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東京地方裁判所 平成8年(行ウ)7号 判決 1997年3月27日

原告

株式会社シムラ

右代表者代表取締役

志村隆夫

右訴訟代理人弁護士

森賢昭

梶尾節生

被告

中央労働委員会

右代表者会長

山口俊夫

右指定代理人

菅野和夫

近藤紘一

井上博夫

瀬野康夫

被告補助参加人

総評東南地域合同労働組合

右代表者委員長

小川亮

右訴訟代理人弁護士

丹羽雅雄

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由

第一請求

被告が中労委平成五年(不再)第二〇号事件について、平成七年一二月六日付けでなした不当労働行為救済命令はこれを取り消す。

第二事案の概要

本件は、原告が、団体交渉実施とポストノーティスを命じた地方労働委員会命令を維持する旨の被告命令を不服として、その取消しを求めた事案である。

(争いのない事実及び証拠により認定した前提事実)

一  当事者等

1 原告会社は、肩書地において革製品の反物販売を営んでおり、その従業員は本件初審命令における審問終結時約九〇名である。原告会社では、雇用期間一か月の契約を更新する方式で雇用している従業員を「アルバイト」と称している。

2 被告補助参加人(以下「被告補助参加人組合」という。)は、主に大阪市東住吉区とその周辺区で働く労働者によって昭和六三年一一月一六日に結成された労働組合であり、本件初審命令における審問終結時点で、その組合員数は四五名である。

二  本件命令の存在

1 被告は、原告会社を再審査申立人とし、被告補助参加人組合を再審査被申立人とする平成五年(不再)第二〇号不当労働行為再審査申立事件について、平成七年一二月六日付けで「本件再審査申立てを棄却する。」との命令を発し、右命令は同月二二日原告会社に交付された。

2 右再審査申立事件は、大阪府地方労働委員会の、平成二年(不)第二二号不当労働行為救済申立事件(申立人・被告補助参加人組合、被申立人・原告会社)における平成五年三月八日付け救済命令(主文は左記のとおり。)に対し、原告会社がこれを不服として被告に再審査申立てをしたものである。

(一) 被申立人は、申立人から平成二年一月二三日付けで申入れのあった組合員仲川和良に対する解雇及び労災責任に関する団体交渉に誠意をもって速やかに応じなければならない。

(二) 被申立人は、申立人に対し、下記の文書を速やかに手交しなければならない。

年 月 日

総評東南地域合同労働組合

委員長山中真清殿

株式会社シムラ

代表取締役志村隆夫

当社が、貴組合から平成二年一月二三日付けで申入れのあった貴組合員仲川和良氏に対する解雇及び労災責任に関する団体交渉に応じなかったことは、大阪府地方労働委員会において労働組合法七条二号に該当する不当労働行為であると認められましたので、今後このような行為を繰り返さないようにいたします。

三  本件団交拒否の経過

1 団体交渉に至る経緯

(一) 仲川和良(以下「仲川」という。)は、昭和五九年三月三〇日、原告会社が株式会社に組織変更する以前の個人経営の企業であった志村商会にアルバイトとして採用された。仲川の雇用契約の内容は、<1>仕事の内容は配送センターにおける商品管理、入出庫及び付随業務、<2>就業時間は午前九時から終業時まで、<3>休日は日曜日、祝日、第三土曜日、その他の社休日、<4>雇用期間は一か月であり、再雇用契約希望者は、上司に契約書用紙を毎月二〇日までに請求し、署名押印のうえ、所属の長に提出するものとする、というものである(<証拠略>)。仲川の具体的な仕事内容は、倉庫内で伝票の指示により合成皮革のロールを引き出し、カットしたうえ、出荷する作業である。

