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東京地方裁判所 平成8年(ワ)15413号 判決 1998年12月21日

原告

寺田慶治

右訴訟代理人弁護士

藤原宏高

井奈波朋子

右訴訟復代理人弁護士

堀籠佳典

被告

株式会社ケイネット

右代表者代表取締役

大森康彦

右訴訟代理人弁護士

千川健一

樋口収

日野修男

主文

一  原告が、被告の運営するパソコン通信サービスCOPERNICUS(コペルニクス)の会員である地位を有することを確認する。

二  原告のその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用はこれを二分し、その一を原告の、その余を被告の負担とする。

事実及び理由

第一  請求

一  主文一項同旨

二  被告は、原告に対し、一〇〇万円及びこれに対する平成八年八月二四日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

三  訴訟費用は被告の負担とする。

四  二項につき仮執行宣言

第二  事案の概要

一  基本的事実(文末尾に証拠を掲げた事実以外の事実は当事者間に争いがない。)

1  当事者

(一) 原告は、著述業、パソコン教室、職業訓練学校講師、パソコン通信やインターネット等のコンサルティング、企画運営を営んでいる(原告本人尋問の結果)。

(二) 被告は、平成二年一〇月一九日、神奈川県が呼びかけ人となり、パソコン通信サービスの提供を目的として、地方公共団体も出資者となるいわゆる第三セクター方式により設立された株式会社である。平成八年一〇月現在の出資割合は、神奈川県が二五パーセント(出資金二〇億円)、財団法人神奈川県市町村振興協会が2.5パーセント(同二億円)、民間団体・民間企業が合計72.5パーセント(同合計五八億円)である(乙二〇、弁論の全趣旨)。被告の主な事業内容は、(1)パソコン通信事業の運営、(2)商業情報集積サービス「インターサイト」の運営、(3)IMSサービス(インターネットを利用した情報提供サービス)の運営、(4)インターネット関連サービス、(5)K―NET Notes(企業、団体、行政のネットワークを利用した業務処理の効率化、高度化を支援する情報サービス)、(6)出版事業等である(弁論の全趣旨)。

(三) 被告のパソコン通信サービス(以下「被告ネット」という。)の基本的内容

(1) 概要

会員は、被告から与えられたID、パスワードを入力して、自己の使用するパーソナル・コンピューター(以下「パソコン」という。)を公衆電話回線等を通じて被告が管理・運用するホスト・コンピューターに接続し、自己の有する情報を特定又は不特定の第三者の閲覧に供するためホスト・コンピューターに送信することができ、この情報はホスト・コンピューターの記憶媒体に保持される。さらに、ホスト・コンピューターの記憶媒体に保持された各種情報から任意の情報を選択したうえで、ホスト・コンピューターから受信することにより、これを閲覧することができる。

(2) 電子メールサービス

会員は、自己の有する情報を特定の第三者のみの閲覧に供するとの制限を設けてホスト・コンピューターに送信し、第三者がこれを受信することにより、特定の第三者に対してメールを送信することができる。なお、このサービスは、現在被告ネットがインターネットに接続していることから、コペルニクスの会員に対してだけではなく、他のパソコン通信サービス利用者やインターネット利用者に対しても行うことができる。

(3) フリートーク・サロンサービス

被告ネットには、会員相互間の情報交換を行う場として、フリートーク(テーマに限定されない一般的な内容について会員が情報を交換する番組のこと。)、サロン(複数の掲示板、オンライントーク、ライブラリなどの機能を有する趣味、娯楽、社会問題等の一定のテーマにより分けられた番組のこと。)等の番組内において掲示板やオンライントークの機能を設けており、会員は会員規約を遵守したうえで掲示板やオンライントークへ自己の作成した文書、情報等のデータを送信して他の会員の閲覧に供すること(以下「書込」という。)により、他の会員とのコミュニケーションを図ることが可能となる。また、後記リニューアル以前の被告ネットには、掲示板機能だけを有するボードが集まったBBS広場と呼ばれるコーナーがあった。

サロンの主宰者を「サロンマネージャー」といい、ボードの管理・運営者を「ボードマスター」という(以下、これらを「管理人」ということがある)。

2  会員契約の成立及びコペルニクスへの移行

(一) 原告は、平成四年五月ころ、被告の運営するパソコン通信サービスK―NET(以下「ケイネット」という。)に入会し、被告から、「KNT四二八一〇」という識別番号(以下「原告ID」という。)を与えられ、ケイネットの会員となった(以下「本件契約」という。)。原告は、「MONTY」というハンドルネームを用いており、また、ケイネット上において、「パソコン初心者サロン」内でボードマスター、「自動車サロン」内でサブマネージャー、「MUSICサロン」内でサロンマネージャー等を勤め、パソコン通信ケイネットの発展に貢献していた。

(二) 被告は、平成七年二月一一日、サロンマネージャー及びボードマスターを被告が指定した会議室に集め、従来のサロン及びフリートークの改編(以下この改編を「リニューアル」という。)を実施することについて説明会を開催し、サロンマネージャー及びボードマスター全員を同年三月三一日付で解任することを告知した。さらに、被告は、原告に対し、同年二月二八日付書面により、原告がそれまで担当していた「K―MUSIC」のサロンマネージャー委託業務を終了する旨告知し(乙九)、同月三一日付で全サロンマネージャー及びボードマスターを解任した。これに対して原告は、同月末ころには「K―MUSIC」の書込を全て抹消した。

被告は、同年四月一三日、リニューアルを実施した。リニューアル前のメニュー構成は、フリートーク番組「みんなでノート」、サロン番組「けいねっとサロン」、ボード番組「BBS広場」が設けられていた(乙七)が、リニューアルの結果、フリートーク番組は「コミュニケーション広場」となり、サロンは一三種類に統合されてテーマごとにサロンを分け、その中にさらに細分化したテーマに関するテーマ別会議室(リニューアル後はこれをボードと呼ぶ。)を設ける構成に改訂された。

(三) さらに、被告は、同年八月一日、ケイネットのサービス拡充、機能向上を大幅に行うこととして、名称をケイネットからCOPERNICUS(以下「コペルニクス」という。)へと改め、ホストシステムを変更した(以下、この体制の変更を「新システム移行」という。)。

右移行により、従前の会員に対して与えられていた識別番号は一部自動的に変更され、会員規約も変更されたが、被告と従前の会員との間の会員契約の本質的内容自体には変更はなく、被告は、従前の会員に対しパソコン通信サービスを提供することとなった。したがって、原告は、被告の運営するパソコン通信サービスコペルニクスの会員となった(原告IDは「KN六四二八一〇」に自動的に変更された。)。

(四) 本件契約の一般会員規約は、原告入会時(乙一。以下「第一規約」という。)以後、平成七年四月一日(乙二の1。以下「第二規約」という。)、同年八月一日(乙二の2。以下「第三規約」という。)と改訂され、後記原告のID抹消後の平成八年八月一日(乙三)にも改訂されている。

二  原告の主張

1  原告被告間の紛争・交渉の経緯

(一) 被告による書込の削除及び原告ID停止

被告は、リニューアル後の電子掲示板「みんなの広場」において、ケイネットの運営に関する事柄の書込を禁止し、書込をした会員に対し書込の削除勧告を行い、被告の指定した期限までに自主的に削除しない場合は被告において削除するとした。原告は、同掲示板において、リニューアルの問題点を指摘する書込を行った。これに対し、被告は、これを削除した上、原告IDを二ヶ月間停止する措置をとった。なお、被告は、後日この措置が不当であったことを認め、謝罪の上、右措置を撤回した。また、被告は、原告以外にも、被告に対する批判的な書込については発言の削除勧告をし、これに従わない者に対する書込の削除を行った。

(二) リニューアル及び新システム移行の不当性

(1) 被告は、一方的にリニューアルを決定、発表し、平成七年四月一二日、リニューアルのため、全サロン及び電子掲示板を閉鎖し、メッセージやプログラムの全てを削除し、従来のサロン及び電子掲示板で行われていたコミュニケーションの継続を禁止した。被告は、自己に不都合な人物、言論を排除し、通信サービス参加者を統制するためにコミュニケーションを禁止した。

右リニューアルに不満を感じた会員ら(原告とは別のグループ)は、筆頭株主である神奈川県に、被告が事業記録として保管する従前のデータを神奈川県の管理下に移し、会員が自由に利用できるよう陳情するとともに、リニューアルによって会員がどのような不利益を受けるかについて、電子掲示板上において指摘した。

(2) 右会員の受ける不利益の一つには、新システム移行前には、身体障害者等のキーボード入力を容易にするため、通信ソフトに適合した入力支援ソフトを製作し、通信環境を整備する等、身体障害者等が通信に参加しやすいよう配慮がなされていたところ、新システム移行はホストシステム自体を変更するものであり、これにより従来の通信ソフトが使用できなくなったため、右入力支援ソフトも使用できなくなり、そのため身体障害者の通信参加が著しく困難になった。被告は、これに代わるソフトとして被告において開発したソフト「キス」を提供したが、これは新システム移行から約二か月後であった。

