大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京地方裁判所 平成8年(行ウ)25号 判決 1997年2月18日

東京都板橋区大谷口上町二七番二号

原告

石坂俊次

原告訴訟代理人弁護士

真木光夫

東京都板橋区大山東町三五番一号

被告

板橋税務署長 松田良行

被告指定代理人

湯川浩昭

加治屋豊

河村康之

峰岡睦久

主文

一  原告の請求を棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由

第一原告の請求

原告が、原告の昭和六一年八月四日相続開始に係る相続税について、平成六年四月二八日付けでした原告に対する更正のうち納付すべき税額四〇一万八九〇〇円を超える部分を取り消す。

第二事案の概要等

一  事案の概要

本件は、原告が、相続財産の範囲・内容について正直な申告をしたことによって、他の共同相続人の申告が過少であることが明らかになったのに、被告が、その是正措置をとらずに放置して更正期限を経過させたのであるから、その後に遺産分割がされたとしても相続税法(昭和六三年法律第一〇九号による改正前のもの、以下「法」という。)三五条三項に基づく増額更正をすることは、課税の平等に違反する違法があるなどとして、右更正の取消しを求めている事案である。

二  当事者間に争いのない事実等(証拠により認定した事実については適宜証拠を掲記する。)

1  昭和六一年八月四日、石坂林蔵の相続(以下「本件相続」という。)が開始し、同人の妻である石坂まん(以下「まん」という。)、子である原告、石坂正通(以下「正通」という。)、石坂憲正(以下「憲正」という。)及び淺子静江(以下「静江」という。)の五名がその相続人となった。

2  正通及び静江(以下「正通ら」という。)は、昭和六二年二月三日、本件相続に係る相続財産の全部について未分割であるとして、別表1記載のとおり、取得財産の合計額を一億〇二四〇万五四〇二円、相続税の総額を一二三二万三〇〇〇円、右両名の納付すべき税額を各一六〇万一九〇〇円とする相続税の期限内申告書を提出した(甲五号証)。

3  原告、まん及び憲正(以下「原告ら」という。)は、昭和六二年九月一日、本件相続に係る相続財産の全部について未分割であるとして、別表3記載のとおり、取得財産の合計額を一億五一八九万〇九五六円、相続税の総額を二七九九万六〇〇〇円、納付すべき税額を原告及び憲正について各三三五万九五〇〇円、まんについて一三九九万八〇〇〇円とする相続税の期限後申告書を提出した。

4  原告らは、昭和六三年二月二五日、別表4記載のとおり、取得財産の合計額を一億六七三一万七五九九円、相続税の総額を三三四九万〇九〇〇円、納付すべき税額を原告及び憲正について各四〇一万八九〇〇円、まんについて一六七四万五四〇〇円とする修正申告書を提出した。

5  右のとおり、正通らの期限内申告は、原告らの修正申告と比較すると、取得財産の合計額が約六四九一万円少ないところ、その原因は、原告らが自用地として評価した土地(別表7の符号1ないし3)の一部を貸宅地として評価したこと等によって、土地の価額について約四六八〇万円少なく申告したこと、原告らが相続財産として申告した定期預金及び定額貯金合計約一〇五五万円(別表9の符号3ないし6)並びに貸付金約四八七万円(別表5の符号<1>4)を相続財産として申告しなかったこと、現金約三五〇万円(別表9の符号1)について原告らの申告よりも約二九〇万円少なく申告したことにある(甲四号証、五号証)。その結果、法定相続分が同じでありながら、原告の納付すべき税額(四〇一万八九〇〇円)と正通の納付すべき税額(一六〇万一九〇〇円)とで二倍以上の差がついた。

6  正通らの期限内申告に対する増額更正の期限は平成二年二月四日、原告らの修正申告に対する減額更正の期限は平成四年二月四日であったが(国税通則法七〇条、法二七条)、被告は、正通らに対し、相続財産となるべき現金・預金がある旨の指摘をしたものの、それについて増額更正をせず、結局、右各期限までに右各申告に係る課税価格の合計額等を同一の価格に是正する措置をとらなかった。

7  憲正は、平成二年九月四日に死亡し、石坂千恵子(以下「千恵子」という。)、石坂千夏(以下「千夏」という。)及び石坂利加(以下「利加」という。)がその相続人(以下「千恵子ら」という。)となり、また、まんも、平成三年一一月七日に死亡し、原告、正通、静江並びに憲正の代襲相続人である千夏及び利加がその相続人となった(甲一号証)。