なお、志村商会の株式会社への組織変更の年月日は、昭和六〇年六月二〇日である。

(二) ところで、仲川は、昭和六一年一一月二二日、共和リハビリテーション診療所において、側彎症及び背筋痛と診断された(<証拠略>)。

(三) 原告会社の総務課長石田信博は、昭和六二年二月二三日、仲川に対し解雇通告を行った。

(四) 原告会社は、同年三月二〇日、仲川を解雇した。

(五) 仲川は、同年四月六日及び一四日、医療法人緑風会病院において、頚椎症及び背部痛と診断された(<証拠略>)。

(六) 仲川は、同年八月、東大阪市所在の三晃工業株式会社にアルバイトとして就職し、アルミのエアコン部品の組み立て作業に従事していたが、同社を昭和六三年五月末日退職した。

(七) 仲川は、昭和六二年一一月一四日、志田鍼灸院において、腰部稔挫の診断を受け、同院に同月三〇日まで通院した。(<証拠略>)。

(八) 三晃工業株式会社を退職した後、仲川は、原告会社での仕事により体調を崩し働けない状態になったにもかかわらず解雇され、原告会社に対して何も言えないのは納得がいかないとして、住所地近くの弁護士事務所に法律相談に赴いた。仲川の相談に応じた弁護士は、一か月契約の「アルバイト」という名称でも、三年間も働いているのだから解雇となる、現在まで体調が悪化して働けないということであるから、まず、労働者災害補償保険(以下「労災保険」という。)を申請するのが先決である旨回答した。

(九) 仲川は、昭和六三年六月一八日、医療法人南労会松浦診療所(以下「松浦診療所」という。)において、治療を受け始めた。

(一〇) 仲川は、同年一二月二二日、松浦診療所において、胸椎の変形性脊椎症、頚・項部・胸・背部の筋炎及び結合繊炎と診断され、合成皮革のロールを引き抜き、所定の場所まで担いで運搬する労働の結果生じたものであると診断された(<証拠略>)。

(一一) 仲川は、平成元年一月、被告補助参加人組合に加入し、天王寺労働基準監督署(同年四月に同監督署は廃止され、同月以降、同監督署の管轄区域は、大阪中央労働基準監督署(以下「中央労基署」という。)の管轄区域となった。)に労災保険の療養補償給付の請求を行った。

(一二) 原告会社は、平成元年五月一六日、中央労基署に対し、労災保険請求書様式第五号<6>の事項は証明できないとする左記の理由書を提出した。

(1) 勤務状況の悪い点に関する当時の本人の申し立ては、低血圧なので朝起きができないため勤務状況が悪いと言っていた。

(2) 腰痛に関する不審点は、原告会社在職中は、腰が痛いなどの本人からの自覚症状について耳にした社員が一人もいない。

(3) 二年近く前の腰痛に関して、今頃になって申し立てていること。

(4) 原告会社の商品管理の仕事の中で、コンテナ入庫時の荷入れ作業、毎夕方の発送品の運送屋の車への積み込み作業が一番忙しく労働量も多いが、仲川はこの作業に一度も従事していないこと。

(5) 原告会社の商品のうち塩化ビニール製品は重量が二五ないし二六キログラムもあるが、仲川はこの重い塩化ビニールを持つことは殆どなく、軽い合成皮革製品専門に運ぶことが多かったこと。

(一三) 中央労基署は、同年六月二三日、仲川の労災保険の給付申請に対し、仲川の従事していた業務内容を調査の上、原告会社での就労による後発的な疾病であるとして労災認定を行った。

(一四) 中央労基署は原告会社に対し、同年七月一八日、仲川の労災認定に関して、<1>昭和六三年六月一八日以降の治療については、原告会社での後発的な疾病である変形性脊椎症によるものと認め労災認定したこと、<2>原告会社に約三年間就労したこと、何キログラム以上が重量物であるというような規定がないこと、本人の体質等も勘案し、事実と照らし合わせ後発的な疾病と認めたこと、<3>通院費及び昭和六三年六月一八日以前の治療に関しては、給付対象と認めないことを電話で報告した。

2 原告会社・被告補助参加人組合間の団体交渉

(一) 被告補助参加人組合は原告会社に対し、平成元年八月七日、仲川の被告補助参加人組合への加入を通知するとともに、左記七項目についての要求書(<証拠略>)を提出し、同日、原告会社の本社二階会議室において、第一回団体交渉が開催された。