また、新システムへの移行には一ヶ月の準備期間が設けられたが、あまりに短期間であるため、会員らが対応できず、現在まで参加困難な状態が継続している。

(三)(1) 原告は、平成七年五月ころからインターネットのホームページ上において、ケイネットの運営について県に陳情したこと、これに対する県側の回答、被告の原告に対する原告ID停止措置の経緯、その後の被告役員との話合いの経緯を掲載した。また、同年一二月一四日から平成八年一月二日ころまでの間、目の部分を黒く塗りつぶし個人が特定できないようにした被告役員らの写真を同時掲載した。

(2) 被告は、平成八年一月三一日付通告書により、原告の右写真掲載行為を肖像権侵害ないし信頼関係破壊行為であるとして、二週間以内に連絡をしない場合には、原告被告間の本件契約を解除する旨の意思表示をした。

(3) 原告は、被告と交渉し、被告が新システム移行に際してとった不当な言動につき謝罪すること及び今後のコペルニクスの運営を民主化するように要求し、和解案を作成して調印を求めた。しかし被告は、原告との話合いを拒否した。

(4) 被告は、同年六月六日、原告に対し、誓約書の提出及び本人の承諾なく写真をインターネット上のホームページに掲載したことについての謝罪を要求するとともに、これに従わない場合の原告IDの抹消を通告し、同月一五日、原告IDを一方的に抹消した。

2  ID抹消の無効(解除の抗弁に対する積極否認)

被告は、平成八年六月六日付通告書により、本件会員契約を解除したと主張している。しかし、原告は、前記1の経緯の中で正当な言論の一環として書込を行い、また、個人が特定できないように配慮し写真掲載を行ったものであり、かつ原告の行為は、コペルニクス一般会員規約第一〇条の利用停止事由には該当しない。したがって、被告による本件会員契約の解除は無効である。以下、被告が本件会員契約解除の理由としている事由について反論し、原告の主張を述べる。

(一) 「K―MUSIC」上の書込の削除抹消について

原告は、他のネットから原告の名で許諾を受けてデータ(フリーウェア)をサロンに転載し、蓄積していた。原告がサロンマネージャーを解任される際これを残留することは、許諾を与えた者からデータ管理の責任を問われるおそれがあるから、削除は正当である。仮にそうではないとしても、サロンマネージャーは会員の書込を削除する権限があるから、何らサロンマネージャーの権限を逸脱するものではない。また、そうではないとしても、原告は、著作権を保有する(乙一、第七条三項)会員らに対し、サロン閉鎖に伴い発言を抹消する旨通知しており、会員の黙示の承諾があった。なお、原告は被告に対し何度も電子メールで抹消の可否を尋ねたが、被告からは何の回答も、警告もなかった。

そもそも、サロンマネージャーとしての行為は一般会員規約違反に問われるものではない。

(二) ローカル・ルール違反について

ローカル・ルールに違反した場合には、ID停止措置、ID取消措置の対象とはならない(第二規約第八条、一〇条)。ローカル・ルールはネット上の特定領域におけるルールに過ぎないのであるから、第一〇条ではなく、第八条によってのみ規律される。

なお、被告が隠蔽した原告の書込の中には、モデムの調子が悪いこと(乙一〇の6)、利用停止の通知を被告から受けたことを知らせる書込(同1、2)、利用停止の通知を受けたことを知らせる書込(同13)等運営に関する苦情、問い合わせとはいえない書込も含まれている(争いがない。)。

(三) 被告役員の容貌を原告のホームページに無断掲載したことについて

インターネット上の記事は、神奈川県の情報インフラの整備を担う被告に対する原告らユーザーグループの要求・交渉過程を示した上で、被告の対応を世間に知らしめるための記事である。これが運営を妨害する行為としてID停止、抹消措置をとる被告の方針は表現の自由を侵害する。さらに、会員規約一五条二項は「会員はCOPERNICUSを利用するにあたり」妨害行為を禁止しているのであり、原告がインターネットのホームページに右記事を掲載したことは右規約に反しない。また、右記事は公共の利害に関する事実であり、写真はその事実を補完する目的で掲載されたものであること、撮影は話し合いの席上という公の場でなされたこと、掲載に際し目の部分を塗りつぶし個人を特定できないようにしていること、掲載期間は半月と短期間であること、アクセスした者は少人数であること等から、原告の行為は必要性及び相当性があり、肖像権の侵害に該当しない。

(四) 権利濫用

仮に、原告に会員契約に違反する行為があったとしても、それは問題のあるリニューアル及び新システム移行に端を発したものであり、被告にも責任の一端がある。被告の責任の大きさと原告の行為態様に照らし、ID削除措置は過剰であり、権利の濫用である。

また、被告が一旦ID停止措置をとったこと、覚書(乙一二)を締結したことにより、それ以前の原告の行為を理由に再度IDの抹消措置をとることは、二重の制裁を科すこととなり、許されない。

(五) 被告は、神奈川県の情報インフラの整備を担って第三セクター方式で設立された株式会社であり、神奈川県における情報化の推進を主たる目的としているのであるから、神奈川県政の一環をなす事業である被告と神奈川県民である原告との関係を、民間のパソコン通信会社と一般の会員との関係と同列に論じることはできない。原告には、地方公共団体の政策から生じる利益を享受し、これに対し意見を述べる権利があるから、何らかの批判をし、あるいは相当な批判をしたからといって、不利益な扱いを受けることはない、また、被告は、第二種電気通信事業者として、電気通信事業法により契約解除を規制されている。

3  被告の不法行為

(一) サロンマネージャーの一方的解任

被告は、サロンマネージャーコミュニケーションマニュアル(甲一三)を作成し、各サロンマネージャーに対し、メッセージのレイアウト、メッセージの種類に応じた対応の方法、具体的な書込とこれに対する応答例、それに対する被告の方針を指示するコメントを付して詳細に指導していた。また、サロンマネージャーの職務は、大量にアクセスしてくる会員らの書込の管理、応答が主たる任務であり、事務処理に裁量性・独立性はない。そこで、原告は、被告に従属した立場で単純な労働力を提供していたものであり、原告と被告の関係は雇用契約である。なお、サロンマネージャーは薄給であり、ボードマスターは無給である。しかしながら、被告は、本来であればその対価を支払うべきところ、パソコン通信に興味ある人物の興味に乗じて、労働力を無報酬ないしそれに近い態様で利用していたのであるから、これを根拠に、原告と被告の関係が委任契約であるとして無理由解除を主張することはできない。

しかるに、被告は、平成七年三月三一日付で、原告の前記一2(一)の任務全てを一方的に解任した。当時、被告はサロン主宰者契約一〇条二項を解任の理由としていたが、具体的な解任理由は何ら明らかにされていなかった。そして、被告は、後日、全サロンの閉鎖、全メッセージの削除という被告の方針を受諾した者だけを選別してコペルニクスの管理人等として再任した。

(二) ID抹消及び抹消の一方的通告

被告は、前記1(三)及び2のとおり、一方的に原告のID抹消を通告し、IDを不当に抹消した。

(三) 被告の右(一)及び(二)の各行為は原告に対する不法行為を構成し、原告は、リニューアルによる前記任務の一方的解任、原告IDの抹消及び本件会員契約の解除の通告を受けたことにより精神的苦痛を被った。右に対する慰謝料としては一〇〇万円が相当である。

4  結論

よって、原告は、被告に対し、原告が被告の運営するパソコン通信サービスコペルニクスの会員の地位を有することの確認と、不法行為に基づく損害賠償として一〇〇万円及びこれに対する訴状送達の日の翌日である平成八年八月二四日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める。

三  被告の主張

1  サロン主宰者契約

(一) 被告は、パソコン通信事業開始直後から随時サロンを開設し、各サロンを主宰する者との間において「K―NETサロン主宰者契約」を締結し、サロンの運営・管理(ネーミングやテーマの決定についてもサロンマネージャーの裁量に委ねられていた。)を各サロンマネージャーに委嘱していた(準委任契約)。各サロンマネージャーは、自己の権限においてサロンマネージャーを補助する役割を担うサブ・マネージャーを選任することができる(右契約三条一項)が、これは、サロンマネージャーが被告の代理人として締結した無償の準委任契約である。また、ボードマスターは、会員の中から掲示板のテーマに関する提案があり、被告側の選考によりそのテーマが採用された場合に、当該提案をした当人をボードマスターとして、同人に右掲示板機能を無償で使用させるとともに、その管理・運営について委嘱していたものであり、法的関係は、無償のサービス提供契約と無償の準委任契約の複合したものである。

(二) サロンマネージャーは、被告から特別な管理用IDを与えられ、これを利用して自己の判断により①ケイネット上に最大二〇本の掲示板を開設すること、②会員の書込について隠蔽・削除(削除とは、ホスト・コンピューターの記憶媒体から抹消すること、隠蔽とは、抹消はしないが一般の会員には閲覧できない状態におくことである。)すること、③ある掲示板を一定以上のランクを有する会員にしか利用できないよう設定すること、特定の会員のIDのランクを変更する等の権限が与えられており(乙一六)、サロンの運営はサロンマネージャーの自主性に委ねられていた(権限の内容については争いがない。)。

