大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京地方裁判所 平成8年(刑わ)235号 判決

主文

被告人両名はいずれも無罪。

理由

一  公訴事実

本件公訴事実は、以下のとおりである。

被告人両名は、東京都が施行し、平成八年一月二四日午前六時着手予定の東京都新宿区〈以下省略〉付近都道新宿副都心四号線道路環境整備工事を実力で阻止しようと企て、これに同調する多数の者らと共謀の上、同日午前二時ころから、同都職員及び工事車両等の進入路である同所先地下道北側通路出入口付近に集結し、同所において、通路全面に横断幕、強化セメント製植木ボックス、ベニヤ板等でバリケードを構築し、その内側で約一〇〇名の者とともに座り込むなどして右都職員らの同工事区域内への進入を阻止した上、同日午前六時三〇分ころから同日午前八時一〇分ころまでの間、同工事の着手を宣言して警備員に補助させて右バリケードの撤去作業等に従事中の同都職員Cらに対し、鶏卵、旗竿、花火等を投げつけ、消火剤を噴射し、「帰れ、帰れ。」とシュプレヒコールを繰り返し怒号するなどして右座り込みを続け、約二時間一〇分にわたり同工事の着手を不能ならしめ、もって、威力を用いて東京都の業務である前記道路環境整備工事を妨害したものである。

二  本件における事実関係

関係証拠によれば、本件道路環境整備工事に至る経緯、同工事の状況等について、概要、以下の事実を認定することができる。

1  平成七年一二月八日、東京都は、東京都道新宿副都心四号線の地下通路(以下、「四号街路」という。)の利用の正常化を図るためとして、水平エスカレーター(以下、「動く歩道」という。)を設置するとともに、四号街路の環境整備を推進する旨を公表した。このうち、動く歩道の設置計画は、すでに平成三年の都庁が新宿に移転した当時から検討され、そもそもは、平成九年に臨海部で開催の予定であった世界都市博覧会において動く歩道を設置し、博覧会の終了後、それをリサイクルして四号街路に移設する予定であった。その後、平成七年六月ころ、世界都市博覧会の中止が決定されたものの、都は、同年一〇月ころ、独自に都で予算措置を講じた上で、以前からの方針どおり、動く歩道を設置する旨決定した。都は、右設置の目的として、四号街路が新宿の西口業務街区の主要な通路であるために交通容量の増加を図るということ及び高齢者などに配慮をしてその利便性を高めるということの二点をあげていた。

2  他方、四号街路の動く歩道が設置される予定地には、段ボールを用いた簡易な小屋(以下、「段ボール小屋」という。)等の中で起居し生活している者(以下、「路上生活者」という。)約一五〇名ないし二〇〇名が、道路の占有権限はないものの事実上生活していたため、かねてから付近の事業者や通行人から都に対し、苦情や環境整備の要請等が寄せられていた。都の前記公表の内容は、右要請等に応えるものでもあったが、路上生活者にとっては、特に動く歩道の設置により、生活場所からの退去を余儀なくされるため、路上生活者を支援していた「新宿野宿労働者の生活・就労保障を求める連絡会議」(以下、「新宿連絡会」という。)が中心となって、都による右公表前から、動く歩道設置計画に反発し、これを阻止しようとした。被告人両名は、かねて路上生活者の生活、就労等の支援活動に従事し、新宿連絡会の指導的立場にあり、当時、四号街路で段ボール小屋にしばしば寝泊まりなどしていたが、新宿連絡会の他の者らとともに、数度にわたり都に右計画の撤回等を申し入れ、話し合いの場を持つよう求めるなどした。これに対し、都は、非公式の話し合いをもつにとどまり、右申入れに応じることなく前記公表に及び、その後も計画の変更を行わなかった。