(1) 原告会社は、原告会社の業務によって変形性脊椎症に被災した組合員仲川に対し必要な労災保険上の手続きをとらず解雇したことを仲川に謝罪するととともに、仲川の解雇を撤回すること。

(2) 原告会社は、仲川が解雇された昭和六二年三月二一日から平成元年八月七日までの未払賃金を支払うこと。

(3) 原告会社は、労災被災と解雇に伴う精神的肉体的苦痛に対し、仲川に慰謝料を支払うこと。

(4) 原告会社は、仲川が労災保険の療養補償が継続している昭和六三年六月一八日以降の治療に伴う通院費を支払うこと。

(5) 原告会社は、労災保険給付が打ち切られた平成元年七月二六日以後の針灸治療費の仲川の負担分を支払うこと。

(6) 原告会社は労災保険の休業補償の手続きを直ちに行うこと。

(7) 原告会社は労基法、労災保険法等の労働法を遵守し、職場改善を行うこと。

団体交渉は、原告会社の申入れで二〇分と時間を限って開始されたが、結局は約一時間二〇分にわたって行われた。その際、被告補助参加人組合は右要求事項につき趣旨説明を行ったが、これに対し、原告会社社長志村隆夫(以下「志村社長」という。)は、仲川の労災認定は原告会社とは一切関係ないので司法の場で争うことを検討している旨主張し、次回からの団体交渉は、原告会社の顧問弁護士の森賢昭(以下「森弁護士」という。)に任せる旨述べ、被告補助参加人組合もこれを了承した(<証拠略>)。

(二) 原告会社から被告補助参加人組合に対し仲川の出勤状況を説明したいとの申入れにより、平成元年八月二五日、原告会社側は志村社長らが出席の上、原告会社にて、第二回団体交渉が行われた。原告会社は、右団体交渉において、仲川の出勤状況が非常に悪いことをグラフを用いて説明した。これに対し、被告補助参加人組合は、アルバイトについては厳格な時間管理がされていないことを指摘し、他のアルバイトの出勤状況等について資料の提出を申し入れた。後日、原告会社は弁護士と相談した結果、同資料を提出する必要はないとしてこれを拒否した(<証拠略>)。

(三) 第三回団体交渉は、同年九月一二日、原告会社側は森弁護士、総務部係長柴田豊が出席の上、森弁護士の事務所で行われた。被告補助参加人組合は同弁護士に対し、前記の要求趣旨の説明を改めて行い、同弁護士は調査を行う旨述べた(<証拠略>)。

(四) 森弁護士は、同年一〇月一二日、被告補助参加人組合の前記の要求に対し、<1>仲川の解雇当時、仲川から原告会社に対し、業務によって被災したという申し出は全くなかったため、労災保険上の手続きをしなかったのであり、仲川の勤務状況については、勤務開始当初から良好ではなく(勤務状況の推移から判断して疾病の影響を受けた様子もない)、再三の注意によっても改まらなかったので解雇した、<2>解雇には正当な理由があり賃金を支払う義務はない、<3>解雇及び労災問題について、原告会社としては有責事由がないので、慰謝料を支払うべき義務はない、<4>労災申立ての疾病に業務起因性があるとは認められず、通院費、針灸費用を支払うべき義務はない、<5>労災保険上の手続きをとる義務はないが、仲川が、過去の在職者として通常の手続で給与証明の交付を求められることについては、特段拒否するつもりはない旨の回答書(<証拠略>)を送付した。

(五) 第四回団体交渉は、同年一〇月二三日、森弁護士の事務所において行われた。被告補助参加人組合は原告会社に対し、労災認定のとおり、仲川には原告会社の業務に起因する後発的疾病が生じたのであり、損害賠償、慰謝料等の補償を行うよう再度要請した。これに対し、同弁護士は「もう一度原告会社に対して話をしてみる。」旨述べた。