2  リニューアル及び新システム移行の正当性

(一) 被告は神奈川県の出資する第三セクター方式による株式会社であるが、その営業は一般のパソコン通信会社と同様である。フリートーク、サロン等の番組が会員にとって利用しやすい状況にあるかどうかとの点は、パソコン通信サービスの魅力を左右するものであり、商業パソコン通信の営業上重要な意義を有する。

ところで、リニューアル前の番組に対しては、被告社内及び一般会員から次のような問題点が指摘されていた。

(1) サロンのメニューやネーミングに統一性がなく、新規会員が多数のサロンの中から自分の好みにあったサロンを見つけだすことが困難である。

(2) サロンマネージャーの中には、一部の会員のみが利用できるよう設定された「裏ボード」と呼ばれる掲示板を被告の承諾なしに開設し、この中で他の会員の誹謗・中傷行為をする者がいた。

(3) サロン、電子掲示板の中には、テーマ自体の特殊性やサロンマネージャーの運営上の問題から、情報交換の場として十分に機能していないものがあった。

(4) 古くからの会員と、新会員との間にコミュニケーション上の壁があり、一部サロンについて「利用しにくい雰囲気」になっているとの苦情が会員から寄せられていた。

(二) 右事情に鑑み、被告は、平成七年一月ころ、営業上の意思決定として、フリートーク、サロンを活性化し、ケイネットをより魅力ある媒体とするために、従前のフリートーク及びサロンを全面的に改編し、同年四月から新たに整理・統合されたフリートーク及びサロンを設けることとし、リニューアルを実施した。なお、被告は、リニューアル前に会員が登録したデータ、ファイルについては、リニューアルに際しすべて削除した(第二規約一二条により被告は会員の書き込んだファイルの抹消権限がある。)が、右削除については会員に予告しており、各会員は自らのパソコンに保存し又はリニューアル後のライブラリに保存することも可能な状態にあった。

3  サロンマネージャー、ボードマスター解任の正当性(不法行為の否認)

原告被告間のサロン主宰者契約は平成六年五月三一日に締結され、契約期間は一年である(乙六)から、本件解任は期間中の解約にあたる。しかし、右主宰者契約一〇条二項は「乙(被告)は契約期間中といえども本契約を継続することが困難または不適当と判断されたときは、一か月の予告期間を設けて解約することができるものとします」と規定し、契約期間中の解約につき被告に大幅な裁量が認められている。また、本件準委任契約は月々運営補助費の名目で一定の金員を支払うこととなっている(乙六覚書部分)が、これは業務の対価というよりも通信費等の実費相当分との趣旨で支払われていたものであるから、本件主宰者契約の実質は無償の準委任契約であり、委任者は無理由で解約することができる。また、サブ・マネージャー、ボードマスターについては、無償の準委任契約であることは明らかである。

したがって、被告が原告のサロンマネージャー及びボードマスターの任務を一方的に解任したことは不法行為とはならない。

4  原告被告間の紛争・交渉の経緯

(一) 原告は、平成七年三月末ころ、リニューアルに対する抗議行動であると称し、原告がサロンマネージャーを務めるサロン「K―MUSIC」上の書込を、全て被告の承諾を得ることなく削除抹消した(争いがない。)。

サロンマネージャーには、不適当と判断される個別的な会員の書込や、ボードの有効利用のために古くなった書込を抹消する権限は与えられていたが、包括的に全てのデータを独自の裁量により抹消する権限まで与えられていたものではない。また、被告は原告から抹消の可否の問い合わせを受けておらず、平成七年三月二九日に「担当サロンの記事の削除はご遠慮願います」と題する文書をサロンマネージャー専用のボードに掲載していた(乙一九)。

右書込は、リニューアル後は、将来の必要に備えて被告ホストシステムのデータとして磁気テープによる保存措置が取られ保管されることが予定されていたが、原告の削除・抹消行為により、被告側でこれを回復する手段はまったく失われた。

原告は、当時サロンマネージャーの地位にあったが、一般会員と同様、会員契約を遵守する義務がある(サロン主宰者契約七条)。右行為は、サロンマネージャーとしての権限を踰越し、第一八条一項四号(第二規約第一〇二条二項一〇号)の「運営妨害行為」に該当する。

(二) リニューアル前のフリートークにおいてネット運営にかかる問題に関する書込がなされた場合、被告事務局の他にネット上に書込を行っていた被告従業員等が個別に対応していたため、見解の統一性が保たれず混乱を生じた例があった。そこで、リニューアル後には運営に関する会員からの問合わせ窓口を被告事務局に一本化することとし、平成七年四月一三日から同年五月三一日までの間、「みんなのフリートーク」において会員が運営に関する書込をすることを禁止し、運営に関する苦情、問合わせについては電子メールにより被告事務局に問い合わせることとするルール(以下「ローカル・ルール」という。)を設けて「みんなのフリートーク」上に掲示し、これに違反する書込をした会員に対しては、書込を自主的に削除するよう求める通知を行った。なお、右期間のみで右措置を解除したのは、新たなサロンマネージャーから被告事務局と連絡を取りつつ各自で対応してもよい旨の申入れがあったからである。

ところが、原告は、平成七年五月上旬ころから、みんなのブリートーク上において、「いいかげん、ここの管理人出てきたらどうだ。馬鹿にするのもいいかげんにせいよ」、「管理できないならば、管理人なんかさっさとやめたらどうですか。」等右ローカル・ルールに違反する書込を繰り返した(乙一〇)。

被告は、これら書込の幾つかにつき削除勧告を行ったが、原告が応じなかったため、隠蔽措置をとり、また、原告が(一)のような会員規約違反行為をした経歴があること、今後も会員規約違反行為を繰り返すおそれが高いと判断して、第二規約一〇条一項五号に基づき、同年五月二七日、ID停止措置をとった。ところが、原告は、同月二七日にも、削除された書込と同一内容のデータを数回にわたり「みんなのフリートーク」に送信した(送信したことは争いがない。)。

(三) 原告は、同年六月二一日、右(二)の削除措置及びID停止措置につき、原告の思想及び良心の自由、表現の自由を侵害するとして、被告に対し、①削除された書込の再掲示、②同措置による原告の精神的損害に対する慰謝料三〇〇万円、③「みんなのフリートーク」上への謝罪文の掲載を請求する旨の書面を内容証明郵便で被告へ送付した(争いがない。乙一一)。

これに対し、被告は、当時被告の社長補佐であり現在取締役管理統括である松本和也(以下「松本」という。)が窓口となって話し合いを行い、双方互譲の上、慰謝料請求に関して留保した一部和解に至り、同年七月一八日、要旨次の内容の覚書を締結した(乙一二。同覚書の秘密条項は、原告がその効力を失わせる旨の意思を表明している。)。

(1) 被告は、同月一九日、原告に対するID停止措置を解除する。

(2) 今回のID停止措置については、双方のコミュニケーション不足に起因したものと扱うこととする。

(3) 原告・被告双方が、別個に、「みんなのフリートーク」上において右ID停止措置が(2)に起因したものである旨のコメントを書込む。

(4) 原告は、被告パソコン通信上における書込について十分な配慮を尽くす。

(5) 原告はネットワークの健全な発展に協力する。

(四) しかしながら、原告は右(5)にもかかわらず、その直後である同月二三日付で、他の会員らと連名で、「損害賠償等の請求と債務不履行への警告及び違法不当な処分に対する要求」と題する書面を被告に送付し、大要左記の請求をした(甲五)。

(1) サロン・リニューアルにより解任されたサロンマネージャーに対してその精神的損害に対する慰謝料として金一〇〇万円を各自に対して支払え。

(2) サロン・リニューアルにより会員に対して混乱を生じたことに対する慰謝料として、全会員に対して金一〇万円を支払え。

(3) 平成七年八月一日に実施予定とされたホストシステム及び基本通信ソフトの変更を中止せよ。

右主張の多くは被告の経営方針の根幹に関わる問題であり、到底受け入れられるものではなかったが、会員からの主張・意見に対しては誠実に対応すべきであるとの方針により、被告側では松本が窓口となり、原告を含む連名者との間で同年八月から一二月までの間に計七回の話し合いが行われた。ところが、原告は、平成七年一二月九日付で「年内に決着を」と題する電子メールを松本に対して送付した(乙一三)が、その文章中には、「…さて、ここでいう決着とは慰謝料を支払うか支払わないかだけである。支払う気がないのであれば、司法判断を仰ぐしかない(提訴の時の金額は当然倍以上の金額を要求したいと思う。)」、「企業ぐるみの大ウソツキである。あなた方に何らかの鉄槌を下さぬ限りケイネットからいなくなる事は決してないだろう。」との文言がある。右内容は、慰謝料請求が受け入れられないことについて、恐喝的文言により不服を申し立てるものである。

(五) また、原告は、平成七年一二月ころから、原告がインターネット上に開設するホームページ「MONTY'S HOMEPAGE」において、「Silly Walks」と題して、被告の経営方針を批判する記事を掲載し、その記事中において前記話し合いの席上被告役員ら三名の容貌を隠し撮りした写真を掲載した。

