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東京地方裁判所 平成8年(ワ)15798号 判決 1997年7月07日

原告 株式会社三裕商事

右代表者代表取締役 A

右訴訟代理人弁護士 服部弘志

同 谷正之

同 角谷雄志

被告 Y1

被告 Y2

被告 Y3

被告 有限会社オサム

右代表者代表取締役 B

被告 有限会社キープス

右代表者取締役 C

被告 Y4

右六名訴訟代理人弁護士 田辺幸一

同 若柳善朗

被告ら補助参加人 株式会社オフィスティアンドワイ

右代表者代表取締役 Z1

右訴訟代理人弁護士 市川清文

被告ら補助参加人 株式会社グラン大誠

右代表者仮代表取締役 Z2

右訴訟代理人弁護士 田島潤

主文

一  被告Y1は、原告に対し、金九七万三三五〇円及び平成八年八月から毎月末日限り金三二万四四五〇円を、金三四〇六万一四五〇円に達するまで支払え。

二  被告Y2は、原告に対し、金七四万八三八四円及び平成八年八月から毎月末日限り金一八万七〇九六円を、金一九七七万四二七〇円に達するまで支払え。

三  被告Y3は、原告に対し、金七〇万七三〇一円及び平成八年八月から毎月末日限り金二三万五七六七円を、金二四三四万八三二七円に達するまで支払え。

四  被告有限会社オサムは、原告に対し、金九〇万六二九七円及び平成八年八月から毎月末日限り金三〇万二〇九九円を、金三一七一万二二六九円に達するまで支払え。

五  被告有限会社キープスは、原告に対し、金八六万九五二六円及び平成八年八月から毎月末日限り金二八万九八四二円を、金二九九九万八六四二円に達するまで支払え。

六  被告Y4は、原告に対し、金六六万円及び平成八年八月から毎月末日限り金二二万円を、金一七九五万九八〇〇円に達するまで支払え。

七  訴訟費用は、被告らの負担とする。

八  この判決は、仮に執行することができる。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

主文と同旨

二  請求の趣旨に対する答弁

1  原告の請求をいずれも棄却する。

2  訴訟費用は、原告の負担とする。

第二当事者の主張

一  請求原因

1  原告は、千葉地方裁判所に対し、原告が被告ら補助参加人株式会社グラン大誠(以下「グラン大誠」という。)に対して有する東京法務局所属公証人D作成平成五年第三三四号債務弁済契約公正証書の執行力のある正本に表示された、元本金四億円の債権のうち金二億円分を請求債権として、グラン大誠が被告らにそれぞれ有する別紙債権目録一ないし六<省略>記載の債権を差し押さえる旨の債権差押命令を申し立てたところ(千葉地方裁判所平成六年(ル)第八二一号事件)、同裁判所は、平成六年七月一一日、右申立てどおりの内容を有する債権差押命令を発し、右命令正本は、同月一九日グラン大誠に、同月一三日被告Y2及び被告有限会社キープスに、同月一四日被告Y4に、同年八月二九日被告有限会社オサムに、同年八月三〇日被告Y1に、同年九月一日被告Y3に、それぞれ送達された。

2  原告は、右命令が被告らにそれぞれ送達された直後、被告らに右各債権の支払を求めた。

3  右各差押債権のうち、被告Y1、被告Y3、被告有限会社オサム、被告有限会社キープス及び被告Y4らに対する差押債権の、平成八年五月分ないし同年七月分の各弁済期並びに被告Y2に対する差押債権の同年四月分ないし同年七月分の各弁済期は、それぞれ経過した。

4  原告の、被告らに対するそれぞれの差押債権額の残額は、次のとおりである。

(一) 被告Y1 金三四〇六万一四五〇円

(二) 被告Y2 金一九七七万四二七〇円

(三) 被告Y3 金二四三四万八三二七円

(四) 被告有限会社オサム 金三一七一万二二六九円

(五) 被告有限会社キープス 金二九九九万八六四二円

(六) 被告Y4 金一七九五万九八〇〇円

5  よって、原告は、被告らに対し、右債権差押命令に基づき、それぞれ次の各支払を求める。

(一) 被告Y1に対し、平成八年五月分から同年七月分の賃料合計額である金九七万三三五〇円及び平成八年八月から毎月末日限り金三二万四四五〇円を、金三四〇六万一四五〇円に達するまで。

(二) 被告Y2に対し、平成八年四月分から同年七月分の賃料合計額である金七四万八三八四円及び平成八年八月から毎月末日限り金一八万七〇九六円を、金一九七七万四二七〇円に達するまで。

(三) 被告Y3に対し、平成八年五月分から同年七月分の賃料合計額である金七〇万七三〇一円及び平成八年八月から毎月末日限り金二三万五七六七円を、金二四三四万八三二七円に達するまで。

(四) 被告有限会社オサムに対し、平成八年五月分から同年七月分の賃料合計額である金九〇万六二九七円及び平成八年八月から毎月末日限り金三〇万二〇九九円を、金三一七一万二二六九円に達するまで支払え。