(六) 森弁護士は被告補助参加人組合に対し、同年一一月二一日、「<1>仲川の昭和六一年九月二一日から同年一二月二〇日まで給与支給証明書については同封御送付いたします。<2>慰謝料その他金銭給付については前回回答書において明らかにしたように、仲川の労災申立ての疾病については、原告会社における勤務に業務起因性はないので、金銭給付の要求には応じられない。<3>アルバイトの出勤状況については、被告補助参加人組合の見解と原告会社側の見解は、基本的には大きく食い違っているので、現状のままでは解決の手がかりを見出すことも困難であり、強いて解決の方向を考えると司法的判断を仰ぐほかなく、被告補助参加人組合が提出を求める資料等はその際に明らかにする。」旨の回答書(<証拠略>)を送付した。

(七) 仲川は、平成元年一二月、前記給与証明書を中央労基署に提出し、同年七月に遡って労災保険の休業補償を受けることになった。

3 本件団交の申入れ及びその拒否

(一) 被告補助参加人組合は原告会社に対し、平成二年一月二三日、「仲川が光島課長に診断書を示していたことや解雇問題で石田総務課長と労災かどうかを話し合ったこと等から、仲川が労災による解雇を受けたのは明らかであり、こうした事実に目を向けない原告会社の前記回答書の内容は、被告補助参加人組合として納得できるものではない。」として、仲川に対する解雇及び労災責任を議題とする団体交渉(以下「本件団交」という。)を同月三一日までに開催するよう申入書(<証拠略>)により申し入れた。

(二) 被告補助参加人組合は、原告会社から右申入書に対する回答がなかったことから、同年二月三日、本件団交を同月一〇日までに開催するよう、再度、原告会社に対し、申込(ママ)書(<証拠略>)により申し入れた。

(三) 原告会社は、同月五日、被告補助参加人組合の本件団交申入れに対し、左記のとおりの回答書(<証拠略>)を送付した。

(1) 団交開催の申入れについて平成元年八月七日及び同月二五日に原告会社において、仲川を含め被告補助参加人組合との間で話合いを行った。このなかで明らかにしたように、仲川の疾病が業務に起因するとは考えられず、また仲川の解雇も正当事由によるものと確信しているので、改めて団交を開催する必要はない。

(2) 株式会社シムラ本社周辺のビラ貼り行為について

「ユニオンとうなん」名義で、本社周辺の電柱・交通標識等に、「労災隠しをするな」「労災を認めよ」「謝罪せよ」等のビラを大量に貼付しているが、児戯に等しいこの行為は原告会社周辺の地域住民に不快感を与えるのみならず不法な行為と思われるので、厳重に抗議をするとともに、これ以上のビラ貼り行為をしないよう強く申し入れる。

(3) 光島課長に示したといわれる診断書について

仲川が、光島課長に診断書を提出したという事実はなく、また退職時や就業期間中も腰痛について一言も言っていない。仲川は軽い作業しかしておらず、また、他の社員に腰痛は生じていない。欠勤・遅刻が多く勤務状況不良で退職を勧告した際も、仲川は、「どうしても、あと二か月か三か月勤務させて下さい。」と言うのみであった。

(四) 被告補助参加人組合は、平成二年二月一五日、原告会社の右回答書に対し、<1>数度の話合いを持ったので改めて団交を開催する必要はないとして団体交渉を拒否することは不当労働行為であること、<2>ビラ貼り行為については、勤労者の団結権を原告会社に対して行使したものであること、<3>労災認定で明らかなとおり、仲川及び被告補助参加人組合は、仲川の疾病は業務に起因すると考えているので、原告会社において、万が一異論があるのであれば具体的に反論すべきであること、<1>仲川は、共和リハビリテーションにおいて、昭和六一年一一月二二日、側彎症・背筋痛の診断書を受け取っており、これは仲川の欠勤・遅刻の時期に付合すること、<5>仲川の勤務内容については、原告会社の商品は、重い塩化ビニールが主力であり、当時軽い反物があった四階での従事時間は、多くても一日当たり一時間程度であったこと、更に軽量物であるからといって、出荷商品が商品の山の下にあれば非常に無理な姿勢で作業せざるを得ないことを無視していること、<6>仲川は、光島課長に診断書を提出したので、原告会社は解雇を翻意していること等を指摘した上で、原告会社の右回答書では、誠意をもって対処したとはいえないので、同月二一日までに、本件団交を開催するよう再度申し入れた。