そこで、被告は、原告の行為がパソコン通信サービスを継続的に供給することを困難とする背信行為であるとして、平成八年一月三一日付通告書(甲七)により、本書面到達後二週間以内に何の連絡もなされない場合には原告とのパソコン通信サービス契約を解除する旨の通知をし、同年二月一日原告に到達した。これに対し、原告は即座に被告代理人に話し合いの申入れをしてきたため、同月二一日、双方代理人による話し合いが行われることとなった。この場で、原告代理人は、「リニューアル及びシステム変更に関与した被告役員・従業員に対する処分をせよ」等の内容を含む和解案(乙五)を提示し、被告の反対提案を求めたが、被告代理人は、被告の意向を確認し、原告の提案が一方的であり、常識的な提案を呈示しない限り話し合いを継続することはできない旨回答した。

(六) 原告は、平成八年三月一九日、「みんなのフリートーク」上において、原告・被告双方代理人の任意交渉の経過を一方的に評価して、被告が原告代理人に対する回答を不当に遅延しているという趣旨の書込をした。これは、交渉当事者としての信義に反し、被告代理人を誹謗するものである。

(七) 原告は、平成七年七月一九日から平成八年六月一四日までの間、被告運営のパソコン通信サービスの公開の電子掲示板において、【> |】(アンチ・ケイネット・マーク)を多量に継続的に使用し続け、その総数は四〇二個である(乙二三)。これは被告の業務運営に反対する意思を公開の電子掲示板において表明し続けたものであり、被告の業務運営を妨害する行為である。これは、各書込当時の第二規約一五条二項一〇号、一二号に該当する。

(八) 原告は、被告、被告の業務を補助するハンドルネーム「あすなろ」と称する管理人らを誹謗・中傷する多数の書込を公開の電子掲示板で行った。これらの行為は、書込当時の第二規約一五条二項三号、一〇号、一二号に該当する。

5  会員契約の解除(抗弁)

以上の経過から、被告は、平成八年六月六日付通知により、原告が同月一四日までに、被告との信頼関係を回復する措置をとらない限り、本件パソコン通信供給契約を同月一五日に解除する旨の意思表示をし、右通知は、同月七日、原告代理人に到達した(甲一〇)。したがって、原告は、コペルニクスの会員の地位を有していない。右解除原因は次の(一)(二)記載のとおりである。

なお、被告が他のパソコン通信会社と比較して一定の公共的使命を担っていることは認めるが、それゆえに会員サービス利用行為上のマナーのあり方に差異があるものではなく、無断撮影行為や恐喝的な言辞を含む電子メールを送信する行為の違法性が阻却されるわけではない。

(一) 第二規約一五条一項一二号、二項一〇号による解除

右4(一)ないし(八)の各事実は、いずれも被告の運営するパソコン通信サービスの運営を妨げる行為であり、第二規約第一五条二項一〇号に該当する。また、同(一)の事実は、被告が管理する電磁的記録物を無断で削除し被告の業務を妨害する具体的な危険を含む行為であり、法令に違反し又は違反するおそれのある行為として、第一規約第一五条一項一二号にも該当する。同(四)の事実は、脅迫的言辞による金員要求行為であり、法令に違反し、第二規約第一五条一項一二号にも該当する。同(五)の事実は、被告役員らの肖像権を侵害する行為であり、法令に違反し、第二規約第一五条一項一二号にも該当する。同(六)、(八)の事実は、第三者の名誉を毀損し、または侮辱し誹謗中傷するような行為であるとともに、法令に違反する行為であり、第二規約一五条二項三号、一二号に該当する。

被告は、第二規約第一〇条一項二号、同本文に基づき、原告との間のパソコン通信サービス利用契約を解除した。

(二) 信頼関係の破壊による解除

仮に(一)が認められないとしても、パソコン通信サービス利用契約は、信頼関係を基礎とする継続的契約関係である。信頼関係の破壊は、継続的契約関係に共通する契約解除事由である。原告の右4(一)ないし(七)の各行為は、原告と被告間の信頼関係を修復不可能なまでに破壊した。

6  右のとおり解除は正当であるから、原告は会員たる地位を有していないし、また、原告の主張するID抹消及び解除の通知は不法行為にはあたらない。

第三  当裁判所の判断

一  当裁判所が認定した事実経過

争いのない事実、甲第一ないし第一三、第一五ないし第二七、第三三号証、第三四号証の1ないし7、第三五号証の1ないし7、第三八号証の3、第四一号証の1ないし4、第四六、第四七号証、乙第一号証、第二号証の1、2、第三ないし第六、第九号証、第一〇号証の1ないし15、第一一ないし一六号証、第一七号証の1ないし4、第一八号証の1ないし3、第二〇ないし第二四号証、証人松本和也の証言、原告本人尋問の結果及び弁論の全趣旨によれば、以下の事実が認められ、これを左右するに足る証拠はない。

1  原告被告の関係

(一) 原告は、昭和六三年ころから他社でパソコン通信を開始し、同パソコン通信の運営補助者をしたこともある経験を有しており、現在もパソコン関係の著述業を営むかたわらパソコン教室の講師を勤めているが、平成四年五月ころ、ケイネットが地域に密着したネットワークであり、文字のみの通信に加えてNAPLPS(ナプルプス)という画像を用いて直感的に理解しやすい操作方法を併用している点に興味を引かれ、ケイネットに入会(原告ID「KNT四二八一〇」)し、「MONTY」とのハンドルネームを用いて被告のパソコン通信サービスを利用するようになった。しかし、当時の被告は、同年四月にパソコン通信事業を開始したばかりであったので、自然と経験のある原告が被告従業員や利用者の相談に応ずるようになり、原告は、平成五年三月ころには、ケイネット上に解説されたサロンの一つである「サロン自動車倶楽部」において、同サロンの管理者であるサロンマネージャーを補佐するボードマスターに就任し(同月から平成六年二月まで)、その後、同サロンのサブサロンマネージャー(平成六年三月から平成七年三月まで)、BBS広場「ネット狂戯会」におけるボードマスター(平成六年五月から平成七年三月まで)、「サロン・パソコン勉強会」におけるボードマスター(平成五年四月から平成七年三月まで)、同サロン臨時サロンマネージャー(平成六年一一月から同年一二月まで)を務めた後、平成六年五月三一日、被告との間で、ケイネットサロン主宰者契約書(乙六)を取り交わして、「K―MUSIC」のサロンマネージャー(同年六月から平成七年三月まで)を務めた。

(二) 右サロン主宰者契約によれば、被告は「K―NET一般サービスメニューの中で甲(原告)が主宰するサロンの開設を承認し、当該サロンの運営、管理を甲に対して委嘱し」(一条)、「甲に対して必要な支援および資料提供の他、担当窓口を設け、諸般の事項を協議するものとし」(二条一項)、「甲に対して(中略)サロンの運営、管理のためK―NET一般サービスメニューを無償で利用できる特定のIDナンバーおよびパスワードを貸与」(二条二項)するほか、運営補助費として月額二万円と月間利用時間に応じた金員を支払うものとされている(右契約書。附属の「覚書」)。これに対して、原告は「サロン運営上必要となる機器(コンピュータ、電話その他)を自己の負担により用意する」ものとされ(四条二項)、「K―NETの品位を傷つけるような言動を行わない」(四条一項)し「K―NET一般会員規約第7条及び第8条を遵守する」とされている。また、被告は「サロンで流通する情報ならびにこれに伴う行為が法律または公序良俗に反する等の事実が判明した場合および甲が主宰者として不適格と乙が判断した場合、乙は甲の資格を停止または取り消すことができる」(八条)し、「乙は本契約期間中といえども本契約を継続することが困難または不適当と判断した時は、1か月の予告期間を設けて解約することができる」(一〇条二項)とされている。

(三) 被告の一般会員規約は、原告入会時の第一規約(乙一)、これを平成七年四月一日に改訂した第二規約(乙二の1)、さらに同年八月一日これを改訂した第三規約(乙二の2)、後記原告のID抹消後の平成八年八月一日に改訂した現規約(乙三)があるが、そのそれぞれに、被告が会員規約を改訂するには会員の承諾を必要としない旨の規定があり(第一規約について第一二条、第二、第三規約について第二条)、右第一規約には、被告が会員に提供するサービスの内容については、被告が必要と判断した場合に、会員に通知することなく変更することができる(同規約四条三項、五条二項)との規定があり、右第二、第三規約には、被告の権限として、サロン毎に責任者を置き、責任者の名において利用規則を定めることができるとの規定(各八条一項)や、会員がこの規約に違反したときにケイネットの利用を停止し、会員資格を取り消すことができる(各一〇条一項)との規定がある。他方、会員のしてはならない行為として、他の会員や第三者の名誉を毀損し、又は侮辱し誹謗中傷するような行為、システムに損害を与え、又は運営を妨げるような行為、その他法令に違反し、又は違反するおそれのある行為(各一五条二項)との規定がある。