8  平成五年一月一二日、東京家庭裁判所において、原告及びまんを申立人、正通、静江及び千恵子らを相手方とする本件相続に係る遺産分割調停(以下「本件調停」という。)が成立した。同調停調書においては、遺産分割の対象とすべき相続財産を土地五筆(別表7の符号1ないし4)及び建物一棟とした上、右相続財産の全部を原告、正通及び千恵子らが取得すること、その代わりに静江に対して代償金を支払うこと、まんは相続財産を何ら取得しないこと等の条項が記載された(乙一号証)。しかしながら、右7のとおり、まんは、本件調停成立時には既に死亡していたことから、同年二月二四日、右調停調書に明白な誤謬があったとして、当事者目録からまんに関する記載を削除し、まんは相続財産を何ら取得しない旨の右条項を削除する内容の審判がされた(乙二号証)。

9  正通らは、平成五年五月一一日、本件調停により取得した財産に係る課税価格等が正通らの期限内申告に係る額を上回ったとして、法三一条一項の規定に基づき、別表2記載の修正申告書を提出するとともに、まんの相続人として、本件調停によりまんの本件相続にかかる課税価格等が過大になったとして、法三二条一号の規定に基づく更正の請求(以下「本件更正請求」という。)をした。

10  被告は、平成六年四月二八日、本件更正請求に基づき、まんの相続税について、納付すべき税額を一六七四万五四〇〇円から一七二万七二〇〇円に減額する旨の更正(以下「本件減額更正」という。)を行った(甲二号証の二)。

11  被告は、平成六年四月二八日、原告に対し、本件調停により取得した財産に係る課税価格等が原告の修正申告額を上回ったとして、法三五条三項の規定に基づき、課税価格を増額するとともに納付すべき税額を四〇一万八九〇〇円から一〇四〇万四〇〇〇円に増額する旨の更正(以下「本件増額更正」という。)を行った。また、憲正の相続人である千恵子らに対しても、右と同様に納付すべき税額を四〇一万八九〇〇円から四三三万〇九〇〇円に増額する旨の更正を行った(甲一号証)。

12  被告は、本件相続に係る相続財産等の内訳・価額、課税価格及び納付すべき税額の各合計額等は別表5ないし9の各「合計額」欄記載のとおりであり、また、本件調停によって原告が取得した財産の内訳・価額、課税価格及び納付すべき税額等は別表5ないし9の各「原告」記載のとおりであると主張し、原告も、被告の右計算を争っていない。なお、原告の本件相続に係る相続税の申告とこれに対する課税処分等の経緯は、別表10記載のとおりである。

三  争点

本件の争点は、右事実関係の下で行われた本件増額更正の適否であり、それに対する当事者の主張の要旨は、以下のとおりである。

1  被告の主張

(一) 相続税の納税義務者は、相続又は遺贈により財産を取得した個人であり(法一条一号)、その申告も個別申告が原則であるから(法二七条)、相続税の課税は共同相続人についてそれぞれ別個に独立して行われ、申告の効力もまた独立しているのである。本件では、原告ら及び正通らの課税価格等の是正が行われなかった結果、原告には課税された財産が正通らには課税されないという不公平が生じているが、相続税の課税は各相続人についてそれぞれ別個に独立して行われる以上、正通らは被告の不手際によって本来課税されるべきところを免れ、原告は、本来相続財産として課税されるものについて適正に課税されたに止まるのであって、右不公平の存在をもって本件増額更正を違法ということはできない。

(二) 前記8のとおり、本件調停の調書は調停成立後の審判によって更正されているが、本件調停の対象とされた相続財産は全てまん以外の者が取得する旨の分割がされたのであって、更正審判によって分割の対象とされた相続財産の範囲及び分割の結果に変更はないから、更正前の本件調停調書に基づいて本件更正請求がされ、それによって本件減額更正及び本件増額更正がされたことは、それぞれの効力に影響を及ぼすものではない。