(五) 被告補助参加人組合は原告会社に対し、平成二年二月二三日、「抗議文及び団体交渉申入書」(<証拠略>)により、仲川が労災であることは労災認定により明らかであり、仲川が職場の同僚に痛みを訴えていたことは被告補助参加人組合の調査でも明らかであること、被告補助参加人組合のビラ貼付は正当な組合活動であるとしたうえで、<1>本件団交を同年三月三日までに開催すること、<2>仲川に謝罪すること、<3>労災に伴う慰謝料、通院費等を支払うべき旨を申し入れた。

(六) 原告会社は、同年三月二日、右「抗議文及び団体交渉申入書」に対し、<1>被告補助参加人組合とは十分な話合いをつくし、仲川の勤務状況、疾病の原因等について、双方に事実認定、法的評価等の点で見解の相違があるが、その当否については、裁判所等の公正な機関の裁定を待つほかはない、<2>共和リハビリテーションの診断書については、仲川が当時提示した事実はない、<3>仲川の勤務状況が悪いのは入社時からである旨の回答書(<証拠略>)を送付した。

(七) 被告補助参加人組合は、同月七日、大阪府地方労働委員会に対し、仲川の解雇撤回及び原職復帰並びに誠実団交応諾についてのあっせん申請を行ったが、同年四月一二日、原告会社は、<1>解雇の撤回要求に応じる意思がなく、<2>被告補助参加人組合とは既に十分話合いをし、かつ原告会社側として再度の事情調査を行い、さらに顧問弁護士にも事実確認をしてもらったうえでの見解を数次の口頭及び文書回答で明らかにしてきており、したがって、双方の見解の違いが明確でこれ以上の進展が期待できないため、さらに団交を重ねる理由は認められないとし、あっせんを辞退した(<証拠略>)。

(八) 被告補助参加人組合は原告会社に対し、同年五月一七日、<1>原告会社は、仲川は入社時から勤務状況が悪いと言うが、原告会社は、被告補助参加人組合が要求している他のアルバイト全員のタイムカードの提示を拒否していること、<2>仲川が在職中から社員に対し痛みを訴えており、診断書も提示していること、<3>「公正な第三者機関」を要求しながら大阪府地方労働委員会のあっせんを拒否することは不真面目な態度であると主張するとともに、同月二五日までに本件団交を開催するよう要求する団交要求書(<証拠略>)を原告会社に送付した。

(九) 原告会社は、同月二三日、右団交要求書に対し、仲川の件についてはこれまでの話し合いによって争点は明確になっており、<1>仲川の勤務状況の悪さが労災に起因するとは考えられない、<2>仲川が在職中に社員に愁訴を申し立てたり、診断書を提示した事実はない、<3>地労委のあっせん辞退も、被告補助参加人組合の要求には応じることができないという原告会社の見解からすれば当然の措置である、<4>既に原告会社としては誠実な話し合いを経由している以上、無意味な繰り返しにしかならないので、被告補助参加人組合の団交要求には応じられない旨の回答書(<証拠略>)を送付した。

また、被告補助参加人組合は、その後二回にわたって団体交渉要求書(<証拠略>)を原告会社に提出し、さらに、同年六月一九日付けで抗議文(<証拠略>)を送付したが、原告会社はこれらに回答しなかった。

4 本件初審命令後の経過

(一) 被告補助参加人組合は原告会社に対し、本件初審命令後である平成五年三月一一日から同年一一月五日にかけて、計四回にわたり、「団体交渉開催要求書並びに抗議文」(<証拠略>)を提出したが、原告会社は、現時点においても、被告補助参加人組合との本件団交要求に応じていない(弁論の全趣旨)。

(二) 原告会社は、平成六年二月一九日、被告に対して、仲川以外のアルバイト一七名に係る昭和六一年一月から仲川の解雇に至る昭和六二年三月までの間のタイムカードを書証(<証拠略>)として提出した。しかし、仲川が入社した昭和五九年から昭和六〇年一二月までの期間の他のアルバイトのタイムカードについては、探したが見当たらないとして、提出されなかった(<証拠略>)。