3  都は、平成七年一二月一五日、同月二五日及び平成八年一月一三日の三回にわたり、路上生活者に対し、「四号街路に動く歩道を設置すること、段ボールなど路上物件を撤去し、清掃すること、臨時保護施設を設置すること」を内容とし、路上生活者の自主退去及び段ボール等の自主撤去を要請する趣旨の周知文書の配布や掲示板の設置等の周知活動を行うこととした。しかし、右三回のいずれも、工事に反対する路上生活者及びその支援者からの妨害を受け、一回目は周知文書が五枚配布できただけであり、二回目は全く配布できず、三回目に多数の警察官や警備員に警護されるなどして、ようやく合計二〇七枚の周知文書の配布と一六枚の掲示板の設置がなされたが、右掲示板は右反対する者らにより設置直後に全て破棄された。

4  同年一月二四日、都は、動く歩道設置工事に先立ち、道路環境整備工事を実施することとなった。同工事の内容については争いがあるが、都の説明するところでは、(1)動く歩道の工事区域内の路上生活者が退去した後、残された段ボールやごみなどを撤去する作業、(2)工事区域内に歩行者等が立ち入らないように、バリケードやカラーコーンを設置し、歩行者を誘導する作業、(3)動く歩道そのものを設置するための準備として、床のタイル舗装を撤去するなどの基礎的な作業となっていた。同工事の手順の予定として、都の説明するところは、同日午前六時に工事の着手宣言をし、同時に工事区域内に歩行者等が立ち入らないように交通止めを行う、その後、工事区域内に残っている路上生活者に工事区域外に退去するように説得し、路上生活者が説得に応じて退去した後、残った段ボール等を撤去する、その終了と同時に工事予定区域内に仮囲いを設置し、午後四時半ころには清掃を終えて交通規制を解除し、その後は仮囲いの中で本囲いの設置作業をする、一方、路上生活者の臨時保護施設の入所受付については、現場付近の入所受付所において都職員が待機するというものであった。しかしながら、路上生活者のうちの相当数の者は、都職員の説得には応じず、工事区域外への退去にはその支援者とともにあくまで抵抗することは必至の状況にあった。

5  路上生活者や被告人両名を含めた支援者は、右道路環境整備工事は路上生活者の居住場所を奪うものとして反発し、これを阻止しようと考え、同日午前二時ころから、四号街路北側通路付近に集結した後、同三井ビル側出入口付近において、通路全面に横断幕、強化セメント製植木ボックス、ベニヤ板などでバリケードを構築し、その内側で右の者ら約一〇〇名が座り込むなどして都職員らの工事区域内への進入を阻止した。当日、都からの要請により、現場周辺には、警備員及び警察官がそれぞれ数百名ずつ待機していたが、都職員による同工事の着手宣言後、午前六時三七分ころから、警備員において、都職員からの指示を受けて右バリケードの撤去を開始し、その撤去が完了した後、警察官において、座り込みをしていた路上生活者及びその支援者を一人ずつその場から排除して近隣の新宿中央公園まで連行した。これに対し、右座り込みをしていた者らは、警備員及び都職員らのいる方向に向けて、鶏卵、旗竿、花火等を投げつけ、消火剤を噴射し、「帰れ、帰れ。」とシュプレヒコールを繰り返し怒号するなどして、警察官により排除されるまで座り込みを続け、午前八時一〇分ころまでの間、工事を着手できなくさせた。

6  座り込みをしていた者ら全てが排除などされた後、工事が開始されたが、これと並行して、都職員は、路上生活者の臨時保護施設の入所受付を行う一方、午前一一時半ころまでかけて、座り込みに参加しないで段ボール小屋内にいた路上生活者に説得を行うなどするとともに、説得に応じて自主退去したり、座り込みをしていて警察官に排除されたりしたために無人となっている段ボール小屋などを撤去した。その後、都は、仮囲いを設置したものの、工事に反対する者らが現場付近に再び集まり、これを壊すおそれがあったため、本囲いの設置を急いだが、その作業は翌日までかかり、交通規制が解除されたのは、本囲いの設置作業が終了した翌日午後七時ころとなった。