2  原告の主張

(一) 本件増額更正は、何ら合理的理由がないのに、課税について原告と正通とを差別するものであるから、憲法一四条一項に違反し無効である。前記2ないし4のとおり、本件相続に関して原告ら及び正通らからそれぞれ課税価格等の異なる申告書が提出されていることから、被告は、これを適正な同一の価格に是正する措置を講じるべきであり、かつ、一挙手一投足を惜しまなかったら簡単に同一の価格に是正する措置をとることができたのである。正直に申告した原告を、虚偽の申告をした正通よりも課税において不利益に取り扱うことは、社会正義の観点からしても許されないはずである。そして、前記5のとおり、原告の修正申告と正通の申告とでは、相続財産の総額について六〇〇〇万円以上の差があり、納付すべき税額についても二倍以上の差があるのである。被告が、同一の相続についてこのような不平等状態のまま放置することは許されないはずであり、もし、その是正が国税通則法七〇条の規定によってできないのであれば、同条は憲法一四条一項に違反する無効な規定であるというべきである。

(二) 相続税の計算について、被相続人から相続又は遺贈によって財産を取得したすべての者に係る相続税の総額を計算し、それを基礎として各人の相続税額を計算すべき旨を規定する法一一条、共同相続人の連帯納付義務を規定する法三四条等からすると、法は、相続財産の総額及び相続税の総額が共同相続人間において同一であることを予定しているのである。共同相続人が個別の申告をした場合でも、同一の課税標準を前提とした課税をしなければならないのであって、課税標準が異なる場合には、その限度で個別申告は意味がないというべきである。共同相続人は同一の課税標準による申告をし、それを前提とした課税がされているのが実情である。したがって、同一の相続に関して異なる課税標準を用いて課税する結果となる本件増額更正は、法一一条、三四条等に違反して無効であるというべきである。前記5のとおり、本件における課税標準及び税額の差は顕著であるから、本件増額更正の瑕疵は重大かつ明白である。

(三) 被告は、原告及び正通に対して、相続財産から遺脱している現金・預金等があるはずであるから、修正申告をするように執拗に慫慂し、原告らはそれに応じて修正申告をしたのである。しかしながら、修正申告をしなかった正通らに対し、増額更正をせず、結果的に正通らの脱税を見逃しているのである。このような被告の行為は信義則に違反しているというべきであり、したがって、その後に原告の税額を増加させるような更正をすることは許されないというべきである。

(四) 正通らは本件調停調書のみに基づいて本件更正請求をしたが、前記8のとおり、右調書には瑕疵があって後日更正審判がされているから、本件減額更正は、右更正審判の存在を前提にしないでされた点で重大な事実誤認があるから無効であり、したがって、法三五条三項による更正をすることもできないというべきである。

第三当裁判所の判断

一  法は、相続税の総額の計算において、被相続人から相続又は遺贈により財産を取得したすべての者に係る課税価格の合計額を基礎としているが(一六条)、納税義務者は相続又は遺贈により財産を取得した個人とされ(一条一号)、その申告についても、各人がその相続の開始があったことを知った日の翌日から六月以内に申告書を提出しなければならないとされ、個別申告を原則とし、例外的に共同申告を認めているにすぎない(二七条)。したがって、共同相続の場合でも、相続税の申告及び課税は各相続人ごとに別個独立に行われ、その効力も個別的に判断すべきであって、ある相続人の申告又は課税における瑕疵は、原則として、他の相続人の申告又は課税に影響を及ぼさないというべきである。

二  本件においては、前記第二の二3、4摘示の原告らの期限後申告及び修正申告は、原告も自認するように、法の規定に従った適正な申告であって、これについて更正をすべき事由はなかったのである。

ところで、法三五条三項による更正は、法三二条一号から四号までに掲げる更正の請求の原因となる事由について、これに基づいて更正の請求をした者に係る課税価格又は相続税額について更正した場合は、当然他の者の課税価格に異同を生ずるから、その異同した課税価格に基づいて、前に提出された申告書に係る課税価格等を更正するものであって、その実質は遺産分割により取得した財産を基礎として算出した課税価格及び相続税額を確定するものである。

そして、前記第二の二8ないし10摘示のとおり、相続財産の一部をなす不動産について成立した本件調停に基づいて本件更正請求がされたことから、被告は本件調停の内容に即して本件減額更正をしたのであり、同12摘示のとおり、本件調停によって原告が取得した財産を基礎として計算すると、原告に係る課税価格及び納付すべき相続税額が別表5ないし9の各「原告」欄記載のとおりになることは当事者間に争いがない。そうすると、本件減額更正は法三五条三項一号の要件を充たしており、更正の内容も法に適合しているのであって、このこと自体は原告も争うものではない。