2  被告のリニューアルと原告のサロンマネージャー解任

(一) 平成六年六月一六日、当時赤字経営となっていた被告の経営建直しを図るため被告代表取締役が交替し、被告の経営上の問題点の検討の一環として、サロンの運営方針及びメニュー構成等被告のパソコン通信サービス内容に関し種々検討を行った結果、被告は、平成七年四月にサロン、ボードを大幅に整理・統合・廃止する改編(リニューアル)を行うことを決定した。当時、被告において問題点として考えられていたのは、被告主張2(一)記載のとおりであるが、新規会員が好みのサロンを見つけだしにくく、また利用しにくい雰囲気があるという意見については、どの程度の会員から意見が出されていたのかは本件全証拠によっても不明であるし、裏ボードといわれるものがどれだけ被告の運営等の阻害要因となっていたかも判然としない。

(二) 被告は、社内検討の結果、右問題点を解消するためリニューアルを実施することとし、そのため、従前のサロン等はすべて閉鎖する方針を固めたが、この詳細の説明はしないまま、平成七年二月一日、各サロンマネージャー宛に「サロン運営についての説明会開催のお知らせ」と題する通知(甲一五)を電子メールにて送信し、同月一一日、横浜市技能文化会館においてサロンマネージャー、ボードマスターに対してリニューアルの説明会を開催した。この場において、被告は、参集したサロンマネージャー等(原告を含む)に対し、リニューアルはサロンマネージャーの運営に問題があってサロン内に排他的雰囲気が生じており新規会員が参加しにくい状況にあるためこれを改善する目的で実施する旨及び従前の全サロンを閉鎖する等のリニューアルの概要を説明するとともに、すべてのサロンマネージャー及びボードマスターを同年三月末日付で解任することになる旨告知した。また、その際、被告から、リニューアルの正式発表があるまではリニューアルについて一般会員には知らせないで欲しい旨の要請がなされた。参集したサロンマネージャーらの中には事前の告知がなかったことを不満とし、リニューアルの是非を議論するよう求める者もあったが、被告は、ここは議論をする場ではないとして、これに応じなかった。他方で、被告は、同日午後八時二四分、被告のネット上のインフォメーション・コーナーにおいて一般会員宛に「メニュー改編のお知らせ」(甲一二)と題する掲示をし、「サロンのメニュー体系を中心に弊社ネット全般にわたるメニュー改編を行い、当ネットは4月13日より新メニューでのサービスを行います」との発表を行っている。

右過程において、被告が一般会員に対して、サロン及びボードでの問題点につき全般的な調査を実施したり、リニューアルの内容等につき意見を求めたことはなかった。

(三) 原告は、被告に対しリニューアル後もサロン運営に参加することを希望する旨申し出ていたところ、平成七年二月二〇日、被告から電子メールで再任見送りの通知がなされた(甲一九)が、右通知には、再任見送りの理由は記載されていなかった。その後、被告は、再度同年二月二八日付書面により、原告に対し、サロン主宰者契約一〇条二項に基づきサロン運営の委託契約を同年三月三一日をもって解約する旨告知した。原告は、右電子メールでの通知直後から、被告事務局宛に、何度も再任見送りの理由等を問い合わせる電子メール(甲一六、乙一八の1ないし3)を送信したところ、被告事務局からは同年三月一〇日付で「基本的姿勢がケイネットが望む方向と違い、現在のような考え方を持っていらっしゃる間は運営をお願いできないと判断いたしました」等の回答がされた。

また、被告は、同月二九日に「担当サロンの記事の削除はご遠慮願います」と題する文書をサロンマネージャー専用のボードに掲載したが、他方、原告は、同月一日、データ転載中止のお知らせを行い、同月末ころには「K―MUSIC」の書込を全て抹消した。右原告が抹消を行った時期と、被告が前記削除をご遠慮願いますとの文書を掲示した時期の先後関係は、証拠上明らかではない。

(四) 被告は、同年三月末日をもってサロンにおける書込を停止し、同年四月一二日までの間はリードオンリー(読み出しのみ)で利用可能な状態とし、同月一三日、従前のサロンにおけるサービスの提供を停止するとともに、リニューアルによる新たなサービスの提供を開始した。また、リニューアルに伴い、同日から同年五月三一日までの間、「みんなのフリートーク」において会員が運営に関する書込をすることを禁止し、被告パソコン通信の運営に関する問題については、被告事務局へ直接電子メールで問い合わせる旨のローカル・ルールを設け、これを「みんなのフリートーク」上に掲示した。また、従前のサロンマネージャー等のうち、従前の運営内容等を基に被告が適任と判断したハンドルネーム「Goofy」、「ノンキ」、「晴耕雨打」ら何名かは、リニューアル後の被告ネットにおいて管理人として再任された。

(五) リニューアルの実施により、従前のサロンは全て閉鎖され、コミュニケーションの継続性が断たれることとなり、また、新たに編成されたメニューでは、ジャンプのためのコマンドが従前と異なる体系で作成されるなど、新メニューに慣熟するまでに時間を要する等、会員にとって、パソコン通信サービスの提供を受けるにあたりある程度の不便が生じることとなった。

(六) 原告は、同年四月下旬ころより、リニューアルの内容や被告のネット運営に関する苦情、批判等を主な内容とする書込を「みんなのフリートーク」上に行った。これに対し、被告から原告宛に右書込につき自主的に削除するよう勧告がなされたが、原告が削除に応じなかったため、同年五月七日、被告は「みんなのフリートーク」に書込まれた後記の原告の書込#0126に対して隠蔽措置をとった(甲二一)。これに対して、原告は隠蔽措置の根拠が明らかではないとして、隠蔽の翌日から何度か被告事務局宛に照会のメールを送り、何度か被告事務局とメールの交換がなされた。その後も、原告の行った書込に対し、隠蔽措置が採られている。

被告による隠蔽措置の対象となった原告の書込(#0126、0177、0304、0305、0314、0321、0323、0324、0325、0326、0329である。)の中には、「管理しない、管理できないならば、管理人なんかさっさとやめたらどうですか。管理人制度自体も考えたらどうですか?K―NET。」(#126。乙一〇の3)等の書込も存在していたが、被告が隠蔽した書込の中には、後記のとおり「電話が繋がらない」等の一般的な苦情も含まれており、他方、同月二日付の「いいかげん、ここの管理人出てきたらどうだ。馬鹿にするのもいいかげんにせいよ。」(#0090。乙一〇の2)との部分を含む書込は隠蔽されなかった。

また、被告は原告以外にも、ネットの運営に関する書込をおこなった場合には削除勧告を行い、これに応じない場合には隠蔽措置をとっていた。

さらに、被告は、同年五月二五日、再三の警告にもかかわらず悪質な書込をしたとして、同月二七日から同年七月末日までの間、第二規約一五条二項一〇号に基づき原告のIDを利用停止にする旨の通告を行い、ID利用停止措置を実施した。同規約違反であると指摘された書込は、同月二五日に「みんなのフリートーク」上に書込まれた#0304「横浜APが電話が繋がりモデムのハンドシェークをした時点でストップする。一度や二度ならどうということはないけど、10回以上も同じだと頭に来る。なにせ毎回電話代は取られているんだからなぁ。(市内でもこれで100円以上)ちなみにこれは一度や二度ではなく5月に私はもう3度も体験している。」(乙一〇の6)及び#0305「せっかく管理人のお声が聞けたかと思ったらお辞めになるのですね。ご登場しないので良いとか悪いとかのイメージ以前の問題でしたが。まぁ、管理人になるときK―NET事務局とどのようなお話をされたか知るすべもありませんが、新任の方には管理人(いわゆる一般にイメージする管理人)らしくやってもらいたいと思います。少なくとも、管理人宛にメールを出したら、返事くらいはいただきたいものです。名前だけの管理人は全く不要ですから。おっと、これも「運営に関すること」だな。」(甲二三)である。なお、原告は、同月二七日にも、隠蔽された書込と同一内容のデータを数回にわたり「みんなのフリートーク」に返信している。

これに対し、原告は、ID停止により被告ケイネット上での書込ができなくなったため、このころからインターネットの原告ホームページ「MONTY'S HOMEPAGE」上において、リニューアルに関わる原告被告間の一連の経緯、他の会員らが神奈川県に陳情したこと等を紹介・説明する文章を掲載するようになった。

3  原告被告の訴訟前の交渉

(一) 原告は、同年六月二一日、被告のとった右2の隠蔽措置及びID停止措置は原告の思想及び良心の自由、表現の自由を侵害すると主張して、被告に対し、①隠蔽された書込の再掲示、②同措置による原告の精神的損害に対する慰謝料三〇〇万円、③「みんなのフリートーク」上への謝罪文の掲載を請求する旨の書面を内容証明郵便で被告へ送付した(乙一一)。