三  本件道路環境整備工事の性格

威力業務妨害罪において、当該職務が強制力を行使する権力的公務である場合には、同罪にいう「業務」には当たらないと解される(最高裁判所昭和六二年三月一二日第一小法廷決定刑集四一巻二号一四〇頁参照)。そこで、本件における都職員の職務である道路環境整備工事が強制力を行使する権力的公務であるか否かを検討する。

1  本件における都職員の職務は、道路法一五条、四二条、四六条に基づき、四号街路に動く歩道を設置するための前段工事として、工事区域の道路環境整備工事(以下「本件工事」という。)を行うものであるところ、本件工事は、都の説明では、工事区域を囲い路上の廃材などを撤去して区域内を清掃し、基礎工事を行う一連の工事をいうものであって、それ自体を表面的にみると、その過程において強制力を行使するものではない。段ボール小屋の撤去についてみても、都職員は従前から三回にわたる周知活動で自主退去及び段ボール小屋の自主撤去を促した上、当日の本件工事に際しては、工事区域外への自主退去の説得を行う都職員を五〇名用意していたこと、実際にも段ボール小屋で起居している路上生活者がその場にいる限りは、あくまで説得を行った上、段ボール小屋を撤去したこと、撤去したのは無人となった段ボール小屋であるから、利用者がその場に現在する下で直接その抵抗を排して無理やり行うという態様ではなかったこと、しかも段ボール小屋内に存した有価物についてはかなり広く捉えて台帳に記載して保管し、後日の返還請求に備えたことなどが認められ、これらからすると、段ボール小屋の撤去に強制力の行使を見出すことはできないかのようである。

また、都職員は、本件工事に先立ち、警備会社と警備委託契約を結んで警備員と共に現場に赴いたことが認められるが、右警備委託契約が結ばれたのは、本件工事に先立つ三回の周知活動において、本件工事に反対する者らにより、実際に都職員に物理的な妨害がなされたことなどから、本件工事の当日も都職員らに対する物理的な妨害が予想されたので、都職員及び工事請負業者の身体を警護し、受傷事故を防止するという目的によるものであって、警備員をして路上生活者が起居していた段ボール小屋を実力をもって撤去させるという目的によるものではなかったし、実際にも警備員はそのような活動には従事しておらず、バリケードを撤去するなどしたにとどまったことが認められる。

さらに、都職員は事前に新宿警察署に警備依頼をし、多数の警察官が本件現場に臨場して、警備員らによるバリケードの撤去後、座り込みをしていた者らを一人ずつ抱きかかえてその場から排除する行動に出たことが認められるが、右警備依頼の目的は、従前の経緯に照らして、都職員の身体保護や受傷事故の防止など現場の混乱を避けるため、あるいは、犯罪行為が発生し又は発生するおそれのある場合に、これに対処するためになされたものであり、都職員が本件工事にあたり、警察官をして路上生活者を実力で退去させたり、路上生活者が起居する段ボール小屋を実力で撤去させることを直接の目的として、警察官を動員したものではないこと、警察官による排除行為は、都からの指示によるものではなく、バリケードの構築など、道路法四三条二号、道路交通法七六条三項に違反する行為や、都職員の職務に対する威力による妨害が現に行われている状況の下で、警察官職務執行法などに基づき独自の判断によりなされたものであることが認められる。

2  ところで、段ボール小屋を撤去したことの説明として、証人Cは、当公判廷において、「都としては、段ボールは、古新聞、空き罐、空き瓶等と同様に、路上の一般的な堆積物という形で清掃しうるものと認識していた」旨の供述をし、また、検察官は、論告において、「あらかじめ路上生活者に対し、自主撤去を促す周知活動を行ったにもかかわらず、なお、同所に放置されていたことから、撤去したものである」旨の説明をする。