三1  原告は、本件増額更正が課税の平等に違反して無効であると主張する。

確かに、正通の期限内申告と原告の修正申告を比較すると、取得財産の合計額について約六四九一万円、税額についても二倍以上もの差があること、本件増額更正によって税額の差が更に大きくなることは、前記第二の二5、9、11摘示のとおりである。しかしながら、課税の平等とは、課税の根拠となる法を適用すべき者に対しては等しく適用すべしとすることであって、法の適用を免れる者が生じないよう行政を運営すべきことはいうまでもないが、法の適用を免れる者が生じたが故に、他の者に対して法を適用することが平等に反することにはならないのである。そうすると、共同相続人である正通が本来課税されるべき相続税の一部を課税されず、本来課税されるべき税の徴収ができなかったことは、租税債権の管理として国に不利益を与えたことになり、また、被告が合理的な理由もないのに是正措置をとらなかったとすれば、社会一般における正義・公平の観念に反し、健全な納税者意識を害することになり、妥当ではないことはいうまでもないが、そのことが正通と同じ取扱いを求める理由とはならないのであり、このような取扱いをしたときは、他の一般の納税者との間で法の適用の不平等を生ずることとなるのである。

2  原告は、同一の相続について異なる課税標準による課税をすることは、法の規定に違反するから、本件増額更正は無効であると主張する。

しかしながら、前述のとおり、ある相続人の申告・課税における瑕疵は、原則として、他の相続人の申告・課税に影響を及ぼさないというべきであるから、正通の申告・課税が適正なものではなかったとしても、それによって原告の申告・課税の効力に影響を及ぼすものではないし、その結果課税標準が異なることになったとしても、原告に対する課税が違法になるということはできないといわざるを得ない。原告は正通の申告・課税における不当性を強調するが、仮に更正期限内に正通に対して増額更正をしていたとしても、それによって原告の納税額が減少するわけでもないのである。原告の主張が、健全な納税者意識を害されたことを背景にしていることは理解できるが、原告に対する本件増額更正が法の規定に従って行われている以上、それを無効・違法なものとすることはできないのである。

3  原告は、信義則違反も主張するが、その主張は要するに正通に対して適正な課税をしていないことの指摘に止まるのであって、その主張を前提にしたとしても、被告の行為が本件増額更正を違法にさせるようなものに該当するとは到底いえないから、原告の右主張を採用することはできない。

4  原告は、審判によって更正される前の本件調停調書に基づいてされた本件減額更正は無効であるから、原告に対して法三五条三項による更正をすることができないと主張する。

前記第二の二7、8摘示のとおり、本件調停の成立当時まんは既に死亡していたが、本件調停にはまんの相続人全員が参加していたのであるから、調停成立のための要件に欠けるものではなく、また、本件調停は、土地五筆と建物一棟を分割の対象として、その全部を原告、正通及び千恵子らが取得し、静江は代償金を取得するというものであって、まんについては分割対象財産又は代償金を取得する旨の合意がされたわけではなく、まんが相続財産を何ら取得しないとする旨の条項の有無によって、調停参加者が本件調停によって取得した財産の内容・割合について異同を生ずるものではなかったのであるから、本件減額更正が事実を誤認してされたものということはできない。

四  前記第二の二12摘示のとおり、本件調停によって原告が取得した財産を基礎として計算すると、本件相続に係る原告の相続税額は、別表6の「原告」欄記載のとおり一〇五四万七七〇〇円になることは当事者間に争いがなく、本件増額更正は右金額の範囲内であるから、本件増額更正は適法である。

五  以上のとおりであるから、原告の請求は理由がないので棄却することとし、訴訟費用の負担について行政事件訴訟法七条、民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 富越和厚 裁判官 竹野下喜彦 裁判官 岡田幸人)

別表1

<省略>

別表2

<省略>

別表3

<省略>

別表4

<省略>

別表5 課税価格等の計算明細表

<省略>

別表6 相続税額の計算明細表

<省略>

別表7 土地の価額の明細表

<省略>

別表8 家屋及び構築物の価額の明細表

<省略>

別表9 現金、預貯金等の価額の明細表

<省略>

別表10 本件課税処分等の経緯

<省略>

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例