(五) 被告有限会社キープスに対し、平成八年五月分から同年七月分の賃料合計額である金八六万九五二六円及び平成八年八月から毎月末日限り金二八万九八四二円を、金二九九九万八六四二円に達するまで。

(六) 被告Y4に対し、平成八年五月分から同年七月分の賃料合計額である金六六万円及び平成八年八月から毎月末日限り金二二万円を、金一七九五万九八〇〇円に達するまで。

二  請求原因に対する認否

請求原因1ないし3の事実は認め、同4の主張は争う。

三  グラン大誠の法律上の主張

1  債権差押えの対象となった賃貸物件の所有権が移転された場合には、当該賃料債権に対する差押えは効力を失うと解すべきである。

2(一)  差押債権者が賃料債権を取得する方法としては、本件のような一般の債権差押のほかに、不動産の強制管理という方法があるが、強制管理が行われると不動産所有権の内容である使用収益権が制限されるため、民事執行法一一一条は同法四八条を準用して強制競売と同じく差押の登記を要求し、強制管理の開始以後に当該不動産について取引関係に入ろうとする第三者の取引の安全を図っている。

(二)  ところが、賃料債権の差押が行われた場合にその効力が所有権移転後の新所有者にも及ぶとするならば、不動産の収益権の制限という不利益を被る点では強制管理の場合と全く同様の結果となるにもかかわらず、民事執行法は賃料債権差押の場合につき、強制管理の場合のような第三者の取引の安全に配慮した公示手段を何ら設けていない。

(三)  したがって、もし債権差押えの効力を新所有者に及ぼすならば、かかる効力については何らの公示手段が設けられていない結果、新所有者に対し不測の不利益を及ぼす結果となる。他方、賃料債権の差押えの効力を不動産の新所有者にも及ぼすことができるという解釈を採用しなくとも、差押債権者は強制管理という手段によって債権の回収を図ることができ、格別不都合は生じないのであるから、賃料債権差押の効力は新所有者に対して及ばないものと解するのが相当である。

3(一)  現在の実務では、抵当権の物上代位に基づく賃料差押え後に不動産所有権の移転があった場合、その差押えの効力は失われるとされているが、そう解したとしても、抵当権には追及力があるため、差押債権者は、新所有者の取得する賃料債権について新たに物上代位の効力を及ぼすことができ、さらには抵当権を実行することもできる。他方、当該不動産を取得しようとする者は登記により抵当権の存在を認識しうるから、そのような事態が不測の不利益となることはない。

(二)  これに対し、仮に、賃貸物件の賃貸人に対する一般債権者による賃料債権差押えが、賃貸物件譲渡後に発生する賃料債権にも当然及ぶとなれば、一般債権者に対し、抵当権者以上の効力を認める結果となって、均衡を失する。

(三)  以上によれば、不動産の所有権移転によって賃貸人の地位が新所有者に当然承継されたとしても、賃料債権差押の効力は新所有者に対して及ばないものと解するのが相当である。

四  抗弁(債権の準占有者に対する弁済)

1  被告らは、右差押え命令が送達される以前、別紙賃貸物件目録<省略>記載の各物件(以下「賃貸各物件」という。)の所有者であったグラン大誠との間で、それぞれ同目録記載のとおり各物件をグラン大誠から賃借する旨約していた(賃貸借期間については不詳。)。

2  グラン大誠は、平成八年五月中旬ころ、賃貸各物件を被告ら補助参加人株式会社オフィスティアンドワイ(以下「オフィスティアンドワイ」という。)に譲渡し、これに伴い、賃貸各物件についての賃貸人の地位は、すべてオフィスティアンドワイに承継された。

3(一)  オフィスティアンドワイは、被告らに対し、平成八年五月中旬、同月八日別紙物件目録記載の不動産(以下「本件不動産」という。)を取得するとともに賃貸人たる地位も承継したので、平成八年六月分からの賃料をオフィスティアンドワイに支払うよう通知してきた。

(二)  被告らは、賃料を差押債権者である原告、賃貸各物件の新所有者であるオフィスティアンドワイのいずれに支払うべきか迷ったため、前項の通知を受けた直後、千葉地方法務局市川支局に対し、債権者不確知を理由とする供託の可否を相談したところ、同支局の担当者から、本件は債権者不確知に当たらないため、賃料は新所有者に支払うべきであるとの回答を得た。

(三)  被告らは、以上の事情から、過失なくしてオフィスティアンドワイが賃貸人となったものと信じた。

(四)  以上の事実関係に照らせば、オフィスティアンドワイは、賃料債権の準占有者に該当する。

4  被告らは、平成八年六月分以降の賃料を、オフィスティアンドワイに支払ってきた。

五  抗弁に対する認否

抗弁1の事実は認め、同2、同3(一)及び(二)は知らない。同3(三)のうち、被告らに過失がないとの点は争い、その余は知らない。(四)は争う。同4は知らない。

第三証拠<省略>

理由

一  請求原因について

1  請求原因1ないし3の事実は、当事者間に争いがない。

2  同4の主張については、被告らは、賃料をオフィスティアンドワイに支払ったことを理由に、原告主張のとおり残額が存在していることを争っているにすぎないと解され、賃料債権の弁済を原告に対してすべきであったと仮定した場合に、その残額そのものの主張を特に争う趣旨ではないと考えられ、したがって、同4の主張は、これを認めることができる。