しかしながら、本件工事で撤去された段ボール小屋は、路上生活者がその中で寝泊まりできる大きさで、複数の段ボール箱をつなぎ合わせ、多くは屋根をも備え、風を防ぎ、通行人にものぞき込まれないようにした簡易な小屋状の工作物であって、しかも、現実に路上生活者の居住の用に供している物であることを考慮すると、それが無価値の堆積物ないし廃材であるということは到底できない。また、前記のとおり、都職員が撤去した無人の段ボール小屋の中には、路上生活者が起居に利用中であったが、座り込みに参加した後、公園に連行されるなどしてその場にいなかったため、一時的に無人になっていたにすぎず、その場に起居し続ける意思があって、なおその所有権が及んでいたものも含まれていたのであり、その数も相当多数であったことが推認される。したがって、それらの段ボール小屋は、決して放置されたものではなく、そこに起居していた路上生活者にとって、段ボール小屋の撤去がその意思に反するものであったことは明らかである。

そして、当日、都職員が路上生活者に対する自主退去及び自主撤去の説得を行う方針であったことは前記のとおりであるが、周知活動の際に妨害を受けるなどした従前の経緯からすれば、かなりの路上生活者については、説得して自主的に退去させ、段ボール小屋を撤去あるいは放置させることがそもそも不可能であることは、都職員においてもあらかじめ十分認識していたものと認められる。この点、都職員が、撤去した段ボール小屋内の有価物につき、別途保管の措置を採る段取りをしていたことをみても、あらかじめ自主退去者だけでないことを認識していたことが窺われる。また、論告によれば、都は、段ボール小屋の一部については、撤去後に保管していたというのであり、仮にそうであれば、段ボール小屋が有価値のものであり、所有者が返還を申し出る可能性があることを前提としていたことになる。したがって、警察官が座り込みをしている者らを排除した後ないしその間に、都職員が無人となった段ボール小屋を撤去した際には、都職員は、個々の段ボール小屋ごとの判断はできなかったものの、その中に現実にはいまだ路上生活者が所有権を放棄していない段ボール小屋が含まれており、これを撤去することが路上生活者の意思に反する旨を認識していたものと認めざるを得ない。

3  都は、道路法四二条一項に基づき、道路管理者として道路を常に良好な状態に保持すべき義務の履行として、段ボール小屋を清掃作業の対象として撤去したとしている。確かに、単に段ボール数枚を路上に敷いているだけの場合のように、社会通念からみて、その撤去も単なる清掃行為として許容される場合も少なくないと思われる。しかし、本件の段ボール小屋は、前記のとおり、路上生活者が手を加えた小屋状の工作物で、その利用目的も生活の基本である住居として用いるものであること、実際にその所有者は長期間にわたり右段ボール小屋内に起居し、自主退去に応じなかった者は、引き続きその場に定着してこれを利用する意思があって、その所有意思は強固であることに照らすと、本件段ボール小屋が、その所有者の意思に反して、単に清掃作業の対象として撤去できるものとはいい難いといわざるを得ない。

ところで、一般に、路上生活者が無権限で路上に段ボール小屋を設置し、そこに起居する行為は、道路法三二条一項ないし四三条二号に違反する行為と解される。そして、その段ボール小屋が無価値の廃材であり、所有権の対象ともならない場合、あるいは、価値は一応認められるものの、社会通念上、清掃作業の対象として許容される場合などを除き、道路管理者が所有者である路上生活者の意思に反して、その起居に使用する段ボール小屋を撤去するための手続は、原則としては、道路法七一条一項に基づき、路上生活者に対し段ボール小屋の除却ないし移転(以下、「除却等」という。)を命じ、その義務が不履行である場合には、行政代執行法による代執行の手続を行うということになるであろう。もっとも、そのような手続を尽くそうとしたが、妨害や不協力によりそれが不可能である場合など、状況によっては、道路法七一条三項あるいは同法四四条の二第一項に基づき、道路管理者が自ら段ボール小屋の除却等をすることも多いであろう。さらに、撤去する必要性や合理性の程度、緊急性の存在、段ボール小屋の状況、居住の期間等の定着度など、具体的な事情いかんによっては、行政代執行や道路法上の手続に代わり、行政法上の自力救済や緊急避難といった措置が許容される場合も考えられないではない。しかし、いずれにしても、これらの手続ないし措置に基づいて、段ボール小屋を物理的に撤去する行為は、行政機関による直接的な実力の行使に他ならず、私人にその受忍を強制するものであるから、強制力を行使する権力的公務であることは明らかである。

