれば、争点二について検討するまでもなく、原告の本件請求は理由がない。よって、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官渡邉等 裁判官中山孝雄 裁判官水野正則)

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