これに対し、被告は、当時被告の社長補佐であった松本(神奈川県庁から被告へ出向扱い。)及び原取締役が交渉にあたり、原告と数回話合いを行った。右交渉の結果、原告と被告は、同年七月一八日、慰謝料請求に関しては留保するが双方解決に向けて努力するとした上で、原告のID停止に関し一部和解する旨の覚書(乙一二)を締結した。右覚書の主な合意内容は、①被告は、同月一九日、「みんなのフリートーク」上において「話し合いの結果、寺田氏は、一部に行き過ぎた発言があったことを率直に認められましたが、「K―NET」事務局も、同氏の真意が「K―NET」をより利用者に開かれたパソコン通信ネットにすることにあったことを理解するに至りました。この度、「K―NET」事務局が寺田氏のID停止措置を講じたことは、そのような寺田氏の「K―NET」に対する真意を十分に理解することなく行われたものとして、不適切であったことを認め、同氏に対してここに謝意を表します。」などの書込を行う、②その後、被告は、原告に対するID停止措置を解除する、③原告は、①の後、「みんなのフリートーク」上において、「私も、ちょっと行き過ぎた発言がありましたが、「K―NET」の方にも、私の真意が「K―NET」をよりよき通信ネットにしたいという思いにあったことを理解して頂きました。」などの書込を行う、④原告は、被告パソコン通信上における書込について第三者に誹謗・中傷等と誤解されるような書込をしないよう細心の注意を払う、⑤原告はネットワークの健全な発展に協力する、⑥右六月二一日付内容証明郵便で原告が要求した損害賠償、謝罪文等については、原告被告間の話し合いにより問題を解決する、⑦本覚書の内容は公開を禁ずるなどであったが、原告が同年三月末ころにした「K―MUSIC」の書込全ての抹消については何ら触れられていない。

右覚書に基づき、同月一九日、被告は右①の書込をし、原告に対するID停止措置を解除し、原告は被告ネットを利用できるようになった。原告は、同日みんなのフリートーク上に、右③の書込をなし、同日ハンドルネームを「MONTY【> |】」に変更した。その後原告は、被告を通常の態様で利用する外、特にリニューアルないし新システム移行に伴って生じた問題点や、運営に関する意見、批判等の書込をし、その中にはコペラグラス(コペルニクスの専用通信ソフト)の説明書中の誤りの指摘やコペラグラス無料講習会への出席を薦める書込もあったが、他方で、ボードの管理人に対する批判等の書込も多数含まれている(乙二二)。これに対し、管理人は、右批判的な書込に対し、説明ないし反論等の書込(その具体的内容は明らかではない。)をしたものの、原告に対し、自主削除の勧告、隠蔽、削除等の措置はとらなかった。

(二) 他方、原告は、同月二三日付で、他の会員ら一七名と連名(差出人代表竹花英明)で、「損害賠償等の請求と債務不履行への警告及び違法不当な処分に対する要求」と題する書面(甲五。以下「要求書」という。本要求書の原案を起案したのは高木寛である。)を被告に送付した。右要求書は、リニューアルがサロンマネージャーの自治的な運営権を一方的に侵害し、会員の有する情報基本権を侵害し、サロンにより形成されていた地域情報コミュニティーを破壊し、新システム移行が実施されると従前のグラフィカルな操作モードであるナプルプス操作モードが廃止され、初心者や身体障害者の利用が困難となるうえ、ケイネットのサポートも不十分である等の問題点を主張し、①リニューアルにより解任されたサロンマネージャーに対してその精神的損害に対する慰謝料として一〇〇万円を各自に対して支払うこと、②リニューアルにより会員に対して混乱を生じたことに対する慰謝料として、全会員に対して一〇万円を支払うこと、③平成七年八月一日に実施予定とされたホストシステム及び基本通信ソフトの変更を中止すること、④被告社内でリニューアルを推進した担当者の責任を明らかにすること、⑤被告が全会員に謝罪すること、⑥被告事務局人事を刷新し、被告の運営にあたって会員の意見を反映するために「運営委員会(仮称)」を設置すること、⑦リニューアル以後に合理的理由なく行われたID停止措置を撤回することなどを要求するものである。

(三) 被告は、右(二)③の要求はあったものの、同年八月一日、ケイネットのサービス拡充、機能向上を大幅に行うこと目的として掲げて、名称をコペルニクスに改め、ホストシステムを日本電気株式会社(被告の株主でもある。)との業務提携により従前のシステムを変更する新システム移行を実施した。これにより、従前の通信ソフト「電網開花」は、ナプルプス操作モードが利用できなくなったが、他方、会員(同年七月二三日までに正式ID発行済みの者。)に対しては、専用通信ソフトコペラグラスを無償で配布することとした(実際に原告に対し配布されたのは、平成七年八月一六日である。)。また、被告は、身体障害者の利用に関し入力支援ソフトとしてWINDOWSに対応するキスというソフトを開発して配付したが、これは新システム移行から約二か月遅れることとなった。

また、右(二)の要求書に対しては、被告側は要求に応じる意思はなかったものの、会員からの要求であることから交渉自体は行うこととし、松本や原取締役が交渉の場に立ち、原告を含む連名者との間で、同年八月一〇日から一二月一八日までの間、計七回の話合いの場が設けられ、原告も同年一一月一七日の第五回目の話合いまでは毎回出席していた。その間、同年九月七日付で被告から差出人代表者宛右要求書への拒否回答文書(甲六)が出されている。なお、これらの話合いの内容を録音する場合には、双方合意の上ですることとされていたが(甲三三は、同年一〇月一〇日の第三回話合いの反訳文である。)、右第四回の話合いの会場(被告会議室)において、原告は、デジタルカメラを用いて、松本を含む被告側の出席者が席に着いている場面を、それらの者の同意を得ないまま撮影していた。

(四) このように交渉が続けられている一方で、原告は、平成七年一二月九日付「年内に決着を」と題する電子メールを、松本に対して送付した(乙一三)。その文章中には、右話合いとは関連性はないと断った上で、「私との件はできれば年内に何らかの決着をつけていただきたい…」「…さて、ここでいう決着とは慰謝料を支払うか支払わないかだけである。支払う気がないのであれば、司法判断を仰ぐしかない(提訴の時の金額は当然倍増以上の金額を要求したいと思う。)」、「半年近くもケイネットのさまざまな部門の人から言われ、具体的に何をして欲しいのか聞いてもだれも答えた人間はいない。企業ぐるみの大ウソツキである。あなた方に何らかの鉄槌を下さぬ限りケイネットからいなくなる事はけっしてないであろう。」との文言を用いて、時間ばかりが経過しているとの原告のいらだちを述べ、原告の要求に応じるよう求めている。また、右文章中には、事務局側の人物に対し「そんな連中は切り捨てるべきである」「あんなバカな連中のふたりや三人分くらいなら私ひとりで十分できることである」等の表現部分もある。これに対し、松本は、同月一〇日、原告宛に「課題は課題として、解決方法を協議しなければならないですね」「私は誠意をもって努力しているつもりです」「誠意ある話し合いが、別の要求もあって遅れていることは否定しませんが」とのメール(甲二六の1)を送信した。

また、原告は、平成七年一二月ころから平成八年一月初めころまでの間、原告がインターネット上に開設するホームページ「MONTY'S HOME-PAGE」において、「Silly Walks」と題して、被告の経営方針を批判する記事を掲載し、その記事中において、前記のとおり話合いの席上において無断で被告役員ら三名の容貌を撮影した写真を掲載した。

その後、平成七年一月一五日付「話し合いについて」により、原告は、覚書締結後半年を経過するのに原告から何度申入れても被告には話し合いに応ずる姿勢が見えないとして、右覚書を被告が破棄したものとして効力を失ったものとさせていただく旨通告し(乙一四)、同月二一日にも、話し合いに応じないので覚書を公開する旨の電子メール(甲二六の2)を送っている。

(五) 被告は、原告の右ホームページに被告役員らの写真を掲載した行為やケイネットパソコン通信における表現行為がコペルニクスの健全な発展を阻害し、パソコン通信サービス提供者である被告との信頼関係を破壊する行為であるとして、平成八年一月三一日付通告書(甲七)により、右通知書到達後二週間以内に何の連絡もない場合には原告とのパソコン通信サービス契約を解除する旨の通知をし、右通告書は同年二月一日原告に到達した。

これに対し、原告は、契約解除を回避するためにどうすればよいかを問い合わせる書面(乙四)を被告代理人に送付し、被告代理人に話合いの申入れをしたため、同月二一日、原告被告双方代理人による話し合いが行われることとなった。この場で、原告代理人は、被告が新システム移行に際してとった不当な言動につき謝罪すること及び今後のコペルニクスの運営を民主化するように要求し、「リニューアル及びシステム変更に関与した被告役員・従業員に対する処分をせよ」等の内容を含む「覚書」の案(乙五)を提示し、被告の反対提案を求めたが、被告代理人は、原告の提案が一方的であると考え、被告の意向を確認するが、原告が常識的な提案を呈示しない限り話し合いを継続することはできない旨回答した。

(六) 右被告代理人の回答により、原告は被告側から反対提案があるものと考えてこれを待っていたが、他方、被告側は、原告が常識的な再提案をしない限り回答の必要はないと考えて、双方無為に時日を経過してしまったところ、原告は、平成八年三月一九日、「みんなのフリートーク」上において、原告・被告双方代理人の任意交渉の経過に関し、「こちらの弁護士が会おうとしても、連絡が取れない。」「どう考えても「通告書」にある肖像権を問題にする気はないようだし、話し合いもする気はないようである」との書込をし(甲八)、同年四月六日に「こちらも弁護士を立てたら、突然ケイネットの弁護士は逃げ回っています。そのためいまだに宙ぶらりんの状態です。」等、被告が話し合いを遅延させているとの趣旨の書込をした。