そして、本件で都職員が行った段ボール小屋の撤去の相当部分は、前記のとおり、それを利用し所有していた路上生活者の意思に反して行われたものであるが、本件では単なる清掃行為として撤去され、右のような手続ないし措置は一切とられていない。しかし、前記のとおり、本件においては、清掃を根拠に撤去することは許されないのであり、右のうちの何らかの手続ないし措置により撤去する必要があったものといわざるを得ない。いかなる手続ないし措置を踏むべきであったのか、これを踏まなかった瑕疵はどの程度かという点については、後述するが(四参照)、いずれにしても、所有者である路上生活者の意思に反して物理的に撤去したという意味では、本来行われるべきであった権力的公務である右のような手続ないし措置に基づく物理的な撤去と実質を異にするものではない。

4  さらに、警備会社との警備委託契約及び新宿警察署に対する警備依頼の目的等は、前記のとおりであり、都においても、当日、バリケードが構築されることまでは予期していなかったものと認められるが、これら警備の要因となった従前の経緯、都からの警備委託や警備依頼で動員された警備員及び警察官が極めて多数であること、一方、動く歩道設置工事を行うためには、多数の段ボール小屋を撤去することが必要不可欠であり、これを撤去しない以上、動く歩道の設置は不可能であったこと、そのため、段ボール小屋の撤去は、路上廃材撤去作業委託として、本件工事の一内容に組み込まれていたこと、しかし、自主退去及び自主撤去については、相当多数の路上生活者らの説得が不可能であると見込まれたこと、現実に、前記のとおり、警備員がバリケードを撤去し、警察官が座り込みをしている者らを排除し、近隣の公園に連行した後ないしその間に、都職員が路上生活者の意思に反する旨認識しながら、段ボール小屋を撤去したことからすれば、都職員は、自らの説得活動その他に対して路上生活者らによる妨害がなされ、これに対して警察官が路上生活者らを独自の判断によるとはいえ実力で排除するという本件のような事態に至るのは必至であるとあらかじめ予期した上、そういう場合であっても、段ボール小屋の利用者がその場にいない限りは、段ボール小屋を路上に放置された無主物の廃材とみなして撤去する方針であったことが推認される。このことは、資料入手報告書(甲二二)内の都の作成した委託設計書の施行理由欄及び起工起案書の起工理由欄に、それぞれ、「道路上、不法占拠(ホームレス)排除後の残存物件の撤去及び清掃のため」という記載が存すること、警備会社が作成し都に提出されたと推認される警備計画書(写し)(弁二五二)の目的欄に「公的制限による強制排除を東京都職員によって行う。……強制排除が完了した段階で、引き続き仮囲い及びビニールシート等、妨害による破損を防ぐ為、施設警備とする。」という記載が存することによっても裏付けられている。

5  以上にみたように、都職員は、当日、警察官の強制力によって路上生活者らが現場から排除されることを十分に予期しながら、そのために段ボール小屋が無人になった場合も無主物の廃材とみなして撤去する方針で本件工事に臨み、いまだ所有権が放棄されていない段ボール小屋につき、現実に路上生活者の意思に反する旨認識していたにもかかわらず、本来は行政代執行その他の行政上の実力行使の手続ないし措置によるべきところ、それらの手続ないし措置によることなくこれを撤去し、それらの実力行使と同様の効果を上げたものである。

そして、本件において被告人らが行った妨害行為は前記のとおりであって、都職員が段ボール小屋を撤去する作業を直接その対象とはしておらず、それが行われる以前の段階で、本件工事の着手を妨げたものであるけれども、前記のとおり、段ボール小屋の撤去作業は本件工事の重要かつ不可欠な内容をなすものであり、しかも路上生活者の利害に直接に関わり、本件妨害行為に及んだ路上生活者らが最も問題としていた点であるから、本件工事全体が威力業務妨害罪の対象となる業務であるか否かという法的な性格を判断するにあたり、段ボール小屋の撤去作業の経緯、状況及び性格は大きな意味を有するものというべきである。そうすると、1に認定した諸事情を考慮しても、本件工事は、全体として、強制力を行使する権力的公務としての性格を有することは否定し難いといわなければならない。