二  グラン大誠の法律上の主張について

1  本件では、継続的給付の債権である賃料債権が差し押さえられた後に、賃貸借の目的となった不動産の所有権の移転があった場合、差押えの効力が賃貸人たる地位を承継した新所有者にまで及ぶのか否かについて、原告はこれを肯定すべきであると主張するのに対し、被告及びグラン大誠はこれを否定すべきであると主張している。

2(一)  そこで検討するに、グラン大誠の右主張のうち、不動産の強制管理と賃料差押えとの対比を念頭においた部分(事実欄三2(一)ないし(三)参照)は、賃料債権に対する権利者の公示の有無を問題とするものであるが、そもそも、債権がその権利者の手を離れて他者に移転した場合、これを直接公示する方法は、現行法上定められておらず、民法に定められた債権譲渡について、確定日付のある証書によってする、債務者に対する通知又は債務者からの承諾をもって、債務者以外の第三者に対する対抗要件としているにとどまっている(民法四六七条二項)。その結果、右主張に従う限り、債権差押えについて直接その効果を公示する方法がないのであればその不利益を差押債権者の側に負担させて当然という結論が導かれることになるが、債権差押えの権利実行方法としての重要性に照らせば、現行法上、そのような結果を是認することは相当ではない。

(二)  右主張は、この点を考慮し、債権を差し押さえようとする場合には直接これを差し押さえる方法を選択せず、公示機能を伴っている強制管理の方法を選択すればよいとするが、強制管理が債権差押えとの比較において権利の実行方法として迂遠なものであることは否めず、したがって、債権を差し押さえようとする場合に、強制管理の選択を強いることは、到底妥当な解釈とはいえない。

(三)  さらに、右主張は、賃料債権差押えの効力が賃貸物件の新所有者にまで及ぶとした場合、公示機能の点から、新所有者に不測の損害を被らせることの問題点を強調するが、仮に第三者が賃貸物件を取得しようとする場合には、右物件の賃借人に自ら賃料債権の差押えの有無について問い合わせるなどの方法により、不測の損害を回避することが可能であって(債権差押命令は第三債務者に送達されるので、正確な情報を得ることも可能である。)、債権の帰属そのものを直接公示する方法がない以上、第三者としては、その程度の事前調査の負担を負わせても何ら不都合はなく、むしろ、第三者の側にその程度の負担を負わせるべきである。

(四)  したがって、強制管理との公示方法の比較によって債権差押えの効力を論じようとする、グラン大誠の右主張は、失当というべきである。

3  次に、グラン大誠の右主張のうち、抵当権の物上代位に基づく賃料債権差押えと、通常の賃料債権差押えとの対比を念頭においた部分(事実欄三3(一)ないし(三)参照)について検討するに、抵当権の場合は、設定物件の所有権が担保の目的の中心をなし、物上代位はあくまでそこから生じる派生的権利を担保の目的とするにとどまるのに対し、賃料債権の差押えの場合は、賃料債権そのものが担保の目的の中心となっている(否むしろ、それを越えるものではない。)のであるから、賃料債権に対する差押えの効力を比較する場合、物権者と一般債権者との排他性の有無によってこれを決するのは相当でなく、前記のような差異に着目すれば、抵当権者の物上代位に基づく差押えよりもむしろ一般債権者である差押えについて、より強い効力を認めるべきであるから、グラン大誠の右主張もまた失当というべきである。

4  以上によれば、被告及びグラン大誠による、賃料債権差押えの効力は賃貸物件譲渡後に発生する賃料債権に及ばないとの解釈は、採用できない。

三  抗弁について

1  抗弁1の事実は、当事者間に争いがない。

2  同2の事実については、弁論の全趣旨からこれを認めることができる。

3  同3の各事実について検討するに、(一)の事実については、弁論の全趣旨からこれを認めることができるものの、(二)の事実については、調査嘱託の結果によれば、被告らが千葉地方法務局市川支局に債権者不確知を理由とする供託の可否を相談したのに対し、本件は債権者不確知に当たらないため、賃料は新所有者に支払うべきであるとの回答を得た可能性は薄いと言わざるを得ず(被告らがその旨誤解した可能性は十分あり得る。)、これを認めることは難しい。

そして、(三)の無過失との主張については、右認定によればそれを根拠付ける事実としては抗弁3(一)の事実すなわち新所有者であるオフィスティアンドワイからの通知のみとなるところ、この事実のみをもってしては、被告らに過失なしと認めることはできない。

4  以上のとおりであるから、その余の点について検討するまでもなく、被告らの抗弁は理由がない。

四  結論

以上によれば、原告の本訴請求は、いずれも理由があるからこれらを認容し、訴訟費用の負担につき民訴法八九条を、仮執行の宣言につき同法一九六条一項をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 柴﨑哲夫)

<以下省略>

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