4  会員契約の解除(ID抹消)

被告は、被告代理人を介し、同年六月六日、原告に対し、内容証明郵便により、右(六)の書込について信義に反するとの見解を示した上で「今後貴社、会員その他の第三者を誹謗、中傷するような書き込みや他の会員をして不快の念を抱かせる恐れのある書き込みを二度としないことをここに誓約致します」との誓約書の提出を同月一四日までに提出すること及び本人の承諾なく写真をインターネット上のホームページに掲載したことについて謝罪することを要求するとともに、原告がこれに応じない場合には同月一五日付で原告IDを抹消する旨の意思表示をした(甲一〇)。これに対し、原告は、不快の念を抱かせる恐れのある書込との表現は一般会員規約にも記載のない事柄であり、客観的に判断し難い理由でIDを削除されることに同意することになりかねないと考えたため、誓約書を提出せず、同月一五日、被告は本件契約を解除の効力が発生したとして原告IDを抹消した。

5  本訴における和解交渉と被告の事業撤退

本件訴訟は、平成九年二月九日第九回口頭弁論期日において当裁判所から和解勧告があり、平成一〇年一〇月一九日まで八回にわたって和解交渉がされ、この後半は、裁判所による数次の和解条項案提示をもとに、原告の会員資格の回復を前提として、資格回復の方法(旧IDの復活か新IDの付与か)、和解条項の具体的文言、和解条項公開の方法等をめぐって交渉を重ねていたのであるが、同年九月二五日付日本経済新聞朝刊掲載の記事により、被告が同年一二月二八日付でパソコン通信事業から撤退し、会員に対するパソコン通信サービスの提供を停止することが明らかとなったところ、被告は、その後の前示最終和解期日において、突如、原告の会員資格回復そのものを受け入れないとの態度を表明したので、和解は不調となった。

二  以上の認定に基づいて考えてみる。

1  規約違反を理由とする会員契約の解除(ID抹消)について

(一) 前示のとおり、原告のID抹消当時の会員規約である第三規約第一〇条一項には、会員がこの規約に違反したときにケイネットの利用を停止し、会員資格を取り消すことができる(各一〇条一項)との契約解除規定があり、他方、会員のしてはならない行為として、他の会員や第三者の名誉を毀損し、又は侮辱し誹謗中傷するような行為、システムに損害を与え、又は運営を妨げるような行為、その他法令に違反し、又は違反するおそれのある行為(各一五条二項)との規定や、被告はサロン毎に責任者を置き、当該責任者の名において利用規則を定めることができる(八条一項)との規定がある。

(二) ところで、右のとおり会員と被告との会員契約の解除は、被告にとっては、パソコン通信サービスと対価関係に立つ会員の利用料金支払義務が消滅するものではあるが、その人数が多数にならない限り、個々の会員の退会はそれだけでは重大な影響を及ぼさない反面、個々の会員にとっては、契約解除により、従前ケイネット上で築いてきたコミュニケーションを完全に断たれ、被告ネット上での共同体から排除されることになるのであり、また、モデムの無償貸与を受け入会後四年を経過していない場合には一定の価格でモデムを買取らねばならなくなることもあって、契約解除の効果は重大なものになることが認められる。

このような事情に照らすと、前示の本件契約解除条項は、被告に広範な解除権を付与する趣旨ではなく、一般会員規約に規定された他の方法によったのでは回避し得ない重大な不利益を生じさせる等、当該会員に対してパソコン通信サービスの提供を継続しがたい重大な事情が存する場合に、会員契約を解除できる趣旨の規定であるというべきである。したがって、被告が本件契約を解除するためには、右列挙された解除原因に形式的に該当するだけでは足らず、当該事由に該当する行為をするに至った動機、経緯等諸般の事情を勘案し、当該会員に対してパソコン通信サービスの提供を継続しがたい重大な事情が存すると認められることを要するものというべきである。

(三) 被告は、原告の行為のうち、①サロンの書込の抹消、②第三者(被告役員、被告代理人、管理人等)を誹謗・中傷する書込、③被告役員らの写真のホームページへの無断掲載、④その他信頼関係を破壊する行為等が解除事由であると主張しているので、個別に検討する。

(1) 原告がK―MUSICの書込を抹消したことについては、前示のとおり被告が書込を削除しないよう要請する書込を掲示した時期との前後が不明であるが、原告がこの抹消をしなければならなかった理由が明確でないこと、サロンマネージャーは、配布されたコミュニケーションマニュアル中で、中傷誹謗・公序良俗に反する書込に対してであっても、削除にあたっては、そのファイルを必ず保存するよう要請されていたこと(甲一三・四一頁)に照らし、サロンマネージャーとして不適切な行為であったといわざるを得ない。しかしながら、サロンマネージャーの運営活動に前示のとおり相当程度の裁量が認められていたこと、リニューアルにより従前のサロンはすべて閉鎖されて継続しないのであるから、原告において不必要な書込であり抹消してもよいと考えたこともやむを得ない面もあること、被告において磁気テープに保存する予定があり、抹消しないよう掲示していたとしても、前示のとおり、原告の抹消行為と右抹消禁止の掲示との前後関係は明らかでないことに照らすと、右抹消行為は、第一規約九条一項二号規定の「サービスの運営を故意に破壊または妨害した場合」に形式的には該当するとしても、原告をサロンマネージャー等に再任しないこと以上に、原告との会員契約を解除しなければならないほどの重大な違反行為であるとは認められないのである。しかも、この違反行為については、原告のした書込を理由としてされた原告のID一時停止処分(その通知は、甲二四)、その後の当事者間で成立した示談(乙一二)においても全く触れられていないことは前示のとおりである。

(2) K―NETの運営やリニューアルを批判する書込や事務局を批判する書込(以下包括的に「批判的書込」という。)を繰り返したことについて、平成七年四月一三日から同年五月三一日までの間、「みんなのフリートーク」において会員が運営に関する書込をすることを禁止する旨のローカル・ルールが定められていたことは前示のとおりであり、本件契約上、被告は管理人の名においてローカル・ルールを定めることができ、会員はこれを遵守する義務を負っている(第二規約八条一項)から、原告はこれに違反したものといわざるを得ない。しかしながら、混乱が生ずるとして運営に関する書込を禁じ、また被告に対する批判は一切許さないとするのも、前示のとおり、それまで被告は原告らの努力によって一定の成果をあげていたことを考えると、原告にとっては被告の度量が狭いと考え、また手のひらを返したような対応と考えるのも理解できることである。そして、そもそも被告自身が、前示コミュニケーションマニュアル中では、事務局批判の書込がなされることを前提として、管理人は、場合によっては事務局等と連絡をとりながらサロンにおいて議論をすすめ、批判をK―NETに対する提案にまでまとめることを考えましょうとしており、被告自身、批判の書込自体に対して信頼関係を破壊するもの、禁止されるべきものとの評価をしていたわけではなかったことが窺われるのである。そうすると、右のとおり、客観的には、原告はローカル・ルールに違反したものであり、また、原告の批判的書込の中には不適切な表現もあったといわざるを得ないけれども、これらは重大な違反ということはできないものである。そして、これらについては、前示のとおり、いったんは原告と被告の間で示談をしている。

また、アンチケイネット・マークをハンドルネーム等に使用することは、被告に対し継続的に批判的な立場を明らかにする行為であるが、これによって具体的に被告ネットの運営を妨げられるものではなく、解除事由にあたるとはいえない。

さらに、管理人を誹謗・中傷する書込(以下「中傷書込」という。)について、右のとおり、原告が不適切な表現を含む中傷書込を行ったことが認められるが、他方、これらの書込はID停止が解消されてからID抹消までの間になされたものであり、ID停止前には批判的書込に対して隠蔽措置を講じていたのに、中傷された主な被害者である管理人自身が、未だ中傷誹謗にあたらないと判断してか、右隠蔽措置をとっておらず、被告はこの管理人の判断を尊重していたと理解される状況であったものというべきであるから、原告が誹謗・中傷にはあたらない程度の管理人に対する批判であると認識し、これを繰り返したとしてもやむを得ない面があるものというべきである。その他、被告代理人に対する中傷書込についても、これが中傷にあたるかどうかについては疑問があるところであるが、仮に該当するとしても、被害者自身との関係は別論として、原告と被告との関係においては、右と同様原告が誤解をしたのもやむを得ない状況にあったものというべきである。

原告が、松本に対し一3(四)記載のメールを送信したことについては、前示「鉄槌を下す」等の表現が不穏当であることは明らかであるが、これが身体的危害を加える趣旨ではないことは文面全体の趣旨から明白であり、松本自身も原告から暴力的な行動をされたことはなく(松本証言)、具体的に危険性を認識したわけではないこと、被告は原告と覚書を締結し、慰謝料の関係については「話し合いにより問題を解決するものとする」との合意があるにもかかわらず、具体的に話が進んでいなかったためにした行為であると考えられること等前記認定の事実経過からすれば、第三規約一五条二項一二号の法令に違反する行為にあたるとまでは認められないというべきである。また、これにより被告ネットの運営が妨げられたとは認められない。