6  なお、被告人両名は、路上生活者を支援する者ではあるが、自らも四号街路にしばしば寝泊まりし、活動してきたもので、本件工事の直接の対象者といえる上(被告人甲野は、実際にも、本件工事により、その所有する段ボール小屋が撤去された。)、四号街路に起居してた路上生活者らと共謀して本件工事の妨害に及んだものであり、被告人両名の関係においても、本件工事は、強制力を行使するものということができる。

四  本件道路環境整備工事の要保護性

威力業務妨害罪の業務は、刑罰をもって保護すべき程度の業務であることを要するところ、本件においては、前記のとおり、本件工事の手続上の瑕疵が問題となるので、この点について検討する。

1  道路管理者たる都が路上生活者の意思に反して、その起居に使用する本件段ボール小屋を撤去するためには、前記のとおり、道路法七一条一項の措置を前提とした代執行の手続、状況により道路法七一条三項又は同法四四条の二第一項の手続が考えられるが、本件においては、これらの法定の手続は一切とられていない。

確かに、〈1〉撤去された段ボール小屋自体の客観的な経済価値は極めて低廉であり、生活の場という意味での価値については、代替する臨時保護施設(期間は約二か月であり、就労の斡旋も行っていた。)が準備されており、また、段ボール小屋内の有価物は別途保管の措置がとられたこと、〈2〉路上生活者は、いずれも権限なくして不法に公道を占有使用していたものであり、右行為は、道路法三二条一項ないし四三条二号に違反していたこと、〈3〉都は、道路管理者として、道路を常に良好な状態に保持して一般交通の用に供する義務を負っているが(道路法四二条一項参照)、都が通行の利便等の前記の目的で動く歩道設置工事を行うためには、段ボール小屋を撤去することが必要不可欠の関係にあったこと、また、路上生活者が段ボール小屋で起居していることについて、付近の事業者や通行人から都に対し、悪臭や営業上の支障等に関する苦情や環境整備の要請が少なからず寄せられていたこと、〈4〉各段ボール小屋の利用関係を個別に明らかにし、説得すべき相手方を把握することは困難であった上、説得に応じない者の段ボール小屋の撤去について、道路法等による手続を履践するとしても、移動させることの容易な段ボールという材料の性質、段ボール小屋の利用者の不安定な生活状況からすると、執行の実効性は期し難い面があったこと、〈5〉都職員は、従前から三回にわたる周知活動で、自主退去及び段ボール小屋等の自主撤去を促していたことなどの事情は存在する。

2  しかしながら、〈1〉については、客観的価値に乏しいからといって、本件段ボール小屋が単なる清掃の対象となり得るものでないことは、前記のとおりであり、特に、路上生活者が段ボール小屋を居住に使用していたことからすれば、それ自体の主観的価値のみならず、必然的にそれまでの居住の場所を奪われる結果となることも無視できない。なお、臨時保護施設の提供は、路上生活者の自主退去、自主撤去をより容易ならしめるものであるが、道路法等の手続を履践する場合においても、他に取りうる手段を尽くしたことが求められるのであり、その観点からすれば、右施設の提供は、都の手続の瑕疵の程度を減殺させる一つの事情と考えられる。〈2〉については、そのとおりであるが、そもそも道路法七一条一項、三項、四四条の二第一項は、同法三二条一項、四三条二号に違反することを前提としてとられる手続であるから、これらの手続が不要というべき理由にならない。〈3〉については、都が道路管理者としての義務を履行する観点から、段ボール小屋の撤去を行う必要性があったことを裏付けるものであるが、具体的な撤去の作業につき法定の手続を省略すべき根拠とはならない。〈4〉の事情はもっともであるが、道路法七一条三項に「過失がなくて当該措置を命ずべき者を確知することができないとき」とあり、また、同法四四条の二第一項に「違法放置物件の占有者等の氏名及び住所を知ることができないため、これらの者に対し、七一条一項の規定により必要な措置をとることを命ずることができないとき」とあるのは、本件のような場合をも含む趣旨であると理解される。また、右規定による手続を踏もうとしたものの、なおその実効が上がらない場合において、他の要件をも充足するときには、行政法上の自力救済や緊急避難が許容されることもあると考えられる。〈5〉については、周知活動は自主退去、自主撤去を前提とするものであり、道路法七一条三項の公告の手続がとられたと同視することはできないが、内容的には本件工事の予定と段ボールの撤去を告知するものであり、実質的には公告とほぼ同様の効果をもたらしたものとみることができるから、その観点からすれば、右周知活動は、都の手続の瑕疵の程度を減殺させる一つの事情と考えられる。