(争点)

原告会社が本件団交の申入れを拒否したことが、「使用者が雇用する労働者の代表者と団体交渉をすることを正当な理由がなくて拒むこと。」(労働組合法七条二号)に該当するか否か。

(当事者の主張)

一  被告

1 本件団交の申入れは、仲川の解雇と労災責任を議題とするところ、具体的には第一回団体交渉において被告補助参加人組合が要求した七点の事項である。

本件団交の申し入れに至るまでの四回の団体交渉の経過をみると、仲川の解雇問題に関しては、原告会社は第二回団体交渉で解雇理由とした仲川の出勤状況の悪さをグラフを用いて説明しているものの、被告補助参加人組合が他のアルバイトの出勤状況等に関する資料の提出を要求したにもかかわらず、その必要がないとか司法判断を仰ぐ際に提出するとして、これに応じていない。また、仲川の労災責任の問題に関しては、原告会社から団体交渉の委任を受けた弁護士は、第四回団体交渉において、損害賠償・慰謝料等に係る被告補助参加人組合の要請につき、「もう一度原告会社に対して話をしてみる。」旨を述べたものの、原告会社は、文書をもって、従前の主張どおり応じられないと回答したのみで、被告補助参加人組合に対し、検討結果の具体的説明をしていない。そして、本件団交の申入れに係る七項目のうち、仲川の休業補償給付の手続については、第四回団体交渉後の原告会社による給与支給証明書の郵送により解決をみたが、その余の事項については未だ十分な話合いが行われていない。

以上からすれば、本件団交の申入れに至るまで、両問題につき、団体交渉において原告会社が被告補助参加人組合との話合いに誠実に対応していたとも、十分な話合いが尽くされていたとも認められない。

2 本件団交の申入れに対する原告会社の対応をみるに、自らの主張にかたくなに固執して、改めて団体交渉を開催する必要はないとの文書回答に終始し、また、大阪府地方労働委員会によるあっせんをも辞退している。

3 以上を総合すれば、原告会社は、上記両問題に係る団体交渉を正当な理由なく拒否したと認められる。

二  原告会社

1 本件団交の申入れに係る七項目は、いずれも労災の業務起因性ないし解雇の有効性に関連しており、原告会社は具体的な根拠を示して主張をしていたものの、両者間でその判断の前提事実の把握ないし認識が基本的に異なっていたため、それ以上に話し合いをしても進展は期待できない状況にあった。

したがって、仲川の休業補償給付の手続以外の事項については未だ十分な話し合いが行われていないとの被告の判断は誤っている。

原告会社は被告補助参加人組合に対し、第一回団体交渉において、<1>原告会社が仲川から腰痛や背部痛について聞いたことはなく、光島が仲川に「なぜ昼から来るのか。」と尋ねた際も、仲川の返答は「低血圧で朝が起きにくいので。」というものであったこと、<2>仲川と同じ職場で、脊椎変形症になった者はいないこと、<3>仲川は軽い仕事をしていたこと、<4>仲川が原告会社退職後二年も経過してから労災申請をしているのは不自然であること、<5>原告会社の健康診断個人票によると、仲川は医師に対し、昭和六〇年一〇月一日及び昭和六一年九月九日の健康診断時、自覚症状及び他覚症状を訴えていないこと、<6>勤務状況の推移から判断して疾病の影響を受けた様子がないこと、<7>仲川は奈良県桜井市の自宅から、長距離を自動車で通勤しており、解雇以前に、遠距離ドライブに出かけたこともあったなど、具体的な根拠を示して業務起因性が認められない旨主張しているのである。

2 原告会社は、十分な具体的な根拠を示した上で、本件労災の業務起因性が認められないこと及び解雇が有効であることについての主張をしていたのであって、この原告会社の対応を自らの主張に頑なに固執するものと非難することは、原告会社が把握し認識した事実及び判断を放棄せよというに等しく不当である。