(3) 原告が、無断撮影写真を掲載した行為は、被写体である被告役員らの人格的利益を侵害し、また、インターネットのホームページという広く公開された媒体により行われたものであって、同人らとの関係においては不法行為となり得るものであるといわざるを得ない。また、被告との交渉の場において無断で撮影した画像を利用しており、被写体も右交渉の場に臨んだ被告役員らであるから、被告と無関係であるとはいえず、被告ネットを利用するにあたりなされた行為と同視できるものである。その意味で、原告の右行為は、法令に違反する行為として第三規約一五条二項一二号に該当するということができる。

(4) しかも、以上検討の各行為は、原告と被告との信頼関係に悪影響を及ぼす行為であると評価することもできるものである。

(四) 以上のとおり、原告の行為中には、形式的には、各規約に違反する行為があることは否定できない。

しかしながら、原告は、前示とおり、被告ネットに入会してからリニューアルまでの間会員として被告ネットに参加し、そのうち約二年間もの長期にわたりサロンマネージャーやボードマスターを実費程度の対価で務めるなど、被告ネットの運営に協力していたのであり、被告が、原告のこのような協力行為を利用して経営をし、発展してきたものであることは容易に推測できるところである。しかも、被告が解除事由に該当すると主張する各行為を行うに至る経緯は、前記認定のとおり、リニューアルの発表に伴い原告がサロンマネージャー不再任の通知を受けたことに端を発するものであるが、このような原告の管理者としての期間等を考えると、原告は、管理者であった者としても、また一般会員としても、本件契約の内容の変更に関し重大な利害関係を有するものと認められるところ、被告が実施したリニューアルはこのような会員の利害関係に大きな影響を及ぼすサービス内容の変更を実施するものであるから、前示規約によれば会員に通知することなく変更を実施できることになっているとの法的整合性を主張するのみでなく、リニューアル実施の必要性等を会員や管理者に対して誠実に説明し、その理解を得る努力をすることが必要であったと考えられる。ところが、現実に被告が行ったのは、会員からすれば、リニューアル実施を唐突に、しかも一方的に通知されたものにすぎなかったのであるから、この通知を受けた会員が、リニューアルに関し一定の要望、批判等を行うことは、信義に照らし是認し得ないなどの特段の事情のない限り許されるものといわざるを得ず、批判的な書込についても一定限度は被告において受忍し、これに対する誠実な対応をすべきものであると考えられるのである。ところが、被告は、平成七年二月一一日に管理者等を対象に行ったリニューアルの説明会においても、同説明会は議論をする場ではないとのかたくなな態度を示していたことは前示のとおりであり、このようないわば被告の拙劣な対応が原告らの怒りに油を注いで本件の問題解決を複雑にしてしまった感は否めないところである。このことは、その後、運営に関する書込を禁止するローカルルールを設けたことにも、また、このローカルルールに違反したとしてした隠蔽措置中に関係のない書込まで隠蔽するという行き過ぎがあったことにも、同様にいえるし、さらに、前示のとおり、本件訴訟の和解手続においても、被告がパソコン通信事業から撤退するとなったとたん、それまでの交渉の成果を全て覆し、突如原告の会員資格回復そのものを拒否するという対応をとったことにも如実に現われているというべきであろう。

(五)  以上の検討の結果によれば、原告には形式的に規約に違反する行為があったが、他方、当該違反行為をするに至った経緯等諸般の事情を勘案すると、原告に対してパソコン通信サービスの提供を継続しがたい重大な事情があったとまではいうことができず、原告の右各行為が第二規約に定める解除事由にあたるとして本件契約を解除することはできないというべきである。

2  信頼関係破壊に基づく解除について

被告は、本件契約のような継続的契約関係にあっては信頼関係が基礎となっているから、原告の行為が被告との信頼関係を破壊するものであるとして本件契約の解除を主張するが、これも前示と同様に、被告がリニューアルを実施するにあたってとった対応、それまでの原告の本件ネットに対する貢献の度合い、原告の違反行為の態様、会員契約を維持することに対する双方の利害関係の濃淡等を総合考慮するときは、原告の本件行為は、社会常識に照らしやや逸脱した面もあるものの、いまだ利用取消の要件を満たさないものというべきであって、本件の場合に信頼関係の破壊を理由として本件契約を解除することはできないものというべきである。

3  不法行為について

(一) 前示のとおり、第一規約(乙一)は、被告が会員に提供するサービスの内容については、会員に通知することなく変更することができるものとしている(四条三項、五条二項)から、本件会員契約上、サービス内容の変更に関し被告に広い裁量を与えていると認められる。そこで、契約関係の本質的内容(パソコン通信サービス)を変更しない限り、被告は具体的なサービス内容を自由に変更できるものというべきであり、このうちには、新システム移行も、リニューアルも、ともに含まれる。また、サロンマネージャーの地位は、前示サロン主宰者契約(乙六)によれば、被告は原告が主宰するサロンの開設を承認し、当該サロンの運営、管理を原告に対して委嘱するものとされていて(一条)、サロン運営上必要な機器(コンピュータ、電話その他)は原告が自己の負担により用意するのであり(四条二項)、被告が原告に支払う対価は、月額二万円の運営補助費と当該サロンの利用料の一部免除程度である。その他、サロンの運営自体に関しては被告には原告に対する指揮・命令の権限はないことや、被告は、本契約を継続することが困難または不適当と判断した時は、一か月の予告期間を設けて解約することができると広範囲な裁量権が被告に与えられていることに照らせば、サロン主宰者契約は、双方の利益のためにする準委任契約であると解すべきであり、被告は一か月の予告期間を設けていつでも解除できるものというべきである。

(二)  原告は、①サロンマネージャー、ボードマスターの一方的解任、②原告の書込の隠蔽措置、③不当なリニューアル及び新システム移行、④一方的なID抹消が、それぞれ原告に対する不法行為であると主張する。

しかしながら、①については被告が自由に解任できることは前記のとおりであり、かつ、結局これは③のリニューアルが前提となっているところ、前示のとおり従前の被告ネットには新規会員が利用しにくいとの問題があると被告において把握していたのであるから、被告ネットの運営や被告自身の経営に全責任を持つ被告が、このリニューアルを計画したのも十分に理解できるところであるし、そもそも、リニューアル及び新システム移行に関しては、被告の提供するサービス内容の変更として、被告において適法になし得るものであることは前示のとおりである。そして、このような問題点が生じたことについては従前のサロンマネージャー等の管理者らに多かれ少なかれ責任があるといわざるを得ないのであるから、本件のリニューアルに伴って従前の管理者をいったん解任し、再任する管理者等を厳選したことは、右会員規約の条項を総合すれば、被告が自由になし得る範囲内のことといわなければならないし、これが不法行為にあたるということはできないものである。ところが、原告は、これに対し、前示のとおりリニューアルを批判する書込等をし、これに対して、被告はその書込を隠蔽し、さらには原告のID抹消へと進んだものである。しかして、原告は、②のとおり、隠蔽措置が違法と主張するが、リニューアル等に対する批判的書込や運営そのものに対する書込を禁止するローカル・ルールが適法に定められた以上、これに反する書込に対し隠蔽措置を行うことが直ちに違法であるとはいえない。ただし、前示のとおり、右隠蔽措置に一貫性がなく、行き過ぎた部分があったといわざるを得ない部分がある。さらに、原告のID抹消に関しては、前示のとおり、これが被告の行き過ぎといわざるを得ないものがある。しかしながら、隠蔽すべき書込かどうかの判断は困難であり、これには一定の裁量があるといわざるをえないし、ID抹消に関しては、前示のとおり、原告にもローカル・ルールに違反した書込をし、隠し撮りの写真を掲載し、被告の人事に介入するがごとき要求に名を連ね、被告の社員松本に対して脅迫するがごときメールを送り、多額の慰藉料を要求するという過激な言動があり、形式的にはこれは各規約に違反するといわざるを得ないのであるから、本件契約の解除が許されるかどうかについては微妙な判断を要し、被告らが第二規約第一〇条一項二号、同条本文の要件を満たすと考えたことにも一定の理由があるといわざるを得ないこと等に照らすと、未だ不法行為を構成するものと認めることはできない。結局、本件一連の紛争において、原告の言動は過激であり、これに触発された被告の対応は拙劣であったと考えざるを得ないところ、このような状況の下では、被告の行為が原告に対する不法行為にあたるということはできないものである。その他、原告主張の各事情も不法行為にはあたるものではない。

(三) したがって、その余の点につき判断するまでもなく、原告の被告に対する不法行為に基づく損害賠償請求は理由がない。

第四  結論

以上によれば、原告が、被告の運営するパソコン通信サービスCOPERNICUS(コペルニクス)の会員である地位を有することの確認請求については理由があるから認容し、原告のその余請求については理由がないから棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法六一条、六四条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官佃浩一 裁判官石井俊和 裁判官日野浩一郎)

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