3  もとより、公道において路上生活者が段ボール小屋を設置して起居し、不法に占有することは、通行人の通行上の利便を害し、地域事業者の営業に支障を及ぼす可能性があり、路上生活者にとっても劣悪な生活環境であるから、可及的速やかに解消されることが望まれる事態であることはいうまでもない。したがって、まず、行政には、一人でも多くの路上生活者が路上生活から脱することができるように、就労の機会をできる限り提供するとともに、福祉を充実させるための適切な諸施策を講ずることが強く期待される。他方、路上生活者の不法占有についても、前記のとおり、段ボール小屋等を撤去するために、道路法七一条三項や四四条の二の手続などを経た後、なお実効が上がらず、撤去の必要性の程度、緊急性の存在などの具体的な事情いかんによっては、行政法上の自力救済や緊急避難が許容される場合も考えられないではない。しかし、本件において、右自力救済等が許容されるべき特別の事情は、関係証拠に照らしても、いまだ見出し難い。

そして、本件工事により段ボール小屋が処分されれば、路上生活者が必然的にそれまでの住居を奪われるという結果をもたらすことからすれば、本件において、前記のような法定の手続をとらずに段ボール小屋を撤去した手続上の瑕疵は、臨時保護施設を提供し、周知活動を実施するなどした事情を考慮に入れても、なお軽微なものとはいい難いといわざるを得ない。さらに、本件工事は、都による公務であるところ、民間による業務に比して法定の手続に則るべき事情はより強いものがあると思われることや、仮にこれが公務執行妨害となった場合に求められる適法性の程度とも比較考慮し、加えて、路上生活者らから段ボール小屋撤去の法的問題を指摘されながら、前記のとおり、清掃作業であるとしてこれを強行した経緯をも併せ考慮すれば、段ボール小屋撤去を一体の作業として含む本件工事は、全体としてその瑕疵が大きく、それだけでも刑罰をもって臨むべきほどの要保護性は認め難いとの理解もあり得よう。仮に、そこまではいえないとしても、前記三のとおり、本件工事は、全体として、強制力を行使する権力的公務としての性格を有することは否定し難い上に、右のとおり、決して軽微とはいい難い瑕疵があることに照らすと、少なくとも、本件において行使された前記二5に認定した程度の威力に対して刑罰をもって保護すべき業務とは到底いえないのであって、威力業務妨害罪によっては保護されないものというべきである。

五  以上のとおり、段ボール小屋の撤去を含む本件工事である都職員の業務は、強制力を行使する権力的公務であるとともに、少なくとも軽微とはいい難い手続上の瑕疵があるところ、威力業務妨害罪の業務には、強制力を行使する権力的公務は含まれず、加えて、その手続上の瑕疵をも考慮すると、同罪による保護の対象外であるから、被告人両名の本件行為は、威力業務妨害罪の構成要件に該当しないものというべきである。

結局、本件公訴事実は罪とならないから、刑事訴訟法三三六条により被告人両名に対し無罪の言渡しをすることとする。

(裁判長裁判官 村瀬均 裁判官 西田眞基 裁判官 大寄淳)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例