被告は、被告補助参加人組合が他のアルバイトの出勤状況等についての資料の提出を要求したにもかかわらず、原告会社がこれに応じなかったことをもって、正当な理由のない団体交渉拒否と認める一要素としている、しかし、仲川の出勤状況は当初から悪く、昭和六一年一一月二〇日ころ、光島が仲川に対し契約更新拒絶(解雇)を通告した日の夕方、仲川が志村社長と会い、「今辞めさせられたら困る。」と懇願したことから、二か月くらい様子を見ることになったものの、欠勤日数・遅刻日数は、同年一二月は四日と七回、昭和六二年一月は四日と四回、同年二月は四日と一〇回と、より多くなったことから、同年二月二三日、あらためて契約更新拒絶を通告したのであって、もはや他のアルバイトの出勤状況等と比較するまでもなかったことは明らかであり、その資料を提出しなかったとしても非難されるものではない。

3 本件では、原告会社と被告補助参加人組合との間で基本的な見解の相違があり、強いて解決を図ろうとすれば、裁判手続による各種の証拠収集が必要であり、司法的判断を仰ぐほかないのであるから、このような状況下で、団体交渉に応じなくても、不当労働行為にはあたらない。

三  被告補助参加人組合

1 原告会社と被告補助参加人組合との間で見解の相違があったとしても、両者間でその判断の前提事実の把握ないしは認識の相違について吟味し、議論を行うことは十分に可能である。

2 原告会社が疾病の業務起因性が認められないとして示してきた根拠は、それ自体、極めて薄弱である。被告補助参加人組合はこの点を度々指摘してきたにもかかわらず、原告会社は「従前の主張により被告補助参加人組合の要求には応じられない。」との回答に終始しており、このことは検討結果につき、被告補助参加人組合に具体的説明をしていないと批判されてしかるべきである。

3 原告会社と被告補助参加人組合との間では、本件についての十分な議論を尽くしていないことは明らかである。それにもかかわらず、裁判手続によってしか解決が図れないとして団体交渉を拒否し続けているのは、原告会社が、本件の解決に対し、極めて不誠実であり、不当に解決の引き延ばしを行っているといえる。

第三争点に対する判断

本件にあっては、原告会社の本件団交拒否の不当労働行為性が争点となっているところ、そもそも使用者は、自己の主張を労働組合が理解し、納得することを目指して、誠意をもって団体交渉に当たらなければならず、労働組合の要求に対し譲歩する余地がなくなったとしても、そこに至る以前においては、労働組合に対し、自己のよって立つ主張の根拠を具体的に説明したり、必要な資料を提示するなどして、誠実に交渉を行う義務があるのであって、使用者には、合意を求める労働組合の努力に対しては、右のような誠実な対応を通じて合意達成の可能性を模索する義務がある。したがって、使用者が、右義務を尽くさないまま団体交渉を打ち切り、これを拒否することは、団体交渉を「正当な理由がなく拒むこと」(労働組合法七条二号)にあたり、不当労働行為に該当する。しかし他方、使用者には、労働組合の要求ないし主張を容れたり、それに対し譲歩をしなければならない義務まではないから、労使双方が当該議題についてそれぞれ自己の主張・提案・説明を出し尽くし、これ以上交渉を重ねても進展する見込みがない段階に至った場合には、使用者としては誠実交渉義務を尽くしたといえるのであって、使用者は団体交渉を打ち切っても、「正当な理由がなく拒むこと」(労働組合法七条二号)にはあたらない。

そこで、本件につき検討するに、団体交渉の回数及び期間、原告会社の提案内容、相手方説得の努力、交渉の場の内外における態度等は前記のとおりであり、これらの事実に照らせば、当裁判所も被告の判断と同様の見解に立つのであって、いまだ、労使双方がそれぞれ自己の主張・提案・説明を出し尽くしたとはいえないから、原告会社の本件団交の拒否は「正当な理由がなく拒むこと」にあたり、労働組合法七条二号に該当する。

この点、原告会社は、本件団交の申入れに係る七項目は、いずれも労災の業務起因性ないし解雇の有効性に関連しており、原告会社は具体的な根拠を示して自己の主張をしたのに、両者間でその判断の前提事実の把握ないし認識が基本的に異なっていたことから、それ以上に話し合いをしても進展は期待できない状況であったと主張する。

なるほど、原告会社が仲川は労災にあたらないと判断して、その判断の前提事実を被告補助参加人組合に対し説明し、また、被告補助参加人組合が原告会社の右説明に反対し、鋭く意見を対立させていた事実は、前記のとおりである。

しかしながら、使用者は、団体交渉において、単に労働組合の要求や主張を聞き、これに反論するだけではなく、労働組合の要求や主張に対しその具体性や追求の程度に応じた回答や主張をなし、必要によってはそれらにつき論拠を示したり必要な資料を提示する必要があるのである。

原告会社は、第二回団体交渉の際に、仲川の出勤状況をグラフを用いて説明してはいるものの、被告補助参加人組合から他のアルバイトの出勤状況等に関する資料の提出を要求されていたのに、これに応じなかったばかりか、森弁護士は、第四回団体交渉の際、損害賠償・慰謝料等に関する被告補助参加人組合の要請について、もう一度原告会社に対して話をしてみると述べていたのに、原告会社は、その後、文書で、従前の主張どおり被告補助参加人組合の主張には応じられないと回答しただけで、検討結果の具体的な説明を行っていないのであって、これらの事実に照らせば、原告会社は、被告補助参加人組合の主張への回答及び資料の提示の点において、いまだ、誠実な対応を尽くしたとはいえず、原告会社の右主張は採用できない。

なお、この点に関し、原告会社は、他のアルバイトの出勤状況等と比較するまでもなかったことは明らかであるので、資料を提出しなかった旨主張するようであるが、仮に、原告会社にとっては明らかなことであったとしても、それゆえに、当然に、被告補助参加人組合に対する資料の提出が不要になるというものではない。実効性のある団体交渉を行うという見地からも、相手方を説得するという見地からも、両当事者が十分に情報を共有することが必要なのである。

また、原告会社は、十分な具体的な根拠を示した上で、本件労災の業務起因性を否定し、かつ、解雇の有効性を主張していたのであるから、この原告会社の対応を自らの主張に頑なに固執するものと非難することは、原告会社が把握していた事実及び判断を放棄せよというに等しく不当であると主張する。

もとより、使用者は合意そのものを強制されるわけではないから、あくまでも譲歩せずに強い態度で交渉を行うことも可能であり、使用者は誠実交渉義務を尽くす限り、自らが適当と考える主張にあくまで固執することができる。しかしながら、自己の主張に固執する以上、ここにいう誠実交渉義務を尽くしたというためには、使用者において、組合の要求・主張に対しては真摯に耳を傾けるとともに、自らが固執せざるを得ない理由を明らかにしたうえで、関連資料を提出するなどして固執する理由を十分に説明し、かつ、相手方の説得に努めることが必要である。

本件においては、被告補助参加人組合の主張への回答及び資料の提示の点において、前記のとおりの事実が認められるのであって、これらの事実に照らせば、原告会社は、いまだ、自らが固執する理由を十分に説明し尽くしていないし、また、被告補助参加人組合の説得に努めたものともいえず、原告会社の右主張もまた採用できない。

なお、原告会社は、本件では、原告会社と被告補助参加人組合との間で基本的な見解の相違があり、強いて解決を図ろうとすれば、裁判手続による各種の証拠収集が必要であり、司法的判断を仰ぐほかないのであるから、このような状況下で、団体交渉に応じなくても、不当労働行為にはあたらないとも主張しているけれども、常に自主解決の可能性の余地が残されている以上、裁判所等の判定機関において当該事項が係属中であることは団体交渉を拒否する正当な理由とは解されない。

以上のとおりであるから、原告会社の本件団交拒否は、団体交渉を「正当な理由がなく拒むこと」(労働組合法七条二号)にあたり、不当労働行為に該当する。

第四結論

以上のとおりであるから、原告会社の本件請求は理由がない。

(裁判長裁判官 林豊 裁判官 夏井高人 裁判官 三浦隆志)

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